シナリオ詳細
旅に出よう。或いは、悲しい世界にさよならを…。
オープニング
●旅に出よう
ある晴れた日のことである。
鉄帝の港に、1人の少女が立っていた。
身に纏うのは、防寒コートと耳当て付きの軍帽。厚手の手袋に、先端に鉄板の入ったブーツと見るからに戦場帰りといった風貌をしている。
くすんだ金の髪は首の辺りまでの長さで、適当に切りそろえられていた。顔に巻かれた包帯で、右の目は覆い隠されている。
よくよく見れば、頬から首にかけて皮膚を移植した痕跡があった。
少女は光の無い目で、ぼんやりと海を眺めている。
もうずっと、何時間も……。
「貴女、朝からずっとそこにいるわね。何を考えているの?」
少女の背にエルス・ティーネ (p3p007325)が声をかけた。
少女は、虚ろな目をエルスへと向ける。
何もかもに諦め、絶望したかのような淀んだ瞳だ。
「…………海の向こうを見ていただけよ」
抑揚のない声で、少女は答えた。
その首元で、10ほどのドッグタグが揺れている。
どのタグも錆と傷だらけ。
誰かの遺品だろうか。
「海の向こうに、何かあるのかしら?」
少し逡巡した後に、エルスは問いを重ねた。
今にも消えてしまいそうなほどに少女は儚い。そのことに大きな不安と、多少の興味を感じたのである。少女は少し迷惑そうな顔をして、答えを返した。
「何があるか分からないから、眺めていたの。海の向こうにある何かを……誰も見たことの無い場所を探しに行くのもいいかもな、って」
そう言って少女は、足元にある小舟を蹴った。
小さな船だ。
搭乗可能な人数は、せいぜい4人から5人ほどだろうか。
だが、頑丈だ。
材質は軽量の金属だろうか。折り畳み式の帆の他に、オールやスクリューも搭載されている。風がなくとも、この小舟は海を行くだろう。
「雨や、寒波はシートを張って凌げるの。先の大戦で使われたものの残りね」
「それで、海を行くの? こう言っては何だけれど……危険じゃないかしら?」
「もちろん危険よ。でも、危険は承知の上……それに1人じゃないしね」
そう言って少女は、胸から下げたドッグタグに手を触れる。
●出発の日
エルスと少女は、港に並んで海を見ていた。
もうすぐ、夜がやって来る。
「……明日の朝には出航しようと思っているの」
水平線に日が沈むころ、少女は言った。
小舟の中には、幾らかの着替えやキャンプ用品、そして本が数冊だけ積み込まれている。どれも汚れたり、傷ついたりしていた。
例えば、長く戦場で使われたかのように……。
「貴女、悪い人じゃなさそうだから……頼みがあるの」
少女が手に取ったのは、硬貨の詰まった皮の袋だ。
それをエルスに押し付けて、抑揚のない声で言う。
「結構な大金が入っているわ。好きにつかっていいから、食糧と水と、お酒を買って来てほしい。でも、お肉は無しね……食べられないから」
押し付けられた皮袋を手に取り、エルスは首を傾げた。
「買い物? 自分で買いに行けばいいのではないかしら? ……それとも、何か理由でも?」
「えぇ。この船を狙っている連中がいるのよ。この辺りに暮らすならず者たちね。昼夜を問わず、いつでも機会を窺っている」
小舟を奪い、売り払うつもりなのだろう。
そういう連中が存在しているから、少女はその場を離れなかったのだ。
「それなら、もっと早くに出航すればよかったのに」
「そう言うわけにもいかないわ。明日の朝が、約束の日だから。約束は守らなければいけない。明日の朝までは、ここで皆が来るのを待たなくてはいけない」
少女は、首元のドッグタグに手を触れた。
少女が待っている“皆”とは、つまりドッグタグの持ち主たちなのだろう。だとすると、“皆”は既にこの世にいない。
そのことに気が付いたエルスは、少し顔色を悪くする。
「食糧と水とお酒ね……買って来るのは、構わないけれど」
時刻は夜だ。
そろそろ、店も閉まる時間だ。
買い物をする猶予は少ない。場合によっては、閉まった店のドアを叩く必要があるかもしれない。だが、少女の頼みを断るのも気が引けた。
食糧が手に入ろうと、入るまいと、きっと少女は明日の朝には旅に出る。
「ありがとう。あぁ、そうだ……私の名前は、エブリン。貴女は?」
「エルスよ……エルス・ティーネ」
「そう。エルス。手間をかけて申し訳ないけれど、今日、貴女に会えてよかったわ」
- 旅に出よう。或いは、悲しい世界にさよならを…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2023年07月17日 22時05分
- 参加人数5/5人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 5 人
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参加者一覧(5人)
リプレイ
●朝日を待つ
鉄帝のとある荒廃した港街。
戦争の痕が残る港に、1人の少女が立っていた。
軍人だろうか。身に付けた衣服や装備品は、どれも飾り気のない無骨なものだ。年頃の女性が持つにしては、些か丈夫さにパラメーターを振り過ぎている。
少女の名はエブリン。
明朝に小舟での旅立ちを控えた退役軍人である。
大戦が破壊したのは、何も街や道だけではない。
例えば、人の善性や倫理観なんてものさえも、戦争は傷つけ破壊する。
相手が1人の少女であっても。
荷物がごくわずかな衣類と、傷だらけの小舟だけだったとしても。
無法者たちにとっては、明日を生きる糧となる。それゆえ、数人のならず者たちは錆びだらけの武器をこれ見よがしに見せつけながら、闇夜に紛れてエブリンの傍へ近づいて行った。
周囲を囲み、逃げ道を塞ぐようにして。
万が一にもエブリンがこの場から逃げ出さないように。
男たちを警戒しながら、エブリンは足元に落ちていた廃材を拾う。
けれど、しかし……。
「よお、ならず者の阿呆共。生憎その船にゃ先約がいるんだ。退場願えねぇなら寒中水泳でも楽しんでくれや」
「は!? あぁっ!?」
情けない悲鳴をあげて、痩せた男が海へと落ちた。
『あの子の生きる未来』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)に、尻を蹴り飛ばされたのだ。
途端に、男たちが怒鳴る。怒鳴れば“どうにかなる”と思っている手合いか。それとも、バクルドの眼光に臆して、怒鳴る以外に何もできないでいるのか。
「小汚い身なりのおっさんだな。分け前でも欲しいのか?」
嘲るように、男の1人がそう言った。
口調はともかく、その頬には冷や汗が伝っている。
「お前らと違って、俺ぁ矜持まで投げすてちゃいねぇよ」
吐き捨てるようにバクルドは告げる。
馬鹿にされたと感じたのだろう。男たちは、こめかみに青筋を浮かべて武器を掲げた。
だが、彼らが足を踏みだす直前、夜闇の中に獣の唸り声が響いた。
「力づくか……いい選択だと思うよ。この港町の治安も良くなって、一石二鳥だな」
暗がりから現れたのは、1匹の黒豹。
そして『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)だ。
「まぁ、待てよ。向こうが欲しいのは金だ」
今にも跳びかかろうとする黒豹とモカを、『狂言回し』回言 世界(p3p007315)が制止する。それから、世界は袖の下から数枚の硬貨を取り出した。
「それを満たしてやれば争う必要は無い」
「それで退くかしら? 根こそぎ奪ってやろうって、襲い掛かって来るんじゃない?」
硬貨を視認し、ならず者たちが目の色を変える。
どこか呆れたような口調で、エブリンは肩を竦めた。
世界は苦い顔をして、硬貨を地面に放り投げる。金属が地面を跳ねる音がして、ならず者たちがざわめいた。
慌てて1人が硬貨を拾う。
それを羨ましそうに見つめ、残る数名は世界の方へ目を向けた。
「これで退かない奴等は当然魚の餌になってもらうのであしからず」
忠告はした。
聞くも聞かないも相手の自由だ。
そして、自由であるためには相応の責任と代償が伴う。そのことを理解していないのなら、もはやかける言葉は無いのだ。
『明日の朝が、約束の日だから。約束は守らなければいけない。明日の朝までは、ここで皆が来るのを待たなくてはいけない』
ドッグタグの束を握って、エブリンはそんなことを言っていた。
約束とは、人と人とが交わすものだ。
しかし、港にいたのはエブリン1人。ドッグタグの持ち主たちの姿は無かった。
それでもエブリンは、“仲間たち”と再会できることを、約束が果たされることを疑ってもいない風である。
(この海の向こうで、ドッグタグを持つ同志と約束を果たす……ね)
海沿いの道を、市場の方へと歩きながら『祝福(グリュック)』エルス・ティーネ(p3p007325)はエブリンの言葉を思い出していた。
小舟で海に乗り出して、その後、エブリンがどうなるか。想像できないわけでは無い。だが、エブリンの想いを、エブリンと仲間たちの約束を否定することも出来ない。
それゆえエルスは、エブリンから預かった金を手にして市場へ向かっているのである。
(さて、なら……彼女の為に色々手伝ってあげなきゃ、かしら)
なんて。
そんなことを考えて、エルスはふと足を止めた。
背後に視線を感じたからだ。
それも、悪意を孕んだ気持ちの悪い視線である。
「物を持っていれば寄ってくるとは思っていたけれど……全く」
まったくもって、荒れた世だ。
うんざりするが、きっとこういう連中は世界のどこにでもいるのだろう。
運が悪かっただけ。
偶然に戦火に巻き込まれ、偶然に仕事や財産を失って、偶然に家族と離れ離れになり、偶然に悪事に手を染めた。
幾つもの偶然が重なれば、人はあっという間に堕ちる。
人として“正しく道徳的に生きる”ことは、存外に難しい。
『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は、夜の街を歩いていた。破壊の痕が色濃く残る、荒廃した区画だ。
饐えた臭いに、血の臭い、硝煙の臭い、糞尿と垢の臭い、吐瀉物の臭い、そして遺体の腐敗した臭い。雑多な悪臭が入り混じる土地を、ヤツェクは無警戒に歩く。
時折、視線を感じるが今のところは誰も声をかけてはこない。ヤツェクの実力や目的を遠目に眺めて探っているのだ。
ふん、と小さな吐息を零してヤツェクはつい1時間ほど前の出来事を思い出す。
廃墟区画を訪れる前に、ヤツェクはエブリンと言葉を交わした。
旅に出るというエブリンに、ヤツェクは言った。
「生きるということは航海に似ている」
その言葉を聞いたエブリンは、ほんの一瞬、目を丸くした。
それから小さく「生きる」と呟き、面白そうに笑ったのだ。
ギターの演奏を聴かせてやって、酒を酌み交わすような時間は無かったが、仕事に取り掛かる前に少しだけでも会話できたことには意味があったように思う。
「元締めだとかって男がいるだろう? どこにいる? 案内してくれ」
廃墟区画の真ん中で、足を止めたヤツェクが叫ぶ。
その声が暗闇に響くと、幾つものざわめきが聞こえた。
●旅支度
ならず者たちの顔役は、額の深く抉れた男だ。
銃弾か何かを受けたのか、眉間の辺りから額までの肉と、頭蓋の一部が欠けている。
隙間風の吹き込む暗い部屋で、ヤツェクと顔役は対峙していた。ぽろん、と鳴らしたギターの音に、顔役の男は不機嫌そうに顔を顰める。
「俺ぁ、愉快な音が大嫌いだ。腹の足しにならねぇからな」
「そうか。気が合わないな」
「合う必要があるのか?」
「いいや、無い。利害が一致するだろうから、話を持って来ただけだ」
肩を竦めて、ヤツェクが笑う。
ヤツェクが語ったのは、港に滞在している1人の女性についての話だ。退役軍人らしき少女で、それなりにだが腕も立つ。
彼女はしばらく前から港に滞在しており、小舟を用意し誰かを待っているようだ。
「その女のことなら知ってる。うちの若い連中が、船を奪ってやろうと企んでるのもな」
苦い顔をして顔役は言った。
船を奪ってやろうと企み、失敗し続けていることを知っているからだ。
「なら、話が早い。若い連中は、海じゃなくて工場跡地の水路の方に向かわせろ。あの女、水路を使って明日の昼頃、出航するそうだ。何でもそっちで、仲間が大きな船を準備しているらしい」
ヤツェクのその言葉を聞いて、顔役はいかにも悪役らしい笑みを浮かべる。
「9対1だ」
「分け前が貰えるのならそれでいいさ。こっちも急ぎで入り用なんだ」
それだけ言い残し、ヤツェクは廃墟区画を後にする。
そんなヤツェクの後ろを、見張りらしき若い男が付いて来ていた。ヤツェクはそれを認めると、若い男にだけ聞こえる程度の声音で呟く。
「水路のあちこちに金を隠しているらしい。船を狙うより、楽に大金が手に入るかもな」
「邪魔だてはしないでもらえるかしら? 生憎急いでるから手加減出来ないのよ」
地面に倒れ、呻く男たちに向かってエルスは言った。
それから、男たちを避けるようにして市場へ向かう。既に市場に人はいない。幾らか無事に残っている商店にも、シャッターが下りていた。
そのうち1つをノックして、エルスは店員に声をかける。
「誰かいないかしら? 夜分に申し訳ないけれど、食料と飲料を売ってほしいの」
だが、待てど暮らせど返事はない。
この荒廃した港で、夜分遅くに訪ねて来る者なんてならず者か強盗か、面倒ごとを抱えた旅人に決まっているからだ。
困った、とエルスは呟く。
「きっと長い長い船旅になると思う」
エブリンの目を思い出す。
死をも覚悟した少女の目を思い出す。
例え食糧が手に入らずとも、エブリンは予定通りに明朝、出航するだろう。なぜなら、そういう約束だからだ。
「彼女が出来る限り長く旅が出来るように沢山調達したい……栄養のあるものを中心に……少しでも希望を持てるように」
唇を噛んで、エルスは次の店へ向かった。
食糧が手に入るまで、同じことを繰り返すつもりだ。
「黒豹よ、敵を屠れ!」
モカの号令に従って、黒豹が疾走を開始する。一瞬で男と距離を詰め、肩を噛んで海へと放り投げたのだ。肩肉を食いちぎらなかったのは、せめてもの慈悲であると言える。
そうして、戦闘開始から5分で数人の男たちは1人残らず海へと叩き落された。
買い出しに出かけるモカとバクルドを世界は見送ることにした。
「船はまだ狙われてるからな。俺は彼女の元に残ろう」
エブリンの護衛を務めるためだ。
物言いたげなモカの視線を受け止めて、世界は慌てて手を振った。
「勘違いするな……決して買い物が面倒とかじゃないぞ。ホントダヨ」
「……まぁ、全員で出張ることはねぇさ」
唇の端を上げてバクルドは言う。
モカと2人で連れだって、食料を買い出しに出かけたのだろう。
2人が立ち去ってから暫く、世界とエブリンの間に会話は無かった。ただ黙って、海を見ていた。
沈黙に耐えかねたというわけでも無いだろうが、ふと思い出したように世界は問うた。
「行く当てはあるのか」
「無い。どこでもいい。知らない世界を見に行こうと、そう言う約束だった」
吐き出すようにエブリンは答えた。
そうか、と世界は呟いて、それっきり2人の会話は途切れる。
小舟で海に漕ぎ出して、目的もなく旅をする。エブリンがこれからしようとしていることは、まさしく自殺行為と言える。
エブリンの生死に興味はない。それはエブリンの選択で、エブリンの人生で、エブリンの自由にするべきものだ。
だが、見殺しにするのは好きじゃない。
「これ」
投げ渡すように、世界はエブリンの手に“ひょうろうボーロ”の袋を手渡す。
「なんだ、これ?」
「持っていけ、非常食として役に立つ」
エブリンが自死を選ぶのは、エブリンの自由だ。
そして、エブリンを生かそうとするのも世界の自由である。
互いの自由は尊重されるべきであり、文句を言われる筋合いも無い。世界の思惑は今一不明瞭であるが、エブリンはエブリンなりに何かを理解したようだ。
「ありがたく貰っておくよ」
「あぁ……なんなら色々な菓子もあるぞ。海上での数少ない娯楽として食べるといい」
夜明けまでまだ時間がある。
暇潰しの手というわけでも無いだろうが、世界は次々、ポケットの中から持参した菓子を取り出した。
「……彼女は何を思って海に出るか。仲間の元へ行かんとするのか」
暗い夜道でモカは言う。
「まぁ……航海術があったとて自殺行為だわな。だが、頼まれた以上やるこたぁやるさ」
まっすぐ前を向いたまま、バクルドは言葉を返す。
ザワークラウトにビスケット、水に酒。買わなければいけないものは数多い。
特に水と酒は大量に必要となる。
モカの伝手を使っても、この荒廃した港町でどれだけの量が手に入るのか。
「予備の帆と望遠鏡もいるか。それと白紙の冊子とペンもだな」
大変そうだ、と。
バクルドは言った。
買い物も、エブリンの今後も。
だが、それと同じぐらいに羨ましい。
「そうだな、私に彼女の思いは分からんが、これも何かの縁。無事の出航を見送りたいものだ」
買い物リストを手に持って、モカは呟く。
それから、市場ではなく路地裏の方へと足を向けた。市場から少し離れた地下倉庫に、モカの知人が拠点を構えているからだ。
表には出せない品も多く扱っている売人だが、物は確かだ。そこでなら、保存食や酒の類も手に入れられることだろう。
モカの後を追いながら、バクルドはポツリと言葉を零した。
「全く羨ましいもんだ、俺も放浪の果てで終わりてぇもんだ」
その声は、誰の耳にも届かない。
●さよなら、エブリン
保存食に酒と水。
予備の帆に、望遠鏡、それからSGCレディオ。白紙のノートにペン。
酒の中には“特別純米大吟醸生原酒天之翡翠”もある。エブリンのような若い女性が、旅の途中で飲むにしては上等すぎるほどに上等な酒だ。
バクルドからの差し入れである。
「お前さんと仲間がどういう仲だったかは知らん、だが仲間との約束は大切だ。きっとお前さんの仲間はお前さんが誇らしいだろう」
バクルドの言葉を聞いて、エブリンは少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。エブリンの手は、胸に吊るしたドッグタグを握り絞める。
「もし新たな地で私の店を見つけたら、これを使って食事していってくれ」
そんなエブリンに、モカは食事券を手渡した。
モカからの選別だ。
もうじき、夜が明ける。
エブリンの旅立ちは近い。
「俺は遊びに行ってくる」
エブリンの旅立ちを見送ることはしない。
こんな荒廃した街の、どこで遊ぶというのだろうか。
東の空が白色に染まる。
もうじき、朝がやって来る。
荷は既に船に積み込んでいる。後は、エブリンが乗りこめば出航できる。
「世話になったな。何か礼がしたいんだが……何も無いんだ」
俯いたエブリンの前に、エルスが立った。
その細い腕をエブリンの首に回し、優しく、けれど強く抱きしめる。
「……もしも、戻りたいと思えたなら頼って。鉄帝から離れたくなければ知り合いもいるから」
今なら、宛の無い旅を中止にできる。
旅に出れば、エブリンは命を失うかもしれない。
エルスなりに、エブリンの出航を引き留めようとしているのだろう。だが、エブリンの意思は変わらない。
今の彼女には、仲間たちとの約束を果たすことが何よりも大切だからだ。
「……あなたの意思は固そうね」
エルスは腕を解いてエブリンから1歩、距離を取る。
「必要なものは揃った? 忘れ物とかはない?」
「無いよ。子供じゃないんだから」
なんて。
少し照れたような様子でエブリンは笑う。
それから、エブリンは船に乗り込んだ。ヤツェクから渡されたSGCレディオを目立つ場所に置くと、オールを手に取る。
「じゃあ……行ってらっしゃい」
「あぁ。行ってきます。また、いつかどこかで」
再会の日が来るかどうかは分からない。
けれど、船旅に出るエブリンに後悔や心残りは無さそうだった。
ただ、ほんの少しだけの悲しみが、その声音に滲んでいる。
「良い航海を」
ヤツェクの声が聞こえた。ギターの音が聞こえていた。
オールで船をこぎ出して、最後に1度、エブリンは港を振り向いた。
朝日が眩しい。
港には、幾つもの人影が見えた。
エブリンが、その人影の正体を見間違えることはない。
古い仲間と、ついさっき出来たばかりの友人たちに見送られ、エブリンは広い海へと漕ぎ出す。見たことのない世界へ旅立つ。
レディオのスイッチをオンに入れれば、ご機嫌な曲が流れ始めた。
空は快晴。
風は強く、波は穏やか。
今日は、旅立ちにいい日だ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
かくして、エブリンは1人、広い海に旅立ちました。
彼女がどこへ向かうのか。
彼女が何を目にするのか。
それは誰にも分かりません。
また、彼女の旅たちを知っている者は、皆さんしかいません。
この度はシナリオのリクエストおよびご参加、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
エブリンを無事に出航させる
●ターゲット
・エブリン×1
防寒コートを着込んだ、軍人らしき佇まいの少女。
右目を怪我しているようで顔には包帯を巻いている。
首には10のドッグタグを下げている。
どうやら、仲間たちと共に船で旅に出かける約束をしていたらしいが、現在、港にはエブリン1人しかいない。
明日の朝には、エブリンは出航するようだ。
※エブリンからの依頼は以下
・水、食糧、酒の購入※肉は食べられない
・ならず者たち×?
港を拠点としているならず者たち。
何人ぐらいがいるかは不明。武装も不明。
エブリンの小舟を狙っているようだ。
●フィールド
鉄帝のとある港。
時刻は夜。
街は半壊しており、住人はそう多くない。
街は居住区と商店街の2つの区画に分けられる。
港には、犯罪者崩れのならず者たちが多く住み着いている。
ならず者たちを恐れてか、商店街の店は日暮れと同時に閉まる。
港には、ならず者たちが多く住み着いている。
港には、エブリンの小舟が用意されている。
ならず者たちは、エブリンの小舟を狙っているようだ。
エブリンは夜明けと共に海へ出る。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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