PandoraPartyProject

シナリオ詳細

●REC・エントマChannel/温泉編。或いは、激闘! ビフォーアフター!…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ツムギ温泉
 豊穣。 
 寂れた宿……もはや廃墟のようなそれを背に、眼鏡をかけた女性がビシっとポーズを決めた。
『 Opa! エントマ・ヴィーヴィーの~! エントマ! チャンネル~!!』
 顔の横でピースサイン。
 明るく、大きく、はきはきと。
 エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)が撮影中の動画のタイトルを告げる。
 マイクを通した声が煩い。もともと声量が大きいのだ。
 彼女は動画の配信者だ。練達ではそこそこに名が知れているというが、ここ豊穣では奇妙な出で立ちをしたチンドン屋のようにでも見えていることだろう。
『今回は豊穣、カムイグラのある港町に来ています! 港町の名は“ツムギ湊”……と言っても、撮影場所は町の郊外、それも険しい山道を登った先の温泉宿なんだけどね!」
 寂れた、というのは宿の主に最大限配慮した言い方だ。実際はほとんど廃墟同然といった有様で、ツムギ湊の子供たちからは“天狗が出る”と評判の肝試しスポットと化している。
 なお、天狗は本当に出る。
 天狗……鴉の翼種の老人こそが宿の主であるからだ。
『今日の企画は題して“激闘! ビフォーアフター!” 宿の主、山々坊さんの依頼で、この寂れた温泉宿をプロデュースしたいと思いまっす!』
 エントマが手を横へ振る。
 浮遊式のカメラが引いて、隣に立った黒い翼の老爺を映した。高下駄を履いた隆々とした体躯の老爺だ。若いころは“山ン本部屋”の剛腕力士として名を馳せたとか、馳せていないとか。
「どうも。私がツムギ温泉宿の主、山々坊と申します。この度は我が温泉宿を“もだん”な雰囲気に改装していただきたいと思い、エントマ殿のお話に乗り申した」
 しわがれた声で、ニコリともせず老爺は言った。
 厳めしい顔つきも相まって、宿の主というよりも山一帯の山賊の親玉といった風に見える。要するに、顔が怖いのだ。
「長い年月の中ですっかり寂れてしまった。霊だか何だかの類も出るしな……私の前には終ぞ姿を見せたことはないけれど」
 曰く、宿泊客が霊を視たとか、視ないとかで一時期は良くない噂が流れたこともあるとか。
 見えたのはボロを纏った老人の霊と、赤い着物の童の霊との2種類だ。仲が悪いのか、宿泊客の目の前で喧嘩を始めたという奇妙な話も伝わっている。
『霊か……コメントしづらいな。話変えよう。えーと、山々坊さんはもうすぐ引退するとか?』
「うむ。歳も歳であるからな。だが、ここの温泉にはいい湯が沸くのだ。若いころに私が掘ったものではあるが……ご覧の通り、宿の見た目は廃墟も同然。これではいい湯が沸いても人は訪れない」
『でもでも、山々坊さんが引退しちゃったら、改装しても意味がないんじゃ?』
「その時はその時よ。ツムギの城主様にでも託して、民が好きに使える湯治場にしてもらうのもよかろう。誰ぞに引き渡すにせよ、城主様に託すにせよ、このボロのままでは貰い手もあるまい」
『うんうん。見た目より中身なんて言うけどね、実際、見た目って大事だよね。よく分かるよ! 性格がクソでも見た目が良けりゃーチヤホヤされて、あんチクショウめ……こっちがどんだけ企画練って頑張ってると……! なんだってテメーのブロマイドは1枚5000Gもするのよ! ぼったくりじゃーねぇのか? あぁん?』
 配信者として生計を立てていく中で、きっと何か辛い思いをしたのだろう。
 たぶん、きっと……一瞬、エントマの本心が漏れた。
『えー、今んとこはカットで。はい、編集点』
 両手はちょきで。
 咳払いをひとつ。
『というわけで、今日はこの温泉宿を劇的素敵にプロデュースしてくれる闘士たちを呼んでいるよ! では、登場していただきましょう!』
 両手を左右に大きく広げ、エントマは高らかにゲストの登場を宣言する。
 だが、誰も来ない。
「……誰もおらんが?」
「そりゃそうでしょ。まだ呼んでないし、誰が来るとか私だって知らんもん。これはオープニングの撮影だからね。続きはまた今度、撮影しに来るから」
 と。
 カメラを止めてそう告げて、エントマは宿を後にする。

●ツムギ温泉宿の改装
「まず、外観が酷いね」
 顎の下で手を組んで、エントマは唸るように言う。
 雨風に傷んだオンボロの壁に、罅割れや苔に覆われた瓦屋根。歩く度に軋む廊下と、滑りの悪い戸が何か所か。
「ただ、こちらは山々坊さんの方でどうにでもなると思う。まぁ、今風に手は加えさせてもらうけど」
 脱衣所と温泉、宿泊室、調理場の状態が悪く無いのは、山々坊が1人で手入れを続けられる範囲がそれで限界だったからだろう。
「次に、温泉のPRが弱い」
 指を2本立てたエントマは、温泉の湯のサンプルと、検査結果を記した用紙をテーブルに置いた。
 温泉の種類は合計3つ。
 【恍惚】が付与される代わりに、その他の状態異常や傷の癒える“幸福の湯”。
 【封印】が付与される代わりに、機動力と反応が上昇する“天狗の湯”。
  一時的に、周囲の対象へ【魅了】を付与する技能が身に付く“天女の湯”。
「それぞれを男湯、女湯、その間にある変な足湯に分けて流し込むんだってさ」
 温泉の源流にある送水管を付け替えることで、温泉の湯は入れ替えることが可能だ。以前は日ごとに男湯、女湯、変な足湯の効能を変えていたらしい。
 エントマは見取り図の中心を指さして、首を傾げた。
「ここ、1階の中央にある吹き抜けスペースがさっき言った変な足湯ね。2階の宿泊室から覗くこともできるんだけど」
 池のような広い足湯の真ん中には、何故か土俵が設けられていた。
 湯治客たちは足湯で疲れを取りながら、相撲の試合を観覧できるというシステムらしい。それに需要があるかは不明だが、きっと山々坊の趣味なのだろう。
「そういう変な効能の無い普通のお湯も流れているけどね。以上の効能をどういう風に広めるかっていうのが課題だろうね」
 単なる温泉であれば、どこにだってあるのだ。
 温泉の効能は癖の強いものだが、きっとどこかに需要がある。
 土俵に需要があるかどうかは不明だが……。
「そして温泉にいる霊の話ね。なんでもボロ布を纏った老爺の霊と、赤い着物の幼子の霊の2種類がいて、喧嘩しているらしいんだよね」
 老爺の霊は、対象に【塔】を付与する技を。
 幼子の霊は、対象に【覇道の精神】状態を付与する技を。
 それぞれ扱うと聞いていた。なお、どちらの霊も複数体が確認されている。
 つまり、宿のどこかで霊同士が抗争を行っているのだ。
「外観の改装は山々坊さんの方でどうにかしてもらうとして……温泉のPR、そして除霊の2つが目下の課題だね! さぁ、諸君! エントマChannelの高評価およびチャンネル登録者数増加を目指して、知恵を絞るといいよ!」
 

GMコメント

●ミッション
ツムギ温泉宿の活性化施策を成功させる

●課題
①温泉効能のPR
男湯、女湯、土俵付きの広い足湯の3つがある。
湯は以下3種類。男湯、女湯、土俵付きの広い足湯のどこに、どの湯を流すか選ぶことが可能。
【恍惚】が付与される代わりに、その他の状態異常や傷の癒える“幸福の湯”。
【封印】が付与される代わりに、機動力と反応が上昇する“天狗の湯”。
一時的に、周囲の対象へ【魅了】を付与する技能が身に付く“天女の湯”。

②霊同士の抗争
ボロ布を纏った老爺の霊の軍勢と、赤い着物を纏った幼子の霊の軍勢が夜毎に抗争を繰り広げている。介入し、解決することが必要となる。
老爺の霊は、対象に【塔】を付与する技を使用する。
幼子の霊は、対象に【覇道の精神】状態を付与する技を使用する。

●フィールド
豊穣。ツムギ港郊外、険しい山道を登った先にある温泉宿。
1階設備は、食堂、調理場、男湯、女湯、中庭に当たる箇所にある土俵付きの広い足湯。
※土俵の周囲を、ぐるりと足湯が囲んでいる形状。
2階設備は、宴会場および複数の宿泊室。宿泊室の窓からは、中庭の土俵が見下ろせる。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ●REC・エントマChannel/温泉編。或いは、激闘! ビフォーアフター!…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年01月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。
観音打 至東(p3p008495)
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)
花でいっぱいの
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
玄野 壱和(p3p010806)
ねこ
若宮 芽衣子(p3p010879)
定めし運命の守り手
夜摩 円満(p3p010922)
母なるもの

リプレイ

●客がいない
 冷えた空気に、白い湯気が立ち昇る。
 ここは豊穣。
 ツムギ温泉宿の門前。やや緊張した面持ちの鼻の長い老爺がひとつ礼をした。彼の名は山々坊。寂れた温泉宿の主で、宿の復興を目指す今回の依頼人である。
 それともう1人。寂れた建物を背にポーズを決める女性がいた。
 猫耳に似たヘッドギアから、軽快なBGMが鳴り響く。
「えーっと……。えー、そんな山々坊さんの不安を拭うべく、8人のイレギュラーズが立ち上がりました! リフォームの匠の皆さんッス!」
『蒼騎雷電』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)の紹介を受け、7人の男女がカメラの前に登場した。カメラを構えたエントマへ、イルミナはチラと視線を送る。これでいい? と目で問えば、返って来たのはサムズアップだ。
「撮影だかって言ったか? こんなものを撮って本当に効果があるのかね?」
 甚だ疑問だ、と山々坊の顔に書いてる。だが、エントマは八重歯をキラリと光らせて、山々坊へ言葉を返した。
「ペンは剣よりも強しって言うっしょ? それでさぁ、実はマイクは大砲よりも強いし、カメラを合わせれば国だって落とせるんだよね」
「ふ、む?」
 納得がいかない、という風だ。
 そんな彼へ微笑みかけて、『胎児の夢を視る』観音打 至東(p3p008495)は胸を拳でドンと叩いた。
「ご安心めされよ。何を隠そうこの観音打 至東、実家では温泉旅館を経営してもらっている身! その経験を生かし、ばっちりプロデュース仕ります!」
 なお、実家の温泉旅館とやらには、現在“温泉”が無いらしい。言わぬが華、ということで誰もそれを言及しないが。

 温泉宿を紹介するには、湯の効能や湯場の様子を客へ分かりやすく伝えなければならないはずだ。
 そして、それを成すには、実際に湯に浸かってみるのが一番である。論より証拠と昔から言うし、百聞は一見に如かずとはまさにその通り。
 かくしてエントマおよび夜摩 円満(p3p010922)、『定めし運命の守り手』若宮 芽衣子(p3p010879)の3人は、湯場の1つに足を運んだ。
 現在、湯場には男女の暖簾をかけてはいない。3人が訪れた湯場には“天女の湯”と呼ばれる種類の湯が引き込まれていた。
「温泉……いいですよね。何か過去によく入っていた気がします……覚えていませんが」
「ふぅ……あ、"灰被り"溶けちゃった」
 広い湯船に足を伸ばしてくつろぐ2人。体にはタオルを巻いているが、きっとそれも必要無かったかもしれない。
 円満の髪色は黒、芽衣子の髪色は朝焼けにも似た金色だ……が、しかし2人ともが光っていた。直視できない程度には眩しく、なるほどこれが“天女の湯”の由来かと映像を視た誰しもがそう思うだろう。
 2人の放つ輝きは、果たして温泉の効能か? 否、自前で用意した後光を背負っているだけだ。多少の誇張も温泉PRにはつきものなのだ。
「……やっべ、人選ミスったかも?」
 カメラを回すエントマは、瞳を細めてそう呟いた。

 1階中央。中庭にあたる部分には、土俵が設置されている。宿の主である山々坊の趣味だった。今は老いたが、元は山ン本部屋という相撲部屋の力士だった身だ。引退したとはいえ、相撲は取るのも、見るのも好きだ。
「あ゛ぁ゛~、癒されるゥ~……山道で疲れた足に染み渡るゥ~」
 土俵の外周は、ぐるりと足湯に囲まれていた。恍惚とした表情で足湯に浸かる『ねこのうつわ』玄野 壱和(p3p010806)を見るがいい。今の彼のように、足湯を愉しみながら相撲が観戦できるという設計だ。
「幸せだァ~」
「それは何より。ついでに相撲の素晴らしさも全国に向けてぴーあーるしましょう」
 壱和の様子を横目に見ながら『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は土俵の状態を確認していた。
 これなら少し足元を均せば、すぐにでも相撲が取れるだろう。

 湯船の中央にドラム缶は直立していた。
 ドラム缶の中に詰まった小柄な少女の名は『お師匠が良い』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)という。
「くぅ〜〜全身に染み渡るぽかぽか感、たまらないねっ!」
「そうか。それは何よりだ。幸福の湯は怪我や病気に効く。湯治に最適だろうからな。ところで……」
 鋼の右腕で湯を掬いながら『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)はリコリスの纏うドラム缶に視線を向けた。
 なぜドラム缶に入ったまま湯船に? 目が口ほどに物を言っているではないか。
「えっ? このドラム缶? これはね、ボクの魅惑のむちむちぼでぇがお茶の間に流れて怒られないようにするための策で……」
「そ、そうか。まるで湯煎みたいだな」
「これは湯煎じゃないよイズマおにーさん! 熱燗って言うんだって、至東さんが言ってたの!」
 抗議の声を上げるリコリス改めドラム燗が揺れていた。何はともあれ、楽しそうなら問題はないとイズマはその場を後にする。湯の確認が済んだので、次は中庭へ向かうのだ。

●温泉宿の慌ただしい1日
 ガコーン、と音が鳴り響く。
 金属を足で蹴った音だ。ドラム缶が揺れ、中に入ったリコリスごとに湯船の中へ倒れ込んだ。
「あっしまったドラム缶が倒れて……!」
 咄嗟の脱出も間に合わず、リコリスは水没。慌てて脱出を図ろうとするが、何者かの手がそれを阻んだ。
「っ!? がぼぼ!?」
 誰! と叫ぼうとしたのだろうが、声が出ない。肺の中の空気が吐き出されるだけだ。湯にぼやけたリコリスの視界に、黒衣の老人の姿が映る。

 同刻。
 温泉宿の入り口付近に、イルミナとエントマの姿がある。
「立地的にはいい感じに秘湯! って雰囲気で良いッスね。うまいこと宣伝すればきっとお客さんは呼び込めると思うッスよ!」
 イルミナの肩には、木製の看板が担がれていた。
「実際どんな効能なのか、はハッキリと示しておいたほうがお客さんには伝わりますからね!」
 邪魔にならない位置にそれを突き立てながら、イルミナは少し宿から離れた。立てた看板の位置が悪くないかどうかを、遠目に確認しているのだろう。
 数十秒ほど、角度を変え、位置を変え、看板を確認していたイルミナだが、やがて腰に手をあてて深く頷き、満足そうな顔をした。
「こっちはこれで良さそうッスね。ささ、エントマさん。幸福の湯、行っときましょう! アーカイヴァーとしてバッチリ記録しておきますんで!」
「了解りょうかーい! っても、年齢制限がかかるような動画はNGよ?」
 
 善は急げ、という言葉がある。
 現在、ツムギ温泉宿は改修およびPR動画の作製中だ。だが、その間は休館としてしまうのはあまりに惜しい。
 動画を撮るなら、実際に客の反応も欲しいということでイズマが知り合いに声をかけているはずだ。到着は今日の昼過ぎ予定。
 もう暫くもすれば、十数名ほどの集団客が宿に訪れるだろう。
 と、いうわけで至東は現在、台所に立っていた。トトトと小気味の良い音で野菜を細かく刻んでいる。
「首尾は?」
 調理の手を止めぬまま、至東は背後へ問うた。
「上々」
 暗がりの中で男が答える。宿の改修作業に呼ばれた大工の棟梁である。
「ならばいい。湯治場の修繕が終わったら、私も――あとは分かるな、ぎょうしゃ?」
「無論。報酬分の働きはするさ」
 短く言葉を返した男は、足音もなく暗がりの中へ姿を消した。

 宿の2階。薄暗い廊下を壱和が歩く。
 時々、足を止めた壱和が視線を左右へと巡らせた。すぅ、と細めた瞳でもって何かを見極めようとしている風である。
「さて、そこかしこに気配はある。まったく、折角気持ちよくなってたってのに無粋な奴らもいたもんだナ」
 宴会場の襖を開けて壱和が中を覗き込む。当然、そこには誰もいないし、暫く使っていないのか、空気の流れも淀んでいた。
 だが、確かに“何か”がいた気配はしている。それはきっと、宿に住みついているという霊たちだ。
「オレたちが来たんで、あちこちに散って行ったのかナ? あぁ、温泉の方か……そう言えば、リコリスは平気かナ?」
 つかれていたようにも見えたけど。
 なんて、零した声は誰の耳にも届かない。

「これは……なに?」
 目を見開いて芽衣子はそう言葉を零した。
 黄金色の瞳には、湯を撒き散らし暴れ回る幼子や、黒衣を纏った老人たちの姿が映る。つい数分ほど前のことだ。どこからか続々と浴場に立ち入って来たのは黒衣の老爺たちだった。
 老爺たちは不気味で下卑た笑みを浮かべて、芽衣子と円満を取り囲んだのだ。さらにタオルで体を隠した2人が慌てて湯から上がった瞬間、今度は赤い着物を纏った幼女たちがどうと雪崩れ込んで来た。
 幼女たちは、芽衣子と円満を守るように間に割り込み……そして、すぐに老爺ともども“魅了”にかかって、無差別に暴れ回っているのが現状である。
「なるほど、こうなるんですか。この湯に入れば天女の如く綺麗になれること間違いなしですね」
 そっと芽衣子を抱き寄せて、さらりとした金の髪を優しくなでる。不安なことなど何もないと宥めるように……もっとも、芽衣子は別に目の前で起きる騒乱に恐怖や不安は抱いていないが。
「言ってる場合? 鎖で遊んであげたり、お菓子をあげたりするべき? 爺にはお茶と煎餅を差し出す?」
「ふむ?」
「こんな場所で争うだけ無駄。理由を聞いて話し合えばいい」
 芽衣子が右腕を伸ばすと、じゃらりと鎖が床へと落ちた。
 と、思えばまるで蛇のように鎖がうねる。水飛沫をあげながら、芽衣子の鎖が床を這う。黒衣の老爺とつかみ合いの喧嘩をしていた幼子を締め上げると、芽衣子は鎖を引き戻す。
 ぽーん、と宙を舞った幼子の身体を抱き止めたのは円満だった。
「はい、いい子いい子。さぁ、向こうで少しお話しましょうね。どうして争うのか聞かせてください」
 幼子の霊を捕獲して、芽衣子と円満は脱衣所へと逃げ込んだ。

 山道を歩く男女が合わせて13人。
 イズマが呼んだツムギ湊の人々だ。つまりは温泉宿の客ということになる。
「聞いたか? 温泉は週替りで湯の効能が変わるらしいぞ?」
「私は天女の湯が気になるわ」
「温泉卵もあるって話だが、卵の方にも効能はあるのかな?」
 険しい山道だ。冬だというのに、彼らは額に汗している。だが、温泉の効能について語る彼らの表情は、実に楽しそうでは無いか。
 だが、そのうち1人がふと足を止めた。
「なぁ、あれ……」
 彼が指差したのは、川岸に引っかかっている赤いドラム缶だった。ドラム缶の口からは、ほっそりとした白い腕が伸びている。
「仏さんか? 捨てていかれたか、上流から流れて来たのか……どちらにせよ惨いことをする」
 誰かが言った。
 1人、2人と手を合わせて遺体に祈る。
 だから、彼らは気づかなかった。ドラム缶からダラリと垂れた白い腕が、ピクリと動いたそのことに。

 土俵の土を手で掬い、ルーキスは視線を上へと向けた。宿の2階廊下には、料理や部屋置きの菓子を運ぶ至東の姿が見える。
「霊の姿はありませんね」
 それだけだ。
 乾いた土を土俵へ戻して、その場で軽く体を解した。
 そんなルーキスの背後で足音がする。
「……ルーキスさん、相撲やろうか!」
 そう言ったのはイズマである。
 本番は客が来てからだ。
「勝敗を当てた人に抽選で宿泊券プレゼント、というのもいいかも知れないし、相撲大会を開くのもありじゃないか?」
 細剣を帯ごと外して、イズマが袖を肩まであげた。
 ルーキスは装備と上着を脱ぎ捨ててから、足湯のお湯を身体へかける。
「いいですね。多少の傷なら癒えますし“幸福の湯”や“天狗の湯”は相撲取りにとっても嬉しい効用かと」
 温泉の効能には癖がある。
 だが、決して不要な効果ばかりではない。足場を確認するように、軽く左右へ身体を跳ねさせるルーキスの動きは、いつにも増して俊敏だ。
 2人は土俵の中央に立ち、ゆっくりと腰を低く沈めた。
「需要が無い? ならば、新しく拓けば良いのです!」
「その意気や、良し!」
 2人が土を蹴ったのは同時。
 そして、直後。
 ドウ、と地面が震えるほどの大音声。
 浴場へ繋がる襖が吹き飛び、黒衣の老爺と赤い着物の幼子たちが中庭へ溢れ出す。

●温泉宿、再始動
「ぬぁぁ!? 直したばかりの襖が!」
 イルミナの悲鳴が中庭に響いた。
 その隣を駆け抜けたのは至東だ。その手は既に腰の刀にかけられている。
「ヤッパを持て! 打って出る!」
 大人しくするなら話を聞いてやることも出来たが、直したばかりの宿を破損させたとなれば話は別だ。
 至東の振るうレーザーブレードが、老爺の首に叩き込まれる。意識を失い、影と化して老爺は消える。大丈夫、峰打ちだ。

「迷惑かけられた分は働いてもらうッスよ!」
 滑るようにイルミナが駆ける。
 着物の幼女を横から攫い、廊下へ投げては無力化していた。
「交渉……いえ、戦闘で止めるしか無いでしょうね」
 残念だ。
 そう呟いたルーキスが、腰を低くし左右の腕を前へ繰り出す。目にも留まらぬ高速の張り手が、黒衣の老爺の顔面を打って土俵の外へと弾き出す。
 その背後では、イズマが気勢を上げていた。襲い掛かって来る黒衣の老爺の頬へ裏拳を叩き込み、地面に転がす。
「いい加減にしろ、話を聞け! 山々坊さんの宿で好き勝手に争うな!」
 細剣を拾い上げながら、イズマが声を張り上げる。
 その声に反応してか、イズマの元へ大挙して押し寄せる老爺たち。不吉な瘴気を纏った手で老爺はイズマの肩を掴むが……。
 骨ばった老爺の指が、肩の肉を抉るその寸前、横から叩きつけられた業火の渦がその痩身を飲み込んだ。

「温泉に来てまでわざわざ喧嘩してるの? 何やってるのもう!」
 水着姿のリコリスである。
 翳して手からは黒い煙が立ち上る。
 彼女が腕を一閃させれば、その瞬間に業火が吹き荒れ、老爺たちが炎に飲まれた。
「ダメでしょ! めっ!!」
 “めっ!”ていうか“滅っ!”。
「お前、溺死させて川に流してやっただろ!?」
 リコリスに気付いた老爺の1人が驚いたような声をあげた。リコリスの背後には、炎から逃げた赤い着物の幼子たちが集まっている。
「……フゥン? キミなんだね? 温泉にボクを沈めたのは……」
 牙を剥き出しにして、リコリスは低く唸り声をあげた。眉間から鼻にかけて皺が寄った、獣のごとき形相である。
「悪い幽霊さんは温泉の焚き付けにしちゃうぞ! ついでにこのむちむちぼでぇの虜になっちゃえ!」
 たん、と。
 床を蹴る音がして、次の瞬間、老爺の身体が土俵に倒れた。
 その顔面に、リコリスの蹴りが深く突き刺さったのだ。

「つまりね、これは福の神と疫病神の前面抗争なの」
 だらん、と円満の膝を枕に寝そべって、赤い着物の幼女は言った。心地よさそうに目を閉じて、すっかり寛いだ様子であった。
 円満はそんな彼女の頭を撫でて、おや? と首を傾げて見せる。
「この宿が寂れたことと関係はありますか?」
「あるよ。疫病神が来て以来、客足が遠のいちゃった。だから追い出そうとしているんだけど」
 両者の実力は拮抗しているのだという。寂れた宿が、今も辛うじて営業を続けられているのは幼女……福の神たちが交戦した結果なのだろう。
「やるべきことは分かったね……手を貸してもらえるかな?」
 芽衣子の視線が向いた先には、壱和とエントマが立っている。

 喧々囂々。
 手や足、そして罵詈雑言の嵐であった。
 そんな中へ跳び込んで行くのは、芽衣子と壱和だ。後光を背負った芽衣子を見て、エントマの脳裏に煽り文句が浮かび上がった。
「福の神に会える宿……これで決まりだね」
 そう思えば、芽衣子の振るう鎖さえもどこか神々しく見える。見えないのなら、編集で光を足すまでだ。
 
 それから暫く。鎮圧された霊たちだが、未だに罵り合っている。
 これでは話も出来やしないと、動いたのは壱和であった。拳を握って両者の前へと歩み出ると、魔力を纏った渾身の拳を土俵へと叩きつける。
 振動。そして、魔力の波が霊たちを襲う。
「少し、黙ろうカ? ナァ?」
「何を童が。小さな身なりででかい口を! その気になれば」
 と、黒衣の老爺が怒鳴り返した。
 じろり、と老爺を冷たい目で見た壱和が告げる。
「言っとくが、こっちについてんのは霊をも喰らう御[ねこ]様ダ。生半可な力で勝てると思うなヨ?」
 言い淀んだ疫病神が、互いに視線を交わし合う。それから、ひそひそと何事かを相談すると、そのうち1人が溜め息を零した。
「客が来るのか。お前らが手を入れたせいで、陽の気に傾いて気分が悪い」
 回りくどい言い方だが、それは疫病神たちの事実上の敗北宣言なのだった。

 団体客が湯を楽しんでいる間に、イズマとルーキスは荒れた土俵を整備していた。
「ぷひー! やっぱり温泉は素肌で感じるに限るね!」
 それを眺めるリコリスは、どうやら湯上りのようである。
 リコリスに続いて、イズマの呼んだ客たちが中庭へと集まって来た。湯はいい温度だったのだろう。皆の顔は上気している。そんな彼らへ、エントマとイルミナは突撃取材を仕掛けていた。
「ふむ。どうかな? ここで一番、取り組んでみるのは?」
 そう言ったのは山々坊だ。
 ルーキスとイズマは顔を見合わせ、頷き合った。
「よっしゃこーい! 相撲だ!」
 上着を脱ぎ捨て叫ぶルーキスの声は、温泉宿の隅まで響き渡っただろう。

成否

成功

MVP

若宮 芽衣子(p3p010879)
定めし運命の守り手

状態異常

リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)[重傷]
花でいっぱいの

あとがき

お疲れ様です。
ツムギ温泉宿のPRは完成し、徐々にですが客足も戻り始めました。
全盛期ほどとはいきませんが、きっと時間が解決してくれるでしょう。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

※なお重症は湯冷め的なものです。

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