PandoraPartyProject

シナリオ詳細

瓦落多と形骸

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●一週間前
『ごめんなさい。ごめんなさい。わたしにあなたはすくえない』

 奇跡を乞うだけの幼子であったのは何時までだったろうか。
 総てを喪った只人であった。虐げられて死を待つだけの日々を知っていたから、同じように在る人たちを救おうと邁進し続けた。

 ――そうして。それすら叶わないと知った私にとって、出来ることはただ苦しみを止めることだけだった。

「何……を」
 懐古から戻り、現在。
 死と破壊に満たされた洋館のただ中で、豪奢な宝飾を身に着けた男が声を漏らす。
「嗚呼、生きていたのか」。そう口の中で唱えた私は彼の側へ向き直った。
「………………ッ!!
 何だ、お前は! 一体何が目的なんだ!」
 言葉と共に、男は足元に散らばっていた『鎖』の一つを拾い上げ、其れに繋がるモノをぐいと引っ張る。
「お前っ! 何をしている!
 私を守るんだ、守るんだよ!!」
「あ、ぅ」
 ……鎖の果てに繋がれていたのは、見窄らしい格好をした、奴隷の少年だった。
 襤褸切れのような服を纏ったその子は、そうした衣類の上からでもわかるほどに激しい虐待を受けていた。全身に及ぶ殴打の痕、焼き印を受けたと思しき模様状のケロイド、何よりも、潰されたその両目こそが。
「――――――。」
 一歩、足を進める。
 ひ、と後ろで怯える男を無視して、私は少年の頭にぽすんと手を置いた。
「辛い?」
「……ぅ?」
 恐らくは、舌にも何らかの障害が有るのだろう。
 満足な発声すら出来そうにないその子の反応を気にせず、私は淡々と問いかける。
「痛い? 苦しい? それとも、どっちも?」
「……ぁい」
 小さく首肯する少年。その背後に隠れるようにしていた男は、私たちが会話している様を見て這う這うの体で逃げ出し始めている。
「そっか。でもゴメンね。
 私はキミを救えない。これからキミを救ってくれる人が現れる保証も、できない」
 ――少年の背後で、その男の頭蓋を、砕く者が居た。
 全身に拘束具を纏った青髪の秘宝種に私は視線も向けず、ただ眼前の子供に向けて真摯に語り続ける。
「ただ。少なくとも今以上に苦しくならないようには、出来る」
「どうする?」と問いながら、取り出したるは一本のナイフ。
 それを少年の胸元にひたと当てれば、少年は小さく震えて、けれど。
「……う、ん」
 彼は、再び首肯して。
「……わかった」
 私も、同じく頷いた。
 少年には見えない、ひとひらの銀の光。次いで咲いたのは赤の花。
 頽れるその身体を受け止め、地に横たえる私は、少しばかり疲れた笑みを手向けに贈り、ゆっくりと立ち上がった。
「終わりましたか?」
「ええ。――さあ、次に行こうじゃない」
 問うた秘宝種の男に小さく言葉を返す。対する男はそれに貼り付けたような笑みを浮かべるのみ。
 周囲は炎上し続ける館の残骸。其処に転がる幾多の屍に一度だけ視線を遣った私は、そうして一人、生者の消えたその場所から離れ去る。
『今この時のように』、誰も救えない私が出来る、唯一のことを成し続けるために。

●現在
「……『奴隷殺し』?」
「応。それが此度、お前たちが対処すべき相手の通称だ」
 何時ものように『ローレット』に集まった特異運命座標達を前に、情報屋の少女は何時も通りの死んだ目で彼らに応対する。
「依頼内容は、要するに或る奴隷商人と、その商品である奴隷たちの護衛だ。
 幻想では奴隷の売買が……まあ禁止されてこそいないものの、人道的な面から否定的な人間が多数でな。それゆえ現状ブラックマーケットが落ち着いているラサに持ち運ぼうという考えらしい」
「……おい、それは」
 特異運命座標の内、一人が苦い顔で呟く様を見ながら、少女は然りと言った体で頷く。
「ああ。これは要するに、過去幻想で起こった大奴隷市……通称『リーグルの唄』の逆だ。
 あの当時はファルベライズ関連の騒動でラサが騒がしかった故に、そちらの奴隷を幻想の各所で売り捌いていたわけだが、今現在向こうは政情的に比較的安定しているからな……闇市場も含めて」
 そうなれば、先にも言ったように倫理観から拒否反応を示す者が多い幻想で奴隷を売るよりも、再びラサに舞い戻った方が売りやすい――と言うのは、何とも安直だが否定しづらい考えである。
「ところが、そう考えて実行に移そうとしたとき、巷で話題に上がったのが『彼女ら』の噂だ」
「……その『奴隷殺し』ってのは、一体どう言う奴なんだ?」
「呼んで名の如く。奴隷、並びにその主人を次々に殺す男女の二人組だ。少ないながら配下も居るらしい。
 ……尤も、その対象は主人に対して苛烈なほど非道な扱いを受けている者に限るそうだが」
 他者から見れば只の人殺し。『主人』からすれば理不尽に自身と商品を危険にさらす外道。
 但し、虐待を受ける奴隷たちからすれば……自身の苦痛を終わらせてくれる、救いの主と言ったところか。
「此度、お前たちに依頼した奴隷商人も、御多聞に漏れず『そう言う手合い』だ。すでにソイツらにも捕捉されているだろう。
 その為、依頼人は比較的早いうちに身を引き払ってラサに移動しようとしている。お前たちはそれらを護衛しろ」
 推定される襲撃場所は、幻想とラサの国境地点にある森林地帯だと情報屋は言う。
 森林内は一本道のみが通っており、多数の奴隷を詰め込んだ馬車はその道しか通ることは出来ない。敵は其処に追い縋ってくることが予想されるとのことだった。
「……但し、森林内の木々の間隔は比較的空いている。『奴隷殺し』達の一部はその中に身を隠し、貴様らに奇襲する可能性もあるだろう。十分に気を付けろ」
 質問は? と視線で問う情報屋に、特異運命座標達は応えない。
「……苦しめつつ生かす罪、殺す罪。多寡は在れども罪は罪だ」
 展開した依頼資料を纏めつつ、情報屋は誰ともなく呟いた。
「地獄を見てこい、特異運命座標。
 其処に在る悪を見た後――――――貴様らの胸中を、声高に叫んでみせろ」

●十か月前
 為すべきを為した。籠の鳥を自由にした。
 ――だから、この身は最早、只の形骸になってしまった。

「……あっ」
『見えない瞳』が視たものは、首を裂かれた少女の姿だった。
 恐らくは、意識を断つ術も同時に用いたのだろう。命を失うまでの僅かな時間をすら、可能な限り痛苦なく済ませようとする女性の表情は、苦み走った笑顔に満ちていて。
「……、……あり、が」
 相対する火傷塗れの少女は。
 そんな女性に、微笑みを浮かべながら瞳を閉じた。
「……それで、アンタは?」
 女性の声が、此方に向けられる。
 無表情の裡に、悲しさと痛ましさを浮かべた女性だった。血に濡れたナイフを丁寧に拭いながら、此方を見遣る彼女に、しかし私は淡々と問う。
「望めば、私はあなた様に殺されるのですか?」
「ええ」
「望まなければ?」
「ここに捨て置く。一応、人も呼ぶように手配するわ。
 ただその後、アンタがどのような人生を送れるかは分からない。最悪、またクソみたいなご主人様に拾われるかもね」
 成る程、と一つ頷く私は、その『視線』を少女の側に向けた。
 少女は、既に息をしていなかった。ただその瞼を閉じ、表情は笑顔のままで。
「……あなた様は」
 幾度も質問を向ける私に、女性は怪訝な表情を向けていた。
「これからも、このようなことを……一人で?」
「何が言いたいの、アンタ」
「私を連れていく心算はありませんか?」
 女性が瞠目した。私は、最初と変わらぬ笑顔のままで言葉を続ける。
「これでも戦えます。あなた様の荷物にはなりません。
 他にも、あなた様と同じような思いを抱く方もお探しになるのは如何ですか?」
「……人を巻き込むのは苦手なんだけれどね」
 ち、と舌打ちした女性に、しかし私は言葉を返した。
「どうぞお気になさらず。私は既に本懐を遂げた亡骸です。
 あなた様の思うように使い潰していただいて結構」
「お断りよ。それは私の『獲物』がすること」
 歎息した彼女は、そうして私の『後付けされた』拘束具のみを破壊したのち、背を向けて次なる奴隷へと歩いていく。
 その、刹那。
「……アンタの名前は?」
「――――――『ミニミス』」
 許しを得るでもなく、私は彼女の後ろについて、同様に歩き始める。



 これが、始まり。
 私たちが『奴隷殺し』と呼ばれる、凡そ一年前の出来事だった。

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『奴隷商人』の生存
・『奴隷』の半数以上の生存

●場所
 幻想――ラサ間の国境地帯に存在する森林です。時間帯は昼。
 下記『奴隷商人』『奴隷』は森林内の中央を走る交易路を移動中であり、『奴隷殺し』達はその途中で襲撃を掛けてくると予想されます。
 また、森林内の木々の間隔は空いているため、複数人での固まった移動でなければ森林内を移動することも可能です。適切なプレイングや装備、スキルが在れば身を隠すことも可能。
 シナリオ開始時、『奴隷商人』『奴隷』たちと、その後方に居る『奴隷殺し』たちの距離は20m、PC達の配置は自由です。

●敵
『奴隷殺し:頭領』
 年齢30代前半、人間種の女性です。自己の経験と考えに基づき、不当な扱いを受ける奴隷と、それを扱う主人たちの殺害に血道をあげています。
 戦闘スタイルはナイフを介した近、中距離を主軸としたもの。攻撃、物理耐久方面に対するオールラウンダーである反面、神秘属性の攻撃に対しては弱いです。
 その他能力に対しては平均以上程度。正面からぶつかるならともかく、本シナリオのように他の目的の傍らで相手取るには厳しい存在(彼女の仲間たちも含め)です。
 戦闘開始時点では軍馬に乗っています。此方も装具その他で耐久力は高め。
 本シナリオで彼女を倒すことは成功条件には含まれません。

『ミニミス』
 年齢不詳、秘宝種の男性です。上記『奴隷殺し:頭領』に付き従って行動しております。
 戦闘スタイルは両足を介した完全近距離物理型。また複数の消耗型アーティファクトを有しており、自身の気配、認識を薄れさせる能力を有しています。それが齎す具体的な効果は不明。
 戦闘開始時点では普通馬に乗っていますが、必要であれば自身のみの移動も可能です(常時副行動消費)。
 本シナリオで彼を倒すことは成功条件には含まれません。
 ////////////////////
『――――――知らない人。覚えていない人。
 ただ少し、その名前を聞くと心が温かくなる人』

『奴隷殺し:構成員』
 上記『奴隷殺し:頭領』の思想に共感した者たちです。数はシナリオ開始時点で5名。
 確認した限りでは遠距離範囲攻撃に特化した者が殆どですが、少数ながら行動妨害役も居ります。
 移動速度の関係で軽装ではありますが、その分身のこなしにも優れており、尚且つ戦場に於ける立ち回りも上手です。
 戦闘開始時点では普通場に乗っています。装具は些少ながら取り付けており、その為長時間の戦闘となると徐々に『奴隷商人』『奴隷』たちが乗る馬車から引き離されていきます。
 本シナリオで彼らを倒すことは成功条件には含まれません。

●その他
『奴隷商人』
 幻想の闇市場を拠点に様々な奴隷を取り扱う商人です。年齢40台後半である人間種の男性。
 昨今の幻想内における奴隷売買に対する否定的な風潮と、自身が『奴隷殺し』に狙われていることを自覚し、ラサに拠点を動かそうと計画しました。
 シナリオ開始時点、彼は下記『奴隷』たちと同じ馬車の御者となっており、後方から追う『奴隷殺し』たちから逃げるべく全力で馬を走らせています。
 彼らが乗る馬車は一般的な幌馬車であり、また馬にも装備は無いため、一定以上のダメージを受けると馬車は停止します。
「かばう」ことは可能ですが、『奴隷商人』『馬車』『奴隷』達はそれぞれ別個のキャラクターとして戦場に配置されています。

『奴隷』
 上記『奴隷商人』の商品である奴隷です。その全員が不潔な身なりの状態で、上記『奴隷商人』と同じ馬車にて拘束されています。
 主な用途は重労働や家畜として、或いは『部位ごと』に違う者も。
 数は合計で20名ですが、本シナリオ中では彼らはその全員を一個のキャラクターとして扱い、シナリオ中に減損した体力を参照して死者が発生します。これに対する回復スキルでの「やり直し」は無効。
 シナリオ中、彼らに対して「全キャラクターは」会話することが可能であり、それに対して行動が変化することもあります。

『レギュレーション』
 本シナリオでは、敵と護衛対象が常時騎乗状態で移動し続ける内容となっております。
 参加者の皆様はこれに対してアクセサリー等による騎乗動物系統を装備するか、『奴隷商人』らが乗っている馬車に同乗することで戦闘に参加することが可能です。
 因みにアクセサリー等で所持していなくとも、騎乗動物自体は『ローレット』が貸与してくれますが、これによって得た騎乗動物には非戦スキルの補正が得られず、また騎乗動物自体の体力もかなり低く設定されております。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、ご参加をお待ちしております。

  • 瓦落多と形骸完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年02月28日 22時07分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
首塚 あやめ(p3p009048)
首輪フェチ
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
エドワード・S・アリゼ(p3p009403)
太陽の少年
囲 飛呂(p3p010030)
君の為に
エア(p3p010085)
白虹の少女
百合草 瑠々(p3p010340)
偲雪の守人

リプレイ


 ――――――ぱきん、という音が聞こえた。
 自身の毛先を軽く切り取る『進撃のラッパ』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)。それを小さな呼気と共に中空に飛ばせば、それら一本一本が簡易な妖精の形を作り、自身の『後方』に位置する敵に悪鬼の祝福を授けていく。
「無力なら無力なりに黙って見ていなさい。
 力を誇示するなら奴隷を、奴隷商人を支えてみなさい」

 ――『奴隷殺し』、アナタたちは傲慢極まりない。

 逃走する商人と、その商品……奴隷を守る特異運命座標らに対し、それを追う襲撃者たちの構図にありて、相互の感情は既に冷え切ったものとなっている。
「………………」
 対する『奴隷殺し』と呼ばれた女性は――その言葉に対し、何の反応も返すことは無い。
 戦闘は既に開始されていた。敵が見えるや否や、自らの反応速度の高さを生かしていの一番に先手を取ったフラーゴラのフェアリーズゲイムによって、敵方はその足並みを幾らかバラけさせる、が。
「それ、だけかっ!?」
 言葉と共に馬車へ投擲されたのは、割れやすい素材で出来た火炎瓶だ。粘度の高い油を込めたそれは、一度当たれば長時間その身を焼き続けることに違いないが。
「……エドワード」
「任せろよ、飛呂!」
 物憂げな『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)の声音に対し、しかし『奇跡をうたうひと』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)は笑顔で応える。
 並走していた軍馬を奴隷商人らが乗る馬車に近づけ、跳躍。飛来する火炎瓶を馬車に代わってその身で受けた彼を炎が覆いながらも……予め自身に付与しておいたスキルにより、体表を焼く油は然程にも残っていない。
 ち、という舌打ちの音は、恐らく『奴隷殺し』たちのうち何者かのものだろう。それが誰であったかは飛呂にとってどうでも良かった。
「……人の友達傷つけといて」
 ――敵が『そうした連中』ならば、その全てを拉がせてみせようと思ったがために。
「舌打ちくれてんじゃねえよ……!!」
『P-Breaker』が唸りを上げる。放たれた魔弾が追手の肉を噛み、劈き、その傷口を瞬く間に醜く凍らせる。
 同様に、自らの「相方」が傷つく様に、穏やかならざる感情を抱く『暴走シャークライダー』エア(p3p010085)も、また。
「彼らは奴隷なのかもしれません。或いは、この先理不尽な扱いを受けるのかもしれません」
 ……それでも、「ならば苦しむ生を送るならば」なんてと、彼女は憤って。
「同じ生命。なのに奴隷達にだけ生きるという選択肢がない。……そんな状況、わたしは許せません」
 そう謳う彼女の展開する颶風により、敵の多くがその動作を一時止めるも、『奴隷殺し』その人は未だ歩みを止めることは無い。
「クヒヒ! 奴隷殺しさんもナンセンスですねぇ……真に奴隷を想うなら奴隷を幸福にする為にどんな手段でも使うべきでは?」
「………………」
『首輪フェチ』首塚 あやめ(p3p009048)の問い掛けに対しても、相手は変わらず。出だした猟銃が立て続けに二発撃ち込まれれば、エドワードらと同様壁役に努める彼女がそれを受け止め……その胴を容易く貫く。
 痛い。痛い。「それがどうした」と口の中で呟くあやめが、決して浅くはない傷口に構うことなく、朗朗と名乗り口上を上げる。
「クヒヒ! 私は『慈愛のザントマン』の一人……貴方方が大嫌いな奴隷商人です!」
「喰らいつくなら試してみるがいい。尤も、此方とてそれを折る準備は出来ているが」
 あやめの言葉を継ぐように。『金色の首領』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が言葉を紡ぐとともに、金の髪を揺らがせるとともに自らの得物をかちりと構えた。
「奴隷どもを殺す、或いは生かす。
 そのどっちもが奴隷の為を想っての決断で、何方が叶えられるにしても――」
 それを、『死にながら息をする』百合草 瑠々(p3p010340)は見遣り、呟く。
「――所詮、偽善だよ。これからやる事全てな」
 誰ともなく口ずさんだ彼女の、しかし最後の言葉だけは、彼女を『蹴り穿つ』者に向けられたもの。
 多くの敵が、『奴隷殺し』が幾重の攻撃を受けることを余儀なくされた現在までにおいて、しかしそのほぼ全てを潜り抜けた者が、馬車へ、ひいてはそれを庇う者たちへ攻撃を仕掛けてきた。
「……ニル?」
 その襲撃者が呟いた一言に、迎撃役であった一人の秘宝種は。
「ミニ、ミス?」
 ……『おかえりを言う為に』ニル(p3p009185)は、問い返したのだ。


 戦闘の流れはシンプルで、そして戦況は混沌そのものと言える。
 基本、フラーゴラ、あやめ、エアと瑠々。エドワードを除いた四名は馬車に騎乗してのカバーリングを主軸に、身体が空いた際に攻撃や回復、敵の挑発等を行っている。
 残る面々……エクスマリアとニル、飛呂などは攻撃と言うより、敵の足止めや脱落を目的とする妨害行為がメインだ。今回の目的が目的である以上、無理に攻めに転ずる必要は薄いというのが彼らの判断である。
 それが功を奏したか否かは――結果から言うと、半々と言っていい。
「……っ」
 表情の変わらないエクスマリアの毛髪。それがきしきしと擦れるように震える。
 その小躯に怪我らしい怪我はない。それが有るのは彼女ではなく……彼女の騎馬、グリンガレットの方だった。
「……最初から、狙いは『そっち』だったって事?」
「無論。名高い『ローレット』の特異運命座標様方を真面目に削るよりも、その足を封じた方がはるかに手っ取り早いでしょう?」
 忌々しげなフラーゴラの言葉に淀みなく答えたのは、襲撃者の一人……ミニミスと呼ばれる秘宝種の男性だった。
 問題は、敵方と特異運命座標らの作戦の「優先順位の違い」にある。
 特異運命座標らは当初に設定されていた作戦成功条件の通り、商人と奴隷、馬車のカバーが主軸とされていたが、対する敵方は先んじて「逃げる獲物の足を止める」ことを優先目標に置いていた。
 そして、特異運命座標達の中に自らの騎乗動物を庇う者は居なかった。必然、それらが力尽きて倒れることが有れば、残る馬車内の面子のみで敵の攻撃を耐え続ける必要が出てくる。
 姑息だが、効果的な戦法だった。元々のカバーリング対象である三者に含めて自らが乗る動物まで含めれば、特異運命座標達は庇うべき者が余りにも多すぎる。
「あなた、達は」
 ――戦闘は続いている。時と共に木陰から現れてくる新たな追手に対して即席の霧氷術を放ち、その身の各所を凍らせているニルは、しかし眼前のミニミスに対してのみ、その対象には捉えない。
「殺さないん、だね。
 自分から死を選んだ、奴隷の人たち以外は」
「……それが他者にどう映ろうと、私たちは彼らの為に行動していますので」
 ニルがミニミスを攻撃しないように、彼もまたニルを捉えない。
 飛び乗った馬車の上で重ねる震脚。みしみしと音を立てる馬車に並々ならぬ危機感を覚えるエアが、両手を伸ばして声を荒げる。
「あなた達の行いが本当に正しかったとしても、わたし達の行いが偽善だったとしても!」
 ……わたしは、彼等に選択肢を与えたいのだ、と。そう言って。
 双腕を基点に風が取り巻く。気流が生み出した竜の似姿がミニミスを嚙み砕こうとして――けれど、その牙は彼の鼻先を掠めるのみ。
 前虚後実。ミリ単位を見極めた重心移動でそれを躱したミニミスが足を踏み込み、足尖突きをエアの胴に打てば、その身体が真実ボールのように馬車内を転げる。
「あなたは……だれ?
 ニルのこと、しってるの……?」
「――――――」
 ともすれば、エアが放った攻撃から庇おうとすら考えていたニルが、ミニミスに対してそう問うて。
「……嗚呼、そうですか」
 問うた瞬間、ニルは感覚的に理解した。
 ミニミスと言う秘宝種は、「自分を記憶していない」ニルに対して安堵した、と言うことを。
「貴方が自由を手にしていて、良かった」
 二次行動。幾度目かの名乗り口上を重ねていたあやめに対して、ミニミスが再びの蹴りをあやめに放つ。
 エア同様、威力を伴わず、しかし距離を取らせることに重きを置いた攻撃だった。或いはそれが『ニルの仲間を傷つけたくはない』という想いが故か、それはわからなかったけれど。
「貴方に大切な仲間が居て、良かった」
 ――そこまでが、ミニミスに出来たこと。
 両者の会話を焦れた様子で見守っていた飛呂が、これ以上は看過できぬと銃弾を撃ち込んだ。
 致命傷ではなくとも、重傷。胸元を朱に染めたその男は、自らが『戦力外』となった事を自覚し、自ら馬車を転げ降りる。
「私は。……ミニミスは、それがうれしいです」

 ――「ミニミス、うれしいですか?」
 ――「はい。うれしいです」

 その断片に気づき、ニルが手を伸ばしたときには、彼の姿は馬車から消えていた。


 戦闘は佳境だ。
 自身の、或いは仲間の乗る騎乗動物へと回復を施すエクスマリアとフラーゴラによって、脱落者こそ出ていないが、逆を言えば状況はその程度にしか維持できていない。
 特に、エアとあやめはパンドラをも消費している。残るエドワードと瑠々も付与術式の合間合間を速度の高いものが狙い撃ってくるために無事とは言い難い。
「……奴隷殺しとやら。何故、そんなにも奴隷を持つものを、憎む?
 自らの人生に、奴隷と言う存在が、どれほど関わってきたと、言うのだ」
 その途中で、エクスマリアが聞いた。
「何を理由に殺そうが、所詮、己には出来ぬ、救えぬと嘯いて、楽に済まそうとした怠惰には、違い無い」
 それを、理解しているのか。そう問うエクスマリアに、『奴隷殺し』もまた言葉を発した。
「良い啖呵だ。其処のクズを守って、碌でもない売り先に奴隷を捌く手伝いをしているアンタたちの言葉とは思えないね」
「……今のワタシは、昔とは違う」
 言葉を返したのは、フラーゴラだった。
「奴隷を全員守る力も、買い取れる財力も、覚悟も仲間もいる。無力を故に短絡的な行動に出た貴方達とは、違う」
「………………」
 目を見開く『奴隷殺し』は、沈黙の後、
「馬鹿が……っ!」
 ――『問題の本質を理解しえない』特異運命座標達に、そう言葉を零した。
 何を。そう問い返そうとしたフラーゴラよりも早く、『瓦解』が始まる。
 エクスマリアの騎乗動物が倒れたのだ。必然それに乗っていた彼女は、残る面々の速度に追いつかず、必然的に戦闘からは脱落したことになる。
 癒し手を担う双壁の内、一つが崩れれば残りも早い。続いてニルの陸鮫も力尽き、エドワード、飛呂の鱗馬も限界が近い。
 当然、それまでの間に行ってきた妨害工作が無駄と言うわけではない。『奴隷殺し』、ミニミスを含め最初は七名いた敵に加え、戦闘中に追加された増援の五名までもを的確に対処し続けた特異運命座標達によって、ラサまでの国境はもはや目の前と言っても過言ではない。
 双方に限界は近い。それを理解している『奴隷殺し』も、再度弾込めした猟銃を構え、その刹那。
「……あんた、諦めてんだろ」
 姿勢は変えず、目線だけを送る女性。崩れかけた軍馬に乗るエドワードが、しかし未だとばかりに馬車を庇う姿勢を止めず、幾度も声を重ね続けた。
「自分にあいつらは、本当の意味じゃ救ってやれねーって。そう思っちまったから、こんな手段しか取れなくなっちまったんじゃねーか?」
「……仮にそうだとして、ならアンタは?」
 質問に、エドワードは笑う。
「『オレは諦めねぇ』」
 笑って、決意を口にしたのだ。
「あんたが一度でもあいつらを本当の意味で救いてーって願ったことがあるんなら……その思いが、もう捨てちまったもんだとしても。
 その思いは、オレが拾う。拾って、繋げて、そんで……叶える!」
 だから、アンタも。
 そう言おうとしたエドワードに、しかし『奴隷殺し』は咆哮を挙げる。
「なら、それを為してみな!」
 向けられた銃口。撃ち込まれる銃弾。
 散弾を全身で受けるエドワードは、全身から血を零して尚も揺るがず、銃を担う女性もまた揺るがず。
 二次行動。再度の弾丸を以てしても少年の身体は動かなかったが……彼の軍馬は、限界を迎えた。
 乗りて共々倒れ込む馬。更なる脱落者に特異運命座標らがいっとうの危機に追い込まれ――そして同時に、それを脱する瞬間をも迎える。
「……撤退だ!!」
 声を上げたのは『奴隷殺し』の側だった。
 国境付近。これ以上の追撃は幻想だけなく、ラサ側の反感も買いかねないことを理解した彼女によって、敵は憎悪の視線を燃やしつつも追撃を緩め、その身を翻していく。
 依頼目標は達成され――けれど、特異運命座標達にとって、もう一つの戦いが起こる瞬間でもあった。


「……は、それは、何と言いますか」
 ――奴隷たちを買い取りたい。
 戦闘が終わって後、そう口火を切ったフラーゴラに対して、奴隷商人の側は困惑した様子で額の汗を拭う。
「何か、御不満が?」
 重ねて聞いたのはエアだった。此処まで語られてはいないものの、事前に彼女もまた商人へ口添えをしていたのだが……若干脅迫を伴ったそれをしても、商人には商人なりの意見がある様子である。
「……既にご存じの通り、私はもともと幻想を拠点としていたところを急遽ラサに移動しました。
 それゆえ、持っている『資産』はこれらだけ。それを今すぐすべて手放せ、と言うのは……」
 或いは高値で売れる商品を、今この場ですべて寄こせと言うこと。これはこの男が奴隷を扱わずとも、商人であれば誰しも難色を示す。
 相手の人格ばかりを念頭に置いた対応に気を取られていた為に、そうした当然の道理を置き去りにしていたという点では反省すべきだろう。エクスマリアが小さく息を吐きながら頬を掻いた。
「……無理を言ってるのは承知です。そちらの言い値の三倍を提示しましょう」
「! それは、成程……」
 今この時も、頭の中で目まぐるしく算盤を弾いているのだろう商人に、飛呂とあやめの二者もまた言葉を告げる。
「彼のお方の身分は保証いたしますよ。何より特異運命座標である我らは顔が広い。此処で恩を売っておく気は在りませんか?」
「第一、俺たちの護衛は『奴隷殺し』一派に対するものだけだ。
 奴らが去った以上、後はお前が一人で奴隷たちを連れて行く必要があるぜ?」
 飴と鞭のちらつかせ方の上手い二人の言葉に、商人も然りと笑んでフラーゴラ達に握手する。
「……分かりました。ラサであくせく交渉にいそしむより、此処で貴方達に売った方が私としてもよさそうだ」
 直ぐに渡される手錠、足枷の鍵。それらを受け取ったフラーゴラはすぐさまそれを使って奴隷たちを解放する。
「……?」
 話に置き去りにされていた奴隷たちの対応は、困惑の域を出ない。
 ただ。奴隷たちの一人が、進み出て言う。
「ぼく、たちは。
 ……ぼくたちは、なにをすれば、いいですか」
 恐らくは、新たな主なのであろうフラーゴラに、上目遣いで問い掛ける奴隷。
 問う側からすれば自然な質問に、一瞬彼女も言葉を詰まらせるが。
「……それは、すぐには決めなくていいんじゃねーかな。今は生きて……そっから一緒に見つけようぜ」
 そんなフラーゴラの肩を軽く叩きつつ、エドワードが奴隷たちに言った。
 同じように、ニルも。
「今は苦しくてつらくても、やりたいこと、思いつかなくても。
 生きていればたのしいことやおいしいものに出会えるかもしれない。だから……」
 ――先ずは、自分を諦めないで、と。
 特異運命座標らの言葉を受ける奴隷たちは、未だその全てを受け止め切れていない。
 ……受け止め切れては居ないが、それでも。
「あの。……ご主人、様」
「……どうしたの?」
 むず痒い呼び方を訂正させるべきか迷ったフラーゴラに奴隷の一人が、最初に言った。
「何でもします。言う事、ちゃんと聞きます。
 だから……僕たちに、ご飯を頂けませんか?」
 とても些細な、けれど確かな、自分の願いを。



 ――和気藹々と言った様子で奴隷たちと会話する仲間たちを遠巻きに眺めていた瑠々は、幾つかの錠剤を呑んでは商人が去っていった方角へ視線を向ける。
 ……「馬鹿が」。そう言った『奴隷殺し』の言葉の意図を、彼女は真実理解していた。
 何のことは無い。彼の商人は「奴隷を売る者」ではない、「奴隷を売り続ける者」なのだ。
 ああいう手合いが商品である奴隷を仕入れる方法は大きく分けて二つ。一つは借金などで身を持ち崩した者、またはその身内を捨て値同然で買いたたくこと。
 そしてもう一つが……人里などを襲撃して、住人全てを「奴隷にする」方法だ。
 無論、この方法は当然易しくはない。だが不可能と言うほどにラサ中枢は奴隷商人たちに睨みを利かせているわけでもなく、なによりあの商人はそれを実行可能とする力……フラーゴラから得た『軍資金』が存在する。
 何れ、中枢には認知されていない村の一つ二つが滅びるかもしれない。或いは商品としての見込みが高い一般人が幾度、人知れず攫われると言ったところか。
 それらを全て予測しながらも……瑠々は小さく、自嘲じみた笑みを零すだけ。
(……所詮、人は人だ。そう簡単に変わりはしない)
 奴隷を連れた仲間たちと共に去る途中、砂交じりの風が皆の頬を叩く。
 それが救われた奴隷たちへの祝福か、或いはこれより奴隷となる者たちに向けられた哀惜か、彼女には分からなかった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、有難うございました。

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