PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<黄昏崩壊>臆病者のクロシェット

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●臆病者
 天声を聞け。楽園の崩壊を知れ。しあわせなんて、何処にもない。
 首に付けられた枷の時限爆弾が刻一刻とリミットに近付いているかのような感覚だった。
 少なくとも薄汚れた子供とフォーレルスケットは違うのだ、自惚れるなとまざまざと思い知らされるような感覚だった。
「クロシェットは、どうする?」
「……フォーレルスケットは、残るでしょう」
「うん。ぼくはぎりぎりまでここにいるよ。ぼくは竜だ。最後まで恐ろしく何て、なりやしないんだ」
 それに、ペットたちも居るみたいだから。
 砂を食んだような苦さだけがそこにはあった。クロシェットはフォーレルスケットを見詰める。
 深い海のような、美しいその竜は『煙藍竜』の名前が良く似合っていた。
「そうだね、だから、ぼくも此処に居る」
 君の前で初めて死んだ『人間』になれば、特別になれるだろうか。

 魔種。即ち、滅び。
 端的な言葉で表された立ち位置は分かり易かった。
 生まれてこなければ良かった者という烙印だけを背負って生きてきた子供は、名前という財産だけを抱えていたから。
 改めて、その存在が世界に認知されていないのだと知ったとき「ああ、よかったなあ」などと柄にもなく想ったのだ。
 雨露を舐め、泥を食んだ体は否応なしに生き延びてしまった。餓死する勇気も無ければ自死する手段さえ知らなかった。
 本能的に腹が減れば飯を喰らう。其ればっかりの浅ましさを手にしてしまった『クロシェット』は漸く人間に慣れた気がした。
 ざくり、と髪を切る音がした。錆びたナイフは幻想の路地裏で拾った儘のものだった。
「引っ掛かる」
「いいよ」
 フォーレルスケットが雲脂と脂に濡れた黒髪を短く切っていく。不格好で、美しくなんてない、見栄えも良くなかった。
 何処からか拾ってきた石鹸の泡が包む。笑うフォーレルスケットに自分だって対等に見られていないのに、友として傍に居られた気がした。
「クロシェットは、そんな目をしてたんだね」
「何が?」
 フォーレルスケットの手が頬に触れてやわやわと撫でる。川の水に流れていく泡が包み隠す物を無くしてしまったから。
「君の眸は、太陽の光みたいな色をしてたんだ」

●introduction
 崩壊の最中に、クロシェットは立っていた。櫛の一つも通らないごわごわとした黒髪は短く切り揃えられていた。
 痩せぎすの、胸骨も浮いてしまいそうな体を包み込んだのは黒いワンピース。仕立ての良さは、誰が用意したのか分かる。
「ベルゼーというひとは、偽善者だとおもう」
 道草を食って、適当に拾った子供に『おわり』を与えてくれるのは善人だったのかもしれない。
 けれど、最後の最後に未練がふつふつと湧いたのだ。生きている意味さえ感じていなかった依存。凝り固まった価値観の変化。
 たった、ひとつだけ。

 ――君の眸は、太陽の光みたいな色をしてたんだ。

 フォーレルスケットとこれからもずっと。そう願った自分に魔種という存在が何れだけ愚かしいかだけが分かって仕舞った。
「フォーレルスケットは、もっと、もっと先に居る。
 あの子は、ベルゼーがすきだったから。きみたちが、しようとすることを許さないだろうね」
 嘲るように笑ったクロシェットは、これが人間らしい感情なのだろうかと感じた。
 汚らしい。独善的。噛みすぎて短くなった爪の先に赤が滲んでいた。
「ぼくも、わかってる」
 クロシェットは呟いた。
 褪せてしまった蒼い色。錆を孕んだら全ては黒になる。鈍色の世界から鮮やかな青が離れてしまった。
 だって、フォーレルスケットは彼等を見ようとしてた。ペット、と呼び掛けて嬉しそうに笑っていた。
 その眸が物語った『ぼくときみたちの違い』が苦しいほどだった。
「……本気で戦うって、ずるいよね。ぼくも、そうだったらよかったのかな」
 イレギュラーズに何てなれやしなかった。選ばれなかったのは、己自身だ。
 世界で一番の罰は、孤独なんだ。
 分かって居るから、これはただの八つ当たりだ。
「死んで欲しい」
 がりがりと爪を噛んだ。嫌いだ。イレギュラーズなんて、世界が『道』をしめしたひとたちなんて。
「このまま、この世界と共に崩れ落ちて、死んでしまってよ。ぼくのだいきらいなひと」

GMコメント

 日下部あやめと申します。

●成功条件
 クロシェットの撃破

●ヘスペリデス
 ラドンの罪域を超えた先にある美しい場所ですが、今は崩壊が始まっています。
 冠位暴食の権能が限界を迎えてしまったそうです。天候は荒れ狂い、美しさの欠片も残されていません。
 フォーレルスケット(竜種)はこの先に居るそうです。クロシェットは本気で皆さんを排除するつもりです。
 周辺には障害物が点在しています。お天気はころころと変わります。

●『臆病者の』クロシェット
 ごわごわした黒髪を持った痩せぎすの子供の外見をしています。余りに痩せて性別は判断できません。
 幻想のスラムで生まれ育ち死にかけた所を偶然拾われました。
 非常に強い独占欲と依存心があり、フォーレルスケット(竜種)を自分だけの唯一であると認識していたようです。
 BSや搦め手が得意でとても嫌らしい攻撃を得意とします。積極的な攻勢を見せます。手が多く、すばしっこいのが印象的でしょう。

『煙藍竜』フォーレルスケットはベルゼーに非常に好意を抱いていますが、人間というものに興味を抱いています。
 魔種を人ではなくベルゼーと同じ種の不思議な存在として認識している為、対等に話していましたが、クロシェットから見てもフォーレルスケットは自身を友人として認識していないように思えます。
 フォーレルスケットは、イレギュラーズをペットと呼びます。クロシェットへの認識も同じです。
 ですが、フォーレルスケットがイレギュラーズに興味を抱いているからこそ、接触する前に殺しておこうとクロシェットは考えました。
 フォーレルスケットがイレギュラーズを見ることが、許さないから。

●レムレース・ドラゴン 5体
 ヘスペリデスの崩壊に伴い『女神の欠片』が過剰反応して出現させた個体です。
 周辺の生物を激しく敵視し、全てヘスペリデスへの攻撃者と捉えているのか無差別に襲い掛かります。
 クロシェット、イレギュラーズ問わず暴れ回っています。竜にも似た姿をしていますが、ただの幻影です。
 倒す事で女神の欠片を確保することが出来ます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <黄昏崩壊>臆病者のクロシェット完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年06月28日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

セララ(p3p000273)
魔法騎士
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ


 君がいなけりゃ、生きた心地がしなかった。
 君がいるから、ぼくは生きていられたのかも知れない。

 黒く伽藍に崩れ去る世界は、誰かの心象風景のようだった。ぼんやりと空を眺めていたクロシェットは無数の人間の足音に気付いてから振り向いた。
「ぶっはっは! まさに世界の終わりってやつみたいだわ! 面白いから写真とっとこ。はいちーず」
 aPhoneのインカメラで世界の様相を撮影しようとした『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)はこういう時だからこそ『それっぽさ』こそが一番に求められるのだと快活に笑う。たったひとつの終わりかけた世界の姿とは対照的に生に満ち、息衝く様に笑う彼女は眼前の魔種とも相反する姿だったのだろう。
 爪先をがりがりと噛んだ。昏いクロシェットの瞳を受け止めてから『魔法騎士』セララ(p3p000273)は「こんにちは」と微笑んだ。陽の光を編んだような眩い金の髪の娘は背筋をぴんと伸ばしている。
「クロシェット」
「死んで」
 凡そ会話にもなりゃしない。それ程迄に存在する独善的な自己保身と責任転嫁を前にしても少女は批判的な言葉を告げる事などなかった。
「友達を取られたくない、独占したいっていうクロシェットの気持ちは分かるよ。
 でもね、ボク達はフォーレルスケットを奪い取りに来たんじゃない。ベルゼーを止め、フォーレルスケットを救いに来たんだ」
「自分勝手」
「そうかな?」
 セララはうん、と首を捻った。繰り返すように「自分勝手」「人の気も知らないで」と繰り返したクロシェットの抱いた感情の名を『この手を貴女に』タイム(p3p007854)はよく知っている。歩み寄れる訳がない。その心の行き着く果てはどうしようもなく縺れていると知っているから。
 未練、依存、執着。それは馬鹿げた感情で、自分勝手なのは誰なのか分かり切った答えだけをその場に置いている。そんな感情を向けた相手が、何でもないように告げた言葉が宝物になった。大したことじゃなくても、それが心の支えで、自らの命の由縁になってしまった。
 おんなはよくよく知っていた。少しだけ理解できてしまったのは、クロシェットにとっては叶わぬ望みであるからだ。どうしようもない、行き止まり。感情の隘路。閉塞的な、世界の終わり。
(ええ、そうよね。この子はわたし達がいる限り、決してフォーレルスケットに『ただひとり』の存在として見てもらえないのだもの)
 ――クロシェットの希望を満たすならば、ここで心の臓が刻んだ鼓動を止めるしかないとも分かっているから。
「かえって」
「帰れないよ。ボク達はベルゼーを止めに来た。フォーレルスケットを連れて一緒に逃げてあげればいいじゃない。世界が、壊れちゃうんだ。
 クロシェットはフォーレルスケットが好きなんだよね。なら、フォーレルスケットの助けになる行動をとってあげてよ」
「かえって」
「……帰らないよ。キミがベルゼーを止めないなら、ここを通して。ボク達がベルゼーを止める。ボク達がフォーレルスケットを助ける」
「かえって!」
 その感情が平行線である意味を、セララは気付いていた。もしも、フォーレルスケットの瞳が彼らを映せば、興味がそちらに映れば、それだけでクロシェットの小さな小さな世界が脆く壊れてしまうのだ。
「ああ、なるほど。新しいペットが来て、前のペットが飽きられた。クロシェットさんの心境はそんなところでしょうか」
 ぎらりとクロシェットが睨め付けたのは『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)だった。眼鏡のブリッジに指先を沿えてからやれやれと肩を竦める。
「フォーレルスケットはベルゼーが好きなんだ。あの偽善者は、フォーレルスケットにとって、憧れだったから。
 そんな彼を止める? 殺すの? フォーレルスケットを傷付けるだけじゃないか。フォーレルスケットの事を一番に分って居るのはぼくだ」
 だから。
「死んでよ」
「いいえ、私の舞台の終わりはここではないの。だから、まだ死んでなんてやらないわ。
 けれど――あなたにとっては、そうではないのかもしれない。さぁ、終わりにしましょう。クロシェット。貴方のカーテンコールの時間よ」
 蠱惑的な笑みを浮かべて地を叩いた鉄の指先。『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)の声音に顔を上げてからクロシェットは呟いた。
 世界が終ってしまうなら、フォーレルスケットの隣が良いのに。


 通せんぼ。子供の様なその言葉は、たったひとりだけ世界を見た幼い魔種に出来る唯一であったのだろうか。
「貴方にどんな事情があれ、わたし達は征かねばなりません」
 悪しきを滅す。そんな訳ではなくて。崩れていく世界の端に立ち竦んでから『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)は緩やかに胸へと手を当てた。
「世界が崩れ去る前に。わたし達は止めなくてはならないのだから」
 造り上げられた仮初めの命でも、中央で鼓動が逸った。暗夜の蝶々の如く、ひらり、魔力が指先から踊れば無数の雷が落ちて行く。
 眩いひかりのようなドラゴンは、アッシュとはまた違う紛い物。アッシュが生ある物ならば、レムレース・ドラゴンはただの形を造り上げただけの無為の塊だっただろうか。
 竜の咆哮が如く響く音色を聞きながらごわごわとした黒髪をざくりと切って覗いた陽の色の瞳が鋭く睨め付ける。
「死んでしまえよ!」
 走り回るレムレース・ドラゴンの横顔を殴りつけたクロシェットの声音が悲痛に響いた。耳にするにも劈き痛い、だが、其れを聞いていなくてはならないと『アルミュール』ボディ・ダクレ(p3p008384)は知っていた。
「いいえ、いいえ、クロシェット。止ることだけはしてやれない。私達は進みます、その先へと」
 前へと、走り抜けていくボディはクロシェットの眼前へと躍り出た。鮮烈なる光の如く、展開された装甲に身を包んだ屍の、眸には確かな生気が溢れていて。
「さぁ、来い。あなたの本気を見せてみろ」
「ッ――ぼく達なんてそっとしていて!」
 叫んだクロシェットの声に『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)の胸もずきりと痛んだ。クロシェットという名前は、魔種が母親より貰った唯一の繋がりで、唯一の自己を表す言葉だったのだろう。
 その名前の重みをチェレンチィは知っている。自身と似た境遇の、自身とは別の道を歩んだ嘗ての『チェレンチィ』のなれのはて。
 スラムでなんとか生き延びて、唯一無二を得た時に確かに世界はその人だけだと執着と依存が首を擡げた。
「……運命が、ほんの少しでも違ったのなら、貴方がボクで、ボクが貴方だったかもしれないなと、先日遭った時からずっと考えていました。
 かつてのボクも、この名前と、大切な人のみが財産でしたから」
「でも、きみは、ぼくじゃない」
「ええ。ボクは貴方じゃない」
 道が拓けたチェレンチィは誰か一人に執着する事はなかった。ずっとずっと、狭い世界に籠りきりにならなかったのは、沢山のことを知ってきたからだ。
 世界はただ一人だけでも、唯一無二なる誰かだけではないのだ。
 何もさせやしないと踏み出すチェレンチィのコンバットナイフは刹那をも切り去るように、慈悲なる一撃を放つ。
 少女らしい柔い肌へと突き刺さったクロシェットの敵意など気にはせず、雷の気配を刻みつけた。唯一を喪う恐ろしさは、チェレンチィもボディも知っていたから。
 真白の衣装は翼のようにひらりと揺れた。セララの周囲に踊った燐光はまるで天使の羽根のように。
 解放された魔力の残滓は何もかもをこの地を危機に陥れる仇敵と認識したかのように暴れ回るレムレース・ドラゴンへと雷光を纏う斬撃を叩き着ける度に踊る。天雷の気配を受け入れたラ・ピュセルは希望を束ね、視線の先の魔種とレムレース・ドラゴンばかりを見詰めている。
「さて、レムレース・ドラゴン。これは我々をだけ狙うものではないようだ。近くのものを無差別に襲う。それがクロシェットであっても、ね」
 魔力を反射する障壁を纏いながら敢て、その身を無防備に見せた寛治はゆっくりとクロシェットへと近付いていく。大口開けたレムレース・ドラゴンは彼の言う通り何人たりともこの地を侵すことは許さずと息吹を吐いた。
「うーん、女神の欠片、こと、レムレース・ドラゴンね。オーケー。
 てか、クロシェットちゃん、これは守……いや、面倒事回避? それとも愛情を独り占めにしたいってヤツ?」
「……」
 ぎろりと秋奈を睨め付けたクロシェットはそれ以上は何も言わない。苛立ちと、それから図星を突かれた事で言葉の一つも出て来やしなかったのだろう。
「なんだよそのわからない反応。兵器には理解できねーな。
 そんなに嫌なら、無理を押し通してやんぞこらー! だって私、めちゃくちゃにするのが大好きなんだもの!」
「性格が歪んでる」
「はっ、言ってろ言ってろ!」
 お前には言われたくないとは秋奈は言わなかった。どうせ、此処であったが最後なのだ。クロシェットという『歪んだ人間』を秋奈は理解などできやしない。
 レムレース・ドラゴンへと向けて慣れ親しんだ戦刀を振り下ろす。神速の一薙ぎにレムレース・ドラゴンが仰け反った。
「お前等なんて、世界と一緒に崩れていけ!」
「そうはいかないの」
 やれやれと肩を竦めた華奢な娘は傷付くことには気付いた頃には慣れてしまった。嫌ねと唇を揺れ動かして肩を竦めた。
「わたしが立っている限り誰も死なせやしないんだから。みんなもそのつもりで思い切りお願いね!」
「だっはっは、てーむちゃん頼んだぜい!」
 笑う秋奈は真っ向から飛び付くように薙ぐ一撃を放ち続けた。タイムはその様子を眺めながら確信していた。
 レムレース・ドラゴンを率いて寛治はクロシェットを諸共巻込むことを選んだ。乱戦の最中、すばしっこいクロシェットは其れだけで動き回ることも出来まい。
 後ろにでも目が突いてない限り、とたとえてみせたタイムはクロシェットの動きを出来る限り押し止められているのはその正確にも由縁していると気付いて居た。
(――この戦いは、多分、勝てる。けど、クロシェットの強い想いを抱いた捨て身の戦い方……)
 心がぎしり、と音を立てた気がした。どうしたって、クロシェットの言葉は幼い子どもでしかないのだ。
 お気に入りの玩具を取り上げられた子ども癇癪を、どのように受け止めてやれるだろうか。
「……唯一なんて、この世にはないのですよ」
「フォーレルスケットがぼくの全てだった」
 ああ、伝わることはないのだろう。こんな場所で、こんな終わりの間際。『もしも』があれば、チェレンチィはクロシェットに広い世界を教えてやった。
 それも為せないのならば。唯一無二が欲しいその人に届かなくても言葉を手繰り寄せるだけ。
「執着心という名前の棘は、心に突き刺さって痛くはありませんか。ボクは、それを抜いてやりたかった。
 フォーレルスケットと、ちゃんと向き合えるように。その人が呼ぶ声に心の底から笑えるように」


 君がいなけりゃ、生きた心地がしなかった。
 君がいるから、ぼくは生きていられたのかも知れない――
 命がどこまで続いたって、実感がなくては意味が無いとボディは知っている。全力でクロシェットと傷付け合った。
 クロシェットの一撃が重苦しく、ボディの攻撃では迚も及ばないと分かって居たって、全力であるべきだと認識していた。
 クロシェットの抱いた憎しみは、ただの八つ当たりで自己防衛でしかないと分かって居ても、その感情には応えたかった。
「あなたも、私達も、譲れない物があるから此処にいる。
 ならば私は、あなたの力も憎悪も何もかも、真正面から受け止めてみせる。
 それも出来ないのなら、私はきっとフォーレルスケットにも対抗できやしない」
「『受け止めてくれるやつ』、ぼくはきみが嫌いだ」
 真っ向から向けられた憎悪にボディはそうだろうと頷いた。フォーレルスケットが、寛治を、ボディを、ヴィリスを覚えているのだから。
「ねえ、嫌いという感情も、とっても大事な物よ。刻みつけられた憎悪というのは忘れ難いものだもの。
 けれどね、八つ当たりしか出来ないおばかさん。死んで誰かの記憶に残る。ええ、ええ、それもきっと良いことだとは思うわ?」
 壊れかけた世界で踊り続けるだけ。クロシェットもレムレース・ドラゴンも、その全てを巻込んで生きる証を魅せ付ける。
 たった一人にしがみつくように生きてきたクロシェットと似ている。踊ることに固執して、それに生の実感を。その舞踊は誰かの心に刻みつけられたのだろう――屹度、クロシェットが望んだフォーレルスケットの瞳の中にだって、ヴィリスの踊りは美しく映っていた。
「ただ『居続けた』だけの貴方が自分で選んだ自分の幕引きの手伝いくらいはしてあげるわ。私と似ているようで、正反対なあなた」
「ぼくは何も持っていないんだ」
「何も持たなかった、の間違いでしょう? 私は踊らなくてはならないの。だから、まだ死ねない。貴方を殺さなくてはならないなら、殺すわ」
 強い意志は、柔肌の乙女の足先に繋がった黒鉄のように、冴えた色をしているようだった。
 最期のその時にクロシェットを覚えていてやろう。忘れないで居てやれば良い。その眼に、その姿を刻みつけてやれば良い。
 ごわごわとした黒髪は、屹度手入れをすれば美しい。陽の色をしていた眸は、笑えばさぞ美しかろう。痩せこけた体だって肉がつけば見栄えも良くなった筈だ。何をしたって、もう手遅れだもの。
 不吉の泥を孕んだヴィリスの踊りに、その全てに、苛立ったようにクロシェットが獣の様に叫んだ。喉を震わせ、呻く。
「嫌われようが、最後まで付き合っていただきますよ、クロシェット。大切な存在がいる者同士としてもね」
「死んでしまえよ!」
 ボディは眉を寄せた。聞いていれば、良く分かった。幼い子どもは簡単に死ねと言う。それしか言葉を知らないような、学も何も無い。生きるか死ぬかだけの単調な世界で生きている。
「……生きていたかったのではないですか。フォーレルスケットと、いえ、自分を認めてくれる誰かと……世界を」
 チェレンチィの声音を遮るように、クロシェットが錆び付いたナイフを叩き着けた。ざりざりとしたそれが肌を引っ掻き疵を残す。
 眉を寄せる。着実に命を奪う一撃を手にしていたチェレンチィが隙をも狙う。
 うう。うう。子どもが癇癪を起こすように呻く。タイムは唇をぎゅうと食んだ。なんて痛々しい戦いだろう。眩い光と共に寛治を癒やすタイムが顔を覆った。
「ぶははっ! 待たせたのう、雛ち……ボデェくん! チャレンち! まかせろ、真打だ! 刀だけに」
 秋奈が明るく笑えば寛治は数の減ったレムレース・ドラゴン諸共にクロシェットを穿った。
「避けなければ致命傷、回避に意識を割けば牽制射撃。さ、どうしますか?」
 問わずとも、致命傷がその膝を震わせたことを知っている。
「ペットに甘んじていたら、友達にはなれませんよ。フォーレルスケットに会ったら伝えておきます。あなたを忘れないように、とね」
「ペットて」と秋奈が呟けど、竜にとってはそうでしかないという現実がクロシェットには痛かった。
「貴方の矜持は、まるで執着の様にも思えます。だけれど、其れよりももっと、純粋な何かにすら思えるのです。
 其れこそ、愛情や信愛にも似た……違う何かに」
 アッシュの蝶々は銀色に変化した。燦然たる力の輝きは、指先をも燃やす。ちりちりとした痛みが、心を震わせる物だと知っていたから。
 気付けば其れで終わりなのだ。愛していると口にすれば、家族になりたいと言えば、フォーレルスケットは拒絶にも似た言葉を口にしただろう。
 ペットに甘んじていたら、友人になどなれないけれど。
 竜は彼を友人だとは思わない。同じ場所には立てないと、まざまざと思い知らされるようだった。
「友達なんて――なれっこない!」
 心の底から叫んだクロシェットの刃がボディの腕をぎざりと切り裂いた。満身創痍の、体があと少しと動く。
「こんな状況でなければ、クロシェットともお友達になりたかったんだけどね」
 セララがぽつりと呟けば、クロシェットはのろのろと顔を上げてから「やだ」と小さく呟いた。
「キミは、寂しそうだったから」
「ぼくからフォーレルスケットを奪うやつなんかと仲良くしたくない」
 欲しい物に手が届かない。理解だって出来てしまった。きっと、世界が終るなら唯一無二の傍がよかっただろう。
 その執着はクロシェットを形作った全てであったのだとタイムは分かる。フォーレルスケットは、ベルゼーの為ならば、きっと身を挺するのだろう。
 憧れとは拗らせれば只の執着。フォーレルスケットも、クロシェットも強烈な光に見せられただけだった。
「はぁ。ベルゼーもフォーレルスケットも随分と罪作りなことするのね」
 ぐらぐらとそのからだが倒れていく様を眺めながらタイムは呟いた。
 息をしない。笑う事も、声を上げることもない。フォーレルスケットの気配が感じられる。
 ヴィリスはその気配に顔を上げてから、表情の読めない竜の姿に唇を震わせた。
 ああ、あなた――有り得たかも知れない私。さようなら、貴方の物語は私が『あの子』の所にまで運んでいって上げる。

成否

成功

MVP

新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ

状態異常

新田 寛治(p3p005073)[重傷]
ファンドマネージャ
チェレンチィ(p3p008318)[重傷]
暗殺流儀
ボディ・ダクレ(p3p008384)[重傷]
アイのカタチ

あとがき

 この度はご参加有難うございました。
 髪を切って、のぞいた瞳に映ったのが皆様の一番素敵な所でありますように。
 それではまた、お会いいたしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM