シナリオ詳細
溶
オープニング
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――とある旅人の手記。
その世界は電脳世界であるようだった。
機械が人間を管理している。人間は機械以下の価値と成り下がってしまったのだ。
朝目覚め、己の役割を機械に諭されながら知り、理解、思い出し、動き、働いて、また忘れていく。その繰り返し。
なぜ私がこの世界へと足を踏み入れようかと思ったのかは最早遠い過去のことだ。ただの興味だったようにも思うし、
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興味本位であると言えばそうだ。
だが、記憶が溶けるように徐々に消えてしまう世界を自分も体験してみたいと思った。
どれほどのペースで進行してくのかは解らないが。しかし、一週間の滞在の内にどれほど溶けてしまうのかをメモして帰ろうと思う。いつかこの技術が、原理が、誰かを救うことを信じて。
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手記が無ければ危うかっただろう。きっと私は帰ることができないだろう。なぜならば帰り道を忘れてしまったのだから。
けれど恐れる必要はない。この世界に溶け込むことができればきっと、生きていくことも叶うだろう。
寝て起きてすべてぽかんではない、ということがわかっただけでも安心だろうか。けれど、ああ、帰り道。あれだけはなんとしてでも見つけ出さねば。
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恐ろしいことが起きている。にわかには信じがたい、という表現を人生で使うことになろうとは。
朝起きてあるき方を忘れた。足の出し方を忘れた。ペンの握り方を忘れた。
あろうことか発語の仕方を忘れたのだ。文字の書き方も忘れていた。これが、記憶が溶けるということなのか?
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ひらがないがいのことばをかくことができない。ひっしにことばをつなぎとめている。
こんなせかいにくるべきではなかった。
……以降の頁には、文字が書かれていない。
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「ってことでね、こういう世界に行ってほしいんだ」
ページの中身をつらつらと読み上げた絢はへらりと笑った。
「い、いやいや勿論、みんなの記憶の保証はするけどね? そうじゃなくて……君たちが此処に戻ってきた時に、どういった感想を抱くのかが知りたいんだ」
曰く。この世界への橋渡しをすることができる絢たちとはちがい。他の世界の誰かがこの世界へと向かおうものならば、一方通行。つまり帰り道を忘れてしまうのだ。
「もう少しでこの物語は奥の方へとしまう予定なんだ。それまでに、みんなが何をどう感じるかを教えてほしいんだ」
勿論、危険な依頼ではあるけどね、と付け足して。
絢はただ、笑った。
- 溶完了
- NM名染
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年08月20日 22時10分
- 参加人数4/4人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(4人)
リプレイ
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(記憶が無くなる……というのは現実でも有り得る事だが、生活すらままならないレベルにまでなるとは普通に恐怖だな。機械が壊れた時点でこの世界は破滅を迎えそうだし)
管理された社会を生きる。だとしたらその機械を直すのは誰が行うのだろう。
進化することはなく、停滞だけを与えられた世界に未来はあるのだろうか。
『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)はやれやれと肩を竦めた。
「もっとも手記の内容を信じるならば一日暮らす程度はどうってこと無いだろうが……さておき検証の続き、だな」
この世界に滞在して既に四日が経過した。与えられた部屋は手に馴染むようで違和感がある。これも記憶が溶けているせいなのだろうか?
「さて今日はやる事もないし、起きて散歩にでも出掛けるか……空は今日は曇りか」
玄関で靴を履いて、空を見上げる。
蒸気で濁ったような汚い空が広がっていた。実を言うと、昨日も、一昨日も、ずっと曇りだ。
(……なんというか、いつも通りを繰り返してるような気がするな、まあ気のせいだろう)
『本当に?』
警笛はすでに壊れてしまった。
「さて、今日のニュースをお伝えします」
またたくネオン。ビル上の電光板を見上げる。
【!】何か事故があって、人が何人も死んだらしい。
そりゃ大変痛々しい事故だことだ。
【!】今年も台風が近づいてきたようだ。
いつも通り、何も変わることはない。
曖昧な立ち位置。
不変すぎた世界。
それから、繰り返される今日から抜け出せない。そんな感覚。
行くあてもないのに歩かないといけないような気がして歩きつづける。
レンジでチンするだけのコンビニのお惣菜。それから、湯煎するだけでいいレトルトのカレー。お気に入り、という程ではない。
人工の。人の手が加えられていない食べ物。なんとも言えない心地だ。
(なにかすることがあったような。なにもなかったような……)
そんなことを考えていたらご飯は割とすぐになくなって、こんなものかと考える。
頭を巡る有象無象もいつの間にか眠気に消えて、思考を放棄し今日も眠りにつく。
未だ嗅ぎ慣れないシーツの匂い。やや曖昧に残された記憶。
どうせ明日で全てが終るのだろうから。
本当に?
迎えが来ると、解っている。けれど。
失ったものが本当に戻るとも限らないのに。
ああ、くそったれ。どうしたらこんなにも、不安になれるのだろうか。
●
「記憶を失う世界、か」
曇天は消えず、空を覆う。『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)が手を伸ばした空は混沌のものよりも汚いような気がして、すぐに手を引っ込めた。
(事故や事件で記憶を失うことがあるって聞いたことはある……けど。だんだん消えていくってどんな気持ちなんだろう?)
この依頼を受けた時に考えたこと。大切にしている記憶は無いわけじゃない。と、思うけれど。
忘れていくのではなく、消えていく。その痛みは、解らない。
たった一日過ごせばいいだけ。
なんて、簡単に思ってしまえばその程度の依頼にしかならない。戦闘を行うわけでもなし、ゆっくりと眠ることにしよう。
(そうと決まれば、どこか静かな場所で過ごそうかな。最近ゆっくり眠れてないしね)
それは神の祝福(ギフト)か。或いは。
昔から、どんな環境でも眠れていた。
真冬の寒い路地裏だろうと、臭気厳しい地下水道だろうと。
(だって、)
眠っている間は幸せだから。幸せな夢なら幾らでも見られるから。
物心ついた時には孤児として生きていたハリエットにとって、眠りは安らぎであり……現実逃避だった。
目を閉じれば不幸も、苦しい現実も見ることはない。夢想しよう。美味しい食べ物。あたたかい寝床。それらが当たり前に得られた、ありえたかもしれないもしも。
……目が覚める度に辛くなる? 同情は、よしてよ。
「この辺でいいかな」
人気のない公園の奥。木の根元に腰をおろし。
ぼんやりと、思い返す。筈だった。
(そもそも、生きるのに精一杯だった私に。親兄弟の記憶もない私に、忘れたくないことなんて……)
あ、れ。
(イレギュラーズになったのは、食い扶持を稼ぐため。稼がなきゃ腹が減る)
ああ、そうだ。
働かなければ食べていけない。
(でも、それだけだった?)
自身を先輩と言ってくれた子の名は何だったか。確か。確か――揺らいでいく輪郭。
(いや、そもそもそんな子いた……?)
動悸がする。
震える。
怖い。怖い。怖い!
ぎゅっと抱えた膝。己が、記憶が、零れ落ちていく。
昔、路地裏で膝を抱えていたハリエットに声をかけてくれた人がいた。
抹茶色の似合う、柔らかな、少しだけ寂しそうな……――
「いや。それだけは忘れたくない。忘れちゃ駄目」
だめ。だめだって、言ってるでしょ。なのに。なんで、こぼれおちていくの。
体が震える。ぎゅっと抱きしめても、消えそうにない。
いつの間に、これほどまでに思うようになったのか。
どうして、無くすことに抗うのか。
(――ああ、そうか。これは、今の私を形づくったものだから。消えたら、「私」も消えてしまうから……)
どうか、もう。欠けないで。
●
「いやー、記憶がなくなるんですカ。厭なこと綺麗サッパリ! 忘れられるのは良いかもですネ」
「記憶が消えてゆく世界ですか。面白いですね」
「でも怖いですネ、自分が自分じゃなくなるっテ」
「欠落にはそれぞれスピードがあるようですが……はたして、どうなることやら」
『挫けぬ魔弾』コヒナタ・セイ(p3p010738)と『特異運命座標』槐 槐(p3p010747)は交換日記の約束をする。
記憶がかけてしまってもこれさえあればどうにかなるのではないか、なんて突飛な思想だ。
獄人と呼ばれる鬼人種、つまるところ槐は長く迫害されて過ごしてきた。槐も例にもれずそのように生きてきた。
人気のある場所にはいかないように、仲間以外とは合わないように気を付けてひっそりと。そうやって生きていることが正しいと思ってきたから。
ゆるやかに消えて行く記憶は、当然のように今の平和な世界の記憶から無くなっていった。
そうして、怯えることしかできなくなった。
周りは人、人、人。
恐怖で物陰から動けなくなる。息が詰まる。胸が苦しい。
石を投げられるか、ひょっとすると殺されるかもしれない。そうならないために強くなったはずなのに、その事すら忘れている身では隠れる事しかできなかった。
溶けていた記憶が、苦しめる。
「私の名前は槐。どうか、宜しくお願い致します」
震える字で書いた交換日記。
けれど、どうしてこんなことをしているのかわからなくなって、たまらず逃げ出した。
どうして、どうしてこんなにも震えているのか。恐ろしいと涙せねばならないのか。
この身をつつむ恐怖はなんなのか。嗚呼、恐ろしい。
そうして、記憶が溶けていく。
「ボクはコヒナタ・セイ。貴方の好きなものはなんですか?」
セイが歩いていく道のり。進むに連れて雨が酷くなっていった。
たった数日の滞在であったはずなのに、交換日記のことすらも朧気になっていく。
持ち出したのは自分であったはずなのに。取り決めも、約束も。全て全て、曖昧になって消えていく。
今日は天気が悪かったですね。私は晴れの日が好きです。
奇遇ですね! ボクも晴れの日が好きなんです。混沌は晴れが多いですからね、早く帰りたいところです。
同感です。この世界は傘があるみたいですが、種類がどうやら少ないらしい。皆様ビニール傘でした。
へぇ、不思議ですね。ボクがスプレーでががっと色を付けてみようかな?
それは名案ですね。私のものにも色を付けてください。
勿論です! じゃあ明日、またこの日記を開いた時に、待ち合わせを決めましょう。
まぁいいかと思ってセイはぱたりと日記を閉じた。約束の図書館は、明日もやっているのだろうか。
たぶんきっと、ここから動くことは出来ない。槐は震えていた。日記のことなんてもう覚えていない。
明日は何をしようか。きっと迎えが来る……どこから? なんで? 最初から此処に居たはずなのに。
日がくれる。夜が来る。帰らなくては。我が家に。
?
残されていた筈の記憶はまるまる、溶けてしまった。
それが二人に残された明日。
なんとなく。
そう、なんとなく。
二人はぱたりと顔を合わせた。同じ本(にっき)を手にとって、お暗示名前が綴られていることにやや恐怖を覚えながら。
「あ! あそこのお店、美味しそうですよ! 食べましょう食べましょう!」
晴れやかな顔をしたセイを追いかけて、槐はからんとドアベルを押した。
「どうしたんですか? 槐さん、不思議そうな顔をして」
「不思議ですね。何か大切な事を忘れているような、忘れてほっとしたような……奇妙な気分です」
「なんだかわかるかも。あの日記が妙に忘れがたくて……変な日記ですよねー、創作した覚えはないんですけれども……」
「忘れないように、と最初には書いてありましたが。忘れることは幸福なのでしょうか。それとも不幸なのでしょうか」
ショートケーキをふたつ。
ぐちゅり、と突き刺された苺。
セイは口の中に苺を放り込み、笑った。
「やだな、そんなに早く忘れるわけないじゃないですか」
「……確かに。たぬきにでも化かされたのでしょうか」
「疲れてるんじゃないですか? 今日はケーキを食べたら解散ですね」
「ええ、そうですね……なんだか胸に大きな穴が開いたような心持がします。風通しが良くて気持ちがよいですが、存外虚しいものですね」
「槐さん、今日はなんだか一層疲れてませんか? やだなぁ、熱なんじゃないですか?」
不思議がるセイ。槐は胸の空白を拭いきれない。
そうやって、記憶が溶けていく。
気づかないままに、一日を終えていく。
それが当たり前ではないのだと、気付くことも出来ずに。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
一番譲れないものすらも忘れてしまったときって、どうなっちゃうんでしょうね。
染です。お久しぶりの一文字シリーズです。一年ぶりでした。スマホのメモ帳に案だけは残していたんですが!
どうぞお楽しみ頂ければ幸いです。
●依頼内容
記憶を失う世界で一日を過ごす。
次の日の朝、絢が迎えに来ます。
それまでのんびりと、好きなように一日を過ごしてみると良いでしょう。
記憶がなくなるスピードは人それぞれです。重さもバラバラ。どうせなら好きなだけ記憶をすっとばしてください。
●世界観
機械によって支配、管理された現代日本。首都である東京が舞台だと思ってください。
空が晴れることはなく一生曇り、または雨。
人間は魂を失った入れ物……つまるところAIのように、感情が本物か偽物かすらもわからずに毎日を生きています。
記憶をインストール、アップデートをしてなんとか今までを生きて来ているようですが、明日になれば綺麗サッパリ忘れてしまうようです。
ただいまの季節は夏。ファッキンホット。
●できること
なんでも! 散歩でもお買い物でも。アイドルだっていますしコンビニの店員さんだって居ます。ふらふらと歩きながら色々と考えてみるといいでしょう。
少しずつ、記憶は溶けていきます。
●一文字シリーズってなんぞ?
ライブノベルタイトルが漢字一文字のもののことを指します。基本的には書き手は染のみです。
世界観は毎度違いますが、ちょっぴりのセンチメンタルと物悲しさをテーマにしています。
『廃』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6413
『忘』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5700
『許』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5664
●サンプルプレイング
さて、それじゃあ俺は新しい服でも見に行ってみようかな。一日過ごすだけならかんたんだっておもってたけど……どうして、俺は此処に居るんだっけ。
あれ、そういえば……うーん。俺の名前って、なんだっけ……?
以上となります。
ご参加をお待ちしております。
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