シナリオ詳細
<昏き紅血晶>黒き枝が夜を覆う
オープニング
●夜の女
現状の混沌世界はそれぞれの国がそれぞれに課題を抱えており、他国が救援の手を差し伸べようにも物理的に距離が離れていたり、自国に余裕が無かったり、あるいは敢えて我関せずの姿勢を通していたり……と、均衡が取れているとは言いづらい状況にあった。
そうしたときに市場には奇妙なアイテムが出回るのだ。例えばそれは願いが叶うとされた色宝然り、幻想種を標的とした奴隷市然り――
「そこのキャラバン。荷は何かしら?」
漆黒の夜。その夜闇に溶けそうな黒髪とドレスを纏った女性が、ラクダから荷を降ろしたキャラバン風の男達に尋ねた。
「何って……何だ、ネエチャン幻想種か。しかも顔がいい……」
「質問に答え、……!」
男の一人が視線で指図すると、別の男二人が左右から女性を押さえる。
指図した男はそのまま女性の口を開けさせると、小瓶から白い粉を飲ませ水で流し込んだ。
更に溢さないように口を閉じさせると、抵抗しなくなった女性を荷車の荷へ寝かせ上から布で覆い、何事も無かったように荷車を運び出すのだった。
(全く……乱暴なこと……)
粉を飲ませた女性の意識が覚醒したままであるとは、知る由もなく。
●不可視の呪い
ラサ傭商連合から気になる依頼が来ている、とイレギュラーズに紹介する『千殺万愛』チャンドラ・カトリ (p3n000142)。
「幻想種の誘拐事件がラサで起きていることはご存知でしょうか。ええ、今変わった宝石が話題のラサですが、今回は宝石ではなく。
傭兵崩れの一団が怪しげな荷を運んでいるようなので、調べてほしい、とのことです」
傭商連合としても昨今の流れから怪しい取引や商品への取り締まりは努力しているのだが、今回の一団は取り締まりの傭兵達が近付こうとすると何故か動けなくなってしまう者が続出し、各所を素通りさせてしまっているという。
「一団の中に呪縛か麻痺の使い手でもいるのか?」
「あるいは、そのような効果のアイテムでもあるのか……何しろ直接の調査ができていないので、荷が不明なのです。大きさ的に人を乗せているようにも見える、という曖昧な情報で」
『Immortalizer』フレイ・イング・ラーセン (p3p007598)の問いに、肩を竦めるチャンドラ。
「しかし、我(わたし)も探す(アイする)為に彼らを少しばかり目にしましたが……特別強い力(アイ)を持っているようには見えなかったのです。
見えなかっただけ、という事も有り得ますが。念のためご注意を」
三日月の角の三日月の飾りをしゃらりと揺らし、チャンドラは忠告を添えた。
●繋がる因果
この荷車……一体どこまで進むのかしら……。
乗り心地最悪だし、いい加減降りたいのよね。
彼らの行く手を阻む者を退けてやれば、どこへ連れて行ってくれるのか少しだけ興味があったけれど。まとめて滅ぼしてしまおうか。
……騒がしいわね。今度は誰と戦闘になったの? また傭兵?
それともイレギュラーズ? 少し覗いてみようか。
あの翼は白翼の……? でも髪も翼も黒くて、面白い子ね。
あれはただ黒いだけじゃない。私にはわかる。あの黒は……。
ああ。とても興味がある。
- <昏き紅血晶>黒き枝が夜を覆う完了
- GM名旭吉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年02月19日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
ラサにおける幻想種の連続誘拐事件――それを聞いた多くのイレギュラーズの印象は「またか」というものだった。
「少し平和になったと思えばこれだ。ラサらしいと言えばその通りだが、全く商売熱心なことで!」
「誘拐だの奴隷だのと……まったく、幻想種をなんだと思っているんだ?」
「例の宝石絡みなら親近感も湧くんですがねえ……宝石の方に」
ドレイクに馬車を曳かせる『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)が皮肉を溢せば、『努々隙無く』アルトゥライネル(p3p008166)と『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)がそれぞれに応える。リカは件の宝石ならまだ許せる範囲のようだが。
「ラサは以前も誘拐みたいなことが起こってなかったか。何かしら因縁でもあるのか?」
『Immortalizer』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)が思い出すのは、かつてのザントマンに纏わる一連の事件。しかし、当のザントマンは本体も含めて撃破済みだ。今回の事件と関連があるとは考えにくいが、それにしても手口が似ている。
「えーと……これはあれか。昔バズったネタで稼ごうとしてたら、空気よめねえウチらが邪魔しちゃう的な? ぶははははっ! やかましいわ」
ボケツッコミまできっちり締める『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)。しかし、もし何か理由があって模倣犯が出てきたのだとすれば由々しき事態である。
「とにかく、ロクでもない事件なのは間違いない。早急に対応しなくては」
「この手の奇怪な現象は魔種が絡んでいる可能性も多分にある。細心の注意を払っていこう」
『蒼空の眼』ルクト・ナード(p3p007354)と『残秋』冬越 弾正(p3p007105)の言葉に、自然と警戒心が満ちる。今回の敵――傭兵崩れ達もそうだが、情報があまりにも少なく危険を孕む点が多いのだ。
(怪しい荷物も気になるけれど、今はまず拐われた方を救出しないと……)
ふと、『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)は考える。
――何故、こうも幻想種ばかりが狙われるのか。見目が麗しい者、不老や長命を持つ者であれば、幻想種でなくても旅人でも同じ特徴を持つ者はいるだろうに、と。
あるいは、何か意図があって『旅人は』狙わないのか――?
「ま、中身の確認とやらもちゃちゃっと任せてください。『パンドラの匣(にもつ)』の方もね!」
仲間達に軽くサムズアップするリカ。
一行は先に傭兵崩れ達と接触する囮担当とそれ以外の奇襲担当に分かれ、奇襲担当は一旦馬車から降りて様子を見ることとなった。
「皆にこれを。何かあればすぐに伝わるようにしてある」
囮担当であるリカとラダ、そしてアルトゥライネルに光の楔をそっと刺す弾正。痛みのないそれは彼のギフトによるものだ。
「どうも。じゃあ、そろそろ先方と『取引』にでも行こうか」
馬車にはアルトゥライネルとドレイクを牽くラダが残り、リカは先行して目標を探しに行く。
他のイレギュラーズ達は物陰に息を潜めながら、その時を待つ。
満月だけが明るい――漆黒の夜だ。
●
ガラガラと車輪の軋む音がして、リカはその一行の前に駆け寄った。
「はいはい、お疲れ様です~近くに宿があるんですけど、泊まっていきませんか? サービスしますので……いひひ♪」
敢えて豊かな胸元を見せつけるように上目遣いで誘うと、荷車を牽いていた男達は目に見えて動揺する。
「納品してから来ましょうよアニキ……」
「ちょっとくらい休んだっていいでしょうよ!」
リカの誘惑が振り撒かれると、それだけで群れの和が乱れてしまう。
「やーやー、忙しいところすまない」
そこへ、ドレイクに馬車を曳かせる商人に扮したラダである。
「宿の空きはどれほどある?」
「そうですねぇ……あとひと部屋くらいでしょうかぁ……」
一芝居うつラダとリカ。男達は残りひと部屋と聞いて更に焦っているようだ。
「どうだろう。実はこちらの馬車が先ほど壊れてしまって、商品を運べそうにないんだ。そちらで私達を運んでくれるなら、宿代はこちらで持つが……」
馬車の中の『商品』を見せながら、ラダが男達に取引を持ちかける。その商品は小柄で細身の、色黒だが耳の尖った幻想種――踊り子に女装したアルトゥライネルだった。
「何だ同業か……宿代だけじゃ割に合わねぇ、その商品もこっちによこしな」
「しかし、それはこちらも商売だからな……」
ラダが時間を稼ぐ間に、リカは周囲を窺っていた。今のところ『動けなくなる』気配はない。
アルトゥライネルも、密かに相手の荷車を確認してみる。パッと見は全体が布で覆われていて中身はよくわからないが、注意深く観察すると布の中で明らかに意思を持って動いている何かがいる事に気付いた。
その正体はわからない。しかし、もし誘拐された幻想種であるなら――と、アルトゥライネルはハイテレパスを送ってみる。
『急にすまん。落ち着いて聞いてほしい。俺達はこの誘拐犯共を捕まえに来たんだが、アンタは被害者か?』
しばしの間。布の中の何かは動かない。
『もし、薬か、術か……コイツらが身動きを封じてくる手段を知っていたら教えてほしい』
『――私は……』
布の中から、女性らしき反応があった時だった。
「時に、そちらには曰く付きの積荷でもあるのか? 『体が急に動かなくなった』んだが」
ラダの言葉に、リカとアルトゥライネルが振り返る。男達に目立った動きは無かったにも関わらず、既に『身動きが取れなくなる』何かがラダに発生していたのだ。
「おっ! アニキ、いつものですよ!」
「動けねえなら仕方ないよな。そっちの商品はもらってやるから安心しろよ」
男達の台詞からしても、彼らが意図して起こしているものではないようだ。
ならば、その発生源は――間違いなく積荷の方だ!
「おっとなんか盛り上がってきたな? よーし、さっそく始めてみっか!」
男達がラダの『商品』へ手を伸ばしかけた瞬間、息を潜めていた奇襲担当のイレギュラーズ達が行動を起こす。秋奈の威勢のいい声と共に飛び出したティーネがまず行ったのは、男達の積荷へのビューピルシールだった。
(既に何かが起きているとしても、これ以上の被害が広がる前に……!)
男達も元傭兵だけあってか、銃の使い手が素早く発砲するがフレイのブレイズハート・ヒートソウルにより纏めて炎に包まれる。
「生け捕りは一人いれば十分だろう。回復はできないが奴らは遠ざけておく。すまん」
「ラダくん、今どんな感じ? 気持ち悪い?」
『何か』の影響で動けずにいるラダにフレイが謝る一方で、秋奈が様子を尋ねる。
「いや、気持ち悪いと言うよりは……力が入らなくて動けない感じだ。思考は正常に働いているぞ」
受け答えに支障が無い点にまず安堵して、男達に向き直った。業炎の炎に苦しみながらも、男の一人が棍棒で殴りかかろうとしているところだった。
「その根性は認めるけど、残念なのは……相手が私だったってことだッ!」
猪・鹿・蝶の三連撃を華麗に極める。誠に残念ながら彼はここまでのようだ。
「本来なら私が受けてあげる予定だったけど……でも、私が無事だったってことはコレ、『封殺』でないことは確定よね?」
それなら、回復手の癒しで回復できる。そしてそれは自分の役目ではない。フレイの炎から逃れて退避しようとする男達を見つけると、リカはすかさずチャームのウィンクを送った。
「目を逸らしちゃイヤですよ……?」
強制的に注目させる視線を、男達はどうしても無視できずに戻ってきてしまう。共に剣で襲いかかってくるのを、持ち前の防御力で凌ぐリカだった。
その片方を、ルクトがSAGで背後から追い詰め沈める。話を聞き出したいので殺さないよう、努めて――ミサイルポッド本体でダイレクトアタックという手段になったのだが。大丈夫だろうか。
『アルトゥライネル殿! そちらへ向かおうとする『音』がある、対応できるか?』
駆け付けた弾正が自身も剱神の一端を宿したH・ブランディッシュで男達を一掃するが、それでも届かない範囲にある危機をアルトゥライネルへ自衛を求める。男達には弾正の声は聞こえていない。
「数は四……しかし、纏まってくれている。大丈夫だ」
アルトゥライネルは冷静にシムーンケイジの砂嵐で男達の足を留め、それ以上近づくことを許さない。
「畜生……いつものはどうなってんだ!? 相手が止まってくれねえじゃねえか!」
「元傭兵が聞いて呆れる……誘拐というだけでも馬鹿馬鹿しいのに、そんな不確かな物に今まで頼っていたのか」
言葉通りの呆れに深く溜息を吐くルクト。まだ警戒は解けないが、こんな奴らに危険な荷物を扱わせる訳にはいかない。人間なら尚のことだ。
「ラサでこんな事をしたのが間違いだったわね。友好国である深緑の友人を、ラサの民が見放せるわけないってことよ!」
ルーンシールドで物理攻撃を遮断したエルスが、アルトゥライネルの砂嵐を割るように赤い闘気を叩き付ける。
「よし、力が戻ってきた。安心しろ、殺しやしない――!」
フレイが背に庇っていたラダも力を取り戻すと、プロフェシーで強化されたデザート・ファニングSSを見舞う。
「わっはっはっはっは! 更に調子上げてこーぜぇ!」
秋奈の刃は衰える事を知らない。これでもかと不調を重ねに重ね、無慈悲なほどに相手の自由を奪っていく。そのような男にとっては、リカのノーギルティすら深刻なダメージになる。決して死ねないが。
「あとどれだけ生きている」
「心音を直接確かめれば確実にわかるが……五人は生きているだろう」
「では、一応生かして捕えるか」
『意志持つ音』を可能な範囲で感じ取った弾正が答えると、ルクトはまだ戦う意思がある男達をノーギルティで落としていく。弾正とアルトゥライネルもそれぞれ男達を殺さないよう無力化し捕えると、彼らをドレイクが牽く馬車へと載せていくのだった。
●
――残されたのは謎と、男達の積荷であるところの『パンドラの匣(にもつ)』である。
この『匣』が本当に誘拐された幻想種であるならすぐにでも解放すべきだが、そうでないなら荷を解いた瞬間に男達を口封じされてしまう可能性もある。心苦しくはあるものの、イレギュラーズは男達への質問を優先した。
「身動きを封じる『何か』とは何か? 知ってたって教えな」
「有益な情報が無いなら生かす理由は無いが?」
アルトゥライネルの質問を煙に巻こうとした男達のリーダー格を、フレイが剣を首筋に沿わせ脅す。
「い、いや! 本当に知らねえよ! 気が付いたら邪魔する奴らが動かなくなってて!」
「最初からではなかったと。では、この荷を何のために、どこへ運ぼうとしていた」
ルクトの問いにも最初は渋ったが、結局吐いたところによると『取引場所』へ運ぶ予定だったらしい。そこで待っている者に引き渡せば、高額な報酬と引き換えてくれる予定だったと。
「依頼主は誰だ?」
「繋ぎ役を介した手紙でしかやり取りしたことねぇよ。悪かったな役立たずで!」
捨て台詞と共に回答されたアルトゥライネルへの問い。彼らからこれ以上得られる情報は無さそうだが――問題はいよいよ、『匣』の中身だ。
エルスや弾正が男達の傍について警戒する中、ラダが仲間達と意思を確認して荷を解く。
布の下から現れたのは――漆黒のドレスに漆黒の髪、それでいて象牙のような白い肌が際立つ幻想種の女性だった。
彼女は布が退けられると、目を擦りながら殊更ゆっくりと起き上がる。
「キミ達が助けてくれたのね。礼を言うわ、ありがとう」
「幻想種か。予想はしていたが、やはり誘拐だったか。アンタ、大丈夫か?」
助けてくれたイレギュラーズに微笑んで礼を述べる女性と、気遣うフレイ。
至って普通の、何の問題もないやりとりであるはずなのに。
(――なんだ? この黒……親近感のような……やっと出会えた同族、のような……懐かしさ、なのか?)
フレイは、言語化し難い感覚に襲われ。
(なんであの子、助けられたのにあんなに余裕なの……?)
リカは、言いようのない違和感を覚えていた。
(誘拐されてたならもっと、疲弊とか歓喜に涙するとか、薬で呆然としてるとか……そういうものじゃないの?)
彼ら彼女らの思惑の先、女性はフレイを見つめるとその漆黒の瞳を興味深そうに細めた。
「ああ……その黒、やっぱり。こんな所で『黒き枝』に会えるなんてね」
「『黒き枝』? 俺は『白き枝』と『白翼』の間に生まれ、……まさか身内か、アンタ」
「『白き枝』と『白翼』の間に生まれながら、そんなに黒いのね。
ねえ、キミの話を少しだけ聞かせて。キミがこれまで、その姿でどんな風に生きてきたか……とても興味があるの」
女性とフレイの間だけで交わされる、二人だけに意味のある言葉達。
他のイレギュラーズ達は敢えてその話を遮ろうとはしなかったが、まだ解決できていない疑問はある。
この女が、変わらず怪しいということだ。
(男達は、何故相手が動けなくなるのか全く知らなかった……他にめぼしいアイテムも出てこなかった以上、あの能力の出所は間違いなくこの女だろう)
ルクトは厳しい視線で女性を警戒しながら推測していた。
(個人的な予想としては、この女がこの騒ぎを起こさせるよう、元・傭兵を何かしらの手段で操ったか誘導したか……。
と、すればこの女の目的は我々に接触する事。誘拐騒ぎもその為の布石だろうか)
他の誘拐事件はともかく、この件に関してだけは全てこの女が仕組んだのではないか。
訝しんでいると、ラダが「少しいいだろうか」と女性に問うた。
「ずいぶん落ち着いているようだが、誘拐犯のアジトを追う傭兵……でもないのなら、何者か聞いても? 私達はローレットだ」
「ああ……なるほど。キミ達は私を疑ってるのね? さっきの戦闘中にも声をかけてくれた子がいたし……」
彼女が自身への嫌疑に気付くと、自然とイレギュラーズの間に緊張が奔る。しかし、彼女は穏やかに微笑むばかりで殺気のようなものは感じられなかった。
「わかったわ。じゃあ、いくつか手土産をあげる。そうしたら、彼と少し話をしてもいいかしら?」
「お土産! いるいる! 私ちゃんがもらうね!!!!
いい人じゃん! フレイさん何か話したげて!」
『お土産』のワードに誰よりも速く反応した秋奈である。ちなみに彼女、直前まで「これ感動の再会とはちょっと違うよねー」などと訝しんでいた一人でもある。
「まずは、これ。誘拐されるときに無理矢理飲まされたのよ。多分、普通は眠るか気絶するか、してしまうんじゃないかしら。彼らは『アンガラカ』と呼んでいたわ」
手渡しは警戒されると思ったのか、土産を欲しがった秋奈へ向けて小瓶を投げた女性。秋奈が何とか受け取って中身を見ると、白い粉が詰まっていた。
「な……!? これを飲ませりゃ幻想種はオネムだってあいつから!」
「昔の私ならわからないけれど、今は幻想種じゃないもの。私」
驚くリーダー格にも、自分の黒髪をさらりと掬って答える女性。
――幻想種の特徴を持ちながら、この女性は『今は幻想種ではない』と断言したのだ。
「……魔種か、アンタ」
「かなり欲張りな、『強欲』のね。お察しの通り、彼らが勘違いしていたのは私の呪縛の能力よ。浚われた幻想種が何処へ連れて行かれるのか、私も興味があって付き合っていたのだけど……そこまで知る前に、キミ達に見つかってしまったというわけ」
フレイの問いを否定しなかった女性に対して、いよいよイレギュラーズの警戒が高まっていく。
「……フレイちゃん、なんかヤバい気がする! あまりそいつの声を聞いちゃ……!」
「安心して、彼を『こちら』へ『呼』ぶ気は無いの。今はね」
リカの忠告を宥める女性の声も、彼女が魔種であるとわかった今は信用できない。
「出せるだけのお土産は渡したつもりだけど……ダメかしら?」
「……いや」
フレイを守ろうとしていたリカの忠告にも拘らず、口を開いたのはフレイ自身だった。
「俺がどうやって生きてきたか知りたいんだろう。答えてやるよ。
……白が至上の一族二つが、俺をまともに扱うわけがないだろう。とことん無視されて、外で育ったよ。俺を気にかけてくれるやつなんて、妹とノルンくらいだ」
「ふうん……その二人も白の一族なの?」
「これ以上は答えない。ちょっかい出されてもたまらないからな」
最愛の妹については、既に反転してしまった上に一戦交えたこともある。痛い思いもさせてしまった。せめてノルンだけは、そんな道へ堕としたくなかったのだ。
「で、アンタの名前は? 俺をそちら側に呼ぶんじゃなけりゃどうするんだ。こっちに来るとでも? それとも、アンタが俺を誘拐しようとでも言うか?」
「私の細腕じゃ、逞しいキミを浚うなんてできないわ。いずれキミを呼ぶのもやぶさかではないけれど……今呼んでも『面白くない』から」
ふわり、夜風が吹く。
優しい夜風はしかし、見る間に風速を増して漆黒の嵐へと変じて彼女の姿を隠していく。
「フッ……やっぱそうだよねえ!」
「逃がさないわ!」
「馬車の傭兵を守れ!」
秋奈とリカ、弾正が女性の追撃に出る一方、ラダは他のイレギュラーズと捕縛した男達を乗せた馬車を全速で出発させる。
フレイは秋奈の背に庇われてはいたが、彼女が消えた嵐から目を逸らせずにいた。
『キミの名を覚えたわ、フレイ。その見返りに、私の名を差し出しましょう。
我が名はノート、夜の女。キミと同じ黒(いろ)を持つ女よ』
嵐は間もなく消え、女性――ノートの姿も夜に溶けて消えた。
イレギュラーズに人的被害は出ていないが、夜の嵐が吹き荒れた辺りは煉瓦や石畳が吹き飛ばされて抉られ、大きな傷痕を残していた。傭兵崩れ達が牽いていた荷車など跡形もない。
もし、こちらに馬車の用意が無いまま男達が残っていたら――既に死体となっていた男達が消えている時点で、察するに余りあるだろう。
(……面白くない、か)
ノートに残された言葉の意味を、黒翼のフレイは考える。
それはつまり、『面白くなったら』呼びたいということ。
彼女にとっての『面白い』とは何なのか。
――俺は、守るべきものを守るだけだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
誘拐されていた女性は『元』幻想種の魔種ノートでした。
彼女は非常に個人的な理由で今回の一件に絡んでいるようですが、今後はどう動くつもりなのでしょうね。
『お土産』は、欲しがったあなたの手に。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
旭吉です。
ラサで起きている幻想種拉致事件……のはずですが……?
●目標
誘拐犯の撃退
●状況
夜のラサ。
荷を布で覆った荷車を運ぶ傭兵崩れの誘拐犯達を撃退してください。
情報提供に何人か生かしてもいいんじゃないでしょうか。
●敵情報
傭兵崩れ×10
銃や剣、槍などで武装した傭兵崩れ達。
一般人よりは強いかもしれませんが、その程度です。
●NPC
チャンドラ
戦力的には回復(単体・範囲)とも可能。
特に言及が無ければ描写はありません。
(防御は紙なので壁には向きません)
???
誘拐された……はずの女性。
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)さんに強い興味を覚えています。
助けられると接触を求めるでしょう。
「キミの話を少しだけ、聞かせて欲しいの。『こちら』へ『呼』ぼうって訳ではないのよ、今はね。キミがこれまで、その姿でどんな風に生きてきたか……とても興味があるの。
もちろん、タダでとは言わないわ」
何らかの土産を用意しているようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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