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女の死(心情描写)
「あたし、明日死ぬのよ」
女の第一声に、花束を持つ男は「うん」、と答える。
末期の病気だった。肺か胃か、とにかくそれらが女の具合を悪くしていることは事実であった。女を蝕む病はとうとう今月も保たないと言われ、女と男は覚悟して毎日向き合っていた。
窓から見える景色を見て女は言う。
「明日死んで、あなたは私の葬式を質素にしてくださいね。そうすれば、生きている間迷惑をかけていた私が、葬式でまで貴方を不自由させることはないの。墓もあなたと入る場所だったら、あたしどこでもいいわ」
「明日、本当に死ぬのか」
「そうよ」
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女が病名を告げられたのは昨年の頭であった。進行度としてはもう助からないものであり、ただ苦痛を和らげる療法しかないと医者に告げられた。男がそれを聞き、男はその状態を言わずに伝えた。それでも女はさめざめと泣いた。
「あたしあなたに迷惑をかけるの、ねえ一緒に死にましょう、苦しい思いをするくらいなら死にましょう」
「何を言っているんだ、お前は治るかもしれないんだぞ」
「いいえ、きっと死ぬのよ、その間、入院もお薬もお金がかかって、あなたは仕事をしながら一人で料理や洗濯をしなくちゃならない。あたしはただベッドに横たわって、あなたがそうしてひとりで過ごしているのを想像するしかないの。 もしあなたが他の女を家に入れたらあたしはもう耐えきれない。だから死にましょう」
狂乱に居る女を男は諫める。俺にはお前しかいないし、料理や洗濯も問題ない。お前はきっと治るから、大人しくベッドに居ろ、と。
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「なぜ明日死ぬと分かるのか」
「もうずっとあたしはベッドの上よ。あたしはばかだけれど、すこしは分かるの。この病気は治るものじゃないし、あたしはどんどん細くなって死ぬのよ。がいこつみたいになっちゃう前に、あたしはすこしでもあなたにとってきれいな姿で死ぬの。そうすればお葬式で焼かれてお骨になったあたしを見てもあなたはやつれたあたしより、すこしでもきれいなあたしを見つけられる」
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翌日、ぱっと赤い血が病院の近くで散っていた。入院患者の自殺だった。
マスメディアが揉め、病院が対応する。男はその中で、スリッパの残った、女が旅立つために踏み出した場所へとふらふらと歩いていった。現場を見ている警察は、男を止める。男は残ったスリッパを見て、本当に女は死んだのだと思った。
葬儀は簡単にしてやろう、それから、俺は今後一生かけて女を作らないのだ。一緒に死ぬことをよしとしなかったのは俺なのだから、後を追うことはしない。そう漠然と思いながら女の遺骸を見て欲しいと救急に言われる。
ああ確かに俺の妻だ。うつくしくきれいなまま、ただぱっかりと血に濡れていた。骨になればこの鮮烈な赤色を思い出す、それだけが惜しかった。