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街を歩く旅の少女

 こうこうと太陽が強く輝く日であった。無風に近い。気温も高く、飛ぶのには少しばかり辛いけれど、ステルナはその翼を存分に広げ旅を続けていた。
 岩山の間にキラリキラリと地表が輝いたように見えた。あまりに遠すぎて何があるか分からない。
(なんだろう……水辺があるのかしら?)
 だったら嬉しい。最後に水を汲んでからかなり時間がたった。この暑さだから水浴びもできたら助かる。
 ステルナは目標を定め、まっすぐ空を進んだ。

 宝石みたい、それが最初の感想だった。
 岩山の合間にあったのは水辺ではなかった。街である。かなり密集した発展している街である。小さな平地には建物が所狭しと並び、さらには岩をくり抜いてみっちりと家が所狭しと並んでいる。
「これ……ガラスかしら……?」
 軒先に吊されたランタン。道に沿って置かれた街頭。家々には色鮮やかなステンドグラスがはめられていて、人々は銘々輝くアクセサリーを身に着けていた。
 これが遠くから見た時輝いて見えたようだった。
「そこのかわいいお嬢さん、のど乾いてるだろう? ちょっと飲んでみてよ!」
 屋台の人がコップを差し出しステルナに声をかけた。
「ありがとうございます。とてものどが渇いていたんです。このカップとてもキレイですね」
 屋台で差し出された水入れは切り込みが入った青いグラスで、お姫様がつかうもののように見えた。中身は薄く桃色に色づいた液体で、果物の爽やかな香りがした。
「そうだろ、そうだろ! この街はガラス工芸の街なんだ。それで今は玻璃祭っていう……まあバザールだな。季節ごとに行われる定期的な祭り中なんだ」
 そこまで言うと男は少しばかり表情を陰らせた。
「だけどなあ、ずっと晴れててなあ……こんな事は生まれてはじめてだよ」
 空を見上げた。
 ステルナも釣られて見上げる。この辺は上空まで暑い空気が充満していた。ただじっとしているだけでも汗が滲んで、辛い。
「あ……じゃあ水は……」
 晴れ続けているという事はもしかして水不足だったりするのかしら? という疑問だったが、彼は首を振る。
「それは大丈夫なんだ。この街は地下水がたっぷり湧いててな。それでこんな暑さでも何とかなってるんだ」
 と言って地面を指差す。
 きっとこの下に水がいっぱいあるということなのだろう。確かに、すごい暑さだが、草木は茂っていて水不足には見えなかった。
「もう一杯どう? お嬢ちゃんかわいいからおまけしちゃうよ。さっきの渡したのじゃなければこっちの香草茶もおすすめ」
「ありがとうございます」
 ステルナはいくつかの硬貨を渡し更に喉を潤した。
「はあ……旅行客も含めてみーんな家ん中に籠もっちまってよう。この日差しじゃしょうがねえんだけど、俺ん所は茶店だからまだ何とかなってるけど、ほれ、肝心のガラスの店はどこも閑古鳥で」
「せっかくのお祭りなのに残念です」
 まばらの街。本当に、陽の光を浴びたこの街はキレイなのに、悲しい。人がいっぱいいればどれだけ素敵だろう。
 かろうじて開いていた屋台にはうなだれた老人が居た。
「キレイなガラスですね」
 しかし老人は、自分が言われたのに気が付かなかったらしい。「ふう」とため息をもう一つ。
「あ、あのっ、おじいさん?」
 今度はもう少し大きな声で話した。
「あ、ああ、いらっしゃい」
「あの……ナニを売ってらっしゃるのですか?」
「風鈴じゃよ。風を受けて鳴る飾りなんじゃが……」
 そう言うと老人はしなびた指先で吊された風鈴を押して見せた。
――からん。
 涼やかな音が耳に届く。
「キレイ……」
「もう年じゃから……今回の売り上げで娘夫婦のところへ行こうと思ってたんじゃが……今回はダメじゃのう」
「そうだったんですか。こんなにきれいなのに……」
 老人のさみしげで困った顔が胸をつく。
 よし、と掛け声を一つ。
「いただきたいものがあるんです」

「おーい、これくらいでいいかい?」
 いつの間にか手伝いが増えている。先程までは居なかった人が大きな樽を抱えてやってきた。
「ひい、ふう、みい……はい、大丈夫です」
「しっかし、ただの水だぞ」
 風鈴屋のお爺さんも含め皆が不思議そうにステルナを見ていた。その額からは汗が流れ、表情は冴えない。暑い中無理を言ったのだ、頑張ろうと気合いを入れた。
「皆さん帽子を押さえててください」
 ステルナは弱い風を慎重に起こしていく。カランカランと風鈴を揺らす。「おお」という声が見物人の間から上がった。
「んっと」
 ステルナは更に力を込めて、樽に向かう。
「えいっ」
 樽からパアンと勢いよく水が飛び出す。風にあおられて水滴が宙を舞った。ガラス七色の光を街へと映した。
「風が……」
「なにこれ、すごい、キレイ!」
「それに涼しい……」
 ステルナが器用に風を操れば細かい水が飛び跳ねるように輝く。その光景を皆窓を開け、やがて扉が開き街に人が出てきた。
 街に活気が溢れた。

「ありがとう、ありがとう、お嬢ちゃん」
 風鈴屋のお爺さんはステルナの手を握って喜んだ。その屋台の机にはほとんど何もない。あるのはじゃらりとした硬貨の入った袋。
「良かったです」
 街の人々の笑顔を背にステルナは人の溢れた玻璃祭を楽しんだのだった。

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