シナリオ詳細
ハリーくん。或いは、悪意を知る機械…。
オープニング
●ハリーくん
練達。
首都セフィロトの郊外にある研究所にて楊枝 茄子子(p3p008356)は1人の女性と相対していた。
女性の名は“ドクター・ストレガ”。
黒いドレスにウィッチハットといった、まるで魔女のような格好をした発明家である。
ドレスの上から纏った白衣の肩の部分には、どういうわけかカブト虫が1匹止まっていた。
季節は冬だが、随分と気合いの入ったカブト虫もいたものだ、と茄子子は思わず感心している。
そんな茄子子に、どんよりとした笑顔を向けると、ストレガは少し掠れた声を発した。
「やぁ、本日はお越しいただきありがとうねぇ。早速だけど、私の発明品を見てもらえるかな」
ごちゃごちゃと物の置かれた研究室の中央。
茄子子の座るテーブルに、ストレガは1枚のシャーレを置いた。
シャーレの中には長さ6、7センチほどの黒い線虫が蠢いている。
「何かな、これ? 虫に見えるけど」
「よくぞ聞いてくれた。これは“ハリーくん”といってね。人の悪意を学習する機能を備えた私の発明品だよ」
曰く、ハリーくんは人の体内に寄生することで機動し、悪意の学習を始めるのだという。
寄生者当人の抱く悪意はもちろん、寄生者へと向けられる悪意も学習対象という優れものだ。
「どういった環境で人は悪意を抱くのか。そして、どうすれば悪意の発露を抑えられるのか。それが分かれば事前に対策を練ることもできるだろう?」
「必ずしも悪意を抱くことは、悪いことじゃないと思うんだけどな、会長は」
「そうかな? そうかも知れないね。でも、悪意をコントロールしたいって人は多いんじゃ無いかな? ハリーくんには、いずれ悪意の抑制機能も付けたいんだ。そうすればほら、世の中はもっと平和になるよ」
これまで数多くの事件を起こしてきた希代のトラブルメーカーが、どの面下げて“平和”などと口にするのか。
内心ではそんな風に思いながらも、しかし茄子子は笑って見せた。
いかにも「そうですね」と言わんばかりの自然な笑顔だ。
茄子子の心情を、その表情から読み取ることは難しいだろう。
「いつかの“楽しい夢を見せてくれる機械”と同じように、会長たちがモニターになればいいのかな? 危険はないの?」
「危険なんて無いさ。私の発明品はいつだって人に優しくをモットーとしている。強いて言うなら、妙に喉が渇くぐらいかな? 水場に近づく時は気を付けないと、衝動的に頭から突っ込みたくなることはあるかもしれないね」
「え、何それ!? 20センチの深さがあれば人って溺死できちゃうんだよ!」
「うん? 君がいれば、そんなことにはならないだろう?」
これまで、ストレガの起こしたトラブル解決に茄子子は何度も参加している。
そして、その度に重篤な怪我人や被害者を出すこと無く事を修めた実績があった。
有り体に言ってしまえば、ストレガは茄子子の能力を、少々過大に見積もっている節があるのだ。
「さて、そうは言っても普通に生きていて他人から悪意を向けられることも、他人に悪意を抱くことも滅多には無いと思う。なので、私の方でおあつらえ向きの実験場を見繕っておいたよ」
ふふん、とストレガは得意げに胸を反らして笑う。
それから彼女が告げたのは、最近、セフィロトに根を張ったある教団の名前であった。
●人の作りし歪なる神
首都セフィロトの裏路地を、1人のシスターが闊歩する。
服装こそシスターのそれだが、路地の各所へ走らせている視線は鋭い。
火の着いていない煙草を咥え、シスター……コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は手元の紙面へ視線を落とした。
「何が“フライング・スパゲッティ教団”なのだわ。訳の分からない教団を立ち上げてるんじゃねーわよ」
紙面に大きく描かれているのは、空飛ぶ円盤に乗った、赤みのある奇妙な怪物の絵だ。
例えるのなら、無数の血管が映えた目のある脳みそといったところか。
教団の名と教義から察するに、それはきっと彼らの讃える“神”の姿なのだろう。
「っていうか、全然見つからないのだわ」
足を止めたコルネリアは、盛大なため息を零すと疲れたように肩を落とした。
現在、彼女は茄子子の要請を受け“フライング・スパゲッティ教団”の拠点調査に来ているのである。
悪には悪を……ということか。
しかし、敵もさるものと褒めるべきか、一向に拠点の場所は分からない。
教徒募集のチラシが作られている辺り、確かにそれが存在していることに間違いは無いのだろうが。
「はぁ……訳の分からない教団に、訳の分からない虫……ってか機械とは、奇妙な依頼に当たってしまったものなのだわ」
ため息が止まらない。
路地の端に身を寄せて、咥えた煙草に火を着けた。
肺いっぱいに紫煙を吸い込み、煙草の毒が血管を通じて全身に回る気だるい快感に身を浸す。
一瞬、何もかもの思考が止まった。
立ち上る煙を目で追っているコルネリアの耳に、ガサリとかすかな足音が聞こえたのは、その時だ。
「ん?」
背後へ視線を向けた瞬間、コルネリアは思わず目を見開いた。
「お困りッすか?」
揶揄うような口調でそう告げたのは、コートを着込んだ痩せぎすの女性、イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)だ。
以前、コルネリアとはとある依頼で顔を合わせた“知り合い”という間柄である。
「訳の分からない教団って聞こえたけど、もしかして“フライング・スパゲッティ教団”のことっすかね? 入信希望なら、おすすめしないっすよ」
駄目! とでも言うように、イフタフは顔の前で両腕を交差させて、そう言った。
「フライフォーゲルさんは知らないかもっすけど、あそこは教団なんて名ばかりのマッドな連中の集まりッす。連中が“神”と呼んでいるものだって、魔物の脳を培養して人工的に造った怪物っすよ?」
「はぁん? 随分と詳しいじゃない。もしかして、拠点の場所とかも知っているのだわ?」
「え、マジで入信希望っすか? あ、それか知り合いが入信しちゃったとかっすか?」
「どっちも外れ。何でも“人の悪意”を学習する機械の実験とかで、コンタクトを取る必要があるのだわ」
長くなった灰を落として、コルネリアは咥えた煙草を唇でふらふらと揺らす。
そんな彼女の言葉を聞いて、イフタフは安堵の吐息を零した。
「そういうことっすか。なるほど、それなら確かにうってつけッすね。何しろ連中、人体実験さえも厭わないって話っすから。善か悪かって話をするなら、確実に“悪”の側でしょうね」
「……人体実験?」
「そっすよ。“神”の特性を使った実験。従順な兵士の育成っすね」
曰く“神”には、人を酩酊させる特性があるらしい。
酩酊状態となった者に、教義を吹き込み、認識をすり替えることで、教団は命を惜しまぬ兵を手に入れているそうだ。
例えば「命は尊いもの」という認識を「命を捨てて教団に尽くすことは尊い行い」であるという風にすり替える。
「他人を意のままに操りたいって腐った内心を、善人面の下に隠して人を騙すようなゲスがいるんっすよ。なんでまぁ、悪意を学習する実験っていうのなら、そいつに接触するのがいいんじゃないっすか?」
「“神”の特性は【魅了】の状態異常か? それで、そいつってのは誰のことなのだわ?」
「教主っすよ。“神”を造った男にして、教団で唯一、正気を保っている狂人。【廃滅】【退化】【窒息】の魔術を操る、墜ちた生物学者っす」
イフタフの話では、教団本部は裏路地の地下にあるという。
水路よりもさらに下。
広いホールと、教徒たちの住む小部屋。
ホールの壁面には水槽が埋め込まれており、そこには“神”が浮かんでいるということだ。
“神”は血管のような触手をホールへ伸ばし、教徒たちに【魅了】をかける。
直径6メートルほどの巨体から伸びる触手だ。
巻き付く力は相応に強く、その気になれば人の骨や肉を潰す程度は容易いことだろう。
教団の本部に常駐しているのは“神”と教主だけ。
常に10名ほどの信者が滞在しているが、数時間ごとに入れ替わるためそれ以上の人数が一同に介す事は少ない。
なるべく目立たないよう活動するため、そのような仕組みになっているのか。
「幸いなことに本部の設計は単純なものっす。教主用の逃げ道ぐらいはあるかもっすけどね。さて、フライフォーゲルさんには、大きく2つの選択肢があるっす」
1つは、信者のフリをしてこっそりと内に潜り込むという方法。
そしてもう1つは、教団の敵として堂々と、或いはコソコソと乗り込む方法だ。
- ハリーくん。或いは、悪意を知る機械…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年01月10日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●教団へ至る
錬達。
首都“セフィロト”の外れ、スラムの地下にある大扉の前に『赤々靴』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)は立っていた。
「ごめんくださーいっす。美味しそうな教徒募集のチラシを見て来た入信者っす」
赤い髪をした小柄な彼女が問いかけるのは、白い衣服に身を包んだ男性だった。その肩には、スパゲッティを模した紋章が刺繍されている。
“フライング・スパゲッティ教団”。
近年、練達の地下において徐々に力を増している新興宗教団体の名だ。
「そこに神はいらっしゃいますっすか? 神の声を授かりに参りましたっす」
両手で水筒を抱えたレッドの問いかけに、門番を務めていた教徒は困ったような顔をする。それから手首に巻いた時計に視線を落とし、首を静かに横に振った。
「すまないね。お嬢ちゃん。今日はもう説法が始まる時間なんだ。明日、もっと早い時間に来てくれれば、教祖様がお話を」
ドス、と。
教徒の言葉を遮って、短い殴打の音が響いた。
意識を失い、倒れる教徒の傍らにすぅと姿を現したのは『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)である。握った拳をゆるりと開くと、彼はレッドに親指を立てて合図を送り、再び闇に溶けるみたいに姿を消した。
「信者のフリをして潜入するんだろ? ミーはどう見たって目立つし怪しいからな、こっそり潜り込んでおくぜ」
そう言って貴道の気配は消えた。
代わりに、レッドの背後の暗がりから『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)と、人ひとり収まるサイズの段ボールが姿を現した。
世界は倒れた教徒の服に手をかけて、無理矢理にそれを引っぺがす。
「よし、それじゃ実際に入ってみるか。”神”の洗脳はギフトと【精神無効】で怖く無いしな。俺が信者に成りすまして先導するよ。お前らは新人の信者って役だからな、忘れんなよ」
「あおーーん! ボクわるい異教徒じゃないよ! 良い異教徒だよ!」
世界の後ろについて現れた『( ‘ᾥ’ )の化身』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)が、声を抑えて咆哮した。
地下水道に、狼特有の高く、そしてよく響く鳴き声が響き渡る。
「異教徒って言っちゃった。いい? こうするの……あぁ、この迷える哀れな人間をどうか、お導きください……ってね」
ロレイン(p3p006293)は、胸の前で手を組むと、いかにも“神”に心酔している熱心な信者を演じてみせた。
その様子をじぃと観察していたリコリスは、喉に手をあて咳払いをひとつ。
「……ボクは信心深い犬デスヨー。ワンワン」
「……まぁ、いいでしょう」
“せめて人であれ”。
その一言をロレインは飲み込んだ。
時間はしばし巻き戻る。
此度の依頼は、練達に住む発明家・ストレガの開発した“悪意を学ぶ機械・ハリーくん”の稼働実験だ。
ハリーくんに人の悪意を学習させること。
そのために、イレギュラーズは“フライング・スパゲッティ教団”の本部へと乗り込むこととなった。ストレガ曰く、いずれは改良を施し、悪意の抑制やコントロールを可能とする機能を追加したいとのことである。
「会長はね、悪意を持たないままよからぬ事をしている人が一番怖いと思ってるよ。そう、例えばストレガくんとかね!!」
心からの善意によって、ストレガがトラブルを起こした前例は数多い。そのほとんどをよく知る『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は預かった黒い線虫型の機械……“ハリーくん”を摘まみあげると『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)の顔へ近づけた。
見やすいように、という配慮だろう。
コルネリアの目線の高さに持ち上げられたハリーくんは、黒い針金か何かのようにしか見えない。
「はいこれハリーくん。たぶん顔に近づけたら寄生されるから注意してね」
「ぅ……向けられる悪意はアタシが、向ける悪意はコイツが学習させるって感じね」
上体を仰け反らせながら、コルネリアはハリーくんを受け取る。
摘まれたハリーくんは、ぐねぐねと身体をくねらせ暴れているではないか。しばしの間、逡巡していたコルネリアは、恐る恐るといった様子で口を開いた。
仲間たちから遅れること数分。
地下道に響く、ガラガラという何かを引く音。
ふわりと漂う、暖かく、優しい出汁の香り。
「練達の麺類制空権は譲らんよ、空を飛ぶべきなのはうどんじゃ!」
頭にザルを被った銀狐・『死は道連れ、うどんは美味』御子神・天狐(p3p009798)は一体なにがどうしてそうなったのか、“うどん”の屋台を引いている。
あきらかなトラブルと、そして和風出汁の臭いを引き連れ、天狐は意気揚々と教団本部の白い廊下を進むのだった。
●神との遭遇
静謐。
広いホールに朗々と、低い男の声が響いた。
教主を名乗る彼は、飾りのついた法衣を纏い、どこか憂いを帯びた表情で言葉を紡ぐ。
「この世界には悲しいことが多すぎる。人々は皆、互いを思い合う気持ちを忘れ、己の欲にのみ従って生きている。なんとも愚かで醜いことか。しかし、彼らを責めてはいけません。貴方たちと彼らの間に、一体どんな違いがあるのか……それは“神”と出会えたか、そうでなかったかだけなのです」
おぉ、と感嘆のざわめきが巻き起こる。
広いホールに集う信者の数は10。周囲を囲む水槽が、信者たちのざわめきに合わせ波打った。
水槽奥の暗がりから、姿を現したのは“神”と呼ばれる化け物だった。巨大な脳みそから、血管が無数に生えているようなそのビジュアルは醜悪に過ぎる。
なるほど、確かに色や全体の形状から“スパゲッティ”のようにも見えないことはない。
「あー確かに豚骨よりは塩かもしれないですねー。あっさりめな感じでベネ」
「神と名乗るもの、どっかで見たことあるような……」
茄子子、リコリスは神を見るなり言葉を零す。
崇めるように膝をついた信者たちに比べれば、敬意が足りていないことは明白だった。世界とロレインが慌てて2人の頭を押さえて下げさせた。
「あー! 思い出した! 茹でる前の生のラーメンだ! 天狐さん、あれ茹でたら美味しいんじゃない??」
無駄だったが。
リコリスは目をきらきらさせて、天狐へと声をかけた。
しかし、天狐の姿は無い。
レッドの手から水筒を取り上げ、中身の水を一気に煽る。
喉の渇きを潤したコルネリアは、ふぅ、と一つ溜め息を零すと信者たちの間を割って前へ出た。
「随分と口が達者ねぇ」
教主、そして信者たちの視線がコルネリアへ集中する。
突き刺さるような視線を全身に浴びながら、コルネリアは腰に手をあて、唇の端に煙草を挟んで火を着けた。
紫煙が燻る。
「なーんも知らない連中騙して甘い汁吸って楽しそうで。気持ち悪い象徴なんて讃えて騙される方も、騙され」
ピタリ、と。
そこでコルネリアは言葉を止めた。
鼻腔を擽るほのかに甘い、食欲を誘う香りに気が付いたからだ。
「……何でだよ」
「嘘……でしょう」
信じられない。
そんな感情の籠った世界とロレインの呟きが、静まり返ったホールの中でやけに大きく響くのだった。
果たして、その場に集う全員の視線を受けた天狐は、はて? と小首を傾げて麺を湯切りする。
「特性込みで美味しく仕上げていく、作る以上妥協なぞせんよ」
何故、今、うどんを茹でるのか。
後では駄目だったのか。
「……取り押えろ」
誰もが混乱し、次の行動へ移せないでいる中で、真っ先に声をあげたのは教主を名乗る男であった。
怒声をあげて駆けだす信者。
響き渡る無数の銃声。
ばら撒かれる鉛弾と、獣のような形相で怒りも顕わに吠えるコルネリア。
「騙される方も悪いかもしれないけどね、人の心の弱い所を利用する馬鹿が一番許しちゃならねぇのよ」
狙うは教主だ。
コルネリアの弾丸により開いた道をレッドが駆ける。
しかし、直後……しゅるりと伸びた太い血管がレッドの進路を封鎖した。それは、水槽より伸びた神の触手だ。
ギリ、と巻き付いた触手にレッドの身体が締め上げられる。
「え? 痛くないっす」
締め上げる触手の力は強いはずだが、レッドは不思議と苦痛を感じていないようだ。
しかし、次の瞬間……枯れ木を折るような鈍い音が鳴って、レッドの腕は常ならざる方向へと不自然に曲がった。
「おい、バケモンの影に隠れて何しようってんだよ? 慎重と臆病は違うが、あんたのそれは単なるビビリだ!」
触手の影に隠れた教主へ、世界は侮蔑の言葉を投げた。
そうしながらも、世界は眼鏡の奥の瞳をレッドへ向ける。怪しく輝く世界の瞳に、茨の紋様が浮かび上がった。
リィン、と鐘の鳴る音がした。
魔力の渦は、淡い燐光となってレッドに降り注ぐ。
レッドの傷がじわりと癒えた。しかし、教主は動かない。
前に出ることはせず、囁くような声で神へと指示を送っているようだ。
無数の触手が世界へ迫る。そうしながらも、レッドを捉えた拘束が緩むことは無い。1人ずつ、動きを封じていく算段か。
「まぁ、そう単純でもないか。貴道!」
「あぁ、やっぱ思い通りにいかない、いかせないのが肝だよな」
影から浮き上がるように、現れたのは貴道だった。腰を低く落とし、顔の高さに両の拳を掲げた構え。キュ、と靴底が床を擦る音がした刹那、貴道の拳が神の触手を打ち抜いた。
一発、二発。
「オーケーオーケー、全部ぶち壊してやればいいって訳だ」
激しく蠢く触手を掻い潜るように、貴道は前へ出ながら拳を叩き込んでいく。
「どこから湧いて出た!」
怒鳴り声を上げる教主。放たれた魔弾が、貴道の胴を貫いた。
一瞬、動きが止まった貴道の身体を神の触手が強かに打ち据える。
「スイッチだ」
貴道が追撃を喰らうより速く、前へ出た世界が触手の攻撃を引き受けた。
その隙を突いて、レッドは駆ける。
誰よりも速く、獣のように。
「人間の悪意って感情か脳か心なのか。どこからどこまでが『悪意』といえるのか」
教主の腰へタックルをしかけ、レッドは問うた。
見開かれる教主の瞳。
にぃ、と笑みを浮かべるレッド。
その手に捕まれた、うねる線虫、ハリーくん。
「難しいっすけど機械のハリー君には頑張って学んでもらおうっす!」
「あ……あがっ!? ひゃにを!」
教主の口に指を突っ込み、無理矢理に顎を開かせる。
そしてレッドは、開いた口腔へハリーくんを投げ入れた。
「戦え! これは聖戦である! 命を惜しまず戦うことこそが尊い行いであると知れ!」
目を血走らせ、レッドへ向けて魔弾を幾つも撃ち込みながら教主は叫んだ。
傷を負い、倒れた教徒の真横へ魔弾を撃ち込んで、無理矢理意識を覚醒させる。立ち上がれ、戦え、そんな命令を受けた教徒はゾンビのように緩慢な動作で起き上がると、天狐の方へ向かって歩き出した。
「ワシの宗派は別じゃがな、だからとて他の麺類が憎い訳では無い。全ての者に好き嫌いは存在するからの、否定はせんよ! ワシもたまに食うしな!」
リヤカー式の屋台で教徒を轢きながら、天狐はそう宣った。
どうでもいいが「車」に「楽しい」と書いて“轢く”だ。この字を考えた者の気が知れない。
「じゃがな、麺を使って洗脳や悪事を働くような輩は別じゃ!! そもそも水槽に入れっぱとか水分吸って伸びてしまうじゃろうがド阿呆、漬けるな。喰え!」
キィ、と煙をあげながらリヤカー屋台が停止する。
教徒たちの視線を受けた天狐は、水槽の中に浮かんだ神を指さし声高に叫んだ。
教徒の攻撃を受けたのか。その額からは血が流れ、天狐の顔面は真っ赤に染まっていた。
だが、彼女は退かない。
ただ1人だけ、この場において天狐だけが麺の話をしている異様。
その背後には、褐色肌にターバンを巻いた半裸の男性の幻影が見えた。そう、その者こそが“うどんの神”だ。
「フラスパ、うどん……よく分かんないけど練達の宗教は羽衣教会以外許可されてないから」
潰そう。
混沌とした現場へ落ちた静かな声。
茄子子は仲間たちへ次々に支援を行いながら、悠々とした足取りでホールの中央を歩む。
2人目の異様の登場だ。
その後ろに続くリコリスは、じぃと水槽の中に浮かんだ神へ視線を向けている。
「ねぇ……水槽の水を沸騰させたらいい感じに茹で上がったりしないだろうか」
3人目。
彼女は既に今回の依頼の目的をすっかり忘れて、いかにして神を喰らうかという点ばかりをずっと思案している様子。
「え、えぇっと……たとえ偶像の神にも縋りたいご時世だったとしても、スパゲティは崇めるより食べるものでありたいわね?」
オロオロとした様子のロレインが、絞り出すように言葉を紡いだ。
本来であれば“オロオロしている演技”を行い隙を伺うはずだったのだが、自己主張の激しい仲間たちに推され、割と本気でオロオロしている。
暫しの逡巡。
迷いと困惑の果てに、ロレインは両の手を翳し魔力の充填を開始した。
ロレインの行動を察知し、信者たちが動き始めるより速く。
ごう、と渦巻く魔力の砲が水槽目掛けて放たれる。
●三つ巴の宗教衝突
「戻れ! 私の前に並べ! その身は朽ちても、私と神が想いを繋ぐ!」
だから安心して死ねと。
教主を名乗る男は言った。指導者の声で、まるでそれが善なる行いであるかのように、他者へ犠牲を強いる行為を“悪”と言わずに何と呼称するだろう。
砕け散った水槽の破片に手足を切られた教徒たちが、虚ろな視線で教主の元へと集まっていく。
そんな彼らを迎え入れるかのように、ホールに落ちた神は触手を広げて見せた。
うじゅる、と赤黒い液体が零れ床を濡らす。
銃声が響き、触手の1本を千切り取った。コルネリアは、口角を吊り上げ笑っている。
「スパゲッティだかパスタだか知らんけど変な団体ってぇのはどこにも居るものねぇ。ほら、神とやらも鉛弾にゃ勝てねぇか?」
嘲るようなコルネリアの態度が、癪に障ったのだろう。
鉄の棒を振りあげ、襲い掛かって来る信者が2人。しかし、信者たちの前に展開された無数の小型ドローンにより、その攻撃は阻まれた。
「アォーン!」
リコリスが吠える。
踏鞴を踏んで立ち止まった信者たちの背後へ、レッドは駆け込み手にした旗で後頭部を殴打した。意識を失い倒れた信者を一顧だにせず、レッドは教主へ視線を向ける。
「ねぇねぇ、いまどんな気持ちっすか? 信者さんが倒されて、すごくピンチっすよね?」
「自分は前に出られないか? 先導する気概も無いなら教主なんてやめちまえよ」
ここぞとばかりに世界も罵倒に加わった。
額に血管を浮かばせた教主は、握りしめた拳に魔力を纏わせる。細かく震えているのは、怒りを堪えているからだろう。
そんな教主の眼前で、神の巨体が大きく揺れた。
「フライング・スパゲッティとかふざけた名前しやがって! ミーは麺類ならラーメン派なんだよ、とんこつが大正義だ!」
「貴様ら、私の実験成果を舐め過ぎだっ!!」
貴道の煽りに、とうとう教主はブチ切れた。
連射される魔弾は、教徒も神も巻き込んでホールの各所を砕き割る。暴れ回る神の殴打を受けたリコリスが地面に転がった。
額から血を流すリコリスへ、手を差し伸べたのは茄子子だ。
淡い燐光が茄子子の手からリコリスへと伝わる。
「あっ、おやつ!」
リコリスには何が見えたのだろう。
教主の攻撃が世界へ向いた。
その隙を突いて、ロレインは神へ雷を放つ。
紫電がホールを疾走し、神の全身を撃ち抜いた。タンパク質の焦げる異臭と、鉄錆の臭いがホールに満ちた。吐き気を催すほどの悪習。黒く焦げた身体が崩れ、呻き声を上げる脳に似た怪物。
それは神と呼称するにはあまりにも醜悪な有様だ。
「貴方を倒せば信者たちの洗脳は解けるのかしら?」
ロレインの魔砲が、コルネリアの銃弾が、レッドの降らせた鉄の流星が、リコリスの魔弾が、次々と脳の怪物を穿った。
最後に1度、激しく震え脳の怪物の身体が浮いた。しかし、その巨体が空に舞うことは無い。ぐちゃりと潰れた怪物は、ホールの床に赤黒い染みを作るのだった。
「あ……あぁ、神が! 私の最高傑作が!」
頭を抱え、教主が悲鳴を上げている。
その眼前に、天狐は迫った。
「練達の空はうどんのものじゃと言うとろうに!」
教主の顔面に拳を一撃。
鼻が潰れ、前歯が折れた。
背中に翼を生やした教主が、水槽の中で藻掻いている。
限界まで沈められ、意識を失う前に翼で引き上げられる。そして呼吸が整わぬうちに再度水没。その繰り返しが何度目か。
「ねぇどんな気持ち? 会長に意のままに操られてどんな気持ち?」
朗らかな笑みで、茄子子は問うた。
指揮するように腕を上下に動かせば、それに合わせて教主の翼が羽ばたいた。
涙と血と吐瀉物でぐちゃぐちゃになった教主に対し、何度も、何度も、問いかける。この世に悪魔がいるのなら、きっとこういうものなのだろう。
「羽衣教会に入る? 今なら免罪符も付いて来るよ?」
そんな茄子子の所業を、コルネリアはじっと眺めていた。
きっと、コルネリアの脳に寄生したハリーくんは、人の悪意というものを正しく学習したことだろう。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
信仰の自由と練達の秩序は保たれました。
フライング・スパゲッティ教団の教主が捕縛されたことにより、教徒たちも次第に正気を取り戻していくことでしょう。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
ドクター・ストレガの次の発明品にご期待ください。
GMコメント
こちらのシナリオは「爆騒音のスィカーダ。或いは、それは夏の風物詩…。」のアフターアクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6400
●ミッション
①“ハリーくん”に悪意を学習させること
②フライング・スパゲッティ教団の壊滅
●ターゲット
・神と呼ばれるもの×1
水槽に浮いた巨大な脳のような生物。
無数の血管が生えており、水槽からフロアへそれを伸ばして攻撃を行う。
6メートルという巨体相応に力は強く、また血管に絡め取った相手に【魅了】を付与する能力を持つ。
自我のようなものがあるかどうかは不明。
未確認だが、飛べるかもしれない。
・教主と名乗るもの×1
元は生物学者であったらしい男性。
現在は“神”と名乗る魔物を操り“フライング・スパゲッティ教団”の教主として君臨している。
集めた教徒たちの認識を書き換えることで、従順な手駒として運用している。
他人を意のままに操り支配することに快感を覚えるタイプの人間。
また【廃滅】【退化】【窒息】を付与する魔術を修得している。
・教徒となされたもの×10
教主の実験体となっている教徒たち。
彼らは自身の行いに、何ら罪悪感や疑問を抱くことは無い。
例えば教主から「外敵を排除しろ」との命令を受ければ、命も惜しまずそれを実行するだろう。
武器として鉄の棒などを持っている模様。
●その他
・ハリーくん
ドクター・ストレガの作製した黒い線虫型の機械。
人の悪意を学習する機能が搭載されている。
行く行くは、悪意の抑制、コントロール機能を追加したいらしい。
※寄生という形で使用する。
※副作用として、やたらと水に惹かれるようになる、というものがある。
●フィールド
練達。
首都セフィロトのとある路地裏。
地下水路よりもさらに下層の空間に教団本部は存在する。
入ってすぐに広いホール。
壁面には水槽が埋め込まれている。
水槽内部には“神”と呼ばれているものが浮かんでいる。
ホールの端にある扉は、教徒や教主の部屋、また実験室へと繋がっている。
※もしかすると、教主の用意した脱出経路があるかもしれない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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