PandoraPartyProject

シナリオ詳細

再現性京都:8月32日。或いは、終わらない夏休み…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●0:00
 その日、8月は終わらなかった。
 再現性東京。
 とある図書館から、この事件は始まった。

 図書館にいた利用者は、およそ20人程度。
 加えて、数名のイレギュラーズと、図書館の職員が2人。
 皆の記憶に残っているのは、紅色の西の空と、窓から差し込むオレンジ色の炎みたいな夕の光。
 もう数分で、図書館は閉館時間を迎える。
 そろそろ帰宅の準備をしようと、利用者たちが荷物の整理や、借りていた本の返却に動き始める。
 そこで、プツン、と。
 誰もの記憶が吹き飛んで、気づけば時計は深夜0時を指していた。
「え?」
「ど、どういうこと?」
「あれ? ね、眠ってしまっていたのかな?」
「そんなわけないわ。あなた、本を抱えて立ったままだもの」
 利用者たちがざわつき始めた。
 皆が時計を見上げて、茫然と、或いは驚愕している。
 カチ、と。
 時刻が進み、そうして8月最後の日は終わった。
 そのはずだった。

●8月32日
 あの日からもう、数日が過ぎた。
 或いは、1日たりとも過ぎていないのかもしれない。
 8月32日。
 存在しないはずの1日を、もうずっと、ずっと……長い間、繰り返している。
 
 有栖川 太一は高校生だ。
 夏の間、一心不乱にバイトに励み、たまの休みは友人たちの遊びに出かけ、この夏をこれ以上ないぐらいに満喫していた。
 その結果、当然と言えば当然だが、彼は夏の宿題に一切の手を付けていなかった。
 残り数日といった段階で「いよいよヤバい」と考えた太一は、宿題を片付けるべく図書館通いを開始した。
 けれど、ひと夏分の怠惰の結果、彼の課題は終わらなかった。数学と国語の課題が終わらないままに、彼は8月32日をずっと繰り返している。
「セント・アイヴスへ行く途中、1人の男とすれ違った。男は7人の妻を連れていて、妻はそれぞれ7つの袋を背に負っていた。袋にはそれぞれ7匹の猫が収まっているし、猫はそれぞれ7匹の子猫を連れている。男と妻と猫と子猫……さてセント・アイヴスへ行くのは何人? 何人って2人じゃないのか?」
 有栖川 太一は、あまり頭が良くないようだ。

 宝官 喜一は作家であった。
 締め切りを既に数日過ぎた連載作を書いている。
 原稿を落とさないためには、8月中にプロットを書き終えるしかない。
 けれど、結局、プロットが書きあがらないまま……彼はずっと、8月32日を繰り返している。
「エルドラドへの道すがら、1人のエルフとすれ違った。エルフは7人の妻を連れていて、妻はそれぞれ7つの袋を背に負っていた。袋にはそれぞれ7匹の猫が収まっているし、猫はそれぞれ7匹の子猫を連れている。エルフと妻と猫と子猫……何かの本に書いていたはずだけど、この図書館には見当たらないな」
 宝官 喜一は、本の山を見て首を傾げる。

 滝谷 珠子は図書館勤務の司書である。
 彼女は図書館が大好きで、図書館を利用する人の姿を見るのが大好きで、図書館で過ごす夏の日々が大好きだった。
 図書館に勤め始めて、もう5年は経っただろうか。
 毎年、夏の終わりが来るのが憂鬱だ。
 けれど、今年はそうじゃない。
 なんと素晴らしいことか。8月32日はずっと終わらない。
「セント・アイヴスへ行く途中、1人の男とすれ違った。男は7人の妻を連れていて、妻はそれぞれ7つの袋を背に負っていた。袋にはそれぞれ7匹の猫が収まっているし、猫はそれぞれ7匹の子猫を連れている。男と妻と猫と子猫……あぁ、あの本は私のお気に入り」
 滝谷 珠子は、今日という日を満喫しているようだった。

 加納 鈴は高校生だ。
 内向的で、気が弱く、本を友とし日々を過ごすのを趣味としていた。
 彼女には好きな男性がいる。
 彼はとっても明るくて、そして少しだけ頭が悪い。
 そんな彼が、彼女の通う図書館へと訪れるようになって数日。
 どうやら彼は、夏休みの宿題を必死に消化しているらしい。
 そんな彼に、夏の終わりに1通の手紙を渡したかった。
 けれど、必死に宿題をこなす彼に話しかける機会も訪れないまま、あっという間に夏は終わった。
 そのはずだった……。
 終わらない8月。
 彼はすぐそこにいる。
 なのに手紙を渡せないまま、8月32日を過ごす。
「セント・アイヴスへ行く途中、1人の男とすれ違った。男は7人の妻を連れていて、妻はそれぞれ7つの袋を背に負っていた。袋にはそれぞれ7匹の猫が収まっているし、猫はそれぞれ7匹の子猫を連れている。私は答えを知っているけど……今年の宿題に、そんな問題無かったはずよ?」
 加納 鈴は、悩む太一の横顔を見つめ、そんなことを呟いた。

 何度目かの8月32日。
 イレギュラーズは図書館の隅で顔を合わせる。
 此度の異変は、きっと夜妖の仕業だ。
 数日の間、彼らの様子を見て来た中で幾つかの事実が判明している。
「何人かが、同じような詩を口にしていた」
「8月32日を終えて、次の8月32日が始まると、前日の成果は無かったことになるようだ」
「これまで太一の宿題が終わったこと1度も無かった」
「鈴が手紙を渡したことは何度かあった」
「初日に1回、珠子は何冊かの本を奥の部屋へと運んでいった」
「喜一はずっと、本を山にして何かを悩んでいるようだった」
 4人の抱える問題が、8月の終わらぬ原因だろう。
 これ以上、図書館に閉じ込められているつもりも無い。
 脱出を目指して、イレギュラーズは行動を開始したのであった。

GMコメント

●ミッション
8月32日を終わらせる。

●ターゲット
・8月32日(夜妖)
終わらない8月。
存在しないはずの32日。
繰り返す1日。
誰かが8月32日の継続を願う限りこの日は続くらしい。
※おそらく、夜妖発生の原因となった者がいる。

・有栖川 太一
男子高校生。
数学と国語の課題が終わらないまま、8月32日をずっと繰り返している。
何かの本で読んだ「なぞなぞ」の答えがずっと気になっている。

・宝官 喜一
小説家。
プロットが書きあがらないまま、8月32日をずっと繰り返している。
何かの本を資料にしたいらしいが、この図書館には見当たらないらしい。

・滝谷 珠子
図書館司書。
図書館利用者の多い夏休みが大好きで、満足そうに8月32日を繰り返している。
何かの本が好きらしい。

・加納 鈴
女子高生。
太一に手紙を渡せないまま、暗い顔をして8月32日を繰り返している。
何かの本の内容をしっかり覚えていて、太一に答えを教えてあげたい。

・その他の利用者と図書館司書×16人
図書館利用者。
8月32日がずっと終わらないので、すっかり諦めているようだ。

●フィールド
再現性東京にある小さな図書館。
小さいとはいえ、蔵書数は10000ほどに迫る。
設備は大きく分けて以下の通り。
図書館(現在、皆のいるスペース)
司書室(司書席の裏にある部屋。利用者立ち入り禁止)
貴重書室(司書室後ろの扉から行ける倉庫。利用者立ち入り禁止)
休憩室(図書館スペースの外にある部屋。誰でも自由に立ち入ることができるし、大きな声で会話しても許される)

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 再現性京都:8月32日。或いは、終わらない夏休み…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年09月16日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
ウルリカ(p3p007777)
高速機動の戦乙女
ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)
無銘クズ
黒水・奈々美(p3p009198)
パープルハート
郷田 京(p3p009529)
ハイテンションガール
荒御鋒・陵鳴(p3p010418)
アラミサキ
フロイント ハイン(p3p010570)
謳う死神

リプレイ

●8月32日
 おまけの1日が終わらない。
 何度目かの8月32日。
 終わらぬ日々は誰のせいか。
 今日を終わらせる鍵は、一体誰が握っているのか。
 事態の解明を諦めて、今日を過ごし続ける人々。
 何かを知っているらしい、たった数名の男女たち。
 彼らが口にする詩が、果たして何の意味を持つのか。
「セント・アイブスへ向かうのは……独白している“誰か”1人、だと思う、が」
 本棚の影から顔を覗かせ『金色凛然』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が見やるのは、宿題の山をぼんやり眺める男子高校生だった。
「イレギュラーズは見た……ってな。見たところ太一殿はなぞなぞが気になって宿題がはかどらない様子、そして鈴殿はなぞなぞの答えをしってるっぽい」
 エクスマリアの向いには『良い夢見ろよ!』ジョーイ・ガ・ジョイ(p3p008783)が立っている。
 宿題に向き合う男子高校生、有栖川 太一。
 太一を遠くから見つめる女子高生、加納 鈴。
 8月32日を終わらせる鍵を握っているかもしれない2人を視界に捉え、エクスマリアとジョージは視線を交差させた。

 時刻は昼を少し過ぎた頃。
 図書館廊下、自販機の前に『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)の姿があった。片手に持ったスポーツドリンクの缶を握りつぶして、京は視線を天井へ向けた。
「まさかこのアタシが身体じゃなくて頭を使う事になるなんて……あー、やだなぁ、蹴っ飛ばせる相手のがいいなぁ」
「仕方ありませんよ。存在しない一日を延々と繰り返させるだけの奇妙な夜妖……いえ、夜妖というよりも、それ自体に意思はない、現象に近しいものに思えます」
 アハハ、と苦い笑みを零して『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)が言葉を返す。荒事は何度も経験したが、武力による解決が見込めない事態の解決は未だに少々不慣れなのだ。
 ハインの言葉に頷いて『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)は壁に預けていた背を離す。
「たしかに繰り返すだけはつまらんなぁ。だからこそ何とかせねば」
 ポケットの中から革の袋を取り出して、京とハインの前へ差し出す。袋の中身はこんぺいとうだ。図書館内は飲食禁止だが、廊下はその限りではない。
「ていうかさぁ、蹴れない触れない燃やせない怪異って正直ちょっと怖いのよね……まあボヤいてても仕方ないから頑張るけどさー、頑張るけどさー!」
 受け取ったこんぺいとうを口に放り込み、ガリガリと歯で噛み砕く。
 広げた左の掌に、右の拳を打ち付けて、パシンと乾いた音が鳴らした。

「やれ、八月が終わる事が余程の不都合らしい」
 そう言って『アラミサキ』荒御鋒・陵鳴(p3p010418)が、本棚へと目を走らせる。他国の古典が納められた本棚だが、ところどころに隙間が目立った。誰かに貸し出されているか、或いは、修繕などの理由でどこかに仕舞われているのだろう。
「8月32日……怪談では割と有名なタイプよね……かくいうあたしも終わらない夏休みにあこがれた経験があったり」
『パープルハート』黒水・奈々美(p3p009198)が溜め息を零した。期日までに宿題を終わらせられないものにとって、おまけの1日……8月32日は喉から手が出るほどに欲しくてたまらないものだろう。
「夏休みは終わらない。学生の夢だそうですね……しかしながら既に高校まで夏休みは終わることを繰り返してきたはず。であれば真に終わらないことを望みますか……?」
 理解できない、と問うウルリカ(p3p007777)の視線を受けて、奈々美は声を詰まらせる。
 純粋な疑問だったのだろうが、奈々美はなぜか責められているような気配を感じたのだ。そもそも、夏休みが終わる前のどこかの段階で「このままだと宿題が完了しない」といった予測が立つ段階があるわけで……。
「で、でもやっぱり終わってこその夏休みよね……ずっと暑いなんて、イヤだし」
「えぇ、夏休みが終わらないままですと暑いままなので、是非終わらせましょう」
 32日は十分すぎるほどに過ごした。
 事態の解決を図るべく、2人はそれぞれ、別の方向へと歩き始める。

●おまけの1日
 ゴトン、と。
 脱いだヘルメットをテーブルの上に置く。
「悪ふざけはそこそこにして真面目にとっかかりますかな」
 そう言ってジョーイは、鈴の元へと向かって行った。
「すいませんお嬢さん、ちょっとよろしいですか? 先ほど、何かなぞなぞのような詩を諳んじていたでしょう? 吾輩、そのなぞなぞの答えがどうしてもわからなくて困っていましてな」
 突然声をかけられたせいか、体を硬くし鈴はぎょっと目を見開いた。
「え、と。あの。え?」
「……あっと、ここでは他の人の迷惑になりそうですな、よければ休憩室で答えと」
「ご、ごめんなさい」
 囁くような掠れた声で謝罪を述べると、鈴はその場を逃げ出した。
 呼び止めようとジョーイは慌てて手を伸ばすが、その手が鈴の肩を掴むことはない。
「ナンパはご遠慮くださいね?」
 ジョーイの手を掴んだのは、図書館司書の滝谷 珠子だ。
 図書館から追い出されるということは無いだろうが、あまり目立つのも不味い。
「あー……っと、ですな」
「おっと、ごめんね! 実はアタシら探している本があってさ! 司書の人でしょ?」
 ジョーイと珠子の会話に京が割り込んだ。
 その後ろには、ハインと奈々美の姿がある。
 4人を順に眺めた珠子は、腰に手をあて溜め息を零す。
「そういえば、アナタたちはずっと何かを探している風でしたね。ここでは邪魔になりますので、カウンターの方へ行きましょう」
 
 ハインたちが移動したのを確認し、ランドウェラは休憩室へと足先を向ける。
 先ほど、図書室を出て行った中年の男を追いかけたのだ。
「やぁ、お互いひどい目に逢っていますね」
「あ、あぁ……そうですね。いや、会社もあるっていうのに、困ったものです」
 自販機の前に立っていたのは、疲れた顔をした男性だ。
 昨日も、一昨日も、その前も、繰り返す32日の中で、まるでルーチンワークのように同じ時間になると自動販売機で飲み物を買うのだ。
 今日は珈琲、前日はお茶で、その前は野菜ジュースだった。どうやら自販機の右上から順に買っているらしい。
「でも、きっともう大丈夫ですよ。大丈夫にしてみせます」
 こんぺいとう食べますか?
 そう言ってランドウェラは、男にこんぺいとうの袋を向けた。
「大丈夫って言うのは?」
「何がどうとは言えないけどね……貴方はこの状況に満足しているのかな?」
 こんぺいとうを受け取りながら、中年の男は黙り込む。
 それから、彼は口元に苦い笑みを浮かべて、言葉を返した。
「仕事に行かなくていいというのもいいものですよ。そう思っていましたけど、いやぁ……こうも休みが続くと、逆に不安になってきたところです」
 そう言って中年の男は、薄くなった頭を撫でて笑うのだった。

 チラと横目で、ウルリカは貸出カウンターを一瞥。
 古い歌を口ずさみながら、本棚に並んだ書籍のタイトルに目を走らせる。
「図書館ではお静かに」
 もう1人の司書が、ウルリカへと注意を飛ばす。
「おや、ご迷惑……と言いつつ、どうせ繰り返すのでしたら図書館で普通出来ないことをして事態の打開を試してみては?」
 淡々と謝罪を口にしながらも、ウルリカは司書に問い返す。
 困ったように顔を顰めて、司書は背後へ視線を向ける。
「まぁ、困ったことになっているのは事実よね。滝谷さんはどういうわけか上機嫌だけど」
「なるほど……ところで司書様、傷んだ本の修繕方法に興味があるのですが、見せてもらえますか?」
 じぃ、と司書へ視線を向けてウルリカは言った。
 何か企みがあるのだろうが、ウルリカの無表情からは読み取れない。数秒、沈黙していた司書は、呆れたような笑みを浮かべる。
「付いてきて」
 どうせ32日は終わらないのだ。
 多少の規則違反をしても、それを誰かに見咎められることは無い。

 本の山に埋もれるように、唸る男の姿があった。
 男の目の前にはパソコン。
 彼……宝官 喜一は小説家だ。締め切り間近にして、未だ白紙のプロットを前に、32日を忸怩たる思いで過ごしている。
「失礼」
 喜一の前に男が座る。
 男の名は陵鳴。異様な彼の出で立ちと、その身に纏った雰囲気を見てとり喜一は体を仰け反らせる。
「立ち聞きするつもりは決して無かったのだが。先程キミが諳んじた詩。オレの知るモノとは些か文言が違ったのが気になってな」
「あ、あぁ? 何だって?」
「言っていただろう、エルドラドがどうの、エルフがどうのと。似たような詩を口にしている者がいたが、そちらはどうやら地名が違った」
「あー……悪い、独り言煩かったか? いや、なに、昔読んだ本のフレーズだ」
 喜一の言葉を聞いた陵鳴は、無言のまま続きを促す。
 なんだこいつ? という態度を隠さないまま、喜一は話を続けることにした。
「元になった本があるとは聞いていたが、似た歌を口にしていた奴がいたって? ってことは、この図書館にもあるのかね?」
「分からない。どれ、司書に頼んでみるか。見付かればキミにも是非」
 邪魔をしたな、と。
 立ち去ろうとする陵鳴の手を、喜一が強く掴んで止めた。
「まぁ待て。今度はこっちが聞く番だ。新作のネタに困ってるんでな。アンタ、何でもいいから話していけよ」
 喜一の瞳と、手首を掴む手を交互に見やり陵鳴は小さな溜め息を零した。
 振り払うのは造作も無いが、その程度で諦めるような目をしていない。
「……鬼を祓う軍を率いる武神の話でいいのなら」

 宿題を前に悩む太一の袖を引き、エクスマリアが首を傾げる。
「こんにちは、お兄さん。マリア、ずぅっと出られなくて退屈なの。あっちでお話しない?」
「え、いや、俺、英語は分かんねぇから、お嬢ちゃんの話し相手には」
「……予想以上に脳の回転が鈍いな」
 太一に聞こえないように、エクスマリアは舌打ちを零した。
 同じ言語で会話しているのだ。太一は何を困っているのか。
「本ばかり読んでたら疲れちゃったから、なにかお話して欲しいの。例えば……クイズとか、なぞなぞとか。そっちのお姉さんも、どうかしら?」
 多少強引な方がきっと上手くいく。
 そう判断したエクスマリアは、太一を無理やり、児童書のコーナーへと引き摺って行く。その途中で、こちらの様子を窺っていた鈴を見つけて、一緒に来ないかと声をかけた。
「え、わ、私?」
「同じ学校の奴だよな? た、頼む。手ぇ貸してくれ。彼女が何を言っているのか」
「それは、分かると思うけど」
 太一じきじきに頼まれたのでは断わり辛い。
 恐る恐るといった様子で近づいてきた鈴へ、エクスマリアは顔を寄せる。
「お姉さん。もっと積極的な方がいいよ。きっと上手くいくから、大丈夫」
「っ!?」
 驚いたように目を見開いた鈴へと小さな微笑みを向け、3人は児童書のコーナーへと移動した。これで状況は整った。後は上手く話を誘導してやれば、鈴の目的は叶うだろう。
 太一の宿題の方は……諦めて叱られるのも手ではないかと思い始めたエクスマリアだ。

「そのまま宿題を手伝ってあげるとなおよしであります! さあ、ガンバですぞお二方!」
 児童書コーナーへと向かう2人の背中へ向かって、ジョーイが小声で声援を送る。
 そんなジョーイの背後では、小さな声で仲間たちと珠子が口論を交わしていた。
「だからセント・アイヴスへ向かったのは何人なのよ? 気になって夜も眠れないっての!」
 不機嫌さを隠そうともしない京を前に、珠子は困った顔をする。
「そう言われても、答えをお教えするわけには……気になることがあれば調べる。図書館とはそう言う場所ですので」
「だったら、その本を見せてもらえないかしら? ほら、課題のレポートがあって……本を見せてほしい……みたいな」
 ノートとペンを胸に抱えて奈々美が詰め寄る。
 なお、ノートには何も書かれていない。課題のレポートなどないからだ。
「本でしたら、幾らでも。ですが、貸出中のものや、修繕中のものは流石にお貸しするわけには……」
 一瞬、珠子の視線が貴重書室の方を向く。
 初日に珠子が持ち去ったという何冊かの本は、どうやらそこにあるらしい。
 そもそも、件のなぞなぞについて書かれた本は、図書館のどこにも見当たらなかったのだ。
 奈々美の記憶にもあるような有名な本だ。それに関連する書籍が1冊たりとも見当たらないのは、どう考えてもおかしいだろう。
「……単純な暴力が通じないのは困ったものです。説教は苦手なのですが」
 顎に手を当てハインが唸る。
 珠子は職務に忠実だ。「何らかの理由で表に出ていない本は閲覧・貸出禁止」というルールを、説得して破らせることは難しいかもしれない。
 どう話を進めるべきか。
 そう悩むハインの視界に、ウルリカが映った。司書室の小窓から顔を覗かせ、両手で「×」を作っている。
 目当ての本は、どうやら司書室に無かったらしい。

●夏を終わらせろ
「ね? ね? いいでしょ? ……貴重な本なのは分かるけど……ふひ」
「貸してよ? だめ? ほら、司書なんでしょ? 利用者に協力してよね!」
 カウンターの前で奈々美と京が騒ぐ。
 顔を赤くしてぴょんぴょんと跳ねる奈々美と、腕を振り回す京。いい年をした女性2人の態度とは思えないが、当然これには意味があった。
 ちょうど、廊下から図書室へと戻って来たランドウェラがそれに気づいた。珠子の視界からランドウェラを隠すように移動したジョーイが、腰の後ろに手をまわした。
 ハンドサインだ。
 意味するところは「貴重書室へ向かえ」というものである。
 ジョーイのサインを受けたランドウェラは、間を置かず移動を開始した。目当ての本を回収するため、貴重本室へと向かったのだ。
 
 生きることは流れること、そして変化し続けることだ。
 流れが止まった生は、例えるのなら淀んだ水のようなもの。流れが淀めば、水は濁り、腐り、やがては汚濁と化す。
 それは死と同義……否、死よりも悍ましい何かである。
 つまり、終わらない8月32日とは、そういうものだ。
 生きながらにして死んでいる。それが嫌なら、無理矢理にでも今日という日を終わらせるしかない。
 そう決意したハインは、騒ぎ立てる奈々美と京の元へと向かう。忍び込んだランドウェラのために時間を稼ぐのだ。
 図書館で騒ぐのはいただけないが、そもそも外に出られない。
 つまり、追い出されるということも無いのである。

 午後5時55分。
 閉館時間を直前にして、太一の宿題に区切りがついた。
 完全には終わっていないが、あと数時間ほど鈴が手伝ってやれば無事に提出できるだろう。なお、手紙を無事に渡せるかどうかは、鈴の頑張り次第である。
「お兄さん。答えを教えてもらったんだし、お礼しなきゃダメよ。言葉じゃなく、ね?」
 そう言って、エクスマリアは太一の肩を叩くのだった。
 
「誰が鍵なのか、或いは全員が噛み合っているのかねえ? どちらにせよ、永遠はヒトの美にはそぐわんよ」
 休憩室に戻って来るなり陵鳴は疲れたように大きな溜息を零した。今の今まで喜一に捕まっていたらしい。
「今日という日を終わらせてやるでありますぞ!」
 そう言ってジョーイは、ランドウェラの持つ本へと視線を向けた。

 『8月の寓話』
 ランドウェラが回収して来た本のタイトルである。
 本の内容を一言で言うなら、世界の名作集だった。章は全部で8月1日から8月31日までの31章。1章につき1つの詩や短編を掲載したものだ。
 そして、最後の頁の章は8月32日。
 夏を終わらせたくない者へ向けた“おまけの1ページ”だ。

 最後の頁には、利用者たちが口にしていた詩が載っている。
 挟まっていた栞に手を触れ、ハインは紙面に目を走らせた。
「セント・アイヴスへ行くのは……1人です」
 時計の針が1つ進む。
 閉館時間の午後6時を時計が指すのと同時に、ハインが栞を引き抜いた。

「んじゃ……行くわよ。これで上手くいっていればいいけど」
「たぶん……大丈夫、よね?」
 京と奈々美が、正面扉に手を触れる。
 ガラス扉の向こうには、赤い夕焼け空が見えた。
 昨日まで、図書館の扉が開くことは1度も無かった。けれど、今回だけは違う。
 キィ、と。
 いとも容易く、図書館の扉は開くのだった。

「宿題は出来ずに叱られ、小説は締め切り延長、斯くして覚悟を決めて全ては振り出しに戻るのです。めでたしめでたし」
 なんて。
 夏の風を浴びながら、ウルリカはそう呟いた。
 もっとも、宿題は終わる目途が付いたし、鈴は太一と仲を深めた、喜一のプロットは形になったし、珠子はいつもの日々へと戻る。
 長い時間、8月32日を繰り返した割に、得られた成果は極僅か。
 それでいいのだ。
 8月の最終日なんてのは、得てしてそういうものなのだから。



成否

成功

MVP

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
無事に8月32日は終わりました。
これで皆さんは無事に9月に復帰できます。
ありがとうございます。
依頼は成功です。

私も今日から9月を生きます。

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