シナリオ詳細
何れ菫か――
オープニング
●伝承の一都市にて
「――――――ぁ」
……夕刻の灰暗い一室で。一人の女性が、その身を横たえていた。
長い紫髪を床に広げ。その上には撒き散らされた血と臓物。腹腔に穴が開いたその身を恐れるでも省みるでもなく、ただ忘と仰向けのまま中空を見つめるその様は、既に死を間近にしているものと誰しもに想像がついたろう。
「……『椿姫』と言う物語をご存じですか?」
訥と。死にかけた女性の傍らで、もう一つの声がする。
「一人の元娼婦が、自らの大切に想う人の為に我が身を犠牲にし。
その献身に相手の男性が気付き、報いようとしたときに女性の命は尽きる。ああ、正に――」
薄暗がりに映る女性の姿は、痩身のゼノポルタのそれであった。
白無垢に水色の髪。微笑む口元から覗く妖しくも美しい牙の如き鋭歯。
そうした所々の美しさを……血に染まった片腕が、悍ましさを以てかき消している。
「――正に、今のあなたのようではないですか。純恋(ヴィオレッタ)」
……この世界に於いて『もう一人の私』澄恋(p3x009752)と呼ばれるその女性は、死に瀕した側の女性――『もう一人のわたし』純恋(p3x009412)へと笑い掛ける。
殺す彼女と、殺される彼女。
その様相は、既に繰り返されて十と数度から成る。
――ねえ、お父さん。お父さん。
――私ね。元気になったら、お花畑に行きたいの。かんむりを作って、花うらないをして。たくさんたくさん遊ぶのよ。
発端は、ある単純なクエストであった。
「余命いくばくもない少女の為に、『花畑』を用意してください」。或る孤児院の経営者から提出されたそれは、本来ならば簡単な内容であっただろうが――都市の周辺をモンスター達が囲んでいると言う状況ゆえに街の周辺を封鎖された現在、クエストは町の内部の花屋だけでは叶わぬ内容と成っていた。
困難となってしまった依頼を前に、少女の死期は迫る。保ってあと一日かを前にして依頼を受諾した純恋は、最も易しい方法を以てそれを成功に導こうとしたのだ。
……『ふらわりんぐほわいと』。「自身のデスカウントの数に応じた白い菫の花を咲かせる」と言うアクセスファンタズムを使って。
「――尤も。その為に私を利用しようと考えたのは賢明な判断でしたよ?」
私は躊躇なく貴方を殺せますからね、と。
自らのデスカウントを増やしてほしい。数時間前に純恋に頼まれた澄恋は、そう言ってふわりと笑う。
無論純恋には自死と言う方法も在ったが、万一中途半端に――言ってしまえば身動きが取れない程度に――生き残ってしまえば、依頼の達成は困難となる。
確実な死を幾度も繰り返し。そうして過剰と言えるほど増やしたデスカウントから咲かせるその白菫たちは、正しく死を前にした少女にとって『花畑』そのものとなるだろう。
「私としては、あなたがそこまで身を粉にする理由が判りませんが――――――ああ」
返る言葉の無い会話。独り言に限りなく似たそれを口にし続けていた澄恋の傍らに居た瀕死の純恋は、その血痕も含めて跡形もなく消失していた。
弄ぶ玩具が無くなったかのような落胆を表情にする澄恋は、しかし僅かの後、再び嫣然とした笑いを口の端に浮かべていた。
「……ええ。幾らでも付き合いますよ。純恋。
私を恐れながらも憧憬として投影し、あまつさえ身一つでは叶わぬ願いの為に恐れる私に縋る貴方は、私が望んだ姿そのものなのですから」
――数分の後。再び部屋を訪れるであろう彼女を。澄恋は焦がれるように待ち続けていた。
●練達の一都市にて
元々、そのクエストは二人でこなすようなものではなく、複数名を以て当たることを前提とされた内容であった。
都市の周囲に存在する魔物たちを往きと帰りの二度に渡って突破し、ほど近い場所に在る草原で多数の花を採取した後に帰還。死に行く少女に末期の楽園を贈ると言う本来のそれは、しかしクエストの参加者である『彼女』のアクセスファンタズムにより、最も安全で確実に達成できる内容へと形を変えてしまっていたのだ。
……けれど、しかし。代償が無いのかと言えば、それは否である。
幾度殺されども痛苦は消えない。死への恐れは繰り返されるたびに嵩増ししていく。
彼方の世界で自ら望んだ死を迎え、恐れと怯えを湛えた表情でログイン装置から跳ね起きた『彼女』は、そうしてすぐさまその表情を幽鬼のそれへと変えて再び強化されたサクラメントへと舞い戻るのだ。
――「何故、其処までして」。
偶然、その傍らに居た誰かが『彼女』にそう問うた。
自らの心を磨り潰して確実な達成を望むことを否定するわけではないが、『彼女』には仲間を頼り、本来設定されていたクエスト内容に臨むと言う考えが最初から欠如していたように見えたから。
問うたその人物に対して、『彼女』は苦笑しながら呟いた。
「救えなかった子供達が居たんです」と。「その人が、その子が、あの世界ならば最後に救えそうなんです」と。
そう、彼の地の名は『ネクスト』。
『無辜なる混沌』と近似し、しかし同時に乖離をも見せるその世界に於いては、時として最早混沌では失われた存在と相まみえることがある。
それは『彼女』だけではない。『無辜なる混沌』にて自らが救おうとした人。救えなかった人の為に、『彼方の世界では』と再度の尽力を為そうとする者は存在するだろう。
……けれど、それは、ともすれば。
救えなかった過去が、仮定された現在へと置き換わり。「自らに課した責任」と言う枷を以て、再び『彼女』を闇に堕とす可能性そのものでもあるのだ。
――『彼女』は再度笑う。笑って、再びログイン装置の中へと身を投じ、眠るように瞳を閉じた。
- 何れ菫か――完了
- GM名田辺正彦
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年10月06日 22時05分
- 参加人数2/2人
- 相談9日
- 参加費---RC
参加者 : 2 人
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参加者一覧(2人)
リプレイ
●
彼女は『現実』に居る時、偶に視る夢がある。
幾多の血に塗れた人々が居るセカイ。彼らは彼女の眼前に居るほどに近く、また彼らは彼女へと手を伸ばして助けを求めながらも、その手が届くことは無い。
彼女は知っている。自らが「動けない」のではなく、「動かない」のであると言うことを。
――動け、動けと、理性が叫ぶ。けれども石のように硬直し、決して己の望みに従わぬ自身の身体。
不意に、眼前に居た被害者たちのうち、一人が何某かによって殺された。
殺したのは、黒い仮面とスーツが印象的な男性だった。覗くことのできぬ仮面の内でありながらも、其処に内在する感情は無機質なものであると、なぜか彼女は理解してしまう。
――お前が殺した。
「……違う」
仮面の男性は語らない。けれど淡々と周囲に居る『被害者』達を処理するように殺害する彼の佇まいは、どうしてか彼女を蔑んでるようにすら思えて。
――救える者が居て。救う力があって。救いたいと言う意思もあって。
――だのに自ら動くことをしない。その惰弱に一切の責任が無いとお前は言うのか。
「ちがう、ちがうんです。わたくしは」
言いかけた言葉を止めるように、また別の方向から吹き出す返り血が彼女を染めた。
視線を向ければ、其処に居たのはメスを握る白髪の男性。人を救うために在る手術道具を殺人の用途に活かす彼もまた、彼女に対して人形の如き無貌を以て視線を送るのみ。
――「本当は救いたかったんです」。そう言いたいだけだろう?
――自らの責任を人に咎められたくない。だから同情を誘うためにそうしたアピールをする。上手い手法じゃないか、尊敬するよ。
「そんな、わたくしは、だって」
特異運命座標である彼女にも――否。彼女だからこそ多くの依頼に臨み、故に本懐を遂げられなかった場面は数多く存在した。
その中には、すれ違ったまま終わった意思も、喪われた命もあって。彼女は今もそれを悔悟し、だからこそこの夢を見続ける。
――過去を振り返る勇気が無いから、せめて他者を救える可能性の未来へと必死に手を伸ばす。それが自らの身を損なう方法であろうとも。
――馬鹿な話だ。幾らお前がこの先多くの人間を助けても、喪われた命は、お前が彼らの命を失わせた責任は無くなりやしないと言うのに。
「………………やめ、て」
頽れる身体。自らの意思では消して動かなかったそれは、「動かない」と言う選択には驚くほど従順だった。
瞳は、けれど逸らせない。眼前で命を奪われていく人々はその何れもが自らが救えなかった人々であり、命を奪う者たちは彼女にとって大切な仲間や友人たちばかりであった。
――認めろよ、澄恋。
――お前がこの先もお前の侭で生き続ける限り、その道程には無限の悔悟と自責が広がるだけなんだ。『無辜である誰かの命』と『大切な人の想い』を犠牲にしながら。
「……ぁ」
彼女は分かっている。それが全て、自らの後悔ゆえに苦悩する己の裡からの声であることに。
けれど、ならば。それを振り払うため、自分に何ができると言うのだろうと、彼女は自身に問い続けていたのだ。
……目が覚める。
若しくは、「夢に落ちる」か。指定されたサクラメントへとリスポーンした彼女は…… 『もう一人のわたし』純恋(p3x009412)は、周囲の状況を確認したのち、此度同じ依頼に参加した仲間の元へと、蹌踉とした足取りで向かっていく。
その全ては、先に示された自らの問いへと答えるために。
●
――彼の世界にて、『わたくし』を殺してはくれませんか。
無辜なる混沌に於いてそう乞われた彼女はそれに応じ、今ではネクサスと言う模倣世界にて佇んでいる。
場所は伝承に在る宿屋の一室であった。質素ではあるものの掃除の行き届いた清潔な場所は、傍目にはそれほど汚れているようには見えない。
人は、知る由も無いだろう。
僅か数時間のうちに、この部屋は一人の女性の血肉で汚れ、その命が潰えると共にそれら汚れもまた消失を「繰り返している」のだと言う事実を。
……不意に、ノックも無く部屋の扉が開く。
「お帰りなさい。お待ちしていましたよ」
言葉も無く部屋に入った『もう一人のわたし』純恋(p3x009412)に対し、『もう一人の私』澄恋(p3x009752)は花のような笑顔でふわりと彼女を迎え入れる。
腰掛けていた寝台から立ち上がり、純恋の手を嬉しそうに両手で握る澄恋の姿は、見る者からすれば仲睦まじい姉妹か、若しくは親友のように映った事であろう。
「は、……はい」
尤も、対する純恋の側に、怯えと忌避が覗いていなければの話ではあるが。
呼気は落ち着かず、体温は下がり、満身には震えを抱えている。その様子を見て、澄恋は親しげな態度を変えることもせず、心底心配そうな表情で俯く純恋の顔を覗き込む。
「どうかなさいましたか? 具合が悪いようですが」
「何でも、ありません」
「嘘は良くないですよ、純恋」
両手が純恋の頬を包み込む。加速する鼓動。その様子を知りながら、澄恋は饒舌なままに彼女へ語ることを止めはしない。
「ここまで、よく頑張りましたね」
「………………」
「腹を裂き、頭蓋を割り、左目を突き混沌に揃えたり。
四肢を斬り、脳を掻きつつ、時に首を絞め、効率よく喉奥を何度も穿ってはたまに心臓を握り潰して……」
痩美の面立ちと、少女然とした愛らしい笑顔からは考えられぬ言葉が述べられるたび、それを聞く純恋の身体は強張りを増していく。
一つの依頼。一人の少女を美しく見送るために自らが支払った代償。その過程が澄恋の声音から思い起こされるたび、酩酊と吐き気が純恋の臓腑からこみ上げる。
「本当に、本当に素晴らしい暇潰しになりました。
この爪も、牙のような鋭歯も、誰かを殺すのにこんなに有用に働くのですね」
語り、『純恋の現実世界の姿』そのままを自らのアバターに投影させた澄恋の言葉は、暗に「お前の存在そのものがヒトを傷つけるためのものだ」と語っていることと同義である。
立て続けのように身を裂くような言葉を投げかけられながらも、純恋は何一つとして反駁することは無い。此度の依頼を請けた彼女にとって、澄恋は自分から依頼した協力者であり、感謝すべき対象であるのならばと。
耐えるように、ただ俯きながら沈黙する純恋へと、頬を包んでいた手がゆるりとその身体を抱きしめた。
着物からすらりと伸びた腕は、白魚のようだと純恋は思った。同時に、悍ましい毒蛇のようだとも。
「それで、まだ続けますか?」
その言葉が、何の行為を指すのか。理解している純恋は、澄恋に淡々と言葉を返した。
「……これを最後に、少女の元へ参りましょう。
夜明けより少し早いですが、花占いや花冠を渡したりと、やることがありますので」
「わかりました。では」
きつく抱きしめられる身体。互いの鼓動が重なり合う。他方は雷鳴のように激しく、他方は凪のように穏やかに。
自らの恐れを、怯えを。随意せぬ拍動から理解されていると思いながらも、純恋は澄恋に向けて、精いっぱいの自然な笑みを浮かべた。
――「これから出会う少女の為に、練習しておいた方が良いでしょう?」。そう言われ、殺されるたびに作らされた薄っぺらな笑顔を。
「ええ、良くできました」
言葉と共に、背に沿えた手から爪を出だし、『自分諸共』彼女を貫く澄恋。
互いから失われる体温、心音。それを少しでも永らえようと、最も近い相手を貪るように抱き合う腕が硬さを増す。
「……純恋、こう思いませんか?」
双方が死に陥る間際、刹那だけ唇を交わした澄恋は小さく言葉を遺した。
「死って、まるで恋愛みたいだって」
純恋からの言葉は、無かった。
●
『依頼対象』が身を横たえる部屋は、様々なお見舞い品が溢れかえっていた。
手製の折り紙、沢山の手紙を閉じたファイル、ぬいぐるみや幾つかの花を挿した花瓶など、それは患者である彼女が、どれほどの人に想われているかを示す証左でもあって。
「……お姉さんたち、だれ?」
だから。その姿を見たとき、純恋は泣き出しそうになってしまった。
その顔を知っている。小さな身体を知っている。こことは異なる世界で、異なる終わり方をした彼女の姿を知っている。
それを――死別という結末すら変えることはできなくとも、末期に抱く思いを暖かく、穏やかなものに出来たらと、純恋は身を粉にし続けてきた。
「わたしは、あなたの願いを叶えに来た魔法使いですよ」
「まほうつかい、さん?」
最初に少女と会話をし始めた純恋に続き、澄恋も病室に姿を現す。髪色や種族など、細かな違いこそあれど近似を見せる二人に、少女は一層の疑問を浮かべた。
「はい。病気になってから今まで、たくさんたくさん頑張ってきたあなたに、わたしからの贈り物を届けにやってきました」
そう、と少女にかけられたシーツに触れた純恋は、その言葉とともに自らのギフト……否、アクセスファンタズムを発露させる。
――最初に、一輪の菫が出でた。
何もない場所から現れたそれに、わあ、と少女が声を上げるよりも早く、その一輪を起点に部屋いっぱいに広がる真白の菫を見て、少女がその瞳を輝かせた。
「……すごい、ね!」
「気に入っていただけましたか?」
「うん、とっても!」
部屋中に広がったそれらを、小さな両手いっぱいに抱きしめて、少女は満面の笑みを浮かべる。
血色の無い顔。か細い呼気。それでも目の前の光景に感動する少女の在り様には、今確かに生気が満ち溢れているように見えた。
きっと、それがひとときの錯覚なのだと、理解していても。
「お花畑だ。わたしね、ずっとお花畑に行きたかったの!」
「存じていますよ。花占いと、冠も作りたいのでしょう?」
「うん、まほうつかいさん、一緒に手伝ってくれる?」
無垢な瞳に対し、純恋は笑顔とともに頷いた。
ただし、彼女がその手で触れるのは己が能力で生み出したそれではなく、アイテムとして持ち込んだ花束のみ。
自身が触れることで枯れてしまう性質を持つこの真白の菫を、彼女に代わって澄恋が静かに編み、瞬く間に純白の冠を作り上げる。
「さあ、どうぞ。あなただけの冠ですよ」
「お姉さんも、ありがとう」
澄恋に対しても、少女は屈託ない笑みを返す。ついと笑い返した澄恋の笑顔が本物かどうかは、純恋には分からなかったけれど。
「今日はね。いやな日だったの。
胸が苦しくて、息ができなくて。眠たくて、からだが重いのに、眠ることが出来なくて」
時間は遅々としながら、それでも確実に経過していく。
花占いをして、冠や腕輪を編んで。沢山の花そのものに埋もれて、花の妖精のように振舞ったりもして。
「でも、まほうつかいさんと、お姉さんに会えたから、今日が一番素敵な日になったよ」
「……そう、ですか」
浮かべる表情に、笑顔に変わりはない。
その時だけは、幾多の『練習』をさせてくれた澄恋に本心からの感謝を抱きつつも、純恋は少女と言葉を交わす。
「うん、だからね。
楽しくて、はしゃいじゃって。ようやく眠くなってきたみたい」
言葉と共に、純恋もこの時夜明けが近づいてきたことに気づく。
それは同時に、クエストの情報にあったタイムリミット……少女の命の灯が消えるときだということも。
「まほうつかいさん。次は、お父さんと、お家のみんながいるときに、お花を出してくれる?」
自らが居た孤児院の仲間を、院長を、最期に思い出す彼女へと、純恋は必死に涙を堪えながら、その小さい手を握りつつ、小さくうなずいた。
「よかった。やくそく、ね?」
言葉と共に、閉ざされた瞼。
純恋は、優しい終わりを贈れたことに安堵し、それと同じくらいに、これほど幼い身での終わりを迎えて欲しくなかったとも思った。
「……夜の闇が、あい色から段々菫色に変わって、白んでゆく。日の光が彼女を迎えに来たのでしょう」
その背後で、言葉を零したのは澄恋。
「病から解放されて……今日が来て、良かったですね」
寝台で眠るように逝った少女の手を握ったまま、終ぞ純恋は大粒の涙を零しながら、言葉を落とした。
「わたしは……わたくし、は」
――苦しんでいても、病室に一人、孤独なままでいても、それでも、あなたに『終わって』ほしくはなかったと。
●
「……無茶なお願いを聞いてくださり、有難うございました」
依頼は遂行され、最後に少女が暮らしていた孤児院の院長が深々と頭を下げる。
元の世界では数多くの子供を家畜として飼い慣らしていた外道が、此方では人道的な善人として自分の前に立っているという事実に、純恋が抱く思いは複雑ではあったが。
「いつか、私たちの院にも来てください。みんな、あの子の恩人であるお二方にお礼がしたいと言ってましたから」
「……有難う、ございます」
一礼と共に去っていく依頼人の男性を見送りながら、澄恋は傍らの依頼仲間に呟く。
「ねえ純恋……いいえ、『澄恋』」
元の世界における名前を言う彼女へと、対する純恋の側は無感情に言葉を返す。
「……何でしょうか」
「あなた、この世界の少女を救いつつ元の世界の彼らに倣い自らも死ぬ事で、自分自身も救おうとしていませんか?」
――ぎし、と何かがきしむ音がする。
「不死身の体で死が贖罪になるとでも?」
「……わたくしは、ただ。あちらでは救えなかったあの子の力に、少しでもなりたくて」
「それはあなたの事情でしょう? こちらの少女の元の世界での少女に、貴方が勝手に符号という繋がりを感じているだけのこと」
……純恋は、自らが見る夢を思い出す。
身勝手に人を救い、自らだけが救われた心地になる。それを夢の人物たちがあざ笑うあの光景を。
「身に覚えがありそうですね?」
「……それが、あなたに何の関係が……っ」
「ありますとも。我々は同じ存在なのに。
あなただけ気持ちよくなろうだなんて、そんなの『許さない(ずるい)』ですよ」
――――――『逃げられると思うな』と。
澄恋の瞳は、声音は語っていた。膝から崩れ落ちそうになる純恋を尻目に、彼女は踵を返してその場を去っていく。
「御用がありましたら、またお呼びください。
『わたくしは、いつでもあなたの味方ですから』。ね?」
その言葉の、なんと皮肉で軽薄なことか。
去り行く背中を見送って、純恋は、静かに泣く。
この依頼を受けた時から、その手伝いを彼女に乞うた時から、彼女は既にわかっていた。
『これ』は自らの罪悪感を薄れさせるためのものであること。その浅ましい願いを果たすための力すら、自分ひとりでは足りぬこと。
そして、それらの事実を理解していながら、己の願いを叶えんとするために、此度の自らの行いを止めず、確実に手伝ってくれる彼女へと頼むしかないということに。
「……わたしは、わたくし、は」
伝承の都市の夜は明けた。今では朝の陽光が街を照らし出している。
けれど、時が経てば夜は再び訪れることもまた道理。
いつか、此度と似たような出来事に直面した時、純恋は、『澄恋』はまた同じ選択を選ぶのであろうか。
――自らの愚かさを呪い、偽善だと自嘲しながらも、誰かを救うための歩みを止めない。
茨のそれにも見えた彼女の道程は、未だ、その終わりを見せてはいなかった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。この度はリクエストいただき有難うございました。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・小都市内の療養院に居る少女へ、『花畑』を納品すること
(花の種類等は自由。本数は皆様でご推察ください。が、持ち込みのアイテム等で済む数ではないことは明記しておきます)
●場所
伝承付近の小都市です。年に数度の周期的な魔物の侵攻を受ける場所でもあり、現在こそがまさにその時期に当たります。
侵攻を防ぐために都市の付近は高い塁壁で囲まれており突破は困難であるため、内部が魔物に襲われる危険こそ在りませんが、同時にこの時期に於いて都市の外に出ることは自殺行為と同義でもあります。
シナリオ開始時の時間帯は夜。依頼人が指定した『少女』が住まう療養院は都市の中央部に存在しており、シナリオ中は自由に出入り可能です。
都市の外部、比較的近い場所には草原が有り、種々様々な野生の花が咲き誇っている為、時期によっては観光目的で訪れる人も少なくありません。
都市の外縁には領主が配置した警備兵が居り、民間人の出入りを厳しく規制しておりますが、特異運命座標である参加者様に於いては融通を利かせてくれます。
もし仮に都市の外に出ることを望まれる場合、敵は地上と空中、また少数ながら地中にもモンスターが居るため、あらゆる方向から多くの攻撃を受けながらの突破を念頭に入れることが必要となるでしょう。
●敵
『モンスター』
都市の外部、周辺に存在するモンスター達です。数は「超」多数。少なくとも本シナリオ参加者の皆様のみで殲滅することは不可能です。
個体ごとのスペックは総じて高くなく、攻撃方法も近接対象か遠距離対象への単体攻撃のみ。ごくまれに行動阻害系の状態異常を付与する敵も。
明確に作戦を立てて参加者の皆様で挑むならば兎も角、無策で往復することはほぼ不可能です。ご注意ください。
●その他
『少女』
とある療養院で暮らす一人の少女。元々はある男性が経営する孤児院に住んでいましたが、不治の病に罹ったことを切っ掛けに領主の厚意によって此方に居を移しました。
純恋(p3x009412)様が元居た世界に於いては食肉用の奴隷として飼われており、説得を以て翻意させようとした結果却って自死を選ばせた背景を持ちます。詳しくは拙作「あなたのための正餐会」をご覧ください。
自らの病によって既に余命いくばくもなく、本シナリオ開始時から夜明けを迎えるころに命は尽きてしまうであろうことは想像に難くありません。
『依頼人』
本依頼を純恋(p3x009412)様がたに依頼した孤児院の院長です。名前はジャービス・カルトリットと名乗っています。
伝承の身寄りのない子供達を迎え入れては人手の無い商家や農家などの手伝いとして育てて送り出すことを生業としており、深い慈愛と親愛を以て孤児たちを失くそうと尽力している人格者です。
本シナリオ中では上記『少女』の部屋に泊まり込みで付き添い。病に苦しむ彼女を一生懸命元気づけています。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
また、本シナリオ中ではログイン地点のサクラメントが強化サクラメントとなっている為、シナリオ中死亡しても数分後には再度復帰が可能となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
それでは、リクエストいただきました方々、そうでない方々も、参加をお待ちしております。
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