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白夜を追って(ほのぼの)
「うーん、お腹空きましたね……」
ひとりごちて呟いた途端、応えるようにぐきゅるーと鳴く素直な腹の虫にひとりで苦笑いしてしまう。
キョクアジサシの姿をした飛行種の少女、ステルナはいろいろな空を旅する渡り鳥だ。
今は夕暮れ時の空の上。飛ぶのは心地よくとも、ご飯時ともなればどうしてもお腹は空くもので……。
「あら、なんだかいい匂いがしますね。それとこれは楽器の音色でしょうか。」
ふわり、空気を伝って匂うのは美味しい食事の匂いと人々の騒ぐ気配。
お祭りでもやっているのだろうか? 気を引かれ、眼下に見下ろした街に降り立つ。
見渡せば街中に咲き誇る花々が甘く芳香している。
あちらこちらに屋台が並び、詩人は竪琴を携え歌っていた。
楽しそうだなぁ…! 美味しそうなものがいっぱい…!
と、食欲をそそる匂いをさせる屋台に気を引かれつつ、ステルナはひとりの老婦人に声をかけてみる。
「こんにちは! あの、この街では今日、お祭りが行われているのですか?」
変化し人の姿をした彼女は黒髪黒目の小柄な少女。その姿に気を許したのか、それとも祭りの空気がそうさせるのか。ともあれ老婦人は快活に笑って答えた。
「そうさ、今夜は年に一度の月昇りの夜だからねぇ!街中がお祭り騒ぎ。あんた旅人かい?ならどうかこの夜を楽しんで!」
気の良い老婦人の答えにステルナは小首を傾げる。
「月昇り…? 素敵な響きですね」
けれど耳慣れないお祭りだ。なんだろう、と呟く。
途端、わぁっと歓声が上がり道の向こうの吟遊詩人が高らかに声を上げた。
ーー昔々のことでございます。
夜の来ない国がありました。その国にはいつでも太陽が輝いていて。人々は優しく陽気で御座いました。
しかしある時人々は思います。太陽輝くこの国にたった1日で良いから、月の輝く夜闇が欲しい。
人々は願いました。空の神様まで届くように、真っ白な花を空に送って。
その願いを聞き入れた神様は一年に一度月昇りの夜に、この国に月を届けるのですーー
なるほど、今夜は一年に一度の月昇る夜。ならばこのお祭り騒ぎも頷ける。
……と、そこでまた空腹を訴える腹の虫。あぁ、なんて素直なんだろう。それにしてもお腹が空きました…。
きょろきょろと辺りを見渡すと、美味しそうな匂いがあちこちから。目移りしてしまいそうだ。
「嬢ちゃん、この店の肉は絶品だぜ!」
「何言ってんだい!この店のミートパイはオススメだよ、一切れおまけしようじゃないか!」
「お嬢さん!せっかくなら月昇りの夜限定のフルーツジュースはいかがかな?」
多くの声に呼び止められて、陽気な彼らは旅人に自慢の料理を食べてもらうことを喜ぶようだった。
ステルナの手の中にはいつのまにやら食べ物がいっぱいで。どれもこれもが美味しくてほっぺたが落ちそうだ。
「あ、ありがとうございます……!」
溢れる笑顔と沢山のありがとうを、街の人々に送った。
日が落ちれば祭りも本番。明るく輝く満月の下、街中に幻想的な淡い光が灯る。ふと、周りの人々の手の中に真っ白な花があるのに気付く。
近づいてきた男がステルナにも花を手渡した。
「さぁさ、手には花を頭上に月を!花送りの時間だ!お嬢さんもおひとつどうだい?」
「ありがとうございます!綺麗なお花ですね、……あの、これは?」
男はウィンクして、
「見てればわかるさ!」
瞬間。
真っ白な、花が。
月の光に導かれて一斉に空へと舞い上がる。
ステルナの頭上いっぱいに広がる花はまるで白いオーロラのよう。
わぁ……っと溢れたのは歓声か感嘆か、それとも両方なのか。それは彼女にもわからなくて、この景色にただただ見惚れていた。
これだから旅はやめられない。自分の翼で遠く飛んで、未だ見ぬ景色を求めて。そしてそれを見つけた時、こんなにも心を動かされてしまうから。
美しい景色と優しさをくれたこの国の人達のために何かしたくて。ステルナは空に手を伸ばした。
「…風よ、どうかこの花をずっとずっと空まで届けて下さい。遠い月まで届くように。」
呟く言葉は詠唱の如く、彼女の得意とする風の魔法が高く吹く風の流れを創り出す。
真っ白な花は空へと昇っていき、人々は月と花をずっと見つめていた。
……さてさて今宵の月は今宵限り。まだまだ夜は長いのだ、飲めや歌えやお祭り騒ぎは終わらない。
ステルナも沢山の笑顔に囲まれて共に歌い、共に踊って夜はふける。
明日からはまた、日の沈まぬ白夜がやってくる。
夜明け。
ようやく街は眠りに落ちて、酔い潰れた人や歌い明かした人がちらほらと。その姿に思わず頰が緩んでしまう。
この街はとても楽しかったけれど、そろそろまた旅を始めよう。
「次はどこへ行くんだい?」
ふと、声を掛けられる。振り返るとそこにいたのは一番最初に出会った老婦人だった。
ステルナは花の綻ぶような笑顔で、笑った。
「私の知らない景色があるところへ!」
さぁ今日も、旅を始めよう。