PandoraPartyProject

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男女の恋愛しっとりイチャ

(2000文字)

 お互い決して暇ではないのに、稼働の合間を縫ってほんの短い時間を共有する事は、二人の間で確固とした言い訳が出来上がっている事で違和感も罪悪感も既に彼方だ。「作業に行き詰まった気分転換」。大義名分を掲げて誤魔化さなければ、未だこの関係に照れのようなむず痒い感覚を抱えている身では、一緒に居たいなんて睦言すら零せやしない。
 使用頻度の極端に少ない私の家のリビングは、彼が居る時だけそれらしい体裁を保っていられる。持参したディスクを勝手にデッキに入れようとするので慌てて止めれば、案の定それは彼の気に入りのスプラッター映画だった。怒るよと叱れば、癒やされんのに、とへらへら笑うので思いきり顔を顰めて席を立ってやった。冗談だとわかっているので真剣に怒ってはいない。彼も本気で私の家でそれを見ようだなんて思っていないはずだ。――いや、どうだろう。わからなくなってきた。
 飲み物を用意してやろうと冷蔵庫や戸棚を眺めるがろくな物がない。無難に緑茶のペットボトルを二本取り出して居間へ戻る。ソファに座ったまま、退屈そうにテレビのリモコンでザッピングを繰り返す手持ち無沙汰そうな彼の隣りに腰掛ける。ん、とボトルの片方を渡せば、あざます、と乾いた感謝を貰った。
 開いた足の間にボトルを差して、ぼんやりテレビを眺める横顔を見る。決して高いとは言えない、なだらかな鼻筋。前のめりに画面を見るだらしない姿勢で際立って見える、大きな喉仏。広く開けた額は緩い曲線を描いて、解いたままの長い髪が水分を失ってふわふわと質量を増している。珍しく手を掛けて整えられた髭周りは外部打ち合わせが続いた賜物だろう。存在感を保ちながらも行儀良く刈られたそれは穂先が短く、触り心地も良さそうだ。
 不意にこちらを向いた怪訝そうな顔に目を見開いた。なに、と尋ねられても答えられない。どうやら視線が気になってしまう程にはじっと見ていたらしい。凝視の理由は上手く言葉に出来ないししたくもないが、彼がこちらを振り向いた事については単純に、丁度いい、と思った。
 背筋を伸ばして、ほんの少し身体を傾けて、軽く唇を触れ合わせて離れる。僅かにかさついた表面の感触と、唇というよりは近付いた顔の温もりが一瞬感じられただけの接触。キスと表現するのも憚られるような触れ合いでも、彼に仕掛けたという事実がそわりと落ち着かず背筋をざわめかせる。驚いたように丸く開かれた目がふいと斜め下に逸らされた。眉間に皺を寄せて照れたように顔を伏せるその仕草が私に対する彼らしくなくて、じんわりと胸が甘く痛んだ。
 名前を呼べば、顔を俯けたままの彼が視線だけでこちらを見る。伏せられた角度が不都合で、片手で彼の髪を掻き上げながらその顔を上向かせる。ゆっくり近付いていけば彼も観念したようで、しっとりと瞳が閉じられていった。
 互いの弾力を押し潰すように唇同士を押し付け合う。じっくり熱を分け合ったら、軽く口を開いて表面を食む。じゃれ合うように唇を遊ばせていると、もどかしげに舌を伸ばしてこようとする気配が察せられたが気付かぬふりをした。上唇を挟み込んで軽く吸って離す。下唇にも同じように。は、と熱い息が漏れて互いの顔がぬくむ。彼の手が私の肩まで這い上がって押すように力を込められるが、倒されるつもりはないと腹に力を入れて耐えた。彼の鼻息が不服そうに抜けていって、肩を掴んでいた手は下降していき、私の脇腹辺りに添えられる。その感触がどうにも下腹を重くするので、私も彼の背中に指を滑らせた。ひくりと震える腰を撫でて服の隙間から肌に直接触れると、彼が鼻に掛かった息を漏らす。唇の表面だけで睦み合う事を繰り返して、彼が焦れたように身を乗り出してくる度にこちらは距離を取って一定の刺激を保つ。唇が離れた瞬間に薄く開いた瞼の隙間から潤んだ瞳が覗いたのを見て、腹の底から熱い呼気が大きく吐き出されていく。不服そうに頼りなげに垂れ下がる眉を指でなぞると、水分量の多い瞳がくるりと光を反射して輝いた。彼の殆ど音にならない囁き声が私の名を呼ぶと、それはとろりと蕩ける蜜のように耳朶に絡みつく。横腹に触れていた彼の手が、ぎゅっと私のシャツを握り込む。強請るように、助けを求めるように、甘ったるく乞われるその振る舞いに強く電撃を受けたような衝撃に襲われる。私に対してそんな所作を見せたがる人柄ではないと思っていたのに。そんなに素直に――わかりづらいという点は否定しないが――要求されてしまうなら、こちらが抗うすべなんてないというのに。腰に触れていた手で身体を引き寄せて、顔に触れていた手で後頭部を包む。合図のように彼が小さく口を開いたのに、すっかり陥落した私はまんまとその中に舌を捩じ込んでやった。
 がたん、と音を立てて床に転がったのは、彼に渡したお茶だったか、それとも私の物だったか。まあ、もうどちらでもいいけれど。

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