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情景断片集。
――たとえば、戦場で出会った男と女の熱い手合わせ。
「どうした、その立派な剣は飾りか?」
「そんな挑発に乗ってるようじゃあ長生きはできんさ。俺は本来傭兵じゃなくて冒険者なんだが。」
「なら……こちらから行くぞ!」
一声叫んで彼女は猛然と距離を詰めてくる。生来の資質に加えて弛まぬ鍛錬を積んできたことが傍目にも判るその動きは軽快にして複雑。得物のトンファーの長所も短所も熟知して、文字通り手足のように操るだろう。
対策は……近づかせないこと。それに尽きる。
だが先に向こうが動いてくれたのは好都合、勢いのついた状態では回避運動も制限される。
そう踏んで迎撃として放った豪快に振り抜いた大剣の一撃はしかし、寸前で跳躍した彼女にかわされた。驚異的な跳躍力と、自分の勢いを物ともしない制動力があって初めて為せる芸当である。
「もらったぞ!」
「させるかよ!」
振り抜いた大剣の勢いに逆らわず、むしろそれに同調するように地を蹴る。彼女の狙いから大きく外れた地点まで跳んでしまえば空を飛べない娘に攻撃の術はなく、結果として攻防は振り出しに戻った。
もっとも、彼女はだからといってまた間合いを詰めるのに時間をかけて、大きな動きの相手に体力を回復する猶予を与えるような愚を犯すことはしない。
強靭な身体のバネを最大限に活かし、すぐさま攻めに転じてくる。
こうなってくると、あとは体力勝負だ。男は懐に入り込まれれば苦しい立場に追い込まれるために近づかせまいと縦横に大剣を振るう。彼女は彼女で大剣の一撃を食らってしまえば、トンファーの防御の上からでもその衝撃は痛打となって身体に伝わるために回避に注力せざるを得なくなる。
どちらも決定打に欠けたまま、互いの息遣いと武器の風切音、それに地を蹴る音だけが響く不気味なほど静かな戦闘が続き――
――たとえば、敵同士として出会ってしまった貴族の嫡男と令嬢の会話。
「そんな…あれは事故だったって、父様が……。」
「そう、あれは事故だった。世間ではそういうことになっている。……本当に?
恐れ多くも我等が王から公爵の位を賜り、魔導公爵とまで呼ばれた我がセルフェール一族だ。それが二度もあんな事故を起こすと、あなたは本気でそう思っているのか!」
「セルフェール卿、スーに何かご用事……なの?」
「……ミハイロフ卿、僕はあなたを観察している。
冒険前と比べて魔力の量はどうか、どこかを庇っている様子はあるか、身のこなしの軽重、様子から見る犠牲や戦利品の有無……。
ようやく出会った仇の一族は、あなたのような年端も行かない女の子だった。だから僕は観察する以外に何をしようか思いつかない。」
「お話……しましょ?
スーね、あねさまたちからあなたに近寄っちゃダメよって言われてるの。怖い人だから、私を傷つける人だからって。
でも、私たちはお互いのこと何も知らないの。
だからお話して、本当に嫌いかどうか確かめればいいと思う。
だめ……かな?」――
――たとえば、期せずして町の英雄となってしまった少女。
「あっ、あのっ! どうして私を追いかけてくるんですか? もしかして、何か事情があったり……?」
木に止まって発したその声は音としてはただの囀りでしかなかったが、崩れないバベルが働くことで明確な意味を持って住人たちに伝わっていく。続けて木から降りた彼女が人の姿に変化すると、そのざわめきは一層大きくなった。
やがて、その人垣をかき分けて出てきたのは生え際が白くなりかけた初老の男性。
その男性曰く。
この街では伝統的に、鳥が風と共に豊作の気を運んでくると見なされて大事にされているのだとか。
そして毎年この時期には丁重に捕らえた鳥を立会人として子供から大人までが紙飛行機を飛ばし、その飛距離で鳥が運んできてくれた豊作の気を占う祭があり、それが今日の午後に迫っている。
しかし折悪く鳥籠が事故で壊れてしまい、中の鳥は無事だったものの逃げ去ってしまった。これでは祭のメインイベントが開催できないとあきらめかけてきたところにちょうど少女が降り立ってきた……ということのようだった。
「えっと、つまり……籠の中で皆さんが紙飛行機を飛ばすのに立ち合えばいいんですよね? それくらいならお安いご用ですよ!」
「本当かい!?」「とりさん見ててくれるの!? おまつりできる!?」「ありがとうございます、これでみんな喜ぶわ!」「ありがたやありがたや……」
無邪気に喜ぶ子供や感極まって自分を拝みだした老人などを見ていると、照れるやら面はゆいやら……とにかく悪い気はしない少女。
恭しいとさえ言えるような調子で差し出された鳥籠に入り、人に運ばれて揺られるのはこれはこれで滅多にない体験だった。
そして――