PandoraPartyProject

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【個人企画】ハロウィン サンプルSS

 とある女のノートに残された物語――。

 ***

 数日かかる仕事だった。外泊を要求される内容で、家から随分離れた場所での仕事だったから、当然ながらその間一度も家に戻ることができなかった。

 血が欲しい。それは食欲に似た快楽を求める感情。飢えを満たすための欲求。
 吸血鬼であることを隠して生きているアレンにとっては、人目にさらされ続ける期間は、血を一度も飲むことができない期間だ。一人での仕事なら都合をつけることもできるだろうが、生憎今回は自分だけではない。隠れて血を飲むにしろ、正体を知られるリスクが付きまとう。だから、数日だけ我慢することにしたのだった。

 数日もの間、一口も血を飲まないのは久々だった。ほとんど毎日のように血を分け与えられていた身体は、その味も欲もよく覚えていた。だから仕事が終わって帰路についたときには、如何にして血をねだるか、ということで脳が支配されていた。

「ただいま」

 家の中に漂う甘い匂い。姉――リリアの身体から漂う、血の香り。

「おかえり。お疲れ様、大変だったね」

 彼女がくれた労いは、恐らく仕事に対するものなのだろう。しかし飢えたこの身は、この欲を抑え込んでいることへの労りの言葉だと理解した。

「ね、頑張ったでしょ、僕」

 だから血をちょうだい。

 リリアの前に膝をつき、彼女の手を取る。彼女の細い指に自分のそれを這わせ、口元に近づけた。

「いいよね」

 彼女が断らないことは知っている。リリアはアレンに血を与えることを役目だと思い込んでいるから、求めなくても血を差し出してくれる。それでも「ねだる」という手段を踏んでいるのは、彼女から奪っていると思いたくないだけだ。

「うん。いいよ」

 ご褒美。そんな言葉が耳に降ってきて、たまらずに彼女の指に牙を突き立てた。ぷつりと皮膚が破れて、温かな液体が口内に流れる。

 リリアの血は、甘い。他の人間の血を飲んだことは何度もあるけれど、それでも彼女の血が一番美味しい。白い首筋に噛みついたときはその味をもっと感じられるけれど、飢えているときは血を吸い過ぎてしまいそうだから、指先に歯を立てるだけに留めていた。

「これだけでいいの? おなか空いていない?」

 指を離すと、リリアが心配そうに見つめてくる。

「ううん、大丈夫。これ以上は姉さんが貧血になっちゃいそうだし」

 彼女の身体が心配というのも勿論あるけれど、これ以上血を飲んだら止まらなくなる気がした、という理由の方が大きかった。

「美味しかった。ありがとう」

 アレンが微笑みを浮かべると、リリアはゆっくりと頷いた。

「昨日裁縫してたら指を刺しちゃって」

 アレンが美味しいと言うから、どんなものか気になって舐めてみたらしい。ただ、苦い鉄の味がした、とのことだった。

「やっぱり吸血鬼じゃないと血は美味しくないんだわ」
「姉さんは人間なんだから。それでいいんだよ」
「それもそうだね」

 その時の血が欲しかった、というのは黙っておいた。

 同じ胎で育ったはずなのに、リリアは人間に、アレンは吸血鬼に生まれた。アレンが吸血鬼特有の能力や魔術を使えるのに対して、リリアはほんの少しの魔力も持たない。その理由は分からないけれど、リリアが血のために他人を求めなくて済むのは、アレンにとっては好都合だった。愛しているひとが自分以外の者を求めるなんて、許せるはずがないのだから。

「僕がいない間、危ないことはなかった?」
「アレンが結界張っていってくれたんでしょ、危ないことなんてないわよ」
「それはそうだけど、そうじゃなくて」

 リリアは知らないのだ。自分の血にどれほどの価値があるかなんて。だからアレンの心配をすりぬけるように笑っている。

 やっぱり、姉さんは僕が守ってあげなきゃだめなんだ。ずっとこの安全な家にいてもらわないとだめなんだ。

 一つ息を吐くと、甘美なようで苦いものが胸の奥からこみあげてきた。それを飲み込んで、アレンはそっと言葉を吐き出す。

「確かに、この家は一番安全だからね」

 外に出たら、姉さんは食べられちゃうよ。

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