PandoraPartyProject

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砂漠の涙

「荷物を運んでほしいんでさぁ」

 ラサのオアシスで一泊して、宿代を払おうとしたら財布がなくなっていた。昨夜、楓はサンド・バザールで珍しい根付を買ったのだが、その後……財布を見た記憶がない。
 そのことを伝えると宿屋の店主は”にやり”と笑顔を浮かべ、宿代の代わりに荷物運びを提示してきた。店主いわく、本来は傭兵に頼もうとしていたが今日になっても来ないというのだ。急を要するので、他の傭兵に頼むには高く付く、そこで文無しと化した楓に運ばせようというわけだ。さすが商人の街、足元を見るのが上手い。

 荷物は楽器であり、どうしても今日中に砂漠にある城まで送り届けて欲しいという。しかし砂漠には危険がつきもの。そこで腕が立ちそうな彼にやってほしいと。宿代としてはいささか高いが、無銭宿泊となっては困るので受けることにした。
「決して中身は見ないでくださいよ」
 店主は楓を品定めするような目で言う。楓が楽器などに興味はないと言うと、店主は巨大な弦楽器のケースを出してきた。不運だ。このでかい荷物を担いで砂漠を歩くのは骨が折れる。

 未熟ゆえの修行と諦めて、楓は荷物を背負って外に出る。陽はまだ高く、目的地には数時間といったところだから若干の余裕がある。砂漠に出ると、直射日光が容赦なく楓を突き刺した。こんなときに和装は風通しがよいので助かる。足元も靴ではないため、なんとか歩ける。

 目的地まで残り半分くらい歩いただろうか、遺跡の影に腰を下ろして地図を確認していると、嫌な気配を感じた。

 殺気。即座に刀を鞘ごと抜き敵に居合で合わせる。居合とは元来、斬りかかられた側が身を引きつつ同時に間合いに入ってきた者を牽制する技術。一瞬だったため、敵の一撃は鞘で防ぎ、それから抜刀、左手に鞘、右手に相棒の無銘刀を構える。襲ってきたのは重装備で騎士風の男。顔は兜で見えない。

 無銘刀は、基本的に重武装とは相性が悪い。どうしたものか。楓は背中の荷物を放り投げ、遺跡の壁に勢いよくぶつかる。壊れたかもしれないが今は敵の殲滅が先だ。戦闘狂の血が騒いだ。現状確認。敵は重装備だが、砂漠という足元の悪さが制約になる。一方、楓には機動性というアドバンテージがある。やるなら喉。そして一撃。血が滾った。

 互いに間合いをとりながら、円状に動く。男が半周して、先程投げ出した楽器ケースにぶつかる。楓は一気に間合いを詰めて喉への突きを繰り出す。だが、目の端に開いた楽器ケースが入り、中身が楽器でなく可憐な少女であることに気がつく。猿ぐつわをされて、全身拘束されている。
 嫌な予感はしていた。非合法な武器か薬だとは思っていたが、少女が入っているとは思わなかった。楓に動揺が走る。男は中段に構えた大ぶりの刀を振りさばき、楓の左脇腹を抉り取る。楓が上段の突きを放ってくると予想しての、胴切り。盗賊にしては、おかしな装備だと思ったが、その太刀筋で敵が名のある騎士だということがわかる。

「名を聞こう」
 楓はそう口にした。
 男は鎧の中で、微笑したようだった。
「我が名は守護天使の名を戴く者、ガブリエル。貴様もまた、只者ではないな。名は?」
「楓」
 そう短く答えると、次の斬撃に走る。機動性が命だ。甲冑の急所は関節部分。手首を狙う。だが、相手は半身をきってそれを躱す。機動性でも劣るというのか。その焦りを見て取ったか、今度は繊細にこちらの喉元を引き裂こうとぎりぎりの間合いで切りかかってくる。刃がかすった。

 腹部と、首、二箇所も切られるとは思いもしなかった。だが痛みは感じない、むしろ手首に生暖かな血がしたたるのを感じ胸が高揚する。好敵。読みがしっかりと噛み合っているうえに正統に鍛えられたことを示す筋の良さ。面白いじゃないか、魂が吠えた。だが、正攻法で倒せる相手ではなかろう。

 楓は刀を上段に構え直してから砂を蹴り上げて、相手の視界を妨げる。騎士様は、こんな仕打ちを受けたことはあるまい。そして敵の意識は上段の刀。そこを狙う。相手は身を引きつつ上からの斬撃に構えるはずだ。したがって、足元は意識できない。深く踏み込み、男の膝に鋭く刃を差し込む。勝負あった。

 身を引くと、男はそれでも立っていた。脚関節の骨まで砕いたはずなのに……ならばと、もう一度首筋を狙う。すんでのところで、男は躱すが今度は入る。兜が落ち、顔が露わになった。金髪の美しい顔をした青年だったが、表情は険しい。膝を砕かれ、首元への斬撃を受けているのだから立っているだけで奇跡だ。

 それでも、男は震える手で剣を構えるのを止めない。闘志。そんな言葉では語りきれない強い意志。だが、結末はもう見えている。とどめを刺さずとも倒れるだろう。
「お嬢様。すみません」
 男はかすれた声で、たぶん楽器ケースの少女にそう言い膝をついた。
 少女は静かに涙を流した。

 身体の熱が下る。本来なら、ここでとどめを刺す。情けなど無用だが、今回は違った。
 少女を泣かすは恥。楓は刀を鞘に戻してこう言った。

「いやぁ僕、今、文無しでね。騎士様、いくら持ってる?」

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