シナリオ詳細
<総軍鏖殺>絞首台ノ亡霊ハ狂乱ヲ切望ス
オープニング
●亡霊、再来
リーファは、家への帰路を急ぐ中、奇妙な景色を見た。
街灯に、一人の青年が縄をかけている。
一重に、二重に、三重に。
まるで人間でも縛るような手付きで、男は手早く、街灯を縛り上げていく。
その男の背格好も奇妙だった。異様に太い両腕、首にかけられた、絞首刑用の縄。炯々と輝く不気味な目。
頭のおかしな人間なのかもしれないと、リーファは息を殺した。
『麗帝』ヴェルス・ヴェルグ・ヴェンゲルズが姿を消して以来、勅令により解放された犯罪者たちが街を荒らし回っている。
だから一刻も早く、帰らなくてはならなかったのに。
「あぁ、バルナバスさま、感謝します……」
男は胸の前で小さく手を組んだ。
その手に握られているのは、ただの麻縄だ。だが男が力を込めた途端、鉄で作られた街灯の首が、ぼとりと、落ちた。
「ヒッ」
リーファは思わず悲鳴を上げた。
それが運の尽きだった。
「やぁ、お嬢さん!」
青年は晴れやかに笑ってリーファを振り向いた。
「良い月夜だ、そうだろ? なぁ、なァ!!」
そして、その細い首に、一瞬で麻縄をかけた。
●絞殺ジョヴァ・ビリー
絞首刑台を眺めるのが好きだった。
屈強な殺人犯が、麻縄に首を吊られて死ぬ光景に、憧憬を覚えた。
「縄は、人間より強い」
そう確信したある日、ジョヴァはその手に縄を持った。
「人を殺す縄の気持ちになりたくて」
と、ジョヴァはのちの聴取で答えている。
4年間の犯行で、彼は無数の人間を殺して回った。その数は25とも100とも、400とも言われている。
ジョヴァには狂気と、力が備わっていた。
ゆえに投獄され、自由を奪われ、絞首刑を待つ身だった。
だが、『麗帝』ヴェルス・ヴェルグ・ヴェンゲルズの敗北で、その身に転機が訪れた。
『絞殺』ジョヴァ・ビリーは、再び市街へ解き放たれたのだ。
「あぁ、神さま! 今、アンタに初めて感謝します」
ジョヴァは合唱し、深く頭を垂れた。
そして、街に降り立ち、子どもへ目をつけた。
「やぁ君。お兄ちゃんと腕相撲しないか?」
子どもはびくりと怯えた顔をした。そして一目散に逃げ出した。
その首に、ジョヴァの縄がかかる。
泣き叫ぶ子どもの懇願を。ジョヴァが聞き遂げることはない。
「強いやつには力がある。だから、自分のあるがままにーー、『我が』『儘』に生きられる! ヒャハッ! あぁ、マジで素晴らしい世界だ!!!」
ジョヴァは手にした麻縄を両手でビンッと引っ張った。
「ーーさぁ、殺そう。もっともっと、殺そう!! 弱いことは罪だ! だから死ぬべきだ!」
どれだけ力を込めても麻縄はちぎれず、ぎちりと、凶悪に軋む。
「だって俺は、麻縄なんだ。絞首刑の男なんだぜ」
うっそりとほほえみ、ジョヴァは次の獲物へと目を向けた。
●番人の溜息
「それでね、出場予定だった選手が何人も殺されて。こんな状況で選手を失うのは痛手なんだけど、腕っぷしで売ってる連中だから逃げたら恥でしょ? それで、自分からどんどんジョヴァ・ビリーに挑んじゃってこのザマなのよ」
ビッツ・ビネガー(p3n000095)は困ったようにため息をついた。
「格上の相手に挑む連中の気が知れないわ……」
頬に手を添えて、ビッツはじっとイレギュラーズたちを見つめた。
「これ以上戦力を削がれるわけにも、あんなのに名前を上げさせるわけにも、アタシたちが『たかが死刑囚』にビビったなんて汚名を広められるわけにもいかない。色々と調査は進めておいたんだけど、麻縄をうまく使って足場を作ったりトラップを仕掛けたりしてくる卑劣な男みたい。正攻法での勝利はまず望めないわね」
少し親近感でも覚えるのか、あるいは同族嫌悪なのか、ビッツの声はわずかに上ずる。
ビッツはイレギュラーズたちに、ぱらりと地図を広げてみせた。
「これまでの目撃情報を元に、ジョヴァ・ビリーの行動範囲を絞り込んでみたの。この市街エリア、『ヴィルグド』を中心に、ジョヴァ・ビリーを探して頂戴」
それから、と、ビッツは言葉を続ける。
「やつの首には、絞首刑用の縄が引きちぎられたものが引っかかっているの。それを外すと、精神が不安定になって弱体化するそうよ。とはいえすばしっこい男だから、うまくやってね」
説明を終えたビッツは、ぱちんとウィンクを飛ばす。
「こんな状況だからこそ、アタシに貸しを作っておいて損はないわよ。イレギュラーズ」
- <総軍鏖殺>絞首台ノ亡霊ハ狂乱ヲ切望ス完了
- GM名三原シオン
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年10月07日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●縄の跡を追え
(ほんと……)
街の喧騒を、少し離れた物陰に腰を下ろし、『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)はため息をついた。
(深緑で大騒ぎがあったかと思ったら、今度は海洋、鉄帝……)
鉄帝のラド・パウざわつく鉄帝の雰囲気に、ハリエットは苦い顔をした。
(――みんな静かに寝て過ごせたらいいのに)
その願いが容易に叶わないのかもしれない。だが、願わずにはいられない。
思考を振り払うように、ハリエットは目を閉じた。
俯瞰するような、第二の視点。広域俯瞰でラド・バウ内のヴィルグドエリアを確認しながら、『絞殺』ジョヴァ・ビリーを探す。
一方、『航空猟兵』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)は更に上空から偵察を続けていた。
ハリエット同様、ブランシュもどこか、やるせないような、呆れたような表情を垣間見せる。
「いやーもうこの国恐ろしい事になったですよ……」
今はまだ、焦るときではない。ブランシュは、己の得物を握り直す。自分がやる事は、変わらない。狙って、打つ。
「航空猟兵から逃げられると思わない事ですよ」
そう呟く唇は、凛と冷静に引き締められている。
「さて」
ブランシュは地上に着地し、ハリエットと合流した。
「やっぱり西エリアの方はめぼしい場所なしですよ。そっちはどうです?」
ハリエットは地図を眺めながら、地図の西側に印をつけていく。地図の大半には、調査済みの印が記されている。
「順調に絞れてきてると思うよ。やっぱり北に怪しい地点が多いし、他のエリアより足場も悪い」
「ブランシュも同意見ですよ。あの悪党の好きそうな場所です」
「そろそろ現地調査班に託しても良さそうだね」
「二人で頑張った甲斐があるです!」
いえーい。と、ブランシュは気さくにハイタッチを求める。ハリエットは一瞬きょとんとしてブランシュの手を見つめていたが、少しだけ間を開けて
「あ」
と声を上げ、控えめなハイタッチを返した。
●良き問には良き答を
裏路地に面した小さな酒場に、一組の男女が現れた。
騎士と貴族。光と闇。正義と、生死。似て非なる、高貴な二人組に共通するのは、どちらもこの場で顔が利くことだ。
情報屋のマスターは、意外そうに二人を眺めた。
「これは珍しい。何のご用で?」
「理解しているだろう」
仮面越しに『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)は笑みをにじませた。
「さて。近頃は騒ぎも多くて……」
「それなら単刀直入に言うわね」
毅然と言い放つのは『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)だ。
「私たち『絞殺』ジョヴァ・ビリーを探してるの。北エリアを徘徊してる殺人鬼よ」
マスターは困ったような顔をした。
「……では聞きますが、確実に、殺してくださいますか?」
思いがけない問いかけに、ルブラットとレイリーは眉根を寄せた。
「殺すとまでは断言できないけれど」
「彼の自由を奪うために情報がほしい」
マスターは考える素振りを見せた。レイリーは、ぐい、と、カウンターに身を乗り出す。
「報復を恐れるのはわかるわ。だけど、このままじゃ、あなたも危険でしょう。力を貸してもらえないかしら」
一方のルブラットは、失笑に似た吐息を漏らした。
「それとも何かな。こう言わなくては駄目なのか?『協力しなければ、君の酒に毒を盛る』と」
マスターはぎくりと見を固くする。
レイリーは、ルブラットを軽く肘で突いた。
「悪い冗談よ、マスター。だけど、力を貸して。必ずあなたを守るわ」
二人の言葉を受け、マスターはようやく、情報を語り始めた。
●仕掛けは上々
ルブラットとレイリーから情報を受け取った『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、瓦礫地帯に立った。
ジョヴァが逃げ込む可能性の高いエリアを、予め潰しておく。案の定、不自然なロープが何本か設置されているのを見かけた。
「なるほど。巧妙なものだな」
縄が置いてある、ということは、彼はこの道を通って逃げるのだろう。経路さえ割れれば、敵を罠にはめるのは容易い。イズマは縄を撤去し、代わりに罠を設置した。あとは、殺人鬼の訪れを待つだけだ。
イズマの目に、一瞬だけ、剣呑な色が宿る。強さを求めることと、弱者が死ぬこと。それは決して、表裏一体の関係ではない。
「街の安全と秩序を、守らねば」
その言葉は、誓いの言葉にも似て響いた。
●さぁ、こちらへ。
それはとても、良い、月夜だった。
『絞殺』ジョヴァ・ビリーは、鼻歌交じりに、実に楽しげに歩いていた。
はたから見れば、ポケットに手を突っ込んで歩く、ただの男だ。知り合いにでも会えば、軽く片手を上げて挨拶するような気さくな雰囲気の男。
だが、見る人間が見れば、彼が巷を騒がせている人殺しだと理解できただろう。
「――あァ、楽しいな……」
笑いをこぼす男の鼻腔に、不意に、甘ったるい香りが届いた。首を巡らせたジョヴァの視界に映ったのは、二人の女だ。
羽飾りをつけた服装の、華奢な美人。そして、同じく一般人風の女。外部の騒動から逃げてきたのか、どこか怯えたような様子だ。
つまり獲物だと、ジョヴァは判断した。
「どうした、お二人さん。こんな夜道は危険だぜ」
気さくな素振りで、二人に声をかける。
「それともあんたらも、バルナバスさまを讃えるクチか?」
彼の言葉を聞いて、羽飾りの女が、か細い声を上げた。
「あぁ、強そうなお方。どうか私たちを、守ってくださいませんか」
「逃げてきたばかりなんです」
と、もう一人の女も口を開く。
最近の騒ぎを考えれば、当然の言葉かもしれない。
「この乱世です、私にできる事ならなんでもします!」
その言葉を聞き、ジョヴァは、にんまりと唇を釣り上げた。
「――そうか。じゃあ、これ以上怖くねえようにさァ」
ばらりと、どこに隠し持っていたのかジョヴァの両手に縄が現れる。
「お二人さんを、殺してやるよ」
次の瞬間、ジョヴァと、一人の女の目が合った。
刹那、ジョヴァの意識が強烈に、羽飾りを身に着けた女へ惹きつけられた。
どくりと、ジョヴァの心臓が高鳴る。
視界に映った銀髪の女は、にこりと、美しくも妖艶に微笑んだ。
その女以外なにも、いしきに、のこらない。
「ハハッ」
ジョヴァは、小さく笑った。
「あぁ、そうかそうか。そうか……」
一瞬の間が空いた。
「世界で一番『殺してェ』。これが、愛か」
歪んだ執着を叩きつけるように、ジョヴァの縄が女の細首にかけられた。
「ッ……!」
素早く動いたのは、もうひとりの女――『不壊の盾』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)だった。
羽飾り衣装の『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)を捕らえたジョヴァを、至近距離から思い切り突き飛ばす。縄が締まり切る前だったのか、リカの体が縄から落ち、どさりと地面に叩きつける。リカは気を失っているのか、返事をしない。
「てめェ」
ジョヴァは苛立ちをぶつけるようにミルヴィを睨みつけた。
「俺の想いを、邪魔するんじゃねぇよ!!」
ジョヴァは素早く、照準をミルヴィへ移した。
「気色悪いんだってば!」
ミルヴィは一歩も怯むことなく応戦の姿勢をとる。明らかな殺意を互いにぶつけ合う両者に、一瞬の緊迫が訪れる。
その隙を、イズマが突いた。影に潜んでいたイズマは死角を突いて飛び出し、鋭い一撃を放つ。
「ぐっ……」
攻撃を受けたジョヴァを前に、イズマは静かな怒りをにじませた。
「どうだ。攻撃を受ける弱者の気分が、少しは理解できたか?」
「弱者の気持ちだァ? てんでわからねぇなァ!」
その隙に、レイリーが気絶したリカを抱えて『愛を知りたい』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)の元へ連れて行く。
ココロは一度深く息を吸った。
「大丈夫です。私が必ず、守ります……!」
奇跡を呼ぶよう、意識を集中させる。リカに施された炎の治癒術式は、死を招き寄せる路地裏を煌々と照らす。
集まった五人を見て、ジョヴァは舌打ちした。
「袋のネズミはごめんだぜ」
ジョヴァが顔を歪めると同時に、周囲の気温がぐっと下がる。現れたのは、二種類の亡霊だった。
絞首刑ノ罪人、『死のイザナイ』と『罪のザンゲ』だ。彼らは一斉に、物悲しげな叫びを上げた。
●光は罪に、終止符を
「待ちなさい!」
行方をくらませようとするジョヴァに、レイリーは声を張り上げた。
だが、ジョヴァは素早く街灯へ伸縮性の縄を引っ掛け、腕力に物を言わせて一気に姿を消してしまおうとする。
イズマもすかさずブロックしようとしたが、ジョヴァはたちまち姿を消してしまった。
「くっ……逃した!」
「大丈夫だ、逃走経路は押さえてある!」
苦々しい顔をするレイリーに声をかけ、イズマは現れた亡霊たちへ向き直る。
「そうね」
レイリーもまた、まっすぐ亡霊たちを見据えた。
その視線に、怯えや恐怖は見られない。
「貴方達は被害者だろうけど、容赦はしない。邪魔はさせないわ……!」
堂々と言い放つまばゆい姿に、亡霊たちの意識が向く。
その精神の高潔さに惹かれたのか、あるいは、羨んだのか。
亡霊たちは一斉に、レイリーへ向かって腕を伸ばした。
――どうしてあなたたちは、生きているの。
――なぜ、私たちは、また死ぬの?
『死のイザナイ』たちの嘆きは、レイリーの意識に、小さな罪悪感が芽吹かせた。
どうして、自分は生きているのだろう。いっそ、死んでしまおうか。
ありもしない罪悪感に、思考が囚われそうになる。次の瞬間、『罪のザンゲ』が鋭い一撃を放った。その瘴気が、レイリーを狙う。
「させ、ない……ッ!」
叫んだのはココロだった。気絶したリカをかばいながらも、藤華想恋で強化した癒やしの力でレイリーを守ろうとする。
「ヴァイスドラッヘはあなた方では沈められないよ……!」
加護の力が、たちまちレイリーを包んだ。ザンゲの続く攻撃に、レイリーは正確に反応した。盾を使って、爪の攻撃を防ぐ。
――どう、して。
悲しげな『死のイザナイ』の声が再び響く。
「違う、そうじゃない!」
レイリーは唇を噛み締めた。
「罪悪感を晴らすために、あなたたちを楽にするのよ!」
そして勢いよく、上空へ向かって拳を突き上げる。
「今よ!」
その合図は、上空に居たブランシュに正確に届いた。ブランシュの砲身は、寸分違わず亡霊たちを捉える。
「覚悟するです!」
その声を合図に、ブランシュ、ミルヴィ、そして離れた場所に身を潜めたハリエットの攻撃が炸裂する。立ち上る煙幕の中、亡霊たちはレイリーの姿を見失い、ウロウロとさまよった。一部の亡霊は、攻撃を受けて動きが鈍くなっている。
「先に行くよ!」
ミルヴィはそう言い残し、ジョヴァの追跡に走る。
「あぁ、すぐに追いつく!」
そう答え、イズマは亡霊たちを見つめた。動きが鈍化したイザナイたちが、さまよっている。
「――さて」
イズマは、目を眇める。
罪悪感のあまり、死にたくなるような光景。だがそれは、イズマにとっては無音の景色だ。
「俺は音を信じてるから、音の無い幻覚には騙されないよ」
イズマは、狂気を孕んだ終焉の帳の音色を奏でた。亡霊たちは、あるいは消滅し、あるいは自らの手で自らを殺めて、消え失せていく。
ココロは思わず、顔を歪めた。
「……ねぇ、どうして」
ぽつんと、その唇から問いがこぼれた。
「あいつは、あなたを殺した殺人犯なんでしょう。それなのにどうして、彼に味方するの」
彼らの顔は見えない。だから、その表情から何かを読み取ることはできない。
それでも、一体のザンゲが、ココロの問いに顔を上げた。そして、木が軋むような声で、言葉を返した。
「こわい、からさ」
「……え?」
「死んでも、ずっと。あの男に、殺された瞬間のことが、忘れられないんだ」
たどたどしい言葉に、ココロは悲しげに目を伏せた。
「どうか。……どうか、安らかに」
そう祈るココロの目前で、ザンゲのマントがバサリと落ちる。物悲しくはためくそれは、やがて、塵になって消えていった。
●死を、問う。
「クッソが……ッ!」
毒づきながら、ジョヴァはようやく物陰へと逃げ込んだ。
上空からの射撃は、予想外だったのだ。
慣れた路地のはずなのに、ひどく逃げづらい。
「どうなってやがる」
ジョヴァの脳裏に、絞首台がよぎる。
自分が殺すのではなく、殺される光景。
不安をかき消すように、ジョヴァは一度、首を振った。
一方の上空ではブランシュが。そして、スナイプポイントではハリエットが。正確に、ジョヴァに狙いを定めて、逃げ道を誘導している。
「もう少し、追い込んでからかな……」
ハリエットは、ゆっくりと呼吸を落ち着けようとする。狙っているのは、ジョヴァの首にかかった縄だ。
「さぁ、頼んだよ。お医者さん」
そう呟き、ハリエットはスコープを覗いた。
その視界の先にいるのは、仮面をかぶった長髪の医師、ルブラットだった。
「ご機嫌よう、ビリーくん」
ルブラットは、落ち着いた様子でビリーに声をかけた。
「……なんだ、てめぇ」
ビリーは思わず、ここまで逃げてきた道を振り返った。
「つけてやがったのか」
「さぁ、どうだろうね」
ルブラットの一本調子の声に、ジョヴァは苦々しい顔を向ける。
「俺も……そろそろ、ヤキが回っちまったか」
自嘲の笑みを浮かべるジョヴァに構わず、ルブラットは問いを投げた。
「ところで、一つ言いたいことがある」
「時間稼ぎのおしゃべりに付き合う気はねぇんだよ!」
ジョヴァは、素早くまた逃げ出そうとした。その足に、イズマが仕掛けた罠ががちりと食い込む。
「何だ、畜生!」
冷静さを欠き、力任せに罠を壊そうとするジョヴァに、ルブラットは静かに語りかけた。
「絞殺に惚れた理由さ」
ジョヴァの動きが、ピタリと止まった。
「惚れたのは、如何に屈強な人間であろうと縄であれば呆気なく葬れるから?」
ジョヴァは緩慢にルブラットを見据えた。
「その点で言えばもっと優れた殺し方があるだろう? そう、毒殺だ」
その言葉は確かに、ジョヴァの琴線に触れたようだった。
「あぁ、畜生」
ジョヴァが、小さく呻く。
「てめぇと問答する余裕はねぇのにさァ……聞き捨てならねえことほざくじゃねェか……」
「考えてみるといい。毒をただ一滴垂らしさえすれば、どんな強者だろうと死に陥れることが出来る。しかも材料を変えれば効能も思うが儘だ」
楽しげに語るルブラットに、ジョヴァは地の底から湧き上がるような唸りを上げた。
膨れ上がる殺意に構わず、ルブラットは語り続ける。
「客観的事実からすると絞殺は毒殺の下位互換だが、どう考えているのだね? 反論を聞かせてくれ給え」
「てめぇは、何も分かっちゃねェ」
ジョヴァは再び、両手に縄を握った。
「この『手』で命を摘む快楽を、知らねぇお前は、人生損してンよ!!」
ルブラットの狙い通り、ジョヴァの集中力が散漫となり、逃げ足を止めることに成功する。
次の瞬間、タイミングをぴたりと合わせたハリエットの攻撃が、ジョヴァの縄を撃ち抜いた。
「ぁ?」
ジョヴァが、がくりと膝をつく。
「……おれの、おれの……おれが、おれ」
急にジョヴァの精神が錯乱した。ジョヴァはたどたどしい手付きで、地面に落ちた縄を取り上げようとする。
だが、それをすかさず、ミルヴィが阻んだ。現場に駆けつけたミルヴィは、ジョヴァより素早く動き、その縄を奪い取る。
「へへっ、これなーんだ?」
ジョヴァは、がくがくと膝を震わせながらミルヴィへ近づいていく。
「かえ、ああ、ッ、ごめんなさい、ごめんなさい……ッ、神、さま……!」
何が何でもミルヴィの手から縄を奪い返そうとするように、ジョヴァは力任せにミルヴィへ襲いかかる。
「返さないよ、永遠にね!」
ミルヴィは素早く、縄を宙へ投げる。
「いいタイミングだ!」
駆けつけたイズマが、素早く焔華皇扇を放ち、縄を焼き切る。
ジョヴァの顔から、表情が抜け落ちる。
「……ぁ、……あ」
ジョヴァは呆然として、イレギュラーズたちを眺めた。その目に、光のないどす黒い殺意が宿る。
「みんな。ころす」
ぶわりと殺意が膨れ上がった、次の瞬間だった。
グラムの雷鳴が鳴り響いた。強烈な一撃を受け、ジョヴァの意識が刈り取られる。
「期待したのですが……」
残念そうにつぶやいたのは、リカだった。
「ナマクラじゃあ女の子一人愛(ころ)せないんじゃないですか?」
「リカ! 無事で良かった……!」
「はい、おかげさまです」
リカはそっと、ミルヴィへウインクを返した。
その後、気を失ったジョヴァは、再び刑務所の中へと戻された。
罪状は、弱さ。
イレギュラーズたちに敗れたこと、そして、縄を失い精神が破綻したことが、その理由となった。
歪んだままの罪と罰に、納得の行かないイレギュラーズたちもいるだろう。
だがともあれ、『絞殺』の一件は、これで幕引きとなったのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加くださりありがとうございました!
素敵なプレイングに感謝いたします🙏
またお会いできれば幸いです。
GMコメント
はじめまして。三原シオンと申します!
皆さまが皆さまらしく、生き生きと活躍できるよう尽力いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします!
●成功条件
『絞殺』ジョヴァ・ビリーの確保、もしくは殺害
●フィールド
・ラド・バウ独立区(ラド・バウ派)内
『ヴィルグド』エリア
昼間は活気のある市場などで賑わうエリアです。
一方で、戦禍の影響もあり、少し離れたエリアには瓦礫が散乱しています。
●敵1:『絞殺』ジョヴァ・ビリー
首から絞首刑の縄(1mほどの長さ)をぶら下げた死刑囚です。
体格は170cmほどですが、両腕が異様な太さを誇ります。
動きは俊敏で、綱渡りのような動きもできるため、足場をうまく止めての作戦遂行を推奨します。
首に下げた絞首刑の縄を奪われると情緒が不安定になり弱体化するので、積極的に縄の破壊や奪取を狙っていくことを推奨します。
また、少年少女や女性など、攻撃力の低そうな相手から狙って襲う傾向があります。
●敵2:絞首刑ノ罪人(2種×5体)
ジョヴァ・ビリーに殺害された人々の霊魂が、合計10体ほど彼に付き従っています。
気を抜けばあなたも命を奪われ、その一員へ加わってしまうかも知れません。
『死のイザナイ』5体
黒いブーケをかぶった女の亡霊です。
ジョヴァ・ビリーに対峙する者の持つ罪悪感へ訴えかけて、死にたくなるような幻覚を見せてきます。
『罪のザンゲ』5体
赤いマントを羽織った男の亡霊です。
実体を持つ鉤爪で攻撃してきます。攻撃が当たると、そこから瘴気が周り、イレギュラーズの動きが鈍くなったり、攻撃力が低下したりするようです。
●『絞殺』ジョヴァ・ビリーの目撃情報
決まって夜に徘徊する姿が目撃されています。彼を探すのであれば夜が適切でしょう。
また、開けたエリアで人を殺した後は、足場の悪いエリアへと逃亡して追手を撒くのが常套手段のようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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