PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ともかづき

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●溺れていけ、深く深く
 食えりゃなんでもよかったせいか、どうにもこの腹は大食いだ。
 なにも食わねえお前とは対象的に、俺は今日も空腹でめまいがする。
 付近の海域の魚介をまたたくまに食い尽くし移動する日々。
 沖へ行くに連れて海は深く深く、見た目にもまずい魚ばかりを腹へ詰め込む。
 たまにはうまいもんが食いてえとぼやいた俺にお前は言ったな。
「あたしを食べる?」
 誰がそんなことをするものかよ。戯言だとしてもひどすぎるだろう。ああ、だけども、お前のその一言のために俺の正気は侵食されていく。
 抱きしめた体のやわらかさよ、しっかりと手応えを返してくれる美麗な四肢よ。これを食んだならどんな味なのか。お前のその身が虫に侵された肉塊なれば、食らうことでひとつになれるなにかもあろうか。だがしかし俺はお前を選んだのであるからして、最後の一線は越えずに朝と夜を重ねてつかのまの甘美に酔ってはひととき空腹を忘れた。
 そんなある日だった。お前がそれを見つけたのは。
「ねえ、今朝偶然この子を見つけたの。あたしたちの子供にしようよ。大事に大事に育てよう、ね?」
 よだれがわく。腹が鳴る。胃の腑が食欲に引っ張られている。貪婪な禿鷹のごとく。
「返してこい。俺がまだ俺でいられるうちに、頼む、阿真」

●依頼

「……オーダーは海域の調査、以上」

【無口な雄弁】リリコ (p3n000096)はそう告げると黙ってしまった。どう言葉にするべきか迷っているようだった。細く小さな体はおよそ子供らしい快活さに欠け、感情を見せない瞳は伏せられている。大きなリボンだけが憂鬱そうにさやさやと揺れていた。
「……依頼主は豊穣の愛宕村、の村長から。古い漁村で、昔から漁で生計を立ててきた。けれど先月の中頃から原因不明の不漁が続いている。それが……」
 リリコは顔をあげた。
「……魔種のしわざかもしれないと不安が広がっているの」
「なぜですか?」
 ルーキス・ファウン(p3p008870)が素朴な疑問を口にした。
「資料による、と」
 エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が思慮深げな視線を机上の書類へ落としたまま口を開く。
「不漁が始まると、同時、に。村の浜辺へ、食いちぎられた、魚の死骸が、大量に、流れ着くようになった、そうだ」
「あからさまにきなくせえな」
 型破 命(p3p009483)が腕を組む。
「……決定的な証拠がひとりの海女の証言」
 リリコは先を続けた。
「……その海女は生んだばかりの赤子を小舟に残して、様子を見ながら潜っていたそうなの。だけど高波が来て船から赤子が海へ滑り落ちてしまった。気づいた海女はすぐに赤子を追いかけたけれど、そこへ人に似た影が現れ、赤子を奪っていった。ともかづきが出たと現地の人々は恐れて漁を控えている」
「ともかづきねェ」
 武器商人(p3p001107)は笑みを浮かべた。
「あれは過労による譫妄だと言われているけれど、件の海女はそんな状態ではなかったのだろう?」
「……そのとおりよ、私の銀の月」
 その海女はまだ若く元気で、事故にあったのはまだ漁へ出てこれからが稼ぎ時という頃だったという。独り身でありながらも、授かった我が子を大事に育てていた海女は、赤子を奪われて嘆きの縁にいる。
「……行方不明の赤子を、なんとしても探してほしい、骸でもかまわないと、当事者の海女から訴えが来ているけれど、村長としては諦めているみたい」
「調査だけなら沖へ出て見回りをしたり海中へ潜ってある程度情報を持ち帰ればいいだけですが、赤子をとなると村周りの海域をしらみつぶしに探さないといけないわけですね。たしかに依頼期間のなかで達成するのは難しそうです」
 ルーキスは残念そうに眉を寄せた。
「そう、だな。魚の死骸が、どこから、流れてきているかを、つかめば、有力な証拠になりそう、だな。調査だけなら、な」
 エクスマリアが無表情の中へ、わずかに哀惜の念をにじませた。
「まあ、まずは原因をつかまねえとどうにもならないよな。ここはひとつ調査に専念して、かわいそうだが赤子は二の次ということでいいか?」
 命が顔を向けたその先には、唇を噛み締めている雪風(p3p010891)の姿があった。

●孤島にて
 おぎゃあおぎゃあ。火がついたように赤子は泣き続けている。その子を腕に抱いたまま、女は裂の背中を見つめた。
「ねえ、そんなに怒らないでよ」
「怒ってねぇよ。早くその赤子を返してこいって言ってるだけだ」
「そうだけど……でも、でも……」
「乳も与えられねぇんだぞ。この島の真水を飲ませてどうにか持ってるが、早晩そいつは飢えて死ぬ。俺らは壊すことはできても生み育てることはできねぇ」
「……うん、でも、もう少しだけこうしていたい」
 沖合に浮かぶひとつの小島に、二体の魔種は居た。裂は空腹でいらだつ胸を押さえつけ、聞き分けの悪い阿真を説得していた。あと3日もすればこの海域の魚を食べ尽くす。そうなればまた流浪の旅へ出ねばなるまい。ただでさえ長距離移動に赤子は足手まといだ。
 なにより、血色のいい肉の臭いが裂を誘ってやまない。奈落の底へと。。きっと赤子の血は甘く、肉は舌に快く、この厄介な腹を満たしてくれるだろう。だがその一線を越えたなら、自分はきっと理性をなくす気がする。焦燥が裂の心をさらにささくれだたせていた。
 おぎゃあおぎゃあ。赤子の泣き声が天へ吸われていく。母を恋い慕う声が。

GMコメント

みどりです。
「●溺れていけ、深く深く」と「●孤島にて」はPL情報ですがフレーバーなので気にしなくてけっこうです。といいつつけっこう重要なことが書いてあったりしますが。
ともあれ、あなたがたは海域の調査にでかけ、原因である魔種を見つけ出さなければなりません。制限時間は3日です。

●成功条件
1)二体の魔種を見つけ出し、赤子を受け取るまたは奪い取る

●魔種側の状況
猛烈に腹をすかせている裂が食人衝動と戦っています。彼の理性がぷっつんするのもだいたい3日後でしょう。
その裂と、偶然手に入れた赤ちゃんを育てたいと考えている阿真とが言い争っている状態です。


「<最後のプーロ・デセオ>屍山に血河 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8562」にて反転したPCさん。
阿真
かつてその妻であった魔種。裂との永遠の愛に憧れ反転しました。正体は寄生虫の塊。
家族への憧れもあるようで、彼女から赤ちゃんを返してもらうには戦闘か説得かしなくてはなりません。

なお戦闘の場合は裂も加わってきます。彼の力は現時点で未知数です。

●フィールド
豊穣、愛宕村近辺の海域。
大小の小島が並ぶ遠浅の海。天気は良好ですが、潮の目が荒くときおり高波が来ます。
村から5kmほど離れた時点でがくんと水深が深くなり、調査不能になります。
フィールドの形は愛宕村という点を中心にした半径5kmの半円と考えておくとイメージしやすいかもしれません。

●赤ちゃん
常時泣きわめいています。お腹が空いているのです。3日過ぎれば飢えのあまり衰弱死するでしょう。

●足
希望する台数の船が愛宕村から貸し出されます。ただし、自前で小型船を持ち込んだほうが有利に判定されます。

  • ともかづき完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年12月31日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
武器商人(p3p001107)
闇之雲
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
型破 命(p3p009483)
金剛不壊の華
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで
雪風(p3p010891)
幸運艦

リプレイ


 おねがいします……おねがいします……。
 土下座をする海女は幽霊のようだった。我が子をともかづきに奪われ、乳ではった胸が痛むたびに怒りと嘆きが津波のようにぶりかえす。その横で村長はなんとも言えない視線をイレギュラーズへ送った。
「無理にとは申しません」
 しかし、と続けるのを自ら口を閉ざし、村長はイレギュラーズへ深々と腰を折った。
「仕事はきっちりこなした上で、探すだけ探す分には……」
『矜持の星』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が無表情のまま言う。
 ありがとう……ございます……おねがいします……おねがいします……。
 土下座をしているから、海女の顔は見えない。けれど妙に白いうなじがやたらと目に焼き付いた。海女の懇願はあぶくのようにはじけて隙間風にさらわれていった。

 捜索は夜半にまでおよんだが、一日目はなんの成果も得られなかった。
 寒風は容赦なく体温を奪い、冬の海は暗く重い。
 時折襲い来る高波への対策がなく、季節柄日照時間が短いのも捜索の難航に拍車をかけた。
「今日はこのへんにしとくかあ」
『金剛不壊の華』型破 命(p3p009483)をしてそう言わしめるほど、イレギュラーズたちは疲弊していた。
「一日目でこれって、大丈夫かしらん? 明日に疲れを残さないためにも、さっさと寝ちゃいましょ」
 先を危ぶむ『北辰より来たる母神』水天宮 妙見子(p3p010644)は冷え切った体を己で抱きしめて白い息を吐いた。
「私とイズマちゃんはまだまだいけるわよ。イズマちゃんは寝なくていい体だし私の暗視を組み合わせれば……」
「いや」
『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)の主張に、当の本人である『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が首を振った。
「たしかに俺は睡眠不要だが、リカさんはそうではない。だからといって俺が強引に単独行動をとったところで、万が一ともかづきが魔種だった場合、対処のしようがない。逃走一択になって振り出しに戻ってしまう」
 いや、魔種に警戒させてしまうから状況はより悪くなるか。
 イズマはそう思案した。
 一同の間を重い空気が流れる。
「もう引き上げるしかない、ですね。まだ依頼期間は残っています。全力を尽くしましょう」
『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)がうつむく。一同はため息交じりに陸へひきあげた。後ろ髪を引かれながら。今回の依頼期間は短いようで長い。その期間を利用して愛宕村を襲った不漁の元凶を探しださねばならない。
 港へ戻ると、『闇之雲』武器商人(p3p001107)が皆を待っていた。
「おかえり。我(アタシ)の用意した海図は役に立ったかい?」
「ええ、おかげで座礁はなし、衝突もなし。潮の流れを書き込んで航路も定められましたし、小島の探索にも役立ちました」
「ヒヒ、でもそれはもしかするとキミのおかげかもしれないね」
 褒められたはずなのに『幸運艦』雪風(p3p010891)の瞳は憂いを帯びた。幸運、それは雪風にとって、端的に言えば呪いであったから。
 イレギュラーズは村へ戻り、ささやかな歓待を受けて布団の中へすべりこんだ。心だけが焦っていくせいか、夢見は悪かった。

 ひたひたとイズマが撒いた大量の魚が流れ寄せてくる。裂はそれを食らった。なにかがおかしいと感じつつも、目の前の空腹をなだめるためにはそうするしかなかった。とりあえず空腹を癒やさねば、地獄への道が見えている。それは小さな赤ん坊の姿をして、選んだ女の腕の中にいる。

 二日目の朝早く、まだ日が昇る前から、イレギュラーズは海へくり出した。
 エクスマリアのハイセンスとリカの暗視頼みだ。それを複数の人助けセンサーと妙見子の感情探知が補助する。
 イズマはときおり牽引していた大量の魚を海へ撒いた。オラクルの効力を信じながら。その行動は密かに魔種を足止めすることに成功していた。向こうからすればまっているだけで餌が流れ着いてくるのだ。遠洋までいかねばならぬこともない。イレギュラーズたちは着々とゴールへ近づきつつある。
 結論から言って、固まって動いたのは正解だった。万が一が起こったときに即座に戦力を投入できるからだ。だがそうとは知らぬまま、イレギュラーズたちは慎重に、大胆に、海図を塗りつぶしていく。
 竜宮イルカをかって先行していたエクスマリアは海の中が白んできたことに気づいて浮上した。水平線の向こうは、不吉なほどあざやかな朝焼けだった。
「ともかづきとやらを見つけねば」
 つぶやいた言葉はイレギュラーズたちの総意だった。
 それからイレギュラーズたちは超人的なフィジカルと集中力をもって本格的な捜索を続けた。長時間にわたり気を張り続けるのはそれだけで摩耗する。ときおりイズマの船にあつまり、交代で休息を取った。
「おたべ」
 甲板へ舞いおりたリカへ、武器商人が袖からバスケットを取り出した。おいしそうなサンドイッチの詰め合わせだ。リカはかるく会釈をして受け取り、もくもくとそれを食べた。
「なにか、視えましたか?」
 ルーキスの問いに武器商人はやわらかに首を振る。天露の銀糸が乱れて潮風になびき、きらめく。
「そうですか。俺もです。でも諦めません。かならず元凶をさがしだします」
「ああ、そうだな。さいわい雪風と武器商人のおかげで立ち往生する暇もない。この調子でどんどん行こう。俺も捜索を進め続けられるよう力を尽くすから、任せてくれ」
 イズマの頼もしい言葉に、雪風は引き結びがちな口元をわずかにゆるめた。
「おう、旦那。己れにもなにかくれや」
「いいよぉ」
 血のしたたる生肉を、命は「こいつはありがてえ」と食らった。しあげに熱い茶をぐびりと一気飲みして体を温めると、命は竜宮イルカをの背に飛び乗りまた水中へ沈んでいった。
 獣の理が聞こえる。『殺せ』と命じている。それがともかづきへの対処方法だと、鋭敏に伝わってくる。命は水中でふと顔を上げた。ふらふらと妙な形のものが水流のままに漂っている。それがはらわたを食い裂かれた魚だと気づいた瞬間、命はそいつをひっつかんだ。急いで浮上し、仲間たちへ大声で告げる。
「見ろ! 浜辺へ流れ着いてるのはこいつだろ! まちがいない、ともかづきは近くにいる!」
 それはイズマの地道な努力がヒットを飛ばした瞬間でもあった。
「魚が流れてくる、方角を、確認しろ」
 エクスマリアが鋭く指令を飛ばす。その声に反応した雪風が海図を確認する。潮の流れを逆算しているのだ。
「イズマさん」
「ああ、この方向だな」
 雪風から海図を受け取ったイズマは進路を変えた。
「飛ばすぞ、高波が来たときのためにしっかりつかまっていてくれ!」
「は、はいい!」
 イズマの宣言に、妙見子が手すりにしがみつく。イレギュラーズは風を切り、波を蹴立てて進撃を開始した。
「魚の死骸の、匂いが、強い」
 エクスマリアがハイセンスからの情報を確信を持って告げる。
 二体のファミリアーを先行させていたイズマが音を拾う。……おぎゃ。あ。イズマは奮い立った。
「これは……なに、飢餓?」
 妙見子の感情探知になにかが引っかかった。ぞわりと背中へ走る冷たいもの。まるで深淵を覗いたように。
「見つけた!」
 ルーキスが叫ぶ。何の変哲もない小島だ。だが、周囲には不自然に魚の死骸が多い。
「とうとうご対面ね、ともかづき」
 リカは夢幻の魔剣をしゅらりと鞘から抜き出した。


「船?」
 裂は眉を寄せた。漁船ではない。その船は空を飛ぶ仲間を従えている。なにより、まっすぐにこちらへ向かってくる。
「イレギュラーズだ、阿真、逃げろ!」
「えっ、どうしよう裂。この子を抱いたままじゃ急いでは逃げられないよ」
「だから陸へ返せと……ちっ、仕方ねえ、俺が時間を稼ぐ、その間にいったん引け」
 イレギュラーズはその間隙にも迫りくる。
「そうは、させない」
 竜宮イルカで水面下を先行していたエクスマリアがハイセンスで聞き取った会話。それをもとにエクスマリアは海上へ飛び出した。竜宮イルカが放物線を描き、しずくがきらめいて虹のように輝く。
「いまこそレオンに、習ったこの技、活かす、時」
 一気に阿真めがけ近寄ったエクスマリアがブルーフェイクエクスマリアバージョンを叩き込もうとする。その直前、裂が阿真をかばった。エクスマリアの神なる力は裂の体に吸われていく。
 船上では動揺が走っていた。
「裂、さん。そんな……」
 見るも無惨な姿に変わり果てた裂。それは雪風の記憶にあるたくましくも温かかった彼の思い出とは全く違うもので。呆然とする雪風。
「ああ、そうなんですね……また一人。ローレットの仲間が……」
 だから嫌いなのよ、この国は。
 リカは雪風の凍りついた声へ応えるようにつぶやき、次の瞬間、瞳に殺意を宿らせた。
「同情はしません、ですがこれが慰めになるのならば……どうぞ瘴気ごと召し上がるといいです!」
 魔王の権能が得物へ顕現し、雷が裂へと至る。轟く雷鳴。雷に打たれた裂が割れた声で叫ぶ。
「くそったれが! どいつもこいつも食われに来たか! そんなに俺を地獄へ追い立ててえか!」
「裂さん……反転したのか」
 イズマが歯を食いしばる。呼び声は聞こえない。おそらく赤子を反転させまいと意識してセーブしているのだ。それは魔種にとっても負担だろう。相手は本調子ではない。そんなことをするくらいなら、最初から型通りの幸せなんかへ手を伸ばさなければいいのにと、イズマは苦々しく思った。
「阿真、逃げろ! いいから!」
「……させねえなあ」
 命が回り込んで阿真の前に現れる。
「どいて! あたしたち何も悪いことしてないじゃん!」
 阿真は心底そう信じているのがありありと伝わってくる。
「どの口がほざくか」
 命は吐き捨てた。
「此度の騒動……元凶があなたがただったなんて……いえ、嘆いてもしかたありませんね。でもできれば、見たくは、なかった!」
 ルーキスが突っ込む。だが強烈な怒りにとらわれ、阿真へ手は届かず裂の前で足が止まった。
「こうするしか、ないのか」
 苦い顔でルーキスが裂へ攻撃を仕掛けようと……。
「魔種ならば殲滅する。何があろうと……おまえたちは動く屍、悪夢そのもの!」
 リカが得物を振り上げ……。
「キミの動きは視切ったよ」
 武器商人が裂の動きを邪魔せんと近づき……。
 裂がかまえ、阿真は敵意を剥き出しに……。
 やはり赤子も巻き添えにするしかないのかと誰もが考えてしまったその瞬間。

「やめてくださあーーーーーーーーい!!!」

 戦場へ、妙見子の声が響き渡った。
 妙見子は緊張のあまり肩で息をし、一気にまくし立てた。
「本当にその子のことを想っておられるのでしたら! ちゃんと陸へお返ししなければ! 母になりたいのでしょう!? やめなさいこんなこと! あなたがやっていることは! 自分のエゴを赤子に押し付けているだけです!」
 それは母と慕われる妙見子ならではの魂の叫びだった。その叫びは場の雰囲気を、流れを変えた。
 命が歯の隙間から息を押し出す。
「見つけたと思ったら……他所様の子ども巻き込んで何してんだよ、裂。己れたちが追う以上……いや、そもそもこんなことしてる以上は、子を連れて逃げるなんて無理に決まってるだろ」
 そのまま命は一歩ふたりから距離を離した。ひとまずやりあうつもりはないという意思表示だった。
「あのなあ。己れだって孤児から拾ってもらった身だ。家族がほしいって気持ちはよくよくわかるがよ。食うものがなくてひもじく思いながら死んでいっちまうのは、あんまりにも可哀想だろ。悲しいことになる前に、やめろ」
 阿真は困惑したかのように腕の中の赤子をぎゅっと抱きしめる。おぎゃあ、おぎゃあ。泣き声が強まる。けれど赤子は、すこし弱っているようだった。早く本来の母の元へ戻してやりたい。エクスマリアは無表情の奥でそう考えていた。
「その赤子を、返して欲しい。母親が今も帰りを待っている」
 阿真がエクスマリアを見た。その鉄面皮の向こうの赤子への憐憫を見た。
「命よりも大切に思えるだけの者と、会えなくなる。その辛さはきっと、よく知っているはず、だ。だから、頼む。赤子を返してくれたなら、二人のことは、見逃そう」
「……口先だけじゃねえよな」
 裂が警戒をあらわにする。
「そうとも。これは交渉だ。交換条件と行こう。我(アタシ)たちはキミたちを見逃す。キミたちは赤子を返してどこか遠くへ行く。どうだい?」
 武器商人も一歩引いた。至近距離では裂の警戒を高めるだけだと判断して。
「我(アタシ)たちは不漁の原因を調査しに来ただけだ。ついでにその赤子を探してた。あくまで不漁の調査のためにきたのであって、キミたちの討伐まで任されたわけじゃない」
「……」
 裂は油断なくかまえながらも値踏みするように武器商人を見つめている。裏表ぜんぶまぜこぜのそのモノの言葉は、ゆえに信用ができる。裂はそう判じていた。
「赤子を生かすためには、行動が制限される。すくなくとも気軽に海中へはいけないだろう? それはキミたちにとってもしんどいのじゃないかね。そのうえ育てる手立てがないようにみえるよ。このままだと赤子は死ぬ、いいや、キミたちが殺すんだ。餓死という最も悲惨な道でね。まだ間に合う。その赤子には『帰るべき場所』がある」
「そうだよ。裂さんは随分堪えているようだし赤子も死ぬよ。誰も幸せになれない」
 イズマがなだめるように言葉を送る。その表情は悲しみにいろどられていた。
「愛する人に人生を捧げ、家族に憧れることは否定しようもない……。だけど、このままじゃ誰も幸せになれないんだ。その赤子にも家族がいる。家族を望むなら、家族を奪われる辛さを慮ってくれ。何度でも言うとも。その子も、裂さんたちも、俺たちも村の人もその子の母親も、誰も幸せになれないんだ! 赤子を、こちらに渡してくれないか? そうすれば今回は引き下がるから」
 イズマはあふれくる悲しみを託して語りかけを続ける。
「子ども以外にも、家族の証はたくさんある。料理して同じものを食べるとか、別の道を探したらいい。そうだ、録画しよう。裂さんと阿真さんとその赤子が、今だけでも家族であったことを録画して残すから」
 落ち込んでいた阿真は、その言葉に驚いているようだった。8ミリビデオカメラをイズマは掲げた。
「お願いだ。思い出が消えてしまわないよう、俺も精一杯を尽くすから。その子を返してくれ」
「本当? そこまでしてくれるの? 本当に、本当?」
 阿真の問いにイズマは強くうなずく。
「裂さん……」
 裂の前に雪風が立った。腐った魚の生臭い臭いが鼻を突く。死臭をまとわりつかせる彼を前にして、それでもなお、思いが溢れ出てくるのを止められない。
「裂、さん……」
 この世界へ流れ着いて、裂と出会ったのはきっと運命だった。ダガヌ海域で魔物に襲われていたところを助けられ、居場所までくれた。やわらかなぬくもりに心癒されたのはほんの僅かな時間。その運命とやらは、残酷だ。こんな形で、出会い直すなんて。魔種とイレギュラーズ。不倶戴天の敵。もうあの大きな手が自分の頬へ触れることはもう二度とない。その手はいびつな形に変わってしまった。もうあの優しい目が自分へ向けられることはもう二度とない。その目はまがまがしく色を変えてしまった。
「赤ちゃんを……育てることが……本当に貴方達にできるのですか?」
 裂は答えない。答えなど、わかりきっているからだ。
「その赤ちゃんを、小さな命を少しでも尊いと思うのならば、渡してください。貴方達の手には……もはや、破滅しか、握られていないのだから……」
 喉の奥が痛む。耳鳴りがキンと響く。ああ、だめだ。これ以上、は。
 雪風の顔がくしゃりと歪んだ。こぼれおちた大粒の涙が寒風に引きちぎられていく。それは一瞬、真珠のようにまろやかな輝きを帯びて、散っていった。雪風はふたたび大きな瞳へ裂を映した。
「裂さん、恩ある方、一度は共に海を駆けた貴方。どうかもう人に近づかないでください。どこか遠い海で静かに潜んでいるならば、私もこの手を汚さずに済むかもしれない」
 ……雷撃処分なんてもうこりごりですから。
 最後の言葉は潮風と腐臭に溶けて消えた。
「ふん」
 裂が鼻を鳴らした。
「俺だってそうしてえと願ってるよ」
「……赤ちゃんを、返して、くれますか?」
「俺は最初からそのつもりだ。阿真!」
 阿真がさみしげに抱いた赤子の顔を見る。
「家族ごっこはもういいだろ。渡せ。頼む、後生だ」
 おぎゃあ、おぎゃあ。赤子の泣き声だけが響く中、阿真はゆっくりと顔を上げ、その両腕を雪風に対して延べた。雪風が震える手を伸ばし赤子を受け取る。あたたかい、まだ。赤子らしい高い体温。それは少なくとも、阿真が、魔種が、赤子を大切にしていたという証だった。
「録画は、いいのか?」
 イズマが問いかけると、阿真は眉を下げて笑った。
「フィルムだけもらっても、再生のしようがないし。塩水に浸したら、壊れちゃうじゃない。……だけど、申し出はうれしかった」
「そっか」
 行くぞ、と裂が声をかける。ふたりは海中へ身を投じた。ぐんぐんと遠ざかっていくふたつの影。イズマは思った。
(貴方達を討つ日はいつか必ず来る。永遠なんてありえない)
「覚悟しておかないとな」

成否

成功

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!

依頼は無事成功。赤ちゃんは母親の元へ戻りました。すくすくと成長していくでしょう。
MVPは各方面を全面的にサポートし、さらに阿真の心へ寄り添おうとしたあなたへ。

それでは、またのご利用をお待ちしております。

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