PandoraPartyProject

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別れ(作者の好み強めサンプル)

 男は懸命に血を流し倒れる仲間の傷口に布を押し当てていた。知らせを受けて駆けつけた時にはすでに何もかも手遅れだった。
 周りには無数の魔法を使った痕跡がある。おそらく最後まで抵抗したのだろう。それなのに、肝心な時に自分は何もしてあげられなかった。その事実が胸を抉る。今だって止血しなくちゃいけないことくらいしかわからない。そんな無力な自分が恨めしくて仕方がなかった。
「……」
「どうした! 何か言いたいことがあるのか!」
 うつろな目でこちらを見て口を動かす仲間の姿に、男は聞き漏らすまいと顔を近づける。だが、仲間は不明瞭な言葉を発するだけだった。
「頼むよ……お前までいっちまうのかよ」
 感覚で分かった。押さえていた傷口から漏れ出る血がどんどん少なくなっている。それが良いことではなく、血を流しすぎた証拠だということは、医療に詳しくない男にもすぐにわかった。
 いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた。魔物との戦いは激化の一途をたどるばかり。魔物という強大な敵を前に古参も新参者も関係なく屠られていく。
 しかし、心の中でこいつだけは生き残ると期待してたのだ。そんな保証はどこにもないのに、いつまでも倒した魔物の数とか武勲とかを張り合っては笑っていられる。そう思っていた。
 だが、そんなものは幻にしか過ぎなかった。
 仲間の喉から聞こえていた苦しそうな呼吸音も次第に弱くなっていく。もう時間がなかった。
「どうすればいい。何をすれば……俺は最後に、お前に報いてやれるんだ?」
 男は仲間の手を強く握る。その手は無数のまめができており、杖の鍛錬を欠かさなかったことがはっきりとうかがえる。
 魔術師なんだから武術なんて必要ない。それはかつて自分が仲間に言った言葉。その言葉に仲間は、接近されても闘えるようにすべきだと力説していた。
 努力していたのだ。最悪の場合を備えて、苦手な武術も身に着け、誰よりも真面目に魔物と闘っていた。こんなところで負けていい人間じゃなかった。
 過去の自分が憎い。こんなことになるなら武術の1つでも教えておけばよかった。
「……傷……む」
 仲間が言葉を発した。以前とは比べ物にならないほどに弱々しい声。だが、懸命に何かを伝えようとしていた。
「どうした!」
 仲間は弱々しく手を握り返した。
「魔法で……刺し……違えた」
「!」
「今なら……俺の魔術と……お前の武術で……」
 ところどころかすれた声。だが言いたいことはわかった。周囲に目を凝らすと、確かに森へと続く血痕がある。今追えば、倒せるかもしれない。
 だが、森に行けば仲間の最後みとれない可能性が高かった。
「頼……む……よ」
「それがお前の願いなんだな」
 仲間は頷かなかった。もう体を動かす体力も残っていないようだ。それでも仲間はぎこちなく笑って見せる。そこにすべての答えがあった。
「絶対に戻ってくる」
 男はそう告げると剣を引き抜く。その目には炎が揺らめいていた。
「俺とお前で必ず勝利する。だから、お前は絶対に死ぬな。俺が戻るまでに死んだりしたら許さねぇ」
 男は最後にもう一度仲間の手を強く握る。仲間はわかったというように指を動かす。
 これで迷いは消えた。約束は結ばれた。自分は必ず魔物を仕留め、仲間は死なない。そう自分を奮い立たせる。
 そして男は森へと走り出した。

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