PandoraPartyProject

シナリオ詳細

山ン本部屋の土俵祭り。或いは、河童の力士に誘われて…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●土俵祭り
 春が終わって夏が来る。
 豊穣、とある海沿いの街が此度の舞台だ。
 とある平たい建物に、続々と河童たちが集まって来る。どいつもこいつも体格が良く、いかにも力が強そうだ。それも当然、彼らは河童の力士であった。
 山ン本部屋。
 豊穣を拠点とする、河童たちの相撲部屋である。
「さて、ここで合ってんのか? 金鎧山の奴に呼ばれて来たが、己れはここで何すりゃいいんだ?」
 相撲部屋を遠目に眺め、そう呟くのは金の髪をした鬼……型破 命(p3p009483)である。
 片手に酒を、片手に米俵を抱え、遠路はるばる歩いてきたのだ。
 それもこれも、以前に既知を得た巨躯の河童に声をかけられたからだ。
 山ン本部屋前頭、金鎧山。
 小山のような体躯を誇る河童の力士だ。
「そんで、己れは何処に向かえば……」
 と、相撲部屋を眺めつつ命は首を傾げてみせる。今日、この日、山ン本部屋へ来てくれと誘われただけで、何の用事かは聞いていない。
 何しろ、金鎧山と逢ったのは百鬼夜行の最中であった。互いに酒に酔っていて、その場のノリと勢いだけで会話していたせいである。
 命は何度も金鎧山を始め、河童たちを投げ飛ばした。
 それと同じぐらい、河童たちに投げられた。
 あの夜は楽しかったな、と、そんな記憶ばかりが思い出される。
 と、その時だ。
「おぉ兄弟! 来てくれたか! こっちだ、こっち! もう直に始まるからな、中へ入ってくれ!」
 建物の入り口で、命を呼ぶ声がした。
 金鎧山だ。
 その横には、小結の白狼が控えている。
「おぉ、金鎧山! 来てやったぞ! 来てやったんだが、今日は何の催しだ?」
「うん? 言ってなかったか? 言ってなかったかもしれないな」
 分厚い腹を抱えるようにして、金鎧山は呵々と笑った。
 力士らしくいかにも豪快な河童である。
「今日は土俵祭りの日だ! 祭事と、祭事後にはファン感謝祭も行われるのでな! 相撲を取ろう!」

GMコメント

●ミッション
相撲祭りをつつがなく終わらせる

●土俵祭り
場所中の安全と興行の成功、五穀豊穣、国家安寧を願い祝詞を奏上する催し。
土俵の中央に空けた穴に、勝ち栗、榧の実、昆布とするめ、洗米、塩などを埋める。
古来より相撲は神事の1つに数えられており、例えば祭事で相撲が催されるケースも多い。

●用語
・山ン本部屋
豊穣を拠点とする河童たちの相撲部屋。
基本的には河童ばかりだが、稀に剛力や胆力を見込まれた別の種族や人たちが所属力士として扱われることもある。
強い者と相撲を取ればより強くなる……という考えによるものらしい。

・山ン本部屋前頭、金鎧山
小山のような体格をした巨躯の河童。
命を誘った張本人。


動機
 当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。

【1】金鎧山or命に誘われた
山ン本部屋で何かの行事があるようです。あなたは、河童の力士・金鎧山or型破 命(p3p009483)さんに誘われました。

【2】力士と決着をつけに来た
以前に力士と相撲を取ったことがあります。その時の力士を見かけ、山ン本部屋を訪れました。

【3】祭りと聞いちゃ黙ってられねぇ
祭りと聞いてやってきました。イメージしていた祭りとは何やら雰囲気が違う気もしますが、祭りは祭りです。


土俵祭り、当日
当日のおよその行動方針です。河童の力士たちは、相撲を取る機会を虎視眈々と狙っているため、場合によっては土俵に上げられます。

【1】粛々と祭事を見守る
行司の指示に従って行儀よく土俵祭りを見守ります。手伝いを頼まれることもあるかもしれません。

【2】相撲だ、相撲を取らせろ
祭事が終わってからが本番です。土俵で河童の力士たちと相撲を取ります。

【3】相撲を観戦する
相撲を観戦します。座布団を投げる機会を窺っています。

  • 山ン本部屋の土俵祭り。或いは、河童の力士に誘われて…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月21日 22時15分
  • 参加人数6/6人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
型破 命(p3p009483)
金剛不壊の華
ニャンタル・ポルタ(p3p010190)
ナチュラルボーン食いしん坊!
獅子若丸(p3p010859)
百獣剣聖

リプレイ

●土俵祭り
 土俵の前に、ずらりと並ぶ力士たち。
 その前に立った脇行司の男が、祓詞を唱えた。
 静かな時間だ。
 力士も、他の参列者たちも、誰も口を開かない。
 しわぶきのひとつも零してはいけない。そんな静謐な空気感が、祓詞をひと際、神聖なもののように思わせる。
(なるほど、こうして並んでいると体格や筋肉量にはかなり違いがあるのが分かります)
 並ぶ力士を横目で一瞥。『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は、外見から力士の力量を見極める。相撲とは、体重による階級分けの無い格闘技だ。背の高い者も、低い者も、重たい者も、軽い者も、誰もが土俵の上では平等だ。
 信じられるのは鍛えた己の肉体のみ。
 祭事の後には、居並ぶ力士と力比べをする機会もあるという。誰を相手に相撲を取ろうか。そう思うと、自然、迅の口元に抑えきれない笑みが滲んだ。
 
 脇行司が榊を振るい、参列者たちを祓い清める。
 祓われる力士たちの中に、『山ン本部屋暫定横綱』ルーキス・ファウン(p3p008870)や『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)の姿もあった。
 以前に山ン本部屋の力士と相撲を取ったことのある2人だ。勝利を収めたことにより、両者は暫定ではあるものの、力士としての番付けを得ている。
 ルーキスと命だけではない。
 山ン本部屋に所属する力士は、河童以外にもいるのだ。
 次いで、祭主が塩をまき、正面の白幣に拝礼、柏手。
 再び、祝詞の奏上が始まった。
 祭主が土俵の脇へと佩けると、次に前へ歩み出たのは脇行司。
 白幣を土俵の四隅に立てると、上げ俵へ献酒を行う。
 次に行われるのは“片屋開口故実言上”。
 鳴る拍子木の音に合わせて、祭主が軍配を振るう。
「あめつちひらけはじめてより陰陽わかり、きよくあきらかなるものは陽にして上にあり……」
(はぁん。こうして聞くと、なるほど相撲ってのは神事なんだな)
(古くから神と呼ばれる存在は、祭り好きで勝負好きと相場が決まっていますからね)
 声を潜めて、命とルーキスが言葉を交わす。
 そうしながら、2人の視線は土俵の中央へと向いた。土俵の中央部分には穴が掘られている。次の工程となるが、穴の中に勝ち栗、榧の実、昆布とするめ、洗米、塩などの鎮め物と呼ばれる供物を埋めるのだ。
「どれも上物のようじゃな。ちと勿体なく思えるの」
『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)の視線は、鎮め物の方へ向いている。
 その近くには酒もあるが、悲しいかなニャンタルは未成年。酒は飲めないお年頃だ。
「仕方ありますまい。あれらは土地の神への捧げもの故」
 瞑目したまま言葉を返すは『百獣剣聖』獅子若丸(p3p010859)だ。地面に座した獅子若丸は、首を垂れて祝詞に耳を傾けている。
 鎮める……つまりは“落ち着かせる”という意味だ。
 その名の通り、鎮め物とは土地の神を落ち着かせるために埋めるものを指す。それらは神への供物であるため、山ン本部屋も上等なものを揃えたのだろう。

 お神酒を受け取り『山ン本部屋後援会長』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は想起する。
 山ン本部屋河童救出作戦。
 1年半ほど以前にモカの参加した任務である。
 地下に囚われ、強制労働させられていた河童たちをモカたちイレギュラーズが救助した。その後、1年半の間、山ン本部屋の河童力士たちは奮闘したのだろう。
 山ン本部屋は盛り返し、土俵祭りに人を呼べるほどにまでなった。
 モカも豊穣河童相撲には出資している。
 それゆえ、彼女は今日の祭事に関係者として参列しているのだから。
「そのうち混沌全国家巡業もしよう。この世界には観戦スポーツが少ない」
 そう言うと、脇行司の老いた河童はにこりと笑った。
 ラサの恐竜レース。
 海洋の鮫レース。
 鉄帝のオイルレスリング。
 それらと並ぶ一大競技となり得るだけのスペックが、河童相撲にはあるはずだ。

●河童の相撲
 祭事は終わり、触れ太鼓が街へ出た。
 太鼓の音色に誘われ、そのうち大勢の街人たちが山ン本部屋に押し掛けるだろう。
 なにしろ、ここから先の催しこそが本日の目玉。
 つまり、参加者たちによる河童相撲の体験会が行われるのだ。
 祭事を行った土俵を始め、山ン本部屋の前庭にも幾つかの土俵が用意されている。
「おうおう、祭りとあらば盛り上がる所は盛り上げねえとな!」
「うぉおおお!!! 祭り! 相撲!! こうしちゃおれん!」
 巌のような体格の偉丈夫と、華奢な身体付きの少女が揃って土俵の前へ立つ。
 命とニャンタルの視線は交差し、両者ともににやりと好戦的な笑みを浮かべた。
「アンタ、そんな細腕で相撲が取れるのか? 怪我すると痛いぞ?」
「あぁん? お主も女は土俵に上がるなとかいうつもりか?」
 ニャンタルは論より証拠と言わんばかりに、命の方へと手を差し出した。訝しみつつも、命はその手を掴む。大人と子供……否、それ以上に手の大きさには差があった。
 だが、ニャンタルが力を込めると骨が軋んだ。
 見かけからは想像の出来ない握力だ。
「っ……どんな力してんだよ」
「同じじゃよ。男も女も同じことじゃて。とはいえ……頑丈な奴じゃの。罅ぐらい入るかと思ったが」
「盾役があっさり砕けちゃお終いだからよ」
 一撃必殺。
 ニャンタルの信条だ。
 それを可能とするだけの膂力も、当然、備えているわけだが命は少し驚いただけで、あっさりと堪えて見せたのである。
「大した自信だ。では、山ン本部屋前頭筆頭、猿猴が相手をしようじゃないか。口ほどの腕前があるか、確かめてやろう」
 ニャンタルの相手に名乗り出たのは、ゴリラのような体躯の河童だ。
「おう! 相撲で勝負で白黒つけようではないか!」
 嬉々として、ニャンタルが土俵に上がった。
 その後に続く猿猴の表情は、戦に臨む武士のそれだ。口ではあぁ言ったものの、ニャンタルの実力に気付いている節がある。
「余裕があれば、次はお前さんとも一番取りくんでみたいものだ」
 猿猴は、命に向けてそう言った。
 その背はまさに、死地へと向かう者のそれであっただろう。

 小兵力士と呼ばれる者たちがいる。
 身体は小さく、体重は軽い。体重による階級差が無い相撲において、背が低いことと、体重が軽いことは基本的に不利な要素となるだろう。
 それゆえ、背の低い者は相撲に向かない。
 体重の軽い者は相撲に向かない。
 向かないが、しかし……時として、そういったハンデを覆し、好成績を収める力士たちがいる。
 例えば、獅子若丸がそれに当たる。
 身長150センチ。
 明けても暮れても刀を振り続けたことにより、背丈の割に筋力はある方だ。
 だが、あまりにも軽い。
 小指1つで、200キロ、300キロを超える巨躯を転がすことが常なる力士たちを相手取るには、やはり不利な感は拭えぬ。
 ましてや、獅子若丸の対戦相手は、身長2メートルを超える大柄な河童だ。
 名を小結、銀河灘。遠目からでもひと際目立つ、小山のような力士である。
「っ……ぉお!」
 銀河灘のつっぱりが獅子若丸の顔面を打った。
 その一撃で勝負は決まった。
 誰もがそう思ったことだろう。観戦していた客たちからは悲鳴も上がった。
 けれど、しかし、獅子若丸は倒れない。
 怯まない。
 退かない。
 そして、決して足を止めない。
「小躯ゆえ、小兵としての戦術で戦わせていただく!」
 小指1つでも、まわしに掛けられたのなら獅子若丸は投げ飛ばされる。それを理解しているからこそ、獅子若丸は足を止めない。
 右へ、左へ。
 獲物を狩る獅子の動きだ。
 猫科の獣の軽く、重力さえも無視したかのような足裁きだ。
「来なされ! 受けて立とう!」
 銀河灘は歯を食いしばる。
 目を見開いて、獅子若丸の姿を追った。
 右へ左へ跳びながらも、獅子若丸は前へ出る。前へ、前へと進んで行って圧をかける。
 怯めば終わる。
 怯めば負ける。
 多少の不利は承知の上。その上で、勝ちを拾いに行くには機を見るに敏でなければならない。
 例えば、今、この瞬間。
 銀河灘の上体が右へと傾いた、この瞬間。
 獅子若丸は跳んだ。
 跳んで、銀河灘の左側から背後へと回り込む。
 八艘飛び。
 まわしに手をかけると、銀河灘の体重を利用し右の方へと傾ける。
 転がしたのだ。
 自分の3倍は重いであろう銀河灘を、小躯の獅子が転がした。

 小結・白狼。
 重い甲羅を背負っているとは思えぬほどに、猛スピード、大迫力のぶちかましを持ち味とする河童の力士だ。
「っ……ぶちかましだぁぁぁ!」
 対する迅が選んだ技もぶちかまし。
 土俵の中央で、迅の額と白狼の頭の皿が激しくぶつかる。
 土俵の土が波打つほどの衝撃に、観客たちは思わず顔を仰け反らせた。どちらかの頭蓋が割れていてもおかしくないと思えたのだ。
 だが、どちらも倒れない。
 白狼の頭の皿に罅が走る。
 迅の額から血が滴る。
 そして、両者は笑って見せた。
 足を土俵に沈ませて、繰り出したのはつっぱりだった。
 互いの頬を掌打が穿つ。
 鼻血が吹いた。
 止まらない。
 足に根でも生えたみたいに、2人は1歩も退かぬまま、左右の腕を前へと繰り出す。
 つっぱりとは、基本的に下から上へと放つものだ。
 喉や顎を狙い、掌打を叩き込むことで上体を起こし、重心を高くするのだ。重心が高くなれば、その分だけ倒れやすくなる。退らせやすくなる。
 それが分かっているからこそ、迅も、白狼も、腰を低くし、何度、喉を打たれようとも前だけを見据え続けている。
 首の骨が、筋が軋む。
 口の中が切れ、鼻血を噴いて、割れた額から血が流れ……。
 そして、遂に、膝を突いた。
 両者ともに、意識を失い土俵に倒れた。
 迅も、白狼も、ただの1歩も退かぬまま、もつれるように土俵の上に伏したのだ。

 猿猴のまわしに小指をかけて、ニャンタルは腰を低く落とした。
「な……に!?」
 猿猴は驚愕に目を見開く。
 咄嗟に腰を落としたのだが、間に合わない。
「ちと痛いぞ?」
 ニャンタルは笑う。
 笑うだけの余裕があった。
 猿猴とて油断していたわけでは無い。だが、驕りはあった。ニャンタルの細腕に、自分が転がせるわけはないという驕りがあった。
 否、それは自信や自負の類であっただろう。
 来る日も来る日も、喰って、喰って、喰って、喰った。
 増やした肉を、筋肉に変えるべく土に塗れ、汗に塗れ、鍛えに鍛えた。
 まだ足りない。
 背中が地面に着く瞬間、猿猴はそれを実感した。
 痛いほどに。
 衝撃を持って、実感したのだ。
「さて、我の勝ちじゃな。後でちゃんこを奢っておくれや」
 呵々と笑ったニャンタルは、見物している力士たちへと視線を送る。
 さぁ、次はだれを投げようか。
 獣のようなその眼差しに、怯む力士は1人もいない。

 酒瓶を囲む人影が3つ。
 1人はモカ。
 1人はルーキス。
 2人の前で盃を傾ける武士らしき男は、神野悪五郎と名乗った。
 何やら、山ン本部屋の関係者であるらしい。
 付き従う力士たちの態度から、彼の立場が窺える。
「まずは一献。ビアンキ―ニ殿は後援もしてくれていたな」
 盃を打ち合わせ、モカと悪五郎は澄んだ酒精をぐいと煽った。
 それから、悪五郎は視線をルーキスへと向ける。
「さて、ファウン殿はいかがするかな?」
「無論、相撲を」
 一見するとルーキスは至って冷静に見える。
 だが、開かれた目には確かな闘志が燃えていた。
「部屋の力士が一堂に会する貴重な機会、見逃す訳にはいきません」
 闘志には、爆発するかのように激しく燃え上がるものと、青い炎のように静かに熱を高めるものの2種類があるのだ。
「強いぞ?」
「一向にかまいません。暫定横綱から真の横綱になる為、ぜひ一番強い力士と一番」
 そう言って、ルーキスは席を立ちあがる。
 土俵へ向かうルーキスの背を見て、モカと悪五郎は笑んだ。
「若いな。若く、そしてひたむきな青年だ。強くなるぞ、あれは」
「そうかもしれない。そして、あぁ言う者が世界を廻す」
 モカは酒の瓶を手に取る。
 空になった悪五郎の盃へ、澄んだ酒をとくと注いだ。
「先ほど行司殿にも言ったがな。この世界には観戦できる競技が少ない。部屋の再建も進んでいるようだし、1つ、巡業などはどうかな?」
「……ふむ」
 酒をひと口。
 舌と喉を湿らせて、悪五郎は目を閉じる。
「そういうのもいいかもしれん」
 巡業とは、相撲部屋が地方を巡って興行を行うことを言う。ただ力士同士が取り組むだけでなく、稽古や初っ切りなどを観客に披露することもある。本場所と違い力士と客の距離も近いため、巡業を好む相撲ファンも多いらしい。
 モカと悪五郎はそれっきり口を噤んだ。
 静かに酒を飲みながら、2人は土俵へ視線を向ける。

●山ン本部屋
 四股。
 高く持ち上げた足を振り下ろし、土俵を強く踏み締める所作を指す。
 一説によれば四股は「醜」とも書き、つまりは“良くないこと”や“災い”のことだ。四股を踏むとは、地を踏み鎮める、災いを踏み潰すといった意味を持つ。
 2つの土俵で、大柄な河童2人が今しがた披露してみせたのがそれだ。
 大関、陽ノ山。
 そして、大関、悪路凰。
 山ン本部屋の誇る最強力士2人の相手に選ばれたのは、ルーキスと命の2人であった。
 大関ともなれば、その実力はかなりのものだ。
 勝って、勝って、勝ち続け、その実力を大勢に認められて初めて力士は大関の地位を手に入れる。
 四股はもちろん、塩を撒き、手を打ち合わせる所作の1つひとつが洗練されている。
 言葉はいらない。
 陽ノ山とルーキス。
 悪路凰と命。
 対峙し、視線を交差させる。
 
 悪路凰の巨椀が唸る。
 身の丈八尺を超える長身に、分厚い胸板。丸太のように太い腕。彼を良く知る者は、その張り手は大岩に手形を刻むことを知る。
 破砕砲と名付けられた渾身の突っ張りは、鬼の顔面を撃ち砕く。
 悪路凰の張り手を受けて病院送りにされた力士は数知れず。その強さに人は憧れ、同時に畏怖した。
 だが、しかし。
 破砕砲を受けてなお、命はその場に立っていた。
 土俵に敷かれた電車道から、破砕砲が十分な威力を持って直撃したことが窺える。事実、命は口の端から血を流していた。
 だが、倒れない。
 それどころか、両の腕を頭の横に掲げ、土俵を強く踏み締めた。
「伊達に盾役はしてねぇのよ」
「壊れぬ盾か。であれば、こちらは最強の矛でもってお相手いたそう」
 土俵を踏み締め、命が前へと駆け出した。
 迎え討つは悪路凰の突っ張りだ。
 半身の姿勢で、腰から上を前へ伸ばすようにして放つ高速の張り手。狙うは命の眉間である。破砕砲が相手を押し抜けるための技であるとするなら、こちらは相手の意識を絶つための技だ。
 悪路凰がこの技を繰り出すことは滅多にない。
 生半可な相手なら、首の骨をへし折って殺めてしまう可能性もあるためだ。
「ぬぅ……ぅ!」
 神速の突っ張りを、命は真正面から受け止めた。
 額が割れて血が零れるが、命は歯噛みし堪えて見せた。
 
 陽ノ山という河童の力士、大関という地位にあるにしては背が低い。
 身長180センチほどか。
 体格も、どちらかと言えば細身のようだ。
 だが、陽ノ山は紛れもなく大関である。大関の地位に見合うだけの実力を十二分に有している。
 例えば、そのしなやかで力強い足裁き。
 ルーキルの張り手を受け流す動体視力。
 その身体を持ち上げる指の力。
 膂力もさることながら、瞠目すべきはその技巧。
(隙がないですね)
 攻め手を決して緩めぬままに、ルーキスは冷静に彼我の実力差を測る。
 体力、筋力に大きな差は無い。
 体重と背丈は陽ノ山の方が上だろうが、速度ではルーキスが勝る。
 実戦経験の差からか、胆力で言うならルーキスに軍配が上がる。
 けれど、崩せない。
 いくら攻めても、決定打を入れられない。
(目がいいのか。あ、いや……彼は、もしかして)
 陽ノ山に隙は無い。
 気を張り詰めているからだ。
 決して大柄とは言えない体躯で大関にまで登り詰めた理由がそれだ。
「気付いたようだ。俺は臆病者なんだよ」
 陽ノ山はそう言って、ほんの少しだけ口角を緩めた。
 嘴の端から頬にかけて深い裂傷が残っている。
 よくよく見れば、頭の皿には金継ぎの跡。背負った甲羅も罅や欠けが多い。
 何度も、何度も、負けたのだろう。
 投げられ、打ちのめされて、土俵に転がったのだろう。
 負けを重ねて、陽ノ山は強くなったのだ。
「頭が……下がるっ!」
 ルーキスの膝に激痛が走った。
 けたぐり。
 相撲に存在する“蹴り技”である。
 上体が揺れた。
 ルーキスの身体が後ろによろける。
 その隙を見逃す陽ノ山ではない。
 ここに来て初めて、陽ノ山は前進を開始した。
「こ……こ……だぁぁぁぁあああ!」
 守りから攻めに転じる、この瞬間。
 陽ノ山の絶対防御に、ルーキスはほんの僅かな隙を見た。

 座布団が舞う。
 土俵に立っているのは2人。
 血塗れの命と、滝のような汗を流すルーキスだ。
 陽ノ山は投げられ、悪路凰は体力尽きて膝を突いた。
 大喝采が鳴りやまない。
 万雷の拍手が鳴りやまない。
 まるで、夏の嵐のようだ。


成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
山ン本部屋の土俵祭りは無事に終了しました。

この度はご参加ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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