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彼岸花と菊(伝記怪異もの)
彼岸花が花開く頃、立ち寄った町は酷い死臭が漂っていた。死体が宿屋の前に雑に転がされている始末だ、辛うじて生きていた者に尋ねれば、ここらは酷い疫病が流行っていて、旅人はすぐさま去るといいと言ってくる。
病ならば仕方がない、男は別に医者ではないし薬師でもなければ、坊さんのように献身的に病人を看護するわけでもない。
そんな慈愛の心を持つ余裕がない。ただこの町に漂う死臭は病の死臭ではなかった。最近は病で酷い有様の村もいくつか見たが、ここは違う。
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人は最近の流行り病をイタチとして形にしている。
アマビエといい人は病に対してなんらかの形をとりそれを敬ったり畏れたりすることで心の安寧を保つ、それもまた人間の戦い方の一つである。そういうのは悪くない。
ただそれが別のものが原因だとしたならば、戦い方が間違っているのである。無意味だ。絵が泊まる予定の宿屋にあった。コロウリとアマビエの絵だ。大流行した肌が黒くなる病と似ているから、店主が町の健全を願う祈願としてかけたのだという。
しかし店主も病を患っていて、お客様は早くに去った方が良いと奉公人が訴えかける。
「一週間」
男はそれだけ言うと、宿屋に書いてある料金の表を見て、一番上等な部屋の値を見るとその一週間分の金を出した。奉公人は黙った。
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戦国時代、さる武将の隠し子の女が名前を隠せば過ごすことを許された。しかしあろうことか武将の正室の息子と恋をした末、その武将から派遣された暗殺者によって殺された。つまり非業の死を遂げたという話がある。武将の息子はそれをたいそう悲しみ、せめての手向けと父親へのささやかな恨みで彼岸花で女の墓の周辺を埋めつくした。それから武将は夜な夜な彼岸花の咲き誇る中、女に恨み言を言われるという悪夢を見て、終いには狂死したという。
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インネンという妖怪がおり、これは人間の死霊をはじめとして様々なものがいる。
ともかくこれは人間に憑依していろんな具合を悪くするという。
この町では病のはじまりかけの人間は皆一様に赤い彼岸花を手にしていたという。
最初に死んだ者はとっくに荼毘に付されているので真相は分からないが、おそらくは憑かれ、そして今もなお憑き続けた結果がこうなのだろう。
これを祓うにはホウニンという役割が居るそうだが、生憎この町には居ないだろう。強引に解決する方法はあるが。
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町の離れの赤い彼岸花が咲く場所に朽ちた石があった。
汚れた土を払い、水で流してやると名前が辛うじて見えた。女の名前だった。
女が立っていた。死装束を着ていて、美貌は凄みすら感じた。
「このあたりの町人は全員さる武将の血筋か、親しい者が多いという」
男はさらに水をかける。上流の綺麗な水を運んできた。布で泥を拭う。
「ささやかな話は時間と共に忘れられる。恨み続けるのも疲れるぜ」
男は白い菊を墓前に添える。
「何がささやかなものか」
女はようやく口を開いた。
「私の、わたしの、人生はこれからだったのに―……!」
男は立ち上がる。
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この剣は所謂妖刀というものらしい。
妖、とつくのだから、これも相当の逸話があるのだろうが、良くは知らない。
男が左腕を無くして、赤い紐で髪を結うようになったころに手に入れた。
ただこれはとにかく何でも斬れた。木でも鉄でも人でも―人でないものも。
男はこれを手にしてからあらゆる妖異を斬るようになった。
使命を帯びてるわけではない、腕と知り合いが食われた恨みつらみを晴らすためだ。
だから女を斬るのは容易かった。病とは違う不浄の気、それを一閃すると
空に吸われるように女の周りに漂っていた死臭が消えていく。
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「終いだ」
「いやよ」
「終いなんだ」
「ひどいわ」
「酷かろうが終いは終いだ」
男は桃色の菊も添えた。
赤い彼岸花が揺れた。
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町に戻るとにわかに人の元気そうな声が聞こえ、ヤレ病人を見てやれ、
薬があったぞ、飯を食べさせろと声が聞こえた。
「あと四日」
動いてる人間を助ける分ならいいだろう。
それから男は一言言った。
赤い彼岸花がある場所に壊れた墓石がある。どうか弔ってやってくれと。