PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<ネメセイアの鐘>酷く狭く、そして悍ましき世界(こきょう)へ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「……お姉様」
 アメジストの髪の少女――シンシア(p3n000249)は慌ただしさの増すローレットの中で小さく呟いた。
「シンシアさんにはご姉妹が?」
「――ッ!」
 驚いたように身体を震わせたシンシアが振り返る。
「シンシア殿、驚かせてしまいましたか」
 そこには日車・迅(p3p007500)と小金井・正純(p3p008000)の姿がある。
「すいません、驚かせてしまって……きてくださりありがとうございます」
「いえ、こちらこそお声をかける前に。改めて、姉君がおられるのですか?」
 正純が改めてそう問えば、シンシアは微かに苦笑する。
「――いえ。血の繋がりはありません。
 お姉様――プリンシパル・ファウスティーナは、アドラステイア時代に私が姉とお慕いしていた方です。
 大変、恨まれてはいるのですが」
 どこか寂しそうに――そして悲しそうに、シンシアは自嘲するように笑った。
 シンシアは紆余曲折を経て、ローレットで活動しているが、元はアドラステイアの聖銃士だった。
「いたいた! シンシアちゃん。いよいよ、上層だよね、準備はいい?」
「はい、花丸さん……きてくださりありがとうございます」
 やや遅れて声をかけた笹木 花丸(p3p008689)が問いかけると、改めてシンシアが頷いた。
「……皆さんを先にお呼びしたのは、その、少しだけ勇気を貰いたくて」
「勇気……って?」
「これから始まる上層攻略戦中、きっとアドラステイア時代の私の知り合いと戦うことになると思うんです。
 自らの聖獣実験を『聖別』と呼んでいた私の元先生、ティーチャー・アメリ。
 プリンシパル・ファウスティーナを含む『宣教師』と呼ばれる、彼女子飼いの聖銃士たち」
 真剣なままに表情を結んで語ったシンシアは、少しばかり目を伏せる。
「私はあの国で多くの人を苦しめた分、あの国を滅ぼすのに協力させてほしいのです。
 でも、どれだけ恨まれていても、かつての大切な人たちをこの手にかけるのに、ほんの少しだけ手が震えてしまうんです」
 改めてそう言ったシンシアの声は、僅かばかり震えていた。
「初めてできたお友達に。色々な戦場で私のことを特に気にかけてくださったお二人に。
 先に、言わせてほしくて」
 そう言って自らの手を見下ろしたシンシアの手は、確かに小さく震えているように見えた。
「――わがままだと思うんです。でも、お姉さまや、まだ聖獣になってない子達を……救いたいんです」
 そう言って、シンシアが震える手で拳を作る。
「――まかせて。私達が手伝うから!」
 その拳を、花丸がそっと手に取れば、同じように迅と正純も頷いた。


 改めて8人揃ったメンバーの前で、シンシアは語り始めた。
「聖別について、私が知っている情報を情報屋の皆さんにお伝えしてから結論付いたことがあります。
 ――ティーチャーアメリは恐らく、アドラステイア中枢とは全く別の思惑の下で動いています。
 彼女の目的は、『自らに従順な軍隊を作り上げる事』です」
「自らに従順な軍隊……ですか」
 正純の問いかけにシンシアはこくりと小さく頷いて続きを語る。
「聖別、と彼女が呼んでいた実験には段階があります。
 子供達を中層に『勧誘』して『順応』させ、『教育』を施し、
 聖獣にしてもいい子を『選び』、実際の『投薬』へ。
 この5段階を、先生は違えたことがありません」
「『聖獣にしてもいい子を選び』……その言い方だと、聖獣にならなかった子供達はどうなるのですか?」
「私が……その一例になりますね」
 迅の問いにシンシアはそう答えた。
「シンシアちゃんみたいに聖銃士になるんだね」
 花丸の答えに、シンシアがこくりと頷いた。
「教化では聖獣との意思疎通の仕方、世話の仕方を学びます。
 同時に、一般教育や情操教育も行われていました。
 歪んだ情操教育で生まれるのは『ティーチャーアメリへ絶大な忠誠心を持つ戦士たち』です」
 静かに、シンシアはそう語る。
 上層で待ち受けるのは、意思疎通の取れた変貌してしまった人間と、強烈な忠誠心を抱く戦士たち。
 一筋縄ではいかない戦いになりそうだった。
「シンシア殿もその教育を受けたのですか?」
「そういう教育を受けた子がシンシアちゃんみたいに育たないような……?」
 少しばかり心配するような迅と疑問を浮かべる花丸に、驚いたようにシンシアが目を瞠り、考え込む。
「私は元々天義である程度は学んでいたからかもしれません。
 聖銃士に選ばれるのは、そう言った『聖獣への抵抗感をどこかで持っていた子達』のようにも思えるので」
「聖獣になることへの抵抗感を失い、寧ろそうなることを望んだ子供達を、聖獣に選んでいるということですか?」
 正純の声が怒りに震えるのもさもあろう。
 それに対してシンシアが目を伏せる。
 あぁ、その反応は――肯定に等しかった。


 冷たい風は潮風に乗って肌を刺すような痛みを帯びていた。
 冬が近づく海辺の町は、それ故に痛みを呼ぶ。
「酷い臭いですね……シンシア殿、大丈夫ですか?」
 迅は表情を険しくしてちらりとシンシアを見る。
「はい……ちょっとだけ気分が優れませんが、大丈夫です……でも……」
「なんでしょうか……焦げ臭いような生臭いような……」
 同じく正純もそう呟いた。
「花丸ちゃんにはちょっときついかも」
 そういう花丸は自らのハイセンスを少しばかり後悔していた。
 足を踏み入れたアドラステイア上層――その地は、奇妙な臭いが感じられていた。
 潮風に乗って漂う香りは、確かに焦げ臭くとも生臭くとも感じられる、奇妙で気分が悪くなるものだった。
「来ましたか――ローレット」
 その時だ、静かに声がする。
 そこにいるのは天馬だった。
 翼や脚部、鬣、尻尾が青白い炎で出来た姿は異様な神聖を感じさせる。
「お姉様……」
 その背中に跨るシトリンのような淡い黄色の髪をした少女を見てシンシアが声をあげた。
「あれがプリンシパル・ファウスティーナですか」
 正純の言葉にシンシアが確かに頷いた。
「メリッサ――忌々しい。まだ死んでなかったなんて。
 ――ですが、ええ。この際、仕方ありません。
 ティーチャーアメリが貴女をお求めです」
「――行かせるわけにはいきませんね」
 迅が腰を落として構えると、ファウスティーナが空へと弾丸をぶっ放す。
 刹那、空からファウスティーナの跨る物と同じ天馬が2匹姿を見せる。
「――ジャーダ、マーガレット……やっぱり、皆もいるんですね」
「裏切者の汚い声でわたくしの名を呼ぶのはよしてちょうだい!」
 翡翠色の髪をした少女が叫び、無数の魔弾が降り注ぐ。
「ジャーダ、無駄撃ちはよしな。
 ――とはいえ、あたしらだけで抑えるのは難しいね」
 翡翠色の少女を宥めたピンク髪の少女が言えばファウスティーナが頷いた。
 戦場に角笛が鳴り響き、空から聖獣が降りてくる。
 開戦の音色が響き渡った。
「シンシアちゃん、あの子達を助けるんだよね? 行こう!」
 花丸が叱咤すれば、シンシアが頷いて剣を取る。

GMコメント

 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。

●参考シナリオ
 下記シナリオは呼んでおくとより面白いかもしれませんが、強制ではありません。

『<オンネリネン>眠りの乙女は夢を見る』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6765

『<ディダスカリアの門>奪われたものを求めて』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7180

『色褪せたアメジスト』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7494

●関係シナリオ
 当シナリオは『<ネメセイアの鐘>朋友の想いに寄り添うなら』とも多少の関係性を持ちます。
 具体的には『中層に存在するティーチャーアメリの拠点を襲撃して取り残された子供達を奪還する』→『<ネメセイアの鐘>朋友の想いに寄り添うなら』
 『上層へと進む最中に待ち受けていた敵と交戦する』→当シナリオとなります。

●オーダー
【1】プリンシパル・ファウスティーナの撃破
【2】聖獣の撃破
【3】宣教師の撃破
【4】ファウスティーナ含む宣教師の生存・捕縛

●フィールドデータ
 アドラステイア上層の一角。
 焦げ臭いような生臭いような気分が悪くなる臭いが漂っています。
 遠くには『ネメシスの塔』と呼ばれたカンパニーレ(鐘塔)が見えます。
 大道路のようで戦闘に支障はありません。
 周囲には家屋などの建造物が多数存在しています。

●エネミーデータ
・宣教師共通項
 ティーチャーアメリ子飼いの聖銃士部隊で、聖銃士幹部候補生(プリンシパル)です。
 聖別と呼ばれる実験では子供の勧誘などを行う実行部隊でもありました。
 聖別による教育を経てティーチャーアメリへの強烈な忠誠心を抱いています。

 年頃は10代前半から20代前半、皆が聖銃士の衣装に身を包みます。
 聖獣たちと高いレベルでの連携を熟します。

 シンシアにとってはかつての同僚でもあります。
 そのため、宣教師たちについてシンシアから可能な限りの捕縛が望まれています。

 また、どうやら3人とも赤い液体の入った小瓶を持っているようです。
 この液体はイコル(正確に言うと、イコルの錠剤を砕いて粉末状にして、薬品に溶かしたもの)です。
 どうなるのかは不明ですが、碌な事にならないのは確実です。

・『幸福なる』ファウスティーナ
 シトリンのような淡い黄色の髪の少女。
 年頃は10代後半から20代前半、武器はシトリンの装飾に彩られたマスケット銃です。
 高い戦術手腕と戦略眼を持った指揮官と言います。

 『宣教師』の中でも最精鋭の一人とのこと。
 ティーチャーアメリへ抱く強烈な忠誠心と信心を持ち、
 その感情はどうやら洗脳ではなく、純粋な思慕より成立したもののようです。

 シンシアにとってお姉様と慕っていた相手でもあります。
 イレギュラーズとなったシンシアの事は裏切者として憎悪の対象になっています。
 愛情がひっくり返ったことによる憎悪は苛烈な事でしょう。

 高いHPと堅牢なる抵抗力、秀でた命中、物攻を持ちます。
 射程は中~超遠。

 【出血】系列、【足止め】系列のBSの他、
 【追撃】、【スプラッシュ】、【鬼道】持ちの攻撃を持ちます。

・『宣教師』ジャーダ
 翡翠色の髪の少女。
 年頃は10代前半、武器は翡翠の宝玉を先端に嵌めこんだ杖です。
 敵以外に対しては優しく、温厚な少女ですが、裏切者のシンシアには当たりが強めなようです。

 ヒーラーよりの神秘アタッカーです。
 範囲ヒール、範囲攻撃をばらまきます。

 神攻、防技、抵抗がやや高め。
 その一方でHPには不安があるとのこと。
 魔力(AP)量も豊富というわけではありませんが、
 【充填】と多少の【能率】を持つほか、【BS回復】や【光輝】持ちのヒールを持ちます。
 その他、攻撃魔術としては【凍結】系列が主体です。

・『宣教師』マーガレット
 ピンク色、より正確にはヒナギク色の髪の少女。
 年頃は10代半ば。武器はヒナギク色の宝玉の嵌めこまれた手甲と脚甲。
 敵以外に対しては姉御肌の善きお姉さんです。
 裏切者のシンシアの印象はよく分かりませんが、少なくとも良くはないでしょう。

 近接のアタッカータイプ。
 物神両面型、反応とEXAを高めにとり、
 1発の威力よりも連撃性能を高めたタイプ。

【連】、【追撃】、【邪道】などの連撃を駆使する他、
 手甲や脚甲に仕込んだ針から【毒】系列、
【火炎】系列、【痺れ】【麻痺】などを引き起こす猛毒を叩き込んできます。

・聖獣〔タイプ:エンジェル〕×4
 顔のないつるりとした頭部を持つ、小さな天使のような聖獣です。
 手に角笛を持ち、これを吹いて奏でる音で攻撃します。
 その音は【呪縛】、【混乱】、【暗闇】、【呪い】などをもたらすでしょう。

・聖獣〔タイプ:アークエンジェル〕×4
 顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような聖獣です。
 エンジェルと違い、成長した人間ぐらい(160~180cm前後)ほどあります。
 手に大剣や斧などを持ち、白兵戦を仕掛けてきます。
 【乱れ】系列、【致命】、【凍結】系列の攻撃が予測されます。

・聖獣〔タイプ:ペガサス〕×3
 宣教師たちの乗騎であるペガサスのような聖獣です。
 気性が荒く、攻撃的です。
 ただの突進さえ脅威となるでしょう。
 主に【火炎】系列のBSが予測されます。

・『ティーチャー』アメリ
 アドラステイアのティーチャーの1人。
 独自に『聖別』と呼ばれる聖獣実験を行ってきました。
 ファウスティーナやシンシアら聖銃士に『宣教師』と名乗らせ、
 下層や外の子供達を勧誘しては聖獣や聖銃士による軍勢を築き上げてきました。
 恐らくはアドラステイア中枢とは別の目論みの下で行動している様子。
 当シナリオの黒幕です。どうやら現在は上層へと逃亡していると思われますが……?

●友軍データ
・『紫水の誠剣』シンシア
 アドラステイアの聖銃士を出身とするイレギュラーズです。
 かつてはファウスティーナ達と同じく宣教師として子供達の勧誘活動を行っていました。
 紆余曲折を経てローレットに保護され、ファウスティーナ達からは裏切者として憎悪の対象です。

 ファウスティーナ達からはメリッサと呼ばれており、これが本名となりますが、
 アドラステイアからの離脱を自分へ刻み込むためにシンシアと名乗っています。
 できればシンシアと呼んであげましょう。

 皆さんより若干ながら力量不足ではありますが、戦力として十分程度です。
 怒り付与が可能な反タンクです。抵抗型or防技型へスイッチできます。
 上手く使ってあげましょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 敵の能力に関する情報の多くはシンシアから齎されています。信頼のできる情報源ではありますが、もしかすると若干古いかもしれません。不測の事態へ警戒してください。

  • <ネメセイアの鐘>酷く狭く、そして悍ましき世界(こきょう)へ完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年12月16日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

リプレイ


「ついこの日が来ましたか……向こうは相変わらずのようですね。
 あれを大人しくさせるのはなかなか骨が折れそうです」
 臨戦態勢を取る宣教師たちを見据え、『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)はそう呟いて。
「でも大丈夫。何とかしましょう。シンシア殿のお願いですからね。
 ずっと頑張ってきた君に良い結末をあげられるよう、頑張りますとも!」
「――ありがとうございます。
 私も、頑張ります……皆さんが手伝ってくれているんですから」
 シンシアが愛剣を握る手に力が籠るのが見えた。
 それを見届け、迅は走り出す。
 圧倒的なる反射神経とそれにより導かれる反応速度。
 風よりも早く、戦場を切った鳳の拳が空を跳ねる。
 空を舞うペガサスを、その背中にある少女を目指して。
(何だかとっても嫌な空気を肌で感じる……
 アドラステイアが今まで準備してきた計画を実行に移してるのかも知れない)
 独特の気配と嫌な空気に気を引き締めながら『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は走り出す。
「シンシアちゃん、十分に気を付けてね!」
 剣を抜いて集中し始めたアメジストの髪の少女へ短くそう告げて、サクラは速度を跳ね上げた。
「――あたしか」
「禍斬抜剣……! この刹那に、閃光となりて斬る!」
 マーガレットと呼ばれた少女へ、サクラは一気に愛刀を走らせた。
 壮絶な速度で跳ねるように伸びた斬撃がマーガレットを切り裂く――その寸前、サクラの眼前に馬の首が伸びた。
 それはマーガレットが跨る天馬型の聖獣が棹のように立ち上がったが故。
「ありがと!」
 それだけ言って、マーガレットが馬を飛び降りた。
「貴方がイレギュラーズとなってから随分と時がたったような気がします」
 弓を構えながら『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)はシンシアへと声をかけた。
 時間にして表してしまえば、一年にも満たぬ期間だ。
 振り返るには、まだ早い――けれど。
「さあ、行きましょうかシンシアさん。貴方の大切なお友達を助けるために。
 こんなふざけた仕組みを終わらせるために」
「……はい」
 ぎゅっと剣を握る少女の手は緊張を表していて。
「――それにまだ、一緒にお花見できてませんから。ね?」
 それをほぐすように微笑みかければ、シンシアが目を瞠った。
「――はいっ! まだ見れてませんからね!」
 力強く、けれど力むとも違う声に正純は大丈夫だと頷いて矢を放つ。
 魔弾は神性を瞬き、宣教師達の眼を眩ませる。
「あーやだやだ。歪んだ躾けで自分の言いように使えるガキを作る大人ってのは気に食わねぇや」
 そう言葉に漏らすは『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)である。
 シンシアは微かに少しばかり複雑な表情を浮かべている。
 それはティーチャー・アメリなる人物へ彼女が抱く複雑な感情を表しているようにも見えた。
「俺はお前さんの詳しい事情は知らねぇがよ。大切な人を助けたいってんなら力になるさ」
「……ありがとう、ございます。力をお貸し下さい」
「あぁ! 分かった! それじゃあ、お先に行くぜ」
 握りしめた愛剣に力を籠めて、ニコラスは踏み込んだ。
 強く、深く。真っすぐに振り抜かれた斬撃は風を呼び、聖獣たちを、宣教師達を巻き込みながら幾重にも吹き荒れる。
「――あぁ、それから。何を言われようが何が起ころうがその意志を貫けよ。
 諦めねぇ奴にこそ奇跡は起こるのだからよ」
「――ぁ! はいっ!」
 振り返ることなく言えば、シンシアから覇気のある声がした。
「シンシアさんが誰かを助けたいって、そう望むのなら幾らでも手伝うよっ!
 それが友達ってモノ……でしょ?」
 言いつつも、拳を握る『竜交』笹木 花丸(p3p008689)にはそれが一筋縄でいかない事であろうというのは分かっていた。
「宣教師の子達を助けるのは勿論だけど、
 聖獣達だってこの後のことを考えると無暗にどうこう出来ないし……
 ――だとしても、だからこそ、今の私達に出来る事を精一杯……だよねっ!」
「……ありがとうございます!」
 きゅっと剣を握り締めるシンシアに頷いて花丸は空を舞う天使たちを見上げた。
「シンシアさんはあの小さい方をお願い。
 私はあっちの大きな方を抑えるから。
 ――大丈夫っ! 私達が私達の役目をきっと果たせば皆なら何とかしてくれる。
 だから……やれるよね、シンシアさん?」
 こくりと頷いたシンシアに笑いかけて、花丸はハイタッチの要領で拳を軽く合わせてから前に出た。
「というわけで、お前たちの相手は私だ!」
 名乗りを上げた花丸をアークエンジェルの獲物が狙う。
(シンシアが落ち込んでた時に声をかけた身として、シンシアの力になりたい、願いを叶えたい)
 聖獣たちの注意を引くように剣から光を放つシンシアの背を見つめ、『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)は思う。
「だから決してだれ一人死なせないように……全力で戦う!」
 そうしてシンシアよりも前へ飛び出したリュコスはふるりと身震いして、雄叫びを上げるように声を発する。
「シンシアに用があるならぼくを倒してからだ!」
 口上を述べるような咆哮にも似た声は、宣教師達の耳に届いたらしい。
「そこまで言うのであれば――良いでしょう、あなたからだ!
 ジャーダ、下がっていなさい。貴女は後ろで私達の補助を!」
 そう叫んだのはファウスティーナだ。
 銃口がリュコスへと向けられる。
「いやよ! お姉様! 私も前に行くわ!」
 そういうジャーダも前に出ながら、宣教師たちがペガサスを走らせる。
「シンシアさん、わたしも子供達を殺したくないの。
 それは、上層に仕掛けられた陰謀のせいじゃない」
 リュコスにつられるように動き出した子供達を見て、『目を覚まして!』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が小さな呟きを零す。
「ココロさん……?」
 無貌のエンジェルたちが角笛を吹き、或いは角笛そのものを鈍器のように殴りつけてくるのを剣で防ぐシンシアがその声にこちらを見てくる。
 ココロは目を閉じて魔力を高めながら、思いを巡らせた。
「ずっと考えてます。アドラステイアに洗脳された子供達はバイラムの、ファルマコンの犠牲者だって」
 思い出される幾つもの顔を振り返り、ココロは再び瞳を開く。
「だから助けたい。正義とか理想とかじゃなくて――わたしがそれを望むから」
「……ありがとうございます。
 それはきっと、沢山の子達にとって救いになります。
 そんな風に、思ってくれている人が他にもいるのなら――きっと」
 反撃の剣を払うシンシアへ、ココロは術式を放つ。
「シンシア。自分ノ心 信ジル。
 君 自分モ ファウスティーナ達モ。裏切ッテイナイ」
 自らの放つ術式で戦場を陽の光で包み込む『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は静かにそう語る。
「――っ、そう、でしょうか」
 シンシアが息を呑むのがわかる。
「ン 大丈夫 フリック ダケジャナイ。皆 思ッテル」
 それは魔術や魔法ではない。
 けれどそれと同じくらいに少女の心を支えるに十分な言の葉だった。
「ネメシスの塔」
 ふと顔を上げたフリークライは戦場の奥に見える鐘塔を見た。
「コチラヲ 見エル。戦況 沿ッテ何カ仕掛ケテクル?」
 静かに見えるその塔を見ながら考えられることを呟いた。
 ここから見える限り、何かが起こるようには見えない。
 ただ、一羽の烏が止まっているぐらいだ。
(ン。不測事態アロウトモ フリック スルコト変ワリ無シ。
 ドコマデモ味方 支エルマデ)
 視線を降ろして、フリークライは前を見た。


「おねんねの時間だぜ、ガキンチョども」
 ニコラスはマーガレットの様子を見ながら剣を構えなおすと共に一気に彼女の方へと走り出した。
「このようなところで眠るわけにはいかない!」
 肉薄してきたことへの警戒を露わにしてマーガレットが体勢を整える。
 疲労を隠すことも出来なくなりつつある少女へ、握りしめた愛剣を振り抜いた。
 一度目を手甲に防がれるのと同時、そのままの流れで払った二打目の斬撃が浅く少女の身体に傷をつける。
「あたしはね、こんなところで負けるわけにはいかないんだ」
 マーガレットが息を吐く。
「あんたらは、どうしてここに来た? メリッサの奴もだ。
 ここは、あたしらにとって、ようやくできた居場所だったのに」
「あなた方より、シンシアさんの方が正しいと証明に来たのです」
 間を開けず、ココロは真っすぐに呟いた。
「正しい、だって?」
「子供達を聖獣にしたり、死ぬような眼に合わせたり。
 そんなことをさせるこの国が正しいはずがないのだと」
「……あたしには、此処しかないんだ。
 戻るべき場所はここしか残ってないのに?」
 奮い立つように立ち上がったマーガレットが腰にある小瓶へ手を伸ばす。
「――その薬は、駄目」
 刹那の判断で飛ばした流星がマーガレットを打ち、小瓶が地面へと転がり落ちる。
 そのまま、少女が倒れ伏した。
「マーガレット姉様! あ、あぁぁぁあああ!!」
 激情を露わにしたジャーダの魔法が戦場に降り注ぐ。
 迅はそれを掻い潜るように走り出した。
「大丈夫、死んでいませんから」
「嘘よ! そんなわけないわ!」
 眼前に辿り着いた迅にジャーダが声を震わせる。
「今からそれを証明します。その上で、シンシア殿が裏切ってないことも証明しましょう」
 その証明を果たすように迅は前へ。
「そうだよ。シンシアちゃんは裏切った訳じゃない!
 アドラステイアの真実を知って、そこに正義がない事を知っただけだよ!」
 サクラは一気に走り出す。
 倒れたマーガレットから視線を外して、向かうべき先は小さな翡翠色の少女。
「わたくし達は、ただ先生に教わった通りにするべきなの。
 今まで、だれも、誰も戻ってこなかったじゃない!
 それに、今もこうして、わたくし達の居場所を壊そうとしてるわ!」
「私達は貴女達を殺す気はないよ!」
 サクラは冷静だった。
 ジャーダはまだ10代も前半と思しき少女だ。
 その精神性は可愛らしいというより幼いと言ったほうが良い。
 速度を上げ、聖刀に不殺の光を纏いて振り払う。
「そんな言葉には乗らないんだから!
 わたくし達には、ようやく手に入れることが出来た居場所なんだもの!
 そんな言葉で、惑わされたり、しないから!」
「ジャーダ……」
 小さくシンシアが言葉に漏らすのを花丸は耳にした。
 憐れむような、苦しむような声だ。
「シンシアさん。大丈夫、私達ならやれるから!」
 励ましの言葉をかけながら、花丸は振り下ろされた斧を躱し、思いっきりアークエンジェルを殴りつけた。
「みんなまだ倒れてないよ。だから大丈夫!」
「そう、ですよね。
 ごめんなさい、あの子はまだ幼いから、気にかけてしまって」
 ふるふると首を振って、覚悟を決め直したシンシアが剣を振り抜いた。


「後はお前さんだけだぜ、ガキンチョ」
 ニコラスは肉薄すると共にファウスティーナの意識を引き付けるようにそう告げる。
「……ジャーダ、マーガレット。貴女達の命は無駄にはしません。
 先生への忠、確かに見届けました。私も続きましょう」
 小さく呟く声を敢えて放置して、ニコラスは愛剣に力を籠めた。
 大きく踏み込み、描く軌跡が躍る。
 確殺自負の殺人剣を走らせれば、しかしファウスティーナは技術ではなく自前の体力でそれを受け切ってくる。
「あの2人は死んでないよ。
 後でたしかめて! 君も生かして倒すから!」
 リュコスの周囲には主を失った2匹の天馬とファウスティーナ、彼女の乗騎の天馬のみ。
 人狼の殺意に身を任して神威の打撃を叩き込む。
「たとえそうだとしても、先生と一緒にいられないのであれば、私達は死んだも同然。
 あの方が、救ってくれた。あの方のおかげでここにいるのだから!」
「ファウスティーナ ソコマデ アメリ 慕ッテイテモ 聖獣抵抗有。
 或ルイハ 純粋ナ思慕ダカラコソ ソノ心 喪失 恐レタ?」
 滞ることのなく支援を続けるフリークライは小さな呟きを漏らす。
「ええ、そうよ。その通り。
 私は、聖獣になんてならない。なってたまるか。
 あの方のご寵愛を受けて、あの方をお守りする事こそが、私の願いなのに!
 ただの兵器のひとつに成り下がってたまるもんですか!」
 それは初めて漏らしたファウスティーナの激情であった。
(他宣教師モ 愛憎感情豊富。ダカラコソカ)
 宣教師たちの感情は豊かという他ない。
 理性で抑えつけていたであろうファウスティーナの心情が吐き出されたことで、猶更だ。
「……先生、力が及ばず、申しわけありません。
 もう、貴女をお守りする事も、ご命令に従う事もできないようです。
 心苦しいですが、こうなれば――」
 小さく、ファウスティーナが呟く声がした。
 手を伸ばしたファウスティーナは腰の辺りを触れて、小さな痛みに驚いた様子を見せる。
「――そんなっ!」
 目を瞠るファウスティーナの視線は腰にて砕け散った小瓶を見ていた。
「それを飲ませるわけがないでしょう! 撃ち抜いたのは僕ではありませんが!」
 迅はその眼前へと辿り着けば、そう言い切ると共に拳を撃ち抜いた。
「――くっ、ど、どうして。どうして邪魔をするのですか!」
 迅の猛撃を受け、感情的に叫んだファウスティーナに、迅の返す言葉は決まっている。
「シンシア殿との約束ですからね!」
 握る拳はあらゆる加護を打ち砕く鉄拳。
 防がんとしたファウスティーナの鳩尾を撃ち抜いた。
「えぇ――あんなものに頼らせはしない。
 頼らせてなどなるものか」
 きゅっと弓を握る正純の手に力が籠る。
 揺るぎない気迫を籠められた弾丸は薄明を差す星灯りのようにその腰に結ばれた小瓶を撃ち抜いていた。
「彼女は、貴女達を裏切ったりなんてしていない。
 ずっと、貴女達を助けたいと苦しみ、願い、努力してきた。全部、貴女達の為だ。
 私はそれをよく知っているから。
 ――私がどうなろうと、貴女達を彼女の前へ連れていきます」
 真っすぐに、視線で射抜くような面持ちで正純はファウスティーナを見据えている。
「――なんで、どうして、そこまでして……
 私達を裏切ったのなら、私達を放っておけばいいでしょう!」
「もう少しだよ。頑張ろう、シンシアさん!」
 ファウスティーナの劣勢を見て、花丸はシンシアへ声をかける。
「はい。皆さんのおかげで、まだ……やれます」
 エンジェルたちの攻撃を受け止めてシンシアが頷いた。
 花丸はその様子にこくりと頷くと、思いっきり拳を振り抜いた。
 放たれた蒼天の一撃はアークエンジェルを打ち、エンジェルをも巻き込んで振り抜かれた。


 宣教師たちを鎮めた後の流れは淡々としたものだった。
 全ての聖獣を沈黙させた後、イレギュラーズは3人の手当てを施していた。
「いきて、る? あたし、死んじゃいないのか」
 最初に目を覚ましたのは最初に倒れたマーガレットだった。
「殺したくないの。死なせたくないの。わかってよ」
  心の底から驚いた様子を見せる彼女にココロは悲痛にも似た真剣な声で語り掛ける。
 貴方達も、バイラムの、ファルマコンの犠牲者だ。そう言葉にするのは容易くて。
 けれどきっと、この子達にはそれを言ったところですぐには受け入れてはくれないだろう。
 きゅっと止血する包帯の結ぶ指に力が入った。
「どうして? どうして生かしたのですか」
 ファウスティーナが震える声で呟く。
「貴方達がなんと言おうと、シンシアちゃんは貴方達が死ぬ事を望んでないんだよ」
 続けてサクラが言えば、ファウスティーナが目を瞠った。
「全部をおわらせたら、みんなで話し合おうよ」
 リュコスは彼女たちに声をかける。
 永遠に話し合う機会は失われずに済んだ。
 だから――今度はちゃんと話すべきだと。
「な、なに言ってるの! わたくし達は話し合う必要はないわ!
 そうよね、お姉さまたち! だって、だってこいつらは――」
 そういうジャーダは一番幼い分、一番感情が豊かなように思えた。
 まだ理性より感情の方が先になっているとでも言えるか。
「大丈夫、まだアドラステイアのしんじつを知らないだけ。
 わかってもらえたら仲直りのチャンスもあるよ。
 だから、これからのためにもがんばろう!」
 信じられないとばかりに声をあげるジャーダから視線を外して、リュコスはシンシアへと声をかける。
「……そう、ですよね。
 えぇ、すぐに分かってもらえるとは、思ってません。大丈夫です」
 そういうシンシアは、けれどよく観察すれば声を震わせて――ぎゅっと拳を握っている。
「シンシアさんも、お疲れ様!」
 花丸はシンシアへと声をかける。
「でも、まだ終わってないよね」
 まだ、1人。残っているのだから。
「シンシアさん達の関係をこんなにした張本人がまだ残ってる」
 花丸の言葉にシンシアが小さく頷く。
「……先生」
「ティーチャー・アメリ、ですか。
 ですが、居場所は直ぐに聞けそうですね」
 そういう正純の視線はファウスティーナの方を見る。
「ン 何モ無クテ 何ヨリ」
 そう呟いたフリークライは再びなんとなしに鐘塔を見た。
 その塔の中腹、一羽の鳥が止まっている。
 烏のようにも見える、黒い鳥だ。
 何故だろうか、それと目が合った気がした。
 首を傾げるフリークライをよそに烏はどこかへと去っていく。

成否

成功

MVP

小金井・正純(p3p008000)
ただの女

状態異常

リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)[重傷]
神殺し
笹木 花丸(p3p008689)[重傷]
堅牢彩華

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。
MVPは小瓶を撃ち抜いた貴方へ

PAGETOPPAGEBOTTOM