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サンプルSS詳細

獅子若丸という男(サンプルSS)

「坊っちゃん、ウチは居酒屋だけど、さすがに子供にお酒は出せないよ」

 ――とある居酒屋。
 『百獣剣聖』獅子若丸(p3p010859)は、とある問題に直面していた。

「吾はもう44歳なのであるが……」

「その見た目でその主張は無茶だろ。どう見てもおこちゃまライオンだぜ」

 店主の指摘通り、獅子若丸はいまや子供の体格。
 ある日突然、『無垢なる混沌』に召喚された獅子若丸は、元いた世界では40を超える歳で『百獣剣聖』と呼ばれるほどの剣の達人、大人物であったが、混沌世界でのLV1の法則が適用され、その力をほとんど失った。おまけに召喚の影響をもろに受けて、子供の体に縮んでしまった、という経緯なのである。
 力を失った事自体は、彼はそれほど気にしていない。また1から剣の修業をし直すというのも乙なものである、とすら思っている。
 ただ、この体で酒を飲むというのは少々無理があるようで……。
 店主に「じゃあ、年齢証明できるもの持ってる?」と訊かれると、強く出られないのも事実だ。

「で、あるか。仕方あるまいな。では、このカシスオレンジというものをいただこうか」

「それもお酒だよ」

「む……? では、このカルーアミルクというやつを……」

「それもお酒! ソフトドリンクのメニューはこっちだよ」

 店主はため息をつきながらメニュー表を差し出す。「そんなに子供ってのはお酒を飲みたがるもんなのかね。まあ俺も昔は早く大人になりたくて仕方ないものだったが」と苦笑いだ。
 本当に成人なのだがなあ、と思いながらも、獅子若丸は仕方なくオレンジジュースを注文するのであった。
 すると、居酒屋の喧騒の中に、にわかに悲鳴のような声が混じった。何事か、と声のするほうを見やる。

「おいおい、俺は酒を注いでくれって言っただけだろ。お客様の言うことが聞けねえってのかぁ?」

「で、でも、膝に座らせようとするのは限度を超えていると申しますか……」

「いいじゃねえかよ、お客様をいい気分にさせて金を取るのがお前らの商売だろうがよ」

 どうもチンピラの類が店員の女性を困らせているらしい。
 獅子若丸にとってはわりとどうでもいいことではあった。彼にとっては、剣に関すること以外には興味が薄く、店員が困ろうがチンピラが騒いでいようが、彼には何の関係もない。
 しかし、チンピラは無謀というか不運というか、獅子若丸にも絡み始めたのである。

「おいおい、こんなおこちゃまが居酒屋で、ひとりでオレンジジュース飲んでやんの」

「吾に何用か。静かに飲みたいので、関わらないでいただきたい」

「ギャハハ。大人ぶっちゃってまあ。その腰の剣もどうせオモチャだろ」

 ――先に説明した通り、獅子若丸は剣以外の事柄には興味が薄い。チンピラもどうでも良かった。
 ただし、剣を馬鹿にされたら、それは彼にとっては踏んではいけない虎の尾ならぬ獅子の尻尾なのである。

「……ほう。オモチャかどうか、確かめてみるか?」

「ぼ、坊っちゃん! 店の中で喧嘩は――」

「わかっておる。表に……いや、路地裏に出るが良い」

 慌てて喧嘩を止めようとする店主を手で制して、獅子若丸はチンピラを路地裏へ誘導する。

「ヘヘッ、こんないたいけなおこちゃまをいたぶる趣味はねえが、子供だからって容赦はしねえぞ」

「構わぬぞ。吾も容赦をするつもりは毛頭ない」

 獅子若丸の足は地を蹴った。スキル『クイックアップ』を使い、加速する。彼は路地裏の狭い中で建物の壁を蹴り、目にも留まらぬ速さで高速移動をしているのだ。

「なッ、速ッ……!?」

 チンピラが困惑しているうちに、獅子若丸は既に相手の背後に回っていた。

「しばらく眠っておれ」

 ゴツッ、とチンピラの後頭部に峰打ちを当てて、相手を昏倒させた。
 峰打ちとはいえ、刀も相当な重量であり、これを他人の頭にぶつけるのは危険なのでオススメはしない。

「すまぬ、代金も払わず、店を出てしまった」

 何食わぬ顔で戻ってきた獅子若丸に、店主は驚いた顔をする。

「ま、まさか坊っちゃん、あのチンピラを……」

「少し路地裏で寝かしつけただけである。斬ってはおらぬので安心するが良い。まあ、翌朝には冷えて風邪くらいは引くかもしれんが、吾には関係のないことなのでな」

 あんなチンピラ、刀の錆にする価値もない。

「あ、あの……ありがとう、坊や」

 チンピラに絡まれていた女性店員がペコリと頭を下げる。
 坊やという歳ではないのだが、もう訂正するのも面倒だった。

「喉が渇いたな。ミルクも頼めるだろうか」

「ああ、厄介な客を片付けてくれて助かったよ。お礼に、何杯でもタダで飲んでいきな」

「良いのか。かたじけない」

 こうして獅子若丸は、本人の自覚なく人助けをして、感謝をされるのであった。

〈了〉

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