シナリオ詳細
<悪性ゲノム>下水道の奇形鼠
オープニング
●我ら少年少女ローレットギルド!!!
「しょくん、少年少女ローレットギルドであるわれわれに今日も新しい依頼がやってきたのぜ!!」
涼しくなってきた幻想の昼下がり、空き地に集まった四人の子供達が居た。その中でも年長の少年が、何やら仰々しい話しぶりで周囲の少年少女に語りかけている。
しかし熱心な彼とは裏腹に、周囲の反応は冷めたものである。
「たいちょーさんたいちょーさん。われわれさらあらいはもうごめんなのです」
「なのです……」
容姿が瓜二つの双子と思しき少女が、“隊長”に対してそう言葉を返す。『少年少女ローレットギルド』というのはもちろん彼らの自称で、実際にはローレットギルドの一員ではない、イレギュラーズやローレットに憧れてごっこ遊びに興じている微笑ましい子供に過ぎない。
であるからして、彼らの両親達が「依頼」と称して僅かばかりの金銭と引き換えに、家事の手伝いをさせていた。彼らはそんな大人達の魂胆に気づき始めているといったところであろう。
大人達が褒めてくれる上にお金が貰えるのは満更でもないが、自分達はもっと華々しい仕事がやりたいのだ。国家転覆を企む巨悪をやっつけるとか、あるいはダンジョンの奥地に宝石を貯め込んでいるドラゴン退治とか。
隊長と呼称される子供は、部下達がそんな事を胸中に抱いてるのを把握しているかの様に不敵に笑う。
「安心しろ。今回はいつもよりビックな仕ごとだぜ」
隊長は糸で連なった団子のようなものを取り出して得意げにしてみせた。太っちょの子が物欲しげに涎を垂らす。
「ダンゴなんだな」
「く、食いもんじゃねーぜ。……こいつは毒さ。それもキョーレツな。えぇっと、さっそざい? っていう毒。つまりは、殺しの依頼だ。下水道にこいつを吊り下げて来い、ってな」
少年少女一同はごくりと生唾を飲んだ。「ローレットは汚い仕事にも手を染めると話に聞いた事はあるが、よもや自分達もその手を血に染めてしまうとは……」と、いった風に。
(実際は鼠の駆除なのだが、そこは両親が彼らを乗せる為にきっとオドロオドロしく伝えたに違いない)
「トモカク! 俺達少年少女ローレットギルドの冒険は此処からハジマルのぜ!」
「おーなのです」
「なのです」
「仕事が終わったら、お菓子いっぱいもらうんだな」
それぞれ腕を振り上げながら、意気揚々と下水道の中へ踏み込んで行く。
――しかし少年少女ローレットギルド一同は、日が落ちても戻って来る気配は無かった。
●我ら本当のローレットギルド
「酷く腫れているな。血も止まってない」
ギルドに駆け込んで来た女性の腕に痛々しく刻まれた噛み傷を見て、少々心配そうに頷く『狗刃』エディ・ワイルダー(p3n000008)。
この腫れ具合では酷く膿むだろう。そう判断したギルド員が彼女を治療室へ案内しようとすると、女性はそれに構わずイレギュラーズに対して急ぎ気味に頼み込んだ。
「いえ、私は大丈夫です。それよりも、子供達を助けて下さい!」
彼女――子供の母親が言うに、下水道へ殺鼠剤を吊るしに行った子供達が戻ってこなかった。ゆえに自分も下水道に探しへ向かったが、幾ばくか進んだ辺りで尋常ではない大きさや形状の鼠に取り囲まれ、そのまま襲いかかられたという。
命からがら下水道から逃げ出し、自分では対処しきれないと判断してローレットギルドに駆け込んで来たそうだ。
「害獣が異常繁殖しているとは噂で聞いたが、そんな凶暴な鼠が下水道に蔓延っているとはな」
母親もまさか、そんな凶暴な鼠が蔓延っているとは露知らず子供達を行かせたのだろう。
エディは小さくため息をついたのち、イレギュラーズに顔を向ける。
「子供達が悲惨な目に遭うのはあまり気分が良いものではない。俺も手伝おう」
イレギュラーズが依頼を承諾してくれるとみるや、母親もパッと顔色を明るくする。頻りに感謝の言葉を述べた後、涙を拭って子供達の人相などを早口で伝えるのであった。
依頼に必要な情報を聞き出している合間、エディは街で聞いた噂を思い返す。
害獣が蔓延っているのは下水道だけでない様子だったが、別のところにも同じ様な変異した動物が居るのか?
……妙に気になりつつも今現在は関係無い話だとエディは頭を振り、ひとまず目の前の事に集中する事にした。
- <悪性ゲノム>下水道の奇形鼠完了
- GM名稗田 ケロ子
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年10月07日 21時35分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●街路を征く
イレギュラーズが出発した時間は逢魔時を過ぎ、街の景色は宵闇。イレギュラーズは、その街中をひた走る。闇雲に走っている訳ではない。『双色の血玉髄』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)の探知能力を頼りにしておおまかな目星をつけようとしていた。
「街の下にんな鼠がいる、なんて普通思わねえし。あの親を責める気はねえが……」
「好奇心は猫を殺す、そして窮鼠猫を噛む、といったところでしょうか」
面倒な事になったもんだ、と右手で頭を掻く『緋色の鉄槌』マグナ=レッドシザーズ(p3p000240)。『特異運命座標』エリザベス=桔梗院=ラブクラフト(p3p001774)は、それに相槌を打ちながら街の各所にある下水道へ出入りが可能な場所を地図で探している。
内部はまるでダンジョンの如くなっているとはいえ、市民に活用される場所であるから地図があれば比較的進入路を見つけるのは容易だ。
しかし、逆に言えば脱出もある程度可能だというのに未だ彼らが誰も戻っていない。つまりよからぬ事があったに違いない。二人の脳裏に、悪い予感がよぎる。
「……まぁ、大きかろうが小さかろうが所詮はドブネズミ……さっさと潰して終わり……なら良かったんッスけど……」
同じく苦い顔をする『傷だらけのコンダクター』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)。彼女は最近、奇妙な生物と縁がある。しかし今回は汚らしいドブネズミ。ありがたい縁でもないので尚更だ。
彼女らとは別に、下水の入り口近くに住んでいる精霊達から情報を聞き出そうとする『浄謐たるセルリアン・ブルー』如月 ユウ(p3p000205)。
「悪いけど貴方達精霊の力を借りるわよ」
しかし思った以上に環境面があまり良いとは呼べないのだろう。この辺りでは微弱な精霊達しか見つからない。子供の泣き叫ぶ声が時間的に直近で聞こえたという情報以外に、彼らは「最近、下水の環境が更に悪くなった」と苦しげに訴えるばかりである。
「……弱ってるのかしら、この子達」
「確かにクサいッスからね。色々な意味で」
足早に街路を歩きながら、鼻を摘むジェスチャーを取る『双色の血玉髄』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)。
実際、彼女の触手器官は嗅覚が良いので下水の匂いはたまったものではない。が、それ以上にこの件に関して思う所があった。これが人為的に引き起こされたものではなかろうか、と。
「この手の話、最近よく聞く気がする。冬も迫っているからかと思っていたが、どう思う?」
同行者の『尾花栗毛』ラダ・ジグリ(p3p000271)も違う視点からエディに問いかけた。彼は彼で二人の考えを肯定する様に頷く。
「どちらも可能性としては有り得る」
だが現状では確証足り得るものがなかった。だからこそ、今は目の前の事に対処するしかない。ヴェノムとラダもそれは理解している様に頷き返した。
「手早く部隊を作るなら理想的そうスが。先ずはお仕事ス」
そう言って、大きな屋敷や住居が立ち並ぶ区間の前で立ち止まった。子供達を感知したと仲間へ向き直る。
「着いた時には手遅れ、なんて格好つかねえからな、急ぐぞ」
マグナの言葉に皆も頷き、近隣にある出入り口から進入するイレギュラーズであった。
●あるまじき狡猾さ
仲間達が全員降り立つ合間、クローネはファミリアの猫を喚び寄せた。囮として使う為だ。ファミリアはなんとも言えぬ微妙な顰め面をしている。
最後に下水へ降り立ったエディも、何故かそのファミリアと同じ様に顔を顰める。
「ヒドイ匂いだな……」
あぁ、そっちか。彼らは他の者達以上に汚水から悪臭を感じているのだろう。鼻の良いヴェノムもまた同様である。
「幻想のメイドは変な洗剤でも使ってんスか。刺激臭で触手がシパシパするッス」
耐え難いといっていい悪臭だが、それでも無理矢理我慢するしかない。エディは自分の鼻にマフラーを巻いていた。
ともかく、クローネはファミリアに子供達が居る方と逆へ囮に走る事を命令する。これで幾らか引き付けられればよいが。
『特異運命座標』不動・醒鳴(p3p005513)も周囲を見た。敵影とは別に、何か捜索の手がかりになるものは無いか。
――周囲は松明やカンテラで照らしても薄暗く、あやうく見落としそうになった。汚らしい下水道とは正反対の真新しい人工物を見つける事が出来る。殺鼠剤ダンゴが少数ずつ落ちていたのだ。
位置は決まって別れ道の手前である。醒鳴は直感的に、子供達が逃げた先を大人達に伝えようとしたものなのだろうと悟った。
仲間へそれを伝達すると共に、別れ道の先へ大声で叫ぶ。
「声を出したら気づかれるんだ、襲われてる場合だけ返事しろよ。そうじゃなきゃこっちで勝手に見つける!!」
子供達の返事は無い。だがそれで良い。ヴェノムのセンサーが反応した事と、こうやって道標を残してある事から十分希望はある。
……醒鳴が大声で別れ道へ言い放った直後、見計らったかの様に傍らにある狭い排水口から一匹の小さな、異様に口と歯の形が歪な鼠が醒鳴の首筋目掛けて飛びかかろうとしてきた。
「……!」
ラダがそれにいち早く勘付き、反射的に排水口へライフルの銃床を叩きつける。
鋭い鼠の歯が醒鳴の首筋へ突き刺さる前に、その鼠は銃床で押し潰され血まみれの肉塊と化す。
ラダはそれを見て顔を歪めかけたが、厭う暇も無い。暗視ゴーグルを付けていた『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377) が光源の範囲外、通路の先に集団の蠢くモノを視認する。
「カレらもヤルキみたいだね」
イグナートの言葉にマグナがその方向を伺うと、すぐに仲間達へ警告を発した。
「野郎、大勢でこっち狙ってやがるぞ!」
マグナが感知した熱源は大小様々である。だが、我々の救出対象はこの中に居ない。それは例外なく特徴的な奇形部位を持っている鼠達だ。
まるで嘲笑うかの様に暗闇に陣取る鼠達の中から「キキキ」と小さい音が鳴る。彼らは光源に照らされ難い形で距離を詰めて来ようとした。出来る限り暗闇にまぎれて攻撃を仕掛ける魂胆か。
「やはりただの鼠ではないご様子で。ですが、エリザベス・アイは今日も良好。絶好の『魔砲』日和になりそうですわね」
鼠達が居る暗闇に向けて、エリザベスは微笑んだ。彼女もまたマグナと同様に、熱源で敵影を視認出来る。
それに気づかず攻撃姿勢に入っていた鼠に対して、エリザベスが絶大な術式を撃ち放つ。鼠達は下手に陣形を取っていたのが仇をなしたか、一列に並んでいたものは奥地に至るものまで尽く消し飛んだ。
その魔術に鼠達が思わず怯んだ様に後ずさりした。だが暗闇に陣取っていた鼠がソレを一喝する様に金切り声を上げる。すると鼠らの恐慌じみた反応は一旦止み、そのまま幾らかの鼠はイレギュラーズへと突撃、あるいは幾らかが距離を維持したまま毒液を噴きかけ、そしてまた幾らかの鼠は体勢を立て直すべく下水道の奥深くへと逃げ込もうとした。鼠如きに非常識な、戦略的な撤退である。……しかも、逃げようとしている先は子供達の居ると予測される方向ではないか!
「テメエがボスか。食らいやがれぇ!!」
マグナは撤退する集団から当たりをつけ、指揮を取っていると思しき個体へと遠術を仕掛ける。逃げ去る背に直撃するはずであったろうそれは、傍に居た他の鼠が庇う事で防がれた。
「チクショウ!? そこまでやるってのか!」
今の連携から察するにあの個体は此処で逃がしたら面倒な事になりかねない。すぐに他の者が追討を仕掛けようとするが、突撃した鼠達が前衛陣の足取りを妨害する様に絡み付いて来た。
「ジャマだッ!!」
イグナートは足に纏わりつく鼠らを一斉に叩き伏せる様にして、右腕を地面に振り下ろす。下敷きになった鼠らは一瞬で圧死し、その下にある石作りの床まで粉砕する。
後衛にまで噛み付こうとしていた鼠を前衛に居たエディは踏み潰し、ヴェノムも逆手に持った武器で刺突する。突撃してきた鼠は、彼らによってすぐに返り討ちと成り果てていった。
「アレは子供達を襲うつもり?! だったら、逃さないわ!」
「……まったく、つくづく嫌な相手ッス……」
突撃してきた鼠らが殲滅されると、ユウやクローネは即座に逃げ去る鼠を逃がすまいと暗闇の中へ遠距離の魔術を放つ。
闇雲に打ったそれらはどうにか的を掠めたらしく、特にユウの撃ち出した氷結の刃が周囲の鼠ごと巻き込んだのか複数の断末魔が上がった。しかし、仕留め切れたか確認する暇も無い。残った鼠達の放った毒液がイレギュラーズに対して乱雑に放たれてくる。
「子供に死なれちゃ目覚めが悪いからな。邪魔するっていうなら、薙ぎ払うまでだぜ!」
鬨の声を上げる醒鳴。降りかかってくる毒液を恐れもせず、立ち塞がる鼠目掛けて巨剣を振るいに行くのであった。
●下水深部
下水道の奥深くでは『少年少女イレギュラーズ』が膝を抱える様に蹲っていた。
動こうにも光が無い。地図が見えなければ出口も見えない。命綱と言える松明は、逃げてる間に燃え尽きたか、投げ捨てた。
「たいちょうさん。たいまつおとすのはありえないのです」
「なのです」
「……うっせ」
双子の少女が隊長役の少年をからかう様な言葉を小声で言うが、逃走の為に時間稼ぎで彼が松明を投げつけたくらいは幼い彼女らにも分かる。
(ちくしょう、足がじくじくする)
当の隊長は、鼠に足を齧られていた。暗くて確認出来ないが、出血が止まってない事が自覚出来た。幸か不幸か、周囲にそれが気づいた様子は無い。
「さっき、大きな声で大人の人が呼びかけてくれたから。きっともうすぐ助けに来てくれるんだな」
もう少しの辛抱だ。少年少女らは小声でお互いを励ました。
――。
暫くして彼らの耳に聞こえたのは、人間の掠れた声。
大人が助けに来てくれたのだと彼らは声を出さずに喜んだが……様子がおかしい。
――キ、クケケ。ヒヒ。イヒ。
暗闇に薄ら笑いが響いて、少年少女らの背筋にゾッとした悪寒が走った。その声色はまるで死にかけた気狂いの様な、人間“の様なもの”が絞り出した声。
憂さ晴らしの慰みモノを目の前にしたかの様に喜悦の吐息。それが自分達に向けられているのを理解した。
暗闇を逃げようとしたが、いつの間にか鼠の鳴き声が周囲を取り囲んでいる。それらは徐々に自分達と距離を詰めていた。
もうダメだ。
そう思って、少年少女らは泣き声混じりで思わず叫んだ。
助けてっ!! イレギュラーズッ!!!
「承知致しました」
そう声がしたかと思うと、彼らの目の前で高速の光が駆け抜け、次々に鼠の断末魔が聞こえた。
それが撃ち放たれた方へ涙目で振り返ると、オールドワンの麗人――エリザベス――が立っていた。
「えー、本日は晴れ時々ゲリラ豪雨、のち魔砲でございまーす」
「……相変わらずの威力ッスね……」
イレギュラーズだ! 少年少女は揃って歓喜の声を上げる。クローネも安堵混じりの溜息をつき、周囲を照らして状況を確認した。
子供は一人負傷。標準的な大きさの鼠に、人間の頭部を取って付けた様な奇形が一匹。先程の攻撃で瀕死の様子だ。足も氷かけている。他に奇形の鼠が数匹程度と、道中に比べれば幾分か少ない。鼠は明らかに子供達も狙う気配がある。戦術的な狙いがあるのか、はたまた苦渋を飲まされた腹いせか。
「人なぞ襲うものではないと学んでくれないか」
「どちらにせよ動物的な価値観ではないらしい」
獣人であるラダとエディは互いに頷いて、彼らを庇うべく鼠の前に割って入る。
少女らは庇いやすい様に後ろに隠れてくれたが、一方で隊長役の少年はまるで動けない。太っちょの少年がそれに気づいて、隊長の少年を震えながら庇う。
ヴェノムは彼らの前に歩み出て、言葉を選ぶ様にして口にした。
「大丈夫。必ず助ける。全員な」
不安げだった少年らも、それを聞きぐっと唇を噛んだ。
人面鼠の顔が歪み、好都合と言わんばかりに気味の悪い鳴き声をあげる。獲物を選ぶかの様な目を浮かべると、徒党を組んでラダとその後ろに居る子供へ襲いかかってくる。
「コドモを狙うなんて、やはりヨウシャするヒツヨウもナイ!」
先手の取れたイグナートが間合いを詰め、豪腕を地面に叩き付け複数匹を倒しせしめる。
しかしそれでも攻撃を躱し、あるいは仲間を盾にする形で少数匹がくぐり抜け、ラダを攻撃圏内に収める。ラダは迎え撃とうと照準を合わせるが、それに構わず次々に子供目掛けて毒液と齧歯の攻撃を繰り出した。
受け止めさせるつもりか。ラダは敵の意図を理解しつつも、抱き込む様にして少女を庇った。次々と薄汚れた齧歯と毒液が降り注ぎ、大量の流血が彼女の四肢を滴る。
「お、おにいちゃん血が出てるのです!」
「……問題無い。あと、私は女だ」
軽い調子で返してみせるラダ。とはいえ次の猛攻が来れば耐えきれないか。彼女の顔に焦りが見えた。
「イレギュラーズはね、倒すだけが能じゃないのよ」
「そういうこった。まだ倒れんなよ! キュアイービル!!」
少女にも諭す様に言いながら、ユウとマグナが詠唱を開始する。治癒の魔術によってラダの四肢に出来た傷口が即座に塞がっていった。
取り囲んでいた鼠はとまどいつつも、再び彼女へ攻撃を繰り出そうとする。
しかしそれが実行される前に、突如として地面に描かれた詠唱陣から毒霧が噴き出し、その場に居た鼠達をすべからく窒息させた。
「……予定通りさっさと潰して終わりにするッス……」
クローネの魔術によりラダの近くに残るは戦意を失いかけたごく僅かの小躰の鼠。防衛は不要と踏んだエディが、露払いとばかりに目の前の鼠を両断する。
最早マトモに敵対する者は人面の鼠と、護衛に巨躯の鼠が一体。形成不利とみるや、人面鼠はまたも撤退を図ろうとする。
「おっと、こっちは通行禁止だぜ?」
人面鼠に対して、撤退の行動を見抜いていた醒鳴が大剣を振り下ろして逃げ道を塞ぐ。
突然の事に人面鼠は足を止め、一旦巨躯の鼠に自身を守ろうとさせた。しかし、その護りを突き貫ける者が既に距離を詰めていた。
「護りたいものを護る。心意気は立派ッスが、オマエみたいな畜生如きじゃ限界があるッス」
ヴェノムは巨躯の鼠の腹部に剣を突き立てる。その一突きはそれだけに留まらず、巨躯を貫いて後方に居る人面鼠まで到達しようとしていた。人面鼠は咄嗟に避けようとするが、足が凍りかけていた事により一瞬だけ動作が遅れる。
その遅延が命取りになり、人面鼠は逃げる事は叶わず。奇声をあげながら胴体を断ち切られていくのであった。
●帰還と推察へ
「イタクはないか?」
「うん、薬塗ってもらったから平気。……かーちゃん、怒るかな」
クローネのSPDで治療した少年。それをイグナートがおぶり、一行はギルドへと帰還する。少年少女は“依頼の失敗“を叱られないかとしきりに不安がっていた。
「ったく、誰もあんな鼠が居るなんて思わねぇよ。だろ?」
「知り合いが言ってたけど鼠って菌が多いの、だから貴方もちゃんと怪我の治療を受けるのよ?」
二人して母親に向けた言葉を、同じ様に彼らへ向ける。そういうもんなのかなぁ、と少年らは不思議そうな顔をした。その悩みを掻き消す様に気の抜けた音。
「ゆ、夕ご飯食べてないから腹減ったんだな」
「というかおやつも食ってないのです」
「なのです」
どうやら腹が鳴ったらしい。エリザベスは、包装された菓子を彼らに配り始める。
「こんな事もあろうかと、わたくし、このような物を準備しておりました」
憧れのイレギュラーズから菓子を貰え、先までの出来事は何処吹く風。少年少女らの顔はニヤけている。
「さ、こっからは護衛付きだ。焦るな、転ぶな、俺らの傍から離れるな、だぜ」
醒鳴もその様子を見て快活に笑い、彼らを先導する。
まだ敵陣であるというのに。そう呆れつつも、クローネは先立って喚び出しておいたファミリアと五感を共有させた。
巨躯の鼠は未だ攻撃性が見受けられるが、的確に指示・把握すれば回避が出来そうだ。小躰の鼠に至ってはもはやファミリア相手に逃げ惑っている。
どうにもファミリアは人面鼠を倒す前は狙われなかった様である。小動物一体でそこまで統率出来るものだろうかと不可思議に感じた。
ヴェノムは鼠達の死体を掻き集め、持ち帰っている。
「そんなの食べるとお腹壊すよ?」
「食わねぇスよ。ただ、何か分かるかと思って」
成る程と思い、共に調べてみるラダ。狩猟者の見識としては、やはり遺伝子異常の類に見える。下水へ進入する前後の仲間の情報から推察するに、今回に限っては下水の汚染による可能性が高いか。人為的といえば人為的だが。
エディもヴェノムが死体を回収しているのを見て頷いた。
「詳しい事は専門の学者辺りにでも見せた方が確実だろうな。もしかしたら情報屋の奴がそれらしい伝を探してくれるかもしれない」
ともかく今はこの結果を母親達に伝えるべきだろう。一行は下水道を足早に急ぐのであった。
ヴェノムとラダは人面鼠の死体を探っている際、奇妙な痕跡を目にする。
鼠とヒトの境目である首筋にある、几帳面に刻まれたジグザグの赤い筋。
「…………“縫合痕”?」
彼女らにはまるで、それが掛け離れたぬいぐるみ同士を縫い付けた代物に見えて仕方無かった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
稗田GMです。悪性ゲノム、ひとまずお疲れ様でした。
高火力範囲攻撃は数で押すタイプの天敵だと書いてて思いました。えぇ。
それらが敵陣営に突き刺さったエリザベスさんへMVPを。その『魔砲』が今後磨かれる事を稗田は期待しています。少年少女らにもたぶん空き地で必殺技感覚で魔砲ごっこ流行ってる。
『特異運命座標』エリザベス=桔梗院=ラブクラフト(p3p001774)⇒『魔砲使い』
GMコメント
鼠によく縁がある稗田ケロ子です。ハハッ(甲高い声)
情報制度:A
情報は正確であり、シナリオ内で不測の事態は起こりません。
以下の情報を参照して下さい。
成功条件:
・子供達を一人も死亡させず、連れ帰る
もちろん、無傷で連れ帰れるに越した事はありませんが、死亡でない限り成功となります。
(当シナリオでの子供の死亡の発生条件はHP0(重傷扱い)から追撃を受ける事と定義します)
環境情報:
場所は市街地の地下に迷路の様に張り巡らされた下水道。
地図は情報屋が既に入手済みなのだが、子供達が何処に居るかまでは未把握。全域探し尽くすとなると途方もない時間が掛かる。
捜索に役立つ何かしらのスキルか行動は必須。捜索に手間取ると子供達に何があるか分からない。
NPCデータ:
・エディ・ワイルダー
今回、彼も同行します。対単体火力はそれなりに高めの近接型。複数への攻撃手段は乏しい。
極力、PC陣の指示に従う形となります。
・子供達
9歳~14歳の少年少女の四人。全員逃げ足(回避能力)は平均以上だが、下水道から脱出しなければ鼠達に食い殺されるのは時間の問題である。
特筆する部分は双子の少女が回避が高くHP低めで、太っちょの子がHP・防御面の能力が高く他の子に比べて回避能力が低い事。
PC陣同様に戦闘処理の判定は行われますが、HP0(重傷)になった場合は回避・防御などの判定が一切行われず無防備となります。
エネミーデータ:
『奇形鼠』
大小様々だが、大きいもので全長60センチほど。
頭が二つあったり、極度に肥満化していたりとその変異も個体によって差も大きい。
然るに個体によってステータスはいくらかの差異があるが、耐久・防御面は最大でも中の下程度。
反面、数は多く攻撃能力も決して低くない。護衛対象の子供が集中して攻撃を受けるとまず耐えきれないので注意されたし。
・噛み付く
至近 ダメージ小~中 BS【出血】
女性の腕の腫れ具合からして出血毒を持っている思われる。(【出血】なのでシステム上『毒耐性』で防げない)
・口から毒液を飛ばす
中距離 ダメージ小 BS【毒】命中率 低
『奇形鼠(人面)』
人面の様な奇形を発症した、統率を取っていると思しき鼠。体躯は鼠として標準的な大きさ。
確認されたのは一匹のみ。
・データ上、攻撃能力は持たない。回避能力だけは高め。
・この鼠が生存している限り、鼠たちは戦略的な行動を取る。(この鼠を倒している場合、戦闘中はランダム的な行動となる)
・戦力が明らかに不利の場合は一時的に逃走して、別所から仲間を呼び寄せて機会を見て再び襲おうとしてくる。
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