シナリオ詳細
続・事故物件に泊まろう。或いは、オフィスビル連続飛び降り事件…。
オープニング
●オフィスに泊まろう
深夜0時。
静かなオフィスに、女の怒号が轟いた。
「おぉい! ふざけんなよ!」
モニターの電源はすべて消え、どういうわけか室内灯の電源さえも落ちている。光っているのは、緑色をした「非常口」の看板だけだ。
ところは練達。
再現性東京のとあるオフィスビルである。
三階建ての小さなビルだ。
「何をそんなに怒っているのです? 暗いだけで、どこにでもある小さなオフィスじゃないですか?」
怒鳴る女性にそう問うたのは、狐の面を被った小柄な女性であった。白い髪を指で梳いて、彼女は「さて……」と視線を巡らす。
モニターとパソコン本体、キーボードがならぶデスクが8つ。
それから、社長席らしき少し大きなデスクが1つ。
オフィスの隅には冷蔵庫と流し台、それから本棚があった。
「電源が生きていないのなら、冷蔵庫を開ける気にはなれないですね」
肩を竦めて、狐面の彼女……『ツクヨミ』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000668)はそう呟いた。だが、最初に怒鳴った女性……霊媒師・夜鳴夜子の視線は廊下に向いている。
「何を怒っているかって? 見てくれよ、喫煙所が閉鎖されてる! この世には神も仏もいやしねぇんだ!」
煙草の箱を持った手を、夜子はデスクに振り下ろす。
ガコン、とデスクが大きな音を鳴らした。
その様子を見て、ツクヨミは大きなため息を零す。
「仕事でしょうに。煙草ぐらい我慢なさってくださいな。それに……」
暗いオフィスの真ん中を突っ切ると、ツクヨミは社長席に腰かける。オフィスチェアの背もたれが、ギシと軋んだ音を鳴らした。
その音は、暗いオフィスで自棄に大きく響く。
「神はどうかしらないけれど、仏ならいるのでしょう? それも5人……そこの窓から飛び降りて、このオフィスで働いていた人間が次々と命を落としたのだと聞いていますよ?」
窓を指さし、ツクヨミは言った。
窓の裏は断崖絶壁。
30メートルほど下には、細い道路が見えている。
このオフィスビル、とある丘の上に建てられているようだ。立地があまり良くないことと、テナントオフィスが次々に倒産したことで、今ではすっかり誰も借りない廃ビルと化している。
最後に残っていた企業は、どうやら詐欺まがいの商売をしていたらしい。
が、それも社長の自殺によって終わりを迎えた。
残った3人の社員は、私物さえもデスクに残して既に行方をくらましている。
「あー、まぁ、それでアンタに声をかけたのさ。オフィスで自殺した連中は、仕事の都合でここに宿泊していたらしい。何か“出る”んじゃねぇかってんで、アタシのとこに依頼が来たのさ」
新たに貸し出すにしても、ビルを取り壊すにしても、どうにも不気味で踏み切れない。
ビルのオーナーは、このビルで何が起きているのかを知りたいのだ。
そして、叶うのならその“何か”を取り除いてほしいのだ。
そこで夜子に……とある事故物件で起きていた怪事件を見事解決に導いた、若き霊媒師である夜子に白羽の矢が立ったというわけだ。
立った矢は、即座にツクヨミに回されたのだが。
「1階と2階は空き部屋だ。3階にはこのオフィスと、廊下の先にトイレや仮眠室がある。あぁ、ビルの裏手は断崖絶壁、ビルの表は庭と駐車場だな」
喫煙所はねぇ。
悔し気に夜子はそう言った。
それから、彼女は甘い香りのする煙草を唇に挟むと、オフィスから廊下へ出て行った。
「まぁ、オフィスに泊まって、怪事件の真相を暴いてくれ。あぁ、可能なら原因まで取り除いてくれると助かる。そうすりゃアタシは報酬が貰えて、その一部はアンタらにも分けてやる。依頼人も
心の靄がすっかり晴れてハッピーだ」
「……あなたはどこへ?」
「駐車場。車で煙草でも吸ってるよ」
買い出しに行くなら声をかけてくれ。
そう言い残して、夜子は闇の中へと姿を消したのだった。
- 続・事故物件に泊まろう。或いは、オフィスビル連続飛び降り事件…。完了
- GM名病み月
- 種別 通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年04月23日 20時30分
- 参加人数6/6人
- 相談0日
- 参加費100RC
参加者 : 6 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(6人)
リプレイ
●ゴーゴー事故物件
深夜0時を過ぎたころ。
草木も、鳥も、虫も眠りに就く時間。空には厚い雲がかかって、辺りは闇に包まれていた。
「ここが事故の現場かァ?」
「その割には、霊の1体も見当たりませんね」
事故物件の裏手、崖の下の細い道路に立っているのは『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)と『ツクヨミ』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000668)の2人だ。
血の痕は既に雨で洗い流されたのだろう。2人の足元……ちょうど、事件があったオフィスの窓の真下には何の痕跡さえも残っていなかった。
何も、だ。
件のオフィスビルで出た死人は、過去20年ほどまで含めれば悠に20人を超えている。きっと、記録が残っていないだけで、もっと大勢がこの場所で亡くなったはずだ。
だというのに、何もない。
死者の霊さえ、さっぱり姿が窺えない。
それは、少々異常に過ぎる。
2人は顔を頭上へ向けた。道路の位置から、オフィスビルの窓の方を見たのである。
と、その時だ。
ひゅるり、と強い風が吹き抜けた。春の陽気を多分に含んだ生温い風だ。だというのに、2人は“悪寒”を感じた。
風に吹かれて、空を覆っていた雲が動く。
隠れていた月が顔を覗かせ、オフィスビルに白い光が降り注ぐ。
「ん……アァ!?」
「あれは……」
驚愕の声が思わず零れた。
オフィスビル3階、連続飛び降り自殺事件があった窓のすぐ向こうに男が1人、立っていたからである。
ことさら、特徴の無い黒い男だ。
短く切りそろえられた黒い髪に、黒い瞳、身に纏うのは黒スーツ。外見だけなら、どこにでもいるサラリーマンのようにも見える。
彼は薄く微笑んでいた。
ガラリ、と音を鳴らして窓が開いた。
スーツの男……『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)は、背筋を伸ばして窓の向こうに立っている。
「はははははは」
抑揚のない笑い声。
否、“笑い声を真似している”だけの発声であるようにも聞こえた。
「ははははははは」
ホーの目は虚空を見つめている。
或いは、どこも見ていないのかもしれない。
「はははははははは」
「はははははははははは」
「はははははははははははははは」
「ははははははははははははははははは」
「ははははははははははははははははははははは」
「「「「「「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」」」」」」
いつの間にか、笑い声が増えている。
10人か、20人か。
クウハとツクヨミの目には、ホーの背後に直立している人影が見えていた。スーツを着た男性、ふくよかな女性、若い男に、いかにもカタギでなさそうな中年。年齢も性別も様々だが、ただ1つ、全員が直立姿勢のまま笑っているという共通点がある。
それから……。
「あっはははははは!」
直立姿勢を崩さぬままに、ホーは窓から身を乗り出して躊躇することなく跳んだ。
頭から、地面に向かって。
ホーだけではない。
ホーの背中を押すように、1人、2人、3人と人影が……霊たちが次々、窓から跳び下り始めたのである。
それはまさしく、狂気の連鎖……或いは、狂気のパレードだ。
同時刻。
オフィスビル3階にて。
「…………え」
『おもひいろ』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)の目の前で、窓から男が跳び下りた。
あまりにも突然に、あまりにも自然に。
ホーが飛び降り自殺を図った。
目を疑う。現実感が無い。だから、ジョシュアは動けない。
やがて、ドサ、と窓の向こうで何かの落ちる音がした。
「えらいことになったもんだなぁ……」
ジョシュアの背後で声がした。酒に焼けた男の声だ。
背後の暗がりに立っている人影は大きい。灰色の長い髪に、無精ひげだらけの顎、虚ろに潤んだ水色の瞳。身に纏う衣服はボロボロで、ジョシュアははじめ、彼のことを勝手にオフィスビルに入り込んで来た浮浪者の類だと思った。
「参るよなぁ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ……だったか。ホーの奴は、何か“見てはならない”ものを見たんだろうぜ」
浮浪者……もとい歴戦の放浪者『老兵の咆哮』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)は、頭を掻いてそう呟いた。
その言葉は独り言のようにも、ジョシュアに向けて語られたもののようにも聞こえる。
「そんなことを言っている場合ではありません! ホーさんですか、今の!? た、助けに行かないと!」
「まぁ、落ち着けよ」
慌てて駆け出したジョシュアを、しかしバクルドが制止する。
それから彼は、目線を窓の方へ向けたまま、声を殺してこう言った。
「深淵を覗き込んだのは、ホーだけか?」
その言葉に、ジョシュアは「はっ」と息を飲む。
「たしかに……どうしてか窓の方が気になりま───っ」
ジョシュアの言葉は最後まで続かない。
その細く白い喉を、バクルドの鋼の義手で締め上げられたからである。
「な、は……!?」
ジョシュアの身体が腕1本で持ち上げられる。
呼吸が出来ない。脳に酸素が回らない。目の奥がチカチカして、気を抜けばすぐにでも意識を失いそうになる。
驚愕と困惑、そして苦痛の中でジョシュアはバクルドの顔を見た。
バクルドの目は、ジョシュアの方を見ていない。
その目はまっすぐ、窓の方へ向けられている。
「見ちまった。“俺”も見ちまったんだ。そして、俺も見られた」
バクルドの顔は笑っている。
笑いながら彼は奥歯を噛み締めていた。
その頬に脂汗が伝う。
その様がジョシュアの目には、衝動に抗っている風にも見えた。だが、バクルドは1歩ずつ窓の方へ歩いて行った。
窓の方へ、窓の前へ。
そして彼は、ジョシュアの身体を窓の外へと投げすてて……。
「……あ」
浮遊感。
ジョシュアの身体が、虚空に浮いた。
けれど、すぐに重力に掴まり引き落とされる。遥か眼下へ、数十メートル真下の道路へ。
死んだかな、と。
そんな思いがジョシュアの脳裏を横切って……。
「っ……何のつもりだ! 馬鹿者め!」
風が吹いた。
青く、美しい風が。
長い髪を靡かせて、疾走したのは『彷徨いの巫』フィノアーシェ・M・ミラージュ(p3p010036)である。ジョシュアに続いて、窓から跳び下りようとしていたバクルドをフィノアーシュが蹴り飛ばす。
悲鳴もあげずに、バクルドは転倒。衝撃で倒れたペン立てから、何本ものペンが散らばって、床に転がるバクルドの頭上に降り注ぐ。
フィノアーシュはそちらを一瞥もしない。
バクルドを蹴るのと同時に窓から上半身を乗り出し、長い腕を目一杯に伸ばす。
「掴まれ!」
フィノアーシュが叫ぶ。
ジョシュアは咄嗟に手を伸ばした。
伸ばしたその手を、フィノアーシュの白い手が掴む。
かくしてジョシュアは、暗い空からオフィスの中へと引き戻されたのであった。
●事故物件、怖くないよ
“Van Hohen”。
言わずと知れた、鉄帝国の有名ココアメーカーである。
今からおよそ200年ほど前に世界で初めてココアパウダーを作った企業であると知られている。こだわり抜いた素材のおかげか、それとも製法に秘密があるのか。豊かな風味と、チョコレイトのような滑らかな舌触り、上品な甘みのおよそココアに必要なすべてを備えた“Van Hohen”のココアを愛飲する者は世界中にも数多い。
なお、会社命の“Van Hohen”とは創設者の名から取られている。
彼は周囲の者たちから『甘みの錬金術師』の異名で呼ばれ、東の国には戦地で戦う兵士のための興奮剤としてのココアを、西の国には長寿を求める貴族のための滋養強壮に効果のある薬湯としてのココアを伝え、広めたとされている。
また、ある学者は「彼は今でも生きている」との説を唱えるが、真偽のほどは定かではない。もしも彼が今も生きているとするのなら、ぜひこう訪ねてみたいものだ。
「長生きの秘訣は、毎朝1杯のココアですか?」と。
地獄の釜出版/月刊“ヌー”特別号『ココアに生きた男の数奇な人生』より。
オフィスの床に座って、ジョシュアはココアを飲んでいた。
熱と甘さが胃へと落ちると、身体の芯が温まる。ジョシュアの緊張と死を前にした恐怖心も、幾らか緩和されただろう。
なお、ココアはオフィスビルの備品だ。
もはや人のいないオフィスビルであるが、幸いなことにココアや珈琲のストックが遺されていたのである。
「災難だったな」
壁に背を預け、腕を組んだ姿勢のままでフィノアーシュはそう言った。
それから彼女は、オフィスの中を歩き始めた。事件の解決に繋がる手掛かりがあるかも知れないと考えたからだ。
あはは、と渇いた笑いを零すジョシュアの前には、肩を落としたバクルドがいる。
「面目ない。どうかしてたんだ……あの時は“ジョシュアを落とすのが正解だ”と思っちまってた」
なぜ、そんな想いに駆られたのかは分からない。窓の方が気になって、それからジョシュアを“落としたくなった”ことだけしか覚えていない。
ココアを飲み終えたジョシュアは、小さな溜め息を零す。
ジョシュアとて、バクルドを責める気にはなれなかった。窓の方が気になったのはジョシュアも同じだ。窓の外へ投げ飛ばされて、あっさりと生きることを諦めたのはジョシュアの意思だ。
「窓の方、たしかに気になりますよね。それに何だか幻聴? みたいなのも聞こえていた気がします」
「あぁ、そういや俺も聞いたな。幻聴」
そう言えば、とバクルドもジョシュアの話に乗った。
「幻聴? それは、どういうのだった?」
社長席の引き出しを開けながら、フィノアーシュは問う。
彼女の手には1冊のノート。社長が個人的に付けていた日記だろうか。
フィノアーシュが広げたページを、ジョシュアとバクルドに見せた。皺だらけのページには、荒い筆致で「うるさい」とだけ書かれている。
聞こえていたのだ。
窓から飛び降り、命を絶った社長の耳にも幻聴が。
「うわ……」
思わず、ジョシュアは引いていた。
「えっと、確か笑い声? みたいなのが聴こえていた? ような? 気が?」
「そうだった。ビルに入った辺りから、ずっと聞こえてたんだった。最初は風の音か何かだと思ったんだが」
「バクルドさんも、ですか。私もそうでした。フィノアーシュさんには聞こえていないんですか?」
2人の目が、フィノアーシュへと向けられる。
「“ははははは”って、そんな笑い声がしていました」
「最初は微かな声で、“ははははは”ってな」
「“ははははははは”」
「“ははははははははは”」
『ははははは』
【はははははははは】
「「「はははははははははははははははははは」」」
2人の目は、フィノアーシュを見ていない。
フィノアーシュの背後……窓の外の暗闇へと注がれている。
「っ!? 冗談じゃないぞ!」
笑い声は、フィノアーシュの耳にも聞こえた。
フィノアーシュたちが、怪異と遭遇している頃。
廊下の端の喫煙所には、クウハがいた。
「じゃァ、何か? オフィスの連中は、ノイローゼの果てに窓から飛んだってのか?」
クウハが会話している相手は、喫煙所にいた1人の霊だ。
先ほど、ホーと一緒に窓から飛んだ霊たちとはまともに会話できなかった。だが、彼だけは違う。閉鎖された喫煙所で、美味そうに紫煙を燻らせている彼だけは、他の霊よりまともだった。
『まぁ、そんな感じだったよ。そりゃ同僚が飛び降り自殺を図ったんだから、2人目以降は酷いもんだったよね。朝から晩まで暗い顔をしてたし』
「だろうなァ。ところで、アンタは平気なのか? この辺、アンタ以外の霊は見当たらねェんだが」
『俺かい? 俺はアレだ。ここから離れられないし……でも、この辺、喫煙所があるのってここだけだからさ。怖くてもここに留まるしかないんだよ』
「あぁ……そう」
喫煙所に縛られた地縛霊は、ヤニへの執念だけでオフィスビルの怪異に打ち勝ったのである。
感心するやら、呆れるやら。
クウハは何とも、微妙な顔で地縛霊の話に耳を傾けていた。
「これは本当に自殺なのでしょうか? それとも、他殺と呼ぶべきでしょうか?」
オフィスの入り口に立つホーは、窓際で繰り広げられる騒動を見てそう呟いた。
先ほど、ホーは窓から飛んだ。目の前で起きているのは、その再現だ。
幸い、ホーはツクヨミとクウハに受け止められることで事なきを得たが、次もそうだとは限らない。
事実、ホーとて今も窓の方が気になっているからだ。
窓の外にいる何かから、呼ばれている気配を感じているからだ。
「どうしましょうか? なにやら窓の向こうから異様な雰囲気を感じるのですが……」
チラと視線を横へと向けてホーは問う。
ホーに構わず、ツクヨミは背中から降ろしたライフルを構える。
「どの辺りですか? 生憎と私には“異様な気配”の位置が分かりませんが……」
「あー……」
顎に手を当て、窓の方に視線を向けたまま、ホーは言葉を口の中で転がした。
「なんですか……?」
「なんと言いますか、窓の外に顔があって、オフィスの方を覗き込んでいる感じですね。それから、何本もの手がオフィスの中に伸びているみたいな雰囲気です」
そして、それは笑っているのだ。
「それだけ分かれば十分です」
ライフルに取り付けられたスコープに目を当て、ツクヨミは引き金に指をかけた。
狙うは窓のすぐ外。
ホーが言う“何か”がいるであろう位置である。
●人生いろいろ、怪異もいろいろ
銃声が鳴った。
笑い声が、ピタリと止んだ。
窓の外にいた何かが、ツクヨミの銃弾に撃ち抜かれたのだ。
「う……わっ!」
銃声に驚いたというわけでも無いだろうが、フィノアーシュがバランスを崩す。
必死でバクルドとジョシュアを止めていたのだが、最後の最後で押し切られた形である。フィノアーシュの献身で、バクルドとジョシュアは救われた。当のフィノアーシュだけが、このままでは救われない。
それどころか、姿勢を立て直すこともままならない。
肩を何かに掴まれているような奇妙な感覚があった。
だが、フィノアーシュは落下しなかった。
「っ……悪いな、何度も手間かけちまった」
窓から身を乗り出したバクルドが、フィノアーシュの手首を掴む。義手が軋んだ悲鳴を上げるが構わない。
命を救われた借りは、命を救うことでしか返せないのだ。
「助かった! だが、まだそこにいるぞ! 誰か、仕留めろ!」
フィノアーシュが叫ぶ。
その声は、オフィスビルの中にいた全員の耳に届いただろう。
そして……。
「悪意しか無い輩には、悪意で応えていいと先日読んだ六法全書に載っていました」
バクルドの背中を足場にして、ホーとツクヨミが窓の外へ身を乗り出す。
広げたホーの手の平から、衝撃波が放たれる。
それは窓の外にいた、姿の見えない何かを弾く。
ふっ、とフィノアーシュの肩を引く力が弱まった。
「そこですね……前回は不注意で閉じ込められましたが、今回は先手を取れました」
ライフルの銃口を虚空へ……姿の見えない何かに突きつけ、ツクヨミは言う。
躊躇することなく、ライフルの引き金を引いた。
2度目の銃声。
そして、夜空に見えない何かの絶叫が響く。
「やっぱり何もありませんね」
窓際をランプで照らしながら、ジョシュアはそう呟いた。
見えない何か……おそらくは、人を死へと誘う夜妖だろう……が消えてしばらく、念のためということで一行はオフィスビルの中を捜索していた。
万が一に備えてか、窓の外にはクウハが控えていた。
「だからもう何もいねェんだろ? 全部、終わったんだよ」
死者の霊も、既に思い思いの場所へ去っている。
きっと、遺して来た家族や友人のもとへ向かったのだろう。
最後に、一目だけでも顔を見るために。
「後味がいいとは言えねェが……まぁ、贅沢は言えねェよな」
死んだ者は生き返らない。
ほんの少しの行き違いで、人は簡単に命を落とす。
そのことは、クウハも良く知っている。
だから、彼は去っていく霊たちを黙って見送った。
『静かになったのはいいけど、このビルはどうなるんだろうね。喫煙所だけでも、残してくれると嬉しいんだけど』
なんて。
まるで仲間であるかのように、自然とそこにいた喫煙所の地縛霊は窓から外を眺めて呟く。
「……この人は?」
紫煙を燻らす霊を見上げて、ジョシュアは首を傾げるのだった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
オフィスビル連続飛び降り自殺事件の原因は、皆さんの手により払われました。
依頼は成功です。
皆さんは、喫煙所の霊から感謝の言葉を送られました。
この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
こちらのシナリオは『事故物件に泊まろう。或いは、静かな家に帰ろう…。』のアフターアクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/9411
●ミッション
事故物件に宿泊し、事件の解決を図る
●依頼達成条件
・オフィスビル連続自殺事件の解決を図る
●フィールド
再現性東京。
とある丘の上にあるオフィスビル。3階建て。
1階と2階は空き部屋。
3階には人のいないオフィス。
8つのデスクと社長席。冷蔵庫と流し台、小さなコンロがある。
各階の廊下にはトイレや仮眠室、閉鎖された喫煙所がある。
オフィスの裏手は断崖絶壁。以前よりたびたび、オフィスで働いている者が飛び降り自殺を図っていたため、周辺では「祟られている」と有名。
表には駐車場と庭がある。
動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。
【1】夜子の誘いを受けた
ローレット経由で夜子の依頼を受けて、事故物件を訪れました。事件解決に乗り気です。
【2】異様な気配を感じている
異様な気配を感じてオフィスを訪れました。見知った顔がいたので依頼に参加したようです。事件についてあまり詳しいことは理解していません。
【3】肝試しに訪れた
友人の誘い、または罰ゲームとして肝試しに訪れました。オフィスで起きた連続飛び降り自殺について知っています。ビビっています。ハーモニカを持たされました。
事故物件での過ごし方
事故物件で何をして過ごすのか……何に重きを置いて行動するのかという指針になります。
【1】異変に備え警戒します
いつでも戦えるよう警戒を続けます。その分、調査に割けるリソースは減りますが、仲間や自身に危険が迫った際には存分に活躍できるでしょう。
【2】ビル内を捜索する
事件の解決を目指し、連続飛び降り事件の原因を探ります。調査や散策がメインとなります。誰かと一緒に行動することがメインとなります。
【3】何だか変な感じがする
窓の方が気になります。何かの声が聞こえているのかもしれないし、何かが見えているのかもしれません。孤立しがちになります。
Tweet