シナリオ詳細
<被象の正義>白い檻と悲しき傀儡
オープニング
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蜘蛛の巣のように美しい模様を描いて白い街を縦横に走る水路は凍りついており、白く淡い太陽の光をうけてきらめいている。
建物のほとんどが白い正方形に変えられていた。
角が少し取れて丸みを帯びた白くて四角い建物には、窓もドアもない。
逃げ遅れ、その中に閉じ込められてしまった住民は『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』と化し、意味不明な呟きを一定のリズムで発している。それは祈りであり、懺悔でもある。
白に征服された空間はもはやまぶしさを通り越し、その色は目に突き刺さるほどの凶暴さだ。
他に色といえば、『影の天使』たちと『ワールドイーター』の黒い影、それに追われて逃げる住民とその住民が落とす血の赤のみ。
それとは別に、街で唯一となった時計塔の物見やぐらの上に――。
「混乱の最中でさえ、人は争いや欲望と無縁ではいられないものらしいな。それとも、その醜さこそが人間の本質なのか。お前はどう思う?」
異形の白い影にそう問われて、幼い『致命者』は濁った青い目で隣を仰いだ。
しばらくの間、瞬きもせず、下から異形の白い影を見つめていたが、やがて飽きたのか目を眼下の惨劇に黙ったまま戻した。
「答えぬか……所詮、傀儡よの」
包囲されて逃げ道が無くなった時、人間は必死で戦おうとする。生か死かの二択という状況で、戦うしか逃げ道がないのであれば必死にもなるだろう。
ところが一度逃げ道が開くと、今度は助かりたいという思いで頭がいっぱいになるのが人間だ。
『異言都市(リンバス・シティ)』の外へ逃れられる唯一の脱出口、ブリッジが降ろされている跳ね橋のたもとで、まだ自我を保っている住民たちが我先に逃げ出そうと争っていた。
というのも、ブリッジが少しずつ上がってきているからだ。
「どけ! 急がないと渡れなくなる」
「この子を、この子を先に行かせてあげ――きゃあ!」
「ママ、ママぁ!」
後のものは前のものを引戻し、横から来るのは突きのけて押し倒す。襟や髪を引っぱるもの、足もとをさらおうとするもの、相手が子供でも容赦はしない。
前のものは必死で、少しでも早く逃れるためにいまの場所を放すまいとする。
異形の白い影は微かに口角をねじり上げた。
「試練を乗り越えて橋を飛び越えたものはよし、神の思し召しであれば見逃そう。あるいは神の目に適わなかったものである。その他、我らに従わず悔い改めないものは排除せよ。よいな」
異形の白い影は音もなく、幼い『致命者』の横から消えた。
やや遅れて、幼い『致命者』は金色の巻き毛を揺らし、しぶしぶこくりと頷いた。『影の天使』たちの手によって地上に降り立つと、巨大な黒蜘蛛のような姿をした『ワールドイーター』と無数の『影の天使』を従えて跳ね橋へ向かう。
●
住民たちの背後に腹をすかせた『ワールドイーター』が迫っている。もう目と鼻の先だ。
跳ね橋のブリッジは35度角に持ちあがり、すでに1メートル強の隙間ができている。
「助けて、蜘蛛が、蜘蛛が来る!」
「おい、早く飛べ!」
「押すな、押すなって、うわぁぁ」
下は凍った運河なのだが、逆氷柱のような棘が無数に生えていた。落ちたものがモズの早贄のごとく胴を串刺しにされて、赤い筋を流している。
そこへ新たにまた一人。断末魔の叫び声は人々の怒声に遮られた。
巨大な黒蜘蛛のような姿をした『ワールドイーター』は、踏みつけられ傷ついてうめいている人を見つけるたびに6本の脚を止め、食べてはまた6本の脚を蠢かせて進む。
『影の天使』たちは住民たちから選択肢を奪うべくその他の道を塞いで回った。あるいは白くて四角い建物に出入口を作り、そこへ入るように人々に強いる。
幼い『致命者』が紫色の唇を開く。
「タ、スケ……テ……」
漏れ出た言葉とは真逆に、その腕は『ワールドイーター』に住民の虐殺を命じていた。
- <被象の正義>白い檻と悲しき傀儡完了
- GM名そうすけ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年03月22日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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跳ね橋から少し離れた場所で、金髪の少女が影の天使に囲まれてヴァイオリンを奏でていた。
ヴァイオリンの憂いを帯びた悲痛な音色が、ぴんと張り詰めた『正義の味方』皿倉 咲良(p3p009816)の神経と共鳴する。
「小さい子にこれは惨いよ……」
咲良はすぐ理解した。
あの少女自身は望んでいない。何者かに強要されて、あるいは操られてやっているのだ、と。
横を走る『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)も咲良と気持ちは同じだ。
少女が『致命者』と呼ばれる死者だということは、依頼を受けた時点で聞かされている。
あの騒動で命を奪われ、尊厳までも踏みにじられ、そして意に沿わず自らの世界を染める尖兵にまでされてしまった哀れな少女……。
「どこのどいつか知らんが、許してはおけないな」
「うん。ぜったい許さない。あの子は……倒さなきゃいけないなら、せめて、ちゃんと眠らせてあげたいね」
イレギュラーズたちが懸命に駆ける岸の反対側では、何もかもがいつわりの白に塗り変えられた街並みに、不吉を煮詰めたような黒い大蜘蛛と影の天使たちが蠢いている。
大蜘蛛が複数ある黒い脚を動かし、すでに捕えていた人を口に入れた。
鼓膜をつんざくような悲鳴、直後に薄い袋が潰れて水が吹き出したような音、続いてゴリ、ゴリッと骨が砕かれる破壊音が聞こえてくる。
『『蒼熾の魔導書』後継者』リドニア・アルフェーネ(p3p010574)は不快感も露わに美しい眉を歪ませた。
「困りましたわねえ。私、足の多い生き物はなんか苦手ですのよ。なのでアレは焼却処分させて頂きますわ」
『慟哭中和』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)が固い顔で応じる。
「お手伝いしますよリドニア様。燃やしつくして灰すら残さないようにしましょう」
ジョシュアは戸惑いがちに息を吐く。
「どこもかしこも白い建物ばかりで異様ですね」
「たしかに。あちらの風景は見る者を不快にさせる悪趣味な芸術品のようですわね」
「穢れたものは塗り替えるとでも言いたいのでしょうか。そこに響く人々の悲鳴、操られている少女もまた辛そうでなりません」
ジョシュアは超視力を駆使して凍った運河の向こうを確認する。
一刻も早くこの異常な世界を解消しなければ。
『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)が息とともに苦々しい思いを吐き出す。
「流石に、これは、悪趣味と言わざるを得んな」
対岸の悲劇を眺めてその表情は険しい。まるで岩に刻み込まれた顔であるかのように、感情が抜け落ちてしまっている。
交互に力強く振られる拳は、白くなるほど握り込まれていた。
一嘉は己に誓う。
ともかくこれ以上、犠牲者は出させない。一人でも多く助ける、と。
跳ね橋に近づくにつれて、まるでモズの贄のごとく巨大な氷柱にくじ刺しになった人々の姿と橋板の下に溜まる赤い血が見えてきた。
心をかき乱す生々しい虐殺の光景。
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は声に怒りを滲ませて吼える。
「これ以上、人々をあんな死に方させてたまるか!」
イズマの正義を嘲るようにヴァイオリンの音が響き渡る。
イレギュラーズたちに気づいた『致命者』が意図してか意図せずにか、弓を跳ねさせてしまったのだろう。
同じ演奏家として、音楽を愛する者として、イズマは早く呪われた弓を降ろさせなければ、と思う。
橋が両開きタイプであることは遠目からも見えていたのだが、イレギュラーズたちがいる岸側に橋を上げ下げする装置は見当たらない。
向う側は橋のたもとに小さな箱のような建物があり、四角く開けられた窓から影の天使が2体見えた。恐らく操作レバーはあの中だ。
『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)が苛立ちも露わに足踏みする。
「なんでこっち側にはねぇんだよ!」
「ほんと。腹が立つわね」と咲良。
エーレンが言う。
「やつらが改竄した世界だ。やつらの都合がいいように作られているんだろう」
議論している場合じゃない、と一嘉が会話を遮った。
「橋に殺到している人々を助けるぞ!」
「俺に任せろ」
後光を背負う高橋 龍(p3p010970)が、斜めに上がる橋を駆けあがっていく。
一悟は地を蹴って空へ飛びあがった。
「オレ、一足先に詰め所にいってレバーを降ろしてくる!」
オズマは長いタクトのような鋼の細剣を抜いた。
「俺は橋の鎖を切ろう」
「先に橋にいる連中を下がらせたほうがいい……。そのためにも両脇の道を塞ぐ天使を、排除か移動させんとな」
一嘉も黒い大剣を握る。
その横をリドニアとジョシュアが駆け抜けていく。
●
橋板の縁に立ち上がろうとしていた人々は驚いた。
龍が発する後光に目を細めたのもつかのまのこと、「助けてくれ」やら「そこをどけ」やら口々に叫び出す。
「テメェら! 落ち着け! 化け物共に恐怖するのはわかるがもう心配はいらねぇ! 今この場にはローレットのイレギュラーズが! 俺達が来た! 化け物ぶちのめして必ずテメェらを守り抜いて生き残らせてやる! だからまずは落ち着いて橋のたもとまで下がってくれ!」
必死に逃げ出そうとしている人々に、ただ命じても聞き入れてもらえなかっただろう。
ありがたそうな後光に加えて、龍のタフネゴシエイトとしての実力がモノをいった。
「先輩方、敵は任したぜ? 住民達の事は任せろや!」
龍は未練がましく縁にへばりついている男のことはとりあえず無視して、「ヒャッハー!」と叫びながら反対側へ跳んだ。
メカニックなドラゴンの翼に風をうけてふんわり空に浮かんだのち、滑空して橋のたもとに降り立つ。
「下がれ、下がれって。よーし、ケガ人は俺の所へ。戦乙女ならぬドラゴンの呼び声で、ばっちり傷を治してやる」
続いてリドニアとジョシュア、一嘉が橋から橋へ跳び移る。
途中で橋板に落ちてそのまま滑り下りつつ、ジョシュアは超視力で人々の間をするりと抜けてやってくる黒い天使たちの姿を捕えた。
「一嘉様!」
「なんだ」
「右から影の天使が! 左からも」
「解ってる。2人は蜘蛛のバケモノを退治しに行け」
「それではお言葉に甘えて。ジョシュア様、参りますわよ」
リドニアとジョシュアは逃げてくる人々をかき分けて、まっすぐ大蜘蛛の元へ向かう。
「さて、ディスペアーよ。今回も、絶望の大剣の力。人々の希望を斬り開く為、使わせて貰うぞ」
黒い大剣の切先をまずは右から来る影の天使たちへ向けて、堂々名乗りをあげた。
「黒鋼の猛士、陰房・一嘉だ。1体、2体は面倒だ、束になってかかってこい!」
ヴァイオリンが奏でる曲がテンポをあげると、目に見えて影の天使たちの動きが早まった。
どうやら全てが全て、一嘉の挑発に乗ったわけではないようだ。
一部は『致命者』の元に留まり、別の一部は身近にいる人々を四角くて白い建物へ引っ張っていく。
咲良とエーレンが滑り下りてきて、まだ橋に未練を残し、さりとて大蜘蛛や影の天使には捕まりたくない様子の人々に訴えた。
「イレギュラーズが皆を護り避難路を開く、皆どうか落ち着いて行動してくれ!! ――咲良、しっかり捕まっていろ。最速であの子のところに向かう」
「お願い!」
エーレンは 咲良を腕に抱きかかえると、軍馬のごとく『致命者』の向かって猛進した。
戸惑い立ち止まった親子の頭の上を、軽くひねりを入れながら軽々と跳び越す。
立ちはだかる影の天使たちは左右に跳んでフェイントを入れ、隙ができたところで全力ですり抜けた。ヴァイオリン演奏を続ける少女の前で咲良を降ろす。
「アタシは皿倉咲良」
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。――すまん、助けてやれない」
一悟は詰め所の上で、中に入るタイミングを測っていた。
形もなく言葉もないヴァイオリンの響きでなにか強いメッセージが発せられたのか、一嘉の挑発にも乗らなかった影の天使たちが詰め所から出てきた。
(「え、なんで? あ、イズマか」)
ワイバーンの『リオン』に騎乗したイズマが、橋を持ち上げている鎖に片手を置き、もう片方の手に握る鋼の細剣で鎖を断ち切るような動きを見せていた。
「橋から下がれ、掴まれ! 揺れるぞ!」
橋はすでに50度角を越えて大きく開いている。左右の鎖をほぼ同時に切って橋を落とすことは容易い。だが切れば今も橋にしがみついている人が落下の衝撃でケガをするだろう。落ちた橋が大破して、破片を飛ばすことも十分考えられる。
(「なにより、ご遺体を不必要に傷つけたくない。切り落とせないなら、せめて詰め所の中にいるヤツらを引きずりだす。あとは頼むぞ、一悟」)
集まってきた影の天使たちに向かって吼える。
「住民に手を出すなら俺が相手だ。かかってこい!」
イズマの挑発に乗せられて集まってきた影の天使たちが、橋のたもとで次々と肩車を始めた。高く伸ばして空を跳ぶイズマを捕え、鎖を切られてしまう前に引きずり降ろそうという魂胆だろう。
ディスペアーを振う一嘉の名を呼ぼうとして、イズマは呻き声を聞いた。
顔を下に向ける。
縁にしがみついていた男の手の指が、1本、また1本と開いていく。
「いかん!」
イズマは『リオン』の脇腹に踵を入れる。
落ちる男を助けた直後、橋板がゆっくり倒れだした。
一悟がレバーを操作しているのだ。
「よっしーゃあ! この調子で橋を降ろすぜ。あ、いけね。みんなにも伝えなきゃ。見ればわかると思うけど、一応」
一悟はレバーに手をかけたまま、四角く開いた窓から仲間たちにハイテレパスで――。
暴力的な圧を持つ歌声が一悟の背中を抉った。
梯子になろうとしていた影の天使の1体が、一悟の動きに気づいて戻ってきたらしい。
歯を食いしばり、レバーをゆっくりと上まで引き上げた。
「おい、ぺらぺらの偽天使! わりぃけど橋は降ろしたぜ」
振り向きざま、被さるように襲い掛かってきた影の天使の腹に怒りの拳を叩き込む。インパクトの瞬間に、拳から圧縮された闘気を爆発させた。
正面からまともに凶器の歌声を吐きかけられてしまったが、かまわずに続けてもう一発、爆彩花を放つ。
「黒焦げになりやがれ! ――ってもともと黒かったか」
花が開くように一悟の拳から閃光が迸り、熱に炙られた影の天使が縮れながらちりぢりになっていく。
火の粉混じりの黒い爆風が詰め所から勢いよく吹き出した。
よろめきつつ詰め所から出てきた一悟の目の前に『リオン』に跨ったイズマが降りてきて、助けた男を降ろし、橋を渡って逃げるようにと指示を出す。
龍が男性を保護したのを見届けて、イズマは一悟へ顔を戻した。
「大丈夫……じゃなさそうだな。後は任せて一悟もさがってくれ」
「あ、オレ、そんなにひでぇ? でもまだ戦えるぜ。て、さすがにこの傷じゃあ最前列で戦えねえから、遠距離からの後方支援に徹するよ。空から状況を逐一確認してみんなに知らせる」
龍が2人を呼ぶ。
「どっちかこっちに来てくれ!」
「オレが行く! ……とりま逃げる怪我人をサポートすっか。オズマはあの子のところへ。大丈夫だって、傷ならあとで龍に治してもらうよ」
●
白くて四角い建物に人々を強制連行していた影の天使たちが、橋を渡りだした人々を追ってこちらへやってくる。
一嘉は幾重もの斬撃を繰り、動きに緩急をつけて影の天使たちを撹乱した。スキルを乗せた攻撃にただの斬撃を混ぜ、『致命者』を救う前に倒しつくさないようにする。
(「くそ。ただ切って倒すだけなら楽なんだがな」)
影の天使たちが3体肩を寄せ合って、サイレントヴォイスを放ってきた。
「おっと!」
どうしても敵の攻撃を避けきれないと判断したときのみ、今のように空へ飛んで逃げているが、全てをかわし切れていたわけでない。
いつまで耐えていられるか……。
「待たせたな、一嘉! みんなを逃がした。こっからは俺も戦うぜ」
「龍か。ありがたい」
龍は駆けつけるなり一嘉の傷を癒した。決死の盾を構えて前にでる。
「ハッ! 出来損ないの天使モドキがこのドラゴン様を殺せるもんなら殺してみやがれ!」
影の天使たちは2人を半円状に囲むと、サイレンヴォイスを放った。
リドニアとジョシュアは全力で戦っているが、大蜘蛛は止まらない。それどころか、リドニアとジョシュアを無視してエサとなる怪我人を探している。
「私が言ったことを少しも理解していないのですね。これだから足が多い生き物は……」
聞く耳もたないというよりは、脳がないのだろう。これも『遂行者』とやらの繰り人形なのかもしれない。
紅焔に苛まれ、スペクルム・ナルケーの毒で多少動きは鈍っているが、鎌状になった鋏角をガチガチと噛みあわせ、ただひたすらエサを探しているのだった。
リドニアは蒼穹の魔導書を再び開いた。
こちらもそれなりに攻撃を受け、ダメージがたまっている。ここらで決着をつけねば。
ジョシュアは嫌悪感を露わらに言い捨てる。
「そのうち建物を壊して、中にいる人たちまで食べてしまいかねませんね」
一悟がハイテレパスで人々の避難完了を伝えてきたのは、つい今しがたの事だ。
龍は一嘉の、イズマは咲良とエーレンのフォローに向かったと聞いた。
「それでは終わりにしましょうか。蒼は廻りて、澄み渡る――これが、私の蒼! そして、アルフェーネの正義は変わりなく。このクソッタレテクスチャーバグ野郎に叩き込んでくれましてよ!」
リドニアが蒼い闘気をまとう。
凄まじい闘気を発散しながらも、その仕草は威厳に満ちていて凪いだ風を思わせる。
大蜘蛛は即座に反応し、前脚を振り上げた。
脳のない繰り人形でも恐怖は感じるらしい。
「リドニア様、僕がフォローします!」
リボルバーの重い銃声が路地を駆け抜けた。
振り下ろされる蜘蛛の前脚を、魔力の銃弾で弾く。
「いまです!」
次の瞬間、リドニアは姿を完全に消した。左足の爪先を起点として力を爆発させると、自身の身体を透明な砲弾として猛進する。大蜘蛛の腹の下に走り込み、致命の一撃を突き上げた。
――リドニアとジョシュアが大蜘蛛をやったぜ。一嘉と龍は影の天使を3体引きつけてる。
咲良とエーレン、イズマの頭の中に一悟の声が響く。
「これであの子に届くね」
「ああ、だがその前に邪魔者を排除しよう」
これまでは影の天使たちが邪魔で、『致命者』を攻撃できなかったのだ。
シャッ、と刀身が鞘走る音がして、エーレンの低く落とした腰元から閃光が走った。稲妻のような居合の抜きの一刀が、逆袈裟に右に立つ影の天使を襲う。
迅い!
影の天使は攻撃を避けるどころか身動き一つできず、その場に切り捨てられた。
ほぼ同時に左に立つ影の天使の胸が大きく膨らみ、サイレントボイスが放たれた。『致命者』が奏でるヴァイオリンの音色によって威力が増幅された無声音が空気を歪ませ、白い石畳を削りながら飛んでくる。
「咲良、手を!」
エーレンは彼女の手を捕まえて空へ放り投げた。直後、素早い身のこなしでサイレントヴォイスをかわす。
咲良は身体をひねって宙返りした。
「馬鹿の一つ覚えもこれまでだよ、もう手加減しないから!」
機械式の外殻を纏った拳を敵の頭に打ちおとし、瞬時に殴り、潰す。そして、息の根を止めた。
『致命者』の前に残るのは1体。
ヴァイオリンの音色が狂気を深め、テンポがあがっていく。
イズマは『リオン』から飛び降りた。残像で少女を守る影の天使を囲む。
剣舞のような体別きで刃を仕込んだマントを広げて攻撃し、返り血すらも浴びず、口を開いた影の天使を切り刻んだ。
「悪くない演奏だが、奏者に心が無くて残念な音色だな」
少女は青白い頬をヴァイオリンに乗せたまま、弓を弾き続ける。
ホ短調のメロディはさりげない装いながら、その奥底に深い悲しみをたたえたレチタティーボでイレギュラーズたちの心と体をキリキリと縛り上げた。
恐ろしい音楽だ、とイズマは思う。
「悪いが俺のビートで奪い取るぞ」
オズマが『リオン』に運ばせたカラフルに光るスピーカーから、ヴァイオリンの音色を掻き消す音が流れ出る。
エーレンは自由を取り戻すと直ちにサザンクロスを構えた。
「許せとは言わん……だが君をこんな風にした奴等を絶対にこのままにはしておかない。せめて安らかに眠ってくれ」
狙うは咲良が見つけた弱点――。
一閃。胸のすくような一瞬の凄まじい一太刀が、ヴァイオリンごと『致命者』を両断した。
ことり、と音をたててヴァイオリンの弓が石畳の上に落ちた。
咲良は膝を揃えてしゃがみ込み、弓に手をあわせる。
「生まれ変わったら、笑って生きていけますように」
●
他の仲間たちが咲良とエーレンの元に駆けつけてきた。
リドニアは煙草を深く吸い込んだ。空に向けて煙を細く吹き出す。
「『死者蘇生』は一番の冒涜ですわよ。なれば、あってはならないものだったのですわ」
「少女には今度こそ安らかに眠ってもらいたいものですね……」
謎の敵への怒りを胸に、ジョシュアとともに白くて四角い建物が消えた後に残された人々を助けに向かう。
オズマも2人を追った。
「別の形、別の場所で演奏を聞いてみたかったぜ」、と一悟。
龍も首を垂れる。
「助けること出来なくてすまねぇ」
一嘉はすん、と鼻をすすりあげた龍の肩に腕を回した。
「行くぞ。人々がオレたちの助けを求めている」
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
みなさんの活躍で『異言都市(リンバス・シティ)』は切除され、街は元の姿を取り戻し、多くの人々が助かりました。
リプレイでは触れていませんが、イレギュラーズたちは人々と力を合わせて犠牲者を弔っています。
『致命者』の少女の魂も無事に解放されました。彼女もきっとイレギュラーズに感謝しているでしょう。
MVPは影の天使たちを最後まで引きつけ続けた方に。
死んだ少女の魂と肉体を弄び『致命者』にした『遂行者』はいずれみなさんの前に姿を現します。
その時、またお会いいたしましょう。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●依頼達成条件
・ワールドイーターを倒す
ワールドイーターを倒せば建物も消え、住民も元に戻ります。
・影の天使をすべて倒す
致命者を倒すと『影の天使』は一斉に消えます。
逆に、先に『影の天使』たちをすべて倒し切ると、致命者は姿をくらませます。
※ 住民の保護は依頼達成条件には含まれていません。
跳ね橋を降ろして住民を『異言都市(リンバス・シティ)』の外へ逃がすかは自由です。
●フィールド
凍てつく白い街。
建物は時計塔を除いて、すべて白くて四角い。
街には凍った運河が張り巡らされており、1か所だけ外界に通じる跳ね橋が降ろされている。
●状況
跳ね橋のブリッジが徐々にあげられている。
跳ね橋は『異言都市(リンバス・シティ)』側の岸にある詰所のレバーを操作すれば簡単に降ろせる。
だが、詰所には影の天使が2体いる。
隙間の下は凍った運河で、巨大なトゲのような氷柱が生えている。
遂げに貫かれた者は残念だが助からない。
跳ね橋に押しかけている住民は20人。
ケガ人が数名出ている模様。
みんな必死になって橋を跳び越えようとしている。
橋の左右の道を影の天使たちが塞いでおり、背後にゆっくりとワールドイーターと致命者が迫ってきている。
住民の一部は影の天使に腕を捕まれて、白くて四角い建物の中に連れ込まれようとしている。
白くて四角い建物の中に入れられると、一定時間を経たのちに『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』となってしまう。
ワールドイーターに噛まれて、食われた者は残念だが助からない。
●敵
・致命者×1
<冥刻のイクリプス>で被害を受け、天義国で亡くなった金髪碧眼の少女。
外見は10歳未満。肌の血色が悪く、唇も紫色になっています。
どうやら何者かに無理やり住民の管理、虐殺を命じられているようです。
『ワールドイーター』と『影の天使』たちを従えています。
直接的な攻撃手段は持ち合わせていませんが、バイオリンを弾いて敵意を削いだりします。
彼女を倒すと、『影の天使』は一斉に消えます。
逆に、先に『影の天使』たちをすべて倒し切ると、彼女は姿をくらませます。
・「影の天使」×複数
天使の形をした影のようなものです。
イレギュラーズに対し、衝撃を伴うサイレントボイスで積極的に攻撃してきます。
・ワールドイーター×1
巨大な蜘蛛の姿をした影。
6脚で移動します。
脚の先は硬質のセラミックで覆われており、尖っています。
上あごは鎌状になった鋏角(きょうかく)で、先端は鋭く毒を持っています。
なお、このワールドイーターは蜘蛛の姿をしていますが、『糸』は出しません。
・『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』×不明
住民が狂気に陥り、『異言(ゼノグロシア)』を話すようになってしまった状態です。
白くて四角い建物の中に隔離されています。
生かしたまま倒すことで正気に戻すこともできますが、イレギュラーズを見れば襲い掛かってきます。
イレギュラーズが建物を壊して無理やり出さない限り、無視して構いません。
ワールドイーターを倒せば建物も消え、住民も元に戻ります。
・『遂行者』
謎の異形の白い影。名前も能力も全て不明。
OP時点で撤退しています。
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