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シナリオ詳細

<天使の梯子>怨讐のアリア

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 聖堂の壁は数多くの聖画で埋め尽くされている。高価な額に納まるそれらの絵の中では、聖人や天使たちがさざめき、唱え、歌っているが、どれ一つとしていま教会を取り囲んでいる不吉な羽音を退けるだけの神通力を持っていないようだ。
 遥か高みの丸屋根に輪になって並んだガラス窓から天光が降り注ぐ内陣で、エルベルク司祭はひしと聖遺物を懐に抱き、途方に暮れていた。
 逃げ出そうにも逃げ出せない。
 黒い天使の一団を引きつれ、生きていたころと変わらぬ姿で歩いてくるあの子を見た時、エルベルク司祭は聖遺物を守らねばと思った。
 あわてて聖櫃の奥に隠してあった聖遺物を取り出して逃げようとしたが、彼らはすぐそこまで迫ってきていた。
 あわててドアを閉じ、内からかんぬきをかけて、内陣まで下がることしかもうできなかったのだ。
 教会はあっという間に、あの子が連れてきた影の天使たちに囲まれてしまった。
 彼らがドアを破って聖堂内に入って来るのも時間の問題だろう。
 もってあと数分といったところか。
 それでも奇跡を信じて、エルベルク司祭は必死に祈った。
「神よ、救いたまえ。大いなる御業で彼らを光から闇に追い、彼らを地表から放逐し給うことを。彼の目が彼の追放を見、彼が神の憤怒の杯を飲むことを――」
 きーんと鼓膜が震えて、重厚なオーク材のドアが木っ端みじんに砕け散った。
 エルベルク司祭は、ひっと小さく悲鳴を上げて首をすくめた。
 鼓膜を食い破るような羽音が身廊になだれ込んでくる。
 影の天使たちは翼をたたんで内陣に降り立つと、身体を丸めて≪汚染された≫聖遺物を守るエルベルク司祭を取り囲んだ。
 羽音がやんで、聖堂内に静寂が満ちる。
 聖水盤で手を清める微かな水音がした。
「やれやれ。これ、長年の習慣ってやつ? 僕ったら、死んでも礼儀正しいんだから嫌になっちゃうよ」
 黒い巻き毛に翡翠色の目をした『致命者』の少年は、生前と変わらぬ美しいボーイソプラノで、歌うように言った。
「ところで司祭さま、訂正してもらえますかぁ? ……神の憤怒の杯を飲むのは僕たちじゃない。エルベルク、貴方であり歴史を歪める悪魔たちですよ」
 少年は震えてうずくまる司祭から目をあげると、内陣の壁に笑みを向けた。
「そうですよね、アルヴァエル様」
 ふいに内陣の壁の前が波打ちはじめた。
 水の中からゆっくりと出てくるようにして、波打つ空間の中から異形の白い影が姿を表す。
「歪んでしまった歴史は速やかに修復されなければならぬ。それが『神』の御意思である。『神』の御意思に従わぬ者、『神』の御意思を阻害する者に粛清を。『神』のものを盗み、隠す者もまた然り。シャンテよ。おまえの手でこの痴れ者を討ち、復讐を果たすがよい。それは正義である」


「騎士団の動きを鈍らせんとする『遂行者』とその配下の者たちが、やつらに対して攻勢の意思を示した人物たちを次々に暗殺している」
 『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は急遽呼び集めたイレギュラーズたちにそう切り出した。
「賛同者の一人、エルベルク司祭を 影の天使を連れた少年が襲撃しているという情報を、『遂行者』を調査をしていた皿倉咲良(p3p009816)とイズマ・トーティス(p3p009471)が偶然キャッチした。直ちに救出に向かって欲しい」
 その前に少しだけ、と咲良は集まった仲間たちを呼び止めた。
「 影の天使を連れた少年は、たぶん『致命者』だよ。目撃者の話では、この少年、生前はエルベルク司祭が預かる教会の聖歌隊に入っていたみたい。それなのに……」
 どうしてと続く言葉は街のざわめきに掻き消された。
 イズマが後を引き継ぐ。
「少年の名前はシャンテ。聖歌隊のソリストだったらしい。影の天使もシャンテも『歌声』で複数相手に攻撃してくるものと思われる。それとは別に、武器を携えていたという証言もある。遠近どちらも攻撃できるだろう」
 それと俺からも情報を、とクルールが声を張る。
「エルベルク司祭の教会には聖遺物の一つが納められている。司祭が害されるのはもちろんのこと、聖遺物が奪われるとどういうことになるか……お前たち、解っているな?」
 イレギュラーズたちは、リンバス・シティの調査の果てに一つの新たなる領域を見つけ出していた。
 ルスト陣営が『神の国』と呼び、広げている空間だ。
 リンバス・シティとは異なりまだ『現実に定着していない領域』だが、聖遺物を核とするこの領域は、言うなればリンバス・シティの前準備の空間でもある。いずれ時がたてば第二、第三のリンバス・シティとなるだろう。
「以上だ、急いで司祭の救出に向かってくれ。頼むぜイレギュラーズ」

GMコメント

●依頼内容
・エルベルク司祭の殺害阻止、および聖遺物強奪の阻止

●状況
イレギュラーズが到着するのは、『致命者』の少年が聖堂のドアを打ち破った数分後です。
少年は身廊の中ほどにいます。
エルベルグ司祭は聖堂の奥、内陣の中央でうずくまっています。
イレギュラーズが聖堂内に踏み込むと、影の天使たちはエルベルク司祭の傍を離れて、『致命者』の少年を守ります。
内陣の壁の前には『遂行者』がいます。
『遂行者』はイレギュラーズの姿を見るや嫌悪感を露わにし、『致命者』の少年から撤退を促された直後に捨て台詞を吐いて姿をくらませます。

●フィールド
聖堂内。
出口は1カ所。なお、ドアは破壊されている。
長方形の平面が、列柱によって細長い3つの空間に区切られている。
3つの内、真ん中の空間が『身廊』。奥のエリアが内陣と呼ばれている。いわゆるバシリカ式建築。

●敵
・『致命者』シャンテ × 1
生前はエルベルク司祭の教会で、聖歌隊のソリストとして歌っていました。
外見は14歳未満。黒い巻き毛、翡翠色の目をした利発そうな少年です。
声変わりの時期を迎え、聖歌隊をやめなくてはならなくなったときに何者かによって殺害されました。
シャンテは自分を蘇らせてくれた『遂行者』を崇拝し、慕っています。
武器は銀色のナイフと歌声。
美しい歌声でイレギュラーズの力を削いだり、自身の傷を癒したりします。
また影の天使たちと声を合わせることでその威力を増幅させ、空間を振動させて人や物を破壊します。
※ 彼を倒しても『影の天使』は消えません。

・影の天使 × 複数
天使の形をした影のようなものです。
飛行能力あり。影の細剣を携えています。
イレギュラーズに対し衝撃を伴うサイレントボイスを発したり、影の細剣で切りつけたりします。
『致命者』シャンテが倒された時点で残っていると、イレギュラーズより司祭の殺害を優先し、聖遺物を奪い取ろうとします。

・『遂行者』アルヴァエル
異形の白い影。能力など詳細不明。
※リプレイ開始直後に撤退します。

●NPC
・エルベルグ司祭。63歳。色白のぽっちゃり体型。
生前のシャンテの歌声を愛し、とても可愛がっていました。
彼の声変わりを非常に残念がっていたようです。
※シスターや助祭、信徒たちはすでに逃げていません。

●その他
・聖遺物
聖人が身にまとっていた布の切れ端。
聖人の≪聖なる血≫がついているとかいないとか。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。


よろしければご参加ください。
お待ちしております。

  • <天使の梯子>怨讐のアリア完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月01日 22時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

奥州 一悟(p3p000194)
彷徨う駿馬
亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール
皿倉 咲良(p3p009816)
正義の味方
多次元世界 観測端末(p3p010858)
観測中

リプレイ


 『致命者』シャンテは『遂行者』アルヴァエルから、内陣の床にうずくまる豚のような男へ向ける。
「汝、天主の名をみだりに呼ぶなかれ、でしたっけ。エルベルク司祭さま、いつも言ってましたよねぇ。罪人のくせによくもまあ……」
 内陣まであと数歩というところで、シャンテは背後から迫りくる足音を聞いた。
「ちょっと待ったぁ!」
 『正義の味方』皿倉 咲良(p3p009816)の細くも美しい声が聖堂に凛として響く。
 力のこもった言霊がシャンテの背を強く打った。
「うぐ?!」
 シャンテがたたらを踏んで立ち止まると同時に、司祭を囲んでいた影の天使が翼を広げて飛び立つ。
 内陣の奥に立つ異形の白い影が口を開いた。
「その制服……、聖騎士団か?」
「そうだよ、アタシは聖騎士団であり運命特異点、 皿倉 咲良! 正義の味方だ」
「笑止。神の定める歴史を改竄する者が正義であるものか」
 影の天使たちがシャンテの頭上を越えて咲良に襲い掛かる。
「咲良さん!」
 身廊に駆けこんできた『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)が即座に応戦、ブーツの腫で影の天使が振り下ろした剣を横へ弾くと、軸足を変えてミヤコ流の回し蹴りを放った。
 脇腹を蹴られて吹っ飛ばされた影の天使が、近くにいた仲間を巻き添えにして信徒席に倒れ込む。
「正義正義とやかましいけど、アタシにゃ分かんないわね。丸腰のぽっちゃりお爺ちゃん一人、袋叩きにするのがアンタ達の正義なの?」
 シャンテが光の溢れる出口に向けて身体を回す。
「まるで僕たちの方が悪者みたいな言い方ですね。謝罪を要求します」 
 あほか、と独りごちたのは『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)だ。
 一刻も早く司祭の身柄を保護し聖遺物を守るため、シャンテがいる身廊をあえて避けて右の側廊を走る。
「おまえさん、自分のしていることが解っていねえのか」 
「は? 解っていないのはあなたたちです」
  シャンテが銀のナイフを義弘に向けると聖堂内を飛んでいた影の天使たちの一部が空中で旋回し、義弘の前に回り込んだ。互いに繋がり、重なりあって黒い壁を作り、側廊を塞ぐ。
「邪魔だ、どけ!」
 義弘は石材の床を割れんばかりに踏み込み、剛拳を立て続けに振るった。打ち筋はさながらヤマタノオロチごとく、とどまることを知らぬ八つの激流が影の壁を打つ。
 影の壁が崩れ去った刹那。
 フィジカルなあたたかみを失った澄明なボーイソプラノが聖堂いっぱいに響いた。

 ♪――主よ、私たちの敵を見てください。
 ♪――私たちの歌声は、彼らの防壁を崩し、彼らを打ち破ります。

 すかさず壁の後ろに回り込んでいた影の天使たちが、低音のバスで追唱する。

 ♪――敵よ、あなたの悪行があなた自身に跳ね返るでしょう。
 ♪――あなたが私たちにもたらす暴力と憎しみが、あなた自身に戻るでしょう。

 殺傷力のある歌声が、技を放った直後の義弘を襲う。
 身を守るためとっさにクロスさせてた腕が弾かれ、そのまま身体が後ろに飛ばされた。
「――チッ!」
 義弘を追いかけてきていた『観測中』多次元世界 観測端末(p3p010858)と接触してようやく止まったが、思いのほかダメージを受けたようだ。
 がくりと片膝が落ちる。


「くそ。すまん、観測端末」
「大丈夫デスヨ」
「本当か? 声色が変身前の地に戻っているぞ」
「コレは……。それより先ほどの攻撃ですが、シャンテさんが歌ったのは恐らく――」
 敵の防御力を下げ、なおかつ味方の攻撃力を高めるものではないか。ギフトで可憐な少女の姿を騙る多次元世界の観測端末が推論を口にする。
「義弘サンの攻撃がそのまま返ってきたわけでないでしょう」
「それはなかなか厄介だね」と背後から声がした。
 『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)が観測端末の頭の上すれすれを跳び越えて、再び歌おうとする影の天使たちに肉薄、アッパーユアハートを放つ。
「だったら歌わせるより剣を振らせた方がいいわけだ」
「天使たちの剣は飾りじゃないですよ。おまえたち、切り刻んでやれ!」
「おお、怖い怖い。また合唱されると面倒だ。ついておいで」
  イグナートは剣先が振れるか触れないかの間合いを取りつつ、側廊を飛び出し、出口側に向かって信徒席の背を跳び走る。
 途中、咲良と都を襲っていた影の天使たちの一部にもアッパーユアハートを食らわせた。
 あわせて数十体、シャンテから十分引き離したところで立ち止まる。
「やることは変わらないから聞いても仕方がないけれど、一応聞いておくね! キミはエルベルク司祭に何かウラミがあるのかな?」
「ええ、僕にはこのブタに復讐する理由と正当な権利があります」
 犯人をあててみせよう、と『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が鋼の細剣を片手に聖堂に入ってきた。
「シャンテさん、君を殺した人はその声が変質するくらいなら絶ってしまえ、と思ったのだろう。なぁ、司祭さん? 彼を殺したのは……貴方ではないか?」
 司祭はイズマの指摘に狼狽して擦れた声をあげ、丸めた背中を震わせた。
 観測端末はそのなさけなくも醜い姿には目をくれず、神聖なる救いの音色を奏でて仲間の傷をいやす。
「復讐ですか? ……つまりシャンテさんを殺害したのは、あそこにいる司祭で間違いないと?」
「僕はね、このブタに無理やり去勢されたんですよ。薬を飲まされて、わけわかんなくなっているうちに植木ばさみでチョンって。いっぱい血が出ました。死ぬまで止まらなかった……。このブタは止血の仕方も知らずにやったんです、おまえの為だとかいいながら」
 陽光を背にした『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)が、影になった顔で「ヒエッ」と小さく声をあげる。
「おっと、横から失礼しますよ」
 そのままイズマの横まで歩みを進め、「それはお気の毒さま。同じ男として同情いたします」とまったく同情していないような胡散臭い笑顔を浮かべた。
「くくっ、そこの生臭坊主への復讐とやらにとりつかれた身で聖歌を歌うのは、少々滑稽かと思いましてね」
 イズマの視線がシャンテを通りこし、身廊の果ての内陣にうずくまる司祭に向けられる。
「カストラート……そんな酷いことがまだ行われていただなんて。許されることではない」
「僕のために怒ってくれるなら、もう邪魔しないでくれませんかぁ? 異端である貴方たちの処分は後日行うとして、今日のところはさっさとお帰り下さい」
「悪いがそれはできない」
 観測端末がイズマの言葉を補足する。
「真偽不明である以上、いえ、真実であったとしても。当端末達は、貴方達の行いを阻みます」
「そう、ならここで死んで」
 高い天井付近を飛んでいた天使たちが歌いながら、イレギュラーズ目がけて急降下してきた。
  ウィルドがピカレスク・スマイルを顔に浮かべたまま、ずいっと一歩前へ進み出る。
「聖歌は趣味では無いんですよねぇ……」
 引きつけるだけ引きつけると、ウィルドは拳を振るって影の天使たちにアッパーユアハートを叩き込んだ。
「イズマさん、いまのうちに。戦いに巻き込まれて、文化財が壊れでもしたら大変です。壁の聖人画に興味はありませんが、すくなくとも美しいステンドグラスやクリスタル飾りの垂れ下った燭台、蓮の花の花瓶、真鍮の渦巻きで飾られた香台が失われるのは惜しい」
 文化財の保護は、貴族として当然のことである。
 鑑定の専門知識はないものの、ふだんより美術品に接する機会が多いウィルドは、入り口からざっと聖堂内を見渡しただけで価値のあるものを選び出していた。
「ああ、そうしよう。俺は結界を張ったらシャンテさんと戦うよ」
 イズマは保護結界を張って聖堂内を保護した。
 互いに背を預け合う咲良と京は、それぞれ脚と拳を振るい、急降下してきた影の天使たちを倒していく。
「アタシたちが守るのはこれからを生きる人だ! イズマくん、シャンテくんのことは任せたよ」
「イグナートさん、ウィルドさんも後を頼むね。アタシたちはとのま司祭さんを保護する!」
 2人がシャンテの脇を駆け抜けて内陣へ向かうと同時に、義弘と観測端末も居残っていた影の天使を倒して右側廊を司祭の元へ走る。
 イレギュラーズたちの動きに慌てたシャンテは、最奥にいる白い異形の影へ向けて大声をあげた。
「アルヴァエルさま、ここは僕に任せてお戻りください!」
 進言を受け入れた白い影の姿がゆらゆらと揺らぎ始める。
「おい、待て」
 『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)が 左側廊から内陣深くに駆けこんできた。
 司祭と白い影の間に立ち、誇らしげに張った胸を親指で突く。
「そう慌てて行くなって、いまオレの歌を聞かせてやるぜ!」
「ほう? 貴様、名は?」
「オレの名は奥州一悟。死んだ子供たちをオモチャにするお前は許さねえぜ、このヒトデナシ! ……てかお前、そもそも人か?」


「口の利き方に気をつけろ! どこの馬の骨かしらないけど、アルヴァエルさまの御前で歌おうなんて生意気だぞ!」
「よい、構わぬ」
「アルヴァエルさま!?」
「我らに構わず、成すべきことを成せ」
 シャンテは下唇を噛むと、首を前に向けた。
 銀のナイフを振るい、影の天使たちに攻撃指示をだしてイレギュラーズたちを牽制する。
「それでよい」
 白い異形の影は一悟に視線を落とすと、厳かに名乗りを上げた。
「我は『遂行者』アルヴァエル。神に代わり、神の意を成すものなり。一悟とやら、歌ってみよ。つまらぬと感じたら即時殺す」
「おう、オレの歌とパフォーマンスで魅せてやるぜ」
 内陣に駆けつけた4人の仲間たちが、肉体の壁を作って司祭を取り囲む。
 聖堂の入口付近ではイグナートとウィルドが影の天使を相手どっている。イズマは単身で身廊を走り、シャンテに迫っていた。
 一悟はすっと息を吸い込んだ。
 一拍置いて、青空に輝く明るい陽光のような声が一悟の口から迸った。内陣の高い丸天井に反射した歌声が、聖堂全体にあまねく広がってゆく。

 ♪――愛と勇気の輝き、未来への希望。
 ♪――ともに手を取り、夢を掴もう。誰にも止められない、自由な翼で。

 一悟は歌い踊りながら『遂行者』に近づき、攻撃の間合いに入るや、右の拳の上で小さな炎を爆ぜさせながら腕を振り抜いた。
 『遂行者』が纏う白い陶器のようなアーマーの上で、炎の花が艶やかに開く。
「がっ……は!?」
 次の瞬間、一悟は聖堂の入口の上まで吹っ飛んでいた。
 一瞬のことだった。
 壁に当たった一悟は頭から落下し、あわや床に頭を打ちつける寸前でイグナートに抱き留められる。
「わずかな情報と引き換えに、随分と無茶なことをするね。大丈夫かい?」
 ウィルドは凍る魔法陣で影の天使を切り裂きながら、「ナイスキャッチ、イグナートさん」と言った。
「それにしてもイズマさんに結界を張ってもらっていてよかった。壁が砕けるところでした」
「え、壁? オレの心配はしてくんねぇの?」
「観測端末さんに感謝するんですねぇ。壁に激突する直前に、観測端末さんから大天使の祝福を受けていなければどうなっていたことか」
 イズマがシャンテを牽制しながら一悟を叱る。
「まったくだ! もう無茶なことはやめてくれ」
 コントのようなやり取りを遠目に、『遂行者』はゆっくりと長い脚を降ろした。
 義弘は重心を低く落とし、ファイティングポーズをとった。
 左右に咲良と手刀を構えた京が展開する。
「おまえさん、一悟の歌を聞いてやるんじゃなかったのか?」
 咲良が左側から言い募る。
「つまらなかったから蹴ったのだとしても、一悟くんは死んじゃいないぞ」
「そーだそーだ、殺せてないじゃない 。この嘘つき!」
 京が右側からヤジった。
「つまらぬとは言っておらぬ。そこそこ楽しんだのでな、褒美として戯れにつきあってやったまで。感謝せよ」
「そうかい。なら俺とも遊んでくれや」
 義弘が雷を纏った拳を振り上げる。
「断る」
 いきなり世界がかたむいた。影の天使の大群が内陣にこぼれ落ち、司祭と4人のイレギュラーズたちに降りかかってくる。
 まるで漆黒の洪水のようだ。『遂行者』の姿がみるみるうちに飲み込まれていく。

 ――シャンテよ、必ずその手で罪人を裁くのだぞ。

「クソッ」
「ちょっと、逃げる気! 待ちなさいよ」
「義弘さん、京ちゃん、無駄だよ。それより急いで影の天使を倒すんだ」
 『遂行者』に命じられているのだろうか。新たに湧き出てきた影の天使たちも、イレギュラーズを攻撃するが司祭には一切手を出さない。あくまでシャンテに司祭を討たせるつもりか。それならそれで好都合だが。
「回復と指示は当端末にお任せください」
 観測端末が戦術的言霊を発した直後、『遂行者』アルヴァエルは去った。


「イグナートさん、ウィルドさん、それに一悟くん! 僕がシャンテさんを引きつける。その間に影の天使たちを殲滅してくれ」
「ハッ、やれるものならやってみせてよ」
 シャンテが背筋を伸ばし、呼吸を深くした。
 影の天使の翼がはばたく音が、滑るように空を切る音が、空気を抱いて止まる音が、そこへ攻撃で起こる様々な音が、立体的に絡み合って緊迫感のある曲になりシャンテの歌に添えられる。

 ♪――主よ、あなたは私たちの盾であり、私たちの救い主です。
 ♪――敵を破り、勝利を手に入れるために、私たちはあなたの力に頼ります。

 それまで優勢に見えていたイレギュラーズたちが、影の天使たちの猛攻に押されだした。シャンテの歌によって防御力が底上げされたのだ。
 イズマは攻撃の手を緩めると、肩を落とした。

 ――残念だ。

 シャンテが訝し気に、細めた目でイズマを睨む。
「シャンテさん……良い歌だね。流石、ソリストだ。だが貴方は歌に悪意を乗せた。俺はそれが残念でならないし……見過ごせない」
「悪意だって?」
 イズマはシャンテの低い呟きを無視して、鋼の細剣――メロディア・コンダクターを構えた。
「この空間の響きは俺達が頂くよ」
 メロディア・コンダクターの動きに合わせて、パッション・ブラスが歓喜の響きを繰り返す。そこへイズマの豊かで透明感のある完璧な歌声が乗る。
 その美しい調べは聖堂の中に響き渡って、シャンテと影の天使たちを包み込んだ。
 歌声と管楽器の音色が織り上げるハーモニーのすべてが、言葉で言い表せないほどすばらしい。シャンテと影の天使たちの歌とぶつかり合うことで不協和音になり、粗雑感が生まれて耳に心地よくないはずなのに、感情に訴えかける美しい曲になっている。
 影の天使たちの動きがとまった。
 それは音楽や演奏に魅せられる者の常で、一瞬の出来事であり、理屈で解釈できるものではなかった。
「どうして攻撃をやめたんだ!?」
「単純明快さ」
 イグナートが 冬の大気より透明で春風より柔らかな声をあげる。
「いい音楽は人も魔物も魅了するってことだよ!」
 咲良も蒼天に映える桜のように凛とした声をあげた。
「歌おう! さあ、みんなで声をあわせて!」
 目の前にいる影の天使を高々と蹴り上げる。
 時を止めていた影の天使たちが一斉に動きだした。
 イグナートはしゃがんで影の天使が振るう剣をかわした。そのまま身体をくるりとまわして、咲良に背を向ける。
「サクラ、おいで!」
 咲良は迷うことなくイグナートに駆け寄ると、その背を踏み台にして高く跳んだ。突き上げた拳で空を飛ぶ敵を次々に打ちおとしていく。
 絶命に至らなかったものたちはイグナートの拳によって残らず砕かれた。
 観測端末も天使の歌声をのびのびと響かせる。
「こんな時に非常識ではありますが……ミュージカルみたいで楽しいですね」
「うん、楽しいね。アタシも思ったよ!」
 歌にあわせて京がミヤコ流武踏で舞う。
「守りに入るのは性に合わないの、アタシ。だから次々、狩らせてもらうわね。ほら、ウィルドさんも義弘さんも歌って!」
「あー、俺たちは……」
「こちらで聞かせましょう。演奏パートということでご勘弁を」
 義弘は雷鳴轟かせる拳で、ウィルドは殺傷力のある魔法陣を手のひらの上で高速回転させて、影の天使破壊の音を紡ぐ。
 一悟も歌いながら拳を当てて影の天使を爆破した。
 粉々になった影の天使たちが黒い雨のごとく聖堂の床に舞い落ちる。
 たった一人残ったシャンテに、観測端末が慈悲をかける。
「シャンテさん。何か犯行の証拠になるものに心当たりがあれば、消え去る前に教えて頂けますか。叱るべき場所に届ける位は請け負いますよ?」
 シャンテは静かに首を横に振った。
 祈りを込めてイズマがメロディア・コンダクターを振り下ろす。
「歌う喜びを奪うのも、こんな復讐も、二度と繰り返すなよ。……音楽は楽しんでほしいから」
 絶命の響きがシャンテの身体を切り裂いた。


「やれやれ、可能性に満ちた子どもの人生が閉ざされ、ああなってしまうとは……罪深い者もいるものですねぇ」
「お前さんの言い分も聞いてやる。殺された、と聞いたが……、一体何があったんだ?」
「わ、わたしは……」
 ウィルドと義弘が両側から腕をとって、城に避難させるという名目で司祭を連行していく。
 咲良は回収した聖遺物を見つめた。
「あの遂行者を名乗ってた人……致命者としてシャンテくんを復活させたみたいだけど、そんなことどうやって……」

成否

成功

MVP

奥州 一悟(p3p000194)
彷徨う駿馬

状態異常

奥州 一悟(p3p000194)[重傷]
彷徨う駿馬

あとがき

 シャンテの証言以外に司祭の悪行を裏付けるものは何もありませんが、きちんと裁かれて罪を問われることでしょう。
 聖遺物も無事に回収され、こちらも聖騎士団に引き渡されています。
 謎は残ったままですが、物語が進めば解明されるかも?

 MVPは無茶をやってあやうくアルヴァエルに蹴り殺されるところだった彼に。
 アルヴァエルは意外と武闘派だったようですが……。
 他の攻撃手段もいずれ明らかになるでしょう。

 ご参加ありがとうございました。

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