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お好み焼き

「すみません。注文お願いします」
「はいよ」
「この『お好み焼き』をお願いします」
「あいよ。お好み焼きね。ちょっと待っててな」
 そう言うと店主の親父は、厨房から食材の乗った大きな皿を抱え戻ってきた。
「ほい。肉に魚に野菜。どれでも好きなもん選んでや。それと選ぶんはひとつやなくてもええで。この中のもんやったら好きなだけ選んでくれてええ」
「へぇ〜お好み焼きの具材を自分で選べるんですか」
「まぁお好み焼きやからな」
「えっと、そうしたらこの肉とこの野菜でお願いします」
「あいよ。みんなは決まったかい?」
 ルヴィスはターブ肉のジンジャーナ炒め、クラニはマサンサの塩焼き、ジェナは夏野菜のラタントラという料理を注文した。
「あいよー。今すぐ作ってくるさかいちょっと待っててな」
 料理を待つこと約十五分。まずはじめに運ばれてきたのはジェナの注文した夏野菜のラタントラ。
 今が旬のトモルコ、キウリ、ヌス、クオラをトゥーメトのピューレで煮込んだスープ料理だ。
 次に運ばれて来た料理は、ルヴィスが注文したターブ肉のジンジャーナ炒め。豚肉に生姜に似た野菜をすり下ろしたものを絡め炒めた豚肉の生姜焼きのような料理だ。
 続いてクラニの注文したマサンサの塩焼きが運ばれてくる。これはシンプルに魚の塩焼き。
 そして、いよいよ僕が注文した『お好み焼き』が運ばれて来る。
「はいよ! お待たせ!」
「……」
 僕は目の前に置かれた料理を見て唖然とした。
 なぜならそれは、お好み焼きの『お』の字もないものだったからだ。
「あの、これどう見てもステーキですよね?」
「せや。ステーキやで。兄ちゃんが選んだんはそういう肉やからな」
「でもこれはお好み焼き、なんですよね?」
「せやで。これはお好み焼きや」
 僕が選んだ肉は、たしかにちょっと肉厚でステーキに最適な感じではあったが、なぜそれがお好み焼きなのかまったく理解できなかった。
 では、肉ではなく魚を選んでいたらどうなっていたのか? 気になった僕は店主の親父に聞いてみることにした。すると答えはこうだ。
「魚焼きや」
「魚焼き、ですか。それもお好み焼きなんですよね?」
「せやで」
 野菜ならどうだろう。
「野菜炒めや。これも、もちろんお好み焼きや」
 ここまでくるともうわけがわからない。選んだ具材によってそれぞれ料理は異なるというのに、なぜどれもこれもお好み焼きなのか。僕にはまったく理解できなかった。
「あの、選んだ具材によって異なる料理が出てくるのに、なぜ全て『お好み焼き』なんですか?」
「ワッハハ。簡単な話しや。好きなもんを焼く。つまりはお客の好みのもんを焼く。せやから『お好み焼き』っちゅうわけや。ガハハハハ」
「ハハ。好みのモノを焼くからお好み焼き。たしかにそうですね……」
 豪快に笑う店主の親父とは対照的に、僕は苦笑いを浮かべた。
 しかし、いつまでもそんなことで落胆してはいられない。これは、あくまで僕の勝手な思い込みが招いた事。目の前にある料理は『お好み焼き』で間違いなのだから、それはそれとして美味しく頂こうじゃないか!
 僕はナイフとフォークを手に持つと、店主の親父に向かって元気よく言う。
「いただきます!」
「あいよ! 召し上がれ!」
 両面にしっかりとついた焼き色と香ばしい香りで、視覚と嗅覚が同時に刺激され、胃に穴が開きそうなほど食欲をそそる。聞けばこの肉は、希少種であるアングーラの肉で、さらにその中でも取れる量の少ない希少部位なのだと店主の親父は誇らし気に胸を張った。
「味付けは肉の味を最大限に活かす塩と黒胡椒だけや。まぁ自論やけどな。百聞は一見にしかずや。とにかくまずはひと口、食うてみ」
 肉の厚みをまったく感じることなくスルッとナイフの重みだけで切れた肉からは、ジューシーな肉汁が溢れ出した。ゴクリ。僕は生唾を飲んだ。そしてひと口大に切り分けた肉を口に入れると、
(噛まなくても舌だけでお肉がほどけていく。ほっぺたが落ちるってこういうことを言うんだ)
 肉は信じられないほど柔らかくジューシーで深みのあるコクが口いっぱいに広がり、程よい塩味とピリッと香る黒胡椒が店主の親父が言っていたように肉のうまみを最大限に引き出している気がした。
「どや? うんまいやろ?」
 もう言葉にする必要はない。そう思った僕は右手の親指をグッと力強く立てた。
「ワハハ。せやろせやろ。後はゆっくり食べや」
 店主の親父は僕の肩をぽんぽんと軽く叩くと、上機嫌で厨房へと戻っていった。

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