PandoraPartyProject

シナリオ詳細

大火延々。或いは、ごく当たり前の凶行…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●大火延々
 木造家屋はよく燃えるのだ。
 そして空気の乾く冬の季節は、火の回りも早くなる。
 ところは豊穣。
 とある平野の商人街。
 堀で囲まれた小さな街の西外れにそれは突然現れた。
 はじめに小火を発見したのは、サラシナという武芸者だった。
 黒衣、黒髪、鍛えられた長身に長巻という長大な刀を担いだ女だ。
「何やってんだ、あんた」
 商人街の外れにある貧乏長屋の裏手にて、素振りに勤しむサラシナの前に不審な男が現れた。
 黒い僧衣を纏った坊主だ。
 その背には、赤々と燃える炎の翼を背負っている。
 飛び散る火の粉が、長屋の裏に積み上げられた薪を燃やした。
 ごう、と火の手はあっという間に長屋を焼いて、そこかしこから悲鳴が聞こえる。
 業火を背にしたサラシナは、長巻を振り上げ坊主へ問うた。
「……もう1度聞くが、何やってんだ?」
 淡々と。
 けれど、その瞳には激しい怒りの感情が浮かぶ。
 燃やされた長屋には、サラシナの蓄えや食料、着替えの類があったのだ。しかし、それは既に燃え尽き炭になった頃だろう。
 女だてらに武芸の道を歩む彼女の財は少ない。
 それを焼かれたとなれば、怒り心頭となるのも止む無しといったところか。
「拙僧、火前坊と申す。そしてあちらは宗玄火」
 すい、と坊主が指差す先には井戸の手前に浮かぶ生首。
 炎の総髪を靡かせながら、火消しのために井戸へと駆け寄る貧乏長屋の住人たちを襲っているのだ。
「我ら、記憶も何もかもを失い彷徨い歩く身であるが……ただ1つだけ、覚えていることがある」
「あんたの身の上話には微塵の興味もありゃしねぇよ。いいからさっさと質問に答えろ」
 火前坊、そして宗玄火。
 ともに“妖”であることは間違いない。
 それも、業火を操る強い妖だ。
 油断なく長巻を構えたまま、サラシナは火前坊の様子を伺う。
「火事についてはすまなんだ。拙僧らは“そういうもの”である故、どうしようもないのである」
 深く首を垂れた坊主から、悪意の気配は感じられない。
 ただ、そこにいるだけで、彼らは火事を起こすのだ。
 そこに何かの感情が伴うことは無い。
 街や人が焼けようと、罪悪感を覚えることも無い。
 彼らにとっては、それが当たり前だから。
 そういう性質の“妖”だから。
 ただ、1つだけ……彼らは叶えたい望みがあって、サラシナの前に現れた。
 その結果が、大火事というのだから迷惑な話だ。
「拙僧らは往生したいのだ」
 ポツリ、と。
 零したその一言に、サラシナは目を丸くする。
「けれど憎いのだ。生ある者が憎いのだ。だからこうして、武人の前に現れるのだ」
 ごう、と坊主の身体が燃えた。
 吹き付ける熱波と業火の渦が、サラシナに叩きつけられる。

 火傷を負って、燃える長屋に叩きつけられ……崩れ落ちる焼けた柱に押しつぶされて。
 大怪我を負ったサラシナは、しかし這う這うの体で瓦礫から抜け出した。
 油断した。
 直前まで、一応とはいえ会話をしていた相手からあぁも突然、攻撃を受けるとは思わなかった。
 両腕にはひどい火傷。
 瓦礫に押しつぶされた右脚は骨折している。
 辺り一面、火の海だ。
 このままでは、そう遠からず炎に巻かれて命を落とすことだろう。
 満身創痍といった様のサラシナを見て、坊主は落胆の溜め息を零す。
「叶わぬか。また、往生は叶わぬか。しかし、お主には感謝している。憎いがしかし、感謝している。ゆえに……」
 せめて苦しんで逝くがいい。
 そう言い残して、火前坊は立ち去った。
 業火の中に、サラシナ1人を置いたまま。

●火消狂奔
 火前坊と宗玄火の討伐。
 以上が今回、イレギュラーズに与えられた任務であった。
「討伐対象となる妖は2体と少ないが決して油断できる状態ではない」
 そういって『黒猫の』ショウ(p3n000005)は街の地図を机に広げた。
 平野の真ん中にある、堀で囲まれた街の地図だ。
 街を十字に横切る大通りと、通り沿いに並ぶ数多の店。その他の場所は倉庫や住居。
 そして西側……火事の起きた現場付近は日雇い労働者たちの住む貧乏長屋が建っている。
 長屋で起きた火事は次第に勢いを増して、いずれは街を業火に包むことだろう。
「街の住人たちは既に避難を開始している。だが、街の周囲は堀に囲まれているからな……逃げ遅れた者もきっと多いはずだ。中には煙を吸って【窒息】している者もいるだろう」
 盗賊などの襲撃を防ぐための堀が裏目に出た形である。
 また全部で4つしかない街への出入口には、今頃人が殺到しているはずだ。今の状況で徒歩で街へ入るには、相応の時間がかかることが予想される。
「それから妖たちの起こした火には【火炎】。本体たちの攻撃には【炎獄】【魔凶】が付与されるな。まったく、放っておけば、あっという間に辺り一面火の海だ」
 堀や井戸から水を引ければ、消火活動も可能だろう。
 とはいえ、混乱状態にある住人たちが自発的に消火活動を開始するとは思えない。
「それから、貧乏長屋周辺はとくに火炎が勢いが強い」
 サラシナを初め、怪我人は相当な数いるはずだ。
 任務の内容に住人の安全確保は含まれていないが、イレギュラーズの中にはそれを見殺しに出来ない者も多いだろう。
「あまりに大勢死なれた寝覚めも悪くなるだろう。まぁ、よしなにやってくれ」
 と、そう言って。
 ショウは一行を送り出す。

GMコメント

●ミッション
火前坊と宗玄火の討伐

●ターゲット
・火前坊(妖)×1
炎の翼を備えた坊主。
微妙に会話が成立しているか怪しいが、一応話をすることは可能のようだ。
“そういうものだから”という理由で、火前坊と宗玄火は街に火を放ったらしい。
生者が憎い、誰かに討伐してほしい……2体の妖は以上の共通した思考と願いを持っているらしい。

焼身:神中範に大ダメージ、炎獄、飛
 業火の波を前方へと放つ攻撃。

・宗玄火(妖)×1
炎に包まれた男の生首、といった姿の妖。
火前坊と比べると活動的で、あちらこちらへ飛び回りながら火炎を撒いているようだ。
会話が成立するかは不明。
自主的に火前坊から遠くへ離れることはしないようだ。

怪火:物近単に大ダメージ、炎獄、魔凶
 その身を火球へ変えての突貫。

●フィールド
豊穣。とある平野の真ん中にある商人の街。
出入口は東西南北の4か所しかない。
出入口には避難する人が殺到している。
街の周囲は堀に囲まれている。
火事は街の西側で発生。現在は中央付近にまで火の手が及んでいる。
十字の大通りを中心に造られた街である。通りの端から端まで、直線距離で1~1.5キロほど。
火事の発生現場である西側には、相当数の怪我人がいる模様。
炎で焼かれれば【火炎】、立ち込める煙を吸い込めば【窒息】が付与される。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 大火延々。或いは、ごく当たり前の凶行…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年04月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

すずな(p3p005307)
信ず刄
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
シャールカーニ・レーカ(p3p010392)
緋夜の魔竜
ケルツェ(p3p010419)
小さな灯火
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者
スティール・ダンソン(p3p010567)
荒野の蜃気楼

リプレイ

●怪火
 平野の真ん中。
 堀で囲まれた街がある。
 どこの領地にも属さない“完全中立”を謳った商人たちの街である。
 当然、庇護を受けることも叶わず……野盗や獣、魔物、妖の襲撃から街を守るために、周囲を掘と塀で囲んでいる街だ。
 街の西側、青い空に濛々とたなびく黒煙と、遠くにいても鼻腔に届く焦げた匂い。
 火事が起きていることは一目瞭然。
 否、例え火の手や煙が視認できずとも、およその人はそれに気が付くことだろう。
 そして、辺りを塀と堀で囲んでいるという立地と、木造建築の家屋ばかりという文化が火事の脅威に拍車をかけた。
 街の東西南北に、都合4つの出入り口には、住人たちが殺到している。
 押し合い圧し合いしながら外を目指す住人、商人たちを一体誰が責められるだろう。誰だって、自分の命は大切だ。
 単なる火事なら協力してでも消せばいいが、今回ばかりはそうもいかない。
 火事を起こした原因が、火前坊と宗玄火という妖であることは既に知れ渡っている。
「そこを退け!」
「俺を逃がせ! 俺が死んだら商会が終わっちまう!」
「よその商会なんぞより、自分の命が大切だ!」
「いい大人がみっともない! 子供だけでも先に通してやれんのか!」
 喧々囂々、怒声が響く。
 どこかで子供の泣く声がした。
 しかし、肝心の子供の姿は見当たらない。門へ殺到する人混みに、すっかり飲まれているのだろう。
 と、その時だ。
 遠くで何かが倒れる音が鳴り響き、地面が激しく揺れたのは。
 きっとどこかで、家屋が燃え落ちたのだろう。
 火炎の熱は、もはや街のどこにいてでも感じ取れる気さえしている。
「あーあ、こりゃひでぇや。消火活動どころじゃないぞ」
 なんて。
 騒乱に目を細めながら、そう呟いたガンマンが1人。
 人の流れに逆らって、門へ向かって歩く『夕陽のガンマン(少年)』スティール・ダンソン(p3p010567)をすれ違う者は訝し気に一瞥していく。
 彼の服装は、豊穣においてあまり見かけることのないものだったから。
 門の近くでスティールは、腰のホルスターから拳銃を抜いた。近くにいた者たちが、ぎょっと目を見開くのも構わず、彼はそれを空へ向け……。
 引き金に指をかけたのだった。

 銃声が1つ、2つ……続けざまに鳴り響く。
 火薬の爆ぜる音を背に、空を走る者たちがいた。
「目指すべきは火が上がった西側……いえ、中央付近にまで火の手が及んでいるし、向かうべきは中央ね」
「今回はスピード勝負。もたもたしている暇は無いよ」
 赤い髪を風に躍らせ『炎の剣』朱華(p3p010458)が街の中央目指して飛んだ。その後に続く『小さな灯火』ケルツェ(p3p010419)は、途中で地面に降り立つと今まさに焼け落ちんとしている家屋へ駆け込んでいく。
「んじゃ。そっちは任せてちょっくら行ってくるわぁ」
 地上へ降りた2人を横目に『雪風』ゼファー(p3p007625)は、西の方へと跳んでいく。

 街の西側。
 妖たちが初めに現れ、火を着けた場所だ。
 当然、火災による被害はもっとも大きく、そして逃げ遅れた者、怪我をした者の数も膨大である。
「くそ! 誰か手を貸してくれ! ガキが柱の下敷きになってる!」
 そう叫んだ黒衣の女性は、どうやら武芸者のようだ。
 全身に火傷や裂傷、打撲を負った彼女……サラシナは、燃える柱に手をかけながら道行く者へ手あたり次第に声をかける。
 けれど、先にも述べた通り、誰だって自分の命が一等大事なものなのだ。
 逃げ遅れ、炎に巻かれることを恐れてサラシナの助けを無視したとしても、それを責めるつもりは無い。
「あぁ、ちくしょう! 火の手がそこまで! おい、誰か手を貸せって言ってんだろ!」
 慌てたとこで意味は無い。
 悪態を吐いても火の手は決して止まらない。
 けれど、しかし……。
「声は届いた。手を貸そう」
「さぁ、急いで! 時間はありませんよ!」
 赤い目をした小柄な女と、紫の髪を後ろで結わえた義手の女性が、サラシナの左右へと並ぶ。
「……助かる。ところで、あんたらは?」
「こちら、イレギュラーズだ。ここはこれ以上の延焼はしない。また、仲間が元凶の排除へ向かっている。どうか、落ち着いて指示に従ってほしい」
「豊穣で火災、苦い思いが頭を過りますが……いえ。今はそれはいいですね」
 サラシナに手を貸したのは『ベンデグースの赤竜』シャールカーニ・レーカ(p3p010392)と『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)の2人である。
 女性ばかりとはいえ、3人も揃えば柱の1本程度を持ち上げることは容易だろう。
 脚を怪我して、気絶している幼い子供を瓦礫の山から引き摺り出して、レーカは業火の中へと足を向けた。
「おい、あんた何する気だ? 燃えちまうぞ?」
「こう見えても赤竜だからな、火の手に巻かれても平気だ」
 ふん、とひとつ鼻で笑ったレーカは、火炎の中へと姿を消した。逃げ遅れた者がいないか、確認しに行ったのだろう。
 レーカが結界を張っているのか、家屋への延焼は一時的に止まったようだ。
「…………本当に行っちまった。なぁ」
 子供を腕に抱えたまま、サラシナは正純を振り返った。業火と彼女を交互に見やるサラシナへ、正純は待ったと手の平を向ける。
「いえ、私は普通に燃えますので」
 
 屋根から屋根へと飛び移る様は、まるで猿かムササビか。
 銀の髪を靡かせながら、繰り出された槍の一撃。
「町一つ焼き払ったって、何の得も無いでしょうに……だってのに、そうしているんだもの」
 金属同士のぶつかる音が鳴り響く。
 赤く燃える瞳でゼファーをまっすぐ見据え、僧服姿の妖は静かに1つ、言葉を吐いた。
「拙僧、そのような存在なれば」
「嗚呼。ただ本気でタチの悪いヤツが相手。ってことだわ?」
 ならば遠慮は不要だろう。
 相手は街に大火を放った妖だ。おまけになぜか、誰かに討たれて果てることを望んでいると来たものだ。
 ごう、と僧侶の身体が燃えた。
 吹き付ける炎がゼファーの頬に火傷を残す。
 けれど、火炎はそれ以上ゼファーを焼くことはない。降り注ぐ淡い燐光が、ゼファーの身を焼く炎を掻き消したからだ。
「そういうもの、ってあり方は厄介ね。それが妖という生き物なのかもしれないけれど、人々の害になるなら討つまでよ」
 ジェットパックの白煙を靡かせ、地上へ降下する少女。赤い髪をした彼女の名前は『決死行の立役者』ルチア・アフラニア(p3p006865)。手にした本の頁を捲り、次に備えて口の中で呪文を唱えた。
 だが、しかし……突如として、火炎の中より飛び出して来た業火の球がルチアの脇へと殴打をかます。
 一瞬、呼吸が止まったルチアの身体が地に落ちた。
 地面を数度跳ねながら、燃える瓦礫へ突っ込んで行く彼女を追って、業火の球が空を舞う。
 否、それは燃える人の頭だ。
「生ある者には分かるまい」
 すべてを諦めたかのように。
 無感情な言葉を零した燃える頭……宗玄火。けれど、次なる攻撃がルチアへ届くことは無かった。
「何故そうなったのか、気になる所ではありますが……」
 炎のうちより飛び出した『忠犬』すずな(p3p005307)が刀を振るう。
「いち武人として、介錯仕りましょう……!」
 一閃。
 まっすぐ、速く、振り下ろされた斬撃が宗玄火の眉間を深く斬り裂いた。

●火炎轟々
 銃声が鳴った。
 人々の視線が、次第に1か所へと集まっていく。
 門の前に立ちはだかったスティールは、手近なところにいた商人の肩を掴んで声を張る。
「少しは落ち着け! 水を引ける場所を知っている者は?」
 商人は、困惑した様子で街を囲む堀を指さす。
「街の真ん中に水が湧いてる。生活用水として街全体に引いてるし、堀にも流してるが」
「OK、上等だ。ホースが無ければ、バケツでも良い。リレー式で水を運び、火事を食い止めろ」
「……はぁ?」
「下敷きになっているものもいるかもしれん。消火が早ければ助けられるかもしれんぞ?」
 商人の男を引き摺りながら、スティールは街へ向かって進む。
 堂々としたその様に気圧されたのか、人混みは自然と2つに割れた。
「何を言っているんだ、お主は?」
「分からねぇかな。お前たちの家財を守りたいのなら、お前たち自身で守れ、ってことだよ」
 それだけ言って、スティールは商人の肩から手を伸ばす。
 人混みの中に開いた道を、ただ前だけを見て進む。そんな彼の姿に、いったい何を思ったか……1人、また1人と、人混みの中からスティールに続く者たちが現れるのだった。

 住人による消火活動が始まった。
 1人では業火を消すのに手が足りない。
 人の救助まで手が回らない。
 けれど、10人、100人ならどうだ。
「大丈夫、安心して。私たち……神使がなんとかして見せるから」
 スティール率いる住人たちが、井戸や水路から水を汲んでは家屋にかける。
 そうして救助された怪我人は、ケルツェや正純が安全な場所へ誘導する。役割分担をしっかりとして、それぞれが為すべきことを成せば、火事を止めるのも容易いだろう。
「さて、この辺りの消火と避難は終わりでしょうか?」
「うん。そろそろ元凶の討伐に合流しなきゃ」
 焼け焦げた家屋に視線を向けて、ケルツェと正純は言葉を交わす。
 それから、2人は視線を西へ向け……。
「……え?」
 空へ向かって跳び上がる、燃える男の首を見た。

 宗玄火の突進を、朱華は両手の剣で防いだ。
 けれど、突進の勢いは弱まらない。
 その様を見た住人たちが、恐怖の悲鳴を次々あげた。
「妖達は朱華達が何とかするわ!」
 住人たちへ言葉を投げて、朱華は両手の剣を薙ぐ。
 宗玄火の顔に十字の傷が刻まれた。
 妖ゆえか、それとも既に死者なのか。血の代わりに傷口から噴き出したのは、赤々とした炎であった。
 宗玄火が朱華の胸部に衝突し、ミシと骨の軋む音を鳴らす。
 口から血を吐く朱華と共に、宗玄火はまだ燃えていない民家の屋根へと落下した。

 業火の波がゼファーの身を飲み込んだ。
 地面は焼け焦げ、瓦礫はあっという間に炭と化す。
「炎はすべてを焼き尽くす。あぁ、人の罪もすべて」
「失火ならともかく、それをわかっていながら放火するなんて……許すわけにはいかないわね」
 そう呟いたルチアは腕を前へ翳した。
 片手に持った書物の頁がパラパラと捲れ、辺りに燐光が瞬いた。
 それと同時に、業火の中から燃えるゼファーが転がり出て来る。炎に巻かれ、声にならない悲鳴をあげながらも、槍を手放していないのは流石というべきか。
「……ひどいことをするわね」
 ひらり、とルチアが腕を振る。
 蛍のように燐光が舞って、ゼファーを燃やす炎を消した。
 肩を激しく上下させながら、ゼファーがよろりと立ち上がる。
「火遊びするなら水辺だけにしとけってママに教わらなかったかしら? あーあー、お陰でバカみたいに燃えてんじゃないの」
 辺りを包む業火を見やってゼファーは告げた。
 槍をひと薙ぎして、近くの火炎を風圧で掻き消す。
「……来るか」
「当っ然!」
 火前坊が杓を構えるのと、ザファーが地面を蹴り跳ばすのはほぼ同時。
 槍と杓とが打ち合って、熱を孕んだ衝撃が散った。

 蝙蝠のそれに似た羽を、レーカは大きく上下に振った。
 風が火炎を押し退けて、業火の中に焼けた道を作り出す。
 右脇に少年、左脇に女性を抱えたまま、レーカは業火の中を抜けた。
「レーカさん!?」
 表の通りに出たところで、レーカの姿を見つけたケルツェが駆け寄って来る。
 片手に下げた白いバッグは、医薬品や包帯が詰め込まれているはずだ。
「ケルツェか。ちょうどいいところにいたな。悪いが、彼女たちの治療を頼む」
「えぇ、それはもちろん。息はありますか?」
「彼女たちはどうにか……父親らしき男性は、手遅れだったが」
 手早く2人の治療を始めたケルツェを残し、レーカは再び火炎の中に引き返す。
 その後ろ姿を見送って、ケルツェは唇を噛み締めた。
「必ず救うわ。守るのが私の在り方だもの。救助と治療はもちろん……」
 街を燃やした妖たちを倒すことも、守護るためには必要だ。

 瓦礫を押し退け、燃える頭が飛翔する。
 それを追ってすずなが飛んだ。
 振るった刀が、宗玄火の後頭部を裂く。血の代わりに火炎が噴き出し、宗玄火は加速。空中で旋回し、すずなの腹部に体当たりをかます。
 服が焼け、内臓が熱に悲鳴をあげた。
 焦げ臭い血を吐きだして、すずなは空中で体勢を崩した。
 頬を伝う汗を拭う暇もないまま、歯を食いしばって再度の斬撃。
「あちこちを飛び回られるのは……やはり面倒ですね!」
 螺旋の軌跡を描くように、すずなと宗玄火は地上へと降下。
 互いに決め手を欠いたまま、しかし疲労とダメージばかりは蓄積していく。

 数十メートルほど先に、すずなと朱華の姿が見える。
 自由自在に宙を這いずる宗玄火に、少々手を焼いているようだ。
 手数のうえでは、2人が幾らか有利だろうか。
 しかし、空中戦では宗玄火の方が動きが速い。
 2人の放った斬撃を、ギリギリのところで宗玄火が回避する。
 頭だけの妖だが、その速度と回避能力は侮れないのだ。
「……壁に縫いつけてみても良いかもしれませんね」
 ひとつ、言葉を吐き出して。
 正純は弓に矢を番える。
 キリリ、と弦が張り詰めて……刹那、正純の意識からすべての音が消え去った。
 呼吸を止めて、静寂の中、意識のすべてを遥か先の獲物へ注ぐ。
 燃える家屋から回った火が、正純の脚を焼いているが、彼女はそれに気付いていないようだった。
 極限まで、研ぎ澄まされた集中は、たった1本の矢を必殺のそれへと変える。
 ひゅん、と。
 ただ、矢尻から指を離すだけ。
 たったそれだけの動作で、致命の1矢が放たれた。

●その在り方
 業火を纏った男の頭が、高速で宙を疾駆する。
 朱華の剣が、宗玄火の頬を裂く。
「っ……浅い!」
 舌打ちをひとつ。
 宗玄火は止まらない。
 ごう、とまるで爆発みたいに火炎を噴いて、宗玄火が加速する。
 次いで、衝撃。
「……っ!?」
「あっつ!」
 すずなの背と、朱華の胸で猛火が弾けた。
 まるで砲撃でも受けたかのような衝撃。熱波に煽られ、2人の身体が燃える家屋へ落ちていく。
 2人との距離を離した宗玄火は方向を転換。
 どうやら西へ……火前坊の元へと帰還しようとしているようだった。
 けれど、しかし……。
 タン、と。
 宗玄火の側頭部を、1本の矢が貫いた。
「ぐ……おぉおお!?」
 頭部を貫通した矢によって、宗玄火は街を囲む塀へと縫い付けられる。
 噴き出した業火が矢を焼き焦がす。
 塀に燃え移った火が、次第に規模を増していく。
 たった1本の矢では、ほんの僅かな時間稼ぎにしかならない。
 誰の目にもそれは明らかであった。
 だからこそ……。
 だからこそ、その一瞬の隙を逃すわけにはいかない。
「……望み通り、これで終わりだ」
 銃声。
 1発の弾丸が、宗玄火の眉間を穿つ。
「魂を燃やし尽くしたのなら、灰になって散りな」
 咥え煙草に紫煙を燻らせ、スティールは静かにそう告げた。

 業火の柱が天を突く。
 ケルツェは、遠く離れた場所からそれを見ていた。
 黒煙が空へと高く昇って、断続的に地面が揺れる。
 家屋の1つも倒壊したか。
「急いで終わらせて元凶の討伐に合流しなきゃ」
 火事の消火は進んでいるが、結局のところ火前坊を討たなければ危機は去らない。
 かといって、次々と運ばれてくる怪我人の治療を途中で投げ出すこともできないケルツェは、今も戦っているだろう仲間たちの身を案じるほか無いのであった。

 錫杖が、ゼファーの側頭部を打った。
 耳を押さえて、ゼファーが数歩、よろめいた。その隙を狙って、火前坊は攻撃対象を後衛のルチアへと変更。
 ごう、と扇状に放たれた業火がルチアを飲み込む。
「焼けるのは辛いだろう。拙僧もよく知っている。人々の為と、雨を請うて身を焼いたのでな」
 淡々と。
 けれど、どこか悲哀の滲む声音であった。
「雨が降ったか? それとも、降らなかっただろうか? 燃える拙僧らを前にして、皆は空を見上げていたよ。拙僧らのことなど、見てもいなかった」
 そうして、命を失う中で、火前坊は人に対する憎しみを抱いた。
 人々の為と、生贄になったはずなのに……気づけばそれは、恨みに変わった。
「苦界で生きるはもうたくさんだ。恨み辛みを抱いて生きるのは疲れた」
 だから往生させてくれ。
 そう言って、燐光を纏うルチアへと火前坊は手を伸ばし……。
「承った。その望みを叶える事はできよう。三途の川の渡し守の真似事にはなるが……六文銭は握ってきたか?」
 燃えるその手を、レーカが掴む。
 火前坊が火を噴くが、火炎がレーカを焼くことはない。
「そんなに往生したきゃぁ……」
 ゆらり、と。
 顔を血塗れにしたゼファーが再び立ち上がる。
 その身に纏う燐光は、ルチアの行使した回復術によるものか。
 顔を濡らす血を拭い、槍を構えたゼファーが走る。
「彼岸への船賃代わりに、此の一発をくれてやるわ!」
 火前坊が杓場を薙ぎ払うより速く。
 その首を、ゼファーの槍が貫いた。
 
「かたじけない」
 そう呟いて、火前坊は地面に伏した。
 肉も、骨も、あっという間に焼け焦げて。
 後に残るは灰ばかり。
 それもやがて、風に吹かれて飛んでいく。

成否

成功

MVP

スティール・ダンソン(p3p010567)
荒野の蜃気楼

状態異常

すずな(p3p005307)[重傷]
信ず刄
煉・朱華(p3p010458)[重傷]
未来を背負う者

あとがき

お疲れ様です。
火前坊と宗玄火の討伐は完了。
街人たちと協力し、火事の消火も終えました。
家屋や人命に幾らかの被害は出たものの、無事に平穏は取り戻されました。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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