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底の底
楽しくないことは嫌いだ。
小石を蹴飛ばすのは楽しい。でも小石に躓くのは楽しくない。つまらない。けど小石に躓いてる人間を見るのは楽しい。面白い。
だからウサギは薬を売り歩く。軽い足で跳ねながら、踊るように、逃げるように。間抜けなウサギにはならないさ、昼寝なんてせずに今日もカチカチ火をつける。
「シアワセだろ?」
四肢を投げ出して視線の合わない虚ろな目を覗き込む。涎もたらしてきったねー顔だなと思うけど、それ以上に腹の底に何かが満ちていく感覚が気持ちいい。でもオレがそんな顔になりたいとは思わない。こんな顔は見てるだけで充分だ。
貰うもんは貰ったし、ラリってる顔も見れたから満足ーではあるんだけど、さてどうしたものか。なんとなく腹はへったかもしれない。適当にどっかで食べてからねぐらに戻るかな、と立ち上がれば、遠くに見慣れた癖の強い髪が見える。
にぃ。自然と広角が上がるのは、何を期待してか。少なくとも、退屈ではない時間は約束されたようなものだ。
「やーーいっちゃーーん♡」
丁度いい位置にある肩に腕を乗せて体重をかければ、丸くなった目が釣り上がった口元を映し出す。覗き込まずとも相手の目に己が映り込んでいる様が分かるのは中々に心地良いものだ。そこに浮かぶのが驚愕であるのならより笑みも深くなる。
そしてそれだけの距離の近さならば、相手のまとう香りが自然と鼻腔を刺激する。確かめるようにあえて鼻を鳴らしながらにおいを吸い込むと、予想通りの反応が返ってきた。
「う、ウサギさん、ま、まってくだ、におい、なんで」
「んー?いつもより濃いなぁって♡お仕事してきたの?」
錆びついた廃工場のようなそれが指すものは一つだろう。一体どんなものを掃除してきたのやら。指摘を受けた幼さの強い男は、困ったような、照れくさいような、曖昧な顔で視線を注いでくる。
「じゃあオカネ、あるよねぇ?」
腕の下にある肩にかすかに力が入った。澄んだ色をした瞳はオレが伸しかかっていることで影が落ちている。ゆらり、ふらり、とける向こうから滲む熱と、浅い呼吸が耳をくすぐる。嗚呼、面白い。楽しい。カワイイ、生き物。
「ウサギと一緒にご飯イこ♡」
くるん。また、目が丸くなる。
「え?ご飯、ですか?」
「そ、お腹空いちゃってー。オレもさっきお仕事してきたばっかだから、何か食べよ」
「あの、でも、俺……」
眉尻を下げながら服のにおいを嗅ぐやいっちゃんはさっきオレが言ったことを気にしているらしい。別にこんな街で気にするようなことでもないだろうに。ゴミ溜めを被ってるような人間に比べたらマシなもんだ。
「イイじゃん、付き合ってくれたらオマケもあるよ?」
「オマケ?」
「いつもよりサービスしちゃう♡」
肩にかけたバックパックをわざと揺さぶって音を鳴らす。今度こそ正しく意図を理解したお客様は、細い喉の奥でこくりと唾を飲み込んだ。イイね、そういう反応、ダイスキ。
「ね、ご飯イこ」
カチカチ、コロン。落とした小石は、沼の中。