シナリオ詳細
<真・覇竜侵食>零落のフラーテル
オープニング
●兄妹
その兄妹は、仲の良い双子のきょうだいであった。
何処に行くにも、何をするにも一緒に居て、その日だってふたりはともにあった。
「薬草を積みに行ってきます」
「気をつけてね。遠くまでいかないようにね。それから――」
「わかってるよ、危ないと思う前に逃げるんでしょ? お兄ちゃんもいるから大丈夫よ」
「梓睿はいいけど、梓萱はそそっかしいからねぇ……」
「もうっ、お兄ちゃん行こ。それじゃあ、行ってくるね!」
アダマンアントたちの襲撃で他の集落に怪我人が増えたため、ふたりの住まう集落『フラーテル』も他の集落の支援や自分たちの集落の蓄えを増やそうとしていた。兄妹のふたりも皆の力になろうと、その日もそう言い残して集落の外へと薬草を集めに出ていき、仲良く大きな薬草籠を背負って楽しく笑いあいながら歩いていく後ろ姿を、集落の門番を勤めている男が見送った。
――それが『いつものふたり』の姿を見る最後の機会になるとは、誰もが思いもしなかったことだ。ふたりはいつもどおり帰ってきて、兄妹の仲の良い姿が次の日も、また次の日も見られるものだと人々は思っていた。
その日、どれだけ待とうとも。
それから何回も太陽が昇って沈もうとも。
――兄妹が帰ってくることはなかったのだ。
●フラーテルへの帰還
「天気、快晴! 風は穏やかなれど、我が妹の力にて吹き荒ぶこと、なんとかかんとかの如し!」
なんとかかんとか、は思いつかなかったので誤魔化して、青年蟻帝種は剛毅に長剣を突き型に構えて剣先に焔を巻く。
「いやあ、ちゃんと帰って参ったわけですよ。皆さんよくご存じのこの俺が! この俺がです!」
青年蟻帝種――蟻帝種の『梓睿(ズーイー)』が高らかに笑声を響かせて、「やっぱ突きはや~めた!」と横凪ぎに剣を振った。唸る風、熱気、炎波が迸り、家々を呑み込んで黒煙を濛々と立ち上らせる。
「梓萱、ゆっくりで構いませんよ。お前には頼れる兄がついていますからね。この兄が!」
兄は若干、アピールが激しいーーだが、腕は確かと見えて剣閃は鮮やかに炎を吐き続けた。
「アダマン君、どうですよ。俺の火力、イケてるでしょう」
梓睿がドヤァッて顔で聞けば、傍らにいたアダマンアント一体が無言ながら「そうだね」って感じの気配を醸し出して頷いてくれた。
「そうでしょうそうでしょう、俺のファイヤーの良さがわかってくれるアダマン君、素晴らしい。俺は君を親友と呼びましょう。俺たちは……ずっ友ですよ……!!」
次々。次々と。
燃える。焦げる。崩れ落ちる。悲鳴が上がり、泣き声がーー充ちていく。
それも、やがて静寂に憩うだろう。
生きる者あればこその悲嘆、苦しみの声。すべてが絶えれば、残るは悠久の大自然のみーーこの過酷な大地に身を寄せ合い生きる集落の運命など、しょせんは吹けば飛ぶ程度のちっぽけなものなのだ。
「なんで集落はすぐ燃えてしまうん」
ローレットでは、情報屋の『夕影草』野火止・蜜柑(p3n000236)が嘆いていた。
「家屋の柱とかに、こう、お子さんの成長の印とかつけてたり。思い出があるわけやん。かなしいなあ。俺そういうのあかんねん。悲しい気持ちになるねん」
そんな事を言われても――そんな事より依頼の話しようぜ! という空気を察してか察せずか、とりあえず少年は気を取り直したように言葉使いと姿勢を正してキリッとした。
「大事な依頼です――動ける方は、急ぎで向かって頂けますでしょうか!」
アダマンアントたちの女王アンティノアクイーン・サンゴは、『侵食計画』の発動を宣言し、イレギュラーズにも「邪魔するな。邪魔しなければ中立関係でいられる」との書状を送りつけてきた。当然ギルド・ローレットはサンゴの要求を跳ね除け、イレギュラーズたちを覇竜大陸へと派遣することとなったのだ。
蜜柑が情報屋仲間から貰ったカンペをチラチラ棒読みするには、『フラーテル』と呼ばれる亜竜集落へアダマンアントたちが向かっているのを見た亜竜種がいるとのことだった。
「『蟻帝種』がいるかもしれません、気を引き締めて当たって欲しいです。えーと」
蟻帝種ってなに?
少年は呟いて、カンペをめくった。情報屋仲間は有能だった。
「誘拐された亜竜種とそっくりですが、どうもそっくりなだけで別の生命体です。見知った人物っぽくてもその人本人ではありません、見た目が似ていて、記憶を持ってるだけの敵です」
なるほど、なるほど――「要するに敵ってことですね!」少年は、結論付けた。
「向かって頂く集落は、遠目にも炎上中です。めちゃめちゃ急いで行ってください! 消火活動したり、避難誘導したり、死にそうな子ぉを助けてあげたり。そんなお仕事を、俺は期待しています。とても!!」
指折り「こんなことしてくれたらええかな!」という仕事を数えてから、蜜柑はこそこそっと付け足した。
「今回の、俺からの追加情報ですが――集落で暴れてる敵は、その集落出身の可能性がありそうです。遭遇する率はかなり高いですから、お気をつけて。最優先事項は敵を倒す事ではなく、集落を救う事ですから、そこもくれぐれもお忘れなく」
いつもすみませんが、と眉を下げて、情報屋は手を合わせた。
「頼りにしておりますゆえ、おひとつよろしくお願い申し上げます。武運を祈っておりますよ!」
舞台は滅亡に瀕した炎上集落。
駆けつけるは、8人の勇者也――
- <真・覇竜侵食>零落のフラーテル完了
- GM名透明空気
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年07月07日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●黒煙
イレギュラーズに気付き、梓睿がぴしゃりと己の頬を叩いて気を引き締めた。
「敵は……『7人』! 狩猟者と救助組と。よおし、妹のためにイッチョ頑張りますか!」
誰も泣かない世界、誰も殺さない強さ。
――そんな夢を嘲笑うような火勢。
(違う。アタシがショックを受けたのは、単なる集落火災に、ではない。これが集落出身者の記憶持つ者による炎禍だからだ)
『夜に一条』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は唇を軽く噛む。
――故郷だった場所をなんの躊躇もなくこんな風に襲えてしまうなんて。
「アタシは今まで話半分程度だったけれど、蟻帝種は哀しくて恐ろしい存在だね……」
纏うのは、昏い夜の気配。
「――絶対に助け出すよ!」
「過程は兎も角、生まれた事には罪はなく、素敵な事、なのに……」
『特異運命座標』イチゴ(p3p010687)が甘やかな声を動揺で震わせる。心が焦燥に塗り潰されそうになるのは、人助けセンサーが方々からの助けの声を拾っているから。ああ――「今、いきます……!」砂時計の砂が零れ落ちるみたいに人の生命が落ちていく音が聞こえるから、一心不乱に炎に飛び込んでいく。
「集落はすぐ燃えちゃ、ダメ! そういうの良くない!」
『多言数窮の積雪』ユイユ・アペティート(p3p009040)は、水をぱしゃりと被り、髪を服の中にしまって超視力と透視を備える瞳で現場を見通す。
「うわー! 火事だー! アリだー!」
あわあわと騒ぎながら飛翔する『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)が火が移りそうな家と木を斬り倒していく。
――水がいっぱいあれば火を消せたんだろうけど。
「今は探してる時間もないし火事がこれ以上広がる前に食い止めないと!」
ユイユが頷く。
「そうだね、延焼を防ぐには、家を壊す必要も……」
呟きと同時に手が動くのは、躊躇する秒で手遅れになると感じたから。
(助けるために壊す、かぁ……)
鋭利なグリード・ラプターが凍結弾と音速弾を吐き散らし、集落に破壊の音が加わるのをユイユは神妙に受け止めて、俯いて帽子を深くかぶり直した。
「まぁ、生きてればなんとかなるよね! ……しんどい」
ああ、本音が洩れちゃった? そう自嘲するように口端を持ち上げて、にやけて見せる。
「……けど急がなきゃ!」
――ボクが辛そうにしていてもにやけていても、火には関係ないのだからね!
上と下、互いに深く相手の事を知るわけでもない呟きが交差する。
――少しでも多くみんなのお家を守るために! ぜーんぶ終わったあとでお家がなかったから寂しいからね。
「もー! アリさんたちはいっつもいっつもこんなことばっかりして! 救助と討伐と消火!どれもいそげー!」
みんなの帰るお家がなくなっていく。ユウェルはきゅっと眉を吊り上げた。
●救助
ああ、燃えていく。
この色、この音、この哀しみ。
「誰一人だって見逃しません!」
『ためらいには勇気を』ユーフォニー(p3p010323)が感覚を研ぎ澄まし、集落を広く俯瞰して駆けだした。その現場は悲しみと苦痛に溢れていた。助けを求める命ばかり、一刻を争う危機塗れ。
「ソーちゃん、お願い! 動けない人を運んで……っ!」
大天使の祝福を捧げながら、今にも絶えそうな体温に祈りを注ぐ。大きなドラネコロボットのソアが背にその人を乗せて走りだす。スピードが大事、と自分に言い聞かせて、ユーフォニーは熱気に炙られて浮かぶ玉の汗を拭う暇も惜しんで瓦礫に跳ぶ。着地するより速くワイくんとリクサメさんが競うみたいに飛翔して、瓦礫を越えるのを代わる代わる手伝ってくれる。
仲間が炎に飛び込むのが視える。目の前の誰かを助けたい――そんな想いが無言のうちに伝わった。だから、過酷な感覚世界にユーフォニーの脚が止まる事はなかった。
イチゴが呼びかける。誰かに。
「――今いきます」
炎の中を突き進む。もうだめなんだと諦めてしまうような気配が悲しくて、喉を震わせながら。
「もう、すぐ近くにいます」
本当に。
だから、もう少しだけ待っていて、くださ――、
「ッ、ほら、来ました、」
……ね、来たんです。
「来たんです、よ」
声も届かない様子でぴくりとも動かないその人を抱えて、呼びかける。きっとまだ助かる――そう信じて。命が零れるより先に、外へ。
(だって、まだ温かい。この助かるかもしれない可能性を置いて行くなんて、できない!)
咳込む音、泣きじゃくる声、苦鳴に向かって壁を抜ける。お邪魔しますよっと挨拶するのは、景気づけ。ユイユが手を伸ばすのは、ちいさな子。ひとりぼっちの、本当なら親に守られているはずの存在。
「ほら、ボク来たからさ! もう大丈夫だからねー!」
お母さんはどこかな? お父さんはどこかな? 見当たらない――「避難所にいこうね」腕の中の体温が鼓動を感じさせて、震える命が稚い。この子が欲しがっているものがわかるよ。
「全部うまくいくよ。怖い事はないよ。心配はいらないよ……」
謡うように言い聞かせて、抱き上げて駆けていく。ボクは詐欺師なんだ。騙してあげるよ、雫型の氷砂糖がほろほろ零れて、灼熱に堕ちて溶けていく。熱いじゃないか……。
「やれやれ……またもアダマンアント襲撃中の集落の助けにいく依頼とか……一般人のモブにはキツい物があるって」
梓睿にカウントされなかったイレギュラーズの8人目『一般人のモブ』空木 姫太(p3p010593)は、存在感が薄いのが特徴である。
「だけど、困ってる人が居るなら可能な限り助けてあげなきゃ! それがヒーローってものでしょ?」
ばさりと纏うのは、黒コート。すちゃり装着するのはサングラス。かちりとスイッチが切り替わる音がする――其れは暗殺者の夜の幕開け。魔王が最も頼りにした男の覚醒。混沌卿が疼く魔眼に奇しく笑み、突如として増した存在感に、抑え班から隠れたり逃げ回りながら炎を巻き散らしたり、アダマン君を囮にしたりしていた梓睿が思わず振り返る。
「もう一人いたのか! なんだありゃ」
声が高らかに響き渡る。
黒煙が彼のための演出みたいに映えていた。
「フハハハ! 混沌卿、推参! ――我の目の届く限り、無辜の犠牲者など出しはせんよ!」
サングラスをクイッとしつつターンを決める混沌卿。いつの間にか集落の若者たちを周囲に侍らせて。烏が不吉に羽搏き、濡れ羽を舞わせて、霊感ある者には霊までもが彼の周囲に集うのが感じられるのだ。
「さあ、混沌の時間を始めよう!」
人に指示するための存在だと言わんばかりのカリスマ性のある声が溌剌と響く。
「第一目標! ここに避難民を保護する為の避難所を設営するッ」
魔眼が禍々しくギラリとした。
「皆を助ける為にも貴殿達の力が必要だ!」
混沌卿の配下みたいになった若者たちが使命感で目を輝かせながら動き始める。
「なんだあれ、……格好良いな」
梓睿はもう一度呟いた――実はちょっとだけ混ざりたくなったのは彼だけの秘密。
「ここからここの方は避難所で手当、ここからこっちの方は避難所にいない人の確認、あなたたちは医療資源や食料等の確保、残りのみなさんは私たちと救助や消火に分かれての行動を……」
ユーフォニーが若者たちを指揮している。
「一人も欠けず、後で必ず会いましょう……!」
他に集落で救援をしているイレギュラーズたちがリトルワイバーンで避難者を送り届けてくれる。ユーフォニーは笑顔で彼らを送り出す。互いの健闘を願って。
●鬼事
羽を羽ばたかせて瓦礫を越えるイチゴが、炎下に声を響かせる。
「何か大切なモノがあるなら取りに行きますよ!」
それが出来るから、と言葉を紡げば、イチゴの背に声がかけられた。
「そりゃいいですね、俺の分も頼みますよ」
「もちろん……」
振り返ったイチゴが絶句する。剣に焔を巻く蟻帝種が緊張感のない笑顔で手を振っていた。
(この人。この人が……)
――言いたい事は山ほど浮かぶ。
「何故いきなり炎上させてるんですか? これの何処が必要最低限なんですか?」
「うん、うん?」
蟻帝種は人間臭い表情を見せた。
「どしたのかな~お嬢ちゃん? お兄さん~、ワッカンないな?」
「燃やしたのは、貴方でしょう!」
「おお。俺ですとも、うん。まさにこの俺ですよ」
崇高なる使命のためですよ、可愛い妹のためですよ――そう語る声は悪びれず、けろりとしていた。
「いや人攫いと関係ないですよね? 無駄に怨恨広げているだけですよね!? 本当に!」
仲間の異変に気付いたユーフォニーが悲痛な声を寄り添わせる。
「この地で積み重ねた年月のかけがえなさ、聞こえる悲鳴からわかります。それをその姿で壊すなんて」
(あっ、敵がいた)
ユウェルが空から流星めいて接近し、叫ぶ。
「――竜の誇りを舐めるな!」
瞳には、断固とした拒絶がある。
この生き物を、その強さの在り方を認めないのだという色で。
「蟻帝種? そんなの聞いたことないけど……わたしは亜竜種として誇りを持ってる」
――この集落を守るためにも倒させてもらうよ!
突っ込む勢いを乗せた大太刀が豪と啼く。全身が武器と一体化したように躍動して奮う太刀筋は豪快で、蟻帝種を庇ったアダマン君が深い裂傷を刻まれた。
(庇われた? かんけーないね……!)
羽を一瞬畳んで瞬速落下から膝を折り、着地と同時に前方に跳ぶ。黒躰の足元腹下をくぐるように滑り込みながらの連撃は、鮮やかなる猪鹿蝶。
――そんなもらいものの力なんてなくたって戦えるんだ!
見せてあげるよ、そう叫ぶように死線に踊るは『爆速啾鬼四郎片喰』。使い手剣豪一族四代を仇成す郎党諸共に根絶やした大太刀だ。
「逃げるなあ!」
「いやですよ!」
梓睿はアダマン君を盾にて悪びれない。
「俺もね、やっぱ追いかけられるより追いかけたいっていうか。狙うなら救助班だと思ったんですよねえ。すいませんねえ」
梓睿が放った炎剣がイチゴを狙う。それが届くより先に軌道に割り込み庇ったのは、ラサの風を感じさせる華麗なるミルヴィ、散々梓睿を追いかけまわしていた疾き使い手だ。夜紺の眼差しが強い意志に煌めいた。
「アンタ、何やってんのさ!?」
奮うは黎明冠る曲刀イシュラーク。一目で誰にでもわかる練度の鮮やかな軌跡で。
「いや、それが鬼事は終いのようで」
「オーケー、じゃあ腰を据えてお仕置きしてあげましょうか」
(やれ、ただでさえ一筋縄じゃ行かない土地だってのに、こんなややこしい連中まで出てくるなんて、ねえ)
ミルヴィと共に距離を詰めるのは、『風と共に』ゼファー(p3p007625)。ひとふりの槍をくるりと廻して挑発する声は涼風に似て。
「がきんちょの悪戯にしちゃあ、ちょいとやりすぎね? 火遊びはしちゃいけませんってママに習わなかったかしら!」
『がきんちょ』は心配そうな顔をして、「俺ががきんちょならアンタは何――いや、レディに言っちゃいけませんな……お姉様とでも呼んどきますか!」と尤もらしく紳士面をしたのであった。
放った鳥が羽を広げて、悠々と飛んでいる。集落全体を俯瞰するマルク・シリング(p3p001309)がユーフォニーの報せを聞いて駆けつけ、歪曲のテスタメントをアダマン君に撃ち込んだ。
「これ以上の被害は、僕が許さない」
全ての命を、救おう。
護る為に傷を負う覚悟は、とうに出来ている。
「これ以上はさせないよ。僕達が相手になる」
救助班へと手を振れば、足が止まっていた彼らが行動を再開する。一番大事なのは、彼らの仕事だ。マルクは自分たち抑え班が裏方なのだと確りわかっていた。
幻想福音で傷を癒されつつ、ミルヴィがアダマン君を抑える。マルクが指輪を敵に向けて、魔力ブロックを放てば黒煙の視界に幾筋もの流星が踊るようだった。
「ここからは、自由にはさせない!」
星辰の黎明イシュラーク、黄金の暁ファル・カマル、双曲刀が地上に月を招聘したように軌跡を描き、蠱惑的な脚が軽快華麗に舞踏めいたステップを踏んで、剣戟音は強き心と悲しき嘆きを共鳴させて訴えかけるような烈しさがある。
「ヒュウ! お強い!」
梓睿が唇に手を当てて投げキッスを贈っている。ついでに炎波を走らせているあたりが有害極まりないわね、とゼファーが眉を寄せて踏み込んだ。
「理解出来ないわね。元の自分もありながら、こうも好き放題出来るだなんて。尤も。其の気持ちを理解しようとも思いませんけど、ねえ!」
ゼファーが語り掛けるのは、気を惹くため。洗練された無駄のない刺突は風を裂き、リーチ差を埋めさせぬとわからせるように廻して剣閃を弾き、優位を保つ。
「俺は理解してなんて頼んでませんよ、と!」
梓睿は飄々として後ろへ跳ぶ。
(ぞっとするわね、自分でない自分に作り替えられるだなんて)
敵はどんどん退いていく。暖簾に腕押しといった感覚――炎波が返されて、ゼファーは眩い視界に目を凝らした。
(殺すしか手がないって? 其れは結構。そういうのだけは得意ですからね――優しい子達に手を汚させるまでもないわよ)
「火力自慢の割に、狙うのは弱い村人ばかり。怖いんだね、本当に強い敵と戦うのが」
マルクの静かな挑発に梓睿がからりと笑う。
「おお、怖い、怖いっ、名うてのイレギュラーズが8人もいて、俺は内心ぷるぷる震えておりますとも!」
魔力がふわりと収束する。閃熱波の気配。
「俺は貴方達と違って、強い敵を倒すために来てるわけじゃないんですがね」
常人であれば死を覚悟せずにいられない圧を放ちながら、マルクの温厚な瞳が殺意に煌めく。声は鋭利な刃に似た。
「姿形と記憶を引き継いだだけの、まるでネクロマンシーだ。彼女の故郷への想い、両親や隣人への想いを、これ以上冒涜はさせない。終わりにしよう」
梓睿は眉をあげた。
「いやいや、俺の妹には手を出させませんよ――俺はね、大切な家族を守るためにこうしてるんで」
「助けます! 今行きます!」
炎をものともせず、炎の壁を難なく越えてイチゴがまた一人を助け出す。
「助かった人がいっぱいいるんです!」
避難所があるんです、そう言って笑う顔には火勢への恐れも怯みも全くない。
「ボクらは命を刈りにきたんじゃない、命を救いにきたのさ」
たぶんね。
ユイユはからりと笑って避難所を守りながら怪我人へと治癒を施した。
マルクのワールドリンカーが魔力弾を立方体の型にて空間をひた走る。アダマン君は巨体を懸命に動かして防御に徹した。
「負担かけてすいませんが、もうちっと守ってくださいね!」
敵は退きながら剣を振る。イレギュラーズではなく、家に向けて炎波を放ち。
「そうら、もっと怒って俺に群がって来なさいよ、と」
「正直アタシが甘かったよ……!」
ミルヴィが夜紺を昂りに染めつつ敵に切っ先を向けていた。
「蟻帝種なんて言っても残酷な生命サイクルの一環で、それを罰するのは傲慢とも思ってた。でも梓睿、アンタは本当に別人なんだね……」
殺意は夜に踊り、剣線は斬月を描く。
「アンタと会ったのは初めてだけど友達と笑い、家族と過ごした大切な場所をアンタは無邪気に焼き尽くそうとしている……元の梓睿の魂がどこにいったのか分からないけれどアンタはここで、斬る!」
「魂はここにありますがね」
鬼事を再開したように梓睿が逃げていく。アダマン君がぼろぼろの体を引きずるようにしながら、その退路を守って崩れ落ちた。
「ああっ、アダマン君! 俺達、一緒に逃げるんですよ!? 立ってください!?」
悲しげな声が未練に揺れる。束の間、敵が視線を交差させて、今生の別れに梓睿が声を震わせた。
「……俺をここまで守ってくれてありがとう、親友!」
「蟻帝種に成ると、貴方と仲良くなれたらっていう想いすら、唯の知識になってしまうのでしょうね……」
民を庇い、救い続けたイチゴが限界を越えて立ち上がる。
「今回の行いは誰の為にもならない。唯、恨み辛みを重ねてるだけ……」
そうですねえ、と敵が頷く。
「でも、成ってみたら知識じゃなくて自我になりますよ。俺はそうかな」
妹はどうかな、そう少しだけ気遣わし気に呟いて、兄の顔をしたそれが故郷を見渡す。
「恨み辛み……妹が被るそれを、少しでも多くこの兄が頂く。自己満足ってやつでして」
だって、あいつは俺の隣で生きているんですよ? そう愛し気に微笑むのだ。
同じ台詞をぴたりと合わせるのは、その心を読んだように。
「「この身がどれだけ傷ついたって良い!」」
――俺たちは気が合いますねと、笑う声が遠くなるから、イチゴは揺れる瞳で彼が消えた方角を睨んだ。
「そろそろ妹を迎えにいかなきゃ。俺、兄なんで」
(……仲良くなれる道が欲しいって思っちゃ駄目なのに)
●終幕
惨劇の過ぎた集落に、美味しそうな匂いがたちのぼる。
「スープができたぞ、諸君」
混沌卿がおたまを手に呼びかければ、民は食欲を思い出してそろそろと顔をあげ、人心地を取り戻していくようだった。
「……色々なくなっちゃったけど、君が無事で、故郷も在るなら、きっと大丈夫だよ。ね?」「燃えちゃった家は悲しいけどまた立てよう! わたしも手伝うよ!」
ユイユとユウェルが人々を励ます華やかな声は焼け跡の集落の空気を明るく優しくあたためるようで希望の象徴めいていて、印象的で――人々は決してその日の彼らを忘れまいと思うのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
いつもお世話になっております、透明空気です。
今回は覇竜全体、そして壱花GMとの合わせシナリオとなります。
壱花GM側と透明空気側と、同じタイミングで事件が起きているため、どちらかにしか参加できませんのでご注意下さい。
●目的
蟻帝種『梓睿』から集落を守る。
集落の民を避難誘導したり、守ってあげてくださいね!
●フィールド
亜竜集落『フラーテル』内での戦闘になります。襲撃してきたふたりの『蟻帝種』の姿を見て、集落の人々は非常に困惑しています。
フラーテル内は火が放たれて炎上中、ふたりの兄妹『蟻帝種』が襲撃を仕掛けています。
妹『蟻帝種』梓萱(ズーシュエン)については壱花GMのチームが対応してくださるので、こちらの皆さんは蟻帝種『梓睿』から集落を守るお仕事を担当してください。集落の民を避難誘導したり、守ってあげてくださいね!
・炎上中!
・痩せたひょろひょろ木々
・みんなの大切な民家
・服とか下着とかいろいろ洗濯物
・みんなで育てている畑
・逃げ惑っている民、こんな方々
・けほんけほん、病気の人
・しょんぼりお爺さんお婆さん
・集落をまもるぞってやる気のあるけど何したらいいかなってなってる若者
・安全な場所はどこ? って慌ててるママさんたちと子どもたち
・にゃー、しゃぎゃー、なドラネコちゃんたち
●敵
・『蟻帝種』梓睿(ズーイー)
元フラーテル住民で、梓萱(ズーシュエン)とは元兄妹。『帝化処置』を受けて別人となるも『本人の知識』を受け継いでいるため、一緒に蟻帝種となった梓萱のことを妹と認識しています。
炎の力を操り、得物は剣です。元の梓睿の時よりも何倍も強くなっています。
・アダマンアント「アダマン君」
滅茶苦茶硬い外骨格のアリ(全長2m)です。基本は顎による攻撃と酸攻撃。あと、梓睿が変な事を言っても「そうだね」って雰囲気を醸し出して頷いてくれるという特殊技能があり、「こいつ気が合うな!」ってなった梓睿は「アダマン君」と名前をつけてフレンド認定しています。
※蟻帝種
誘拐された亜竜種が『帝化処置』を受けた結果生まれた存在です。
蟻帝種となった亜竜種が『何かの拍子に元に戻る』なんてことはありません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。
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