シナリオ詳細
迎春 厳寒の海で怪魚を獲れ!
オープニング
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漁業船レッドバルド号は、年の暮れに予想外の時化(しけ)と遭遇した。ただの時化ではない。数年に一度の大時化だ。
時化の足は予想外に早く、船長以下、船員たちの誰もが気づいたときにはもう真冬の海は雪交じりの暴風雨で荒れだしていた。
「微速前進! 船首を風上に向けろ!」
経験に裏打ちされた的確な指示、それに応える巧みな舵裁きで船に襲いかかる巨波をしのぐ。
なんとか無事に港へ――。
だが、願い空しくレッドバルド号は大破し、海に沈む。
船底の下から体が空に浮くほどの激しい突き上げを、立て続けに喰らったのだ。
それは荒れた海が起こした波ではなかった。
大時化は潮の流れを変えて、その海域にはいない魔物、怪魚・ハッピーボックスと一緒にやって来ていたのである。
木造船ではさすがに怪魚相手に持ちこたえることはできなかった。
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ギルド・ローレットを遠く離れ、【蒼剣】 レオン・ドナーツ・バルトロメイ (p3n000002) は寒々とした漁港を眺め入っていた。
寒風の中にやって来る足音を聞きつけて、ゆっくりと振り返る。
「よう、イレギュラーズ。よく来てくれた」
何事かと戸惑うイレギュラーズたちを見て、微笑む。
「この辺りの海では滅多に出ない、貴重な食材――もとい、怪魚が現れた。そいつらがこの先の漁場に居座って、近づく漁船を片っ端から沈没させている」
先日の悪天候で、潮の流れが一時的に大きく変わったらしい。そのため、怪魚たちは幻想国の海までやって来たのだろうという。
「早い話が、お前たちの手で退治してくれってことなんだが……」
実はこの怪魚、ハッピーボックスという名なのだが、とてもとても美味しいのだ。
ただし、倒したあとすぐに捌いて調理しないと身が毒化する。毒の回った身を食べると、食中毒に――当たりが悪ければ死んでしまうというから恐ろしい。
いや、それ以前にハッピーボックスは魔物であるから、普通の漁師では獲ることができない。逆に餌にされてしまうのがオチだ。
しかし、イレギュラーズたちならば――。
「実はさる貴族の依頼でな。新年のパーティーにハッピーボックスを目玉料理として出したいそうだ」
余分に取れた切り身はイレギュラーズの取り分として、自由に食していいとのこと。
海に出るための船も用意されているという。
「運よく生還した漁師の話しによると、ハッピーボックスは3体いるらしい。1体でも捌きに成功すれば依頼は成功だが、漁師たちが安心して海に出られるように3体とも倒してくれ」
現在、怪魚が出る海域はとても穏やかで、数日は好天候が続くと予想されている。
「とはいうものの、特別自信が無いなら水中戦はお勧めできないな。正直、本職の漁師でも震える冷たさだ。特に用意が無いなら大人しく、船上から船を狙って突撃してきたところを狙った方がいいだろう。あれはそのために特別改造された船だしな」
レオンが指さす先に、奇妙な形の漁船が停泊していた。
- 迎春 厳寒の海で怪魚を獲れ!完了
- GM名そうすけ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年01月24日 21時30分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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じゃあな、と短く言い残してギルドマスターは去っていった。
地元漁業組合に顔を繋いでくれるわけでもなく、船を出すベテラン船長と引き合わせてくれるでもなく、ただそこにやってきた八名のイレギュラーズたちを残し、さっさと立ち去っていった。
ちょっといきなりスパルタじゃないですか? これが初依頼なのに?
『智の魔王』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)はひょいと肩をすくめると、ソフト帽をかぶり直した。
「我々を信頼しての事、と受け取っておこう。足りない詳報は自ら足で得ればいい」
ともかく行動あるのみ。さっさと下準備を済ませて海にでようではないか。
凪いでいるとはいえ、夜にハッピーボックスたちと戦闘になるのは避けたいところだった。
一行は二手に分かれて港町で聞き込み調査、あるいは必要品の調達を行うことにした。
本当は依頼主とあって直接話をお伺いしたいところではあるが、幻想に魚の匂いが染みついたただの田舎な町までやって来る酔狂な貴族様はいない。
「だからこそ、私たちに依頼が回ってきたのでしょう」
『Tender Hound』弓削 鶫(p3p002685)は早くも歩き出していた。
「幻想の貴族が大金を払ってまで手に入れたがるという貴重な食材……。御主人様の為に、是非とも持ち帰りたい所ですね」
ハッピーボックスの切り身を持ち帰りたいと希望する者は他にもいた。捌きに成功したのが一体だけなら仕方がないが、腕に覚えのある料理人が二人も乗船するのだ。持ち帰れるチャンスは多分にある。
「しかし最初にこの色々な意味で毒々しい魔物を食べた人、凄まじい冒険心と食い意地ね……」
深く透き通る海を左手に眺めながら『空白グリモアール』エト・ケトラ(p3p000814)がつぶやくと、それを聞き取った『海抜ゼロメートル地帯』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072) が豪快に笑い声をあげた。
「そうだな。食い意地の張ったヤツはいつだってどこにでもいるもんだ。よっぽど飢えていたか、それとも……俺はこっちの説を押したいんだが、知的探求心が強かったか、だな」
人は往々にして、初めから神が人類に安全な食物だけを与えてくれたと思いこんでいる節がある。だが、それは何世代もの間、繰り返されてきた戦いで得たものなのだ。人の歴史はどこに行けば食べ物があるかわからない状況で、捕食者の牙をかわしつつ常に新たな食べ物を探し求め続けてきた生存競争の歴史であることを忘れてはならない。
「………………」
この世界のこの国の、遥か過去の食戦に思いを馳せながら、『赫腕の鉄』PXC-4=ソフィア(p3p000743)は黙々と歩く。
岸壁におだやかに寄せては波の音と、海面が弾いた新春の薄い光がその横顔から影を消していた。
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「やぁやぁ皆様本日はクルージングをご利用誠に有難うございます。本日は、怪魚フィッシングツアーを予定しております」
『ご当地海賊船長』メアリ・ル・クレール(p3p000477)がおどけ調子で仲間たちの乗船をサポートする。
本来なら自ら舵を握りたいところではあるが、この依頼で求められているのは海賊としての操船技術ではない。もちろん、求められれば快く舵取りを代わるつもりだ。
「海釣りとは懐かしいですね。私もかつてはご主人様と色々釣ったものです。ま、今はあれこれ懐かしがっても仕方がありません」
『 』ヘルモルト・ミーヌス(p3p000167)はスカートの裾を優雅につまみ上げて船に乗り込んだ。さっそく調理場となる後部甲板を見て回る。
「調理に参加できないのは少々残念ですが……久々に思い切り運動するのも悪くありませんね」
引退した元漁師の話では、過去に一度だけ、この港でハッピーボックス一体が水揚げされたことがあった。やはり嵐の翌日のことらしい。その時水揚げされたハッピーボックスはまだ幼体で、しかも弱っていたため地元漁師たちだけでも仕留められたという。
全員の乗船を確かめてから操舵室の屋根に上がったメアリは、額に手をかざして沖を見やった。つづいて後部甲板へ目を降ろす。
「成体は嘴の先から尾ひれの先までの長さが成人男性の背丈ほどになるそうだぞ。三体まとめて来られると厄介だな」
「そこは調整しましょう」
上から落ちてきた影を背に被せたまま、『夢に一途な』フロウ・リバー(p3p000709)は木箱を開いて改めていた。中には港町で買い求めたハッピーボックスをおびき寄せるための『撒き餌』が入っている。
中身に満足すると上半身を持ち上げ、水平線に目を凝らした。船端から海面を覗き込むように頭を垂れて祈った。これから戦い、食す相手に向かって――。
意図を察したほかの仲間たちも次々に倣い、ある者は帽子を脱ぎ、ある者は武器を降ろし、頭を垂れた。
イレギュラーズたちを乗せた漁船は静かに、ゆっくりと岸壁を離れた。厳しい冬の寒さに張りつめた海面を青い波が押し、弾く。湧き起こる泡とさざなみが白く船の後ろに伸びていく。あっという間に港町は遠ざかり、陸が見えなくなった。
「お膳立ては終わりです。『三度の食事』一回目!」
――ドン!
フロウが撒き餌を始めてから程なく、船底から突き上げるような鈍い衝撃が来た。
「「ぅおおおおっ!?」」
甲板にいた全員が周りの固定物に掴まりながら声を上げる。
魔物が早くも現れた。
「いまのは様子見ですね。次、本気の当たりが来ますよ」
フィッシャーマンの勘と経験が、先ほどの襲撃を遊びだと告げる。
「取り舵いっぱい! 後部の口を開け!」
屋根の上からメアリが叫ぶように指示を飛ばす。ヘルモルトとエトがバランスを取りながら最後尾へ移動し、後部の取り込み口を開いた。
とたん、冷たい海水が甲板を洗う。
PXC-4は盾を背の後ろへ回すと、海面へ身を乗り出した。
「……何匹、来ている?」
戦いを始める前に敵の数を正確に把握する必要がある。複数が一度に来ていたならば、一体ずつ引き上げなくてはならない。そうしなくては、底が割られる前に魔物の重みで船が沈んでしまうだろう。
「俺が見てくる。一体だけならついでに針をつけてこよう」
「……頼む。引き上げは任せてくれ」
体に縄を括りつけ、手に巨大な釣り針を持ってエイヴァンが海に飛び込んだ。水中でハーピーボックスに掴み掛かり釣り上げようというのだ。
甲板に巻置かれていた太い縄が勢いよく海に飲み込まれていく。メアリは縄が真っ直ぐ開口部から出て、左右に流れて仲間たちの足を取らないよう、こまかく舵取りの指示を出し続けた。
ぴんと縄が張り、引き上げ役を受けたPXC-4の上腕筋が盛り上がる。
「わたくしたちもお力添えいたしますわ」
エトとヘルモルトも一緒になって縄を引っ張り始めた。
だが、なかなか魔物もエイヴァンも海面に頭を出さない。じりじりっと縄だけが海水を滴り落としながら甲板に引き上げられていく。
「いよいよですね。私たちも位置につきましょう」
「うむ。お互いベストを尽くそう」
打ち合わせの通りに。
鶫は操舵室の壁を背に立ち、グレイシアは開口部近くでハッピーボックスが引き上げられてくるのを待つ。ふたりは頭の中で、ハッピーボックスの調理法が書かれた記憶の巻物を広げた。頭の中で連携して捌く手順をなぞることで、ミスを最小限に抑えることができる。聞くと実際にやるとでは大違いだが、予習は大切だ。
波を割って先に頭を出したのはエイヴァンだった。片手で縄をしっかりと掴み、もう片方の腕で豪快に波をかいて船に戻ってきた。
「ハッピーボックスは一体だ。他のやつは近くに見当たらない!」
「来たぞ!」
ハッピーボックスらしき四角い影を確認するや、メアリは屋根の上に腹ばいになってマスケット銃を構えた。撃鉄を起こし、照門の間に見える照星と得物を重ね見る。
音が消えた。
開口部の先に広がる海で、突然、勢いよく水しぶきが上がった。次の瞬間、波を切り裂くようにして、派手な模様の大きな生き物の姿が海上に現れた。
「引けっ! 一気に引っ張り上げろ!」
叫びながら引き金を絞る。
一発の銃弾により飛び出しを邪魔されたものの、ハッピーボックスは勢いのまま甲板の端に腹を乗り上げた。重みでぐ、と船が傾き、尻から沈む。
グレイシアは足を滑らせながらバランスを保って魔物に接近すると、嘴の下に爪先を差し込んで巨体を蹴り上げた。
やや左へ飛んだか。今度はフロウが海へ落ちようとしている魔物の左腹を神秘の矢を放って甲板へ戻す。落ちて弾んだところでヘルモルトが上から飛びかかって押さえつけた。
「今のうちに――っ!!」
ヘルモルトの体が四角い体の四方からつきだした棘に弾かれて空を飛んだ。
舷を越えて落ち、着水する寸前に腕を伸ばしたエイヴァンによって船に引き戻された。
「毒は? やられたか?」
「咄嗟に体を蹴って離れましたが……刺されて……しまいました」
腹を押さえながら、濡れぼそった毛の中でぐったりとする。
エトは滑る甲板の上を急いで走りよると、解毒の呪文を唱えた。
「こんなのすぐによくなるわ」
みるみるうちに顔色をよくしていく仲間から四角い風船のような魔物へ目を移し、それにしても、と言葉を継ぐ。
「戦いながら調理をする時が来るとは思わなかったわね、事実は小説よりも奇なりとは正にこの事ね! 面白いわ、面白くないけれども!」
ハッピーボックスが暴れまわるため、上下はもちろん、船は前後左右にも揺れた。地溶離に取りかかろうにも、まともに立っていることすら難しい。
PXC-4は、暴れて船を激しく揺らせるハッピーボックスに盾を突き付けながら名乗を上げた。
「……四角い体にピンクのハート柄か。中に入っているプレゼントはなんだ。私が吐きださせてやろうか?」
ハッピーボックスのまるっとした目に膜が降り、細く狭まった。意味は理解できなくとも嘲るような言葉の調子が癇に障って怒ったようだ。
魔物の気がPXC-4に一点集中する。
「隙さえあれば、射貫けるはず――!」
極限まで集中力を高めた鶫が動きの止まった一瞬の隙をついて矢を放った。エラの横と尾の付け根に命中させる。
ハッピーボックスの体が細かく痙攣しだした。
エイヴァンはヘルモルトを立たせると縄を手繰り寄せた。素早く投げて巨体の向こうへ針を投げ渡す。
屋根から降りて来たメアリとエトが針を拾って舷に固定する。
「ヘルモルト、フロウも手伝ってくれ。俺が引っ張り押さえておくから、縄をその太釘にひっかけるんだ。かけたらまた縄を反対側へ投げてくれ」
初めて組んだ者同士にしてはチームワークがよく、ハッピーボックスはあっというまに縄で固定された。
「やれやれ。びしょ濡れになってしまったな。だが、コツは掴んだ。次はもう少しスマートに捕えてみせよう」
ハッピーボックスの尾の形やハート柄の分布をつぶさに観察していたグレイシアは、性別をオスと断定すると鶫とともに捌き始めた。
まず、ヒレを切り落とす。
「ちなみにメスは背びれが長く変形して、結わえたリボンの先を体に垂らしているそうだよ」
ますますプレゼントの箱じみてきた。それを裏付けるかのように割り開いた腹の中から錆びた金属片がぞくぞくと出てくる。沈めた船の部品だろうか。
フロウは魔物に襲われ、船とともに海底へ沈んだ人たちに黙祷を捧げた。
ワタをきれいに取り除くと、次は皮はぎだ。鮮度が命であれば、全員が協力してはぎ取りにかかる。これが結構な重労働で、しまいには冬の海水で濡れた体から湯気が立ち昇るほどだった。
鶫がアラと身を分け、グレイシアが喉の鳴き鳥骨を取る。揺れる船の上で骨の左右にぶら下がった毒袋を傷つけないよう取り払うのは、細心の注意が必要だった。
なんとか無事に除去出来たところで、ふう、と息を吐きだす。
舷に腰を預けてヘルモルトとエトがデッキブラシでハッピーボックスの血を流し洗うのを見ながら、温かいコーヒーを入れたスキットルを取りだした。
鶫が細かく身を切り分け、それをPXC-4とフロウが痛まないように氷を敷き詰めた貯蔵庫へ運んで行く。
メアリが隣に来て舷の縁に座った。
「一杯どうだ? ……味に関しては、あそこで忙しく働くヘルモルトの淹れるお茶の方が美味しいとは思うがな」
「ありがとう。……うん、いや、このコーヒーの味もなかなかだぞ。あったまる」
スキットルを返して海賊帽を脱いだ。仰いだ空はまだ明るく、太陽も高いところにある。
海も穏やかだが、冬の落日が驚くほど早いことをメアリは長い海賊家業で知りえていた。
「始めてにしては上出来だったよね……ちょっと身が崩れたりもしているけど、毒化させずに肉を切り分けられたし。でも、次はもっと効率よく、魔物みずから船に飛び込んでくるよう船を動かすよ」
依頼主に渡す最低限の切り身は確保した。だが、夜になる前にあと二体、倒さなくてはならない。安全に漁ができる状態にすることも、依頼の内容に含まれているためだ。それ以上に、“冬の海でとれる味覚の王様”と呼ばれる幻の食材を自分たちも手に入れたかった。
「ああ、だから次は俺も操船指示のサポートをしようと思う」
乾いた布で毛皮についた海水を拭きとりながらエイヴァンやって来た。
「さすがにまた海にドボンは御免だ。寒さ冷たさには強いつもりだが……風邪をひいちまう」、と体を震わせる。
「だが船に上げてくれたおかげで助かった。さあ、これを飲んで体の中から暖まってくれ」
エイヴァンはグレイシアが差し出したスキットルを受け取ると、豪快に仰いだ。
●
フロウが撒き餌を再開しても、しばらくは当たりがなかった。釣り竿で海面を叩いてうるさく音をたてやると、ようやく二体目が現れた。
メアリとエイヴァンは巧みに指示を飛ばし、船の尻をハッピーボックスの鼻先につける。
PXC-4が開口部から盾をもった腕を伸ばして海面を激しく叩き、甲板へ飛びあがるように仕向けた。
果たして、ハッピーボックスは自ら船の上へ飛び込んで来た。
ヘルモルトが落ちてきた巨体を受け止めるや、すぐさま仰け反って甲板に固い嘴を叩きつけて気絶させる。
「美少女に船大工をさせるとは良い度胸ね、ふふふ……!」
木が割れて飛んでできた穴を、エトがてきぱきと持参した大工道具と板で塞いだ。ぶつくさ言っているわりには楽しそうだ。
今度も鶫がボウガンを放って魔物を仕留めると、グレイシアが腹を割り開いた。胃には壊れた箱が一つ入っていただけだった。
「残念ね」
メアリは箱を蹴り出した。
足を滑らさないよう血と腸を海へ掃きだすと、全員で皮をはぎに取りかかる。
「……今度はキレイに剥げたな」
二度目ともなれば手慣れたもので、鶫の掛け声で一気に皮をめくった。力の加減が均一でなかった前回と違い、剥けた皮に崩れた身は一片もついていない。
白く輝く身の塊にイレギュラーズの笑顔が写り込む。
「よし、切り分けよう」
グレイシアが身に刃を入れた途端、船が文字通り真上につき飛ばされた。
仲間の血と腸の匂いを嗅ぎつけて、三体目がやって来たのだ。
船がまだ着水する前に、もう一度、底につきあげを食らった。
「次、同じ所を狙われたら船が壊れるぞ!」
メアリが怒鳴る。
PXC-4は甲板を滑り落ちていく切り身を両手でつかむと踏ん張った。船が海面に叩きつけられると、巨大な身と一緒に空を舞う。
「……離さない、絶対に!」
操舵室の屋根の僅かな軒に爪先をひっかけると、強引に体を甲板へ落とした。
もう飛び込まないといっていたエイヴァンがフロウとともに海へダイブする。
メアリと鶫が船上から援護射撃した。
ヘルモルトとエトが舷から上半身を乗り出して、浮き上がって来たハッピーボックスに手を伸ばす。
伸びた魔物の引き上げにグレイシアも袖をまくり上げて加勢した。
首尾は上々。陽が水平線の下にもぐる前に、イレギュラーズたちはお宝を携えて港に凱旋した。
知らせを聞いてやって来た、とある貴族の従者に最初に捌いたハッピーボックス1体分の切り身が入った木箱を受け渡して依頼を無事終える。
依頼主からの報酬はギルド・ローレットへすでに振り込まれていた。だからというわけではないのだが――。
残り二体の捌きに成功したことは黙っていた。聞かれもしなかったのだし、必要とされた量はきちんと引き渡したのだから、別にかまわないだろう。
「各々二人分程、持ち帰れるだけの切り身が欲しいところだ。吾輩も、帰ってルアナに料理を振舞うとしよう」
ハッピーボックスの切り身を全員で均等に分け合ったあと、鶫の提案で余った分はその場で調理して地元の人たちと一緒に食べることにした。
「まず、生の切り身をそのまま味わいましょう」
お先に、といってフロウが、グレイシアが薄く切って更に盛りつけた刺身を口に入れる。シコシコとした食感に満足して唸った。続いてくちにしたPXC-4もうんと頷く。
「私は鍋を食べる!」
メアリにエイヴァンが同調する。
「俺もそれを頂こう。……体が芯から冷え切っちまっててな」
ぶるっと体を震わせるしぐさに、笑い声が上がった。
ヘルモルトが切った野菜とハッピーボックスの切り身を煮込み、鶫が味付けをした鍋を、両手にミトンをはめたエトが危なっかしく運んできた。その後ろから、地元漁師たちも港町の人々も、湯気の立つ椀を手にやって来た。
波の音も穏やかな浜、冬の冴えた光を放つ星空の下で貴重食材の料理に舌鼓をうつ。
生ではシコシコしていた身が、鍋の中でゆでられるとふっくらと豊かな味わいにかわっていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
無事、三体のハッピーボックスを討伐したことで漁場に平和が戻りました。
一体の身も毒化させることなく、貴重食材も入手。
この結果に、依頼主の貴族も大変満足したようです。
また、彼から依頼がローレットに出されるかもしれませんね。
では、また別の依頼で再会いたしましょう。
GMコメント
●依頼達成条件
・怪魚・ハッピーボックス3体の撃破
・毒が回らないうちに、ハッピーボックスを捌いて食材化する
●情報確度
Aです。つまり想定外の事態(オープニングとこの補足情報に記されていない事)は絶対に起きません。
●怪魚・ハッピーボックス……3体
やや丸みを帯びた四角い巨大魚です。
性質は至って凶暴。
船を見つけると沈めるまで攻撃をやめません。逃げません。
体に毒を持っているものの、その身は極上の美味。
とある世界の「ふぐ」のような味……ですが、墨を吐きます。
・体当たり……時には海面から飛び出し、飛んでくることも。
・毒の棘………体を膨らませ、毒の棘を出します。
・墨吐き………海中のみ。墨を吐いて敵の視界を奪います。
●漁船(戦場)
木造船です。
とある貴族が中型の漁船(16人乗り)を提供してくれました。
本依頼のために改造され、船尾が開くようになっています。
船体後ろ半分が平らで海面とほぼ同じ高さになっています。
船自体の耐久性は低いので、うまく甲板にあげて戦うとよいでしょう。
さばいた怪魚の身は船体前方下の貯蔵庫へ。
●同行NPC
ベテランの操舵士が一人乗船します。
船が撃沈しない限り、リプレイには一切登場しません。
※コックがパーティーに一人もいない場合
NPCの料理人が1名乗船しますが、捌きの成功率は33%です。
●その他
・このシナリオは、『フィッシャーマン』『セイラー 』『コック 』がいると判定が有利になります。
フィッシャーマン:漁に有利です。怪魚との遭遇率が上がります。
セイラー:操船に有利です。船上で戦闘する場合、味方全体に有利補正が与えられます。
コック:捌き確率が劇的にアップします。
●そうすけより
みなさま、はじめまして。GMのそうすけと申します。
お待たせいたしました、PPPで出す初シナリオです。
ご参加お待ちしております!
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