シナリオ詳細
未だ、君は此処にいたのか
オープニング
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動きは精彩を欠いていた。
血に濡れた毛皮、端々が折れ、或いは欠けた爪。牙も幾多の敵を噛み砕き、使い物になるかは甚だ怪しい。
それでも――未だ。
四足は動く。視界は眩んでいない。
戦うことは出来た。それで十分だった。
寝座に戻る。他の獣が寄りつかない鈍色の水辺に身体を横たえ、僅かな間だけでもと休息を取ろうとした。
けれど、その身体に、しがみつく影が一つ。
『……………………嗚呼』
乱れた亜麻色の髪と、粗末な服装が特徴的な少女だった。
言葉を発することもなく、涙を浮かべる矮躯はただ、私の身体に抱きついて声もなく泣き続ける。
『……未だ、君は此処にいたのか』
眦を落とし、沈む声で語る、私に気付かぬまま。
●
「幻想(レガド・イルシオン)は半ば以上、幻想貴族達によって支配されている。
彼らは自己の利益を何よりも尊ぶ存在であり、その行いもリスク以上のリターンが伴えば善悪を問わない奴らがザラだ」
此処まではオーケーかい? そう問うた『黒猫の』ショウ(p3n000005)に、特異運命座標(イレギュラーズ)は一つ頷く。
ギルド『ローレット』のテーブルはその日も混み合っていた。運良く確保できた広い一卓に座る彼らは、その日も舞い込んできた依頼の一つにどうにかありつくことが出来た……の、だが。
「今回の依頼は、所謂『そう言う手合い』だ。
話を聞いて、合わないと感じた奴らは、席を離れてくれて構わない」
――意味深な前置きをするショウに対して、特異運命座標は訝しげな表情をしつつも話の先を視線で促す。
肩を竦めるショウは、それ以上余計な言葉を挟まず、本題を話し始めた。
「依頼内容は、とある魔術関連の研究施設からだ。
話によると、其処で飼っていた実験体の一つが施設から脱走、周囲の森に逃げ延びてしまったらしい」
曰く、研究施設の内容は『量産が容易な生物兵器』を作り出すこと。
ただの子犬を簡単な術式で巨大な狼に変えたり、戦争などに使う軍馬に蹄以外の攻撃能力を与えるなど、単純な研究課題である分、そのアプローチは多岐に渡っている。
……その実験体が外に逃げると言うことは、如何なる被害が発生しても可笑しくはないと言うことだ。
「件の実験体の場所は解っている。と言うのも、当初その施設は対象を手勢の兵だけで確保しようと考えていたらしくてね。
捕まえること自体には失敗したものの、寝座の位置も把握したらしい。お前等の役目は、そいつを可能なら捕縛、不可能なら殺害して欲しいとのことだ」
背負いきれなかった不始末の後片付け、と言えば呆れた話ではあるが、報酬がある以上は文句を言う筋合いもない。
早速作戦の相談に入ろうとした特異運命座標達に、ショウは片手を上げてそれを制止した。
「言い忘れていた、実験体の特徴だが――」
●
はっぱといしころで、あしはきずだらけになっていました。
いたいのも、くるしいのもこらえて、わたしはもりのなかをはしりつづけます。
――どこ、どこ、おとうさん、おかあさん……!
しらないひとたちにさらわれて、まっしろなおへやにとじこめられて。
たくさん『いたいこと』をされて、それでも、やっとあのばしょからにげだせたのに。
――ひとりはいやだよ、おうちにかえりたいよ、おねがい、おねがい……
おへやのそとは、まっくらなもりしかなくて。
かえりみちもわからないわたしは、ただ、ただ、にげるためにはしることしかできなくて。
けれど、それも。
――あ。
たくさんのしらないひと。
みんなが、わたしをじっとみつめて、てをのばす。
こわくて、なきたくて、もう、つかれちゃって。
あきらめてすわりこんだわたしを、そのてがつかむよりまえに。
『……此方の住処に勝手に入って、随分と騒がしいことだ』
しずかなこえが、きこえました。
ふりむくと、そこには、まっしろなおおかみさんが。
『それも、牙も爪も持たぬ子供に、随分手厚い迎えではないか。
良いだろう、私も全霊を以て、それに報いるべきだろうさ』
おゆきなさい、そういったおおかみさんは、しらないひとたちにとびかかっていきます。
わたしは、それをみつめて、ぎゅっとむねをおさえました。
なにもないわたしをたすけてくれるひとがいたうれしさと、
わたしにのこったものは、あのおおかみさんしかいないんだという、さみしさで。
- 未だ、君は此処にいたのか完了
- GM名田辺正彦
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年02月05日 21時50分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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生命の色は酷く乏しかった。
土にまみれた身体。一枚だけの衣服は所々が破れており、木の実や食用の草だけで生き延びてきたその肌は血色も良くはない。
――何より、恐怖に窶れきったその表情が。
「……それは、守れていると本当に言えるのかい?」
少しだけ、哀れみを込めて『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)が問いを投げた。
暗い森の開けた水辺。傷に覆われた狼と、それに寄り添う少女の前に、八人の特異運命座標達が相対している。
「誤解を招くようだけど、君や創狼は何も悪くない。
悪いのは、君を浚った奴らだよ」
連れ去るだけなら良かった。
少女の逃亡を許し、彼の狼の庇護を受け、それを奪い返すことも出来ない。
中途半端な希望を持たせることもなく、いっそあの施設の中で捕らわれ続ければ――少なくとも、此処までの悲劇はなかったろうに。
『……過程にも、結果にも興味はない』
創狼は、傷ついた身を未だ横たえたまま、静かに呟く。
『この子供は死ぬ。何の罪も無く、唯理不尽によってのみ。
それを許せないだけだ。それが、私の生き方だっただけだ』
「その身体で、幾度も少女を守ることが出来ずともか?」
『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370) は歎息して……しかし、嘲うことだけはしない。
「妾は言葉を繕わぬよ。いずれにしろ、妾達はその少女を殺しに来た。お主らの敵じゃ。しかし……」
『理解している』
創狼は、その先を言わせなかった。
『この子供の行く末も、それを守る私の辿る道も。君たちの――せめてもの厚意も。
それでも譲ることはできない。私はこうして生きてきた。ならばそれを貫きながら死んでいくしかない』
「……難儀な生き方よの」
苦笑を浮かべ、『妖艶なる半妖』カレン=エマ=コンスタンティナ(p3p001996)が言った。
事情が事情である故、彼ら一頭と一人を恨むことをできはしない。
それでも、傷だらけの狼を見る少女は――俯きながら、静かに涙を零している。
少なくともこの狼は死ぬ必要がなかった。けれども、少女が其処に在り続ける限り、彼は少女を守り続ける。
一人、この狼の元を離れ、孤独に死ぬか。孤独を恐れるが故に狼と共に死ぬか。
選べない少女は、だから泣く。泣いて、自らの弱さを悔い続けていた。
「……もう良いだろ。俺達は救えねえ、ソイツは、退くことができねえ」
会話に飽いた。或いはそう見える『蛸髭』オクト・クラケーン(p3p000658)が、自身の得物を肩に掛けて言い放った。
「だからこそ、俺ァ、今まで通りに撃って奪って喰らって殺すだけだ」
それが自らの矜恃だからと、言葉を継いで。
「話、終わった?」
『戦神』御幣島 戦神 奏(p3p000216)が、ひょいと後方から顔を出す。
余計な会話も、言葉も必要ないと割り切った彼女は、ただ戦の気配にだけ反応して小さく笑う。
対する狼も、それに応えて『何時でも』と言い、その身体を立ち上がらせる。
ハ、と小さく息を継いで、彼女は武器を構え、名乗りを上げる。
「戦神が一騎、御幣島カナデ! 陽が出ている間は倒せないと思え!」
悲嘆しかない戦いを、楽しむように。
●
「さて、混沌での初依頼だ」
周囲が前衛と後衛、自らの立ち位置を定める中、『紅綿』雲英 カミナ(p3p000587)は淡々と言いながら義手を構える。
「いつも通り冷静に、油断せず行こうか」
言葉に反し、その挙動は思い切りのあるものだった。
狼の懐へと接近した彼は、その義手を敵の両脇に伸ばして移動範囲を制限する。
動くことを許さじと言外に告げられた狼は、それを意にも介さず。
『……大した度量だ。旅人よ』
唯、その身体に食らい付く。
吹き出る血。衰えた牙でも未だ貫くほどの威力は残っていた。
そのまま肉を噛み千切ろうとした敵に対して――二条の線が。
「世界の腐敗の体現。その一つ。
恨みはありませんが、当事者であるあなた方を看取らせていただきます」
『終ワリノ刻ヲ看取ル現象』エンアート・データ(p3p000771)。
ミスティックロアを介し、マテリアルから魔力を叩きつける。神秘との親和性を高めた身体が時折データ化するが、本人はそれを意にも止めない。
そして、もう一発。
「与えられた仕事である以上、それに否やもない」
『ShadowRecon』エイヴ・ベル・エレミア(p3p003451)。
足先を貫き、小さく爆ぜる銃弾に狼が表情を歪める。それを見る彼は、表情に何の抑揚も滲ませることはない。
装填し、狙い、唯撃つだけ。――尤も。
「……だけど、この依頼内容を不快に思うこの気持ちは無くさないようにしたい」
それが、何の感情も持たないと言うことではない。
戦闘は相互に搦め手を有さない以上、単純な攻撃の応酬から始まっていた。
こうなれば単純に手数の差で押す特異運命座標達が一件有利に思えるが、仮にもこれまで襲い来る敵を払い続けた創狼の実力は伊達ではない。
「う、わ――」
長剣と短剣。二種の剣を薙ぎ、或いは突いた奏が、毛皮を貫いた後の手応えに辟易とする。
剣が抜けない。敢えて刺されたと気付いたときには、その片腕の肉がごっそりと抉れていた。
成る程事前情報にあった通り、その身体は防御性能ではなく、あくまで潤沢な体力に秀でている。
攻撃性能もまた同じく。それを補うべくランドウェラが緑の抱擁で傷ついた仲間を癒していくが――いかんせん回復量がまるで追いついていない。
僅かに理解する劣勢。これは、特異運命座標が依頼目標に対して設定した優先順位が大きな要因となっている。
元々数の差で圧倒している特異運命座標達だ。少女を逃さぬ立ち位置を構築し、ただ彼女を攻撃し続ければ、創狼は反撃も出来ず、ただ彼女を庇い続けて死んだだろう。
戦闘に意識が因ったか、僅かばかりの良心か。創狼の討伐を優先目標とし、少女への攻撃を大半のメンバーが意識しなかったため、依頼の難易度は本来のそれよりも大きく上がっている。
「ええい、些か暴れ過ぎじゃ!」
叫ぶデイジーがその矮躯に見合わぬ杖を古い、何度目かの呪術を創狼に撃ち込む。
カミナの焔式、そしてカレンのSPOによって傷口が灼け、或いは膿む苦痛が、それによって加速する。
痛みに拉ぐ身体。それでも視線は鋭く、狙う対象を過つことはない。
創狼が有する人間並みの知性、と言うのも、この戦闘では重要となってくる。
自身が単体攻撃しか持たないことを解っている創狼は、それ故に狙った対象にのみ攻撃し続け、各個撃破を狙っている。
「ああ、全く困ったもんだ」
想像以上の苦境。それにオクトは笑みを返した。
御伽噺を思い出す。悪い狼がお婆さんになりすまし、少女を食べてしまおうとする話。
だが……今はどちらが悪でどちらが善なのかと、詮無きことを考えた。
銃声が一度――二度。集中力を極めた二度の攻撃に、創狼の身体が遂に一度、頽れる。
「カミナ!」
名を呼ばれ、それに頷くカミナ。僅かに見えた隙の最中に呼吸を整え、僅かばかりにも体力を整えた。
だが――少しばかり、遅い。
『手こずらせて、くれるな……!』
立ち上がる創狼が、軋む身体で、それでも食らい付く。
血を零し、腹を貫通した初老の男性が、地に伏し――しかし、否。
「……悪いが、出来ない」
可能性(パンドラ)が費やされる。傷を受け、倒れる筈の運命を、そうでなかったものへと。
「それが俺の矜恃だ。彼女を助けることは出来ない。
ならばせめて――他の誰かに任せるよりも、俺達がひと思いに殺すべきだ」
乏しい気力をそれでも消費し、焔を内包した岩を生み出す。
間髪入れずに創狼へと舞い放たれるそれに――対する敵は、微かな瞑目の後、咆哮した。
●
時間は経過し、戦闘は加速する。
先にも言ったとおり、創狼を第一にした討伐優先目標は、特異運命座標らの戦闘に大きな負担を強いている。
それもあるが、問題は更に。
「は――――――は、はは!!」
全身を朱に染めた奏が笑う。笑って、剣を更に振り回した。
防御を捨て、回避を捨て、ただ攻手のみに身を費やし続けた彼女は、既に限界を超えている。
パンドラは無論のこと、奇跡的な復活までを以て立ち続けた戦神は――しかし、退かない。
それが、理由。傷を負いながらも退くことのないメンバー、特に前衛陣と一部の中衛陣はダメージを負いやすくなっている。
先ほど、立ち上がったカミナも、幾度かの行動で再び倒れた。そうして、奏もそれに続き始めている。
失いすぎた血液に、膝が笑い、視界が眩む。それを見る創狼は、理解しがたいといった様子で問うた。
『何故、退かない』
「……殺しているんだ、殺されもするさ」
それに。そう言った奏が凄絶に笑いながら、震える片腕を創狼に向ける。
「やられるつもりはないよ。さっさと来な」
『……そうか』
跳ぶ狼、睥睨する奏。
血は両者から溢れ、そうして倒れたのは奏の側だった。
それでも――趨勢は確かに、特異運命座標の側に傾いている。
幸か不幸か、パンドラを消費してまで立ち続けた前衛陣が稼いだ時間はそれほどに大きい。使える限りの気力を注ぎ込んだ攻撃と状態異常は、もはや敵の体力を倒れる寸前にまで奪い取っている……が。
『言った、筈だ』
その一押しが、足りない。
『最早、このように死ぬしかないと!』
奔る狼に、再び攻手が迫る。
前衛陣が倒れたとて、近接戦闘に秀でた者が居ないというわけではない。
中衛に迫られたエンアートとデイジーが構えれば、その牙と魔弾が交差する。
「矜恃も結構、じゃがそれはあの少女が望むことか!?」
『ならば彼女が望めば君たちの行いは変わるのか! 愚かなのは君たちこそだろう!
死力を尽くし、限界を超え、望むことが牙も持たぬ子供を殺すこととは、何と滑稽な!』
言葉を隙と捉えたか。エンアートは創狼に返すこともなく、ただ続けざまに魔弾を撃ち続けるのみ。
それらが胴に空けた穴を、溢れる血が埋め尽くす。
それと同様に、牙が表面を滑るだけで切り裂かれた腕を庇うデイジーは、彼の言葉に表情を曇らせた……が。
「ああ、だから俺は哀れまねえ」
言葉を返したのは、オクト。
精撃を撃つ余裕も殆ど無い。純粋な射撃のみで敵を狙うその表情には、傷が無くとも疲労に満ちている。
それでも、彼は小さく笑った。
「同情すれば一丁前か。他者を想えば一人前か。
冗談じゃねえ。お涙頂戴の言葉も感情も、これから殺す相手に対して何の慰めになるって言うんだ?」
視線を少しずらせば、傍らに立つ少女は怯えた表情で特異運命座標達を視ている。
「恨まば恨め、呪わば呪え、ってな。下手に同情せず、悪党らしく、死を悼まず、殺害を懺悔してやらねぇってのも救いかも知れないだろう?」
『成る程、正しく……』
銃弾が、言葉を句切る。
片耳を綺麗に撃ち抜く軌道に、最早苦悶の声も上げず、創狼は。
『――外道!』
咆哮が、負傷した仲間を襲う。
只の遠吠えなどとはほど遠い。音は振動に、振動は衝撃に取って代わり、接近から一時的に距離を取った中衛陣を追う。
「回復を……!」
幾度目か、叫ぶランドウェラもまた、その表情は明るくない。
ギアチェンジからの衝撃の青、または緑の抱擁。いずれも消費の少なくない能力を使い続けた彼は、他に比べ消耗の度合いが明らかに大きい。
事実、繊手が描く緑の抱擁も、それが凡そ最後の一回となった。
――最早、仕損じる事は出来ない。それでも。
「これは仕事だ。私達が生きていくための術の一つだ」
エイヴの表情は変わらない。射撃と装填、合間の移動を重ねるばかりの彼は、独り言のように淡々と呟く。
「君の行いも、また。私達に君を責めることなど出来はしない。けれど、君も私達を責める資格は無いはずだ」
先の見えた庇護と、人の道にもとる依頼。
為し続ける以上、愚かなのはお互い様だと。
銃弾が、また一つ。
未だ、急所には届かずとも、受けた傷が、流した血の量が、此処に来て創狼の身を崩した。
『……それ、が――』
最早動かぬ身体。それでも。
『それが、どうした!?』
創狼は叫ぶ。自らの行いの正しさも、特異運命座標達の悪しきも、何ら指摘することなく。
『変わることのない、腐敗した此の世界の中で! ならば、何も抗わずいることが正しいと、君たちはそう言うのか!?』
「そう在ることを選んだ者も居る。抗うことの出来ない者もいる。
……或いは、妾達も、その一部じゃ」
言ったカレンが、終ぞ倒れた創狼を通り過ぎ、少女の側へと歩み寄る。
少女は怯えていた。木に隠れ、震え、涙を零しながらも――しかし、逃げることだけは、しない。
「この少女は妾達に殺される。それを変えることだけは出来ん。
それでも、残せるものはある。この少女が此処で死んだのだと、覚えている者が居る」
小さな手を引き、創狼の傍に少女を連れ。
憐憫を込めた瞳で、カレンはほろ苦い微笑みを浮かべた。
どうか、それで解って欲しいと。言葉にこそ出さぬまま。
創狼は、それに言葉を返そうとして――傍らの少女に、止められる。
「……わた、しは」
絞り出すような、か細い声。
「にげてきちゃ、いけなかったのかな」
死を間近にした狼に、懺悔するように。
「いきたいって、そうかんがえちゃ、だめだったのかな」
涙を流して、諦めたように笑いながら。
「……それを決められるのは、貴方だけですよ」
それに、エンアートが言葉を掛けた。
「自らを許す、罰す。他者に……この狼に迷惑を掛けたことを詫びるか、助けてくれたことを感謝するか。
それが貴方の――貴方に許された、最後の自由です」
一見、想いを込めた言葉は、感情の死んだ心を振るわせ、末期のそれを看取るエンアートの役目を果たすための、機械的な行為。
それでも、少女は。
「……おおかみさん」
血に染まる身体を、小さな身体いっぱいに抱きしめて、笑顔で言う。
「……ありがとう」
『……ああ』
それを、最後の言葉だと、その場の誰もが理解した。
目を閉じ、安らかな表情で笑う少女と狼は、そうして特異運命座標達によって眠らされた。
●
「……ああ、殺しましたか。はい。じゃあ上に報告しておきます」
混雑するローレットの一卓で、淡々とした男の声が妙に響く。
依頼が終わった後、呼び出した依頼人に報告するべく集まった彼らは、顛末を伝えた白衣の男にそう返された。
「因みに、遺体は?」
「抵抗が激しくて、守る狼諸共に吹き飛ばしてしまいました」
「一応、此方が『一部』だよ。……はい」
エイヴの言葉に続いて、カミナが遺髪の一部を白衣の男に渡す。
「……諸共に吹き飛ばして、ねえ」
鼻で笑う男が、とぼけた表情で「失礼」と言いながらも、受け取った遺髪を床に放った。
散らばる髪を丁寧に靴底で踏みにじった後、男は特異運命座標達にお辞儀をする。
「何にしても、依頼は果たしてくれたようだ。
助かりましたよ。実験体に逃げられたなんて知れたら、他の部署の連中に笑われてしまうところでした」
では。そう言って男がローレットの出口に向かう――刹那。
「……一応聞きますが、その狼と実験体が居た場所とやらは?」
「必要無えだろ。もう、其処には誰も居ない」
「妾達の事が信用できぬのかの? 何なら試して見せても良いのじゃぞ、妾達が人一人跡形も無く消し飛ばすところを。この場で」
一切の興味を失ったオクトと、剣呑な光を目に宿すデイジーを見て、肩を竦めた男は言葉を返さずに去っていく。
その姿を尻目に……ランドウェラは、誰ともなく呟く。
「……あの子の家族。何時か、見つかるかな」
「さて、のう。そうであれば――とは思うが」
応えたカレンが、ランドウェラの動かぬ右腕に視線をやる。
亜麻色の髪と、白銀の毛を織り込んだ腕輪が、光を綺麗に反射していた。
――とある森林の水辺に、二つの墓が並んでいる。
簡素な石造りのそれらは、名も刻まれず、ただ佇むのみ。
それでも、何時かこれを目にする者が居たら、思うのだろう。
ああ、此処には誰かが居たのだ。
その者は、こうして死を悼まれるほど、想われていたのだと。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加、ありがとうございました。
GMコメント
GMの田辺です。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
下記『少女』の確保、若しくは殺害。
●場所
幻想(レガド・イルシオン)某所に存在する広大な森。中心部には研究施設があります。
対象は水辺に居を構えており、下記『創狼』と共に居ます。
時間帯は昼間。場所が比較的開けた地点でもあるので、戦闘に支障は無いでしょう。
●敵
『創狼』
体長1メートル半の狼です。数は一体。
人間並みの知性を有しており、その鳴き声は混沌肯定『崩れないバベル』によって皆さんにも理解することが可能です。
自立する力を持たない存在を慈しみ、そうでない存在は見放す性格。今回『少女』を助けたのも、彼女一人だけでは抗う術に乏しかったためです。
本来のスペックは高い物理攻撃力と体力を兼ね備えた強力な個体でしたが、度重なる戦闘によって負傷しており、現在ではいずれの能力も大幅に低下しています。
以下、攻撃方法詳細。
・噛みつき(物至単)
・遠吠え(物遠単)
●その他
『少女』
OPにある研究施設から脱走した少女です。とある幻想貴族により強引に連れ浚われ、実験体として施設に閉じこめられました。
戦闘能力は無し。シナリオ開始時点では上記『創狼』に守られている状態です。研究施設に戻された場合、逃亡の責を合わせてより一層苛烈な『実験』が執り行われることは想像に難くないでしょう。
それでは、参加をお待ちしております。
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