シナリオ詳細
偽司祭はほくそ笑む
オープニング
●辺境村の慟哭
苦しみが神の課されたもうた試練であるのなら、何故、越えられぬ者がいるのでしょうか?
司祭様曰く、神は乗り越えられぬ試練はお与えにならない。では、病に苦しみながら死んだ息子は、神の恩寵に気づかぬ愚か者だったのでしょうか? 初孫を亡くした失意で食事も喉を通らなくなってしまった母は、あと何日祈りつづければ試練を乗り越えられるのでしょうか?
しかし、村を訪れた旅の司祭様は仰いました。それこそが『保守派』と呼ばれる人々の、私たちを陥れんとする悪意であるのだと。人々を救う手間を放棄して、もっともらしい言葉で誤魔化して信仰心を掠め取る所業であるのだと。
旅先で多くの見聞を広めた方がそう仰るのなら、きっとそのとおりなのでしょう。
確かに、思えば領主様がお遣わしになった今の司祭様は、祈る以外のことはしてくださいませんでした。村が山犬の群れに襲われた時も、ゴブリンの集団が現れた時も。
では、私たちは一体何のために、羊や麦を司祭様に喜捨していたのでしょうか!
その疑問が私だけのものならば、私こそ気の触れた不正義の魔女であったのでしょう。ところが今、同じ疑問を村の誰もが抱いています。
村の男たちは鎌や鉈を手に、司祭様――いえ偽司祭を断罪する計画を立てています。恐ろしいことです……ですが、仕方ないのです。万が一にも私たちが欺瞞に気づいたことを領主に伝えられてしまえば、息のかかった聖騎士たちを報復のため寄越すに違いないのですから。
幸いにもこの村は辺鄙な山あいの村で、こちらから町に税さえ納めにゆきさえすれば、領主が代官や徴税人を寄越すこともありません。
ですので、万が一のことが起こってしまう前に、新しい司祭様の伝手で本当に村をお守りくださる領主様を探していただかなくては……この村が、本当に幸せになれるように……。
●真相
「わたくし天義は嫌いですけれど、それは信仰で他人を縛ろうとするからですのよ」
すなわち、いかに真っ当な人々の信仰が禁じる飲酒借金賭博を尊ぶ『俗物シスター』シスター・テレジア(p3n000102)といえども、天義の人々を救いたいと願うことはあるのだ……彼らが、信仰にかこつけて人々を支配せんと目論む邪悪に晒されているのなら。
「依頼文によれば天義のとある山村が、偽司祭の甘言に言いくるめられているそうですの……偽司祭は本物の司祭を村人からの搾取が目的の偽物と断じて、村人たちに処刑させようとしているそうですわ! まったく、わたくしの大嫌いな信仰心の利用方法ですこと!」
この事件を、天義の権力者が解決するわけにはゆかない。何故なら偽司祭は人々に従来天義を統治してきた保守派への憎悪を植えつけており、動けば保守派と革新派の対立が深まりかねないからだ。
しかしながら両者の対立は、それを煽る暗躍者により生み出されたものである。解決には、真の邪悪を利さぬ手段が必要だ。テレジアによれば依頼人は、そのためには革新派寄りとはされるものの中立の立場の、ローレットの特異運命座標こそそれだと語ったそうなのだ。
「しかも依頼人、よりにもよって楊枝 茄子子(p3p008356)様と咲々宮 幻介(p3p001387)様を指名しましたのよ!? 最初は『他の特異運命座標を知りませんでしたの?』という気分にさせられましたけれど……よく考えれば茄子子様は言いくるめのプロ、幻介様は人情併せ持つ人斬り侍。村を偽司祭から解放するためにはなるほど適任な人選に、わたくし依頼人の情報収集能力への恐ろしさを隠せませんわ!?」
手段を問わず偽司祭から村人たちの信用を奪い、もしそれが叶わぬのなら極力最小限の犠牲で断罪せよ。
依頼人の意図には、暗にそういった期待が含まれているのだろう。
- 偽司祭はほくそ笑む完了
- GM名るう
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年08月31日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談10日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●崩壊の予兆
彫りの深い四角い顔が、しばし深刻そうに考え込んだ。
しかし、それはあくまでも最初だけのことだ。男はすぐに朗らかな微笑みを作り、集まった人々にこう語ってみせる。
「それは卑劣な保守派の密偵かもしれません――もしかしたら彼女自身もそうなのかもしれませんが」
もっとも……その穏やかな偽司祭の語り口の裏に、どれほどの悪意が込められていたことか? その奥底こそ図り知れずとも、それが並々ならぬことは『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)にとっては明らかだろう。
(こうして訪れた村人たちの中に余所者が混じっていても、それを意にも返さないとは)
今日、村人たちが偽司祭の元を訪れた理由は、先日この村で飲食店を開きたいと言ってやって来た女がその後に現れた不審者たちを招く元凶だったのではないかと、不安を訴えるためだった。
この時点で偽司祭ならば、自身の計画の妨害者が現れた可能性を疑えたに違いない……実際、そのことは先ほど彼が言及していた、『保守派の密偵』という言葉からも裏づけられるはずだ。
にもかかわらず彼は“あたかも一緒にやって来た村娘のようにその場に馴染んではいるが村の誰でもない女”の存在に、警戒する素振りすら見せやしなかった。
(村のためを思っている振りをしていても、計画の足掛かりにすぎない村の住民の顔など積極的に憶えようとはしなかったのでしょう)
そんな瑠璃の予想どおりであれば、そのことが彼の計画のアキレス腱となろう。
偽司祭に警戒と報告を依頼され、意気込みながら解散する村人たちに紛れ。瑠璃もまた自身の計画のため、その場から姿を消した。
●噂のカフェと謎の影
「くしゅんっ! ……これは誰かに噂されてるな」
何の気なしに呟いたはずの『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)の店は、何故だかカフェというよりも貸調理場の様相を見せていた。
「どうせアンタを追い出したって奴らがとやかく言ってるだけさ! やっぱり都会の包丁は切れ味がいいねぇ」
「そうそう、そんなの気にしてやる必要もないさ! このフライパンはよく火が通るよ」
店の設備を目当てに集まった主婦たちは、他の者たちの不安も偽司祭の懸念もどこ吹く風だ。
確かに、モカが村を訪れたことにより、彼女を追う保守派(だと村人たちが信じ込んでいる者たち)まで追ってやって来ることになったのだろう。だとしても彼女は『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)や『純白の矜持』楊枝 茄子子(p3p008356)といった、頼もしい味方まで連れてきたではないか。彼女らがモカの道中の護衛とそれを補佐する聖職者にすぎないのは彼女らとて承知だが、彼女らもしばらく村のため力を尽くすことにしてくれているのはありがたいことだ。であれば招かれざる客の到来は、モカを放逐し、良い調理道具を手放す理由にはなり得ない。
(……とでも考えているのでしょうねえ!)
今日も遠巻きにモカの店の様子を窺う不審者――『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)は、怪しい笑いが止まらなかった。
(良いですねえ、まさに絵に描いたような衆愚といった感じで)
これは偽司祭もさぞかし愉しいに違いない。馬鹿どもを操って気に入らない相手に嫌がらせするのは、まるで全能神にでもなったような気分なのだから!
……だが、それ以上にウィルドが愉しくなれるのは、そうやって安全な所でほくそ笑んでいるお馬鹿さんに「お前は神でも何でもない」と突きつけること。
「ふ、ふはははっ……!」
その怪しい哄笑が、今や村の中に聞いたことのない者はないほど耳目を集めるのは当然だった。同じく不審者の一味であったはずの『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の行動が、彼女の身の潜ませ方以上に人々の意識に上らなくなるほどに。
だから彼女が庵の窓を叩いた音には、庵の主たる老司祭のほかは誰ひとりとして気づけなかった。
もっとも、老司祭にとってもフラーゴラの存在を知る証拠となったのは、たったひとつの囁きだけであるのだが。
「司祭様……もうちょっとの辛抱だから、なるべく私たちの誰かと一緒にいてね……!」
老司祭様の骨立った両手は、自ずと祈りの形に組まれていった。そしてしばらく瞼を閉じて祈ったところで、彼は再び何かが叩かれる音を聞く。
「どうぞ」
扉の向こうに現れたのもまた『私たち』のひとりであることは、彼にとっては疑いようもないことだった。
「これまで良く耐えて頂けました。ご安心を、司祭さま」
恭しく一礼する『外柔内剛』キイチ(p3p010710)の姿を一目確認した直後……老人は自分でも知らぬうちにひざまずき、神への感謝を口にしていた。
●岩陰にて
はて、“偽司祭”に訪れた客人は、あの怪しげな余所者と関係があるのだろうか?
村じゅうがそんな話題で持ちきりになるまで、そうは時間は掛からなかった。
あの老人の客人なのだから、保守派とやらの一味に違いないと主張する者。
とは言え彼は村人に出会えば挨拶くらいする、挨拶すらしない不気味な男の仲間だとは思えないと疑問を抱く者。
到底判断がつかぬ村人たちは、これまたじきに偽司祭へと伺いを立てることだろう。村外れで最も闇の色濃い岩陰に背を預けたままで、人知れず『刀身不屈』咲々宮 幻介(p3p001387)はそのように思索する。
……そこへと、思考のノックが訪れた。
(ウィルド殿からの念話で御座るな)
念話の主は目を凝らさねば見つからぬどこかに潜んでいるに違いなかったが、その姿を目で探す必要もあるまい。彼が他の者から同様に念話で聞き出した報告に耳を傾けるのに、余計な情報などは不要なのだから。
(偽司祭は尚早な結論こそ避けはしたものの、心配ならば我が家に身を寄せるよう指示した、で御座るか……)
それは確かに人心掌握と防衛を兼ねた奇策には思える。だが、幻介は命響志陲の鞘を抱えるように握る。
(何の懸念も御座らんな。斯様な卑怯者を討つ為に、拙者のような汚れ役がいるので御座るから)
●山村で最も長い夜
山際に隠れゆく太陽が、辺りを平野部よりずっと早く夜闇へと包む。幻介が精神を無と同調させる岩陰も、いつしか星明かりにのみ照らされるようになっていた。
村は闇夜に紛れるには星々との距離が近すぎはしたが、実のところ別の理由により身を隠すには困らない。
何故なら人々の目が星明かりに慣れることを拒むかのように、突如、村内の廃屋が燃え上がったからだ……。
「あの怪しい野郎のせいに違いねえ!」
「他の家も燃やされないか確かめろ……今夜は絶対に家を空けるな!」
しかし……突然のことに冷静さを失っていた村人たちは感づけただろうか?
そうやって人々に我が家に戻るよう呼びかける声のうちの幾つかは、村の誰かの声には似ているが誰のものでもなかったということに。
「間違いなく、我々の敵による分断工作ですな」
偽司祭は誰にも聞かれぬように独りごち、同時に強く歯噛みした。何故なら敵の工作と解っていながらも、彼にはそれに対して為す術がないこともまた理解してしまったからだ。
人の盾として使うつもりで招いて泊まらせておいた村人たちではあるが、彼らが家に戻らねばならない状況を作り出されてしまった今は、帰さずにおいたら自分に対する信頼が揺らぐ。もちろん、今戻るのは危険です、家などまたいくらでも建てればいいのですから安全なこの場所に留まりなさいと説いてやるなどし、引き止めることくらいはできる。とはいえ、我が家に家族を残した者らには、それすらも振り切る理由が十分にある。
もしも偽司祭がもっと村の隅々にまで気を配っていたならば、家に帰れという呼びかけもまた敵の策略であると断じて信じる必要はないと説けたのだろう。だが実際にはそうでない。幸いにも幾人かは「うちの奴らなら大丈夫だから、今夜は司祭様をお守りしますぜ」と申し出てくれてはいるが、はたしてどれほどの役に立つものか?
そうこうしている間にも、偽司祭の住居の中にも煙の匂いが漂ってきた。
「どこからだ!?」
今も残る者たちはいずれも危険の迫る中でも偽司祭を守ろうという意気込みに満ちた者たちだから、都合のいいことに自らカナリヤ役を買って出てくれる。その結果、彼らが大騒ぎで家じゅうを調べ回って“消しきれていなかった竈門の火が再びくすぶり始めただけだ”ということに気がつくまで、それなりの時間が費やされることになる。
すなわち、瑠璃が密かに仕込んだ火種は十分に役立ってくれた。今、偽司祭は独り部屋の中に残されているという状態だ。
「ここは危険でス。ただちに教団の隠れ家へ」
そのとおり、今、彼は危険の只中にいるのだ! だから不意に現れた味方を出迎えようとして……扉に手をかけたところでしかし、ふと冷静さを取り戻す。
今、『教団』という単語を挙げたのは誰だ? セフィロトは名目上は確かに宗教団体ではあるが、その実態は秘密結社と変わらぬものと言えよう。直接の上位と下位のメンバーを除いて誰が同志すら知らないことも少なくはないし、確かにこの偽司祭自身もそういったグループに所属している。
……が、訪問者はそういった性質を理解して、味方のフリをしているのではあるまいか!
「……合言葉は?」
司祭はたったひとつの簡単な質問をすることで、訪問者――美咲に本物の味方である証拠の提示を強いてみせた。
「ちょっと前に変わったんスけど、それはご存知?」
そして返答を聞いた時、自らの勝利を確信するに至る。訪問者は確かに弱点を突いてきはしたが、合言葉という単純なセキュリティを突破する術を持たぬのだ――。
――そう内心でほくそ笑んだ時にはすでに、手遅れだった。
突如、扉を破って放たれる銃弾の嵐。ちょうど扉から離れる動きを始めたところに襲いかかったその猛攻に、偽司祭は倒れずに体を支えるだけでも精一杯!
が……彼は辛うじて倒れなかった! そして倒れることさえなかったならば、逃げる術は失われていない。逃げつつ奥で煙の原因を調べていた村人たちに助けを求めれば、彼らが自分の代わりに犠牲となってくれる……その後は、不幸な事件の元凶どもを非難しながら、村人たちに聖戦を訴えかけるのだ!
救いを求めても聖騎士たちが駆けつけた時には手遅れになるこの村が、魔物に襲われてもなお滅んでいないのは、村人たちがそれだけの自衛力を有している証拠であると言えよう。であれば、その総力を集結させたなら、優位に立つのは数に優れた側なのは自明の理。
……その最初の前提となる『助けを求める』が、本当に実現可能であったのであれば。
ひゅう、と喉から空気が洩れる音だけを、言葉を発したはずの偽司祭は聞いた。
何故……と疑問を浮かべてから視界に入った光景に気づく。金属光沢を持つ細長い板が、扉の隙間から自分の喉元に向けて伸ばされていることに。否……板ではなく剣だ。
「死人に口無し。お主は“村人を見捨てて雲隠れした”のだ」
同じ隙間から覗いた幻介の瞳が、地獄より甦った鬼神の如く偽司祭を睨めつける。そしてその眼光はこう語る。
お主が信じている……かどうかは知らぬが、その御魂を信ずる神の元へと返すのだ、と。
●狂人の妄言
台所から戻ってきた村人たちが見たものは、無惨に破壊された扉と、そこから点々と外へと続く血の痕だけだった。
「まさか、司祭様が……」
蒼白になりながら偽司祭の住居からふらつき出てきた村人たちには、偽司祭の姿はおろか襲撃者の姿も見えず。代わりに彼らが聞くことになるのは、司祭を探す何者かの声。
「ねえ、司祭様……! どこへ逃げてしまったの……! ワタシたちの計画はどうなさるのですか……!」
村に現れた見すぼらしい少女がそう喚く様子を、村の誰もが遠巻きにしていた。そして彼女が何者であるのかを、ずっと彼女を観察していた村人たちはすでに理解している……彼女こそ何やら聞いたことのない神の名を掲げて人々を傷つけんと欲する、邪悪に魅入られた罪人である、と。
いかに魔物たちを相手には勇敢に戦った村人たちとて、自らの判断で人を邪悪として断罪するなど、思いもよらぬことだ。正当防衛でも、思わず遣りすぎた躾でもなく、大義のために人を殺めるためには、それ相応の墨付きを必要としている。
にもかかわらず、号令をかけるべき司祭の姿は見当たらなかった。では、あの“偽司祭”のことか……? フラーゴラの扮した少女の呼びかけを聞き、誰かが老司祭の庵へと身柄を捕らえにいったが、少女はそれに目すらくれないではないか。
では誰だ? 少女の言う司祭とは誰のことなのだ?
「もちろん、私もここにおります……となれば、どなたのことかは明白のようですね」
そこに茄子子まで現れたなら、今この村にいる司祭3人のうち2人が集まったわけだ。候補は消去法により決まる。……が、一体誰がそれを信じられるだろう?
「まさか司祭様が邪教徒の仲間だと……? そんなわけがあるのだろうか」
「司祭様は仰っていたぞ! 邪悪な人間というのは平気で嘘をつくものなんだ!」
だというのに……司祭に会ったことなどあるはずもない少女の口からは、こんな言葉まで飛び出るではないか!
「違うの……! 司祭様は、おじいさんでも、女の人でもなくて……もっと四角い顔がご立派で、とても優しいおじさんなの……!」
叫びとともに噴き上がった魔力が炎となって、あわや村人たちを襲わんとした。
だが、そのような結果にはキイチがしない。
「こんな少女がこれほどの力を……!? まさか、あの司祭様が……いえ、憶測はよくありません。ですがこれほどの魔力を使えるということは、それなりの実力者に手ほどきされたに違いありません」
皆様が私の恩人を信じていないことは知っていますと、体を焼かれながらも村人たちへと説くキイチ。
「ですが老司祭様は皆様を愛してらっしゃるのです。その皆様をお守りするためならば、老司祭様の代わりに僕が命を賭してみせましょう」
自分にはこの程度の炎など屁でもないことが、いつバレるかとは冷や冷やはした。だが幸いにして朴訥な村人たちに、演技を見抜く術はない。
もしも、それらが全て――茄子子がキイチの傷をたちどころに癒やすところまで含めて余所者たちの自作自演であったなら、どれだけ彼らは救われただろうか? ところがそれをそうと断じうる人物はこの場にはいない。何故、司祭様は来ないのだ。そして全てが不正義の徒の嘘だと指摘しないのだ!
「まさか、あの司祭……ソイツが来たら全てがバレるって思って逃げ出したんだ!」
●創られし“真実”
捕らえたフラーゴラをモカの店の倉庫に放り込んだ後、今度は村人たちは偽司祭の住居の周囲に集まっていた。目的は、もちろん司祭様こそが悪人だったなんてありえないと示すため。
にもかかわらず……村人たちの願いとは裏腹に、偽司祭が置き去りにした鞄の二重底の下に指令書らしき書類と邪印らしき金属具が見つかったのは、それからしばらくのことだ。
これまた瑠璃の仕込みであったことなど、誰も知る由などはなかった。
「そんな証拠を残しておいたって、小村の住民の訴えなんて誰も聞き届けないだろうって俺たちのことを馬鹿にしてるんだ!」
誰かが悔しがれば人々の間にも、それこそ真実だという風潮が広まってゆく。が……悔しがったのも、皆をこの場に誘導したのも、変装し雰囲気を変えたウィルドの仕業だということには誰も気づくに至らない。
「であれば……老司祭様の訴えは、真実であったというのでしょうね」
「訴えだと!?」
茄子子の結論に村人たちは疑念の声を上げるが、彼女は悲しげに目を伏せ説いた。
「皆様をも謀ることになったのは、申し訳なく思います。ですが、実は私たちはそちらの老司祭様の伝言術による訴えを聞いて訪れた、こちらの領主様よりも遥かに雲の上のお方――この国をより良くなさろうと不断の革新の努力をなさる方――とも関わりのある者なのです」
茄子子がシェアキムの知己だという仄めかしをそのまま信じられる者は、決して多いはずもなかった。
しかし……彼女が本当に自分たちを騙すつもりなら、そんな誰でも嘘と判るような嘘を吐くのだろうか! 茄子子の言葉は全てが嘘に聞こえるが故に、それは小説よりも奇なる事実に違いないのだ。
確かに、老司祭の祈りの力は弱かった。
それでも力に恵まれないながら、村人たちの幸せだけは望んでいたはずだ。
「昔からの司祭さんのほうが、私たちのことを優しく見守ってくれてたなぁ……」
そんなことをモカが呟いてやれば、村人たちはあたかも最初からそうであったかのように同意してみせる。
それはこの村の人々の、無学さゆえの調子の良さではあったのかもしれない。だが、その結果自分の命が脅かされたことさえ赦し、ともに歩んでゆかんと村人たちひとりひとりに声をかけている老司祭は、モカ思うに、やはりこの村に欠かせぬ人物なのだ。
どれほどの苦難が見舞っても、それを分かち合う相手に恵まれている村。それはきっと……茄子子曰く、こういうことだったのだ。
「やはり神は、乗り越えられぬ試練はお与えにならないのですね」
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
今回の事件により村人たちと老司祭は和解して、村は以前より強固な結束を得たように思います。
その存在が地を固める雨となったとすれば、天義を引き裂こうとして皆様に討たれた偽司祭にも、人々の役に立つ役割はできたのでしょう。
なお冗長になるので本文中では省略しましたが、偽司祭の住居の血痕に関しては、「偽司祭は秘密裏に展開されていた逮捕部隊と交戦し、流血沙汰となった。実際には邪悪な訪問者が偽司祭を殺害したのではないかと疑うのなら偽司祭の治癒術を思い出すといい。偽司祭が容易く殺されるわけはないのだから、どちらが真実は明らかだ」みたいなカバーストーリーが流布されました。実際には【封殺】されてご自慢の治癒術が使えなかったんだけどね。
GMコメント
リクエストありがとうございます。かの村の人々は純朴であったがゆえに、偽司祭の言葉をも信じてしまいました。
村人たちが完全に偽司祭に心酔するようになってしまったのか、それともまだ救えるのかは判りません……ですが、皆様の遣り方次第で犠牲は減らせも増やせもすることは間違いないでしょう。
●成功条件
保守派と革新派の対立を深めないこと。
偽司祭の村からの排除はその前提条件ですが、偽司祭の生死も、村人たちの犠牲も問いません。極論、偽司祭ごと村を皆殺しにして「全ては山賊の仕業だ」と報告するのでも目的は達成されるでしょう。
●村人たち
交流のある村の人々からは、善良で信心深い人々だと見なされています。とはいえ村は騎士のいる町から遠い狼や魔物の多い地域にあるため、自衛意識も物理戦闘力も高めです。敵は倒すのが神の御心。
偽司祭から受けた影響の度合いは人により様々ですが、天義が『保守派』なる邪悪な勢力(意味はよくわかっていない)に支配されていると信じ込まされていることだけは変わりません。人によっては人々を邪悪から解放する際の力になりたいと願い、偽司祭が聖戦の号令を掛ける時を待ちわびています。
●偽司祭
旅の司祭を装ってはいますが、天義の分裂を目論む宗教結社『セフィロト』の工作員です。言葉巧みに村人たちを慕わせているため、常に彼らに護衛させているようなものでしょう。
魔術に長けていますが、直接的なダメージよりもBSによる搦め手を好みます。人質などの卑怯な手も厭いません。
本物の司祭を排除したら他の村に向かい、同じように村人を焚きつけようと目論んでいます。
●本物の司祭
信心深くはありますが初歩的な治癒術と伝言術が使える程度の、実力に乏しい老人です。
領主は伝言術の有益性を買って村に派遣していたのですが、生活がほぼ村内だけで完結する村人たちからはその価値を理解されず、より高度な治癒術を使える偽司祭にお株を奪われてしまいました。村の異常をいち早く伝えた、本依頼の影の立役者なのですが……。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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