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シナリオ詳細

<黄昏の園>褪せた海色のクロシェット

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『臆病者の』クロシェット
 ごわごわとした髪は櫛の一つも通したことはなかった。雲脂と脂に塗れた黒髪が嫌いだった。
 拾われてやって来ただけだ。腹を空かせた臆病な餓鬼の一人を拾ったなど、慈善家にはよくある話だ。
 拾った人間が魔種であった事も、その影響を受けた事も、クロシェットにとっては大きな影響は無かった。
 もしも出会ってなければ、幻想の路地裏で野垂れ死んでいただろう。
 雨露を舐め、露命を繋ぎ、泥を食んだ。垢に塗れた体を汚いと罵る娼婦の声を聞いていた。
 雑草を投げて寄越した子供を睨め付けはしたが殴り返す余裕もなかった。
 クロシェットは、その名前だけが財産だった。
 拾われやって来た子供はベルゼー・グラトニオスと言うその人の傍に居たかった。
 食われても構わないとは思っていた。
 狂気的に、そう思わせる。
『アンタなんて、生まれなければ良かった!』
 クロシェットをこの世に産んだ女はそう詰った。商売の枷になると追い出される刹那に告げられた言葉だった。
 ――それがクロシェットがこの世に生を受けた罪を濯ぐ罰であるかのように。

「クロシェット」
 その名を呼んだのは流れるような海色の髪を有した幼竜だった。
 空色の翼を持ったまだ年若い――それでも、クロシェットよりうんと年上だ――竜が、クロシェットは好きだった。
「やあ、フォーレルスケット。今日も綺麗な海の色だね」
「ぼくは海を知らない。クロシェットは物知りだね。ベルゼーおじさんが教えてくれたの?」
 澄んだ水晶の色をしていると褒め称えたとき、フォーレルスケットは嬉しそうに笑っていた。
 泣き虫だったレグルスは話し相手に打って付けだった。
 ワイバーン『如き』に怯えていた小さな友人を何時だって傍で見守ってきた。
 フォーレルスケットにとってクロシェットは『ベルゼーが連れて来た話し相手』だ。
「クロシェットは、人間なんでしょう? ぼくにはよくわからないけれど」
「フォーレルスケットは、ぼく以外を見なくて良いよ」
 この、無知で無垢な『はじめての友人』を他の人間に何て盗られて堪るモノか――

●introduction
 ヘスペリデスへと至ったイレギュラーズを待ち受けていたのは強ついた黒髪を持った魔種であった。
 雲脂に塗れた髪はぎしぎしとしていて美しさの欠片もない。爪は黒ずみ、碌に手入れもされていないようだった。
「おまえたちが、フォーレルスケットと戦った奴?」
 悔しげに爪を噛んだ魔種はぎろりと隈に縁取られた眸をイレギュラーズへと向けた。
「ええ、そうね。フォーレルスケットとは踊(たたか)ったわ?」
 弾むような声音を返したヴィリス(p3p009671)に魔種はがりがりと爪を噛む。ヴィリスの目の前の魔種は、まだ幼くも見えた。
 その容貌は幻想王国のスラムなどで見られる子供そのものだった。新田 寛治(p3p005073)はヘスペリデスという夢の園で物珍しい者を見たと認識する。
 ベルゼーの庇護下であるならば、身形ももう少し整えられるのではないか。それとも、そうされる事をこの魔種が厭うたか。
 普通の子供がこんな場所に居るわけがない。魔種か、竜種か、それとも、と分類される先は自然と絞られているのだから――
「貴方は、ベルゼー・グラトニオスの配下と言って構いませんか?」
「そう。お人好しに拾われた。クロシェット。ぼくが持ち得る財産は、ぼくの名前だけだ」
 碌に自分の顔も知らず、清潔な身形も、仕立ての良い服だって着たことのない魔種は『フォーレルスケット』と同じような口調で話す。
 自らの名前だけが財産だ、と。そう告げるからにはその名以外は何も持ち合わせて居ないという事。
 何て危うい存在なのだろうとボディ・ダクレ(p3p008384)が瞬く刹那に。

「あーれ」
 宙から声音が降り落ちる。波打つ海色の髪を揺らがせた、幼い子供は足をぶらぶらとさせてゆっくりと降りたって。
「クロシェットも知り合いだった?」
「フォーレルスケット、あいつらは、君の何?」
「あれ、踊ってくれるやつ、あれ、難しいこと言うやつ、それから、あれ、ぼくを受け止めるやつ」
 指差すようにヴィリス、寛治、ボディを眺め遣ったからフォーレルスケットは首を傾いだ。
「けど、弱者さんは人間だから、ぼくにとっての何って聞かれても難しい。ペットかな。きみとおなじ」
「……」
 クロシェットがフォーレルスケットを睨め付けた。
 人間みたいに弱くて脆い者は友達じゃない。そう告げたフォーレルスケットはイレギュラーズを『ペット』という生き物として認識していたようだった。
 それがクロシェットと同じ扱いだというならば。
「……やっぱり」
 クロシェットはぽつりと呟いた。
「やっぱり、フォーレルスケットを、外に出すんじゃなかった。怪竜が、人間を追い出すって言ってたから見に行って良いって言っただけなのに。
 ぼくからこれ以上何を奪うんだ。お前達はいつもそうだ。ぼくから全てを奪っていく。
 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。恵まれた奴なんて、何時も同じだ――力だって、恵まれたから」
 呟きながらクロシェットはガリガリと爪を食んだ。
 フォーレルスケットがきょとんと首を傾げた後、合点が言ったように「ねーえ!」と宙より声を掛けた。
「クロシェットもペットたちと遊びたいなら『女神の欠片』を探そうよ。
 ぼくが次に戦うときは、本気って約束したんだ。でも、クロシェットがいやだっていうなら、ぼくは見てる」
「それはクロシェットさんと我々で戦う、と?」
「ぼく、暇してるから審判してあげる。『女神の欠片』をぼくに持ってきたやつが、えーと、勝ち、だよ」
 それでいいでしょうと笑ったフォーレルスケットは宙より風を吹かせる。巻き上がった海色が揺れる。
 クロシェットの好きな美しい青。離れていくその色彩を眺めながら、いいよとだけ絞り出した。

GMコメント

 日下部あやめと申します。

●成功条件
 クロシェットより先に『女神の欠片』をフォーレルスケットに持っていく。

●ヘスペリデス
 ラドンの罪域を超えた先にある美しい場所です。見たことのない花や草が咲いています。
 フォーレルスケットは入り口付近の岩に座って皆さんを観察しています。
『女神の欠片』があるのはフォーレルスケット曰く、少し離れた位置にある崖だそうです。
 水晶を思わせる美しい花が一輪崖に咲いているそうです。
 其処は亜竜の餌場になって居るらしく、周辺には注意が必要です。木々や岩など身を隠すことは出来そうです。
 クロシェットからの妨害には気をつけて下さい。

●『煙藍竜』フォーレルスケット
 空の覇者を自任する将星種『レグルス』の一人。まだ幼い竜です。
 母竜や父竜に厳しく躾られたため、弱者には負けてはならないとその心の根底で認識しています。
 魔種は人間として扱っていないのかクロシェットには色々と教わったそうです。ベルゼーやアウラスカルトを見て居れば人と友達になることに少しの興味を抱いているようです。
 フォーレルスケットは重力を操る能力を有しているようです。空は自らのものであると強く認識しているようです。
 イレギュラーズとは一度の戦いを経て、「ペット」として認識しているようです。

●『臆病者の』クロシェット
 ごわごわした黒髪を持った痩せぎすの子供の外見をしています。幻想のスラムで生まれ育ち死にかけた所を偶然拾われました。
 非常に強い独占欲と依存心があり、フォーレルスケット(竜種)を自分だけの唯一であると認識していたようです。
 フォーレルスケットがイレギュラーズに興味を示したことに腹を立てており、積極的に妨害を行ないます。
 BSや搦め手が得意でとても嫌らしい攻撃を得意とします。女神の欠片を手にするよりイレギュラーズを此処で一人でも殺す事が一番の目的です。

●亜竜(数不明)
 宙より飛来してくるモンスター達です。崖は亜竜やワイバーン達の餌場であり、とても危険です。
 数はどれ程訪れるか分かりませんが、ある程度の個体を撃退すれば「今は餌にありつけない」と逃げていくでしょう。
 また、餌として捕食されている四足歩行の亜竜やモンスターはワイバーンが襲来したことを確認すれば逃げていきます。
 彼等にとってはイレギュラーズもクロシェットも大差はありません。餌です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <黄昏の園>褪せた海色のクロシェット完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月28日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
幻夢桜・獅門(p3p009000)
竜驤劍鬼
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者

リプレイ


 滄浪の如き髪が風に揺らぐ。潮騒を思わせた美しき姿。竜が形取った人間とは、余りにも高貴なものと見えた。
 だからこそ、クロシェットは彼が愛おしかった。無垢で、無知で、穏やかな海。これからずっと美しく育っていく僕のための蒼。
 クロシェットと名乗った魔種にとって、フォーレルスケットは天上のひとだった。
 種の違いがあれど、幼竜たるフォーレルスケットは、それ程強く人間を嫌悪なんてして居ない。こどもが虫や獣を見付けたときの反応と同じだ。
 ――だから、彼が『部外者』を愛する可能性がある。
 がち、がち。親指の爪を噛んでいたクロシェットを見詰めていた『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)はつきりと胸を痛めた。それは幼子の出自が余りにも自らの鏡に映されたようだったからだ。
(ああ、けれど――私は拾われたんじゃなくて攫われたんだけれど。そこで愛玩動物のように扱われることが許せなくって私は自由を求めたの)
 剣靴で大地を蹴る。それが許される自由だと識れば世界の色彩は大仰にも変化した。ヴィリスという娘は自らを不幸だなんて思っては居ないけれど、特別恵まれているとは思って居ない。
 それは屹度、クロシェットも同じだった。特別恵まれてはないけれど、不幸ではない。強いて言うならば――「運が良かった」
「おまえたちと出会えて」
 クロシェットはぎろりと睨め付けた。その視線の鋭さに『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)がやや肩を竦めてこわごわとしたかのような仕草をとる。
「おうおう、凄ぇ目で見られてんな。
 何かよく分からんが俺らそんなに長居するわけじゃねぇから『一番』はお前だと思うけどなぁ」
「ちがう。おまえたちが心(あのばしょ)に入ることが許せやしない」
 重なり合って、梳かす事さえ出来やしないごわごわとした髪。長く伸ばした前髪の向こう側から爛々と眸が踊る。
 スラム街ではよくある光景。『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)にとっての『日常』の風景。子供をまじまじと見れば見るほどに、どうしようもなく過去の己が思い出された。
 水を浴びることさえ碌に出来ず、何日も泥水を啜って生きるような生活。召還時にハリエットの身形がそれなりであったのは、適度に肉を付け、外面を整えてから高値で売り払うビジネスの一環だった。クロシェットだって、望めば美しく整えてくれるだろう。あの、冠位魔種ならば。けれど望まないのは――
「そんな境遇で自分に目を向けてくれる存在がいたら、それが自分の世界の中心になるのも、分かるんだ」
 自分とフォーレルスケットの間に何人たりとも、と願った幼子の気持が妙に理解出来てしまってハリエットは苦しかった。
「クロシェット、どうして『ペット』たちと見つめ合ってるの?」
 足をぶらぶらとさせていたフォーレルスケットはそうやって見ればただの幼子であった。
 ペットと呼ばれた事に顔をすい、と挙げてから些か不愉快さを滲ませたのは『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)。イレギュラーズも、魔種も等しくペット扱いをする幼竜。興味を有している事は分かれども、やはり驚く程に上から目線とも言える。
「フォーレルスケット、でしたっけ。
 空を飛んで戦う身としては、彼の空の覇者という肩書きに大いに興味がありますが、今回は彼と戦う訳では無いので置いておいて。
 ――魔種に負ける訳にはいきません、頑張りませんと!」
「……魔種、ええ、魔種……なのですよね」
 一括りにするスケールの大きさ。流石は竜種と言うべきかと『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は首を捻った。余りにもスケールが大きくペット程度の心境変化には興味を有していないかのような竜種はクロシェットの感情の機微のひとつにも気付きやしない。
「我々も格上げ、魔種と同程度ならば躍進ですが。前回は虫螻からペットへ格上げしていただけたようですし、今回はもう少し上を狙いますか」
『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は舞台の主演はヴィリスに任せ、バイプレイヤーとして脇を固めようかと眼鏡のブリッジに指先添えて冗談めかす。
「ええ、そうね。虫螻……から、ペット……フォーレルスケット……だったかしら?
 私達だっていつまでもペットだ何だって思われてるのも癪だもの。
 竜にいつか友として認めてもらう為にも先ずは目の前の勝負に勝ちに行きましょうか」
 唇を三日月に。『煉獄の剣』朱華(p3p010458)がにいと笑ってから拳を打ち合わせればゆったりとした様子で刀に指先を添えた『導きの双閃』ルーキス・ファウン(p3p008870)は背筋を伸ばす。
「勝負とあらば全力で。必ず勝つ!」
「そうこなくっちゃいけないよ。ペットは適度に遊ばせなきゃいけないって教わったんだ」
 一体誰からとぱちくりと瞬いたルーキスに、波打つ髪を揺らせるフォーレルスケットが手をぱちぱちと叩いて笑う。
「いいでしょう、クロシェット。あそぼうよ」
「……かまわない、よ」
 ぎり、ぎり。親指を噛んだクロシェットを見て朱華は嘆息した。
「……それにしても随分と拗らせた子が出てきたものね。イレギュラーズだって全てが恵まれてるわけじゃないでしょうに……。
 ――何て、あの手の拗らせた子には言ったところで早々納得もしないんでしょうね」
 きっと、きっと。クロシェットは唯一の心の拠り所を求めていただけなのだ。
 恵まれない自らを悲観したんじゃない。恵まれないからこそ唯一が欲しかった。


「フォーレルスケット、約束通りまた踊りを魅せに来たわ」
 つい、とスカートを摘まみ上げたヴィリス。流転する運命の最中で、娘は美しく礼をする。揺るぎない覚悟と自由の象徴たる靴先をまじまじと見遣ってからフォーレルスケットは「あ、踊り子」と指差した。
「観客が一人増えているようだけれど此度の幕を上げましょう?」
「うんうん」
 ぎらりと。鋭い視線を送るクロシェットに応えるようにボディはたおやかな笑みを浮かべて見せた。声音までは穏やかに、それでありながらも魔種に向けて的確な言葉が何かを、理解して口火を切った。
「改めて、こんにちはクロシェット様。私はボディ。今回の対戦相手の一人であり……」
 思考は、冴え渡っていたわけではないけれど。クロシェットの財産と呼べるのは、名、それから――たったひとりの友。
 ボディにとっても大切な人が居る。ほんの僅か、欠片ほどでも理解できて仕舞う感情の機微。だからこそ、
「……フォーレルスケットに受け止めてくれると思われているモノです」
 昏く波打ったぬばたまの髪の隙間からぎょろりと眸が揺れ動いた。フォーレルスケットが「あいつはむずかしいことをいうやつだよ」と寛治を指差した。
 何にも気を止めることはなく。よぅいどん、と子供めいたスタートの合図を口にした竜種に的確に反応したチェレンチィが走り出す。
 原野を駆け抜けていくイレギュラーズの背を睨め付けていたクロシェットは駆け出す彼等を直ぐさまに追掛けた。憎い――『もしも、力があったならフォーレルスケットだって、此方を見て居てくれただろうか』?
 暗澹たる気配を宿した指先、狙いを定めるクロシェットへと振り向いた獅門は大太刀をするり、と引き抜いた。
「ああ、もう。全く……!」
 朱華は振り返る。早速仕掛けてくるだなんて、随分な事だ。フォーレルスケットが提案したゲームを楽しむ暇も用意せずずるずると足を引っ張らんとしているようでもある。
 握る焔がゆらゆらと揺らぎ続けて。周辺亜竜の様子を逃がすまいと視線を動かした。姿を隠す暇を与えないとは、なんとも『好戦的』な魔種だ。
 それでも、此処で死ぬつもりも、殺すつもりも、本気を出すつもりなんて露程ない。クロシェットはイレギュラーズを侮っている。なんたって、相手は『ペット』だ――脅かせば逃げていくとでも思って居るか。
「ヴィリスさん」
「ええ」
 走り抜けていくヴィリスの背を見送ってから寛治はしっかりと自動拳銃を構えた。クロシェットがびしりと背筋を伸ばし両手を広げ睨め付けた。
「亜竜の対処は此方にお任せを」
 コンバットナイフが音を立てる。慈悲は、鋭い色を帯びていた。天蓋仰げば遣ってくるワイバーンは餌を求めて涎を垂らす。ああ、けれど、空へ向けてチェレンチィは飛び込んだ。神鳴りは音鳴らし、命のひとかけらをも奪い行く。
 駆けて行くルーキスは影に潜んで顔を出し。無より至りし一刀は鋭くも、咲く。花とは即ち生命の象徴だった。遍く其れ等を払い除けるが為、ルーキスの背後より放たれた弾丸の雨は弾き撃つハリエットのもの。
 配役は『決定』した通り。任せられる味方と、正しく割り当てられた配役は舞台を寄り精巧に完成させる。舞台とは、観客を喜ばせるためにある。
 時に静寂の漣のように、時に苛烈なる焔のように。ヴィリスは静寂の随に影へと潜んだ。
 ――ああ、だって。怨嗟の気配が燃えた魔種など遠く、遠く、追いやってしまえば良い。
 一等美しい水晶の花の元へ。はらはらと揺らぐ美しいその元へと向かう前に、朱華は宙より訪れるワイバーンを斬り伏せた。天を滑るつもりなら地へと口吻させればいい。
「大地へのキスって嫌い?」
 灼炎に込められた一閃はまばゆい光の如く天より地へと、堕とされた。


 フォーレルスケットはただ、ペットが戯れる様子を楽しんで居る。それが竜である存在意義より来るものであるとチェレンチィはよく理解していた。
 餌を求めた亜竜へと確実な死を与えた小さなダガー。ぱちり、と雷の気配を纏わせたグロムノーシの切っ先に慈悲の気配の一つも無い。
(……ヴィリスさんが向かった間、此の儘、この場所で引付ければ勝利は確実でしょう)
 クロシェットがヴィリスを探している。何処へ行ったか、何処へ向かえば『フォーレルスケット』が自分を見てくれるのか。
 そんな視線に応えるように空気の壁を幾度も蹴って、曲って歪んで、クロシェットへとハリエットの弾丸が突き刺さる。
「ほら、彼女の邪魔はさせないよ」
 幼い子供を虐めたいわけじゃない。ただ、分かって仕舞うからどうしようもなく苦いのだ。
 世界の中心が、他の世界に目を向けるその刹那の意味をハリエットは識っている。孤独という、世界で尤もたる罰だ。
「死んで!」
 ――言葉なんて、識らなくったって。孤独だけはいつだって傍に居た。
 叫んだクロシェットの声音に誘われるように顔を出した亜竜へと獅門は斬り上げ、斬り降ろし、超高速で繰返す。
 獅子の顎は得物を噛み砕く。嚥下するように喉を鳴らした獣の悍ましさ。
 獅門の眸が淡く動いた。ヴィリスが進んでいる、もうすぐ、空を掴みそうな美しいぬばたまの髪の娘が。
 静寂と共に。踊るようにしなやかに。剣靴で崖をも蹴って、空へ、空へと駆けて行く。ああ、だって――『空の覇者』が識っている花ならば、きっと、空にあるだろう。
 一度見ただけでもフォーレルスケットのことは良く分かった。
「ああ、こんな所にあったのね」
 そっと手を伸ばしたヴィリスの指先が水晶を摘まみ上げる。美しい花、決して枯れることのない歪ないのち。
 惚れ惚れとしてしまう花の美しさを眺めながら、流れ星のようにヴィリスは駆け抜けていく。
「あ」――と。小さな声を出したクロシェットに気付きルーキスが白百合をすいと構えた。ゲームのルールの正しい理解をしたならばフォーレルスケットへと花を届ける迄が必要不可欠だ。
「コレより先、進ませません」
「煩い。邪魔だ。じゃま、じゃま、どうして邪魔するんだよ」
 爪を噛み地団駄を踏む。まるで幼い子供の様な癇癪と、それに沿うように放たれる魔力の衝撃波がルーキスへとぶつかった。
 ぎいん、音を立て弾かれた衝撃波。クロシェットの眼がぎょろんと動く。生半可じゃあ死んでくれないから『どうするべき』かも分からなかった。
 雁字搦めに足を止めて、ただ、停滞の余地の傍で佇んでいてくれさえ良かったのに。前へ、前へと進むから。
「こっちも簡単に殺されてやる心算なんてないのよ。アンタの相手をせずとも要は勝てばいいんだし……ね」
 朱華の一声にかあとクロシェットの頬が赤らんだ。――そうやって、決意して前を向けるから『憎たらしい』んだ。
 怨みがましい視線に応えるように朱華が振り下ろした熱風。顔の前で両腕をクロスしてクロシェットが甘んじて受け止める。その、刹那。
 ちりと焦がすように弾丸が掠めた。クロシェットが顔を上げてんでばらばらに鳴った歯列を鳴らす。かちり、かちりと響く音を聞いた身形の良い男は静かな視線を送っていた。
「あいにくと、搦手と嫌がらせは私も得意なんですよ」
 秘めやかに、指先が引き金へと添えられた。寛治の声音は嘲る弾丸の如く冷ややかに、クロシェットを見詰めている。
 唇を震わせた。ごわごわとした髪の毛を垢だらけの爪先ががりがりと引っ掻いた。クロシェットが歯噛みする。
「きらいだ」
 呟かれた声音にだからどうしたとボディは言いたげな顔をした。嫌いだというならば、いっそ殺してやると噛み付いて来れば良い。
 クロシェットが踏み込みきれないのはフォーレルスケットがどう思うかも分からないからだ。ペット同士が噛み合ってじゃれ合っている程度。
 そんな寛容なる神の視点に立った竜種はクロシェットが本気を出した所で何だって気にしない。それでも――
(不憫なのこ、なのかもしれませんね。嫌われることが恐ろしくて素直な己の姿を曝け出すこともできないとは)
 ボディは泣き叫びそうな程に表情を歪めたクロシェットを見詰めていた。執着心が、棘の様。
 それでも、認めて何てやれないから。チェレンチィはクロシェットへと向け、雷の気配を放った。
「――フォーレルスケットの友達は、ぼくだけなんだ!」
 声音が衝撃波のように広がった。痛ましいほどの声音を切り裂いたのは、寛治が静かには鳴った弾丸だけだった。


「これで私たちの勝ちかしら?」
 美しい水晶の花を手にして居たヴィリスはカーテシーと共にそっと花をフォーレルスケットへと手渡した。
「踊り子!」
 弾む声音に、心を躍らせたフォーレルスケットが翼を揺らしヴィリスの元へと手を伸ばす。ゲームの終了を告げる様に前線に顕れた竜。ワイバーンを追い払った掌はぱたん、ぱたんと揺らいでいる。
「今回の踊りも気に入ってくれたら嬉しいわ。アンコールはまた今度。それで良いかしら?」
「いいよ。これもあげる。いらないから」
 フォーレルスケットはゆったりとした笑みを浮かべていた。ゲームが終れば、それだけで楽しくて、嬉しかった。愛玩動物の
「ところでクロシェットさん、『ともだち』とは、排他独占的な関係ではありませんよ。
 フォーレルスケットさんと我々が友達になっても、あなたとの友人関係が終了するわけではない。
 ……何でしたら、我々もクロシェットさんの友達に加えていただくというのはどうでしょう?」
 にんまりと微笑んだ寛治をクロシェットは睨め付けた。ああ、言葉だけには騙されやしない。彼の声音に込められた挑発を悪意的に解釈してクロシェットの眉が吊り上がった。
「死ね」
「これは手厳しい」
 寛治が肩を竦めれば動き出しそうになったクロシェットはフォーレルスケットを一瞥してぴたりと動きを止める。
「君にはこれだけの力がある。何も持っていない訳じゃないだろう」
「……それでも、おまえたちが塗り潰す。フォーレルスケットの視線も、この大地をも」
 他者に認めて欲しいと願う言葉に応えようともルーキスの穏やかな声音に込められた慈悲が魔種にとっては必要の無い棘に感じられたのは確かだった。
 朱華が『何を云ったって伝わらない』と。その言葉の意味さえもがひしひしと分かる。小さく息を吐いてからハリエットはポケットから飴を取り出した。キャンディの包み紙がかさりと音を鳴らす。
「ね。おなかすいてない? 飴食べる?」
「施しは、得ない」
 外方を向いたクロシェットの手に強引に飴を握らせてからハリエットは目を伏せた。
「おい、ペット。それをくれ」
 手を差し伸べるフォーレルスケットにハリエットは困ったような顔をした。俯き爪を噛むクロシェットがフォーレルスケットの後ろへと隠れる。
「きらいだ」
 呟かれた声音にフォーレルスケットが振り返る。波打った髪、穏やかな微笑みの竜は『友』を見るのではなく、ペットなど、愛玩動物を見るかのもので。
「楽しかった、ですか?」
 ボディの問い掛けにフォーレルスケットの眸が柔らかに細められる。
「とっても。もしも、本気で戦わなきゃならなくなったら、その時はちゃんと殺してあげるから」
 それがフォーレルスケットにとっての最大級の愛情表現なのだろうか。
 ああ、なんて、羨ましい。おまえばっかり、外を見る――クロシェットはがりがりと爪を噛んだまま俯いた。
 相容れない関係性に一つ、切なさだけを感じさせた。
 あの魔種は、鮮やかな蒼色に魅入られて、褪せた色彩のままなのだろう。もう二度と美しくは飾れない。
 褪せてしまった蒼色は、錆び付いて色味さえも分からなくなってしまう――そうして、世界で一番の罰は、孤独なのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

この度はご参加有り難うございました。
フォーレルスケットは皆さんに迚も興味を持って、楽しんでおります。
また、お会いできますことをお祈りして。

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