シナリオ詳細
仮面の柩
オープニング
●R倶楽部、再来
フィーネ・ルカーノは目の前の嗜虐に息を吐く。
─嫌だ、嫌だ!! もう、打たないでくれッ!!!
しなる鞭は肉を断ち、瞬く間に赤を生む。
──止めろ、お願いだ……彼女だけは助けてやってくれ……
男は庇うように女に覆いかぶさり、屈強な男達は冷たい目で男に鞭を振るう。その度に男の身体が滑稽に跳ね上がり、女は咽び泣く。
──ああ、ああアッ!?
男の悲鳴ばかりが耳に触れながらもフィーネはぼんやりと天井を眺めている。
(つまらない、つまらないの……)
フィーネはかぶりを振る。最近、どんなモノを見ても満たされない。
とろとろと流れる血さえ退屈で、フィーネはすっと立ち上がり血に染まった巨躯の男達を一瞥する。
『フィーネ・ルカーノ様?』
巨躯の男達は双子のように声を揃えた。フィーネは鼻を鳴らし、男達はじっとフィーネを眺める。フィーネは唇を歪ませた。
「……つまらないの、すぐに殺して──」
フィーネの言葉に男女は叫んだ。空間が悲鳴に侵されていく。男達は頷き、口笛を吹くと何処からか双頭のカバが現れる。
『殺せ、殺せ……』
男達の声にカバ達は口を開く。そのまま、カバはそれぞれの頭部を噛み砕く。血がどっと吹き出し床を染め上げていく。
「……綺麗に片づけて」
フィーネは指示を出し、背を向けさっさと歩き出す。何も楽しくはない。むしろ、汚らしい。
(ああ、これではいけない……もうじき、例のパーティーもあるのに)
フィーネは思案する。
●マスカレード・パーティー
ギルド『ローレット』でイレギュラーズ達は『ロマンチストな情報屋』サンドリヨン・ブルー(p3n000034)を見つめている。
その隣にはフィーネ。フィーネはサンドリヨンの大きな耳を弄んでいる。
「え、えと……あの……?」
サンドリヨンはフィーネを見た。フィーネはふふと笑い、サンドリヨンの傷痕を指先で舐めるようになぞっていく。
「あ、う……」
サンドリヨンは困った顔で笑っている。
「……」
フィーネはうっとりとサンドリヨンの傷に触れていたが、真顔へと表情を変える。
「つまらないの」
「え?」
サンドリヨンはきょとんとする。イレギュラーズ達は彼らのやりとりを見守っている。何だか、ハラハラする。
「え、と……それはどういうことですか?」
サンドリヨンは問う。
「……血も骨も痛みも、とてもつまらないの。もうすぐ、マスカレード・パーティーが開かれるのに」
「マスカレード・パーティー?」
その様子を無言で見つめていたイレギュラーズの一人が口を開く。気になるワードだ。
「ええ。年に一度の仮面パーティーなの。あたくしが招待したお客様をもてなすのよ。そこで、毎年、解体ショーを行っていたのだけど……今年は……」
フィーネは目を伏せ、息を吐く。それでも、その指先はサンドリヨンを味わっている。とても艶めかしい。
「あたくしは満たされない……何を見ても楽しめないの」
「だから、何だよ?」
イレギュラーズの一人が眉をひそめる。
「駄目よ。それでは……あたくしが楽しめないパーティーなんて……意味が無い!!」
フィーネは強く、テーブルを叩く。髪が揺れ、イレギュラーズ達は目を丸くする。
「刺激が、刺激が足りないの……」
フィーネは呟く。
「恋人達は貴女の心を満たしてはくれないのですか?」
サンドリヨンは訊ねる。
「ええ、そうね……彼らは凡人よ。あたくしとは違う……」
フィーネは鼻を鳴らし、はっとする。
「どうしたんですか?」とサンドリヨン。
「そうよ、そう!! あなた達がいるじゃない!」
フィーネは立ち上がる。
「え? え?」
サンドリヨンとイレギュラーズ達は茫然とする。話が見えないのだ。フィーネは口角を上げ、笑う。
「そう、あなた達にショーを任せるわ」
「ショーですか? 先程の……?」
サンドリヨンは首を傾げた。
「ええ、そう。自ら用意出来ないのなら、用意してもらえばいい」
「ショーにも種類が沢山あるのですが……」
サンドリヨンは言った。
「そうよね。ならば、演劇がいい。テーマは恋愛。あたくしの心が甘く溶けるような、愛の物語を。ねぇ、甘い言葉をうんと入れて頂戴!」
「愛の物語ですか……?」
サンドリヨンはイレギュラーズ達の顔を眺め、困惑している。
「そして、ショーの虜はエディス・バルツ。知ってる? あの子、辛い物が苦手なの。あなた達があたくしを楽しませられなかった場合、エディスにそうね……死の接吻を与えましょう。あ、大丈夫よ。本当に死ぬわけではないの。ただ、くちづけの際にハバネロ入りのカプセルを咥えて……エディスに飲ませてあげるだけだから」
フィーネはイレギュラーズ達とサンドリヨンを見つめ、くすくすと笑い続ける。エディスはどんな風に苦しんでくれるのだろうか。
- 仮面の柩完了
- GM名青砥文佳
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年10月15日 21時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●今日ノ為に
招かれた客人は、死肉に群がる蝶のように美しい。紙袋を被った姉妹はテーブルに並んだティラミスをスプーンでかき混ぜ、耳障りな音に笑い転げる。
「ふふ、楽しんでいるようね」
着飾ったフィーネが現れた。ゴブリンの皮を使ったマスクで目元を覆い、エディスと歩く。エディスは男装をしクラシカルなマスクをつける。
「フィーネ様」
紺色のパピヨンマスクの男が歩み寄る。『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073) だ。フィーネは寛治を見つめる。スーツを着こなしとても足が長い。寛治は両手を広げ挨拶を交わす。大げな動き、パピヨンマスクの奥にはとろりと濁った瞳が浮かぶ。フィーネは口角を上げる。冷静な男がスーツを脱ぎ捨て欲望に溺れる様を想う。寛治は目を瞬かせ唇を舌先で湿らせる。
「今宵お送りする舞台は、ウォーカーより持ち込まれた悲恋劇の古典、その新訳あるいは異聞。すなわち『ロミオとロメオとジュリエット』とでも題するべき新作にございます」
「へぇ? どんなものなのかしらね」
「フィーネ? 何の話?」
甘ったるい声。エディスがフィーネの腕にまとわりつく。寛治は鋭い殺気を感じた。
「ふふ、今年はローレットにショーの依頼をしたの」
「ローレットに? また、そんな依頼を」
エディスは言った。フィーネはボーイからガーリックシュリンプを受け取り、指で摘まむ。
「ああ、嫉妬深い子。ほら、エディス。口を開けて。そう。どう? とても美味しいでしょう?」
エディスはフィーネの言葉に満足そうに頷く。
「このマスカレード……そこら中から血の匂いがする……。嗚呼、なんと芳しく、良い匂いなのだろう……」
『永久の罪人』銀(p3p005055) が呟く。
「目元を覆うマスクは蝙蝠の形。何も描かれていない漆黒。うふふ、とても綺麗だわ」
淑女が微笑む。銀は喉を鳴らす。炎に照らされた生首。歯を立てれば血液が吹き出し口内を満たす。女は殺戮の家畜。銀はその魅力に震え上がる。
「黒と赤を基調とした貴族風の衣装も素敵だわ! ああ、左肩にマントも……」
女はうっとりし銀は眩暈を起こす。室内には沢山の客人。ああ、一人くらいいなくなったとしても誰も解らぬだろう──
狂ったような熱気が精神を壊していく。女の仮面には真紅の羽がはりつく。
(血? いや──)
銀は呻き、真っ赤な瞳を細める。喉が渇いて仕方ない。
「ねぇ、生き血はいかが? 貴方にぴったりでしょう?」
銀ははっとする。フィーネだ。三日月の口元、狡猾そうな瞳。
「御機嫌よう、血に飢えた美しき同胞よ……」
銀は薄く笑い、細身のグラスに手を伸ばす。
「ふふ、とてもストレートな方……嫌いじゃないわ」
フィーネは鼻を鳴らす。銀はグラスを傾け、胃の腑に血を流し込む。管理が行き届いた新鮮な血液。
「だが、人のモノではないな」
銀の呟きにフィーネが笑う。室内は賑やかさを増していく。
「ええ、正解よ。ふふ、切れ長の瞳は赤珊瑚のよう。貴方は双眸に血を隠しているのでしょう? ああ、凛としたその表情。素敵ね、壊してしまいたい。きっと壊れた貴方は気高い獣。とても綺麗でしょうねぇ」
「おおッ、フィーネ様!」
銀に触れようとするフィーネに男が近づく。銀は室内を眺める。客人は奇声を上げながらフォークとナイフを振り回している。どっと笑い声が聞こえた。
●プロセニアムステージ
『魔砲使い』エリザベス=桔梗院=ラブクラフト(p3p001774) は蝶の仮面を付け華やかなドレスを纏う。エリザベスは小道具や書割を設置しながら息を弾ませる。
(あぁ、皆様の溢れんばかりの役者オーラがまぶしい! わたくし、とろけてしまいそう)
エリザベスは『嘘憑き』ライア(p3p004430) の横顔を眺める。ライアは真剣な顔つきで『水葬の誘い手』イーフォ・ローデヴェイク(p3p006165)と話す。
(うふふ、ライア様は劇中、仮面を外されますの。素敵! ゾクゾクしてしまいますわ。中性的なお顔がこれから醜く歪んでいくのでしょう? それにイーフォ様の紺青色の半面も異様な雰囲気でございますわね。あぁ、どんな演技をなさるのでしょう)
エリザベスは目を細めた。『異端審問官』ジョセフ・ハイマン(p3p002258)が舞台袖で猫鞭の手入れを愉しげに行う。ジョセフは自前の仮面と普段着を纏う。エリザベスは喉を鳴らす。奇妙な興奮が蔦のように這う。
(たくましい腕があの鞭を嬉々と振るうのでございますわ。ジョセフ様はどれ程の苦痛を与えてくださるのでしょうか!)
エリザベスは呻き、ペストマスクの少女に視線を移す。『超病弱少女』キュウビ・M・トモエ(p3p001434)だ。
(トモエ様のナレーションが劇をより残酷に、美しくするのでございますわ)
息を漏らす。『ウミウシメンタル』ニミッツ・フォレスタル・ミッドウェー(p3p006564) がウミウシの仮面を被り柔らかく濡れた身体を小刻みに震わせる。
(可哀相に! ニミッツ様はあんなにも震えて! ですが、きっと美しい声で劇を盛り上げてくださることでしょう!)
エリザベスは息をつく。今夜限りの劇。エリザベスは幕の隙間から観客を盗み見る。
(凄い……仮面から覗く双眸は肉に餓えた化け物のよう)
微笑み客人に歩み寄る。準備は既に終えている。客人はおやと首を傾げ、エリザベスを見つめた。笑う。
「初めまして、痩躯の御嬢さん。とても美しい立ち姿だ」
エリザベスを見つめるその男の面は黒豹。エリザベスは赤い瞳を細めころころと笑う。寛治は招待客と談笑している。老人は新しい楯を作りたいのだと笑う。寛治は老人に的確なアドヴァイスを贈る。老人は突然、声を上げた。
「そうだ! 今夜は新しい催しだと聞いたのだが……君は知っているのか?」
老人がしわがれた声を出す。
「勿論です。そう、あのローレットから、演劇のスペシャリストが派遣されたとか」
「なんと! 演劇だと」
老人は叫ぶ。
「まあ、ステキ!」
目元を覆った夫人が近づく。スパイシィな香水の香り。老人はボーイにマティーニを頼み消えていく。
「ねぇ、もっと聞かせて?」
夫人が寛治の腕に絡み付き、袖に真っ赤な涎を垂らす。寛治は夫人を一瞥し「古典恋愛劇を大胆に改編した、新作の戯曲が演目らしく」と答えた。夫人は興奮し寛治の腕に噛みつこうとする。
「ふふ。マーシー、駄目じゃないの」
咎めるようなフィーネの声と銃声。夫人が吹き飛んだ。笑い声と硝煙のにおい。夫人に群がる客人。絨毯に鮮血が染み込む。生臭い臭いに、寛治は眉を寄せる。銀は引き寄せられたのだろう、腕を組み死を眺めている。
「あああっ! 血だ! 血だぁ!」
客人は四つん這いになり、舌先で生ぬるい塩気のスープを味わう。スポイトやグラスで血をすくう者さえいた。エリザベスはフィーネを眺めている。フィーネは冷笑するエディスに拳銃を手渡し上品に微笑む。視線の先には老人がいる。
(あのお方がフィーネ様……)
「マーシーは確かフィーネ様の恋人ではなかっただろうか?」
「そうですよ」
「ああ、やはりな。それにしても殺してしまうなんてフィーネ様は悪魔のようだ。君も私もいつか殺されてしまうのでは?」
「御冗談を! でも、マーシーは忌み子だったはずですよ」
「ああ、ならば誰も困らない。むしろ、感謝されるはず」
ひそひそと話す者達。誰もがフィーネの虜。エリザベスは会話をこっそりと聞きながら並べられた料理に手を伸ばした。得たいの知れないものが混ぜられている可能性がある。エリザベスは仮面をずらし料理を口に運ぶ。
「あら? とても美味しゅうございますわ」
牛肉のパイ包みはバルサミコソースが絶妙で、ストロガノフはキノコがたっぷり。エリザベスはスープをよそう。香辛料が食欲を刺激する。一口。途端に口内で何かが弾ける。不意に肩を叩かれた。
「ねぇ、美味しいでしょう! 僕はいつも赤蟻の卵のスープばかりを此処で飲むのさ! あの食感は僕の心を刺激する!」
「……え?」
(赤蟻? 卵?)
エリザベスが目を凝らすと、卵がびっしりとスープに漂う。男は笑いながらスープを飲み込んでいく。エリザベスはスープの残りをボーイに預け口元を押さえた。
●ロミオとロメオとジュリエット
観客は待ちわびている。そこには目を輝かせるエリザベスの姿。
「ああ、まだだろうか」
「楽しみですねえ」
寛治と言葉をかわした者たちによって、新劇の噂は瞬く間に広まっていた。
「噂によると舞台には本職凄腕の『拷問吏』が上がるのだとか」
「拷問史が出るなんて……素晴らしいじゃないか! 俺は水責めが好きなんだ……眠らせないのも好みだ。おっ!」
上演のブザー。寛治は壁に背を預け観客の様子を眺めている。
(上演前の関心は掴んだようです)
寛治は目を細め、その身を消す。寛治が消えたことに誰も気づいていない。
幕が上がると大きな拍手が聞こえ、人々は遅れて手を叩く。
(寛治様でございますわね)
エリザベスは思う。寛治はギフトによってその身を同化させ何処かで観客を誘導しているのだ。人々は中央に佇むライアを見る。周りには動かぬ男達。そこには目を大きく開き四肢を投げ出すイーフォの姿。観客の一人がライアに息を漏らす。ライアの髪は夜空に煌めく天の川のようなブロンド。瞳は妖精が住まう泉の如き清廉さを宿した碧。だが、口元は歪み狂気を放つ。耳に触れるその歌は、悲劇を予感させるバラード。ニミッツが歌い始めたのだ。心が締め付けられる。
──ジュリエットは骸の沼を泳ぐ。
トモエが凛とした声で語り始める。観客はライアをジュリエットだと認識する。明かりが消えニミッツが息を吸う。曲が静かなものに変わる。
──時は十四世紀。
トモエの声を合図に明かりがつきジュリエットが右に駆け出した。イーフォが立つ。二人は抱き合い見つめ合う。イーフォは生き生きとした表情。本当にライアを愛しているかのようだ。
「嗚呼、ジュリエット。キミは太陽の女神のようにまばゆく、バラの花のように芳醇に薫る天使のようだ」
「ねぇ、わたくしを愛していて?」
「勿論だとも。さぁ、このおれのまなこにキミの姿を映させておくれ。この哀れな男は、キミの存在と視線と動作によって救われるんだ」
「まぁ、それは素晴らしいわ!」
──ジュリエットとロミオは愛し合う。
ジュリエットは微笑み、ロミオを突き飛ばすかのように離れ今度は左に駆けていく。銀が見えた。
「ジュリエット!」
「ふふ! わたくしを愛に溺れさせてちょうだい!」
──ジュリエットはこの男。そう、ロメオすら愛している。
観客はナレーションにどよめく。ロメオはジュリエットの額に唇を落とす。エリザベスはフィーネを眺めた。
「面白いことをするのね」
フィーネは呟き冷たい笑みを浮かべている。
──ただ、皮肉なことにそれぞれの名家は仇敵同士であり、このままでは彼らは結ばれないのだ。
ジュリエットは笑い、ロメオから逃げるように離れ中央に立つ。ニミッツはジュリエットの動きを目で追いかけている。
「ねぇ、本当にわたくしを愛しているのなら貴方は何をしてくださるの? ねぇ!」
ジュリエットは地団駄を踏み笑う。
──ジュリエットは二人に決断を迫り、彼らはすぐにジュリエットに駆け落ちを告げる。ジュリエットは歓喜し狂ったように愛を零した。ただし、ロミオとロメオは知らぬのだ。ジュリエットの狂気を。
照明が落ち静まり返る。夢中になっているのであろう。人々は闇を見つめたまま動かない。静寂を大きな音が切り裂いた。とても大きな拍手。観客は驚き、音の主を探し首をひねった。エリザベスがその音に身を震わせる。皆、ぼんやりしていた。一つの拍手はやがて、大雨に変わる。エリザベスは手を叩きながら胸を高鳴らせる。
眩い光。そこにはジュリエットが横たわる。ニミッツが不穏な曲を歌う。
「ジュリエット! ああ、愛しい人。俺を驚かせようだなんて」
──何も知らないロメオが剣を握り歩み寄る。
ロメオはジュリエットを抱き寄せた。薄い唇が恐怖に震えだす。手から剣が滑り落ちていった。
「ジュリエット……! 嗚呼、なんてことだ……!」
ロメオは視線を彷徨わせる。
「誰だ、誰が! ジュリエットを!」
鬼気迫る表情に観客は怯え視線を逸らした。
「貴様か! それとも貴様か!」
観客に向けてロメオは絶叫する。ロメオは髪を掻き毟り、ジュリエットの頬を撫でる。
「ジュリエット! ジュリエット……」
ロメオはジュリエットの胸に顔をうずめ、さめざめと泣き目を見開いた。ジュリエットの手から瓶が転げ落ちる。
「どう、して……嗚呼、貴女は悲観したというのですか!」
ロメオはふっと笑う。涙で濡れた瞳が剣を見下ろす。ロメオはジュリエットから離れ、剣を掴んだ。観客は呻く。
「……君がいない世界に何の意味もない……嗚呼、すぐに逝くよ……すぐに追い付くから、地獄の縁で待っていて……愛しい人……」
ロメオは剣に唇を落とし微笑む。
「誰よりも、誰よりも愛している……」
音が消えた。ロメオは息を吸い、自らの胸に剣を突き刺した。
「が……っ、は……、愛、して……ジュリ……エット……」
──ロメオは倒れジュリエットに手を伸ばす。だが、ロメオは力尽きてしまう。彼は知らなかった。ジュリエットの飲んだ薬は仮死薬であることを。
トモエは淡々と語る。
「嗚呼、貴方がわたくしのロミオだったのね」
ジュリエットが立ち上がりけらけらと笑う。ニミッツが歌い始める。ジュリエットの激しさと、死者の為の歌を。ジュリエットは屈みロメオの髪に口づける。明かりがゆっくりと消えていった。
──その一方でロミオはジュリエットの死を知りながら死ぬことが出来なかった。
ナレーションとともに明かりがつく。中央に項垂れるロミオ。ロミオは狂ったように首を振る。
──血走った眼、やつれた顔、ロミオは別人のよう。
「貴方はわたくしを愛してなどいなかった」
観客は息を吐く。ジュリエットはいない。声だけが聞こえる。
「違う、違うんだ! 信じてくれ……」
ジュリエットは笑い、ロミオは唖然とする。
「貴方の愛は解ったわ。でも、逃げようたって逃がさない。私から離れるなど赦さない……そんな愚かな男は、動かなくなってしまえばいい」
「ジュリエット!」
──ジュリエットは拷問吏に刑の執行を命じる。
暗転し場面が変わる。ロミオは四肢を鎖で繋がれている。ジョセフがトランクを開けた。観客がくぐもった声を出す。フィーネが前のめりになった。トランクには責め具が詰め込まれている。
「ああ、彼をもっと知りたい……」
フィーネは笑う。のっぺりとした仮面と容姿はファビュラス。鳥肌が立つ。
(どんな風に貴方は責めて?)
フィーネは震える。何かが戻りつつある。拷問吏はロミオを一瞥する。ロミオは泣き叫ぶが拷問吏は黙ったままだ。ただ、愛おしそうに猫鞭を取り出す。ふと、フラメンコを彷彿させる曲が流れ始めた。拷問吏はロミオの頬を弾いた。音が鳴る。
「あぁ……!」
ロミオは絶望に歪む。フィーネは呻いた。傷が瞬く間に消え、流れたはずの血が消える。今度は胸を打つ。ロミオは叫び、鎖を鳴らす。情熱的な曲に鞭の音と悲鳴が混じり合う。拷問吏は目を打つ。ロミオは狂い叫ぶ。その声は演技なのか本当なのか。観客は息を呑む。
(これだから、ローレットは……)
フィーネは笑う。
(いつだって想像以上のことをしてくれる)
拷問に観客は魅了される。頭を垂れたロミオの髪を掴み、拷問吏は何かを確かめるかのように鞭を振るう。強弱をつけているようだ。打たれる度にロミオは仰け反り息を乱す。声は擦れ、涙を流す。拷問は続く。拷問吏は踊る様に鞭を振るう。鞭がしなる度に拷問吏は興奮によってその身を揺らす。
「……いッ……ジュリ、エット……」
鼻先を打たれロミオは唸る。拷問吏は一言も話すことなく鞭を打つ。拷問吏の不気味な姿に人々は息を呑む。
「あ……あっ……」
ロミオは次第に反応を鈍らせる。歌が消えた。ロミオの荒い息遣いだけ聞こえる。
──ロミオは空を仰いだ。
ナレーションに合わせてロミオがゆっくりと動き、拷問吏は鞭を振るう手を止めた。
「……ジュリエット。キミは、太陽のように―――」
──ロミオは目を見開き息絶えた。
鎖がきぃきぃと悲しげに鳴いている。人々はその音だけを聞く。そして、明かりが消え、スポットライトがジュリエットを照らす。ジュリエットは佇み、観客は始めに聴いたバラードを耳にする。
──こうして、ジュリエットは二つの愛を同時に殺したのだ。
トモエの言葉とともに幕が下りていく。同時に客席から拍手が聞こえ人々は立ち上がった。そこにはフィーネの姿もある。役者達は互いを見つめ、笑顔を見せた。拍手は嵐に変わり部屋を揺らす。
カーテンコールは寛治、エリザベスを含めた全員で行う。皆、手を繋ぎ礼をする。鳴り止まない拍手。観客の一人が笑いながら指を指す。銀は剣が刺さったままだ。イレギュラーズ達は観客に囲まれながらパーティを楽しんでいる。銀は仲間や人々に生き血を勧め楽しそうにしている。遠くでジョセフが客人を縛っている。ニミッツはフィーネのリクエストを受け、アップテンポな曲を即席で歌う。華やかな音、誰もがこのパーティを心から楽しんでいる。
成否
大成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
皆様、ご参加いただきましてありがとうございました。青砥です。どんな劇になるのかとワクワクしておりましたが至極、素晴らしくて……わたくしも観客になりたかったです!また、青砥初の大成功です!おめでとうございます!
そして、そして、MVPは嗜虐的な貴方へ贈らせていただきます。おや?フィーネから皆様へ美味しい生き血をお土産としてお預かりしましたので是非ともお飲みください。
では、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。また、皆様とお会いできますことを。
GMコメント
ご閲覧いただきましてありがとうございます。
マスカレード・パーティーを楽しみつつショーを成功させてください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●目的
フィーネ・ルカーノからの要請を受け、演劇で彼女を楽しませることです。
●依頼人
フィーネ・ルカーノ 女性であり、エディス・バルツの恋人です。財産家であり、日々、刺激を求めています。最近のブームは特になしです(暇を持て余しています)エディスより凶悪で壊れています。ただ、偽るのが上手い人です。あちこちに恋人がいます。残酷で美しい物が好きです。
●恋人
エディス・バルツ 女性であり、フィーネ・ルカーノの恋人の一人です。嫉妬深く美しい女性です。善悪などどうでもよく、フィーネの為なら何でもする人です。フィーネ以外、興味がありません。パーティーではフィーネの隣にずっとおりますが今回の件について何も知りません。
●場所
R倶楽部の大広間で、マスカレード・パーティーが開かれています。部屋は鮮血に似た蝋燭の揺らめきに照らされ、とても薄暗いです。フィーネに招かれた客人が仮面を付けて談笑しております。立食となりアルコールやジュース、豪華な食事が並んでいます。ただ、豪華な食事に混じって見たことも無い料理(ゲテモノ料理など)が並んでいます。蝋燭の成分に『気持ちがよくなる薬』が混ぜられ、異様な昂揚感が皆様に訪れます(必ず、効果がありアルコールを飲むとより効果があります)フィーネの恋人達も招かれており、遭遇する可能性があります。
●ショー
皆様が披露する演劇を示します。テーマは恋愛でショーの時間は最低でも十分で、最長二十分ほどです。ショーはパーティーの中頃になります。フィーネが満足しなかった場合、エディスがハバネロ入りカプセルで苦しむことになります。ハバネロ入りカプセルは四分で溶けるようです。
●注意
マスカレード・パーティですので必ず、顔を隠す仮面(種類は問わず)を装着してください。ただ、仮面を付けているのはお遊びで素性を隠したいわけではありません。本名を呼んでもかまいませんし、名前を偽ってもかまいません。お好きなようにお楽しみくださいまし。
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アドリブを入れると思いますがNGの際や注意事項がございましたら必ず、明記ください。フィーネ・ルカーノもエディス・バルツも過去の依頼に登場しておりますが、こちらと直接的に繋がってはおりません。
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