PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<昏き紅血晶>マールーの瞼

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 天蓋の旭日を解かしたような、色彩をしている。
 その美しさは、目を瞠るほどのものだった。喉から手が出るほどに欲する者も多い。
 どうしようもない程に其れに心惹かれるのだ。なんと美しいか――焦れ、求めた結果に待ち受ける破滅はさぞ良きものだろう。

 商人達の間で伝播する『紅血晶』の噂話。
 魔石とも称された其れは不吉を告げるという。動乱の火が燻る戦乱の世に更なる火種が投げ込まれたのだ。
 奇妙なアイテムが出回り、人の良くを煽るのはラサというお国柄。
 その石を手にした者は化け物になり果てる。そう聞きながらも、どうしようもなく欲したのだ。
 美しい、あの柘榴の色。
 紅玉のように澄んで居るかと思いきや、時折、憂いた乙女のように暗い表情を見せる。
 そんな所が妙に心を擽るのだ。
 其れを加工し、ペンダントにしたならば『彼女』はどれ程に美しくなるであろうか。
 ああ――何れだけ呪われていたって構いやしない。愛しき『彼女』が一番の輝きを手に入れられるならば。
「呪われているんでしょう?」
「誰がそんな噂を。唯、化け物に変わるかも知れないなんて噂だよ、カルメリタ」
 男は女の艶やかな黒髪を撫でた。香油で艶やかに指通りが良くなった髪。
 ラサでは踊り子として生計を立てて居た美しい娘。衣服も、身に纏う全ても好みのモノを手渡した。
 そのたびに朗らかに笑うのだ。美しい、私のカルメリタ。
「ねえ、カルメリタ、もしも君が化け物に転じるならば私だって後を追おう。
 君が死ぬ間際まで――その瞼の裏の裏にまで焼き付けておくれよ。私と、君の愛の証として」


 あなたの為に踊っていたかった。
 ナルシソ。名前を呼べば、彼は何よりも嬉しそうに笑うのだ。幼い子供の様な、屈託のない笑みで。
 彼は『生きてさえ居てくれれば良い』と言った。
 売れない踊り子。生きることも儘ならない私に日々の稼ぎの代わりにプレゼントをくれた。
 ネックレスも、ブレスレットも、其れ等の品は売り払えば日々を立派に営める。ナルシソは『売られる前提』で贈り物をくれた。

 あなたも、屹度、気付いて居る。
 わたしはもうすぐ死ぬのです。この体には毒が這う。
 けれど、気付いたのです。先が短いならば愛しいあなたから貰った品を売り捌かなくても良くなる。
 もしも、噂が本当なら。死の間際まであなたの前で踊っていたい。
 ――わたしが、人で無くなるその時に、最後に見るのがあなたであれば良いのに。

 だから、少しの我儘を添えた。
 どうか、私が『人で無くなる時』に殺して下さい、と。莫迦みたいな願いを書き連ねて。


「聞いてってくれる?」
 常の通りの問いかけをした山田・雪風 (p3n000024)は「ラサの出身って聞いて」とサルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)へと声を掛ける。
 砂漠地帯であろうとも、寒々しい寒波の影響で酷く冷え込むこの場所は、オアシスの賑わいも少しばかり落ち着いていた。
 だが、市場の熱気だけは変わることはなく、常の如く喧噪に溢れかえる。サンドバザールは人と人が交わり、モノとモノが交される流通の要だ。
「ここサンドバザールで『紅血晶』ってのが今、売買されていて、それが人気なんだそうだよ。
 けれど、この宝石は曰く付きなんだ。……手にした者が化け物に変わってしまう、んだそうだ」
「……化け物ですか」
 ふわりと浮き上がっていたサルヴェナーズに雪風は頷いた。
 徐々にその姿は化け物に転じ、人としての全てを失ってしまう――そんな噂があれど、どうしようもなく人の心を惹き付けるのだ。
 市場を賑わせる其れをとある青年が購入し、ペンダントに加工したらしい。
 とても美しく豪奢な其れは彼が懇意にして居る踊り子に贈られたらしい。
「ナルシソさんっていう、男の人なんだけどさ、小さい商会の次男坊で、放蕩息子って言われてた。
 ご実家は貿易商らしくてさ……まあ、踊り子に入れ込んで家の手伝いも全くしてないらしい」
 そんな青年が最近やけに仕事に精を出した。その理由が紅血晶を購入するためであったらしい。
 男は急いでそれを手にしなくてはならなかった。
 全ては愛しい踊り子――カルメリタの為に。
「カルメリタさんって踊り子は、病気らしい。詳しくは、分からないけどさ。
 ……もう、余命幾ばくか。死んでしまうなら、最後はナルシソさんの為に踊って終わりたいとか、なんとかで」
 そういうのは良く分からないと雪風は呟いた。恋情には疎く、其れに未だ手を伸ばすこともない青年は長い前髪を弄る。
「……カルメリタさんは、紅血晶のネックレスを着けて体が変化するまで踊りたいらしい」
 此処で依頼が二つ。
 一方は、ナルシソの生家である商会から。放蕩息子を正気に戻して欲しいとのことだ。
 そして、もう一つが、カルメリタからだ。紅血晶を身に着けて踊り続け『人で無くなった自分』を殺して欲しい、との事である。
 生家からすればさっさとカルメリタとナルシソを離し、紅血晶のネックレスをカルメリタから譲り受けて売り払って金を回収しろと言いたいことだろう。
 だが、それではカルメリタの依頼を遂行できない。
 彼女はもうすぐ死んでしまう。
 ――だからこそ、最後は男のために踊っていたい。
 そうして、体が変化した暁に、己が何をしでかすかが分からない。そうなる前に殺して欲しい。
 我儘だ、と言いたくもなる。
「……カルメリタさんの依頼を受けるかは、皆に任せるよ。
 オーダー自体は『ナルシソさんを無事に家に帰す』事だと受け取って欲しいんだ」
 本当はカルメリタの願いも叶えてやりたい。それが、彼女の望みだというなら。
 そんな言葉を飲み込んで雪風は宜しく、と頭を下げた。

GMコメント

 日下部あやめと申します。宜しくお願い致します。

●目的
 ナルシソさんの無事の帰宅

●現場情報
 ネフェルストのサンドバザール近く。少しばかり開けた路地裏。
 踊り子でアルカルメリタはその場所で日々踊っています。ですが、売れない踊り子でアル彼女を見守るのはナルシソしか居ません。
 時刻は昼間。ぽかぽかと暖かな太陽が注いでいます。

●カルメリタ
 20代半ばに差し掛かった女。踊り子として幼い頃から生きてきました。両親はなく、己の芸一つで生きてきました。
 病に冒されており余命は幾ばくか。カルメリタは其れを感じています。治療は行なってこなかったので最早手遅れです。
 ならば、最後に、死ぬまで彼の前で踊っていたいと『紅血晶』のネックレスを身に着けて踊り続けて居ます。
 その先が酷く恐ろしい変化であろうとも。彼と分かたれたまま死ぬのは、苦しいから。

 ・『晶人(キレスドゥムヤ)』
 カルメリタが変化する姿です。自我をなくし、赤い膜に覆われた肉体へと変化していきます。
 血潮を流す代わりに花弁を撒き散らし、踊るように戦います。
 この姿になるとナルシソのことは判別がつかなくなりますが彼女にとっては『そうなるまで彼の前に居られた』と喜ぶことなのかもしれません。

●ナルシソ
 カルメリタに惚れ込んでいるとある商家の次男坊。碌に仕事もしてきませんでした。
 家の金を拝借してはカルメリタに貢いでいましたが、彼が確りと働いてプレゼントしたのがこの紅血晶です。
 紅血晶のネックレスは豪奢に細工されており、その先に待ち受ける変化や未来を彼は理解しています。
 理解していてもプレゼントをしたのはその宝石に魅入られていたから。そして、彼女が死ぬまで踊っていたいと望んだからです。
 家に帰れば、カルメリタとは二度と合う事が出来ず適当な見合い相手との婚姻が決まっています。
 だからこそ、忘れられぬ壮絶な最期を見たかった。出来る事ならばそこで――

 ・紅血晶のネックレス
 ナルシソがカルメリタにプレゼントしたお品です。豪奢なネックレスに加工と細工がされています。
 カルメリタが変化してしまってもこの品は其の儘の形で残ります。
 ナルシソは持ち帰りたいようですが、それでは彼は無事の帰宅が出来ませんので説得してあげてください。
 例えば、カルメリタの他の持ち物を貰うなど……そうしたもので納得して貰いましょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <昏き紅血晶>マールーの瞼完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月20日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ロウラン・アトゥイ・イコロ(p3p009153)
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)
砂漠の蛇
綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい

リプレイ


 美しく、うるわしい、そのひとだったから。
 生きることも儘ならない私と、自由なんてないあなたの、子供だましの恋愛ごっこ。
 それでも、この恋がまことのものだと信じられたから、貫き通すおろかさも赦して欲しかった。

「……自己満だな」
 そう呟きながらも否定はしなかった『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)は「わかるよ」とぽつりと零した。
 破滅を待つ一人の娘。彼女は蝕む病魔に気付いて居た。彼とて、そうだった。死神がせせら笑い連れ去ってしまうませにせめてもの願いのように手にした災いの紅血晶。
「それも使い方次第ですか。自殺にちょうどいい、だなんて笑い話にもなりませんけれどね。
 結局……結局、そうです。カルメリタさんは病を恐れていて、それ以上に、踊れなくなって無価値になる自分の死そのものを恐れているのでしょう」
 単なる逃避と嘆息するロウラン・アトゥイ・イコロ(p3p009153)は個人の気持ちは兎も角、紅血晶を奪い取ってさようならとは行かないのだろうと依頼書を眺めた。ナルシソ青年の無事の帰還を約束せねばならないのだ。
 為すならば紅血晶を奪い、ナルシソを気絶させての帰還だろうか。それも余り赦されたことではなさそうだとロウランは肩を竦めて。
「呪いの宝石――ですか。世の中には、似たような物があるのですね」
 柔らかく風に髪を揺らがせながらふわりと浮き上がっていた『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)の唇が揺らめいた。
 はじめから怪物であった澱の娘と、今からそうならんとした彼女。
 何処か自分と似ていると感じたその人は救うには遅すぎた。ならば、せめてもの間、束の間の彼女の平温を見詰めていようと考えた。
(貴女が望むのならば、否定は致しません。貴女が怪物になるまで――せめて、貴女の願いが叶うまで)
 その人は決して美しいとは言えなかった。病魔が迫る儚げな踊り子。髪は手入れをする余裕もなくごわつき、眼窩も窪み、病の気配をさせる。
 そんな彼女を献身的に愛していたナルシソ青年は「カルメリタを頼みます」と背筋をぴんと伸ばした。
 生まれは踊り子の娘と大きく違った、商家の次男坊。放蕩息子と誹られながら出会った踊りも下手くそな娘に彼もまた幼い恋をしたのだろう。
「ええ。おねーさんたちに任せて頂戴ね」
 穏やかな微笑みは、『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)が心の裏に隠した言葉を感じさせなかった。
 ニンゲンさんはいつの世も、儚くて、か弱くて、小さいのだ。
(何て悲しい依頼……ですが、全力を尽くしましょう)
 唇をきゅ、と噛んだ『つまさきに光芒』綾辻・愛奈(p3p010320)はカルメリタが踊るその場所への人払いをすると告げた。
「あの人が、成り果てるまで……良いときになりますように」
「ああ。ああ……ありがとうございます」
 ナルシソは己の手をさすりながら頷いた。緊張しているのだろう。冬の風が冷たいラサでも彼の額には汗が滲んでいるように見えた。
「……大丈夫?」
 優しく問うた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)にナルシソは頷く。
「カルメリタが、望んだことだ。それに、私だって――」
 続く言葉に察しを付けながら、イズマは敢て今は触れなかった。良く分かるのだ、カルメリタの行いが。
 死ぬならばその瞬間まで、芸事で心を、体を捧げていたい。何も出来ずに病魔に蝕まれ踊ることも出来ないまま朽ちることは女の存在意義を揺らがすのだから。
 大切な人の前で踊りたい。それがカルメリタという女の在り方だったのだとも良く分かる。
 だからこそ――
 あゝ、なんて。なんて、綺麗すぎて、眩しいくらいの愛なのか。
 チープな恋愛物語。絵巻物にも準えれば在り来たりと笑われるだろうか。『狼子』ゼファー(p3p007625)はそれでも、純粋で穢れない願いの力になりたいと願うのが人間らしいのだと感じていた。
「ただ惜しいのは……皆笑ってハッピーエンドはあり得ない、ってことかしら」
 呟く言葉は、泡になって消えるように。さよならの傍に佇むことになれば、何時だって涙は付き物だった。
 それを理解し、寄り添い、支えなくては全ては収まらないのだろうから。
(馬鹿な奴らめと嘲笑うのは簡単だが、これも一つの愛の形だ――否定はしねェさ)
 誰が彼等を責めようとも、『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)はそうしたくは無かった。
 カルメリタ。踊り子の一人の娘。ただ、愛しい人の前で最期を遂げる事を望んだ余命幾ばくかの不運な女。
 一人の男を心酔させた踊りはどの様なものだったのだろう。下手くそだったと笑うナルシソの愛おしそうな瞳にクウハは興味を抱いた。
「……決して極上の舞手でも、傾国の美女でもないけれど、愛おしい踊りをするのです」
「……実力がどうであれ、想いを乗せた踊りってのは美しいモノだろうな」
 クウハへとナルシソは嬉しそうに微笑んだ。
 今から永劫に別たれる事となる彼等は、どうしてこんなにも幸せそうに笑えるのか――その言葉だけは胸の奥深くに仕舞い込んだ。


「おっと、ここから先は今だけローレットの管轄だよ。どうしても通りたいなら、身分証を見せて」
 柔らに声を掛ける史之に商人は「何かあるのかい?」と問うた。史之は小さく頷く。仕事があるのだ、と。
 常に他者の存在を感知するために意識を研ぎ澄ませる青年の傍で愛奈は「宜しくお願いします」と槍を手に路地を塞ぐように立ちはだかった。
「ええ、仕事なもんでね。少しの間は申し訳ないけれどお願いするわね」
 ゼファーは入り口を塞ぎ、路地から人を払う。誰にも邪魔されぬようにカルメリタには踊らせてやりたかった。
 ある程度の人払いが済んだ頃、イレギュラーズはナルシソと共に病魔に蝕まれた娘の前に立っていた。
 柔らかそうな髪は絡まりごわついている。生活の余裕がないのだろう着古した服は彼女の一張羅のようにみえた。
「カルメリタ、これ……」
 ナルシソは新しい衣装を差し出す。彼女の死出に似合う装束として用意したのは上質なしつらえの衣装であった。
「勿体ない限りだわ。これから、私は化け物になってしまうのに」
「……髪の一房でもいいんです。故人を悼むためにもその一部をお遺しください」
 恭しく告げるロウランにカルメリタは頷いた。その前に、と彼女が乞うたのは己の身支度だった。
 髪を梳き衣装に合うように軽く結んで欲しいとカルメリタは願い出る。無理ならば仕方が無いと、重ねた言葉は何処か甘えるようでもあった。
「我儘で、申し訳ありません。髪を一房その時に貰ってくださって構わないわ。せめて、最期くらい綺麗になりたくって」
「ええ、そうしましょうね」
 サルヴェナーズは穏やかに頷いた。彼女の願いを全て叶えたって、ちっぽけだ。大それた願望器だって必要もないほどなのだから。
「貴女が最期まで身を捧げた踊り、その人生の集大成、見届けます」
 静かに告げるロウランにカルメリタは有り難うと微笑んだ。少し離れた場所で、彼女の踊りを彩る手伝いだとイズマは演奏をする赦しを乞うた。
「嬉しい。素敵な音楽と一緒に踊れるだなんて、夢みたい。ね、ナルシソ」
「……君がもし、ステージに立ったら彼をはじめとして最高の音楽家達を呼んであげたかったよ」
 微笑むナルシソに「いいの、今が幸せだから」とカルメリタは少しだけ距離を取ってから一礼する。
 イズマは絵画や絵巻物に幾らこの光景を記しても、ステージの空気は二度とは味わえないのだと知っていた。この瞬間のカルメリタ。其れを切り取ることはできないから。
「おねーさんも演奏しても良いかしら? カルメリタちゃんが最高のカルメリタちゃんをを魅せれるように」
 音楽の知識の見せ所だと胸を張ったガイアドニスはそれ以上は言わなかった。
 演奏し、踊ることへのサポートが行なわれるという事は、カルメリタの我儘はイレギュラーズに聞き届けられるという事だった。きっと、憂いなく踊ることが出来るだろうと微笑みは絶やさない。
 いつ、何があったって良いように。ナルシソの周りにイレギュラーズは立っていた。
 それでも、彼と彼女の最期を邪魔したくはなくて、誰もが見守ることにしている。うつくしく整ったかんばせの青年と、汚れきった衣服を着ていた踊り子。
 まるで花嫁のように上質なしつらえのドレスを纏ったカルメリタは病魔の手さえ払除けられそうなほどの幸福に身を包んでいた。
 思うことも、言いたいことも沢山そこにはあった。
 それでも、ゼファーは何も口を挟む事はしない。最期の逢瀬だ。これはふたりだけの、場所だから。
(余所者で他人の私が口を挟むのも野暮ね――だから、思う存分踊って。確りと、目に焼き付けて)
 どうか、最期の時まで。


 それは上質な舞とも呼ぶ事はできなかった。女の踊りは何処かちぐはぐな所もあるが、それでも楽しげであった。
 病魔が首に手を掛けて、動きも硬くなってしまった手脚であれど、のびのびと思う存分踊り始める。徐々に、徐々に、動きが変化し、苛むものなどないように見え始めたときにクウハは「離れろ」とナルシソに言った。
「けれど――」
 ああ、分かって居た。其れを聞いているならばこんな依頼が発生するわけもない。彼も最期を此処出迎えるつもりなのだろう。
 カルメリタの体が徐々に異形の様に変化した。ナルシソとカルメリタの間に割って入ったガイアドニスが首をふるりと降る。
「ッ、どいてください!」
「おねーさん達がここにいる理由を考えなさいな! カルメリタちゃんが願ったからだわ!
 彼女は最期まで君の為に生きたのだわ! 君も自分の為の死ではなく、彼の女の為に生きなさい!」
「カルメリタ、が」
 引き攣った声を漏したナルシソの行く手を遮るガイアドニスは退くつもりもない。慌てることもなく予期されていた行動だと史之はすぐにその場へと駆け付けた。
「貴方にとっては辛い時間になるでしょう。
 だけれど、此れがカルメリタから私達が預かった最後の願いだから……なるべく早く、終わらせるわ」
 ゼファーはひとふりの槍を構えた。鋭く、そこにのせえたのは死という災いへの近道だった。駆れと彼女の間にイレギュラーズは立っていた。
「カルメリタは、なんと」
「悪いがコイツは殺させてもらう。そしてオマエは傷付けさせないし、死なせない――例え、それがオマエの望みだとしても。
 オマエの姫君からそう望まれてるんでな。『人で無くなる時に殺して下さい』ってよ」
「人で無くなる前に?」
「愛するオマエを殺す事が果たして人と言えるだろうか。
 ……例え自分は死ぬとしても、オマエには死んで欲しくないんだろう。愛した女の最後の踊り、その目にしっかり焼き付けな」
 クウハは漆黒の大鎌を抱え上げた。愛する事が、どれ程に苦しいことかを知っている。
 それでも彼の姫君は最期の踊りを遂げることを願ったのだ。
「命を燃やし尽くす貴女――せめて最期に、貴女の舞にこの桜花を添えましょう」
 淡々と愛奈は言った。悪魔を哀れむ歌は、朗々と語るかの如く、鮮やかな焔を踊らせる。
 手厚いほどに庇われるナルシソはクウハとガイアドニスの背でカルメリタの名を呼んだ。
「――ここは通せません。殺してしまったら、貴女はきっと後悔するでしょうか」
 サルヴェナーズはカルメリタの動きを遮るように身を滑り込ませた。彼女への攻撃は、ゼファーの言う通り『辛いもの』だっただろう。
 それでも、全てを受け入れなくては終わりは来ない。
 奏でた音楽は、変幻した異形の娘の動きにもよく合っていた。皮肉なことに人であったときよりも、その動きは美しくさえもある。
(カルメリタさんの病魔は、踊る楽しさも奪っていたのだろうね)
 イズマはその悲しみを感じ取るように眉を寄せる。ロウランはカルメリタの体を吹き飛ばし囁いた。
「さようなら、砂漠の踊り子よ。あなたの踊りはラサの風となるでしょう」
 彼女の終わりが近付いている。史之はそう感じながらナルシソを一瞥した。自己満足であろうとも、貫いた二人の物語の終わりがやってくる。
 ああ、けれど。なんて、美しいのだろう。
 花が舞い散っていく。傷付く度に、舞う花びらのひとひらが近付くラストステップを予感させた。
 この花びらが彼女の血潮、生きた証なのだとすればゼファーは其れを最期まで見届けたかった。
「カルメリタ」
 名を呼べど、答えやしない。
 ゼファーは穿つ。
 赤い血潮の膜に覆われたばけもの。人の姿を失えど、その人である痕跡は美しい衣装の端に残されていたから――せめて、全てが散るまで。
 踊り切るを見届けるまで。


「これを。カルメリタは『貴方と一緒に死なせて欲しい』とは言いませんでした。そう私達に依頼する事も出来たのに、しなかった。
 私は彼女ではありません。だから推測することしか出来ません。
 ですが、『貴方には生きて欲しい』。それが彼女の願いだったのではないでしょうか?」
 髪を梳くときにこっそりと汚れたリボンをカルメリタはサルヴェナーズに手渡していた。それは丁度遺髪を束ねるのにも良い品物だろう。
 美しかった頃のカルメリタの幻影を眺めたナルシソはぶるぶるとその体を震わせている。
「あのネックレスを、私に……」
「やめときなさいな。知っているのでしょう? この効能。……ええ、けれど、化け物になるからではないのだわ。
 紅血晶を求めるのは本当にカルメリタちゃんへの愛ゆえかしら? 呪われてるからではなくて?」
 ガイアドニスを見詰めたナルシスは引き攣った息を漏した。
 全てを魅了するその石を求める己は魅入られたのか、カルメリタの残したものが欲しかったのか。その判別が、揺らぐ。
「一生、愛を疑い続けることになるのだわ。ここで紅血晶を選ばなかった。紅血晶よりカルメリタちゃんを選んだ。
 ……それが呪いにも勝る愛の証拠になるのだわ」
 愛奈は遺髪を手渡そうとするロウランを眺めながら静かに言葉を尽くす。
「私も貴方と同じ、最愛の家族に先立たれた側です。とは言え、貴方の気持ちを十全に理解できるとは言いません。
 ――ただ、後追いだけは認められません。彼女を変化させたこのペンダントを持ち帰るなどは以ての外です」
 ナルシソは取り上げられたペンダントに「どうして」と叫んだ。愛奈は淡々と、紡ぐだけ。
「仕事だから? それは勿論。 ただ、何故その生の終わりまで彼女が貴方に魅せられ……看て欲しかったのか。
『カルメリタという――貴方が愛し、貴方を愛した踊り子がこの世に居た』という事実を、他でもない貴方に覚えていて欲しいからではないですか?
 残された我々が出来る最大の手向けは、『亡くしたあなたを決して忘れず日々を生きていく事ではないですか……?」
「忘れること何て、できやしないさ」
 愛奈はそうでしょうとも、と頷いた。忘れろ等とは言えなかった。忘れてしまえば何れだけ楽であれど、死に際まで看た。
 あの朗らかな微笑みがばけものに変わり果ててしまう姿も。成れの果てに辿り着いた恐ろしき最期を。
「彼女は甘い夢なんかじゃなくって、確かに此処にいたんだって。他の誰でもない、あなたが覚えていなくちゃいけないんだから」
 忘れるなんて、しなくていいのだとゼファーは花弁をひとつ拾い上げてから眼を細める。
「オマエが覚えている限り、カルメリタはオマエの中で生き続ける。愛した女がどれだけ美しかったか、死ぬまで語り継ぐのも愛だろうさ。
 ……無事家に返せとは言われてるが、その後迄は頼まれてねェ。この後どうするか、全てはオマエ次第だぜ」
 クウハはぽん、と彼の肩を叩いてから『最期』の言葉を囁いた。

 ――あなたが幸せになれますように。仕事もうんと頑張って、どうか、貴方が願った未来を掴んで欲しい。

 ナルシソは膝を付いて泣いた。じゃり、と土を握りしめてから呻くように身を縮こまらせる。
「……私は、立派な人になります。今まで、全てが嫌で逃げてばかりだった。
 カルメリタと同じ病を治せるように治療薬を作りたい。辛い思いをしている者達に手を伸ばせるような人になりたい」
 それは綺麗事だとはイズマは言わなかった。史之は「忘れたい、なんて甘えたことを言うなよ」と静かに言った。
「……人は忘れ去られた時真の意味で死ぬ、だからおまえは生きて彼女のことを語り伝えろよ」
 遺髪を束ねたリボンは、彼が彼女に出会った最初に渡したしなものだったという。年端もいかぬ幼い頃の、出会い。
 こんな未来を予測していなかった。ナルシソは泣きはらした目をしながら「彼女を弔って上げてください」と告げた。
(ねえ。そうでしょう? おじいちゃん。……混沌に呼ばれて随分様変わりしましたが、私は元気です)
 忘れられないからこそ、愛おしいものは、屹度世界に山のように溢れていた。

 サルヴェナーズは花弁と共に彼女を丁重に弔った。「……綺麗な花弁だ」と呟くイズマは眩い光を見るように眼を細める。
 サルヴェナーズは髪をそっと抑えてから物言わぬ土に埋もれた花に語りかけるように囁いた。
「ええ、ええ、……ねえカルメリタ。最期まで彼の前で踊れて、幸せでしたか?
 私達は、貴女の願いを叶えてあげられたでしょうか――私もあの人を探しに行かなくては。次こそは手掛かりが得られるといいのですが……」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有り難う御座いました。
 きっと、彼女は願いが叶い幸せであったと思います。

 それでは、またお会い致しましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM