PandoraPartyProject

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其の者、世界が変われど刀は振るう



(良い天気だなぁ……)

 木々の間から晴天が照らす幻想北方の森林地帯、馬車の御者席で身体を揺らされていた楓 誠一は陽気に釣られて欠伸が抑えきれなかった。
 その様子を後ろで見ていた護衛対象の貴族令嬢が目撃してくすりと笑みを零す。
 彼女は趣味で薬草の菜園を営んでいるのだが、その噂が耳に入った『暗殺令嬢』リーゼロッテ・アーベントロートのお茶会に招待されたのだ。

 赤面しつつも咳払いして視線を周囲に向ける。
 護衛を貴族が持つ兵ではなくローレットに依頼してきた彼女の期待には応えなきゃ行けない。

「ふふ、寝不足ですか?」
「いやいや、僕は常在戦場だから依頼には全然支障ないんだよ?」

 依頼とはいえ可憐な少女との馬車二人旅、その和やかな空気に陽気によるものではない理由で頬が緩むが彼も剣士の一人、気持ちとは別にその手はいつでも己の愛刀、名の彫られていない無名刀を抜けるようにフリーとなっている。
 馬車を覆う魔法で強化された頑丈な幌があり、一手で貴族令嬢を庇える距離にいる誠一をどうにかしない限り貴族令嬢に手を出すことは叶わない。

「あっ、そういえばこの辺りは造血作用のある薬草が群生しているんですよ。少し摘んでいっても……」
「そりゃ流石にダメだよ。君に何かあったら『暗殺令嬢』だけじゃなくてレオンさんに何を言われるか──」

 貴族令嬢のお願いに──単独依頼でなかったらなんとか叶えてあげたいとも思ったけれど──護衛人として説得をしようとしたその瞬間。
 木々の間から正確に誠一の眉間を狙って短剣が投げ込まれる。
 貴族仕様の幌馬車の防御を抜けないから唯一の護衛を不意打ちで片付ける、お手本通りでありながらその投剣の精密さは見事なものであった。
 ──護衛に付いているのが誠一でなければ。

「シッ!」

 白刃一閃。目にも止まらぬ居合抜きは狙い違わず短剣を弾き、行き場を失った短剣は前方の大木に突き刺さった。
 ギフト『殺気察知』を持つ彼に不意打ちは通じない。レオンが依頼を任せたのは人がいないのもあるが「アイツならば一人でも守り切ることが出来るだろう」と見込んでの事なのだ。

 突然の事態に貴族令嬢が短く悲鳴を上げるも、既に誠一の意識は短剣の主に向いていた。
 目を細めて蟲の羽音だけが広がる森の奥を睨みながらその実全周囲を警戒する。

「あれ、来ないのかな? 言っておくけれど僕は挑発とかには乗らないし馬を狙っても無駄だからね」

 言葉の返礼は上空からの奇襲という形で行われた。
 音も出さずに頭上の枝から位置エネルギーと共に振り降ろされた剣もしかし、ギフトの力で察知していた誠一は刀を逸らして対応した。
 完全に落下攻撃をいなされ大地に向けられる剣。

「隙だらけ、だァッ!?」

 当然、体勢の崩れた襲撃者に即座に斬りかかる。
 そんな誠一を迎え撃ったのはただの剣だと思っていたソレ──自身と同じ獲物、刀だった。
 誠一の唐竹割に対し、襲撃者が地面に当たるすれすれから跳ね上げるように放たれた逆袈裟が衝突し甲高い金属音を響かせる。
 その反動を使って襲撃者は飛び退き、刀の切っ先を誠一に向ける。
 奇襲を防がれてからの一連の攻防の反応速度から、相手が只者ではないと悟り誠一は冷や汗を流し──知らずの内に笑みを浮かべていた。

「お嬢さん! 危ないから外には出ないでよね!」
「はっはい!」

 思わぬ強敵に戦意が高揚するもそこはローレット・イレギュラーズの端くれ。
 護衛対象である貴族令嬢に声を掛け、眼前の襲撃者以外にも更なる伏兵がいないかの警戒も怠らない。
 誠一が確認する限りは襲撃者一人のように思えるが、護衛が自身一人である以上ここから動くことは出来ない。

 互いに機を伺っていた二人。
 突然の荒事に足を止めた馬の嘶きが森に吸い込まれたその瞬間、二人は同時に動いた。

「しぇぇぃ!」

 刀を振るいその刃が届かぬ先にいる相手に斬撃を飛ばす──『飛翔斬』を放つ。
 護衛対象から離れずに襲撃者を斬り伏せるその手管を、しかし相手は読んでいた。
 刀の切っ先を向けた体勢をそのままに突進し、斬撃を最大威力が乗る前の段階で受けて顔面目掛けて突きを放った。
 咄嗟に顔を逸らすがその刃は額を軽く裂く。

 絶命の危機からはなんとか回避したが……まだ!
 先程の落下攻撃からの跳ね上げを焼きまわすように、返す刀が誠一の首筋を狙う。

「──ま、だぁ!」

 額からの出血に視界が赤く染まる。
 だが、まだ終わっていない。終わらせる訳には行かないんだ。

──ギィィィン……

 再び、刀同士の衝突音が響き背を丸めた貴族令嬢は身を竦ませる。
 風を裂くように振り切った『飛翔斬』からの流れるような斬り払い。
 それは奇しくも襲撃者の連撃にも似たものだった。

 二度目の交錯は鍔迫り合いとなり、両名が互いに相手の致命に届かんと力を振り絞る。

(敏捷重視の軽装だというのに、力も強いね……!)

 後の先により僅かに遅れた状況、滲む視界、強敵の想定以上の膂力。
 イレギュラーズでなくともこの無辜なる混沌に強者は至るところにいるのだと示すように少しずつ、不利な条件が積もって無銘刀が下がっていく。

(だけど──)

 そんな状況だというのに、誠一の笑みは消えない。
 それどころかまるで「これほど嬉しいことはない」とでも言わんばかりに、闘争心の発露とのように歯を剥き出しに笑いかける。

(ここを乗り切れば僕はもっと強くなれる!!)
「が、頑張って!」

 そこに届くは可憐なる依頼主の声援。
 その時、顔の寸前まで押し戻された無銘刀に額から流れた血が垂れる。
 刹那、無銘刀がその血のように赤く染まる。己が血を切れ味に変換する『血蛭』だ。

「おおぉおぉぉ!」

 気合一拍。雄叫びと共に力を込められた無銘刀に襲撃者の刀の鍔が切り落とされた。
 刃を逸らし受け流そうとする襲撃者だが、それよりも疾く誠一の刀がその腕を深く切り裂く。

「ッ」

 刀を取り落とし小さく呻く襲撃者。
 腕を切り落とすまでには至らなかったが、武器を持つことはままならない程の重傷だ。
 それが分かっているのか、襲撃者もすぐに踵を返し、森の奥にその身を投じる。
 全力以上を出し切った誠一にそれを追う気はなかった。

「は、はは」
「大丈夫ですか!? あっ早く手当しないと」

 何より、今は先の戦闘の余韻に浸りたい。
 貴族令嬢の手当を心地良く感じながら、誠一は依頼人を怯えさせないように、「心底」楽しそうに笑うのであった。


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