PandoraPartyProject

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或る飛行種と幻想種の御話。

 ──ざぁ、と吹き抜ける風が地上に聳え立つ樹々を揺らす。
 その一方で雄大に広がる蒼穹はまごうことなく快晴そのものだった。
 己の姿の原型となった鳥そのものの姿を取り、その小さくも力強い翼を広げて大空を舞いながら、キョクアジサシの飛行種である少女──ステルナは旅を続けている。
 今は深緑の……アルティオ=エルムの土地を自由気ままに飛び回っている最中だ。
 最後に町を発ってから今日で三日目。
 それまでは携帯食で空腹を満たしていたものの、そろそろ誤魔化しも効かなくなってきていた。
 ギフトの加護の力で疲れにくいとは言えど、人である以上食事と睡眠からは逃れられないという事だろう。
 そしていよいよ彼女が腹の虫を盛大に鳴らそうとしたその時。
 樹々が何十何百本と生い茂っており、人など全くいなかったはずの森林の中から、人の声が微かに聞こえた。
(……人の声? じゃあ、何処かに人が──)
 ステルナの鋭敏な聴覚は一瞬のことを聞き逃さずに捉え、それに釣られて意識を下に向ける。
 そうして彼女が捉えた眼下の景色は、先程までと違ってほんの少しだけ変化が起きていた。
 ──人が、ハーモニア種がいるのだ。それも木の上に。
 否、正確にはツリーハウス……樹上に建てた家屋にいると称するべきか。
 家屋の数は五十は下らない。かなりの大きさを誇る集落である。
 そしてこの集落は木と木を繋ぐ橋を架ける事で互いの家を行き交い、樹上に生っている実を食する事で下に降りずに生活を完結させているらしい──と、彼女は推察した。
 そしてそれらの事項は彼女の興味を大いに惹きつけている。
 ステルナという少女は、見たこともないモノと自分の興味を惹くモノが大好物なのだから。
 しかし。彼女はいきなり他人の建物へと飛び込んでしまうような粗野なスカイウェザーでは無かった。
 無かったからこそ、他者からもいい子だと言われているのだが。
(……えーっと、ちゃんと橋の所で降りて、近くの建物で色々聞けばいいですよね? きっとそうです)
 少々まごつきながらも、橋の出入口近くで着地して鳥形態から人間形態へと変化する。
 そして近くの家屋の木製扉を叩いて──声を掛ける前に扉が内から開いた。
 そしてその扉の行き先は当然、ゴンと鈍い音を立てながらステルナにぶつかる訳である。
 まったくもって災難だ。
「……きゅう」
 そんな災難が突然降りかかれば、特異運命座標とて形無し。あれこれ思考する前に気絶してしまうのも道理だろう……。

 ◇

 ステルナが気絶してから数分。
 実にあっさりと復活した彼女は、先程まで寝かせられていたベッドの端に腰掛けて、先程まで面倒を見てくれていたハーモニアの女性へ感謝の礼を述べていた。
「あの、面倒を見てくれてありがとうございました!」
「大丈夫よ。旅の方が此処へやって来るとは思っていなかったこちらの落ち度だもの」
 女性が苦笑しながらそう言えば、お互いほっとしたように一息つく。
 ちょっとしたトラブルがあったとは言え、大ごとに発展しなかったのは双方の善意あってのことだろう。
「……そう言えば名乗って無かったわね。 私はリのクローリカ。 きちんとした書式に倣うならリ=クローリカと言うのかしら。 よろしくね、飛行種(スカイウェザー)のお嬢さん」
「私はステルナと言います! ギルド・ローレット所属の『特異運命座標』(イレギュラーズ)やってますっ」
「ローレット……確か二十年くらい前にレガド・イルシオンに出来た組織だったかしら。 まだ若いのに立派ね」
「えへん、そう言って貰えると嬉しいです!」
 そしてお互いにそう名乗り合えば、ステルナにクローリカからのお誘いがかかった。
「お詫びと言ってはなんだけど、貴女さえ良ければ食事でも食べて行かないかしら?」
 朗らかに喋る彼女は金糸のような髪を揺らしながら、ニコニコと笑っている。
 その笑顔はまるで精霊か何かのよう、とは表現の一種だが──まさしく、ハーモニアという種族は精霊のような存在なのだ。
 かたや、お誘いを受けたステルナはと言えば……こちらも満面の笑顔で誘いを受けていた。
 お腹もくうくうと空いているのだし本人としては渡りに船、と言った所か。
 ──しかし、だ。
 ステルナという少女は、施されてばかりでは気が済まない性質なのである。
 その証拠に、ほら。
「はい、お食事頂いて行きます! ……でも、御飯の用意のお手伝いくらいはさせてくださいっ。 そうじゃないと、気が済みません」
 親切には親切で。
 ステルナのそうした考え方は明快かつ善意に溢れたものだ。
「──あら、そう? だったらお願いしちゃおうかしら。誰かと料理を作るなんて、いつぶりかしらね」
 クローリカがそう答えれば、二人揃って笑い合った。
 お互い出会って本当に間もないけれど、クローリカにとってもステルナにとってもきっと良い事があるだろう、と。
 二人はそう予感したのだ。
 そしてその日の夜。
 その集落では珍しい事に、とある家の灯りが月が登り切るまでずっと灯っていたのだとか……。

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