PandoraPartyProject

シナリオ詳細

商品に体を張れ。或いは、砂漠の“蠅の王”…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●砂漠の蠅の王
 ラサの砂漠に砂塵が舞った。
 ギシ、と軋む音を鳴らして大型の馬車が傾いた。
 御者を務める若い女は「おっと」と慌てた声を零して手綱を手繰る。
 馬車を引く馬が嘶いて、ゆっくりと馬車が停止する。
「何かを踏みつけたみたい。ちょっと見て来て貰えますか?」
 興奮している様子の馬を宥めつつ、御者の女性……フフという名のラサの商人である……は荷台に向かって声をかけた。
 フフの指示に従って、馬車を降りたのは3人の女性だ。
 カウガールスタイルの姉妹、アン・バゼットとメアリー・バゼットは砂上に降りると同時に馬車の左右へ展開した。
 盗賊などのならず者を警戒しているのだ。
 付近に怪しい影は見えないが、岩陰などに隠れていないとも限らない。砂漠の途中で馬車を止め、積み荷を奪うべく襲いかかるというのは盗賊の常套手段だ。
 例えば先ほど馬車が轢いた“何か”が盗賊の仕掛けた罠かもしれない。
 馬車が自然に停車するのを待つぐらいなら、罠を仕掛けて無理やり止めた方が早いと考えるのは当然だ。
「んー? んん? なんだろ、これ?」
 バゼット姉妹が周囲を警戒するうちに、小柄な少女が馬車の車輪と、轢いた何かを手早く調べる。幸いなことに車輪は無事だ。破損などは何処にも無い。
 次に、何を轢いたのかと、来た道を戻った少女……プティはそこで奇妙なものを目にする。
「乾いた革袋? 革で作ったおまんじゅう? でも、蠢いているような……」
 ポツリ、と。
 プティの零した呟きは、バゼット姉妹の耳にも届いた。
 次の瞬間、バゼット姉妹は同時に行動を開始する。
 アンは馬車の屋根に飛び乗り、慌てて周囲へ視線を巡らす。
 メアリーは、プティの元に駆け寄ると小さな体を抱えて馬車へと引き返す。
 直後、バツン、と何かが裂ける音がして……。
 プティの見つけた皮の袋が2つに破れ、中から無数の……例えばそれは、砂漠に突如として現れた黒雲のようにも見えるほどの……羽虫の群れが溢れ出す。
 う゛う゛う゛う゛と耳障りな音。
「は、蠅!?」
 それを見ていたフフは思わず悲鳴を上げた。
「馬車を走らせろ!」
「急いで下さい! とにかく、蠅を振り切って!」
 アンとメアリーが同時に叫ぶ。
 2人は馬車の屋根に立って、追いすがる蠅の群れへ銃弾を撃ち込んだ。
 続けざまに鳴る銃声は、都合10を越えただろうか。
 しかし、焼け石に水とはまさにこのこと。
 大群のうちの100や200を仕留めたところで、蠅の勢いは減衰しない。
「ちくしょう! 手数が足りねぇ!」
「私たちに構わず馬車を走らせて! 決して止まらないように!」
 あっという間に追いつかれ、2人は蠅の群れに飲まれた。
 リロード途中の薬莢が、屋根の上を転がっていく。
 走る馬車から転落し、砂上で藻掻く2人の体を蠅が囓った。
 メアリーの指示に従い、フフは懸命に馬車を疾駆させている。
 速度を上げた馬車が次第に遠ざかる。
 それでいい、と砂と血と蠅に塗れたアンは呟く。
 けれど、しかし……。
 馬車の進路を黒雲が塞ぐ。
 否、それは夥しい量の蠅を引き連れた女であった。
 手には曲がった長杖を、背には革の袋を背負い、砂色のローブを風に靡かせるいかにも魔術師然とした痩せた女である。
 アンとメアリーが見つめる先で、蠅の群れは馬車をあっという間に囲み、持ち上げる。
 フフとプティの悲鳴が響く。
 バゼット姉妹は、地面に倒れたまま起き上がれない。
 攫われていく2人を助けることも叶わないまま、アンとメアリーは意識を失った。

●首に値段の付く輩
 ラサ南東、沿岸部。
 自身の商会本部にて、書類を整理していたラダ・ジグリ(p3p000271)が訝しげに視線を上げる。
 扉へ目線を向けて数秒、警戒した面持ちで傍らに置いたライフルへと手を伸ばす。
 ラダの鼻が拾ったのは、濃い血と汗の臭いであった。
 息を潜め、指先を引き金へとかけたラダは下半身を馬へと変えて腰を落とした。
 危険と判断した場合、即座に迎撃或いは逃走へと移るためだ。
 数秒、足を引きずるような音が耳朶を震わす。
 やがて、商会の扉が開き……部屋へ倒れ込んで来たのは血塗れのアンとメアリーだった。

「襲ってきたのは“蠅の王”って呼ばれている悪党さ」
 意識を取り戻したアンは、治療を受けつつそう言った。
 アンとメアリーが護衛を務めていた馬車は、ラダの領地へと向かう途中であったらしい。
 積み荷はラダの扱う商品と、腹持ちの良い食料の類だ。
 何でも、ラダの領地には定期的に大量の人が流れ込んでくるのだという。
「悪いな。大切な荷馬車も、御者たちも、全部持っていかれちまった」
 掠れた声で謝罪を述べるアンの顔には苦悶が滲む。
 蠅の群れに為す術も無く破れたことが、ひどく堪えているようだ。
 包帯を巻かれた脚を拳で殴りつけ、苛立たしげに舌打ちを零す。
「……代価も払わず、荷だけを奪う輩を2人はどう思う?」
 静かな声でラダは問う。
 脂汗を滲ませながらアンとメアリーは視線を逸らした。
 なにせ2人は、しばらく前まで盗賊稼業に身をやつしていたのだから。
 言ってしまえば、今回2人を襲った“蠅の王”とやらは、元同業者ということになる。
「代価は支払われなければならない。そして、商人は契約に従順でなければならない。私は攫われた2人に大した危険の無い仕事だと伝えたからな」
 “蠅の王”の襲撃は、確かに不測の事態ではある。
 しかし、だからといってフフとプティを見捨てることは、重大な契約違反であるとラダは判断したようだ。
「積み荷は取り返す。フフとプティは無事に助け出す。そして“蠅の王”とやらには、狼藉の代価を支払わせよう」
 そう言ってラダは、バゼット姉妹へ1枚ずつの金貨を手渡した。
 姉妹の知る“蠅の王”の情報を、買い上げようということだろう。
「居場所は砂漠のどこなんだ? どういった技能を有している? 知っていることを洗い浚い吐いてくれ」

 道中、馬車を襲った者の名は“蠅の王”と呼ばれる砂漠の盗賊だ。
 その名の通り、操る蠅を媒介に【懊悩】【疫病】【暗闇】を付与する魔術を使う。
 絶えず砂漠を移動しており、時折今回のように商人や旅人などを襲っては、積み荷と人を攫っていくというのが“蠅の王”の主な仕事だ。
「それから、あいつは警戒心が強いと聞きます。“蠅の王”に攫われる者は例年多くいるものの、決まって馬車なら1台まで、人なら5名以下の場合だけターゲットにされるとか」
「なぜ人まで攫うんだ? その場で殺めてしまえば、面倒は無いだろうに」
 例えば、今回バゼット姉妹は運良くラダの元まで帰還できたが、それは2人が“生き残ること”に特別長けていたからだ。
 蠅に体中を囓られ、荷物も足も奪われたまま砂漠の真ん中に放置されれば、十中八九、生き残ることは難しい。
「あー……こいつは噂なんだが」
 言葉を選ぶようにしながら、アンがラダの問いに答える。
「蠅を操るって魔術の性質上、まずはどこかから蠅を調達する……或いは、増殖させる必要があるわけだ」
 そこまで言って、アンは言葉を止める。
 “蠅の王”が人を攫う理由に思い至ったラダは、頬を引き攣らせていた。

GMコメント


●ミッション
盗賊“蠅の王”の捕縛

●ターゲット
・蠅の王×1
砂色のローブを纏った痩せた女性。
手には曲がった長杖を餅、背には革の袋を背負う。
膨大な数の蠅を操る魔術を得意としているようだ。
広い砂漠のどこかに居るはず、とのこと。
現在はおそらく、奪った馬車で移動していることと思われる。
蠅の王は警戒心が強く「馬車1台、5名以下の場合のみ襲う」というルールのもとで襲撃を行う。

蠅の軍勢(単):物遠単に中ダメージ、連、懊悩、疫病、暗闇
 単一の対象を狙った蠅の群れによる襲撃。

蠅の軍勢(範):物中範に小~中ダメージ、連、懊悩、疫病、暗闇
 複数の対象を狙った蠅の群れによる襲撃。


・フフ&プティ
ラダの依頼で大量の積荷を運んでいた砂漠の旅商人。
フフは成人した女性、プティは小柄な少女である。
蠅の王に捕まり、馬車ごとどこかへ連れ去られてしまった。
蠅の王を捕縛することで、彼女たちの救出と荷物の回収は叶うだろう。


●情報提供者
アン・バゼット:https://rev1.reversion.jp/illust/illust/58960
メアリー・バゼット:https://rev1.reversion.jp/illust/illust/58961

ラダの監視下にある双子の盗賊。
重症を負ってはいるが意識はある。
満足に歩ける状態ではないため、同行させる場合は何かしらの手を考える必要があるだろう。
砂漠へ同行させれば、有益な情報や元盗賊としてのアドバイスが貰えるかもしれない。

●フィールド
ラサ。
街やオアシスから遠く離れた砂漠の真ん中。
暑さは控えめ。空気はからりと乾燥している。
時折、サボテンの群生地が見られる他は身を隠す場所が存在しない。
捜査範囲は広大だが、相応の工夫や行動により蠅の王の居場所を突き詰めることは可能だろう。
もっとも、こちらが蠅の王を発見するころには、蠅の王もこちらを補足しているものと思われる。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 商品に体を張れ。或いは、砂漠の“蠅の王”…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年02月12日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
冬越 弾正(p3p007105)
終音
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
ルナ・ファ・ディール(p3p009526)
ヴァルハラより帰還す

リプレイ

●蠅の王
 砂漠の商人、フフとプティが誘拐された。
 護衛任務に就いていたアンとメアリーより報告を受けた『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は早速行動を開始する。
「彼女達は責任を果たした。ならあとは残る2人の救出と賊への報復だけだ」
 フフとプティを誘拐したのは“蠅の王”と呼ばれる砂漠の盗賊だ。
 ラダはチームを2つに分けて、蠅の王を捜索する。
「熱砂の友が住むこの地は僕が心を通わす植物が少なすぎる……索敵はしにゃこ達にお任せするよ」
 ラダの操る馬車の荷台で『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)はそう呟いた。
 ウィリアムの言う通り、辺り一面は砂丘ばかりが広がっている。蠅の王はフフとプティの乗った馬車も一緒に攫って行ったはずだが、轍らしき痕跡は見当たらない。
「フフさんとプティさん……またこんな目にあってるなんて、ね」
「確かこれが4回目! そろそろお祓いとか受けた方がいいかもです……」
 馬車の荷台から周囲を見渡し『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)と『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は言葉を交わしていた。
 2人の会話を聞きながら、ラダはひとつ溜め息を零す。
 フフとプティは砂漠を旅する商人だ。その縁もあって、領地の経営に関する荷物の輸送を依頼したのだが、2人の巻き込まれ体質を舐めていた。
 そんなことを考えながら暫く、突然ウィリアムが立ち上がる。
「……っ!? ラダ、進路を北東へ! B班に動きがあった」
「あぁ、こちらにも弾正から連絡があった! 速度を上げるぞ!」
 どうやら、仲間たちが蠅の王と遭遇したらしい。
 ラダは馬に鞭を入れ、馬車の速度を1段あげた。

 渇いた砂漠を馬車が走る。
 手綱を握る『長頼の兄』冬越 弾正(p3p007105)は額に滲んだ汗を拭った。ちらと横目で隣に座る『雷虎』ソア(p3p007025)を一瞥すると「見つかったか?」と短く問いかける。
「ボクね、探し物は得意なんだ……ふっふー、女の勘かしら?」
「……まぁ、手がかりの1つもないからな。どちらへ向かうべきだと思う?」
「うーん? あっち!」
 そう言ってソアが指差したのは北の方角。
 弾正は手綱を引いて、馬車の進路を北へと向けた。
「ってかよ、あいつらこの間も流砂に落ちてなかったか? 運がねぇっつーか、迂闊っつーかな」
「ハッ。あいつら、よくよく面倒事を持ち込みやがるぜ。今度はこのおれさまに害虫駆除ならぬハエ叩きを頼むとはよ!」
 馬車の荷台には『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)と『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が乗っている。ターゲットである“蠅の王”は、その名の通りに大量の蠅を引き連れているということだが、現在のところそれらしい影は見当たらない。
 遭遇したアンとメアリーの話では、まるで黒雲のようにも見えるほどに膨大な量の蠅がいたということだが、ともすると平時は蠅を散らばらせているか、どこかに隠しているのかもしれない。
 蠅の王はその存在を知られていてなお、これまで捕縛されていない相手だ。
 捕まらないには、捕まらないだけの理由があって然るべきだろう。例えばそれは戦闘力であったり、捕縛を逃れるだけの立ち回りであったりだ。
「しかし、バゼット姉妹──他人を信用しねェあいつらを拾うなんざラダの嬢ちゃんも物好きだねえ。ま、昔は昔だ、足を洗ったならそれで結構!」
 酒の瓶を傾けて、グドルフは強い酒精を喉へと流し込む。
 以前にアンとメアリーの2人とは命の取り合いをした仲だ。別段に中が良いわけでもないが、2人が盗賊稼業に就いていたころにその悪名も聞いている。
 そんな2人が、今や仲間の元で働いているというのだから、思うところの1つや2つはあるのだろうか。愉し気な様子で酒を飲んでいるグドルフへ、ルナは呆れたような視線を向けるのだった。
「よぉ、相手は潜伏と狩りの素人じゃなさそうだ。気分よくはねぇがこっちもみられてると思って油断しねぇ方がいいんじゃねぇか?」
「そいつは違うぜ、ルナよ。蠅の王は臆病者だから捕まってねぇんだ。つまり、こっちがいかにも警戒している様子を見せている間は、襲って来やしねぇんだよ」
 蠅の王が襲うのは、馬車1台、人間5人以下という小規模な獲物だけだ。盗賊が狙う獲物としては規模が小さいように感じるだろうがそうではない。個人で活動する蠅の王が商団なんかを襲っても、戦果を回収しきれないのだ。
「なるほどな。まぁ、ソアや弾正も外を見張っているわけだし、屋根の上にはウィリアムの寄越した砂トカゲも……あ?」
 ピタリ、と。
 そこでルナは言葉を止めた。
 視線を窓の外へと向けたルナの視界に映ったのは砂トカゲの脚骨だ。肉も血も綺麗に食いつくされた白い骨が、たった今しがた屋根から砂上へ落ちて行った。

●蠅の王の襲撃
 初めは1匹の蠅だった。
 馬や酒の臭いに惹かれたのだろうか。顔の周りを飛び回るそれを、弾正は手で追い払う。
 次いで2匹、3匹と蠅の数が増えて来る。
 速度はさほど出していないとはいえ、馬車を追いすがる蠅たちはなかなかに飛行速度が速い。
 次々と蠅の数は増し、気が付けばその数は裕に100を超えていた。
 そうなってくると流石に状況がおかしいことも分かるのだが、既に後手に回っているのだ。だからといって馬車を停めては、大量の蠅に群がられるだけ……場合によっては馬が喰われることを考えると、迂闊に速度を落とすことも出来ない。
「わぁ、前! 前! 何か落ちてる!」
 前方を見張っていたソアが注意を促す。見れば、馬車の進路上に皮袋のようなものが転がっていた。暫く前までそんなものは無かったはずだが……おそらく、蠅の群れが運んで来たものなのだろう。
「すまない! っ……視認できない!」
「ぅぇえっ!?」
 顔に群がる蠅のせいで、弾正の視界は塞がれている。その状態では馬車を十全に操ることは難しい。
 馬車はまっすぐ、皮袋を踏みつぶし……大きく傾いた車体から、ソアとグドルフが投げ出された。次いで、馬車の車軸から軋んだ音が鳴り響く。
「ツイてないな」
 自分の身体へ手を触れて、燐光のベールを纏う弾正。次いで、落下したソアへ同じものを付与する。
「進行方向にいる……! 馬車に蠅が追い付いて来たんじゃなくて、蠅の跳び回っていた位置に、馬車が到達したんだよ!」
 地面に倒れたままの姿勢でソアが叫んだ。
 馬車から飛び降りたルナが、ソアの身体を引き起こすと自分の背へと担ぎ上げる。
「人影は見当たらねぇが、間違いないんだろうな! だったら……そら、鬼ごっこと洒落こもうぜ。俺ァ下手な馬車よりはえぇぞ?」
 地上の3人と馬車の両方を襲うべく、蠅の群れが横に広がった。
 カバー範囲は広いが、防壁としてはいかにも脆い。まずはルナが地面を蹴って蠅の壁を突っ切った。その様はまるで黒い疾風のようでさえある。
 次いで、空気の震える振動。
「ちっ、鬱陶しい蝿どもだぜ。虫じゃなくてボインなオンナにモテてェんだがよ!」
 蠅の群れに肉を齧られ、あちこちから血を流しているグドルフが人にあり得ない軌道と速度でかッ飛んだ。
 直後、轟音が鳴り響く。
 音を置き去りにする急加速は、相応にグドルフの身体に負担をかける。ゆえにこれほどの加速を得られるのはこの1回だけとなるが……その分、効果は絶大だった。

 馬車が1台。
 獲物は4人。
 いつも通りの安い仕事だ。
 食糧と馬車は少し前に手に入れている。同時に女と子供も捕まえた。
 食い物と足は問題ないが、その際に消耗した蠅の数が多すぎた。早急に蠅を増やすためには、もう3~4人は捕まえておきたいところだ。
 蠅の偵察で割り出した進行ルートに、蠅の群れを待機させる。
 後は勝手に、獲物の方から罠にかかるという寸法だ。
 何度も繰り返した手口。何度も成功した作戦。
 今回も、当然にそうなるはずだった。
 けれど、しかし……。
「うざってェ、邪魔クセェ! それとも何だ、おれさまがクセェってかあ!? あァ!?」
 身体を蠅に齧られながら、砲弾みたいな勢いで突っ込んでくる男はなんだ。
 手にした戦斧と山賊刀を大上段に振りかぶり、蠅の防壁を突き破ってそれは蠅の王の眼前へと辿り着いた。
 蠅を相手に無駄に手を打つことはしない。
 つまり、はじめから狙いは蠅の王だったということだ。
「っ……傷も治ってんのかい。っていうか、あんた……まさか三賊のっ!?」
 悪人は悪人を知る。
 長く盗賊稼業に身をやつしている蠅の王は、目の前の男を知っていた。幾分に古い噂のため、半ばほど都市伝説のようなものだが、なるほど間近で相対すれば“三賊”などと呼ばれ世間を騒がせた男の実力が、はったりでないことは容易に理解できた。
 蠅の群れに騎乗し、滑るように後退する。そうしながら、自分の眼前に蠅の群れを展開させてグドルフの進行を止めた。
「よぉ、グドルフのとっつぁんにばかり気を取られてていいのかぁ?」
「っ……ケツにロケットでも積んでのかよ!」
 怒声を1つ。
 蠅の半分をルナの妨害へと移す。グドルフとほぼ同じ位置を疾駆していた黒い獣を意識の外にやってしまったのは悪手であった。
 けれど、リカバリーは間に合う。
 ルナが狙撃銃の引き金を引くよりも、ほんの一瞬だけ早く蠅の展開が完了する。跳び回る弾丸に蠅は次々撃ち潰されるが、時間稼ぎには十分だ。
 いつの間にか狩られる側と狩る側の立場はすっかり入れ替わっていた。おまけに後方からは弾正の操る馬車も追って来ているのだ。
 交戦を長引かせれば、その分だけ蠅の王は不利になる。
 ならば、選択肢は1つ……逃走に限る。
 蠅から飛び降り、踵を返した蠅の王は……直後、顔面を深く裂かれて悲鳴をあげた。
「……と、虎?」
 蠅の王の顔面を抉ったのは、1匹の美しい虎だった。
 顔を血塗れにしたまま、虎を見やる蠅の王。その視線の先で、虎の身体は骨格を変え、小柄な少女の形を取った。
「貴方も生きたまま食べられる気持ちを分かった方が良さそうね?」
「分かりたくないね、そんなもん」
 蠅の群れを背後に引き連れ、王はゆらりと立ち上がる。

 蠅の群れに紛れるように逃げ出した。
 戦えば戦うほどに消耗するのは自分だと、早々に理解したためだ。人を殺すことではなくて、生きる糧を奪うことが蠅の王の目的である。
 自分の命と戦利品を秤にかければ、当然に前者の方が重たい。
「これ以上、蠅を消耗する前に……」
 砂漠の真ん中にボロ布をかけて隠しておいた馬車を回収して逃げる。逃げた先で、女と子供を苗床にして蠅の数を増やす。
 今回の仕事は赤字だ。
 蠅も多くを失い過ぎた。
 幸い、ソアの足止めにも成功している。すぐに突破して来るだろうが、さすがに馬車には追いつけまい。
 黒い外套のフードを脱ぎ捨て、蠅の王は額に滲んだ汗を拭った。
 白く渇いた顔が顕わになる。
 ぽたり、と頬から滑り落ちた汗の雫を避け、砂トカゲが逃げていく。
 隠した馬車はすぐそこだ。逃走を確信し、熱い吐息を1つ零した。 
 その刹那……鳴り響く銃声と、手首に走る強い衝撃。
「ぃぎ……いぃ!」
「追いついたぞ……さぁフフとプティの居場所を吐いてもらおうか。それとも次はお前が蠅の苗床になるか?」
 銃声は聞こえた。
 女の声も。
 しかし、狙撃手の姿は見えない。
「蠅よっ」
 馬車に控えさせていた蠅に命令を下し、狙撃手の位置を探させる。蠅が飛び立った拍子に、馬車にかぶせた布が捲れて、風に攫われていく。
 幸いにもそれはすぐに判明した。
 砂上に伏せて、砂色の布を被った女の姿を見つけた。女の隣には、金の髪をした青年の姿がある。
「蠅の群れを探すのは、存外に手間が無かったよね」
 潜んでいたのはラダとウィリアムだ。
 逃走途中の蠅の王を、ウィリアムの砂トカゲが見つけていたのだ。ウィリアムは砂トカゲより得た情報をもとに蠅の王の逃亡先へと先回りし、こうして控えていたというわけである。
「さぁ、お二人を返してもらいましょうか…!」
 背後に足音。
 黒い髪の女は、冷気を纏って現れた。
 肩に担いだ氷の鎌は、魔力によって生み出したものか。
「っ……もう1人いるのか。はいそーですかと」
「ま、簡単に返して貰えるとは思ってないけれど、ね!」
 接近戦を不得手としている蠅の王だが、だからといって簡単に降参する気にはなれない。何より命が大事だし、不利と見れば逃げることも躊躇いはしない蠅の王だが、何もせずに降参することだけは良しとしていない。
 降参し、捕縛された末に待ち受ける未来は良くて終身刑、悪くて即座に縛り首といったところか。追い詰められても負けを認めず抗うことが、結果として延命につながるのだ。
 エルスが鎌を一閃させる。
 蠅の群れが、氷の刃を齧って削る。
 エルスと交戦しながらも、ラダとウィリアムへ注意を向ける蠅の王は……こそこそと、背後を進むしにゃこの姿を見逃した。

●フフ&プティ救出作戦
 喉が渇いた。
 腹も空いた。
 車内に籠った熱に頭がぼんやりとする。
 耳障りな蠅の羽音は、つい先ほど全てどこかへ消え去った。
 だから、どうしたというわけでも無いが……少しだけ不快感が減った気がする。
「ぅ……」
 縛られた腕は動かない。
 フフの隣には、意識を失ったプティが転がっている。せめて彼女だけは逃がしてやりたいと、衰弱した身体に鞭を打って、蠅の死骸が転がる床を這いまわる。
 馬車の扉を開くほどの力は無いが……それでも、動かずにはいられない。
「だ、れか……助けて」
 分厚い扉に額を押し付け、声の限りに助けを呼んだ。
 縛られた手で扉を開けることは出来ない。
 喉から零れた声は掠れたものだけれど、誰かの耳に届けば良いと……。
 果たして……。
 扉の向こうで銃声が数発。
「はい、毎度お馴染みしにゃこちゃんが助けに来ましたよ! 蝿は駆除したので大丈夫です!」
 扉を開けて現れたのは、桃色の髪をした見慣れた少女の顔だった。

 戦場にもう1台の馬車が付く。
 手綱を握る弾正が助け出されたフフとプティへ手を差し伸べた。
 荷台から飛び降りた、グドルフ、ソア、ルナの3名が戦線に加われば、もはや蠅の王に勝ち目はないだろう。
「まて! 獲物を持っていくんじゃないよ!」
 逃走を図るフフとプティに気が付いたのか、蠅の王が怒声をあげた。
 追いすがる蠅の群れが、手綱を握る弾正を襲った。
「ぬっ、またか!?」
「問題ない。発進の準備をしてくれ!」
 視界を塞がれた弾正の耳に届いたのはウィリアムの声だ。
 次いで、目の眩むような閃光。
 焼かれた蠅の群れが地面に落ちる。
「くそ、待ちやがれ!」
「……貴様は、ラダ殿に行く末を委ねるがいい」
 フフとプティ、そして護衛としてウィリアムを乗せた弾正の馬車が戦場から駆け去っていく。
 その後を追って放たれた蠅の群れは、しかしソアとグドルフによって打ち払われた。
 鋭い爪が、重厚な斧が蠅を潰して、汚い体液を撒き散らす。
「やれやれ、山賊にここまで助けられる商人なんざ、おめえらが初めてじゃねえのか?」
 不快そうに顔を歪めるソアと反して、グドルフは呵々と大笑している。
 
 減ったとはいえ、蠅の数は以前多い。
 斬り込んでいくエルスとグドルフ、ソアの身体は齧られて、すっかり血に濡れていた。致命傷となるほどに深い傷を負っていないのが幸いか。
「そろそろ私の時間……復讐を受ける覚悟は出来たかしら?」
 蠅の壁の向こうに見える女の脚へ、エルスは鎌を一閃させた。
 冷気を纏った斬撃は、しかし蠅が盾となることで阻む。
 ざわり、と蠅が鎌を覆い、その柄を握るエルスの手にも纏わりついた。
「蠅の餌になって、砂漠に屍を晒すがいいさ!」
 勝ち誇ったように蠅の王が叫んだ。
 エルスの顔が痛みに歪む。流れた血は、地面に落ちる前に蠅に吸い尽くされた。
 しかし、刹那……エルスの手元を1発の銃弾が通過し、纏わっていた蠅を薙ぎ払う。
「砂漠で死ぬのは他所者だけだ。こちとら生まれも育ちもラサだぞ。なめんなよ」
 そう宣言し駆け込むルナへ、蠅の王は盛大な舌打ちで返すのだった。

「っていうかもう操るのが蝿って辺りがもう可愛くないんですよね」
 傘の柄を肩に押し付けた。
 手元を軽く操作すれば、がちゃりと銃弾が装填される音がする。
 しにゃこは銃口を蠅の群れへ……その先にいるであろう蠅の王へと向けた。
「操り主の性根が見えるというか……せめて蝶でも操って見せてくださいよ!」
 引き金を引いた。
 弾丸が、蠅の群れの中央を射貫く。
 衝撃で蠅の群れに穴が空いた。潰れた弾丸が、ことりと地面に落ちる。
 空いた穴を塞ぐべく、蠅の群れが蠢いた。
 穴が塞がる、その直前……。
「死にはしないが覚悟は決めろよ。まぁ……死ぬほど痛いがね」
 ラダの放った弾丸は、蠅の壁を突っ切って蠅の王の眉間を正確に射貫く。

 脳を揺らされ蠅の王が意識を失う。
 制御を失った蠅の群れを追い払い、エルスとソアが蠅の王のもとへと辿り着いた。
「倒したらすぐにお話ね……って、これじゃ暫くは無理そうね」
「フフさんとプティさんはいつも大変ね……いっその事私の領地で商売したらいいんじゃない?」
 鼻の潰れた蠅の王を見下ろして、2人は顔を見合わせた。

成否

成功

MVP

ソア(p3p007025)
愛しき雷陣

状態異常

ソア(p3p007025)[重傷]
愛しき雷陣
エルス・ティーネ(p3p007325)[重傷]
祝福(グリュック)

あとがき

お疲れ様です。
蠅の王は無事に捕縛されました。
捕まっていたフフとプティは救出。荷物の一部も無事に回収できました。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

PAGETOPPAGEBOTTOM