PandoraPartyProject

サンプルSS詳細

1~2人バトルSS(2000文字程度)

 頬に一条走った傷から血が溢れ出る。
 それを拭うこともせずーー否。拭うこともできない緊迫感の中、楓 誠一は対峙する相手から目を離さない。もうすでに幾合打ち合ったのか。愛刀ーー無銘刀を構える腕は痺れ、震え、とうの昔に限界を迎えている。身に纏う着物も何箇所も切り裂かれ、出血している箇所は数え切れないほどだ。
 
 だのに、誠一の顔に浮かぶのは笑みだった。楽しくてしょうがない。負ければ死。無様な骸を晒し、周辺に転がる物言わぬ死体の一つに成り果てるのみと分かってはいても、戦いの興奮は彼を昂らせ続ける。
 
 じり、と摺り足で半歩間合いを詰める。誠一の動きに応じて、場の空気が一段と張り詰める。しかし相手は飄々としたものだ。脱力した構えのまま、獲物の刃先を地面すれすれに浮かばせ、誘うように揺らしている。その特徴的な獲物ーー身の丈ほどもある大鎌ーーや、十数人いた仲間を一瞬で屠り殺した腕前から、相手が今回の依頼のターゲットであると誠一は再認識した。
 
          ◆
 
 ーー難しくはない依頼だったはずだ。
 相手は傭兵一人。しかも手負い。隣国で横暴な依頼主を斬り殺して、この国に逃げてきていたらしい。傭兵による契約不履行で討伐依頼が下るのは珍しくもないが、その依頼にはとびきり腕のたつ荒くれどもが集いに集った。それもそのはず。討伐対象は周辺国家に名の轟く古強者だったからだ。挙げた武功は数知れず、掲げた首級は星の如く。圧倒的な強さでその名を四方世界に轟かせている男だった。
 
 そんな「伝説」と合間見えることができるならば。あわよくば「伝説」に勝利することができるならば。そんな夢物語が突然降ってきたのだ。当然の如く誠一も飛びついた。周りは相当の手練ればかり。負けるはずがないとたかを括っていた部分もある。そりゃあ一騎打ちができれば越したことはないが、そんな自惚れは命を縮めるだけだ。討伐隊はきちんと「隊」として(一部先行する者もいたが)傭兵が潜伏しているとの目撃情報があったこの森にたどり着いたばかりだった。
 
 荷物を下ろした一瞬。一行の緊張の糸が途切れた刹那。ぴりりと走った稲妻のような直感に従って誠一は無銘刀を抜刀する。瞬間、強い衝撃が誠一を襲った。構えた刀がかろうじて斬撃を弾いたのだ。混乱する思考の中、スキル「殺気察知」が反応したのだと気付いたのは、十数人の手練れが崩れ折れた後だった。
 
「へえ…やるねぇお前さん」
 
 傭兵はひょうと風切り音を立てて大鎌に血振をくれる。誠一が着ているものと似た和装を男は身に纏っていた。左足の脛と鎌を構える右腕には布が巻かれ血が滲んでいる。情報の通り確かに手負いではあった。しかしそれは誠一達と傭兵の差を埋める一助にもならなかったらしい。
 
 圧倒的な苦境に誠一は奥歯を噛み締めた。先程の一撃。食らえば簡単に胴と脚が分かれていただろう。無銘刀の握りに汗が滲む。
 
(強い……恐い……! でも、俺は!!)
 
 恐怖のためか、興奮のためか。震えそうになる足をぐんと踏み出す。技量差は百も承知。ならば誠一が少しでも優位に立つためにはーー
 
 彼我の距離を一気に詰め、誠一は傭兵に打ちかかる。上段からの一撃は弧を描いて飛んできた大鎌の刃に易々と弾かれた。誠一は衝撃を逃しつつ刃先の軌道を無理矢理に変え、今度は右下から切り上げた。それを傭兵は鎌の柄でいなす。傭兵はほとんど攻撃をせず、無銘刀の一撃を大鎌で受け流し、誠一の必死の攻撃を寄せつけない。それどころか少しずつ誠一の体に傷が刻まれていく一方だった。
 
 しかし、そんな誠一と打ち合う傭兵の口元に浮かぶのは笑みだった。大鎌に限らず長柄の武器は間合いに入られると弱い。そう理解していても、うなりをあげる刃の間合いに飛び込むのは恐ろしいものだ。今までに対峙した相手の大半はそうして距離を取りーーそうして傭兵に負けていった。
 
(それをーーこの若者は)
 
 なかなか見所があるじゃぁないか。決死の刀を弾き、かわし、鍔迫り合いながら、傭兵は誠一との戦いを楽しんでいた。命を削り、傷を負いながらも誠一の瞳からは強い光が消えない。彼らより先に襲ってきた雑魚から聞くに、彼も自分を討伐しにきた一人だろう。殺されてやるわけにはいかないが、この一戦を彼に捧げるくらいはしてやろうと傭兵は思った。
 
        ◆
        
 かくして戦いの小休止は終わり、殺し合いの幕が開く。一陣の風が二人の間を吹き抜け、木々の葉を揺らした。

「行くぞぉ!!」
 
 満身創痍の誠一が声を張り上げた。無銘刀を構え傭兵へ突貫する。必殺の気合を瞳に燃やし、口元には楽しくて仕方のないとでも言うような笑みが浮かんでいた。それを迎え撃つ傭兵もニヤリと嗤う。
 
 揺れていた鎌の刃先が、風を巻いて跳ね上がった。
 

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