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シナリオ詳細

<クリスタル・ヴァイス>背にふきすさぶは赤い視線

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「しん」とした音が、あたりに響き渡っているかに思える。
 鉄帝地下で発見された地下鉄道は、無数に連なる洞窟のようだ。
 けれども人工的な意図をもって広がるそれは、先手を取っているはずの部隊に、いいようもない不安を抱かせた。

 等間隔のランプ。
 古びたオイルとくず鉄の匂い。

 もとは帝政派、ザーバ派、ラドバウの独立区が確保した地下鉄道。しかし各勢力も奪還を広げるにつれ、地上で争うほかの派閥もまた徐々に地下に手を伸ばしつつあった。
 ばらばらに分かたれる鉄帝の大陸の縮図のように、この地下もまた戦場であった。

 どの勢力であっても――少なくとも、天衝種(アンチ・ヘイヴン)は、仲良く過ごせる相手ではない。
 新皇帝派組織アラクランを率いるフギン=ムニンは、『フローズヴィニトル』を利用して、何かを企んでいるらしい。

(ここが蛇の<巣>か……)
(しっ、静かに)
 天衝種の巣を発見したひとつの部隊は、天衝種を叩くべくして通路を封鎖していた。凍り付くような寒さは、火種すら凍てつかせて正気を奪う。けれども、ここまで追い詰めることができた。
 あの蛇だ。あの蛇すら倒せば……。
 そのはずだった。
 不意に地下鉄の明かりが落ちた。
 しんとした、真っ暗闇の地下道は、ゆっくりとパニックに襲われた。
「よく目を凝らせ! 二人一組になって、背を守れ! 相手はそれほど強くない!」
「天衝種(アンチ・ヘイヴン)が……融けている? 融けて、融けて、ああ!」
 ぐちゃ。
 ばき。
 めり。
 一人、また一人と仲間の声がしなくなる。残酷な音が、暗闇に響き渡る。いったいなにが起こっているのかもわからない。

――独りぼっちはさみしいものね。
 誰かの声が聞こえた気がした。

「見える! 見られている、赤い星が見える! ああ!」


「……酷い寒さね」
 鉄帝地下道。巨大なトンネルが広がる地下世界。『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は身震いした。
 ここで、鉄帝の軍人部隊が消息を絶ったという。
 先行した部隊が、謎の失踪を遂げたポイント。イレギュラーズたちは、その調査にやってきたのだった。
(まだ、失踪してから日は浅い。何人かは生きているかもしれない)
 全員では、ないかもしれないけれど。
『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)は最善の方法を考え、こつこつと準備を手配していた。
「ブランカ、案内してくれてアリガト♪」
「何、世話になっている礼だ。精霊たちは上手に春の通り道を見つけるからな」
 ブランカは、精霊たちの隠れ里「ティル・ナ・ノーグ」を治めている雪の女王だ。地下で起こりつつある「異変」を察知し、イレギュラーズに協力を申し出たのであった。
「……しかし、ここの冬の精霊はどこかおかしい。普通の精霊じゃない。私の仲間ではないな……」
「やっぱり、何かあるのね」
 ジルは憂い気な表情を見せた。
(花……)
『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は、鉄道の隅、線路のひかれてしまうような場所にある花を見つけた。種が、外から吹き込んだのだろうか。冬の精霊を前にしても、こんなところにもたくましく植物は芽吹く。
……生命は、それほど弱いものではない。

「ベルカ! よく見つけたな!」
 ラグナルのもとに、狼ベルカはうれしそうに何かをくわえてもってきた。
 ラグナルはノーザンキングスの一派、アイデの一族の狼使いであるが、ポラリス・ユニオン(北辰連合)の頭目、ベルノ・シグバルソンはいまやバルバナスを敵とみなしていた。
 幸か不幸か、いや、イレギュラーズと戦わずして済んだのだからよかったのだろうが、一つ何か間違えれば敵同士だった。この数奇な運命をたどればどこにたどりつくのか、それはわからない。
「……迷うなよ」
『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)はラグナルをどついた。
「で、なんだそりゃあ。テープか?」
 練達のように洗練されたものではない、無骨な無線機と簡易テープ。
 そこには、断片的に何かが記録されていた。

『――天衝種、発見。目標、坑道内に閉じ込め……』
『赤い星が見えます』
『天衝種(アンチ・ヘイヴン)が……融けている? 融けて、融けて、ああ!』
 狂乱したような声がして、それから、通信は途絶える。

「赤い星……」
 北の大地。ノルダインの寒空にひらめく星は、人々を導く目印であるとともに凶の前触れでもある。

 あの星が出ている間は、子供を一人にしてはいけないよ。
 雪の中で声を聞いたら、返事をしてはいけないよ。
 腹を空かせた精霊に攫われて、食われてしまうから。

 空も見えない地下で赤い星など見えるわけがない。
 それでも、どこか不吉だった。

「来るぞ」
 ルナが、そして狼たちが警戒していた。
 じゃらり、と、鉄の鎖を引きずるような音がした。
 イレギュラーズたちは一斉に構える。
「おい、あれは……」
『寒イ。
 ここは寒い』

――そう訴えてくるものたちは、囚人たちや兵士たちだった。なぜか、「融けたように、背中合わせにくっついて」いる……。

GMコメント

●目標
・天衝種の討伐

●状況
 地下鉄の坑道内の空洞です。
 敵は、奥からゾンビのごとくやってきているようです(数には限りがあります)。
 ツインヘッドだけは少し奥でとぐろを巻いています。

●敵
・天衝種<ツインヘッド>×1
 赤い目を持った双頭の巨大な蛇です。冷気を吐いているようで、この蛇がいると局所的に異様に寒いようです。機動力が高く、また、二つの頭で複数回の攻撃を行います。
 奇妙なことに、ヘビに「背中」を見られると身動きが取れなくなります(麻痺系列・抵抗可能)。回り込まれないように注意。

・<ヘイトクルー・ツインズ>×16ペア
『俺は誰だ? 俺は誰だ!?』
「ああ、殺してくれ、殺シテ……」
『これを……家族ニ……』
 囚人やアンチヘイブン、失踪していた兵士などです。
 軍人同士などが二人ずつ、種類を問わずに身体の一部でくっついているような状態です。ほぼ一体化しているものから、単に一部がくっついているだけのようなものまでおります。氷でくっついているような状態で、寒くなくなれば(ツインヘッドがいなくなれば)決壊してだいぶ弱ります。
 軍人はドッグタグ(名前の書いてあるタグ)を持っていたりもするようです。

 少ないながら、息があるものがいるかもしれません(ほとんど正気ではありませんが……)。手当をすればなんとかなるかもしれません。

●友軍
ラグナル・アイデ
 アイデの一族の狼使いです。
 戦況が変わり、アイデはポラリス・ユニオン(北辰連合)を支持することになりました。
 指示がなければ背中を守るように動きます。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <クリスタル・ヴァイス>背にふきすさぶは赤い視線完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月04日 22時01分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
ウルリカ(p3p007777)
高速機動の戦乙女
エステル(p3p007981)
シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)
魂の護り手
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す
佐倉・望乃(p3p010720)
貴方を護る紅薔薇

リプレイ

●あたたかい光
 ざっと砂を踏む音。
――その呼吸だけで。
 暗闇に包まれていても、あたりが極寒に閉ざされていても、イレギュラーズたちの存在は希望の光だった。
 夜のような暗がりに息をひそめる『魂の護り手』シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)の気配を、ラグナルは感じ取ることができなかった。けれども、「頼もしい味方がいる」、と、狼たちは伝える。
「よぉ、ラグナルよ。
おまえさん、族長の息子だろ?」
「ルナ!」
『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)の黒い鬣が影に溶けて揺れる。
「んで、親父さんは失踪中だろ?
なんでてめぇが一人でこんなとこのこのこ顔出してやがんだよ。ったく」
「手がかりがあるんじゃないかと思ってさ。……それに、今までの分の恩も返さないとな」
「……まあいいが、いいか、絶対に死ぬなよ。
今てめぇが欠けたらどうなるか、それがわからねぇほど腑抜けじゃねぇだろ。前のおまえはことある毎に「俺なんか」っつー気持ちが滲み出るどころか口から漏れてたがよ。もうそうも言ってられねぇのは、わかってんだろ?」
「……。ああ」
「……ま、言うて、ちったぁ雄の顔つきにもなったたぁ思うしな。そういやおまえ、気になる雌の一匹くれぇいねぇのか?」
「ルナ!?」
「まさかおまえ、ジルーシャとやけに距離近ぇし、たまに同じ匂い持ってっけど……」
「ぶあっ。ジル! 助けてくれよ! 恋バナ案件だぞ!」
「ひっ……! ギャァァァゾンビー!?」
『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)はそれどころではなく、おどろおどろしい怪物に悲鳴を上げていた。
「悪ィ悪ィ、冗談だ。ちったぁ肩の力も抜けたか?」
 ラグナルは、自分が思いのほか緊張していたことに気が付いた。

「な、何あれ、どうして『くっついてる』の……!?」
 ほとんどは命を失っているのだろう、しかし――まだ息のある者がいるかもしれない。
「目が使える程度には優秀ですが、光は影を濃くします。物影には注意を」
「フリック 起動」
『高速機動の戦乙女』ウルリカ(p3p007777)の浮遊光源ユニットー妖精ーがあたりを照らす。同時に、『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)の光が満ちた。
 冷たい寒さも、フリックを足止めする理由にはならない。
「ラグナルさん、無理攻めは無しで。最悪負けても、退ければまた来れる」
「わかった……ありがとな、マルク」
『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)の言葉は、心を落ち着かせてくれる。
 彼らは、広い視野で物事を見ている。
 たとえ撤退しても、負けたとしても、次はある。
「ラグナル様は味方になれたのですね」
「エステル……! 活躍は聞いてるぜ。北辰連合に力を貸してやってたんだってな」
 エステル(p3p007981)は静かに一礼し、目をわずかに伏せる。
「事情は聞いております。ヘルニール様のことも……」
「アイデの一族は完全に味方になったのですね。結局、状況は兎も角ラグナル様とは一度も剣を交えないままでしたが」
 もしも剣を交える事態となっていれば、己の命はここになかったのではないだろうか……ウルリカの言葉に、ラグナルは思った。
 数奇な運命だ。
「これからはベルカ様たちの鼻や方向感覚も頼っていいと?
頼もしいですね」
「借りがいくつもある。返させてもらう。少しずつだが」
「ヘルニール様の行方も心配ですが、今は目の前の任務を共に完遂いたしましょう」
「ありがとう」
 敵と味方。それから、信条。さまざまな奇跡がかみ合い、今ここにある。
「ベルカ、ストレルカ、久々に毛並みを……」
 エステルにとって、知り合いとの戦いを避けれたことは、素直にうれしいことだった。
 狼たちは、もちろんエステルを覚えていた。うれしそうに駆け寄ってきたのだ。
 フリックは地面に横たわる遺体を守るように、一歩前に進む。
「ああ……びっくりした。……ブランカ、案内ありがとう。ここまでで大丈夫よ」
「大丈夫か?」
「ええ。何かあったら、『ティル・ナ・ノーグ』の子たちに顔向けできないもの」
 ジルは片目をつむって見せる。
(……ブランカは危険を冒して、アタシたちを導いてくれた)
 その期待にこたえたい。きっとこたえてみせる――そう決意した、その時。
「融ける……赤い、星……?」
 ジルの片目が、ずきりと痛んだ。
「赤い星……」
『雪の花嫁』佐倉・望乃(p3p010720)が呟いた。
「ヴィーザル地方の言い伝えですか」
「どうにも蛇が融かした感じではないですね……」
 エステルやウルリカが冷静に事態を分析する。
「まだ息がある……なんという非道……!」
 エステルはクレイモアを握りしめた。
「ゾンビ……ではないのね」
 依然として不気味さは残る。
 あれは、いったいなんなのだろう……。
「百舌鳥の早贄という言葉をなんとなく思いました。蛇は管理人で、融かした者にとって軍人も天衝種も保存食……食べるためか警告のためかはわかりませんが」
 エステルはゆっくりと首を横に振った。
「今は、少しでも情報を集めよう」
「そうですね」
 エステルはマルクにうなずいた。
「赤い星や、そもそも天衝種さえ融けていたとされる内容も。正気に戻った方がいればわかるでしょうか」
 気になることはたくさんある、けれども、今は……。
 目の前のことだ。
 きっと、一人でも多く助ける。
(寒さの中では調子良く動けそうですね)
 この寒さは、敵ばかりに利するものではない。エステルは、精霊に助力を乞う。
「人の出入りが失われ幾星霜……今生きる人々に協力していただけませんか」
「精霊の導きと、幸運あらんことを」

●預ける背中
 マルクの手にした不思議な箱は、寒さを閉じ込める。ゲルダの涙はあたたかい。確かな体温をもってあたりに広がる。
 望乃は蛇からの視線を感じ取り、ぎゅっと徽章を握りしめた。お守りのようににぎりしめたひよこちゃんは柔らかい熱を伝えてくるのだった。
 湧き出すツインズを、倒してしまえと割り切ってしまえば楽だった。
(ン。フリック 否)
 フリックの土壌に、ぴょいと、小さなリンゴが芽を出した。
 今回は――長期戦を覚悟している。
 望乃は静かに深呼吸をした。
「行きましょう」
(誰か、助けられればいい、思ってた。でも、あれ、人。何が、起こってる?)
 暗闇の中に潜む蛇。
 シャノは弓を握りしめ、狙いをつけて引き絞る。
(あの蛇、元凶? ……あれ、倒して、一人でも、多く、助ける)
 シャノにわかるのは、今、苦しむ魂が目の前にあるということだ。
「もう少し、辛抱、して」

 ツインヘッド。
 あの蛇が、群れのボスに違いなかった。
 列車の様に突撃する双頭の蛇の前に、ルナは飛び込んだ。敵を蹴散らしながら活路を見出していく。ルナが足場にした瓦礫が、バネのようにしなる脚で押しやられ、一瞬のうちに道となる。
 ルナが「先手を取る」のは必然だ。
 雨が、矢が降り注ぐ。
(敵、当たる)
 ここなら当たる。様子をうかがっていたシャノは弦を引いて、ツインヘッドごと敵に矢の雨を降らせる。
(蛇、的、大きい。敵、数、多いけど、これなら……。まず、蛇、狙い撃つ……!)
 矢の雨を受けてうっとおしそうに身をかがめた蛇は、感覚器官で一つの影をとらえた。
 光る、大きな巨体はよく目立つ。獲物に見えたことだろう。
(フリック 見ルカラニ 鈍重)
 ――そして頑丈だ。床に伏せ、線路の枕木をかいくぐったツインヘッドはのたうち、身をかわし、フリックの後ろに回り込む。
(フリークライが餌になるみてぇだな)
 ルナはまた壁を蹴り、それから天井を蹴って降り立った。
 これは、檻だ。
 素早いルナが、堅実に策を進めるマルクが、そして、損傷を補いつづけてその場に立ち続けるフリックが、それぞれに蛇を囲んでいる。
(どうやって獲物を狩るか、教えてやるよ)
 早く、速く、疾く――。
 雷鳴のごとくの音が響き渡った。
(問題ナイ)
 フリックの持つ熱がゆっくりとあたりの氷を解かしている。張り巡らされた根は、気温には左右されず、フリックを助けているかのようだった。
「今なら……っ!」
 マルクの手に輝く魔力の剣。収束した魔力を束ねた切っ先は、的確に敵を貫いた。
 暁闇を切り開く旭光が、暗い地下を照らす。
(大きい蛇、あまり、狩ったこと、ない。けど、数、撃てば、動き、邪魔、くらいは……!)
 シャノの狙撃が、蛇の進路を阻害した。楔の様に、互い違いに打ち込んだ矢を嫌い、避け、蛇の行動は迂回して遅れる。
「背中は任せたわよ、ラグナル!」
「ああ!」
 ジルの掛け声に合わせて、狼たちが吠えかかる。
 望乃は静かに息を吸い、癒しの力を込める。一足早くの春を感じるような、やさしいさきぶれだった。
「大丈夫ですよ」
 無謀ではない。この後押しがあれば、あと一歩、踏み出せる。帆を張った船に吹く追い風のようだった。

●ツインズは
 狼たちへの反撃を引き付けるように、エステルは果敢に前に出る。儚く見えるエステルは、しかし勇ましく攻めの一手を打つのだ。
「ラグナル様、ベルカ、ストレルカたち、あなた達が味方で心強いです」
「こっちのセリフだ」
 地下鉄のわずかな光を薙ぐように、神気閃光がまたたいた。
(ゾンビというよりはフレッシュゴーレムに近いでしょうか……? 親玉は蛇の天衝種……)
 ウルリカの思考はめまぐるしく働く。
(異様な風体、あの蛇がやったのでしょうか? 本当に……?)
 黒幕と断ずるには違和感を感じる。しかし今は。
 奇妙に理の捻じ曲げられた敵に、ウルリカは攻撃をたたきつける。冷たい風を押し返すような衝撃波が敵を足止めする。
(フリック 防御)
 耐えれば、仲間の負担は減る。時間を稼げば、チャンスは増える。
 蛇の攻撃に耐えながら、フリックは蛇を巧みに誘導する。もう息絶えた軍人のほうに意識を向けるよう――それは囮だ。けれども、生きているかもしれない者はいる。
 その証拠に、シャノのラフィング・ピリオドは。矢の軌道は、あえて一か所を避けている。
 救出はほかの仲間に任せ、シャノはツインヘッドを狙い続けた。鋭く研ぎ澄まされた矢の切っ先が敵を穿った。片方の蛇の目を貫いた。
「……!」
 貫いたのは左。しかし、右側にもまたダメージがあるらしかった。絡み合う首は入れ替わるが、それを望乃は見逃さなかった。
「一部の、痛覚を共有しているようです」
「わかった」
 となれば、ツインズへの対処も変わる。保護の方法も変わってくる。
 望乃は祈りを込めながら、天使の歌を響かせた。できるだけ助けたいのだ。勇気を奮い立たせるような歌。
「蛇、来てる! 気を付けて!!」
 シャノに手痛い一撃を喰らった蛇は、こんどは天井を這いフリックのうしろに回り込む。
 それを見た、望乃は少し息をのんで。
 フリックはうなずいたのをまた見て。
(頑張るからね!)
 望乃の声は途切れなかった。仲間に託し、祈るような思いを込めた。癒しの光が仲間を包み込み、フリックの動きが鈍ることはなかった。
 フリックは、背中を向けたまま、蛇を挟み込んだ。
(フリック 頑丈)
 エステルが武器を掲げた。光翼が羽ばたき、舞い踊る光が蛇を刺した。
――フリックの動きは鈍らない。極限状況下でもフリックは問題なく活動できる。鋼の巨人は守るために、聖域の守護者として、その性能をいかんなく発揮していた。
 絶対にそれ以上は動かさない。そうすれば……。
 マルクがいた。
 ブラウベルクの剣が、敵をまっすぐに刺し貫いた。そこへシャノの矢が突き刺さる。

 パンドラの匣。それは音もなく光もなく、香りだけで破滅を誘う。業炎を伴う香りはあたりに立ち込め、ツインヘッドの喉を焼いていた。
「覚悟しなさい、アタシの魔力はそう簡単に尽きないわよ!」
 ジル―シャの一撃が、ツインヘッドを打ちのめした。
 ツインズに対応しきり、手助けの余裕がでてきたということか。
 温度も、視界も敵のフィールドに近い。それでもなおイレギュラーズたちの動きは鈍らない。そして、匂いは。香りは――ジルの味方だ。
「……大丈夫。絶対、連れ帰ってあげるから――お願い、もう少しだけ頑張って! 諦めちゃダメよ!」
 天に住まう光の精霊たちを呼び寄せる温かな香りは、蛇のそれとはちがう痺れを与え、ツインズを地に組み伏せた。
 蛇のもつ毒ではない。動きを封じ、命を奪うためではない。戦闘から離脱させるためのもの。
「マルクッ!」
 マルクは、蛇の攻撃の致命傷を避ける。
「前線に立つことでの被弾は覚悟の上だ」
 必要とあれば、マルクは無茶もする。
(きっと、ツインヘッドを倒せば軍人達が弱体化する。そうなれば殺さずに助けられる可能性も高まる)
 一人でも多く、その命を救う。吹雪から救い出してみせる……。
 号令。
 号令。
 フリックは損傷を告げるエラーの代わりに、再起の号令を轟かせる。巨体が吹雪を遮り、どこか暖かかった。フリックの装甲は悪しきを跳ね除け、倒れることはない。
 望乃はぎゅっと手を握りしめると、仲間のために癒しの光を降り注がせる。
 蛇は、ジルの持っている何かを恐れた。
「頑張って。頑張るからねっ」
「戦闘続行 可能」
 蛇の頭を、フリックはがっしりと押さえつける。迫る牙を、抜くではなく、いっそ押さえつけて足止めに回った。それでも逃れようとする蛇に……ルナが回り込んだ。
「あん? そこそこ動けるのか? なんとしてもバックをとりてぇ、ってか?
だがよ、なめんなよ。機動力っつーのは、こういうもんだぜ!」
 天井と壁、そこが道だとするなら、ルナにとってはこの場所すべてが道だった。縦横無尽に飛び上がる脚力はすでに空を舞う域に達している。
「こっちだ、追いつけるか?」
 ルナは身をひるがえした。そこには、ウルリカの定めた銃口があった。
 AAS・エアハンマーからの一撃。
 砕波。爆音が響き渡る。
 エステルの不可視の攻撃が、蛇を貫いた。
 天より降る光輪が、あたりに輪を結んだ。凍り付いた地面に小さな芽生えがあった。今ある、零れ落ちない者のために、フリックの祝福は口付ける。

(デカブツとツインズは、仲間ってわけでもねぇ)
 なら、障害物としても利用できる。助けられるものは助ける、しかし……。あきらかに臓器の機能を失ったアンデッドは、無理だ。
「判断できるな?」
「ああ」
「そいつが戦士でいられるうちに、戦場で死なせてやれ」
 凍り付き、膠着した状態をマルクのコーパス・C・キャロルが溶かしていった。一つの事態に一つの対処。
「問題ないよ」
 ギリギリの駆け引き――よりも常に少しばかり余裕をもってマルクが行うそれは、高度な判断によって生まれるゆとりだ。
 賭けに出なければならないときもあるだろう。今はその時ではない。そうならないように――あくまでも堅実に、マルクは可能性を手繰り寄せる。
 蛇の動きは絶たれている。フリックが離れれば、すぐにマルクが貼りついた。
 暗闇に鈍い音が響いた。
「ぐっ」
 死ぬくらいならば、敵にあと一撃でも入れないと――熱くなる頭を、仲間の存在が止める。
「ラグナル、今は君がアイデの長なんだよね? なら、僕らはこんな所で君を失うわけにはいかないし、君だってこんな所で志半ばに、というわけにはいかないよね」
「限界か?」
「限界だな。若い狼たちに疲労が出てる」
 ルナの問いかけに、素直に答えることができた。
「……」
「この戦いはあくまで過程だ。厳しい冬を乗り越えて新皇帝を打倒し、前よりももう少しだけ暮らしやすい、人々……鉄帝国民とノーザンキングスの人達が手を取り合って生きていける、そんな世界を目指して戦うのだから」
「ありがとう」
 一人でも、凍えさせてたまるかと思う。

●葬送
 ツインズの大半は倒れている。
 猛攻に身動きの取れなくなった蛇が、ついに動きを止める。
――独りぼっちはさみしいものね。
 誰かの声。誰かの親切。ねじ曲がった思いを、フリックは聞いた。
(寂シサ 否定ハシナイ)
 それは、感情だ。 
(サレド 我 墓守。主 死 護ル者。
コノ寂シサコソ我ガ誇リ。
主 死 護ッテイル証)
 引きずられることはなく、フリックはフリックのまま、耳を傾ける。
(汝 我 止メル能ワズ。
ココデ止マルヨウナラ 我 ココニオラズ。
主亡キ世界デ目覚メルコト無シ)
 今、今なら蛇を倒せる。片方倒せばもう片方も……。
 あと一押しを。
 望乃は祈り、妖精に助力を乞うた。
(お願い、一人でも助けたいんです)
 エステルの調和が、あたりに満ちていく。冷気への祝福。傷はこれ以上悪化しない。
 シャノが一射を放った。刺さる前に、当たると分かった。
 星が、落ちる。
 赤くこちらをにらんでいた瞳が、ふっと掻き消える。
 ツインヘッドが倒れ、あたりの空気は少しばかりあたたかくなったように感じられる。
「もう、少し、だから。頑張って……!」
 シャノの一射が、崩れかけたツインズの脚をかすめる。支配が去ったからなのか、彼らの動きは鈍り始めていた。
 小さな小さな可能性を求めて、針に糸を通すように攻撃を重ねる。それでも多くは零れ落ちていった。
 けれども。
 フリックに降り注ぐ陽光。暖かなる風光が、一足早く春を呼ぶ。
「マーク?」
 フリックが呼ぶと、軍人は反応した。囚人の指先が反応した。
「マーク アルバート ラッセ」
 入れ墨された囚人の番号。けれども唇の形が名を告げた。
(死ネバ ミンナ 花)
 ドックタグすらも持たない、番号しかない者たち。フリックは目を閉じさせる。
「……助けられなくて、ごめんなさい」
 ジルは力尽きたツインズを、せめてと坑道の端へと運んでやった。身元を示すものはないか。小さなお守りが目に入った。
 助かりそうな見込みがあるものに、マルクは簡単な手当てを施し、望乃に引き渡す。
 死にゆく者に、望乃はその額を寄せる。片方はもう事切れていたが、もう片方は息があった。
(……助けられなかったら、せめて)
 すべては救えなかった。けれども息のあるものがいた。
「崩れる!」
 エステルはとっさにクレイモアを雪の山に突き立てた。雪洞が落ちてきた瓦礫を守った。局所的なものだった。

 戻ってきた首無し騎士の操る黒い馬車は、仲間たちを乗せてはいなかった。助かる見込みのある犠牲者を連れてくる。
 お人好しめ、とブランカは思った。
 雪の下に埋まるはずの誰かの遺体は丁寧によけられていて、のちに大半の身元が判明した。囚人ですらもだ。シャノと望乃、マルクらが手分けして集めたドッグタグは、遺族のもとに届けられた。
 ブランカもまた、まだ息のある囚人たちの手当てを手伝った。
 冷たくなり行く体温に寄り添い、手を握り、最期の言葉を聞き届ける。
 せめて、安らかに逝けるようにと。
 それは、イレギュラーズの作った時間だ。
「……案ずるな。お前の魂は、きっと常若の国に辿り着く――すべての痛みも、寒さも感じない、ティル・ナ・ノーグへ」
 ブランカはそっと祈りを送る。
「だから……もう喋るな。目を閉じて、今は眠るといい」
 涙を湛えることも、唇を噛みしめることもせず。ブランカは毅然と命の終わりを見届ける。
 それが、雪を司る女王の使命だ。
(やはり、この蛇も、生まれつき双頭であるわけではありませんね)
 ウルリカは油断をしなかった。蛇を調べたウルリカは、これが何者かの介入であることに気が付いた。

成否

成功

MVP

フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守

状態異常

フリークライ(p3p008595)[重傷]
水月花の墓守

あとがき

ツインへッド討伐、お疲れ様です!
不殺に徹したのが功を奏して、絶望的だった生存者もわずかにあったようです。
あったかくしてください。

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