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泡沫の恋(恋愛)

 ーー人は死に、何時か土に還る。
「っていうけどさ。俺は海に還りたいんだけど」
 浜辺に尻を付き不機嫌そうに呟いた彼に、彼女はくすりと笑った。
「どうしてよ?海の底はとても冷たいわ。あなた寒がりじゃない」
 なにか可笑しなことを聴いたかのようにくすくす笑い続ける彼女に、彼は唇を尖らせる。
 ーーそんなの、決まっているじゃないか。
 彼女の海のような瞳を見て呟く。
「……おまえだって、淋しがりのくせに」
 その言葉を聞いた途端に彼女の笑いがやみ、……どこか悲しそうな笑みが浮かぶ。
 間違えた、と思った時には遅かった。
 ぱしゃりと水のはじける音を立てて彼女が海に飛び込む。
 銀色の”魚の尾”が日の光を弾いて煌めく。
 その姿はあいもかわらず美しくて。
 けれどそんな余韻に浸っている暇はない。
 慌てて波打つ海水に足をつけて呼びかけた。
「ごめん、俺が悪かったから……!」
 ぱしゃり、遠いような近くで水が跳ねた。
 海の中から彼女が頭だけを覗かせ、悲しそうにつぶやく。
「……寂しくないもの。あなたとの思い出があれば、大丈夫だもの」
 たとえ、この命が幾千のときを生きようとも。
 彼が死んだ後に、たった一人きりになろうとも。
 それでも大丈夫だ。あなたとの思い出があれば、大丈夫。
 彼女はまるで自分自身に言い聞かせているようだった。
 波がさざめく。
 こらえ切れずに叫んだ。
「俺が生きている限り傍にいる。絶対、ひとりになんかさせないから……!」
 それがたとえ、君の一生にとってたった一瞬の幻だとしても。
 ーー人は死に、何時か土に還る。
 それでも俺は死んだあとに海へと還りたい。
 君の思い出となって、君の記憶の中で。
 君との永遠を生きたいと願うのだ。

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