サンプルSS詳細
ファンタジー×パフォーマンス×シリアス 2000字
それは幼き日の淡い記憶。
グレイは村の中央で一人踊る少女を見ていた。すらりと伸びた手が夜空を混ぜ、
それを夜空の欠片だと少年は思う。無限に続く空の一部が地上に下りてきたのだと信じながら、ひたすらに舞を見つめている。
後に少女が招かれたただの踊り子だったと知っても、目を閉じればいつでも
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
今日はグレイが初めて舞台での舞の披露を許された日。月に魅了され踊り子を目指してから数年、故郷から旅立ったのも随分と古い記憶だ。
緊張に震える手を抑え静かに時を待ち、かと思えばやっと得たチャンスに心を震わせる。そわそわと落ち着かないまま出番は近づいていく。
「どうせ、私達なんて誰も見やしないわ」
直ぐ傍で共に待つ少女が囁いた。嫌味というよりも自嘲なのだろうと感じる。
「わかってる」
グレイ達は簡素な舞台の後方で、主役の為に踊る
だが、それすら今までは許されてこなかったのだと思うからこそ、喜びと緊張が心を混ぜるのだ。
「だから目にもの見せてやるくらいでいかねーと、だろ」
少女も本当は嬉しいのに不安が勝っているだけ。自身まで悪感情に流されてやる義理はないと、ぐっと拳を作り気合を入れる。
心構えはとうに出来ている、グレイはそう思っていた。
数分の後、幕は上がる。
鳴り渡る音を合図に踊り出たグレイは、前に立つ
それぞれが纏った鮮やかな衣を風や炎水へと見立て操れば、白き乙女を妖精が祝福していると、人々は
グレイは宙に投げた緑の布を手繰り寄せ、優美なる風となる。時に激しく吹き荒れ力強く、変化に富んだ足捌きを披露し――乙女の生き生きとした舞をより洗練させるのだ。
妖精《脇役》より質素な純白を纏ってなお、
練習の時よりも美しく広げられたそれは、導くようにグレイの視線を彼女の向く先へと誘い。
彼は見てしまった。頭でわかっていても、つい見ない様にしていた観客。やはり乙女ばかりを観ている、これが現実だと誰かが囁いた。
思わず足を止めそうになり、それだけは駄目だと一人叱咤するが視線は宙を彷徨って、
どれだけ頑張っても彼女になれる気がしないのだ。開演前に仲間の少女が感じていたのはこれかと悟る。いっそ投げ出してしまいたいと暗い気持ちで目を閉じた。
――瞼の裏で、月が微笑む。
はっと顔を上げグレイは地を踏みつける。認められる為じゃない、あの時はただ
妖精達の最後の見せ場で、風は嵐となって邪なるものから乙女を守る。グレイは最初よりもずっと高く跳んで、空中で二度の宙返りをしてみせた。アクロバティックな動きは彼の得意技、これを披露せずして諦めようとしていた自身を嘲り、だが期待はせずに観客席を見やる。
人々は皆、グレイを見ていた。……たった一瞬だけ。
やっぱりかと、ひっそり溜息を吐く。今度こそ視線を逸らそうとしたその時、彼の瞳に一人の子供が映り込んだ。
彼女は乙女の最後の
そして舞台は終わる。
空気を震わす歓声が響く中、グレイは未だ心を揺さぶられていた。ひたすらに見つめてきた姿がある感情を沸き立たせ、一つ、思い出す。
昔見た踊り子とグレイは一度だけ言葉を交わした。たった5文字、ありがとうと笑う少女《月》の顔。
ああ、と呟き、グレイは彼女の言葉と表情の意味を悟る。きっと嬉しくて、愛おしかったのだ。主役《祭囃子》よりも自分を見てくれた
「男が踊り子を目指すのか」と嗤われながらも勝ち取った舞台にグレイは喜び、それでも後方で踊る自分に誇りは持てなかった。それを先程の子供は塗り替えてくれたのだ。
あの日、踊り子にとってもグレイは小さな村での舞台を誇りに変える存在だったのかもしれない。
その誇りはいずれ自身に翼を与えるのだと、未来にグレイは知ることとなる。
これはまだ、