シナリオ詳細
夜を齎す男、夜を否定する少女
オープニング
●
「――――――は、あ」
砂漠を、歩きます。
どこに居るかも分からない、だれが居るかも分からない。夜のようにまっくらなセカイの中を。
――折角『奴隷になれた』のに、どうしてそれを拒むんです?
思い出すのは、最後に見えた男の人の顔。
私たちの村を燃やして、みんなを殺して、残った少ない人たちを奴隷にした、わるいわるい男の人。
――貴方達は選ばれたのに!
――世界を救うイレギュラーズ、彼等より賜った金銭のお陰で、貴方達は今の立場を『享受できる』のに!
「そんなの、のぞんでいない」。
男の人に、私はそう言いました。
暴れて、叫んで。男の人と、その人を守る人たちに、何度もかみつきました。
……だから、「いらない」と。そう言われて。
私の目の前で、お父さんとお母さんは生きたまま燃やされました。
そうして泣きさけぶ私の両目を、焼けた鉄の棒が突き刺して。私はその場で捨てられました。
「う、――っ」
痛くて、痛くて、だけど私は、今も歩いています。
歩いて。歩いて。のどがかわいても、お腹が空いても。
それでも私は、最後に倒れて、死んでしまう瞬間まで、男の人が居る方向に向かって歩きつづけました。
……それは、『ふくしゅう』とか、『ほうふく』とか。
ハッキリとした、理由があるものじゃなくて。
「……かえ、して」
ただ、私は。
あの人にうばわれてしまった、私の村を。
村のみんなを、返してほしかっただけなのです。
●
「……それで、これは一体どう言う事でしょう?」
日中、新たな奴隷の『仕入れ』の帰り。
困惑する奴隷商人の目前には――何名かの特異運命座標達が立っていた。
「言わなきゃ分からないか? ラサ政府からの捕縛依頼だよ」
「その内容は?」
「『ラサ国内では奴隷の売買を認めているが、自国の民を理由なく奴隷にする行為は禁じられているため』だってさ」
「――そんな」
……今特異運命座標達と相対するこの奴隷商人は、嘗て幻想を拠点としていたものの、ある襲撃者から逃げ延びる形でラサに流れ着いたという背景を持つ。
それだけならば政府も、特異運命座標らも「よくある話」だと見逃しただろうが……この商人が逃げる際、『資産』として持ち込んだ奴隷を一人の特異運命座標が買い取った翌日から、彼は新たな奴隷を仕入れるべく小村への襲撃を続けていた。
非合法な傭兵を雇い、ラサが存在を知らなかった村々から死んだ者は数百名。其処から奴隷にした住民は百名足らず。
このあまりに短期の被害に対して、ラサ政府も断固とした対応を余儀なくされることとなる。
そうして、現在の状況。
政府側が出した依頼内容は一切間違っていないものの、実際のところこれは見せしめとしての意味合いが強い。
今回の件を機に、ラサとしても「幻想同様、法で禁じはしないがその文化に肯定的ではない」と言う意図を内外にアピールするため、今回の依頼を『ローレット』に出したというのが此度の背景と言えるだろう。
……だが、対する商人はそうした冒険者たちの言葉に淀みなく答える。
「理由などと、問うほどのものでしょうか?
あなた方がそれを認めてくださったからではないですか!」
「――――――何?」
「皆様が奴隷をお買い求めになった! 世界の救世主である皆様が!
であるならば、私の行いが正しいことは証明されたも同然でしょう?」
……仮に売れ残った場合『余計な事』をされないよう、以前この商人から買い取った奴隷たち。
その一件をここまで曲解するこの男に対して、特異運命座標らは早々に説得を諦めた。
この男は悪人では無かろう。実際ここまで性急な手段を取っているのは、「買い取ってくれた特異運命座標たちにもっと多くの、もっと良質な奴隷を届けてあげたい」と言う奉仕の心からくるものだと推察できる。
問題は、その思想、思考が余りにも手遅れになりすぎていることだった。
「……?」
最早刃を交えるのみ。そう判断した彼らの内、『死にながら息をする』百合草 瑠々(p3p010340)が言葉を漏らす。
「戦闘の音……?」
「ああ」
対する奴隷商人は、何ら焦った様子もなく言葉を続ける。
「『仕入れ』てきたものの、使い道がないため捨てた奴隷が魔種になったようでして。
ご安心ください、アレは幾らか奴隷に魔道具を投入して戦わせています。その内大人しくなるでしょう」
「――――――!!」
「……ウチらの敵を作っておきながら、その言いざまか」
なんの迷いもなく語る商人に対して他の面々が瞠目する中、瑠々は即座に得物を構えた。最早言葉は要らずと。
「……参りましたな。此方にもまだ言い分はあるんですが」
一先ず、落ち着いてもらうほか無いようだ。そう言って引き連れていた傭兵たちに戦闘態勢を取らせる商人。
「……ウチはやりたいようにやるさ。
だから、アンタも同じように好き勝手にやりな、あや――」
言いかけた瑠々が傍らに目を遣れば、其処に居たはずの仲間の一人は既に姿を消していて。
言うまでも無かったか。そう鼻を鳴らした彼女は、手にした赤旗を振るい始めた。
●
奪われたものは戻らない。亡くなった人は帰らない。
なら、私は全部をあきらめて、あのまま死んでしまうべきだったの?
……この世界のことを想うなら、それが正しかったのだろう。
両目を奪われて、夜のようにまっくらなこのセカイの中で、私はただ一人、死んでしまうべきだったのかもしれない。
――――――けれど。
私を『呼んだ』あの人は、言ったのだ。
「それでも、何一つ願わずに死ぬくらいなら、空っぽで生きる方がよっぽど良い」と。
「姐さん! 足技のダンナが居ない分壁役の数が足りてねえ、このままじゃ瓦解する!」
「『ソイツ』を吹き飛ばして距離を作りなさい! 立て直すまでは私が止める!」
――混沌を呈する戦場の只中で、一人の女性の声が聞こえる。
彼女と、それに付き従う男たちに襲い来るのは大勢の奴隷だった。理性なく獣のように飛び掛かる彼らの指には、例外なく非常に小さな装飾品を指に通していて。
「襲ってくる奴隷どもは……」
「不殺スキルで転がしときなさい! 手足の一本落ちても良い、殺すよりマシよ!」
そして何よりも、今女性と相対する一個の少女。
潰れているはずの両目、その片側に炎を灯した少女だった。昼日中に在りて数多の『星』を呼んでは女性たちを灼いていくその子供の表情は、虚ろの中に昏い自我を確かに孕んでいて。
「……悪いけどね、アンタに『質問』は無しよ。
私にアンタは救えない。アンタが何を願おうと、私はアンタを殺すことしか出来そうにない……!」
その表情に、女性は何かを諦めた様子で剣を振るう。
少女の側もまた、束ねた『星』を槍の形状にして剣を受け止める。
「――――――ッ!」
彼我の実力は単純に測れずとも、ことこの一瞬に於いては少女が打ち克った。
剣を横薙ぎに払い、空いた胴体を『星』が貫く。
……そのようになる筈であった、本来なら。
「クヒヒ! お困りのようですね、『奴隷殺し』さん?」
「ッ! イレギュラーズ……!」
けれど、その身を引っ張った『首輪フェチ』首塚 あやめ(p3p009048)によって……否。
「いれ、ぎゅらあず」
彼女を始めとした特異運命座標によって、戦闘は明確な転機を迎えることとなった。
「……きらい、きらい。村をやいた人。あの人が話してた人。
みんなきらい! みんなみんな――――――居なくなっちゃえばいい!」
或いは、更なる苦境へと。
- 夜を齎す男、夜を否定する少女完了
- GM名田辺正彦
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年03月22日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談5日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
「――――――あぁ」
意図も判らぬ声が聞こえた。
それは、きっと救いを求める声であった筈なのだ。
「あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
戦場に突如介入した特異運命座標達に対して、奴隷たちの動きは早かった。
粗末な衣服を纏ったのみの彼らは、明らかに正気を失くした瞳で彼らへと襲い掛かる。担う得物も防具も無く、ただ素手と食らいつく歯のみを以て。
けれど、
「……これを、ニルたちが起こしたなら」
陽光よりもなお眩く輝く光が、戦場総てを照らし尽くして。
「ニルたちが、止めなくちゃ」
神気閃光。邪悪を裁くと言われる光に、襲い掛かる獣たちはただ拉がされるのみ。
理性も無くただ近づき、攻撃するだけの奴隷たちに対して、『おかえりを言う為に』ニル(p3p009185)の初撃は明確に多くの数を巻き込むことに成功した、が。
「ああぁぁっ!!」
「っ!!」
負傷の程度が軽い。それを理解するより先に、その細腕を奴隷たちが幾人も食らい付いた。
防具の影響もあってその肉を食い千切られるということは無いが、それでも圧力は掛けられる。
痛みに顔をしかめるニルへと更なる数が襲い掛かり……しかしそれを、身を挺して止める者が居た。
「責任は、確かに己れの意志を奮い立たせる燃料にはなるけれど。
どうか気を付けなさい、幸福なコ。焚きつけ過ぎたそれは、軈てキミ自身の身も焼き尽くしかねない」
『闇之雲』武器商人(p3p001107)。平時と変わらぬ貼り付けたような笑みを崩さぬ旅人は、装備「に分類されるモノ」を励起させて自己の耐性を向上させていく。
『怪物』『獣』『ヒト』、自らの存在を確立させる定義――否、定理を以て仲間のダメージを請け負うその所作には僅かにも揺ぎ無く。
「………………。奴隷商」
そうして狂奔に身を窶し、攻手ばかりに気を散らした敵……正確には被害者たちへと、『紅霞の雪』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は驟雨を降らせる。
「ワタシが直接、アナタを裁くことは無いけれど。
その罪を償わせる。ワタシたちは、アナタを絶対捕まえる」
――雨にも見えたそれらは、目を凝らせば無数の妖精たちが舞い降りる姿であった。
悪戯好きの小人たちは、奴隷がそれを知覚するよりも早くその身に絡みついた。四肢を傷つけ、呪術で精神を眩ませる妖精たちに奴隷が膝を着く隙、フラーゴラは彼らの間を駆け抜けて一人の少女の元へと向かっていく。
「――あの魔種か」
「正確には違いますねえ。そしてその『些細な違い』から救うために、私たちは動いております」
動く獣種の少女の行く先を推測した女性……通称『奴隷殺し』の言葉に対して、『首輪フェチ』首塚 あやめ(p3p009048)は軽妙な調子で応える。
戦闘開始して間もない現在に於いて、現状は敵である奴隷たちの攻撃はニルや武器商人、フラーゴラだけに及んでいない。多すぎる数の彼らは必然と言った様子で『奴隷殺し』達にも及んでおり、それをあやめが盾代わりとなるべく接近している状態である。
「この事態を招いた一因は確かに私達の責任です。それは謝罪しましょう。
その上でお願いです……私達と共に奴隷達を救うのに協力してください」
「都合のいい……!」
「奴隷を救いたいという点では、私達と貴方達は共闘出来るはずです」
深々と頭を下げての言葉である。『奴隷殺し』達の敵意交じりの視線に対して、しかしあやめの確固たる意志は撓むことはない。
そして、それは彼女だけに留まらず。
「貴方達が俺たちに抱いている感情は理解できる。それでも今は目の前の彼らを救う事が最優先だろう!?」
叫び、あやめの言葉に続いたのは『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)だった。
手にした細剣を媒体に、接近する奴隷たちを吹き飛ばしながら足止めする彼には一寸の余裕も見られない。この混戦状態を見ればそれも道理ではあろうが。
相手方とて、このような問答に長々と時間を費やす暇など無いことを理解している。果たして『奴隷殺し』達はイズマらに背を向けて言った。
「共闘はしない。私たちはアンタに失望し、落胆している。それに助力する道理はない」
「………………」
「ただ、少なくとも。今この場でアンタ達と正面切って争うような無駄もしないわ」
勝手にしろ、と。
そうとだけ言った彼女に、あやめは前へと陣取って名乗り口上を上げ、一つ頷いたイズマはフラーゴラとは別方向から遥か先に居る少女へと接近を始める。
「――――――」
それを、俯瞰する者が居た。
先にも言った、イズマたちが近づきつつある少女である。魔種から賜った異能を介して戦場を眺める彼女は、それを怜悧な表情で見ながら言う。
「うるさい、うるさい、うるさい」
先まで自らを襲う奴隷たちが発していたような只の騒音ではない、意思を伴う声音。
それがどうしてもけたたましくて、くしゃりと表情を歪めた少女は頭を振りながら『星』を呼び、叫んだ。
「助けるのも、すくうのも。みんなみんなおそいのに。
うるさいだけの言葉なんて、無くなっちゃえば、いいんだ……!!」
我が悲憤を、どうか止めてくれるなと。
●
「どうやら、彼方も始まったようですね」
若干遠くの戦場から聞こえた轟音を耳にして、口を開いたのは『斬城剣』橋場・ステラ(p3p008617)。
その言葉から察する通り、既に彼女たちの元でも戦闘は始まっている。馬車に乗り込んだ奴隷商人とそれを護る多くの傭兵たち。特異運命座標達が交わした合数は向こうの戦場同様少なくとも、その脅威を理解するには十分なものであった。
(……重い、硬い、速い)
事前に情報屋が与えていた情報、傭兵同士による連携によって互いの能力を向上させる技巧はステラ達の想像以上だったと言えるだろう。攻め手は鋭く、守りは剛く、何より当てづらく当てられ易い。
「どうか、話を聞いてはいただけませんか?」
……対応に思慮する仲間たちへと、馬車の中から聞こえるのは奴隷商人の声である。
「皆様が気に入りそうな者を集めました。皆様が使い易い者を揃えました。
その崇高な役目の一助となる者たちを、これからも供給し続けましょう。ですのでどうか――」
「ほう、俺達を言い訳にして免罪としたわけか」
言葉を聞く道理はない。そう言わんばかりに声を被せたのは『帰ってきた放浪者』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)である。
事前に用意していた亜竜を駆って空を往く彼の言葉は、ともすれば天からの声にも見紛おう。尤も、此度相対する者たちはその天にすら武器を、術技を放つ者たちでもあるわけだが。
「だったらその俺達がとっ捕まえるという現実から見たら、今度の奴隷商は天下の小悪党になるってことだな!」
上空からのプラチナムインベルタ。片手にした大型拳銃が一発を百発に変えての連撃に、傭兵たちも舌打ちを返し、返す刀とばかりに反撃を行った。
「売れるなら、仕入れる。当然の帰結だった、か」
「今まで奴隷で食ってきた奴が、金貰ったら考える事なんて単純だ。
それ以上の奴隷を売り買いする。それしか知らないんだからな」
「別に責めてなんていねえよ?」そう言葉を続けたのは『血反吐塗れのプライド』百合草 瑠々(p3p010340)であり、それに俯き加減で言葉を受け止めたのは『金色の首領』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)だった。
此方の戦場を構築する中でのキーパーソンがこの二人であることは疑いようも無いだろう。敵方の攻撃を瑠々が誘引することで攻撃担当の動きを円滑化し、その彼女が傭兵たちの猛攻を前に即座に倒れぬよう癒すエクスマリアが交わす言葉は、軽く、そして重い。
「誰だってこうなるのが見えてたんだからな。
誰も止めなかった。誰も考えなかった。考えたくなかった。これはその結果だ」
「……そうだな。マリア達の詰めの甘さが招いた惨事、だ」
ならば、その責任を果たす術を。そう語る彼女ではあるが、戦況は決して芳しくない。
戦闘を開始して幾許かのうちにエクスマリアが看破したが、敵方はその内訳を比較的攻手に割いており、反対に援護や防御、妨害の人員は総じて多くはないのだ。
それは要するに、『その必要性が薄いから』という理由に収束される。連携によってそもそもの地力が底上げされる以上、彼らが受ける支援や飛ばす妨害は最低限でいいし、回復役に至ってはそれが必要とされる状況になるまでが長くかかる。
焦りを。感じ取ったわけでは無かろうが、戦況からある程度を読み取ったのか、奴隷商人の声が尚も戦場に響き始めた。
「……私は、ただ。
あなた方に喜んでいただこうと思っていただけなのです」
「その『お気遣い』に対する答えを聞かせてやるよ。こいつらを倒した後でな」
冷え切った鉄のような声音を、『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)が返した。
敵の回復役目掛けて撃ち込んだ弾丸は幾度目か。現時点に於いて未だ奏功するとは言い難いそれらを、しかし飛呂は決して止めることは無く。
「一応言っとくが、お前の『理由』に使った俺達から逃げるなよ。俺らの『理由』、聞かせてやるからさ」
一発。相手の身体が僅かに揺るぐ。
更に、二発。その身体が大きく傾いだ。
「それに今日の俺は……顔に出すのを止められないほど、機嫌が悪い」
膝を着いたその身体を狙撃銃のスコープ越しに覗く彼の言葉は、その弾丸同様、この戦場に『風穴』を空けんとしていた。
●
特異運命座標達の作戦は、何よりもまず先んじて『作戦目標を逃さないこと』であった。
最初の動きとしてバグルドが騎乗している亜竜を介して奴隷商人の居る馬車の元へと飛んで移動し、それが逃げられないよう罠を設置することで足を封じる。
それ以降の動きは至ってシンプルだ。瑠々は自身に攻撃を引き寄せ、エクスマリアが癒し、他のメンバーがそうして生まれた隙を突いて攻撃して数を減らしていくと言った流れである。
……問題は、その流れが彼らの予想を超えて遥かに遅々とし過ぎているということだ。
「ったく、延々鬱陶しい……!!」
物理と神秘、双方の無効耐性を自己に施し、更には状態異常への耐性と些少ながら自己回復までを有する瑠々がそう言葉を漏らす理由は、彼女の瘦身を濡らす夥しい量の血を見れば明らかであろう。
付与能力が解除されてから再度掛け直す。それまでの僅かな時間の間に受けるダメージだけで、瞬く間に瀕死の体を為す瑠々。それを寸でのところで癒すエクスマリアが居なければ、彼女は疾うに戦場から脱落することを余儀なくされていたことは想像に難くない。
そして、その直接の理由は。
「……削れていない」
少なくない気力が大きく消費されていくことを構いもせず、霊刀を介して癒術を行使するエクスマリアが零した言葉が、即ち全てである。
この戦場に於ける特異運命座標達の陥穽は二つ。狙う敵が散漫化していることと、その敵が脅威である理由への理解が足りていなかったことだ。
「ッ、また……!」
H・ブランディッシュを行使して敵前衛を薙ぎ払うステラが忌々しげな声を上げた先には、自身の行動を『連携』に消費する当の敵前衛の姿。
その『連携』が集約する先は、先ほど少数と語っていた敵後衛の回復役である。強化された癒術が戦場全体に拡散すれば、意気を取り戻した前衛型が次は回復型と入れ替わりに連携を解除し、再びの攻撃に移ることは考えるに容易い。
……敵が30名の集団であるということに思考を囚われていた。それがステラの感想である。
支援、妨害、回復、防御、攻撃。敵は各ターンごとにそれらの行動を一つに絞り、それ以外の人員を総て『連携』に充てる、言わば複数の行動パターンを持つ巨大な一個の敵と言うのが実際のところだったのだ。
こうした敵に対処する手段としては、「早急に解決すべきタスクを複数積むことで連携の比率を下げる」ことが重要とされていたわけだが……現状、それが比較的行なえているのは全体に状態異常をある程度バラ撒く瑠々を除いて皆無だ。
結果として、状況は純粋な火力での削り合いを要求されている。だがこれは先にも言った通り解決までに非常に多くの時間が要求され、それまでの間瑠々の体力とエクスマリアの気力が保つかは非常に怪しいと言わざるを得ない。
加えて、
「――――――っ、『夜』が」
遠方の戦場に展開された、「二度目の球形の闇」を見て、飛呂の表情がさらに強張る。
前衛で敵の妨害役や、時に攻撃役を攻め立てるステラとは違い、回復役を狙って範囲攻撃を届かせている彼らの方針も戦闘の長期化の一端となっている。ダメージの集中が図られていないために敵の回復役が動かず、結果として『連携』に回す手番が多くなっているためだ。
可能な限り早く戦場を畳み、あわよくば他班が動く戦場の援護に向かうことを考えていた特異運命座標達ではあるが、このままではその逆――向こうの仲間たちが自分たちの助力に来ることを待つ盤面になりかねない。
否、もしも向こうからやってくるのが、味方ではなく敵であるならば――
「……悪い冗談もいい所だ」
その『最悪の事態』を。言葉と共に否定するのはバクルド。
当初の作戦通り、馬車の付近に亜竜共々飛び降りた彼の『逃走防止』は成功したが、それ故に一人後方で孤立した彼への攻撃は苛烈なものだった。
撃ち込まれる魔法と弓。敵後衛からの夥しい攻撃にそのパンドラは既に消費されたものの、しかし彼の行動は変わらない。
即ち――攻めると言う、ただそれのみ。
それが範囲攻撃であろうと、単体攻撃であろうと。状態異常を施すものであろうと、逆に自らの身を癒し、より耐えるためのものであろうと。バクルドの行動は変わらない。
「よう、奴隷商人。馬車から出るんじゃねえぞ、お前さんのめでたい頭ごと吹き飛ぶからな」
「何故ですか? なぜあなた方は私の言葉を聞いて下さらない?
その身体を傷だらけにしてまで! あなた方が私の想いを汲んでくださるのなら、このような無駄な諍いは直ぐに収まると言うのに!」
「――無駄、ね」
今にも倒れんとするバクルドは、苦み走った笑みを浮かべる。嗚呼良かった。最早何の憂いも無いと。そう言わんばかりに。
「少なくとも、そう言い張るお前さんと分かり合うことは無い。俺から言えることはそれだけだよ」
……膝を屈することなく。その砂地に身体をどうと横たえるバクルドの攻勢は、確かに無駄ではなかった。
後方をたった一人で為した挟撃は、傭兵たちの前衛、後衛に少なくない被害をもたらした。それを敵の回復役がそれぞれ範囲回復で癒すにしても幾らかの時間が必要となる。
その間を特異運命座標らの猛攻が削り取れば、再び回復役が出張る必要性が出てくる。確かに傭兵たちは連携によってそのステータスを向上させているが、術を行使する気力と体力だけはその範疇からは当然外れている。
必然、回復役がその気力を枯渇させれば――今度こそ、先に攻め切った方が勝利と言う単純な結末のみだ。
「……ハ」
最終局面を迎えた矢先。瑠々が担う赤旗と共に頽れた。それを構わじと笑いながら。
況や、戦闘開始時点から現在まで術技を行使し続けたエクスマリアの気力も限界が近い。残されたのはステラと飛呂のみで、だが、それこそが。
「……確かに拙も奴隷を買い取り、助けた事はありますが」
ステラの一挙動を防ぐ幾本もの槍と剣。こうして見れば、なるほど彼らの個々の力量は然したるものではなく、それ故に寄せ集めが為した連携によってここまで自身が押されていることにステラは感嘆交じりの言葉を漏らす。
「それはそれ、です。
拙は別にあなた方のような人種を肯定した訳でも無ければ、寧ろ後で落し前をつけさせましたし?」
「……なんと。それでは」
元より『薄い』ステラの装甲は、瑠々と言う盾が尽きれば容易く切り裂かれる。
爆ぜるパンドラ。それを構いもせず、彼女は己の役目を、刃を振るうことを止めはしない。
「あなた方は――何のために私から奴隷を買い取ったのです?」
「……。そこからか」
冷えた鉄が、赤熱を始める。
侮蔑と軽蔑が故に、それまで奴隷商人に対して淡々たる態度で応じ続けていた飛呂の思考が、その言葉を受けて終ぞ爆発した。
「そこから、かよ……!!」
叩き込む銃弾。この戦場に於いては最も二次行動を絡めた飛呂は本依頼に於ける明確なダメージディーラーとなっており、回復役も尽きて傷を癒す手段の無くなった傭兵たちは、漸くその数を一人、二人と減らしていく。
そして、その最後の後押しとばかりに。
「マリア達はな、奴隷商人」
エクスマリアの霊刀が反射する陽光が、二つに分ける。
言わば、それは二つ目の恒星。その欠片を映し身から現実へと顕現させるのは、彼女が最後の気力を使い尽くして放つ――万物を砕く鉄の星。
「悲哀を、悲愴を、悲痛を、悲嘆を。
貴様たちが罪もない者たちに齎すそれらを、マリア達の手によって終わらせたかった。それだけだ」
戦場を、轟音と砂ぼこりが満たす。
その果てに、立っていた者は――――――
●
奴隷商人達を渦中とする戦場が終局を迎えんとしていたその時。
魔種になりかけた少女――『月喰み』を交える戦場もまた、終わりを迎えようとしていた。
「幸福なコ。向こうからの連絡は?」
「……分かりません。途絶えて、ます」
「……そうかい」
言葉を交わす武器商人とニルの足元には、既に数多くの奴隷たちが転がっている。それらは大半が生きてはいるものの――そうではない者もまた、少数ながら存在して。
特異運命座標達が考慮から外していた部分。『月喰み』が放つ、夜を伴う全体攻撃によって「既に不殺攻撃で戦闘不能となっていた奴隷たち」を保護する手段が講じられていなかった結果がこれを形作っていた。
唯一、奴隷たちを『月喰み』から庇い、回復することを方針に据えていたニルが臍を噛む。情報屋の少女は確かに、彼の少女が奴隷たちを攻撃対象に含めないなどとは言っていなかった。
同時に、それが理性ゆえの行いではないことも明らかであろう。最早戦場内に於ける奴隷たちの数は殆ど無いと言ってよく、残されたのは特異運命座標らと瀕死の『奴隷殺し』、そして『月喰み』のみ。
尤も、それはあくまで現状に於いてという話でもあった。
「……全く。あの奴隷商人もここまで愚かとは思いませんでしたねぇ」
相対する少女を生み出した元凶への恨みを零しつつ、満身創痍のあやめがそれでも笑い、防御の構えを取った。
「う、ううううぅぅぅ!!」
返ってくるのは、拳。『月喰み』の矮躯が繰り出す小さな拳はしかし、あやめの身体を拉がせ、並々ならぬ量の血を吐き出させる。
「……言っておくけど、私にアンタを助ける手段はないわよ」
「クヒヒ! お気になさらず。私が貴方がたを勝手に守っているだけですので!」
「守っている、ね……!」
言葉と共に。不殺属性の攻撃を放つ『奴隷殺し』ではあるが、その表情が息も絶え絶えであることは一目瞭然であった。
あやめの行動はその多くを『奴隷殺し』との共闘、またその盾となることに集約していたが……その肝心な「盾となる方法」に大きな齟齬が存在していた。
彼女は当初、奴隷たちを自分に引き付ける意図で名乗り口上をあげていたものの、元々が装身具によって同様の状態異常を保持している奴隷たちにとってはこれは利きが悪く、結果としてそれが唯一効き得る存在である『月喰み』の攻撃を寧ろ誘引してしまう結果となった。
それが本来の魔術媒体に因る攻撃ではなく、怒りに因る近接攻撃であったことは唯一の幸いだが……それとて成りかけでも魔種の一撃である。そうそう耐えられるような威力をしてはいない。
それに加え、戦闘が長期化しているのもあり、『月喰み』の最大火力である「星砕き」が二度も炸裂している。あやめは既にパンドラを消費し尚、一度自身の力のみで強引に死の淵から立ち上がってすら居る状況だった。
こうなった理由は分かり易い。特異運命座標らはその攻手に於いて控えめであったことが大きな理由である。
基本的に攻め手の役割を担ったのはイズマと、こと序盤に於いてのニルの二名。残る面々は奴隷たちの体力低下をトリガーとしているため、およそ70名も戦場全体に散らばっている奴隷たちに対して消極的な攻勢だったと言える。
ならば『月喰み』本人はどうかと言うと、彼女の目標は主に特異運命座標達に向けられており、更にあやめの攻撃誘導もあって奴隷たちに対して行う攻撃は総じて多くなかった。
結果として、少し前までの間戦況は膠着状態にあったと言える。奴隷たちの大半が倒れ、戦闘が一気に加速したのは『月喰み』が二発目の「星砕き」を撃ったつい先ほどからのことだ。
それゆえに特異運命座標達の被害も甚大と言えるが――最早、対処すべきは極めて少ない。ならば。
「……アナタが、絶望してるのは」
あやめほどではなくとも、事前に高威力と知らされていた攻撃を立て続けに受けたフラーゴラの呼吸も今では荒い。
それでも、彼女は言葉を止めることだけはしない。自らが起こした事態のけじめをつけるために。
「燃えた故郷や家族との思い出が幸せだったから。それでも――アナタは自殺ではなく生を選んだ」
「……やめて」
『星』が疾る。幾本もの光条を避け切ること叶わず、フラーゴラの脇腹を貫くそれに彼女も痛みを表情に浮かべるが。
「ワタシは、アナタには生きて欲しいと思う。
お願い、奴隷商が嫌いなら同じ所に落ちては駄目、魔種になっては……」
「やめて!」
二次行動。再度蠢く『星』に、終ぞフラーゴラのパンドラが燃焼する。
「きらいだなんてどうでも良い! 同じ所とか、魔種とか、知っていたくもない!
返して、返してよ! もどりたいだけなの! それが出来ないなら全部全部無くして、死んでしまった方が良い!」
とりとめのない言葉。その意図を、しかし正確に理解する彼女だからこそ、奥歯をぎりと嚙み締めた。
対応は完全なる拒絶に見えるが、その実説得が意味を為していない訳ではない。
ただ、今の彼女には特異運命座標達が伝える言葉以上に大切なものがあり、それを上回る、或いは包み込めるほどの言葉を彼らは用意できていないという、それだけのこと。
「……なら、その『戻りたい』むかしの記憶も、無くなってもいいのですか?」
「っ!」
――「全部全部無くして」。その言葉を綺麗に返したニルの声音に、『月喰み』の挙動が僅かに止まる。
「あなたがこのまま、魔種になったら。
力と引き換えになくなってしまうかもしれない。思い出や記憶……大切なもののこと」
それでも、いいの? と。
ニルは問う。返される答えが分かり切っている問いに、少女は頭を抱えながら叫ぶ。
「いや、だ。
いやに、きまってるじゃない……!!」
「……なら、あなたがこれ以上何も失わないように、ニルは手を伸ばしたいのです。
あなたが何かを願えるようになるまで、ニルは、まもりたいのです」
少女は。
それでも、少女は決しきれない。
満ちては居なくとも、在ることが自然だった。家族が、友達が、周囲の人々が。
「それはもう取り戻せないけれど、これ以上失わないように」。語る冒険者たちのいざないは確かに道理ではあるが、それは正気を失い、理性で感情を制御しきれないこの幼い少女には直ぐに受け入れがたい言葉なのだ。
手を挙げる。収束する星。
手を伸ばしていたニルに放たれるはずの、それらが。
「――何もかも奪われて真っ暗で、それでも君は歩き続けた」
そうと、『月喰み』を抱きしめるイズマへと、直ぐに変えられた。
幾度も身を灼く光の線。襲い来る痛苦に、しかし彼は表情一つ変えることなく、寧ろ静かな声音で告げる。
「嫌な事を「嫌だ」と言えて、負けなかったし諦めなかった。頑張ったんだ。偉いよ」
「……うそだ。うそだうそだうそだ!
だから私は捨てられた! 目をやかれて、お父さんとお母さんを殺された! 私が諦めなかったから、だから――!」
「『だから』、悪いのは君じゃない。
君に、君の両親にそんな仕打ちをしたあの男……奴隷商人に決まってる」
パンドラが変転する。癒える傷、それすらも瞬く間に再び火傷と流血に塗れながら、しかしイズマは微笑みを浮かべ。
「何も願わず死ぬよりも。空っぽで生きるよりも。
……俺は、君の手を引いて、もっといい生き方に導きたい」
――その言葉と共に、光が止んだ。
イズマは思う。彼女を『呼んだ』と言う魔種は、確かに彼女を墜とそうとしたが、その誘いの内実に在ったのは果たして悪意だったのかと。
或いは、最早純種として生きることが難しい彼女を、せめて魔種とすることで救おうとしたのではないか。そんな――児戯めいた優しい幻想を。
「……呼び声じゃなくて、こっちにおいで。
君が失ったものを取り戻すことは出来ない。けれど、これから沢山のものを君に与えることは、俺に、俺達にだって出来るさ」
「………………う、っ」
とす、と。イズマの腹部に、少女の頭が預けられる。
イズマは静かに、その頭に手を乗せて撫でようとして、
「――――――星よ。月、よ」
刹那。
『夜』が、戦場を満たした。
「わたしの、真っ暗な夜を、砕いて……!」
言葉を言い切るよりも早く。
ぱきん、と言う音と共に。武器商人が彼女の『眼』を砕いた。
「……嗚呼、なるほど」
最後。笑いながら倒れ込んだ少女を、イズマが、フラーゴラが、ニルが、悲しみに満ちた表情で抱き留める様を見つつ、残る旅人が悲しそうに笑った。
「奪われた側だから。奪われる怒りと悲しさを知ったひとだから。
自らが正気でなくとも――誰かの命を奪った自分を、許せなかったのかい」
誰ともない、武器商人の言葉。
長い前髪に隠されたその視線は――「彼女の攻撃に因って死を迎えた幾人かの奴隷」達へと、向けられていた。
●
戦闘が終了して後。
もう一方の戦場に向かった特異運命座標達に先ず気づいたのは、飛呂であった。
「飛呂様」
「……よう、ニル」
たたっと駆け寄るニルに対し、飛呂は疲れた面持ちを隠すこともできず、軽く手を挙げて応対する。
その彼と、負傷していながらもしっかりと立っているステラのすぐ隣には――『ただ一人』捕縛された奴隷商人の姿が。
「捕まえられたんだな」
「……少なくとも、依頼条件は達成した」
イズマの言葉に返すエクスマリアの表情が物憂げなのも無理からぬこと。
あの後、彼女のアイゼン・シュテルンによって敵の傭兵たちは確かに大きなダメージを受けたが……結果を述べると、それによってすら彼らはその大半は倒れることなく立ち続けていたからである。
本来であれば、勝敗は未だ分からない状態であった。それを解決したのがステラの交渉である。
「雇い主から如何程金銭を貰っていようと、命あっての物種でしょう、とね。
向こうもこれ以上の戦闘は不毛と思ったのか、大人しく撤退してくださいました」
結果として護衛の傭兵たちを失い、奴隷商人の捕縛には成功したものの、エクスマリアの内心は明るくなかった。
事前に伝え聞いていた通り、今回戦った傭兵たちもその所属は非合法なものである。より直截的に言えば、今回のように多くの村を焼き、其処に住まう住人たちを奴隷へと落とすことに躊躇を抱かない人種たちの集まりを結果として放逐せざるを得なかったことは、彼女の心に重く圧し掛かっていた。
「……あの時、貴方を殺さなかったことを、これほどまでに後悔するとは思いませんでしたよ」
「――嗚呼、貴方は」
捕縛された奴隷商人を前に、息も絶え絶えなあやめが、しかしその瞳だけを炯々と光らせて呟く。
「よう旦那。アンタは奉仕の気持ちで奴隷を出してたんだろうが、そりゃ間違いだったな」
同時に、瑠々も。
ボロボロの身体、その背を馬車の残骸に預けつつ、彼女は冷笑交じりに言った。
「どうやら、そのようですね。なぜお気に召さなかったのか、残念でなりません」
「難しい話でもない、奴隷自体が間違いだったんだよ。特に、ウチらに対してはな」
言い放つ瑠々ではあるも、別段理解してほしいが為に言った言葉ではない。
話す役割を早々と辞退した彼女に代わり、再度あやめが言葉を投げかける。
「貴方が引き渡された後の『待遇』については、私からも口添えいたします。きっと気に入っていただけるでしょう」
「おお、寛大なご配慮、有難うございます……」
――「皮肉を介する能も無いのか」と思ったのは、彼女だけではあるまい。
「……コイツを、引き渡す。アンタ達はそう言ったの?」
対し、あやめの言葉に敏感に反応したのは『奴隷殺し』達であった。
彼女らが此処に居るわけは説明する必要もあるまい。「殺すべくを殺す」為に奴隷商人の元に辿り着いた『奴隷殺し』達から、当の商人を遮るように未だ無事な者たちが小さな人垣を形成する。
それを行うほどの余力が残っていないバクルドは、せめてと片手を上げ、殺気を放つ『奴隷殺し』に声を掛ける。
「コレにはけじめを付けさせる必要があんだろ、殺してハイおしまいじゃ味気がねえってもんじゃねえか?」
「馬鹿が。そのケジメとやらを生半に済ませて生き残らせた結果がどうなるか、アンタ達自身が身に染みてわかってるでしょう」
……直接『月喰み』と相対したわけではないバクルドには、それに返す言葉を持たない。
「みなさまの言いたいことは、わかってるつもりです。
けれど、その上でニルたちは、この商人を依頼主様に、ラサの政府の人たちに引き渡したいです」
依頼主が何者か。それをはっきりと声に出して言うニルに対して、奴隷商人たちの表情も些かの変化を見せる。
「ニルは、できるならみなさまと争いたくないです。
ミニミスが一緒にいた人たち。それもありますけど……」
――私にアンタは救えない。アンタが何を願おうと、私はアンタを殺すことしか出来そうにない……!
本来ならば『月喰み』の殺害を余儀なくしていた彼女らは、それでも最後の最後まで、特異運命座標達が立ち続けている限り、『月喰み』に不殺の属性を伴わない攻撃を放つことは無かった。
或いは、それはニル達の余計な反感を買わないためだったのかもしれない。けれど、ニルは「そうではない」と信じていて、だから。
「……青髪。アンタはあの奴隷たちを対処するまで、私たちの諍いについては後回しにしろと言ったわね」
「ああ。だから今、改めて提案させてもらう。
奴隷商人には二度と商売はさせない。奴隷にされた彼らの治療と支援もする。だから奴隷商人の処遇はこちらに任せてくれないか」
放った言葉は、確かな意味で責任を負うというイズマの、イズマ達の意志に他ならない。
『奴隷殺し』は少なくない時間、特異運命座標達を睨み続け――最後には舌打ちと共に、彼らへと背を向けた。
「……分かってくれたのか?」
「こっちも満身創痍なのよ。今の時点で食らい付いたところで負ける確率の方が高い。何より――」
「――今アンタたちを倒せたとして、『それ』に再び魔種になられるのは御免だわ」
語る『奴隷商人』の視線の先には、イズマが両腕で抱える『月喰み』……否、今ではただ寝息を立てている、一人の少女の姿が。
「……一応、聞くだけ聞くけど。
アンタ、こうなることを分かってて『それ』の目を潰したの?」
「魔種の力から解き放たれるかと言う意味なら、五分五分だね。
見たところ、皆の説得は成功したように見えた。その上で最後に力を行使していた彼女が『説得が奏功しなかったから』なのか『説得の是非自体は力の行使そのものには関係ないのか』は分からなかったのさ」
『奴隷殺し』の言葉に笑顔と共に返したのは武器商人であった。
最後の最後、その力の核を暁暗の一撃で以て砕いた武器商人の攻撃の後。果たして『月喰み』は生き延びていた。
その結果から推測したのは、先の武器商人の発言が全てである。『月喰み』が説得に応じ、魔種となることを否定したとしても、与えられた力を使うこと自体は出来たのだろうと言うのが特異運命座標達の結論であった。
「……全く。その最期に救いを齎すのは『我ら』であろうと考えていたんだがね、エイリス」
何のことは無い。武器商人が最早叶わずと思って攻撃を放った時には、少女は既に仲間たちによって救われていたのだ。
無論、それが彼女自身の本当の望みではないことも、この旅人は理解している。
「少なくとも、彼女はあの時、自らの死を確かに望み、それ故に我たちの攻撃を誘うような真似をした。
結果として助かってしまった彼女を、この先どうするのか――キミは考えているのかい、瑠々」
「知るかよ。ただ、まあ……」
言いかけた瑠々の言葉が止まる。
抱えられていた少女の身体が、ぴくりと動いたからだ。それに近づき、ひび割れ乾いた手を優しく包み込む獣種の少女の姿を見つつ、瑠々は再び言葉を告げる。
「本気でアイツを救うようなお人よしは、少なくとも、此処にいるだろ?」
ぱくぱくと、小さな口が開かれる。
今再びの暗闇のセカイ。生き残った自らを知覚した少女が何かを呟くよりも早く。
「おはよう。ワタシの名前はフラーゴラ」
彼女は、微笑みと共に囁いたのだ。
「アナタは、月喰みなんて名前じゃないよね。
ねえ、アナタの……本当の名前を、教えて」
夜明けよ。どうか今、此処に在れと。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
『月喰み』の説得のキーパーソンを担ったイズマ・トーティス(p3p009471)様にMVPを、同様にフラーゴラ・トラモント(p3p008825)様に称号「星月を掬うひと」を差し上げます。
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。
この度はアフターアクションをいただき、有難うございました。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・『奴隷商人』の捕縛(殺害は不可)
・贋体魔種『月喰み』の殺害、または反転阻止
●場所
『戦場A』
ラサ国内の砂漠地帯です。時間帯は昼。登場するエネミーは『奴隷商人』『傭兵』の二種類。
場所が砂地であるため足を取られやすく、また下記『傭兵』『奴隷商人』はそれに対する専用装備を身に着けております。
然るべき対策が為されていなかった場合、そのPC、NPCにはシナリオ中行動に一定の不利が生じ得ます。
また戦場のオブジェクトとして、奴隷商人が乗っている馬車が存在します。此方はある程度の耐久力を持ち、同時にこの中に入っているキャラクターは範囲攻撃の対象となりません。
シナリオ開始時、馬車に乗った『奴隷商人』と『傭兵』は3m以内に位置しており、またそれらエネミーと参加者の皆様との距離は30mです。
※注意事項:
・本戦場と下記『戦場B』は互いに影響し合っています。PC、NPCはその機動力や移動手段に関わらず、一定ターンを消費することで『戦場A』へと移動することが可能です。
・「奴隷商人に対するアフターアクション」を希望された百合草 瑠々(p3p010340)様は、本戦場からの参加を義務付けられております。
『戦場B』
ラサ国内の砂漠地帯です。時間帯は「戦闘開始時点で」昼。光源無し。登場するエネミーは『月喰み』『奴隷』『奴隷殺し』の三種類。
場所が砂地であるため足を取られやすく、また下記『奴隷』はそれに対する専用装備を身に着けております。
然るべき対策が為されていなかった場合、そのPC、NPCにはシナリオ中行動に一定の不利が生じ得ます。
戦場に障害物は在りませんが、死亡、或いは戦闘不能状態となった『奴隷』が一定数となった場合、それに足を取られる可能性も出てきます。
シナリオ開始時、『奴隷』は戦場中に散らばっております。『月喰み』と参加者の皆様との距離は20mです。
※注意事項
・本戦場と『戦場A』は互いに影響し合っています。PC、NPCはその機動力や移動手段に関わらず、一定ターンを消費することで『戦場A』へと移動することが可能です。
・「『奴隷殺し』に対するアフターアクション」を希望された首塚 あやめ(p3p009048)様は、本戦場からの参加を義務付けられております。
●敵
『奴隷商人』
現在はラサの闇市場を拠点に様々な奴隷を取り扱う商人です。年齢40台後半である人間種の男性。
彼自身の戦闘能力は低いものの、複数の消耗品アーティファクトによってかなりの回数攻撃によるダメージ、状態異常を無効化します。
また彼は下記『奴隷』の攻撃対象とならないアーティファクト『支配の指輪』を装備しております。
『傭兵』
上記『奴隷商人』に雇われた非合法の傭兵です。数は30名。
報酬が高い分、実力も相当なものであり、また彼らは特殊スキル『即時連携』によって、「自身を行動済みにすることで、そのターン中『傭兵』全員の全ステータスを上昇させる」能力を持っております。
また彼らは下記『奴隷』の攻撃対象とならないアーティファクト『傍観者の指輪』を装備しております。
敵の内訳は
・近接前衛型
・近接防御型
・近接妨害型
・遠距離攻撃型
・遠距離回復型
・遠距離支援型
の6種類。それぞれがどの程度の人数かは不明です。
『月喰み』
年齢10代初めの少女です。上記『奴隷商人』によって故郷と両目を焼かれ、家族を奪われた過去を持ちます。
その後に捨てられた彼女は本来ならば死亡する運命でしたが、ラサに拠点を置く炎使いの魔種によって力を与えられました。このまま時間が経てば完全に『原罪の呼び声』に応え、魔種となるのは想像に難くありません。
能力の核となっているのは上記魔種に与えられた右目の代替となる炎。これを破壊することで彼女は与えられた力を失いますが、それは同時にこの力に依存している彼女の死をも指します。
彼女を救うことを目的とする場合、核の破壊よりも先に彼女が魔種となることを拒むよう説得しなければなりません。
戦闘スタイルは展開した『星』と言う複数の魔術媒体による遠距離範囲、或いは近接単体攻撃。
そして一定ターンごとに「戦場全体を夜闇で覆い」、展開した魔術媒体『月』を爆発させる超高威力スキル『月喰み、星砕き』を行動消費なしで行います。
全てのステータスが非常に高いレベルで纏まっていますが、彼女自身の精神状態はそれを使いこなせるほどの正気ではありません。
彼女の説得を加味して成功条件の達成を目指す場合、本シナリオの難易度は大きく上昇します。
『奴隷』
上記『奴隷商人』によって奴隷へと落とされた、元は善良な村民、町民たちです。数は70名。武器・防具等は無し。
アーティファクト『隷属の指輪』によって一般兵並の戦闘能力を得た半面、常時[怒り]状態となっており、自身の近くにいる対象へと近接攻撃を行います。
また『隷属の指輪』を装備した対象は『隷属の指輪』『傍観者の指輪』『支配の指輪』を持つ者に対して攻撃を行いません。破壊自体は可能ですが、その場合は単体攻撃、かつスマッシュヒット以上の命中率で『奴隷』に攻撃を命中させ、一定以上のダメージを算出する必要があります。
●その他
『奴隷殺し』
年齢30代前半の女性、またそれに付き従う構成員たちです。本シナリオでは全員を一個のキャラクターとして管理いたします。
基本的に『奴隷商人』の殺害、『奴隷』の解放を目的として動きますが、必要であれば『月喰み』の殺害にも動く予定。
戦闘開始時点で体力・気力共に上限値の半分程度。但し基礎能力が極めて高いため、シナリオ開始時からもしばらくは耐えることが可能であると推測されます。
戦闘スタイルは密集陣形を取ることによる回避・防御能力の底上げを行う自己付与スキルと自己回復スキル、また複数対象への[不殺]属性を伴う攻撃スキルの3種類。
参加者の皆さんとの共闘は不可能ではありませんが、OP文章にあるように『奴隷商人』が現在に至るまでの暴走の一助を担ったイレギュラーズに対する心証は最悪と言っていいでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております。
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