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鳥の少女と古い村

 ステルナは空を飛ぶ。それは人間の姿ではない。鳥そのものになって飛んでいくのだ。人間の姿に戻る時は良さげな町を見つけた時だけ。空を飛ぶ姿は風にまつわる魔法を使う一族であるということを裏付けるかのようだ。風と戯れ、翼を広げ、彼女は修行と冒険の旅をしている。
 今日もステルナはある町に目星を付けて、高度をどんどん下げて行った。降り立ったのは、赤レンガ造りの古風な町。何かのお祭りの前なのか、広場には人々が集まっている。
 ステルナは町の外れの雑木林の木に止まり、人間へと変化した。しばらくこの町に滞在することに決めたのだ。一つ伸びをしてステルナは町へと出て行く。
 知らない町。ワクワクドキドキする。
「とりあえず、お仕事を探さないと、です」
 そうステルナはあくまで修行中の身。色んな土地に降り立って成長するのが目的だ。
「お前、どこのもんだ?」
「へっ?」
いきなり背後から声をかけられてステルナは肩をビクつかせた。振り返ると、10歳くらいの男の子が木の棒をステルナに突き付けている。
「ステルナと申します」
「名前を聞いてるんじゃないよ。どこのもんだよ。お前、見たことないよ」
 ステルナは冷や汗をかいた。どこか古めかしいと感じたこの町は田舎特有の村社会であるのだろう。よそ者に対して敏感なのだろう。
「私は、旅をしてます。旅人です」
「旅?! すごい! 冒険者か!?」
 いきなり目を輝かせた少年にステルナはほっと胸をなでおろした。ひとまず冒険者を危険人物とみなさない子であるらしい。
「ステルナって言ったよな? 俺はカウだ!すぐそこの雑貨屋の息子!」
カウは勝手にステルナの手をとると、ぐいぐいと下り坂を駆け下りていく。
「ステルナ! もうすぐ収穫祭だからよ! 手伝っていけよ!」
 正直に迷惑な少年だと思ったステルナだったが、その言葉にハッとする。そう、自分が探していたお仕事が手っ取り早く見つかったのだ。そして、ステルナは如何にも老舗風な雑貨屋へ案内された。その間もカウはこれまでしてきた冒険のことをステルナに聞いてきた。
雑貨屋は温厚なカウのおじいさんによって営まれていた。ただ、雑貨屋の商品は薄っすら埃が被っており、あまり流行っていないお店のようだ。
「近くに大きなショップ? ってのが出来て、おらんちは流行ってねぇの。収穫祭だってのに」
ステルナは深く頷く。
「そういうことならお安い御用。まずは、商品の埃を取り除きましょう」
ステルナは静かに立ち上がると、精神を集中させ、スッと片手を上げた。ステルナの様子をカウもおじいさんもどこか神妙な顔つきで見つめている。
上げた片手からブルーサファイアの輝きが立ち上り、雑貨屋店内を包み込んだ。清浄な気が辺りを満たし、広まり、散らばる。フワッと光が沈んだ頃には、店内の埃の一切が払われ、一つひとつの商品に輝きまで出ていた。
「うわー、ステルナすげー!」
ステルナは静かに微笑んだ。自分の魔法術が役立ったことが嬉しい。
「ちなみに収穫祭では、牛乳まきがあってのう」
 店内の輝きに笑顔を見せていたカウのおじいさんが語った言葉にステルナはちょっと固まった。
「牛乳まき?」
「そうじゃ、この町の特産は何と言っても牛乳じゃ」
「思う存分どこにでも牛乳をまいていいだぜ! だから、雑巾が売れるんだ!」
 変なお祭り、とステルナは若干こわばった表情で店に置いてある雑巾を見た。
「売るにしては少なくないですか?」
「ばっちゃんが、死んじゃったから」
そう語るカウの言葉におじいさんも顔を曇らせる。カウは早くに両親を亡くし、優しい祖母と祖父によって育てられたらしい。昨年までは、古いミシンでおばあさんが手製の雑巾を縫っていたが、今の雑貨屋にはミシンを扱える者もいなく、仕入れはすべて近くの大きいショップに奪われてしまったのだ。
「私がなんとかします!」
ステルナは古いミシンに向かって「うーん」とか「えーん」とか言いながら、何度目かの失敗を経てやっと動かせるようになった。雑巾が2枚3枚とやっと完成する頃には、大勢のお客さんが雑貨屋に押し寄せていた。
「ステルナの魔法のせいか!?」
カウは目を輝かせてステルナを見、おじいさんは作る端から売れる雑巾の接客に大忙しだ。
「あっちの大きいショップの雑巾は何だか縫いが甘いのよね」
恐らくその雑巾は大量生産で作っているのだろう。古いミシンでも、少しでも人の手が加わった方が雑巾の質は上がる。ステルナは店の閉店まで一生懸命、ミシンを動かした。
「ステルナばっかり働かせてごめんな」
カウはステルナのミシンの動かし方を見て、「俺もやってみる」と慣れない手つきでミシンを動かし始めた。
「ばっちゃんが見てるかな?」
ふと、カウが漏らした言葉にステルナは少し泣きそうになって微笑んだ。
「きっと、見てますよ」
カタカタと、ミシンの音は深夜まで雑貨店で響いていた。
翌日、牛乳まきは行われた。その結果は、楽しかったが、あらゆるものが牛乳臭さに塗れ、それをふき取った雑巾の惨憺たる様は予想通りだった。
でも、ステルナにとってカウにとって、最高に楽しいお祭りだった。お祭りが終わって、初めてカウに会った雑木林でステルナはこの町にお別れを告げることにした。
「カウ、さよなら。色々楽しかったです」
「ステルナ、本当に行っちまうのかよ」
カウが寂し気に告げるのに、静かに微笑んだステルナはその身を宙に投げた。途端に、ステルナは鳥の姿に変わり、カウがほうけている間に空へと飛び上がった。

ばいばい、カウ。ありがとうございました。
そうして、ステルナはまた一つ新たな出会いをし、別れ、次の町へと高くたかく飛んで行くのだった。

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