シナリオ詳細
<総軍鏖殺>郷里、昔日の残滓が食らわくば
オープニング
●
――だって、「きれいだ」と言ってくれたのだもの。
ただ、それだけ。
両親の四肢を裂き、妹の身体をナイフで穴だらけにして、『不純物』である臓物と骨と脳漿を塵(ごみ)のように捨て去り、ただその血液を恍惚とした表情で浴びる彼女は、それだけを口にした。
「……それ、だけ、って」
「綺麗だと言ってくれたでしょう。あたしの美しさを認めてくれたと言うことでしょう。
だと言うのなら――この美しさを得るための、保つための方法を、貴方達は許してくれると言うことでしょう?」
……住んでいた町の外から現れた彼女は、美しい人だった。
銀糸のような真白の髪と、黄玉すら劣るほどの金眼。何処かからやってきたと言うその人は卓越した知識と穏やかな性格を以て町の人々に接し、凡そ嘗てから住んでいた隣人かのように、瞬く間にこの土地に溶け込んでいった。
それが、偽物の姿だったなどと言うつもりはない。
ただ、彼女は……それに加えた別の一面があったと言う、それだけの話だったのだろう。
しかし、けれど、それでも。
「あなたは――――――」
町の一人が姿を消したとき、他の皆は首を傾げた。
町の五人が姿を消したとき、他の皆は困惑した。
町の十数人が姿を消したとき、他の皆は恐慌を露わにした。
けれども、誰一人とて。
眼前の彼女を疑うことは、無かったと言うのに。
「――――――『おまえ』は!」
「なあに? 悪いけれど、今日の分の化粧水(けつえき)はもう浴び終えたの」
恐らくは。最初から「搾取する」目的で街を訪れたのであろう彼女へと、私は怒りを示すことしか出来ない。
手慰みのように人が殺された。肉は弄ばれ、血は消費され、尊厳さえも掻き消えた。この悍ましい『魔女』によって。
血液を絞りつくした家族の亡骸を踏みつぶし、『魔女』は背を向ける。余りにも無防備に。
「さあ、新しい場所へ行かないと。
美しく在るには、まだまだ多くの人(どうぐ)が必要なのだから」
……去る姿を、追いたかった。
願わくば、その背に刃物を突き立て、家族が、町の皆が感じた以上の苦痛を与えてやりたかった。
けれど、それが叶う筈も無いのだと言うことを、何よりも私自身が理解していた。
「……ころしてやる」
捨て去られた亡骸に近寄り、集めた肉の破片を抱きしめる。
「おまえがのぞむもの、あいするもの、すべてすべてをふみつぶして。
こころのそこからしをのぞむまで、おまえをくるしめつづけてやる」
きっと、気紛れで(或いは意識の外にすら追いやられ)生かされた私は、故に今ばかりは決意だけを口にする。
その想いを、何時の日か結実させることだけを己に誓って。
●
「小村を襲う囚人たちの捕縛、若しくは討伐――」
「――に、『なるはずだった依頼』だ」
口ぶりからするに、幾らか面倒な内容がうかがえる。視線のみでその先を促した『つまさきに光芒』綾辻・愛奈 (p3p010320)に対して、死んだ目の情報屋は淡々とした口調で説明を続ける。
「鉄帝国内に於いてもかなり外れ……天義・幻想との国境地帯沿いに在るその村を、以前新皇帝により恩赦を与えられた囚人たちが襲撃しようとしていた。
目的は他国への事実上の亡命に際し、予め食料や金銭等を奪うことだったのだろう」
「けれど、それは叶わなかった?」
然様だ、と頷く情報屋に対して「何故?」と問うたのは『暗殺流儀』チェレンチィ (p3p008318)である。
碧眼に乗せた疑問の光に照らされても、情報屋の態度は変わらない。自身なりに纏めたのであろう資料を特異運命座標らに差し出しながら如才なく答えた。
「村を襲う前、そいつらは偶然近くを通っていた旅人から所有物を奪うために襲い掛かった。
が、運の悪いことに――その旅人と目されていたものは魔種だったのさ」
……対面していた冒険者の挙動が、その言葉と共にぴたりと止まった。
「件の魔種に、現時点で村を襲う心算は無いようだが……それとて魔種は魔種だ。万一小村の人間が『呼び声』に惹かれれば目も当てられん。
その為、鉄帝内の複数派閥は修正した依頼を共同で提出した。即ち『確認された魔種の討伐』を」
内容としては、極めて自然なそれである。
ただ、特異運命座標達は――『奏でる言の葉』柊木 涼花 (p3p010038)は、その前に告げられた言葉が引っかかったようで、改めて情報屋へと問い返した。
「……村を襲わない?」
「ああ」
「それは、どうしてですか?」
「そもそも、魔種が世界の敵と目される理由は空繰パンドラの力を弱め、滅びのアークの力を強める性質から敵対視されているだけだ。その行動原理までが『倒される理由』に転化されるわけではない」
即ち、「人を害する」ことがその魔種の行動原理ではないと言うこと。
「それでも、その理由を識りたいと言うのなら問えばいい。
但し、彼奴等に死を受け入れることは出来ないと考えておけ」
……少なくとも、魔種は自らの益たる行動を重んじるゆえに魔種となる。
世界を敵に回してでも望んだその願いを――たかが言葉一つで覆すことなど、凡そできる筈があるまいと。
●
穏やかな農村であった。
年嵩の人間は家事や些細な細工などを作り、働き盛りの人間は畑仕事や大工に精を出し、子供たちはそれを手伝い、或いは同じ年頃の仲間たちと共に遊んでいる、とても牧歌的な光景を映し出す、そんなありふれた村。
北部である鉄帝国の中でも他国との国境沿いに存在するその村では比較的安定した気候ゆえ、収穫に恵まれ、住まう人々は望外に及ばずとも、変わらぬ日常と言う幸福に恵まれて過ごすことが出来ていたのだ。
「――――――」
それを、遥か遠目に見遣る、一人の少女が居る。
土色の旅装に身を包んだ少女であった。何処か隔たれたものを見つめるようなその視線を切って、彼女は足元に転がる男たち……嘗て恩赦を与えられ、今では暴徒と化した元囚人たちが呻く様を確認した後、鼻を鳴らしてその場を去る。
――否、去ろうとした。
「悪ぃな、それは許せねえ」
「ッ!!」
銃弾が、頭部を貫く。
『老いぼれ』バクルド・アルティア・ホルスウィング (p3p001219)のライフルが、彼女を捉えていた。頽れ、間違いなく致命の一撃を迎えた彼女はしかし立ち上がり、傷口の血を服の袖で拭う。
「……イレギュラーズ」
「そう言う貴方は、魔種ですね?」
質問ではなく、確認。事実沈黙を以て肯定を返した少女へと、『ドラネコ配達便の恩返し』ユーフォニー (p3p010323)は微かに沈痛そうな面立ちを以て彼女を見る。
「あなたが如何様な理由でその囚人たちを殺さないのか。それは気になるけど。
……私たちは、貴方を見過ごせない。それは分かっているわよね?」
『夜守の魔女』セレナ・夜月 (p3p010688)の言葉に対しても、少女は黙して語らず。
ただ、瞑目するその姿には、少なくとも怒りや畏れと言った感情は伺えなかった。『(・∞・)』ムエン・∞・ゲペラー (p3p010372)がそれに対して怪訝な表情を浮かべ、構えた武器を下ろさぬままに一度だけ問う。
「あなたの目的は?」
「復讐を。復讐する相手とは、異なる生き方を送ることを」
要領を得ぬ解答。それでもムエンは静かに首肯した。彼女の足下に居る囚人たちが殺されぬ理由が、その「生き方」ゆえであることを理解して。
「……あなたが、村に干渉しないと理解しても。
ごめんなさい。私たちはあなたを見逃せません」
言葉だけを魔種の少女に向け、けれど視線は遠方の村に――ひいては嘗ての彼女の故郷に――送る『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン (p3p010534)が静かに呟いた。
「美しい村でした。優しい人々が居ました。
私などが戻るには値しない場所だから。そのような場所だからこそ、望まずともその地を汚しうるあなたを、生かしておくことはできないのです」
「………………」
その、姿を。
『ギフトで隠されたマリエッタの姿』を暫しの間見つめた少女は、しかしかぶりを振って応える。即ち、
「――好きにすればいい」
言葉と共に、魔種の少女と全く同じ姿が何処かから現れる。
一人、二人、増えゆくその姿に特異運命座標らが瞠目するよりも早く。彼女は感情の覗かぬ瞳で、口を開いたのだ。
「私は、『死血の魔女』ファルート。憤怒の魔種の一人。
お前達凡百の命で能うこと、叶わぬと知りなさい」
「――――――!!」
或いは、『誰か』にとっての恐怖、その名称を。
- <総軍鏖殺>郷里、昔日の残滓が食らわくば完了
- GM名田辺正彦
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年12月19日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
況や、恐怖は誰しもの根底にある物だ。
――それが何に対してかは、人それぞれによるものであろうが。
「その名を聞いたとて、私達に退くと言う選択肢は存在しえない」
『魔種』。
個としての脅威のみならず、世界を滅ぼす一端として名高い悪たる名を語る彼女へと、『焔王祈』ムエン・∞・ゲペラー(p3p010372)は怯むことなく。
「無害な魔種とはいえ、呼び声をばら撒く魔種なら討伐する。それが私たちのルールなのでね」
……彼我の膠着状況に変わりはない。同じ顔、同じ形をした幾らかの魔種は、そのどれもが些細な違いすらなく特異運命座標達を見つめ続けている。
「………………」
熱を持つ砲身が徐々に夜の空気に冷めていく様を知覚しながら、『老いぼれ』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)はただ沈黙を以て魔種に対峙し続けている。
――「やりづれぇな」と。意図したわけでは無かろうが、無辜の村を襲いうる囚人たちから守った彼女を倒さねばならない自身らの立場に、せめて口の中でそう呟く彼の苦み走った思いは、少なからず彼の仲間たちも抱いていることだろう。
「……復讐。結構。お好きになされば宜しい。
――ただ、魔種に堕ち、呼び声を振りまきながら生きるのであれば……どうなるかはお判りですね?」
「言い訳も説得もする気はないわ。ただ、私は私の欲得の為にお前達に抵抗する」
淡々とした語り口に対して、厄介な手合いだ、と即座に判断したのは『つまさきに光芒』綾辻・愛奈(p3p010320)。
彼女は自らの信念、自らの行動原理を既に己の中で完結し終えている。こういう相手には説得や挑発の部類は極めて意味を為さない。
「……聞かせてください。復讐と、復讐相手と異なる生き方を送るというのは?」
「予想しえているであろう答えを問うのは無為に等しいわよ」
「それでも。私は、あなたの想いを知りたいです」
なればこそ。『誰かと手をつなぐための温度』ユーフォニー(p3p010323)は問う。魔種である彼女にその道理を問うためでなく、それを識った自らの戦いを在り様を決するために。
果たして、対峙する少女は苛立ち紛れの歎息を吐きながら、それでも律義にユーフォニーの質問に解答する。
「……手慰みで故郷を焼かれた」
――『彼女』の手が、固く握りしめられる。
「住んでいた人は皆、私の家族も含め、その血と肉を打ち棄てられながら殺された」
――全身から血の気が引く。夜半の空気にも劣らぬほど、その体温は著しく冷めていき、
「だから、私は。
そうした者を殺すために魔種になり、そうした者と並ばぬためにそれ以外を殺さないと誓った」
――だから。
――『未来への葬送』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)は、まるで身動きも出来ず、ただ魔種を見続けることしか出来なかった。
「……マリエッタ?」
問いたいことは無限にあった。その二つ名を自ら称する理由も。復讐する相手に対する更なる情報も。
ただ、それを問うことは出来ない。自身の傍らに立ち、その手を握ってくれている『夜守の魔女』セレナ・夜月(p3p010688)の、そして今自分と共に居る仲間たちの想いを、何故だか裏切ってしまう気がしたから。
故に、その問いが叶うときは、きっとこの戦いの最後。他者が介在せぬ瞬間しか有り得ぬのだろうと、マリエッタは漠然と理解できても居たのだ。
「……心は空なり、なんて言う気はないけれど」
此処に立つ誰しもが、そのように身を震わせるマリエッタに違和感を覚えていた。
『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)もそれを察しながらも、出だしたコンバットナイフとダガーを双手に構えつつ、小さく呟いた。
「今は、目の前の魔種を……他人を害さないとはいえ、魔種は倒さねばなりませんから、集中して」
「私は、最初に言ったわよ」
闇夜。折り重なるように伸びた多くの木々をすり抜けるように往くチェレンチィの言葉に対して、魔種はいっそ愉快とばかりに嗤い、言ったのだ。
「――お前達凡百の命が、私に能う筈も無いと!」
●
「ただ一つを殺すための在り方。それ以外を殺さない在り方」
猪の一番に飛び出したチェレンチィ。その姿を木々の隙間から確りと目視し、言葉を零したのは『奏でる言の葉』柊木 涼花(p3p010038)。
「その理由を教えて貰っても――私たちのすべきことは、変わりません」
中空に翻る繊手。指揮杖と共に自己の内部に在る魔力を統率し、編み上げ、一個のカタチを形成する。
言うなれば、『それ』は一個のオーケストラなのだ。イオニアスデイブレイク。そしてその後に付与される歪曲運命黙示録は、この戦場に於いて疾り、戦う者たちを称える凱歌となってこの閑散とした戦場に響き渡る。
「あなたは、そう在る私達を恨みますか?」
「何故?」
言葉を返した魔種を、ユーフォニーのソウルストライクが撃ち貫いた。
泥人形のように崩れ落ちるそれ。傍から見ればあっけない一瞬の攻防すらも、その内実は特異運命座標として一線級の力量を持つ彼女と、「分身とは言え」他の追随を許さぬ力量を有する魔種との熾烈な戦いの結果である。
「私の背景を知り、その手を緩めることをしないお前達に、何故私が憤らねばいけないの?」
……自嘲するような涼花の問いに対して簡潔に応える魔種に、ユーフォニーは少しだけ表情を歪めた。
彼女に敵意は無かった。自分たちに戦意が無ければ、そのまま何事も無くこの場を去ってくれていたであろうことも想像に難くない。
奪われた恨みを果たそうと願うだけの彼女を、理解しながらも弑さねばならない苦痛は、少なからずユーフォニーの胸を刺す――それが彼女の手を止めることも無かったけれど。
「……貴様は貴様の仇とは違う生き方をしたいと言ったが、それがこれから先も叶うと、本気で思っているのか?」
「回りくどい質問ね」
初動の攻防は、彼我に於いて違いなく苛烈であった。
涼花とマリエッタ。二者による補助と付与が効き及ぶ環境に於いて特異運命座標達の動きはその誰もが鮮烈の一言に尽きる。対する魔種も少なくない数の分身が攻手にあたる度、先の二人の回復を経て尚易しくないダメージが冒険者たちを襲う。
「何れ、貴様は自らの意志で人を殺めるようになる。魔種を斃すために差し向けられた者達を迎え撃つうちにな」
「………………」
「『最初は襲われたら無力化すれば良かった』『それを繰り返す日常に飽きてきたし、襲ってくる奴に構うのも疲れた』。
……手に取るように予想できるよ。貴様を見ていると、特異点になる前の私を見ているようでな」
「……逆にこちらも聞きたいのだけれど」
挑発と同義の名乗り口上。己の過去に近似した魔種の少女へと語るムエンへと、対して相手の側も口を開いた。
「ご丁寧にそれを説いて下さるお前は、私に懺悔や贖罪でも期待していると言うの?」
「強いて言うならば、無抵抗、かな――――――!」
接敵する魔種。叩きつけられる近距離からの術式。
頽れかけたムエンが体勢を立て直すよりも、二発、三発が同時に襲い来る。
尽きかけた体力。トドメの一撃が刺されるよりも早く、ムエンを囲む分身の一体に風穴を開けたのはバグルドの精撃であった。
「救う悪人もいれば殺める善人も居る、その善悪がどちらにあるかは答えん」
一体が、元の血のカタマリとなってばしゃりと地面に水たまりを作る。
それを――少しだけ眦を下げて見つめながら、バグルドが二次行動に移った。
「ただ、今この鉄帝のルールに型を当てはめた敵の延長線として。『俺』がお前さんを殺す」
「ご自由に、白馬の王子様」
美しい決意だと揶揄した魔種の分身が更に二体、塵すら残さず消失する。
ガウス・インパクト。老兵の覚悟の一撃に文字通り跡形も無く消え去る分身に余韻を残すことも無く、バクルドは次の索敵に移る。
――「そうでなければ、間に合わない」のだ。
「まだ……っ!!」
光条。或いは純粋な魔力の塊。若しくは呪い。
その何れを躱し、或いは最小限のダメージで済ませるように受けるセレナが返す刀とばかりに打ち込むフォースオブウィル。他の仲間たちの攻撃もあって崩れ落ちたその身体はまたしても分身であり、血だまりとなったそれに臍を噛むよりも更なる魔種の攻勢に対処することを強いられる。
「退かない――守る為にも!」
本体の索敵はしているのだ。セレナを始めとして、それはこの場に居る特異運命座標達のほぼ全てが行っていること。
ファミリアー等を絡めた複数視点から成る捜索。視界不良を行うそれらなどもあって、軈て本体を見つけることは必至と言っていい。
ただ、問題は――――――
「……、あ」
身を屈する仲間が、証明してくれた。
――即ち。その「軈て」が、何時であるかと言う点なのだ。
●
特異運命座標達は、前提となる敵の能力を見誤っていたと言わざるを得ない。
彼らの行動方針は基本的に「本体を見つけること」が前提となり、その後の作戦に重きが置かれていた。逆に言えば分身への対処は最低限か、乃至増えすぎた際に幾らかの数を「間引く」程度のものと言うこと。
戦場のロケーションに於ける行動不利や仲間内が有する潤沢な支援スキルを基に、彼らはある程度の長期戦を覚悟に置いたうえでの作戦を考えていたのだ。
――この戦いほど短期決戦が急がれるものも、他に無いと言うのに。
「……『二十五体目』」
呟いた魔種の言葉の意味を、理解できぬはずもあるまい。
倒れ伏したムエンを足元に、「更なる分身を生み出した分身」が声を発する。
情報屋は事前に確かに言っていた。分身はその能力の値を除き、全く同じ性能と『スキル構成』を有すると。
無論、本体より劣化した能力値の分身がさらに生み出した個体だ。その性能は脆弱と言って良く、此度の参加者からすれば一撃か、精々二撃で倒せるようなものばかりであろう。
だが、問題はそこではない。
「不意打ちを警戒していましたが……」
他の仲間たちと同様に。傷つけられては癒されを繰り返し、肩で息をするチェレンチィが呆れ交じりに呟いた。
「正面から物量で押しつぶすだけで十分だと?」
「……正直、此方としても賭けではあったけれどね」
体力を削ることによるコピー生成が分身にも引き継がれているのならば、もう一つのスキル……時間経過による急速回復も、分身たちは備えていると言うこと。
即ち、魔種たちは時間さえあれば幾らでもその戦力を無尽蔵に増強できるのだ。
これを防ぐには、分身を生み出す選択肢自体を失くすため、例え倒し切れなくても常時幾らかのダメージを可能な限り多くの分身に与え続けることが肝要となるが……先にも言った通り、特異運命座標達はそのリソースを本体の索敵と迎撃にあて続けていた為、結果的に現在までに数多くの分身の生成を許すこととなる。
加え、負傷した彼らに対する支援も十分であったとは言えない。
「ムエン、さん……っ!!」
口惜しげに涼花が言う。気力も、体力も潤沢であり、周囲に対処すべき敵も存在しないながら、彼女はその癒術を十全に行使できていなかった。
全ては、地形。時間帯による夜闇はセレナの非戦スキルで解消されたものの、乱立した木々による視界不良により、彼女は回復すべき対象を視界に収めることが上手くできずにいたのだ。
癒すべき仲間がどこにいるかもわからなければ、癒しようがない。要するにそう言う事。涼花たちの支援が届く「距離」を考慮に入れて立ち回る仲間は多く居れど、その「障害」まで含めて動く者は居なかったのも拍車をかける。
少なからぬ時間が経った今、形勢は明確に魔種の側へと傾いた。
……それでも、未だ、希望は掻き消えてはいない。
「如何に分身が数多く居ようと――」
起点は、セレナから始まった。
「――本体(あなた)を倒せば、終わるのでしょう!?」
叩き込んだ『意志』は幾度目か。フォースオブウィルを打ち込まれた魔種の個体が、その時初めて反撃でも回避でも防御でもなく……「木陰に隠れ逃げる」ことを選んだのだ。
「……もう、逃げても無駄だ」
障害物を透視で無きように扱い、本体の姿を目線で追うバクルド。
或いは、その視線の行く先を幾つかの分身で遮られることもあったが。
「俺は、お前さんを見つけたぞ」
『それ』は、彼に対して悪手と言っていい。
撃ち込んだるは何度目か。度重なるガウス・インパクトに義手が軋みを上げ、しかし、未だこの腕を下ろすことは叶わじと。
射線上に居た分身の大半が消し飛び、本体の側も叩きつけられた砲撃に血を吐き出す。距離的に庇うことの敵わぬ周囲の分身が付与魔術を以て即時の回復や態勢復帰を援護するが、それも。
「……この戦い方、似てますね」
呟いたのが、誰に対してか、など。
ユーフォニーの殲光砲魔神が付与を砕き、それを追って愛奈のスケフィントンの娘と、チェレンチィのセレニティエンドが立て続けに襲った。
幾多の状態異常と、それらを貫く呪殺。更には致命の状態異常による回復阻害まで。
索敵されてから僅か数分と満たぬ攻防で、その満身は朱に染まりながら、しかし。
「舐、め――――――るなァ!」
魔種が、初めて吠える。
言葉と共に、続いたのは分身の圧倒的な攻勢。援護も更なる分身生成も止め、単なる殲滅へと切り替えた彼女による攻撃は、此処までで消耗しきっていた特異運命座標達を一気に満身創痍へ陥らせた。
庇う役目であったムエンが倒れている現在、その役目を補うセレナが涼花たちを庇って倒れた。続き、バクルドが、チェレンチィが落ち、残る数は四名。
「……今の貴方は存在すること自体でヒトを狂わせ不可逆の変質を齎す。それと殺戮と……何が違いますか?」
息も絶え絶えな愛奈が、此処で初めて口を開いた。
彼女とて、既にパンドラを行使している。倒れ伏すまで幾許も無かろう彼女は、それでも最後にと、問いを魔種へと投げかける
「貴方は亡くした家族に胸を張れますか?」
「……道理なんかで、激情が、抑えきれるものかッ!!」
言葉に対し、帰ってきたのは魔術の弾丸であった。意識を失った愛奈に対して、しかし魔種は言葉を留めることも無く。
「全てを失くし、奪った者がのうのうと生きている世の中で『正しく生きましょう』なんてクソ食らえだ!
怒り、慟哭し、この身を世界の敵へと堕とそうが構わないと選ばせた魔種よりも先に、手近な落伍者を咎めるかよ、特異運命座標!」
「――ならば覚悟しろ、クソッタレ! この世界はその浅慮が故に滅びるさ! 私同様、あの『魔女』に奪われた者たち全てが魔種に堕ちることによってな!」
「……『死血の魔女』の名は、やはり」
――戦いの間、機械のように役目に従事し続けていたマリエッタが、この時初めて口を開いた。
「あなたの、故郷の仇の二つ名だったのですが」
『それ』は、偶然であった。
その役目を果たすべきと考えていたバクルドが、彼同様マリエッタを想う人々が倒れていたから。今にもその状態異常が解かれんとしていた状況下で、咄嗟に動けるのが彼女だけであったから。
……マリエッタは、自らの指先を魔種の少女の心臓に向ける。
「どうであれ、貴女は苦しんで魔種に堕ちた
であれば、その血を奪い……未来へと導くのは……私の役目なのですから」
「――ハ。道化師には不向きのようね」
マリエッタの言葉を笑えない冗談だと吐き捨てた魔種は、刹那、彼女へと向かい疾駆する。
撃ち込んだシムーンケイジ。足りない。二次行動。思考を置き去りにした肉体が反射で動き、再度の熱砂が魔種の身を覆った。
――『お前が、未来を潰やすのだ』。
最後まで、マリエッタを『マリエッタ』として認識していた魔種が、その言葉を発した筈も無い。
けれど、自らの失われた過去を自覚し始めていた彼女に、死に際の魔種が向けた瞳はそのような言葉を告げたように見えた。
戦いが、終わる。分身たちも魔種本体が死んだことにより、その姿を血だまりへと変えていく。
けれど、勝利の悦びは特異運命座標達には無い。
震え、自らの過去に恐怖する彼女へ、暖かな声をかけようとした仲間たちは、その誰もが倒れ伏している。
「……わたしにできることは、仲間を支援することだけですから」
その仲間達の介抱にあたったのは、未だ無事である三人のうちの一人、涼花であった。
誰ともなく、独り言ちたその言葉の意味を察することは出来ない。「あなたの救いになれなくてごめんなさい」とも「あなたが恐れうる罰にはなりません」とも取れる。
いずれにせよ、少しだけ悲しげに笑った涼花は、その場から去っていき。
「マリエッタ、さん」
その、後に。
ユーフォニーからその言葉が掛けられた時、彼女はびくりと身を強張らせるしか無かったのだ。
「『あなた』は。『あなた』をどんな未来に繋げますか」
ユーフォニーとて、その問いの内実に在る推測は不確実なものだった。
それを自覚した上で、問う。怒りも悲しみも無く、ただ静かな表情で。
「……私、は」
――口を開くマリエッタの答えは、けれどその日、最後まで発されることは無かった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。この度はリクエスト有難うございました。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・『死血の魔女』ファルートの討伐
●場所
幻想、天義、鉄帝三国の国境沿いにある村落。その周辺である山間部にある森林地帯です。時間帯は夜。
規模は小さいものの、場所が場所であるため一応「軍事侵攻に於いた際の要衝」として各国が警戒している地点でもあります。今回村が被害に遭う前に依頼が届いたのも、そうした監視が事前に襲撃を察知したため。
戦場としてのロケーションですが、山間部と言っても丘陵地帯寄りであるため「地形による移動制限は」受けません。
が、夜間と言う時間帯と乱立する木々によって視認性は最悪です。また木々が障害物としても機能している為、移動や武器等の取り回しなどについても制限を受ける可能性が在ります。
木々を破壊して行動・活動範囲を広げることは可能ですが、何れも幹の太い強固な樹木であるため生半な攻撃では破壊されることは無く、また火やそれに類する熱量の攻撃を放った場合、延焼の可能性(=近隣の村に被害が及ぶ可能性)もあります。
『死血の魔女』ファルートは戦場の「どこか」に存在しております。
●敵
『死血の魔女』ファルート
自身の血液を媒体とする術式に秀でた黒髪銀眼の魔種です。外見年齢十代後半の女性。
ステータスは物理攻撃・命中を除いて全ステータスが非常に高く纏まっており、更にHP関連のパッシヴ系統と高ランクの神秘・付与アクティブ系統のスキルにも秀でております。
また、下記固有スキルも有しております。
・『瀉血』:消費したHP量に比例したステータスを持つ自己の分身を1体生み出す。この分身はステータス数値を除けば本体と完全に同じ性能、スキル構成を有する。
・『多血症』:自身のHPが毎ターン大幅に回復する代わりに、回復量がHPの最大値を超過した数値分、HPの最大値が減少する。
今は自らをファルートと名乗る少女は、過去に『死血の魔女』と言う女性に家族を惨殺された過去を持ち、その復讐を果たすため、誘き寄せる目的で同様の二つ名を自ら名乗って研鑽を重ねてきました。
その行動原理は本物の『死血の魔女』とは真逆であり、「自ら他者を害さない」、「他者の血液を用いず、自己の血液のみを用途とする」の二つ。
他に被害を及ぼしていないと言う意味では同情の余地はありますが、より強大な力を得るために自ら『原罪の呼び声』に応じた彼女を救う術は最早残っておりません。
また、「自ら他者を害さない」とは在りますが、相手方から襲ってきた場合の正当防衛は当然のように行います。
●その他
『小村』
上述した国境沿いにある鉄帝の村です。各国の監視による報告を抜きにしても既にバクルド(p3p001219)さんによって既に場所は判明しており、本シナリオの戦闘開始地点までは支障なく到着することが可能です。
因みに本依頼を発出したのはこの小村ではなく、国境地帯の安全を憂慮する複数の鉄帝内派閥が先んじて魔種の討伐を託してきたものとなります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
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