シナリオ詳細
<咬首六天>流れる星は生きている
オープニング
●
――男には秘密があった。
不凍港ベデクトは敵の手中に落ちたらしい。新皇帝派と呼ばれた新たなる王の膝元に仕える男はその様に認識している。
その現状を不服と叫んだのはニキータ・モロチコフと名乗る青年であった。齢20になったばかりではあるが、アラクラン総帥の推薦により中佐の座に着いている。
「この現状で良いとお思いか、リスター・ゴールマン!」
声高に息巻いた男に押されて身を縮こまらせたのは臆病者と呼ばれたリスター・ゴールマン中佐。
柔らかな物腰と穏やかな気質を持ったこの男は武闘派の多い軍部でも浮いていた。軽んじられて来た日々であるが男はその待遇を良しとしていた。
兵站管理などの裏方仕事を得意としたリスターは「僕が我慢すればいいんだ」と困ったように笑うのみである。
そんな男が新皇帝派に身を寄せるなどと誰も思うまい。リスター自身も己が真逆、武こそが全てのこの場所に身を置くことになろうとは思っても居なかった。
「不凍港は物資輸送の観点でも惜しい場所だからね」
「ああ、そうだ。バルナバス様の為に得ておくべき拠点であろうに。時ならず陥落はしたが其の儘にもして置けまい」
未だ年若い優男のかんばせには朱の色が昇る。青褪めた晴天を思わす眸に丁度、厳しくなる冬を象徴するような氷の色の髪の青年は華奢な腕で斧剣を振り上げた。
「敵を屠るべきだ! そうだろう? そうでなければなんだという。我ら新皇帝派には無聊を託つ暇などないのだ」
「そうかい」
「付いてこい、リスター・ゴールマン。バルナバス帝を蔑ろにする者共に鉄槌を!」
燎原の火の如く男は雪原を駆け出した。眩い火を思わせた青年は武を誉れとしている。その直情的な姿にリスターは憧れた。
男には、秘密がある。
それは十数年も昔のことだ。配属された小隊には特殊な軍令が降る。
天義と鉄帝の国境に存在する寒村を山賊に扮し襲撃し跡形も亡く消し去れという特異なものだった。
言葉にせずとも感じた違和感に、言葉にする勇気を持たぬ若い士官達。
軍服を脱ぎ捨て、賊紛いの装備のみを有して痩せ細った村の畑を踏み躙った。村に火を灯し、木々を打ち倒した。
逃げ惑う民を押さえ付け、命を奪った。助けを求める民草の声音さえも遠ざけた。
そんな中で、家屋の地下に繋がれた一人の娘を見付けた。星芒の眸に、暗い地下に紛れるほどの射干玉の髪の幼い娘。
アッシェ。灰に、埃に、屑に。そんな呼び名であった一人の娘を見逃した。此処で放置しておけば彼女は痩せ細り死に絶えることだろう。
「あ――」
たった一声だけ、漏したあの少女を見逃した。それが正しいことであったかさえも分からない。
軍令に背いたその一時だけが男の秘密で。発言する勇気も持たなかった己の弱さを隠すために武に身を窶した。
アッシェ。君を助ける事の出来なかった僕の愚かさよ。
次こそ、捻じ伏せる力を手にし、正しき僕になれるように――声が、聞こえる。
●
「不凍港は、お疲れ。ちょっと聞いてってくれる?」
『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)はひらひらと手を振った。
「奪取した不凍港だけど、この寒波に紛れてもう一度って新皇帝派が迫ってきてる。
まあ、警備は必要だよね……って事ではあるんだけど、新皇帝派軍人を撃退して平穏を保ちたいのが今回の依頼」
淡々と資料を読み上げる雪風は新皇帝派軍人の写真を取り出した。
「多分、相手も無茶はしない。
ニキータ・モロチコフ中佐と、モロチコフ隊は不凍港の奪還が目的だけど深追いまではしてこないはず。
此処でそうするメリットよりもこっちの手の内を確認して隊を編成する方が良いと思ってるんだろうな」
ニキータ・モトリコフ中佐。新皇帝派『アラクラン』に所属している年若い青年だ。
特筆するならば、彼はバルナバス新帝を盲目的に敬愛しているらしい。その彼の領地が奪われたと認識しているのだろう。
蒼褪めた真昼の月のような眸を持った華奢な青年だが、斧剣を駆使して戦うパワーファイターらしい。
「それから、こっちがニキータ中佐と一緒にくるリスター・ゴールマン中佐。
この人は後方支援らしい。索敵のために来たのかな。こっちは戦闘には余り参加せず危険を感じたら隊諸共撤退するとは思うよ」
問題はニキータ中佐の方だろうと雪風は告げた。
相手を却けるだけの簡単な仕事だ。ちらつく雪は煩わしいが、それでも得た地を奪い返されるわけにはいかない。
――作戦遂行の日に、リスター・ゴールマンは目を見開いた。
索敵の最中に見た星芒瞬く眸の娘。射干玉の髪を揺らした、凜と立つ一人の娘。
男が軍令に背いて見逃した一人の娘、アッシェ――灰、屑、埃。そう呼ばれた少女の面影を持った彼女は。
遠く感じた視線に小金井・正純 (p3p008000)は顔を上げた。嗚呼、誰の気配だったのだろうか。
- <咬首六天>流れる星は生きている完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年12月31日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
流れる星は生きている。天蓋に準えた星のひとつひとつ、美しい物語がこめられて何時か消え失せていく。
荒む風に煽られた六花の一片さえも肌を切り裂く刃となれば其れは星をも覆い隠してしまうであろう。
不凍港ベデクトの当局庁舎に誂えられた暖炉がぱちりと爆ぜた。庁舎内の木製テーブルに地図を広げていたのは『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)。木片を人形に見立て置いたのは南方に位置する森林地帯。
「南側……森林地帯と繋がる丘陵地帯はベデクトを護る上でやはり急所に過ぎる。
警備が必要といっても此処は余りに護り難い。森林地帯側に何かしら早急な対策が必要ですね……」
なだらかな丘陵、そして其処から繋がってゆく森林に無数の農地。平らな農地も降る雪に埋もれ聳えたつ壁をも作る。地に足着かず踏み入れれば仄暗い穴へと身を落とすような深き雪。真白き恐怖を傍らに独立島アーカーシュの一員を意味する征服に身を包んだ『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)はおとがいに手を当て悩ましげに唸った。
「何とか解放したベデクトだけど、当然攻め返される事もあるって事だね。
防衛力の強化は課題になりそうだ……この辺りは、北辰連合の皆と相談かな」
どこかに攻め入るにしても、トロフィーは手にしただけでは終われまい。指先で木片を突けばそれは一気に丘陵を駆け上がり市街地へと至るか。地の利はどちらにも。『忠犬』すずな(p3p005307)は木片を弾くように地図上から追い出した。
「まあ、あちら様としては取り戻したいですよね。奪われたら奪い返したくなるのは道理というもの」
「要衝を抑えたのです。……ならば、取り返しに来るのは当然の動きなのでしょう」
テーブルから転がり落ちていく木片を眺めていた『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)は静かな声音でそう言った。暖かな暖炉も、爆ぜる焔のひとひらも。勝者でなければ得られなかったトロフィーに身に余るほどの歓待を受けているかのように感じながら窓を叩いた雪を見る。ガタガタと窓枠を揺らし、木枯らし一つさえも獣の遠吠えにも似た恐ろしさが溢れている。
だからこそ、やって来た。冬を越える為に。この要衝を求めて。武装を手に『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)は扉に手を掛けた。
「確保したばかりの不凍港にこれだけ押し寄せる、ということは新皇帝派にとってもここは大切な拠点であるということなのでしょう。であれば守り切れればそれだけ、彼らに打撃を与えられるというもの」
頷き歩き出す『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)の霊衣の端より魔素がふわりと入り込んでゆく。
「さて取り返すつもりなのか単なる斥候なのか。どうあれ向かってくるなら迎撃するだけさ。
ある意味脳筋で助かるよ、策を練るまでもなく突っ込んできてくれそうだからね」
光燐を残しながら歩むルーキスに続き、外へと飛び出した『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)の鼻先が赤く染まった。
凍らずの港。その名を欲しいものにしたベデクトも凍りつく程の恐ろしさ。降り注いだ雪が全てを覆い隠す前に、標的を見つけた銃士は容赦はしない。『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)の眼前を白い兎が跳ねる様に進んだ。
ひゅうひゅうと。音を立てた木枯らしが敵を連れてやってくる。髪に被さった雪を払い除け、息をする。
呼気さえ凍る冬でも戦意だけは鈍らずに、イレギュラーズは進軍した。天には厚い雲に隠された星が瞬きを始めたことだろう。
「取られたから取り返しに来たってワケぇ? 随分と舐めたマネしてくれてんじゃない。殴り返してやるわ」
●
白魔はすべてを覆い隠す。この国では要所陥落の報を上げ様が『力が無いから負けた』だけと嘲笑われるか。
ニキータ・モロチコフは我慢ならなかった。誰よりも強く、強く、凍土の苦しみにも負けぬ力が欲しかった。故に、不凍港がイレギュラーズの手に落ちたとの一報に我慢なら無かったのだ。
前を行く男の背をそろそろと追いかけるリスター・ゴールマンは気怠げだった。力が無いばかりに、何者にもなれない侭で燻り続けた男は未だ息の仕方さえ分からぬ侭だ。
吹いた雪の向こうに一羽の兎の姿が見えた。ニキータが指先をくい、と動かせば兎の頭蓋へと弾丸が撃ち込まれる。この雪深さだ。銃弾を聞いて栗鼠が逃げていったか。
「……只の兎か」
苛立ちぼやいたニキータにリスターは「あれも食用にはできるでしょう」とだけ胡乱に返した。
「――撃たれたか」
呟くコルネリアに踵を返した栗鼠の所有者であるマルクが「森林地帯で敵の存在を確認できたね」とだけ返す。ファミリアーは雪深い野も自由に駆けずり回る事が出来た。それらはふくよかな肉を持ち、暖を得るに適した毛皮を有している。
「先に敵を見つければ天秤はこちらに傾く。でも、敵を見つけられずに見当違いの箇所を守れば僕らは抜かれるだろう。この索敵は大事だよ」
囁くマルクは一度の帰還を行った栗鼠へと再度の索敵を命じた。辛抱強くタイミングを見計らう事が勝機に繋がるのだ。
狼の姿に転じていた迅は踵を返し仲間達の元に合流を行うため走り出す。獣は貴重な食物だ。見掛けたならば攻撃を仕掛けてくるだろう。そうして、相手の位置を認識できるのは冬を活かした囮であった獣達の有用な使い道でもある。命を無碍にしたくは無いが、失われる命の分、救えるならば神もお許しになるだろう。コルネリアの指先が硬いCall:N/Ariaに添えられる。冷ややかな感触を感じ、すうと息を吸い込めば肺の奥深くまで凍て付く気配が張り付いた。
「居ましたね。どうやら連れられた兵士達は焦っている。この雪深さです。
動物(えもの)に目を奪われている隙に攻撃を仕掛けましょうか。この雪ならば篭城している方が有利ですから」
囁く正純に指先で合図をしたアッシュは事前ルートを確保していた。不凍港の周辺マップは要所管理を行う兵士たちから或る程度の押収を完了していた。都合の良い進路を利用し、最短を攻めるならばその点在するポイントを狙えば良い。
精霊達は恐れるようにリースリットに人々の流れを告げる。川を堰き止めることが出来るのは石を積む事のできる場所。リースリットの細剣が緋色に揺らぎ、魔性を灯す。
「何か居ますね」
誰かが此方を探っている。両者がその位置を確かめ合うような気配。迅はそれでも『鉄帝国らしい』相手がイレギュラーズを避ける事はないと認識していた。徐々に近づく気配は確かにベデクトの進行ルートを理解した上で活動を行っているのだろう。
「温度が高く、動くもの――それが侵入者となりますからね」
来ますとじっくりと呟いてすずなは背を屈めた。雪山に覆い隠されたかのように、爪先が冷やかに埋もれた。鼻先へ擦れる硝煙の匂い。兎を一羽狩り終えた銃の残した軌跡。
アッシュが放ったのは一羽の兎。合間見えた、冬の獲物。雪兎の駆けずる音に、ざ、ざ、と雪を踏み抜いた音が重なった。
相手が来る。だからこそ、ルーキスは一弾を降らす。これ以上踏み入れる事なかれと囁くように。
密かやかな毒のように、気付けば身体に染み入る遁れ得ぬ恐怖がニキータ達へと降り注ぐが如く。
「……お待ちしておりました。歓迎の言葉は述べられませんが、此の国らしさに則った歓待でお出迎えしましょう」
「は、接敵だ! リスター・ゴールマン!」
巨大な斧剣を振り上げて、ニキータが舌なめずりをした。武器とは対照的に細身で頼りなく見えた男は好戦的な笑みを浮かべアッシュを、そして正純を睨めつける。
花に水を遣る様に。血には血を、災禍の魔方陣が光の礫を雪へを混ぜた。爆ぜる気配の中で目を細めたリスターは目を開いた。
「……アッシェ」
灰に、埃に、屑に。見間違えるわけの無いあの星芒の眸。正純と呼ばれるおんなを見据えて、リスターは動く事が出来ない。
「リスター・ゴールマン!」
ニキータの怒号が響いた。リスターは後れ、宙に無数の魔法陣を展開した。瞬く光の雨を通り過ぎ、放たれたルーキスの牽制の一弾。弾くニキータの斧に鋭くぶつかったのは迅の拳であった。
「招かれざるお客様にはお帰りいただくと致しましょう。タダでは戻れないというならたっぷり拳をご馳走しますよ!」
この港は皆で得たトロフィー。仲間たちの努力の結晶を汚させる訳には行かぬ。牙を剥き出すように叫んだ青年にニキータは笑った。
「拳ではなく、『俺が覚えて帰ってやる』という栄誉はどうだ?」
その不遜さ。まさしく鉄帝国らしいとコルネリアが鼻先で笑って。
●
――男には秘密があった。
根絶やしにせねばならなかったいのち。並んだ花を無造作に引き抜いて荒らし続けるだけが求められた仕事であった。
だと、言うのに地下で膝を抱えていた少女を見逃したのだ。不憫でならなかっただけだった。
此処で放置しておけば彼女は痩せ細り死に絶えることだろう。そう知っていて、殺す事を躊躇った。
生きていれば丁度、あの様に。目の前の正純のように、育っただろうか。
灰の少女は――彼女は此方を知らないだろう。俯いていた少女の眸に移ったとしても一瞬だ。もしも正純がそうだったとしても、リスター・ゴールマンをあの日、己を見逃した男だとは認識しない。
視線を感じて、正純が顔を上げた。一体、何だというのか。
「……正純さん」
呼んだすずなに正純が頷き弓を引き絞った。銃士であると侮った娘が前線に飛び出してきた事でニキータが僅かな焦燥を滲ませた事に気付きながらもリスターは支援に入れやしなかった。
正純と呼ばれたおんなが、どうしようもなく灰の娘に似ていて。
「リスター・ゴールマン!」
怒号が響く。光と轟音の向こうに立っていたコルネリアの夜をも見通す眸がぎらりと輝いた。
拳銃を構える。ごり、と接近した軍人の額に押し当てた銃口が音を立てる。軍人が咄嗟に身を捻れば額を掠めた銃弾が一筋の傷を残す。
「軍人ってぇのも大変ねぇ。こっちも貰うもん貰ってるんで、きっちり迎撃させてもらうけど?
――お仕事ご苦労さま、さっさと帰って貰えると助かるんだけど……どうも、そうにも行かないみたい」
「尻尾を巻いて帰る訳がなかろう! バルナバス帝の膝元に降るには我らは武を誉れとし死を恐れてはならぬのだ!」
ニキータの叫びにコルネリアはやれやれと肩を竦めた。バルナバス帝と呼ぶからにはその忠節は立派なものだ。
「斧剣振り回して随分と元気な奴ねぇ、指揮官かしら。
皇帝、皇帝、皇帝、敬愛も忠誠も悪くは無い――でも、それだけじゃ人は勝てないのよ」
「お前、その顔覚えたぞ女!」
獣が牙を突き立てるように、唸り声にも似た鋭さでニキータが叫んだ。だが、覚えるのはコルネリアだけではすまないと言うかの如く、広がった汚泥。
戦術の法をよくよく理解しているマルクは背筋をぴんと伸ばしニキータとリスターを睨めつけた。その衣服が彼の所属を告げている。
独立島アーカーシュの者が着用していたものかとリスターは認識する。ニキータは気づいては居ないだろうか。
「……10名程度で落とせる気で居るのなら甘く見られたものです。それとも、流石に強行偵察が目的ですか?
この港街は鉄帝国民の宝。貴方達が好きにしていいものではありません」
リースリットの呆れを振り払う様に好戦的なモロチコフ隊は前線を押上げるべく『たったの八人』を相手取る。
ゴールマンの情報を駆使し、八名ならば崩せるとでも思ったか。甘く見積もられたものだとリースリットは笑い精霊の『祝福』を――災厄を形にする。
「くそ、攻めろ!」
「――やあ突出してくれてありがとう、狙いやすくて助かるよ」
囁くルーキスの声音。コルネリアの許へと集った兵士たちを襲い来る蛇道の剣を振り払ったすずながニキータを真に見据えた。
「その気迫、指揮官殿とお見受け致します。いざ、尋常に――勝負!」
●
太刀筋は愚直なれば、それこそがすずなという娘を顕していた。
雪を跳ね上げ距離を詰める。振り上げた刀が吟と音を弾いてニキータの無骨な斧にぶつかった。
「細腕でよくそんな力を」
「お互い様です、指揮官殿」
すずなの髪がカーテンのようにふわりと揺らいだ。身を屈めたその位置へと風切って横に振られた斧が樅の木へと突き刺さる。膂力なんて、大して自慢ではない男はぎいと奥歯を噛み締めた。
その隙を狙う一刀の心得。確殺自負の殺人剣、その未完の業を叩きつけるようにすずなの身がひらりと踊る。
蝶の如く舞うのは彼女の身を包んだ衣。鮮やかなる女の軌跡にニキータが「攻めろ」と叫ぶ。
「近接すればどうにかなるだろうって? それが一番の悪手だって教えてあげるよ。
さあ、命が要らないと見た、さあ覚悟はいいかな!」
メレム・メンシスの文様が輝けば災禍の月が残弾に不吉を笑った。撃ち出された弾丸は仮初の剣となる。
純粋な破壊力はただ、ただ、人の命を刈り取る為に嘲笑った。
振り返る事さえ赦さずに蝶々が羽ばたいた。暗夜に残る燐光は軈て燃え尽きる箒星の様に眩く。アッシュの指先から飛び立つ魔力が兵士たちの腹を穿った銀の一閃。
「力こそが全てであると。其れが此の国の根幹であり、貴方の矜持であるなら……宜しい。
其の流儀に沿って、我々も応えることに致しましょう」
「理解してくれて嬉しい話だな。リスター・ゴールマンはやる気は無いが幼子の方が俺に合わせてくれるらしい!」
「合わせて撤退させられては意味が無いでしょうに」
「何だと」
噛み付く勢いで叫んだニキータにやれやれとリスターは肩を竦めた。全体を見据えていたマルクは気付く。ゴールマン隊は撤退準備を始めている。
「では聞いても? ……仮にも鉄帝国の人間であるでしょうに。何を持って新皇帝の側に着くのですか」
男が有していたのは力を求めるが余りの行き過ぎた期待か。それとも、怒りか。
自分の望みを得られぬこの世界に、為したい事を邪魔をする周囲に、何もかもを撥ね退けるほどの強さを持たぬ弱すぎる自分に。
正純は問わずとも分かった。だが、問いたかった。唇の端から血を流したニキータは「力が欲しかった!」と叫ぶ。何者にも為れなかった苦しみ等遠く、遠く押しやるように男が叫ぶ。
「……その気持ちは分からない、と言えば嘘になります。
しかしその得た力で何をするのか、それが私たちと貴方たちとでは違う――だからここを貴方達には渡せません」
「そうだ何を為すか目的が違うからこそ血で血を洗う。それこそ、無心に戦うだけになるのだ」
叫んだ男の在り方は言葉など無用と言いたげで。そうであるならば実力行使こそが最も似合いの攻撃なのだとリースリットも理解した。
「無事のご帰還は約束できないでしょうね」
吹雪の夜に、紛れる足跡は消えてしまうだろう。全てを覆い隠されれば遺骸とて朽ちる前に凍りに閉ざされる。その恐ろしさは万人が有するものであろうに。
リースリットはそれ以上は言葉にもしなかった。突出したモロチコフ中佐始めとする小隊はコルネリアの眼前に迫りイレギュラーズと肉薄する。
「この銃士の女を下せ!」
「ガンナーが前にでたらおかしい?
定石で勝てるなら苦労しないでしょ。何かの為に戦ってるのはそっちだけじゃあない。
――気張りな青年、アタシ達はちょっとばかし手強いわよ?」
コルネリアが唇を吊り上げた。ニキータは悔しいとでも言いたげにすずなに斧を振り下ろす。
銃士、そう呼んだ彼女が倒れない理由は後方で支えるマルクが居るからだ。全てが狂ったのはリスターが何かに躊躇いを覚えたからだ。その支えが得られなければどうにも足が縺れて真っ直ぐにも歩けまい。
「さあ、どうなさいますか!」
拳を固め血を拭ってから迅が笑った。退く訳がないとでも言いたげにすずなへと飛び込むニキータが血を吐く。
血を吐けども男は只、すずなだけを見据えていた。
「やれやれ命は有限だっていうのにねぇ」
呆れた様に肩を竦めたルーキスがゆっくりと銃を構える。指先が撃鉄を、と触れた刹那だ。
「……モロチコフ中佐、退きましょう」
ニキータを庇うようにたったリスターを迅は真っ直ぐに睨めつけた。直ぐ後ろには銃を構えるルーキスの姿も見える。
「あの女だけでも、やらせろ!」
軍人を惹きつけていたコルネリアを、そして『己と一対一』で戦ったすずなを、と子どものように駄々を捏ね足を動かすニキータにリスターは「退くべきでしょう」と首を振る。
「貴様、どうして攻撃をやめたリスター・ゴールマン!」
「……これ以上は無駄だと判断したまで」
首を振ったリスターが僅かに正純を見た。星が瞬く鮮やかさ。その眸の意志の強さが、どうしようもなく『弱い己』を苦しめる。
「こちらは退きます。無用な消耗はそちらも避けたい事でしょうから」
マルクは小さく頷いた。未だ刀を構えたままのすずなが白い息を吐く。一発触発の姿勢から僅かに揺らいだのはリスターがニキータを引き摺りながら歩き出したからであった。
正純は――男の背中を見送った。一体、何かは分からない。
男がどのような感情を抱いてこちらを見ていたのか。ただ、幼かった灰が見た風景に僅かながら重なった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
このたびはご参加ありがとうございました。
リスター・ゴールマン中佐はまた、皆さんの前に姿を顕すかと思われます。
またご縁がありましたら、ぜひよろしくお願いいたします。
GMコメント
日下部あやめと申します。宜しくお願い致します。
●目的
新皇帝派軍人の撤退
●ロケーション 不凍港ベデクト
新皇帝派から解放されたばかりの『不凍港ベデクト』です。
再度の利権を得るために新皇帝派閥軍人が攻め入ってきました。森林地帯から攻めこみ、丘陵地帯に紛れて内部に侵攻する予定のようです。
周辺は開けていますが、それなりに木々も存在しているため、隠密行動には適しています。
●新皇帝派軍人
・ニキータ・モロチコフ中佐
指揮官の青年。『アラクラン』にも所属し、新皇帝バルナバスを盲目的に敬愛している。
武こそ全てと、ラドバウファイターにも憧れた。だが、病弱な彼はそうはなれず軍部の使いっ走りとして燻っていた。
それでも、今は全戦で戦うだけの力をつけた。斧剣を駆使し戦う。全ては皇帝に捧げるために。
・リスター・ゴールマン中佐
秘密を抱えた男。武を是としない村を軍の命令で滅ぼした経験がある。
その際に地下室に繋がれていた星芒を讃えた眸の『アッシェ』と呼ばれた少女を逃がした事は誰にも言えず終い。
あの日の、己が為した行いを悔むべきか正しいと声高に発するべきか。全ては力が無かったが故と認識している。
基本は後方支援を中心に行なうが、あの日から『戦う力』は身に着けてきた。信じられるのは力だけだ。
・モロチコフ隊 10名
10名で構成されたニキータ中佐直属の部下。前衛後衛のバランスがとれた統率された部隊。
・ゴールマン隊 5名
5名で構成されたリスター中佐直属の部下。索敵にとても長けています。
戦闘は得意としないため、撤退は早めです。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet