シナリオ詳細
再現性東京202X:ねこは今日も雨の中
オープニング
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澄原病院 19:23――
「……ですから、余り無理はしない方がよいですよ。綾敷さん。
我々、澄原の立場はあくまでも中立です。貴女が患者であれば治療をしますが『夜妖と見れば簡単に祓ってしまう』方も居るでしょう」
診療室の中でカルテを眺めながらそう告げた澄原 晴陽 (p3n000216)に『猫鬼憑き』綾敷・なじみ (p3n000168)は「いやあ」と頬を掻いた。
夜妖『猫鬼』と共存するなじみは希望ヶ浜学園とは違う、外部の協力者として行動している。
だが、それ故に学園が感知せぬ危険に巻込まれる可能性とてあるのだ。
「兎に角、あまり猫鬼を前に出すことはお勧めしません。
貴女はバランスが悪い。何時、乗っ取られるかさえ分かりませんからね」
「んー……おともだちも『なじみんは何時も死にそう』って言ってるし、そんなに死にそうかなあ?」
「……余りそう言いたくはありませんが」
繰り返し、繰り返し。なじみの体調管理と夜妖憑きとしての状況を把握すべく診察に来るようにと促していた晴陽は嘆息する。
危機感が薄いのか、それとも全てを受け入れているのかは定かではないが彼女は達観している。
晴陽が「今日はもう良いですよ」となじみへと告げようとしたタイミングで勢いよく診療室の扉が開いた。
「晴陽姉さん、なじみさんも。申し訳ありませんが、猫探しを手伝ってくれませんか?」
突拍子も亡くそう言ったのは晴陽の従妹であり、なじみにとっては友人である澄原 水夜子 (p3n000214)であった。
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國定探偵事務所では最近ペット探しの依頼が急増していた。そんなに唐突にペットが居なくなるのかと問いたくなるほどの逝去ウップリだ。
「どうなってんだ!? 毎日何件もペット探しの依頼ばかり! まるで手が足りん!」
頭を抱えた國定 天川 (p3p010201)の携帯電話にそのタイミングで入ったメッセージは何とも云いがたいものであった。
差出人:澄原 晴陽
メッセージ:ペット探しはできますか?
「……は?」
頭を抱えた天川は直ぐに折り返しの電話を掛けた。抑揚を感じにくい静かな声音は「はい」と応答する。
「ペット探しだって?」
『ええ。最近、天川さんの所でも増えていませんか? ご依頼。
どうやら夜妖が絡んでいるようでして……その夜妖探しを手伝って頂ければと』
「手伝いたいのはやまやまだが、ペット探しの依頼だけで手一杯だ」
『ならば、助手をお送りします。二人です。今からお伺いしても?』
――そして天川の事務所にやってきたのは女子高生二人なのであった。
「こんばんは! 私が今回の助手、猫が憑いてる綾敷なじみ。なじみさんさ」
「それから、澄原 水夜子です。お気軽にみゃーこと呼んで下さい」
「水夜子」
「みゃーこ。その方が私のことを好きになりません?」
後半にはノーコメントで天川は「わかったわかった。みゃーこ……! これでいいか? 小遣いは出すから頼む!」と二人にペット探しを頼んだ。
どのみち、それは夜妖を追い詰める事にも繋がっている。
どうやらその夜妖はペットの皮を剥いで食ってしまうのだそうだ。奇怪な山の妖怪。
晴陽もその正体には辿り着いていないようだが、どうやらペットが居なくなるときには決まって何かをひっかくような音が聞こえるらしい。
「音を頼りに探せ、か……」
「それから、私も頼って良いよ! 私が助手に来た理由なんだけどね……」
なじみはにっこりと笑ってから、困ったように頬を掻いた。
「なじみさんには猫鬼って夜妖が憑いているんですが、今から探す夜妖は猫鬼さんもペットって認識しているようなんですよね。
まあ、つまり……我々はなじみさんを囮にしながら夜妖を探すというわけです!」
そういうわけで、頑張りましょうと軽く言った水夜子に「みゃーこ……」と天川は頭を抱えたのだった。
- 再現性東京202X:ねこは今日も雨の中完了
- GM名夏あかね
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年03月14日 22時35分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(2人)
リプレイ
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――まあ、つまり……我々はなじみさんを囮にしながら夜妖を探すというわけです!
堂々と宣言をした澄原 水夜子 (p3n000214)に『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)は「いやいや!」と思わず突っ込まずには居られなかった。
「いやいや! 何考えてるの!? なじみさんを囮にって! なじみさんに何かあったらジョーくんに合わせる顔がないんだけど!? 晴陽ちゃん!?」
「姉さん曰く、この仕事を通してなじみさんが少しでも自分の命について考えてくれればとのことですが」
「そういう事じゃなくってさ!」
慌てて水夜子に突っ込んだサクラは汗をかき、真顔で『猫鬼憑き』綾敷・なじみ (p3n000168)の肩を掴んだ。
「良いなじみさん。夜妖は私達が倒すから変身しちゃ駄目だからね! 絶対だよ! フリじゃないからね!?」
「晴陽先生と同じ事を言うよねえ」
「言うよ!?」
慌てるサクラと同じく「あのね!」とぐいぐいと詰め寄ったのは『可能性を連れたなら』笹木 花丸(p3p008689)。
「夜妖を誘き寄せるのに囮は居るかもしれないけどなじみさんさーっ!?
これで何かあったらジョーさんに……って、もしかしてそれも織り込み済み?
確かにもしも何て起こさせる心算はないしやる気にはなるけど、ホントにもーっ、ホントにもーっ。そういうトコだよ?」
「心配してくれるかな?」
当たり前のように彼は心配して、寧ろ「そういう所だぜ」と花丸同様怒るかも知れないがなじみはあっけらかんとした様子なのであった。
「綾敷は帰ったら晴陽さんにチェックしてもらわないとな……不安定な夜妖憑きがあまり危険を冒すものじゃない。
というか水夜子も夜妖憑きだったんだな。妙に憑かれてるのが多いが……晴陽さんもなにか憑いてる、なんてことは流石にないよな」
「あ、いいえ。私は夜妖憑きじゃないですよ。姉さんも。私は夜妖を封じた『憑き物武器』を獲物にしているだけですから」
『みゃーこです』と念を押す水夜子に「俺も呼ぶのか」と詰まったのは『刺し穿つ霊剣』浅蔵 竜真(p3p008541)。みゃーこと呼んで欲しいという問答を繰り返した後である『求道の復讐者』國定 天川(p3p010201)は「水夜……」と呼びかけてから咳払いを一つ。
「……じゃなく、みゃーこ! それになじみ嬢! 二人共頼りにしてるが無茶せんでくれよ!
まさか夜妖が関わってるとはな……。こりゃ先生も日々苦労するわけだ……」
「ふふ、天川さん。逆ですよ。『私達が関わると大体夜妖が絡んでいる』のです。探偵が事件に出くわすのは探偵が其処に居るから事件が起こるのでは? 理論ですね」
楽しげに軽口を叩く水夜子は『紫香に包まれて』ボディ・ダクレ(p3p008384)の知る『澄原家』の人間の中では誰よりもコミュニケーションを重視している様子である。危機を感じ取って叱りつけるサクラや花丸を前にしても飄々と笑っているのはある意味豪胆すぎるのかもしれないが。
「ペットとは飼い主にとって大切な隣人、でしたっけ。なら、それを奪うことは駄目なこと、ですね」
「ええ。ええ。ペット探し、というお話と聞いてきたのですけど、随分とまあ、猟奇的な……非道い事件ですね」
頷いた『辻斬り』すずな(p3p005307)は簡単な犬猫探し程度を想定していたが凄惨な事件が裏に潜んでいるものだと眉を顰める。
「探偵か〜。捕まえる側なら歓迎だけどね。エグいことする夜妖だけど、人にはそんな事しない……よな?」
ちら、とすずなとなじみを見遣った『Re'drum'er』眞田(p3p008414)は肩を竦めて「ない……よな」ともう一度呟いた。
「どうであっても綾敷さんは友達だし、水夜子ちゃんはまだ子供だし、危険な目に遭わせたくないから頑張ろう」
「うん……! 大切な人の元から家族な動物さんを奪い、しかも皮を剥いで食べる……もし猫さんでも許せない。これ以上、誰も奪わせないから……!」
頬を膨らませて怒りを滲ませた『淡き白糖のシュネーバル』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)はなじみや囮を試してみるというすずなが矢面に立つのは心苦しいと呟いた。
「大丈夫だよ」
「そういうトコだよ」
繰り返す花丸になじみはぱちりと瞬いてから「うん、分かってる。だから私が囮なんだよね」と分って居るのか居ないのか、曖昧な言葉を繰り返した。
●
ざあざあとリズミカルに音を立てた雨粒を眺めやってからすずなは「ううん」と呟いた。
可能性があるのならば遣ってみるしかないだろう。ペットを狙う夜妖の評価基準は謎だが、なじみが『猫鬼を飼っている』判定をされたのならば獣の耳を持つすずなとて誰ぞに忠犬宜しく寄り添えばなじみを危険に晒すよりはもっと良い策である筈だ。
気高き狼が『わんこ』になる――何時ものことだとは迚も口が裂けたとて言えまい――のだ。「普段と変わらないとか行った奴は水で濡らしますからね」と尾を逆立てるすずなに「その前に雨で濡れちゃいますねえ」と分って居るのか居ないのか答えを返す水夜子はマイペースそのものだ。
今日という日は忠犬すずな。犬と呼ばれようともノーカウント。囮役となれるのならば安いもの。
「さ、行きましょう花丸さん!」
「うん。ごめんね、すずなさん! 兎にも角にもこうなった以上は出来る事を精一杯やるだけだよねっ!」
見通しが悪く、悪天候。ペットの多く居る住宅街から離れたのは標的を見定めるとき以外は山に籠もっていると言うことだろうか。何かをひっかく音や獣の鳴き声が雨で漏れぬようにと耳を欹てて花丸は周囲を見回した。
レインコートを着用して祝音は灯りを避け、耳を、眼を、鼻を生かして周辺警戒に当たる。光を反射しにくい素材を意識したレインコートは雨をぱつり、ぱつりと音立て弾き雨に濡れることから護り続ける。
「……猫さんお好きなんですか?」
水夜子の問いかけにこくりと頷いた祝音は唇を噛んだ。「みゃーこさんは?」と問いかけるその声音は暗く沈んでいる。猫の尊い命が奪われていく事を祝音は許せないのだろう。
「私も好きですよ、猫。飼ってみたいこともありましたし……まあ、留守が多いので飼えないんですが」
「そっか……」
こうやってペットのことを思ってくれる人が居る一方で、ペットばかりを狙う夜妖がいる。祝音は許せない事だとその桜色の唇を噛むことしか出来なかった。
――最近問題になってるペット行方不明の捜査の一環でな。害獣の仕業の可能性も出て来た。情報提供を願いたい。
探偵として活動していた天川は住民達から獣の鳴き声などの情報は居場所を絞り込むための重要な物である。
「捜すことは楽しいし好きだよ。なんつったって『捜索』の『エキスパート』だからな!」
にんまりと笑った眞田は雨のせいで探り難いのは難点だが、痕跡があるならば探しきれると探偵の如く「これは怪しいですな……」と呟く。
「怪しいですかな?」
「勿論。……てかゾンビ肝試しの時もそうだったけど、綾敷さんってあんまりビビってる感じしないよね……俺は正直言うと夜妖は怖いよ?」
夜妖は酷く恐ろしい存在だ。例えば、精霊の如く清廉なものであったり悪霊を思わすような強大なものさえ居る。そうした物に対する恐怖心が天川の助手役女子高生二人には薄いように見受けられたのだ。
「みゃーちゃんもビビってないけど、私は特にかなあ。体の中に居るからね」
「まあ、そうですね。猫鬼って結構『アレ』な怪異ですものね。眞田さん、この人、危ないのお腹に飼ってますよ」
「ビビらせるな~」
やけに楽しげに会話はしている二人を眺めやってからレインコートから垂れた滴を拭った竜真はなじみをまじまじと観察していた。
飼い主との距離が近いほど狙われやすい。なじみと猫鬼は見た目では『上手くいっている』ようには思える。アンバランスさは感じられるが、彼女は共存に関しては上手くいっているのだろう。
「さて、貪欲なる感情はまだ感じ取れませんが……暫く歩いてみましょうか」
問題になってしまうほどにペットを食している空腹の夜妖である。音を立てずに先手を取れるように出来る探索は重ねた方が良い。
天川はふと、水夜子となじみを見遣った。年の離れた少女達だ。自身から見れば『子供』でしかない彼女達をこの様な敵地に連れ回すのは何とも妙な心地だと天川は「あー」と唸った。出来れば意識を逸らし、他愛のない話でもして彼女らを安心させてやりたい。
「なぁ、みゃーこよ。先生の表情ってよ、基本あんまり変わらねぇが、お前さん見分け付いたりするか?」
「一応付きますよ。姉さんは私には優しいですからね」
良いでしょうと笑った水夜子に天川は「可愛がられてんだな」と頷いた。
祝音は葉を踏み締める。ざりと音を立てた枯れ葉が泥と共に靴底へとへばりつく。それさえも厭わずに探したのは霊魂だ。動物と疎通し、そして、意思疎通を願うように言葉を重ねる。
「大きな猫さんみたいな獣……見たことある? ……辛い事を思い出させたらごめんね。僕等が……あいつを、倒すから」
願うようにそう紡いだ祝音は「あっちの方、らしくって……」と指さした。頷く竜真は息を潜め抜刀を用意する。
花丸に『忠犬』らしく寄り添って気を引くすずなの尾がゆらりと揺らいだ。
(……ペットじゃなきゃ腹が膨れない……いや、ペットと飼い主の絆でも食っていたのかもしれないな。
それの囮に使えるならば綾敷と猫鬼は距離が近いのか。……あまり善くない事が起こらなければ良いが……)
竜真は雨よけにとなじみの側へと上着を投げやってから「着ておけ」と背を向けた。サクラがなじみを背へと隠す。同時にすずなは一歩前に出た。
尾をふわりと揺らしてすずなが息を潜める。それでも『獣の気配』は近くにあるか――暗闇で猫の如き金色がすずなを射る。
「こちらを見ました」
全身の毛が粟立つような感覚を覚えながらもすずなはまだ微動だにしない。すずなは引付けるだけ。間合いまで、その一歩を寄せるだけ。
ずん、と地が揺らいだ感覚に両足に力を込めて抜刀が為、構える。
「夜妖みーつけた!」
指さして、夜妖は唇を吊り上げた。なじみと水夜子は戦闘に参加させず、敢えて前線に飛び込むのは花丸の必勝方法。
「こっちは花丸ちゃんが何とかするからなじみさんの事は任せたよ、サクラさんっ!」
前線へと飛び込んで、すずなの傍より外れた花丸は勢い込めて夜妖の横面を殴りつけた。
「猫さん……!」
悲痛な声を上げた祝音の視界には今、正に子猫を摘まみ上げた夜妖の姿が見えた。直ぐさまに駆け寄りたいが、戦陣を瓦解させるわけにも行かない。
唐突な敵襲に驚いたか夜妖の手から宙へと投げ出された子猫の鳴き声に祝音は両手を伸ばした。
その前線へと飛び込む竜真が抜刀し『やまのようかい』の腕を受け止める。身を捻ったその場所へ天川が距離を詰めた。
真っ向勝負を挑む刃は人外の領域へと至る技。神速の刃を振り下ろした男の間合いにまで飛び込んですずなの尾は揺らいだ。
「刀持ちが多いのは助かります、合わせやすいので! サクラさんなんて一度刃まで交えてますからね、お茶の子さいさいですよ!」
にい、と笑ったすずなの瞳に光が踊る。烈火の如く盛るあの紅き髪を思い返してはすずなの唇が釣り上がった。
断ち合い死合いを経た相手だ。言葉無くとも相手の間合いは理解も出来る。
――そも彼女との断ち合いで得た技だ。無窮の如く、覇天の一閃が分化する。刹那の斬撃は轟くが如く夜妖の躯へと叩き込まれる。
「ほら! すずなさんの方がしっぽもふわふわで美味しいよ! 多分!」
「ちょっ、今格好付けた所ですよ!? ああ、もう――妖怪だろうが夜妖だろうが、斬れる時点で怖くないんですよ!」
転じ、地を蹴ったのはサクラか。聖刀が乗せたのは蒼き一閃。強かに貫く刃には正義を為すが為の決意と力が乗せられる。
サクラはなじみを庇う距離へと立った。眞田の凶刃は混在する赫を闇に乗せ横一線に引き抜かれた。残像さえ質量を有するかの如き斬撃。
その気配を感じながらも子猫をぎゅうと抱き締めて回復に徹する祝音は願うように小さな命を抱き締めた。
それが消えていなかったことが奇跡のようで。囮役としてなじみとすずなを立てたことが効を成したか。あの夜妖は空腹だ。大きな獲物二人を目掛けたのだ。ちっぽけすぎる命だと投げ捨てるだけの傲慢さで。
「これ以上、誰の皮も剥がさせないし、誰も食べさせないから……!」
不安に震える声は決意が載った。誰の家族も奪わせない。ペットは、大切な一家の仲間なのだから。
水夜子の安全にも気を配っていた天川は「空腹もここまで来ると救えやしないな」と呟いた。
花丸が引き受ける夜妖の口からは唾液が滴り落ちる。空腹に呻くような声を漏して脳をも混乱させる花丸と竜真に苛立ちをぶつけているのだろう。
『おいしそうな飼い犬』を装っていたすずなはその獰猛な瞳にせせら笑う。飢えた獣ほど狩りやすいものはない。頭が回らぬならば、剣をぶつけて奪うのみだ。
サクラの、竜真の、天川の剣戟が飛び込んだ。続きボディが速力を活かして『やまのようかい』の視界を眩ませる。それが天を向いたが早いか、眞田が距離を詰めた。
「やっぱ、夜妖って怖いよね」
山で出会った熊は『人の味を覚えて居る程』脅威になる。それはペットの味を覚えた。食に貪欲となり、胃袋を満たすが為に形振り構わず襲い来る。
なじみの無事が為ならば、すずなは自身こそ『ペット』であるとでもアピールするように前線へと躍り出る。
眞田の猫の幻影がなじみから離すように躍る。夜妖の眼が追い掛けたその向こうで花丸はぐっと拳を構えた。
「どうして貴方がそうなったのかはわからない――けど、止めてみせるよっ!」
それがどのようにしてそうなったのかは分からない。言葉を交わすことも出来れば、『モンスター』としか言いようのない夜妖の獰猛な牙が花丸目掛けて突き立てられる。
それでも彼女は怯まなかった。忠犬ですからと笑うすずながその間合いへと飛び込んだ。握る刃は青白く輝き夜闇を照らす。
「今まで散々皮を剥いできたなら、今度は貴方が三味線の皮にでもなれ」
一気呵成に責め立てる。禁忌は無尽たる呪詛か。其れは夜妖という理外の領域へも届いた。凡百理解さえ及ばぬ武の奥義は直向きに叩きつけられた。
獣らしからぬ、人の如き仕草で仰け反って頭を抑えた夜妖が呻く。それも刹那の話だ。次の瞬間にそれは地へと叩きつけられて、霞の如く姿が解ける。
まるで――その様な人の考えの及ばぬ化け物など此処には存在していなかったとでも言う様に。
夜に溶けて残されたのはちっぽけな小さな首輪。
「これは……」
ボディは子猫サイズのそれを拾い上げて首を捻った。随分と古い、鈴さえ壊れて鳴る事の無い其れは所有者がそこに存在した事だけを示すように雨の下に転がっていた。
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「さてと。気をつけて帰るか。何かやり残しはあるか?」
雨もそろそろ上がるだろうかと顔を上げた竜真に花丸は「此の辺りの探索してみようか」と提案した。
「周辺でのペット探しをしましょう。希望的観測ですが、まだ生きてる子も居るかもしれない。
遺体が見つかったら飼い主に連絡するか埋葬をしてやるのもよいですね。水夜子様、捜索のご協力願えますか?」
ボディの提案を水夜子は快く引き受けた。『やまのようかい』が食い切っていないペットが何処かに隠れている可能性は十分にある。
ペット達の首輪を得ることなども天川の元に舞い込んだペット探しの依頼に役立つ可能性だってあった。
「猫さん達の死体が残ってたらせめてお墓を……」
おずおずとそう告げる祝音の腕の中では首輪を付けた子猫が「にあ」と鳴き声を漏す。指先でその頬を擽れば甘えるように擦り寄る小さな命の無事を心待ちにする家族が何処かに居るはずだ。
「その子の家も探さないとですね」
すずなが猫の眼のまで指を振って揶揄えば、子猫は楽しげに手を伸ばす。その愛らしさが幾つも奪われた痕跡が周辺には点在していたのだ。
「手伝おっか? エキスパートだから」
にんまりと笑った眞田に「宜しくお願いします」とボディは礼儀正しく頭を下げる。
周辺の暗さは否めないが、夜妖の気配が消え失せた今ならば灯りを掲げて活動することも出来るだろう。
「もしもし晴陽ちゃん! 後でお話がありますからね!」
『ええ、サクラさんからのお叱りですね。――ですが、私からの信頼だと受け取って頂ければ幸いです。
其処に居たなじみさんは皆さんに心配されてよくよく命について考えられるでしょうから。安売りを許諾する彼女の考えが変われば良いですね』
「そういう事じゃなくって――!」
叱るようなサクラの声を聞き、天川はサクラに断って晴陽と繋がっているaPhoneへと声を掛ける。
「先生、今度はもうちっとソフトな策で頼むぜ。大人は子供を心配するもんなんだからな」
『ええ、善処します』
薄く笑った晴陽の声に「もうー! 晴陽ちゃん! 待っててね!」とサクラは拗ねたようにもう一度叫んだのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
天川さんからリクエスト頂いた犬猫探し……手許に丁度良い猫が居たのでそっとご一緒させて頂きました。
サクラさんに叱られる晴陽、中々面白いものだなあと水夜子も思っていることでしょう。
MVPはわんわんです。
GMコメント
部分リクありがとうございます。
「水夜子じゃなくて、みゃーこでも、みゃーちゃんでも」をアピールする水夜子と夜妖憑きガールなじみと探偵ごっこ。
●目的
成功条件:夜妖『やまのようかい』を撃破する
失敗条件:なじみさんを夜妖『やまのようかい』に食べられる
●夜妖『やまのようかい』
正式な名称は不明。ペットを攫って皮を剥いでからまるっと食べてしまう貪欲で空腹な夜妖です。
最近急増したという希望ヶ浜でのペット行方不明事件の正体です。巨大な猫のような姿であると言われています。
ペットだと認識すれば何でも狙います。例えば、なじみの猫鬼やイレギュラーズの連れるペットなどなど……。
飼い主との距離が近いペットである方がより『やまのようかい』の標的になりやすいようです。
戦闘の詳細は不明です。ですが、残虐な行いを見るに物理的な攻撃が多そうな気もしてきますね。
●探索エリア
今日のお天気は生憎の雨です。辺りも暗く、見通しも悪いです。怖いですね。
希望ヶ浜の北部地区。所謂『北希』と呼ばれるエリアです。希望ヶ浜学園からは離れています。
澄原病院などのあるエリアで周辺住宅街ではなく山に近い方向に潜んでいるだろうと推測されます。
『何かをひっかくような音』と『獣の鳴き声』を頼りに夜妖を追い詰めましょう。
探索エリアはかなり絞り込めています。あとは姿を隠した夜妖を先に見付けて先手を打つことが重要です。
……他の夜妖が潜んでるかも知れませんが。それはそれです!
●同行NPC
・綾敷なじみ
怪しいけど怪しくない、ちょっと夜妖が憑いてる普通の女の子。
油断すると夜妖『猫鬼』が出てきます。猫鬼が出ている最中は夜妖を探知する能力にも長けているようです。
(ですが、猫鬼がどのような夜妖であるかは分からないので澄原晴陽はあまり表に出さないで欲しいと言って居ました)
戦闘能力は猫鬼が出ている最中はそれなりですが、猫鬼が出ていないと皆無です。
・澄原 水夜子
澄原晴陽&龍成の従妹。希望ヶ浜に伝わる真性怪異(通称:『希譚』)を調査する少女。
みゃーちゃん、みゃーこと呼んで欲しいと距離が近く夜妖への恐怖心が途轍もなく薄いです。普通のモンスターは怖いです。
夜妖を封じた鞭を使用して戦います、が、戦闘能力はそれ程高くありません。
夜妖『窮奇』(鞭の形をした厄災を滅ぼすと信じられたあやかし。鎌鼬を作り出し風の加護を纏います)は彼女に合っているのかそれほど代償を必要としないようです。
●澄原の晴陽姉さん
今回は病院で待っています。何かあればご連絡ください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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