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それは祭りの、
パラパラパラッ!!と音が聞こえ、青空に華やかな黄色が舞い踊る。昼花火だ。
キョクアジサシの姿で飛行していたステルナはその景色に心が踊ってきた。
(お祭りですかね?今日はこの街に留まってみようかな――)
羽を休め、ヒトの姿に変化したステルナは街の中でもひときわ人通りの多い通りに出た。
「今日は林檎も何もかも安いよ、さあ、どうぞ一口試食していって!」
露店の青果商の金髪の少年に呼び止められたステルナは、差し出された試食の一切れの林檎を受け取り、軽く会釈した。
「ありがとうございます」
「いえどうも。俺と歳もそう変わらないみたいだけど、あんたこの街の者じゃないね」
「はい、何やら賑やかそうな街なので寄ってみました」
「そうか。今日は3年に一度の豊饒祭なんだ! だからどの果物もとびきりの品物を安く売り出してるんだぜ」
こっちのパインの実もどうぞ、と差し出しながら少年は街の説明をしてくれた。
「それではその『豊穣の女神様』にお祈りを捧げるのがこのお祭りなのですね」
「ああ、それで今年女神に選ばれたのがうちのねーちゃんで、だからこんな一等地に店も出させて貰ったんだ!」
はい、まいどあり!と他の客の相手をテキパキとこなしながらステルナとの会話も打ち切らない少年は器用だった。
「なんだかあんたが来てから急に更に忙しくなったな!」
ステルナは軽く微笑んだ。
「留守番ちゃんとこなしているみたいね!」
そこに現れたのは――17、18歳くらいだろうか――金髪で少し勝ち気そうな美少女だった。
「だぁっ、何でねーちゃんがここに来てるんだよ!?」
「あんたひとりに店を任せてちゃ心配だもの。パレードまではまだ時間があるし」
「ってもまだ準備あるだろう?」
「あのう……もしかしてこちらがさっき仰っていた女神のお姉さんですか?」
「はいはい~! 女神のお姉さんです!」
「中身は女神とは程遠いんだけどよ」
「コラッ」
「イテッ!」
金髪の美少女はペチン、と少年の手の甲にしっぺをした。と言ってもじゃれ合いのような軽い仕草に見えた。
「仲の良い姉弟さんなのですね」
果物の甘い匂いと、姉弟の微笑ましいやりとりにステルナはすっかり気持ちがほぐれていた。
「私もお姉さんの晴れ姿、見物させていただきます!」
「ありがとう。もうすぐ、夕暮れ時にパレードが始まるのよ」
「それまでこの店の前に居てもいいぜ。この場所がパレード見物の一等地にもなるからさ」
「うわあ、嬉しいです! ご商売のお邪魔にならないようにしていますね」
「邪魔どころか商売繁盛で、こっちがあんたの相手を出来なくてすまないね」
他の客に釣り銭を渡しながら少年は早口にステルナに声を掛ける。
「そんな、お気遣い無く――!」
それを見ていた少年の姉は
「よしよし、店は安心だね。それじゃあ私は行くから、ステルナちゃん――だっけ?少しの間この弟の事よろしくね!」
そう言って、小走りで器用に喧騒を掻き分けて消えていった。
「もう、いつまでも俺を子供扱いだし、せっかちだし」
ブツブツと姉への文句を言っていた少年だが、すぐに次の客が来るとパッと笑顔に切り替わるのだった。
(生粋の商人、なんですねぇ――)
ステルナは感心していた。
やがて夕暮れが近づき、街の街路樹に明かりが灯されて行った。
「わぁっ――幻想的ですね!」
「もうそろそろパレードがこの店の近くまで来るはずだぜ」
通りに更に人が増えだし、足を止め始める。きっと各々が一番いいと思う場所からパレードを見物したいのだろう。
「ステルナにはこの台をやるよ」
少年はすっかり空になった果物の木箱を渡してくれた。
「ありがとうございます!」
これで少し後ろからでも通りの中央がよく見えるはずだ。
シャーン、シャーンと鈴の音が聞こえてくる。
静粛に、静粛に。
何人もの侍女がピンク色の花を撒きながら行進してくる。そしてその後に現れてきたのは少年の姉だった。純白のドレスを身にまとい、先程の町娘の雰囲気から一転、高貴で気高く見えた。
「ねーちゃん……」
ぽつり、と少年が呟いたのが聞こえた。少年も姉の変わりように驚きを隠せないのだろう。
ステルナもすっかり見とれていた。
投げ出された花も、少年の姉も、可憐で瑞々しく豊かだ。
「今年も風は吹かないのねぇ」
どこかの誰かが呟いた。
「風が吹いたのはもう俺たちの爺さん婆さんの時代の話だろう」
「一度、見てみたいものだわ、『花嵐』――――」
なるほど、花嵐。
おそらく風で花が舞う姿を言っているのだろう。ピンクの花と純白のドレスに金の髪の毛の少女はそれは美しく彩られるに違いない。
ステルナは何だかドキドキしてきた。
そして
(風よ、私に力を貸して下さい)
そっと風に呼びかけていた。
「まさか本当に『花嵐』が来るとはなぁ!」
路上は盛大な歓声に包まれて、パレードは見事に成功したのだった。
こんな奇跡は何十年と無かったのだと人々は口走っていた。
ステルナはほっと胸をなでおろしていた。
少年も頬を緩ませて笑顔になっていた。
(早くお姉さんに会いたいだろうな……)
「今年は豊穣の小鳥もやって来たのかもしれないねぇ――」
どこかから、そんな言葉が聞こえた。